うずめ様の予知~蒼は狩りて

    作者:ねこあじ


    「わ、わ、わ、何。何なのかしら、あれ……っ」
     食材が入った買い物袋とエコバッグを両手に持つ五十代女性――中間・栄子は、懸命に走っていた。
     一見、重そうな荷物だが、彼女は軽々と持っている。
     そこは不幸中の幸いかな、と何となく、栄子は思った。先日からちょっと『力持ち』なのだ。
     卸売業の職場に勤め、倉庫で朝から夜遅くまで、ピッキング作業をしつつ重い荷物上げたり下ろしたり。
     以前こそ筋肉痛やら腰痛やらに襲われていたが、力持ち栄子さんな最近は、健康そのもの……ってああ、そんなことより。
     とりあえず家に帰るのはやばい。
     とりあえず派出所に向かって、路地を走る。
     公園を突っ切れば近道だ、と知っている栄子は夜の公園へと入った。
     普段ならば絶対に入らない。だって大体変質者って公園にいるものらしいし――恐怖心故か、心の中でちょっと違うことをつらつらと考えてしまう。
    (「あぁぁ……これってなんて言うんだっけ――あ、『現実逃避』だったわ」)
     と思った時、上方から大きな塊が降ってきた。
     重々しい音が地面を穿つ。
    「……!!」
    「う~ん……」
     塊――蒼い異形を再び目にした栄子の足が竦む。
    「ウズメサマの予知だかなんだか知らねぇが、このオバサンがオレ達の次の種族だっていうのかぁ?」
     巨体の上部を傾け、異形が言う。面倒そうな声だった。
     どすどす、と芝生を痛めつける足音を立てて、さらに三体の異形。
     似たり寄ったりな四人……? 呑気さを長所に生きてきた栄子は、四つ子かな? とか一瞬思ったりもしたけど、本当に一瞬だった。
     現実逃避してる場合じゃない。
    「なぁ、オバサン。ちょっとオレ達の相手してくんねぇ?」
    「ひっ……」
     にじり寄ってくる異形の一体に向かって、栄子は持っていたエコバッグをぶん投げた。
     異形は大きな片腕を振り回し、エコバッグを叩き落とす。
    「いやいやそんなんじゃなくてよぉ、攻撃ってぇのは――こうやるもんなんだよ」
     蒼の体が蠢き、のびていく。
     巨大な刀身は街灯をぎらりと照り返していて、青ざめた栄子は腰を抜かした。


     教室に入る灼滅者達を迎えたのは、遥神・鳴歌(高校生エクスブレイン・dn0221)だった。
     ぺこりと一礼し、説明を始める。
    「行方が分からなくなっていた、刺青羅刹の『うずめ様』の動きが判明したわ。
     九形・皆無さんや、レイ・アステネスさんが危惧していたように、爵位級ヴァンパイアの勢力に加わっていたうずめ様なのだけれど、うずめ様の予知を元に、デモノイドロードが灼滅者を襲う事件が発生し始めたわ」
    「『灼滅者』……?」
     教室内の灼滅者の疑問ももっともだろう。
     外部の灼滅者――鳴歌はひとつ頷き、説明を続けた。
    「襲われる灼滅者は、武蔵坂学園の灼滅者ではないし、闇堕ちした一般人でも、ヴァンパイアの闇堕ちによって灼滅者になった血族でもない、突然灼滅者になった一般人さん達なんだ。
     デモノイドの動きについては、咬山・千尋さんや、七瀬・麗治さんが警戒していてくれたのが、事件を察知できた理由の一つになっているの」
     鳴歌の説明によると、突然灼滅者になった一般人は、戦闘力はほとんどなく、デモノイド達に追い立てられ命の危機に追い込まれているようだ。
    「デモノイドの目的は、この灼滅者を闇堕ちさせることだと思われるけれど、その理由はよく分かっていないわ。
     でも、理由は分からないとはいえ、放っておけないわよね……皆さんには急ぎ、救出に向かってもらいたいの」
     そう言った鳴歌は、次に、現場の状況の説明にうつる。
     一般人から灼滅者になったと思われる、中間・栄子(なかま・えいこ)は、ひと気のない夜の公園でデモノイド達に囲まれる。
    「中間さんは戦力として全くあてにならないと思うの。
     デモノイドの目的も、彼女の殺害ではないみたい。
     武蔵坂の灼滅者――皆さんが救出に来れば、デモノイド達は皆さんとの戦闘を優先するわ。
     まずはデモノイド達を倒してから、ね。
     彼女には、とりあえず戦いに巻き込まれないよう退避してもらえば十分だと思うわ」
     リーダーとなるデモノイドロードはそれなりに強く、配下のデモノイドは二人で対応すれば勝てる戦力だと思われる。
     とはいえ、油断は禁物、と鳴歌は言い添えた。敵は合計四体だ。
    「救出した灼滅者――中間さんは、戦う力がないようだから、事情を話して、保護して連れてきて欲しいの。
     そのままにしておくと、また襲われるかもしれないものね」
     そう、鳴歌は灼滅者達に言うのだった。


    参加者
    緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)
    ミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)
    皇・銀静(陰月・d03673)
    虚中・真名(蒼翠・d08325)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)

    ■リプレイ


    「攻撃ってぇのは――こうやるもんなんだよ」
     蒼の体が蠢き、のびていく。
     巨大な刀身は街灯をぎらりと照り返していて、青ざめた中間・栄子は腰を抜かし、身を縮こまらせる。
     ――見る者が見れば、デモノイドロード・ヤグチの振り被った一刀は狙いを外したものだと分かっただろう――だがその技を分からぬ者に晒していいわけではない。
     戦場域。殺界形成とサウンドシャッターを施し駆ける灼滅者達の中から、狼の如く加速したミカエラ・アプリコット(弾ける柘榴・d03125)がガンナイフを逆手に握る。
     割り込み半ば、敵が振り下ろす巨大な刀を受け、下段から弾いた。
    「おばちゃん、逃げて!」
     彼女が叫ぶが、腰が抜けた栄子は動けず、ミカエラはエコバッグを拾うと身を翻して空いた方の手で栄子を掬い上げた。
    「おっと、そうは問屋がおろすかよ」
     ヤグチの声に、配下が動く――その時、敵の死角から虚中・真名(蒼翠・d08325)の意志持つ帯が全方位に射出され、獲物を捉えた蛇の如く加速しデモノイド群を捕縛する。
    「力のない女性に何してるんですか?
     それに女性に話しかける時は、まずは『お姉さん』と言うのが礼儀です!」
     蠢くデモノイド寄生体に、ぎしりとベルトが張るのを感じつつ、真名は殺戮経路を探る。
    「これでも、ババアって呼ぶのは控えたんだけどよぉ」
     ミカエラと栄子が離脱し、瞬間的に動きを阻害されたデモノイドに向かう灼滅者、そしてラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)の放った弾丸がヤグチに到達し、白の爆炎を散らす。
    「物言いは、そこらのチンピラと同等だな」
     追おうとしていたヤグチの言葉に、ラススヴィが目を眇めれば唸り返された。
    「突然、灼滅者か。
     ソウルボードでの攻防の結果なのかな?」
     そう言ったのは無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)。
    「キミの相手は、ボク達だよ」
     ダイダロスベルトを振り解き、狩りの名残、理性なき破壊の化身としての習性か、いたぶる相手を追おうとするデモノイドに立ち塞がるような位置で拳を振り上げた理央が、エネルギー障壁を展開させ敵を殴りつける。
     栄子を担ぎ駆けるミカエラとすれ違う鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)。
    (「突然灼滅者になった一般人……鎖を破壊したからか、あるいは鎖が何かしようとしているのか」)
    「いえ……今は、救出が先ですね」
     デモノイドの横を抜ける手前、一足強く踏みこんだ巧が白水剣【クラウ・ソラス】を振るう。
    「守護の御業をここに」
     破邪の光が斬撃の一閃を描き出したのち、透明の水の如き純白の直刃が露わになった。
     やや逸れた足取りを修正し、巧は牽制にヤグチへと斬りかかる。
     夜闇に光の残滓が溶ける間を置かず、高速の動きで敵死角へと回りこむ楯無・聖羅(冷厳たる魔刃・d33961)は妖刀『烈火村正』を抜刀した。
    「ぽっと出の野良灼滅者なら骨を折ることなく餌食に出来るという算段だな。だが……」
     言葉の先を刃に込めた一刀はデモノイドの頑健な肉を裂く。蠢く肉体に絡めとられそうな刃は、しかし更に加速し敵を斬り払う。
     巧の全身を帯で鎧の如く覆いながら、緋桜・美影(ポールダンサー系魔法少女・d01825)は首を傾けた。
    「ここんとこ機嫌が悪いんだ……遊んでくれない?」
     長い髪がゆらりと流れる。
    『ガアアァァ』
     咆哮するデモノイド。
    「よう、時代の敗退者。
     絶滅危惧種にでもなりそうですか?
     お前達の次代を担う灼滅者が今ここに来ましたよ?」
     狼の力を宿すとされる魔鎧『牙狼』を放つ皇・銀静(陰月・d03673)。低空を駆け跳躍するように牙狼はデモノイドの体躯を貫いた。
    「知ってる事を全て話せ。そうすれば楽にしてやる」
    「……コイツら出張ってくんの、ほんっと、面倒くせぇ。おい、さっさと潰ちまえ!」
    『『オオオォォ!!』』
     舌打ちしたヤグチの言葉にデモノイド達は咆哮し、銀静は笑んだ。
    「出来なければ……そうですね……嬲り殺しとやらを楽しんでみますか?」


    「おばちゃん、ここに隠れて待っててね」
     公園の入り口まで栄子を抱えてきたミカエラは彼女を下ろした。
     振り向けば皆の戦う様子が見える。
    「だ、大丈夫なの?」
     いたのは年若い子達ばかりだった――心配そうな顔で尋ねる栄子に、にぱっと笑顔を見せるミカエラ。
    「だいじょうぶ! みんな、すっごく強いんだ」
     そう言って戦線に戻っていった。

     デモノイドは大きな体躯を駆使し、加重した拳を放つ。それでいて速い。
     繰り出される拳を見極めようと、目を確りと開いた理央が、受け流し、いなし、胴を抉る攻撃に耐え踏ん張る。
     理央の視界がぶれたその時、デモノイドの死角から矢が放たれた。
     真名の手にはほしの導き、近距離から射たそれは的確に筋の間を見極められた深いもの。
    『ガアアァァ』
     怯んだデモノイドに、理央がチャンスとばかりに一瞬で体勢を整えると同時、闘気を雷に変換し見事なアッパーカットを決める。
    「助かったよ!」
    「いえ……それにしても」
     暴れ狂うデモノイドから距離をとる理央の言葉に応えながら、同じく飛び退いた真名は悲しき戦闘生物を目に呟く。
    「デモノイドが「次の種族」というと、何とも言えない気分になります。
     デモノイドの発生から見ていただけに」
     元々はソロモンの悪魔に生み出されたデモノイド――その異形に至ったばかりのデモノイドを思いだす真名。
     銀静は魔剣『Durandal MardyLord』にて別のデモノイドの刀を受け止めた。上方から体重のかかるそれを払い、黄金の柄で打ち様に駆け抜ける。
     理性のない敵は、手当たり次第に近くの灼滅者へと向かっていった。
    「灼滅者は全てが若い連中だった筈……」
    (「それなのに今回覚醒しているのはそんな年代など関係ない……まるで軽い闇堕ちの様でさえあります……どうなっているんですか」)
     目標へ接敵した銀静は超弩級の一撃を繰り出す。
     彼らはこの戦う力を、これから身に着けるのだろうか、と銀静は考える。
    「何方にせよ……僕は僕の為すべき事をするだけです」
    『ウ……ヴヴ』
     集中攻撃を受けるデモノイドが、後退る。
     納刀状態の烈火村正の柄に手を添えた聖羅が、加速する抜刀術で敵を斬る。
     その一刀で、重々しい音をたてて地面に倒れ伏すデモノイド。
     蠢いていた体躯は弛み、血のような液体で芝生が染めあがっていく。
    『ウウウウ』
    「闇堕ちさせるべき獲物はここにたくさんいるぞ。どうした、怖いのか?」
    『ガアァァ』
     凛とした雰囲気を纏う聖羅が、唸る配下の二体へと声を掛けた。

     蝕罪の妖槍。その妖気が螺旋し、巧の周囲の温度を冷ややかなものへと変えていく。
    「贖罪が為されぬならば。罪は魂を蝕むであろう」
     螺旋する力は冷気のつららへと変換され、ヤグチを穿つ。
     一射、二射と続いた時、ヤグチが咆哮する――蒼の巨刀があらゆるものを断ち割るように振り下ろされた。
     飛び退いた巧は咄嗟に槍を横に真上に掲げ、重厚たる一撃に備えた。
    「ッ!」
     衝撃に更に後方へと吹っ飛ばされたが、聖羅に届くそれをその身で受け止めた。
     胴元から長く下に伸びる一太刀の痕は、噴き出す血で見て取れる。美影のナノナノがふわふわハートで彼を癒していく。
     突進してくるデモノイドに対し、フェイントをかけたラススヴィが横をすり抜け駆けた。
     ラススヴィの影は彼と伴いながらも違う動きをし、止まることがない。
     夜闇の中、芝生の上を走る影は、隙あらばとロード・ヤグチを飲みこもうとし、影刃となり体躯を刻む。
     片腕は刀、片腕は砲台というデモノイド姿のヤグチは、高い毒性を持つ死の光線でラススヴィを次の攻撃で狙い撃つ。
     戦線復帰し、回復手の立ち位置についていたミカエラがダイダロスベルトでラススヴィの全身を覆い、癒していくとともにその肉体を強化させた。

     しなやかな体をピンと伸ばした美影。手を翳せば死の魔法が発動される。
     それは配下二体の体温と熱量を更に奪い、凍結させていった。
     その手応えに、美影の唇は緩やかな弧を描いた。どこか不安定さを思わせるそれ。
    「ああ、体を動かすのって大事……だよね」
     灼滅者とデモノイドの攻防。
     幾度目かの抗雷撃を理央が放ち、二体目のデモノイドが倒れた。
     時の経過とともに蓄積されたダメージとそれに伴う状態異常に、敵側は目に見えて明らかな劣勢へと転じていく。


     聖羅が中段の構えから重い斬撃を振り下ろし、最後の配下デモノイドがとうとう倒れた。
    「あーあーあー、やってくれたなぁ!」
     真名に捕縛されながらも、ヤグチが言った。
    「残るはお前ひとりだな。
     相手が一般人崩れの素人とはいえ、町中に堂々と顔を出せば我々が出てくる――なんだ、計算違いだったか?」
     言った聖羅が刀を払えば、敵の体液が地面に散る。
    「やー、カノウセイとしては来るんじゃねぇの? って思うカンジ」
     ヤグチが言う。
     敵側にはうずめ様の予知があり、武蔵坂にはエクスブレインの予知がある。
     可能性という視野には勿論入っていただろう。
    「クラウ・ソラス……解放!」
     接敵した巧の言葉に、白水剣は夜に溶けるように同化した。
    「破砕断」
     非物質化した剣を振るえば、ヤグチの霊魂と霊的防護に傷が入る。
    「……クソ、面倒くせぇ――殺ってやる殺ってやる殺ってやる!」
     自身に暗示をかけているのだろうか、不気味な音を立ててロードのデモノイド寄生体が蠢いた。
     その体躯は異様な熱を持ち、自らを灼いているようだ――攻撃をある程度重ねれば、あっけなく瓦解しそうなほどに。
    「的が大きい分、当てやすいけれど、ここは」
     的確に、と、理央。
     傷が重なった一つを狙い、鍛えぬかれた超硬度の拳で敵を撃ち抜く。
    「ねぇ俺、探し人がいるんだぁ……何か知らない?」
     そう尋ねながらも、ダイダロスベルトで敵を貫く美影。なびく髪に留められた赤猫のバレッタは少しだけ歪つだ。
     大きく引けば、付着する蒼の肉を纏いながら帯は空中で弧を描いた。
     ヤグチは咆哮した。トラウマに攻撃されているのか、罵詈雑言をまき散らす。

     巨大な蒼の刀が、ラススヴィと美影に振り下ろされた。
    「はっ、やっぱこれだよ! 血肉わき踊るってぇの?」
     灼滅者達を斬り裂いてきた蒼の肉刀は、血を纏い、やや黒く染まったようにも見える。
     ナノナノとアイコンタクトをしあったミカエラは、美影へとダイダロスベルトを向かわせた。手分けして二人を回復する。
    「それを言うなら『血湧き肉躍る』です」
     ヤグチに聞こえるように言った真名はカミの力を己に降ろし、渦巻く風の刃を生み出した。
     上方から袈裟懸けるように敵を斬り裂きながら、カミの存在にふと考える。
     うずめ様は誰の意志を『神降し』しているのだろうか、と。
     ラススヴィの影が敵を覆い喰らう。
    「もう限界だろう? 動きが遅いぞ」
     その隙を狙い、一瞬で刀を逆手に持ち替えた聖羅が斬り上げる。
     敵はもう倒れるだろう――満身創痍で、狂ったように戦っている。
     形態も伴い、破壊の化身そのもの。
     炎纏う銀静の脚が膝から下部、ロードの胴に喰いこむ。軸と自重を己の左脚と魔剣に任せたそれは、深く敵の肉に入った。
    「次世代とか言いましたね。
     お前達はそのまま絶滅して大人しく次の世代に譲り渡すつもりですか?
     随分と殊勝な事ですねぇ」
     デモノイドの手が、ガッと銀静の頭を掴んだ。頭部の軋みを感じながら、彼は柄を握る。
    「何も答えが無いという事は、お前達自身も唯言われるまま動く人形と言った所ですか」
     そう言って一刀。敵腕を切断する。
     ロード・ヤグチはどさりと倒れ、動かない。糸を断たれた糸繰人形のように、灼滅の瞬間は呆気ないものであった。


     銀静は、灼滅されたデモノイドの体を調べていた。
     何か残っているものはないか――、あれば学園に報告せねばならない。
     巧は、公園と救出対象を見通せる位置から、別の敵が現れないか、と注意を向けながら呟く。
    「鎖か……もしかしたら。思い違いをしていたのかもしれません」
     思考を巡らせる。
    (「どちらにせよ、すでに動き始めてしまった。なら、ボクがすべきことは……」)

     戦いの様子は遠目だったが、ぼんやり見ていた。
     震える脚にも腕にも力は入らないし、今だ立てそうにもない。
     栄子は怯えたらいいのか、年若い子達を心配すればいいのか。感情がついていかない、とはこのことだろうと思った。
     差し出された温かいお茶は彼女の心を落ち着かせた。
     そう、現実味のない光景だったけれど、現実なのだ。

    「大変でしたね」
     とポットを持った真名が言えば、栄子は躊躇いつつも頷いた。
    「いえ……ええ、そうね。あなた達のおかげで助かったわ」
     栄子に目線を合わせ、ちょこんと座りこんだ美影が話しかける。
    「詳しい事はわからないけど、おねーさん自身に狙われた理由があるみたいなんだよね。だからまた狙われるかもしれない」
    「な、何で狙われるのかしら……」
     不安そうな栄子に、ミカエラが明るく声をかける。
    「おばちゃん、怪力なんだってねー。
     あたいもなんだよ!」
     そう言った彼女は向かいのマンションにあった『入居者募集!』の幟を丸ごとひょいっと持った。あの、重しに石が使われた重いやつ二つ。
    「どうもあの青いの、おばちゃんみたいな力持ちを狙ってるみたい~。
     見てたと思うけど、あたいたち強いんだ~!
     おうちまでいっぺん送っていくから、一緒に来ない~?」
     ミカエラの言葉に頷き、美影が続ける。
    「そう、事態が落ち着くまで、俺たちのとこに来ない? 大丈夫、怖い場所じゃないからさ」
     二人の言葉に、何処へ行くのと尋ねる栄子。
    「僕達がいるのは武蔵坂学園という場所です。そこには、強い人が沢山いますしね」
     そう真名が言った。
     色々と考えた栄子は頷いた。
    「夫に一言……でも、納得してくれるかしら?」
    「それならば、夫君も共に来れば良いだろう」
     とラススヴィ。目立たぬよう後方にいつつ、説得を見守っていた。
     栄子は再び頷き、立ち上がる。
     彼女に手を貸しながら真名が尋ねた。
    「エコバッグの中身は食材ですか?」
    「そうなの。家に放置するのもねぇ……その、学園の調理場とか、貸してもらえるかしら……」
     下処理くらいはしておきたいという栄子に、真名が応じた。
    「大丈夫です。調理場も冷蔵庫も沢山あるから、保存できます。
     帰ったらちゃんと旦那さんにご飯、作ってあげられますよ」
     真名が微笑みながら言った。
    「移動の最中も警戒が必要だな。私は周囲を見てくる」
    「ボクも行くよ」
     聖羅と理央が言い、場を離れる。
     力を得る前に異変や、夢を見なかったか、例えば、鎖に関する夢などを――道すがらラススヴィに問われた栄子だが心当たりはないようだ。
     帰路は一人増えた『灼滅者』とともに。
     こんな風に、少しずつ増えていくのだろうか――ふと、思うのだった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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