魔人生徒会~天空の彩園

    作者:夕狩こあら

     誰も知らない知られちゃいけない、当のメンバーしか場所を知らぬ魔人生徒会室。
     その窓際で伸びをした少年……いや男装した少女にも見えるその者は、春の麗らかな陽光を浴びつつ、サングラスの下に隠れた瞳を細めた。
    「んー、いい天気! こんな季節はちょっと遠出したいよねー」
     色白の細身から発せられる声も中性的で、声音も春らしく軽やか。
     天真爛漫なる語り口に引き寄せられた円卓の者達は、こちらも春光の眩しさに笑みつつ、
    「雨が降る度に暖かくなって、今はもう花の盛りと言った処だ」
    「折角お出かけするなら、春を感じられる……自然溢れた場所が良くない?」
     その声を待っていたとばかり、ニュースボーイキャップを被った彼か彼女かは咥えていたスティックキャンディをピシリ添える。
    「チューリップ園なんてどうかな?」
     ――チューリップ園。
     この季節になると、日本各地で色取り取りのチューリップを植えた、彩りの海が大地に広がる。
     細指はその中でも比較的標高の高い、大牧場に作られたチューリップ園のガイドを滑って、
    「色んな色のチューリップを計画的に植え込んで、巨大な絵が描かれているみたいだから、ぜひ展望台から見てみたいよね。広大な敷地に咲くチューリップ、きっと絶景だろうなー」
     ひとえにチューリップと言っても、驚くほどの色と品種で人々の目を楽しませているのだと関心を寄せる。
    「夜はライトアップして綺麗だし、チューリップ園の名物ソフトクリームは花の香りがして幸せな気分になれるらしいから、こっちも外せないよ」
    「チューリップソフト……それは美味しそうだ」
    「ね、皆でのんびりしようよ!」
    「よし、そうしよう」
     生徒会一同が首肯を揃えたところで、企画書に『採用』なる赤判が押された――。

     斯くして掲示板に張り出されたお知らせを前に、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)と槇南・マキノ(仏像・dn0245)が話に花を咲かせている。
    「マキノの姉御、今回の魔人生徒会主催の企画も大注目ッスよ!」
    「春のチューリップ園……華やかな響きね」
     大型連休中に満開を迎えるよう植えられた大量のチューリップ。
     見渡す限り広がる色彩は豊かなグラデーションを描いて、或いは巨大な絵を描いて、入園者の目を楽しませてくれる。
    「チューリップ畑の間を散策して花を愛で、写真を撮る……今どきのフォトジェニックな場所ッス!」
    「チューリップソフトも色んな色があって、食べ比べしたくなるわね」
     春らしい色に包まれる幸せは、高原の澄んだ空気も相俟って、極上のひとときをくれる筈だ。
     ノビルは更にポスターを指差して、
    「チューリップ園の中央には小さな教会があって、実際に挙式も出来るみたいなんスけど、当日の予約は入ってないんで、ここで二人、ささやかに鐘を鳴らすのも良いっすよね~!」
    「あら、ノビちゃんもロマンチックなのね」
    「勿論、男はロマンっすから!」
     展望台に教会、そしてグルメが味わえるテラス。
     目移りする中で忘れてはならないのが、お土産ショップだ。
    「これだけのチューリップを見たら持ち帰りたくなるところ、切り花の販売の他、品種別に球根が売られているんス!」
    「花言葉に合わせて、贈答用に買うのも良いかもしれないわね」
     大切な仲間と、パートナーと。
     日々の喧騒を忘れて楽しみきるのが、今回の企画の目的だ。
    「自分、兄貴と姉御に知らせてくるッス!」
    「そうね。また素敵な思い出が出来るよう、私も声を掛けて回るわ」
     二人は気合いに満ちた笑顔を交わし、教師に見つからぬよう廊下を駆け出した――。


    ■リプレイ


     平野に遅れること二週間、漸く春を帯びた高原の風に開花を促されたチューリップ達が、一斉に色彩を解き放つ。
    「こんなにたくさんのチューリップ、初めて見た」
     まるで虹色の海だと、お気に入りのカメラに佳景を収めるは澪。
     牧場を埋め尽す圧巻の精彩に綻ぶ花顔、其を瞶める者も自然と笑顔を咲かせよう、
    「ふふ、澪が嬉しそうだと私も嬉しい」
     弟の軽やかな足取りに頬笑む深香の奥には、時計台に寄り掛かった宗田が腕組みしつつ彼を見守っている。
    「まぁ、花との触れ合いを楽しむ澪は、確かに……」
     可愛い――、そう思った時だった。
     ファインダーに繋がれていた飴色の眸はパッと振り向くや光を溢して、
    「ね、皆で写真撮ろうよ!」
    「あ?」
    「良いわね、記念撮影!」
    「いや、俺は」
     断る間もない。
     腕を引かれた宗田は、タイマーに急かされる儘、フレームへ。
    「はいはい、撮るよー」
    「はぁーい、ピース♪」
     花を背に記念撮影など「キャラじゃねぇ」と思った宗田だが、傍の澪は殊更嬉しそうで、
    「えへへ、いい思い出が出来た」
    「……ま、いいか」
     クシャリ、髪を掻く。
     そんな二人を見守る深香は、そっと艶笑を溢していた。
    「折角だからね。楽しい一日にしようよ」
     目一杯、思い出を作ろう。
     久々のデートが好天に恵まれた式と菜々は、光溢れる散策路を仲良く歩いている。
     陽光に彩を際立たせ、春風に香り立つチューリップ。満開を迎えた命の耀きは愛し人の花顔を綻ばせよう、
    「きれいっす」
    「――うん。凄く綺麗だね」
     燦然に瞳を細める菜々、彼女を瞶める式もふんわり微笑んだ。
     春風駘蕩、麗らかな行楽日和。
     吹き渡る瑞風に嫋々と揺れる色彩は宛ら七色の海――と瞳を細めたノビルは、その波間を往く影に今度はカッと目を瞠る。
    「うおおおっ、あのツーショットは――!」
    「あら、錠先輩と葉先輩もデート?」
     マキノの声に「おう」と頷く破顔あれば、プイッと視線を逸らす無愛想。
     真逆の相を見せた二人は、然し駆け寄る軽音部の準部員を同じ手招きに迎えた。
    「いつものメンツを誘うタイミング逃したら、葉が来てくれてよ」
    「こんな場違いなところに俺を誘うなよって。どうせならカノジョと来たかったわー」
     蓋しはにかむ錠に悪態をつく葉とて誘い損ねた同類らしく、チューリップの頭花を模ったソフトクリームを相棒の手より受け取る。
     ノビルにイエロー、マキノにラベンダー色の涼味を奢った錠はそっと耳打ちして、
    「――最近妙に優しい気がする。嬉しいけど変な気分だ」
    「これがデレっすよ、デレ!」
     一方、葉はその密談を背を向けて搔き消す。
    「うんやっぱ場違いだなわかってた」
    「、そんな事ないのに」
     くすり窃笑するマキノ、今春に大学へと進んだ彼女は少し雰囲気を変えたか――葉は甘味を片手に飄然と、
    「どうよJDのキャンパスライフは?」
    「制服じゃないから、毎朝着ていく服にも迷っちゃって」
    「立派に女子だな。そういや暫く見ない間にノビルもけっこー……」
     ……結構、迫ってきている。
     ボーダーを寄せて来た翠瞳に葉は舌打ち、
    「育ち盛りかよクソ」
    「じ、自分はココでキープするッス!」
     万一にも超えたなら首は無いと予知するノビル。彼には畑の陰で花弁を落としたチューリップがやけに生々しかった。
    「……えへへ、綺麗なのです」
     とても、とヒトハが瞳を細めるのは、恵風に撫でられ波立つ色彩の海と、月白の髪を靡かせる優に対して。
     柔かな視線に気付いた優は、美景を遮らぬよう身を引かんとするが、
    「邪魔じゃない?」
    「えと、どうかその儘で……」
     ヒトハの瞳に映るもの、記憶を綺麗な物で埋めたい優。
     優という奇蹟を、背負う景色ごと心に留めたいヒトハ。
     魂の深淵で手を伸ばし合う二人の間には、おや、プスプスと煙が立ち上って――、
    「あの、しがみついた海里様が摩擦熱を……」
    「ぁぁうん、これデフォだから、うん」
     海里、絶賛嫉妬中(すりすりすりすり)。
     一重に八重に、或いは百合の如く咲き。
     先端をフリンジ状に広げた花弁あれば、別なるは優美に括れて――。
    「チューリップって形一つじゃないんだ……不思議……です、すごいです」
     じ、と瞶める噤の金瞳が精彩を取り込んで煌けば、傍らの仙は身を屈めて目線を合せ、
    「色も様々だけど、形の種類も豊富だよね。名前も個性的で面白いし」
     と、繊麗の指に品種を言い当てていく。
     すると静も得意気に鼻をくんくん、
    「品種によって匂いも違うから、そういう楽しみ方も解説できるよ」
     とは言うもの、名を知る訳ではなさそう。
     仲間が個を愛でる間、保は全を見渡して、空の疆界まで迫る彩園に手を翳す。
    「数えきれへんぐらいの色が一面に広がって……皆はどの色が好き?」
    「青いチューリップとかねえかなあ」
     その隣、煌希は天藍に輝く双眸を遠景に注いで、
    「おう、あのオレンジのなんかニュイに映えそ――痛え!」
     指差す間もなく魂の欠片に殴られるが、その反応すら楽しいらしく、「うちのツンデレさんは大変だなあ」なぁんて笑みを深めている。
     花の色が昂揚を誘うか、薫風が解放させるのか、いや最たるは広さであろう。
    「ひゃっはー! だだっ広い庭園とか走り出したくなるよね」
     欣喜雀躍せば人狼は駆け回る――。
     静は狼の姿に戻るや尻尾をフリフリ、精悍な前肢に風を纏って、
    「あっ……風峰先輩、速い……です……!」(とてとて)
     颯に栗色の髪を撫でられた噤も弾かれた様についていく。
     色彩の海にピョコピョコと跳ねる狼耳に促された保もうずうず、
    「…………よし、走ろう」
     深く息を吸い込んだ彼は、花の馨を肺腑に満たして颯爽駆け出た。
    「ほら、仙さん煌希さんも」
     振り返り声を置いてからは猛だっしゅ。
     誘われた煌希は勿論全力疾走だが、
    「いえーい、走り回――ぐえっ! えっ、走り回るの禁止? ダメ?」
     こくり。
     ニュイに迷子紐代わりのロープで捕獲された彼はションボリと、手を振り見送る仙の隣に落ち着く。
    「うん、知ってた。前も同じ光景を見た」
     既視感を得ていた仙は、縄で繋がれた主従の睦まじきに頬笑みつつ、己が七不思議も出せば収集が付かなくなるかと諦め、園内地図を広げる。
    「南の散策路を行けばショートカットで皆が走った方向に出そうだよ」
     行き着く先は展望台――。
     穏かな紫瞳が、碧落を貫く尖塔の切先を射止めた。


    「こういうのもいいっすね」
     と、菜々が黒瞳を巡らせるは、ポプリの馨香に満つ店内のセレクトアイテム。
     彼女が硝子ドームに色彩を閉じ込めたプリザーブドフラワーやハーバリウム、押し花を添えた栞などを見て回る中、式は店主にブーケを頼む傍ら球根を手に取って、
    「球根は種と違って、咲く色が分かっているのが良いよね」
     ピンク、紫、赤、黄色。
     色別に分けられた様々な品種を選ぶものの、白だけは避けている。
     そう言えば花園を散策していた時も、菜々をエスコートした彼は白のチューリップを避けていた様な気がするが……。
    「チューリップ好きだけど。菜々と一緒の時に、白色は極力見たくないなって」
    「?」
    「ヒントはチューリップの花言葉ってね」
     全てを手に入れたい程、菜々が大好きな式だ。
     細かな配慮をした彼は、恋人との時間を存分に楽しむべく、食べるのが大好きという彼女をソフトクリーム店に誘った。
    「わ、チューリップソフト、ピンク色で可愛い!」
    「扨て、どんな味がするのやら」
     実際にチューリップの花弁が練り込まれているという園の名物ソフトクリーム、その珍しきに足を止めたニコと未知は、瞳に飛び込む多彩な色味に驚かされている。
    「ほんのり薄ピンク色のも、濃いピンク色のも気になる……」
    「ううむ、迷うな……此処は二種類買い、分け合っては如何だろう」
     足早に過ぎ去る春、ゆっくり花を愛でる機会もそう多くない。
     折角の遠出を心行くまで楽しまんとする提案は、更なる提案に興を増し、
    「もちろん、食べる時は『はいあーん』で食べさせ合いっこだよな?」
    「……何、はいあーん、だと!? 本気か、本気にするぞ!?」
    「うん、いいぜー」
    「!?」
     悪戯な嬉遊曲に、謹厳なる魔法使いも踊らされ放しだ。
    「むはー! うまかったッス!」
    「チューリップを食べた事がないから判らないけど、バニラ寄りの味だったわね」
     うんうん、と。
     期間限定のご当地グルメを堪能したノビルとマキノは、花園の中に佇む一輪を見つけて手を振る。
    「あっ陽桜の姉御! こっちッスー!」
    「陽桜ちゃん、眺めはどうかしらー?」
     呼ばれた可憐は小高い丘より佳声を届けて、
    「話だけでもわくわくしてましたけど、百聞は一見に如かず、でした!」
     七色の彩を映した藍瞳をキラキラと輝かせる。
     ノビルの口端に付いた甘味の名残をハンカチに拭ってやった陽桜は、そこに隠れていた美味に繋がれる視線に気付いたろう、
    「もしやそれは……!」
    「はいっ。写真も撮りたい処ですけど、そろそろお昼! 一緒にお弁当いかがでしょう?」
     と、脇に抱えたバスケットを両手で掲げて見せた。


    「お弁当にもチューリップをイメージしたのを入れてみましたです♪」
    「おぉー!」
    「チューリップ鑑賞を愉しもうとする陽桜ちゃんの感性が一際輝いているわ」
     其は宛ら彩の箱庭。
     眼前の花園を詰め込んだ様な美味は箸が止まらず、
    「もむひいっふ」
    「ふも、ふむももんふン」
     チューリップ型に揃えたウィンナーも、食紅で色を付けたチューリップカットのゆで卵も、瞳と胃袋を春で満たしてくれる。
     二人の頬の膨らみに頬笑んだ陽桜は、ここでカメラを構え、
    「お二人のいっぱい頬張ってくださる姿を一枚♪」
    「ふも!」
    「むーむ!」
    「ふふ、ありがとうございまーす!」
     笑顔の花は冠となって、陽だまりに輝いた。
    「えと、僕も……作ってみたです……」
     優の弁当の出来栄えに絶句したヒトハは、半泣きで己が成果を差し出す。
    「けど、けれど……」
     照りを見せる人参と牛蒡の金平を前に、どんより翳る分厚い花形人参。
     ふんわり出汁巻卵に対し、失敗の跡が隠せない炒り卵。
     表情豊かなタコさんウインナーが見つめる、足が千切れた同胞……。
     改めて見て涙目になるヒトハに、優は滲む努力を褒め、
    「何度かするうち上手になるよ」
     其を証する秀作、蝗の佃煮と蒲公英のお浸しを指差す。
     そして箸を取った手は、彼を元気付けるよう次々美味を放り込み(あーんして待ち構える海里は華麗にスルー)、
    「今度は一緒に作ろう、その方が楽しい」
    「……はいっ」
     もぐもぐ、と倖せを噛み締めたヒトハは、袂を寄せるや伸ばした手で饗膳のお返し。
    「いつもあーんしてくださるので、今日は僕もするのです……」
    「ふふ、有難う」
     摘み食いせんとする海里を肘鉄で沈ませた優は、ウマいもマズいも関係なく嚥下し――その微笑ましい景を見る兎さんリンゴが、弁当の園で飛び跳ねる様だった。


     チューリップ畑の中央に佇む教会は、外の陽気から切り離された様に暗く涼しく、靴音を響かせる鏡石と言い、静謐と荘厳が相棲まう。
     ステンドグラスより光を受ける鐘だけが存在を輝かせる神秘は、仰ぐ者の心も静めるか――未知の佳声は尖塔に反響して、
    「こういうのって『鐘を鳴らした二人はずっと幸せに』ってのがあったりするよな」
     ずっと、倖せに。
     その言葉を聴いたニコが、最愛の花に手を差し伸べる。
    「……よ、良ければ如何だろうか、其の、鐘をだな……」
     すると振り返った青瞳は柔かく細んで、
    「ああ、一緒に鳴らそうぜ。これからもずっとお付き合いするんだからな」
    「未知、それは」
    「意味が違うって? あははー」
     笑声が靨笑を連れて間もなく、鐘の音が碧落に澄み渡る。
     願いと誓いを込めた音色は、動もすれば過ぎゆく春を惜しむ様に、彩の花園に慈雨と降り注いだ。
    「私、此処でやりたい事があるの」
    「なに?」
    「神父さん♪ だから新郎新婦役、よろしくねぇ?」
     反論は聞かぬという深香の強引は毎度でも、然程抵抗せぬ宗田の方は意外だったろう。
    「宗田くんだって、好きな子の為に練習しておいた方がいいでしょ?」
    「るせぇ、その時は押し切るからいいんだよ」
    (「コイツが断る訳ねぇのも判ってるからな」)
     実の所、彼は深香が事前に持ち掛けた提案に乗った訳だが、其を知らぬ澪は密かに落ち込む。
    「そっか……好きな人、いるんだ……」
     佳顔の翳りに気付いた姉はふんわり苦笑しつつ、
    (「ほんとにわかりやすい。澪だけよ? 気付いてないのは」)
     このもどかしく愛おしい恋を結ぶべく、メモした言葉を朗読した。

     ――誓いますか?
     ――誓います。

     打ち合せ通り、深香と宗田の言は滔滔。
    「澪は?」
    「誓います……」
     宗田の為に役を演じる澪だけが声を落としていたのだが、
    「じゃあ誓いのキス」
    「キス!?」
    「――は、置いといて。指輪の交換ね♪」
    「へ……」
    「なに百面相してんだよ。さっさと準備しろ」
     急かされる儘に差し出した左手、その小指に、金平糖形の蛍石の指環がキラリと輝いた瞬間、時が止まる。
    「えっ、と。これは僕が嵌めても……?」
     可愛い――、と自分が思って良いのかと顔を上げた瞬間、頬に脣が寄せられ。
    「鈍い。んなもん決まってんだろ」
     間近で聞く声に呆然とし、その科白に唖然とする。
     自失する澪を連れ戻したのは、深香が鳴らす鐘の音で、
    「おめでと澪ー!」
    「おい、それ俺らが鳴らす予定で」
    「弟をよろしくねー!」
    「聞けや」
    「ちょ、ま……えぇっ!?」
     ここで漸く二人の作戦に気付いた澪は、キスが捧げられた頬からみるみる熱を上げる。
    「ぼ……僕、あいしゅ買ってくりゅっ……!!」
     とは言ったものの、その熱は涼味で収まりそうもなかった。


     天空の彩園、それより更に高い見晴らしを得る展望台は風も涼しく心地良い。
     格別の眺望を得た煌希は焼きトウモロコシ(強)を手に身を乗り出し、
    「早々に走って消えた静と、ついていった噤と、保もどこだろ?」
    「さて食べ物の匂いに真っ先に釣られるのは誰かな」
     仙はイカ焼き(強)を風に乗せて仲間の合流を待つ。
     香味が友を呼んでくれるという予測は見事的中、
    「ほらほらこっちから美味しそうな良い匂いが……うん?」
    「あっ、先輩達が先に……です……」
     鋭い嗅覚に導かれた静が現れれば、その背からピョコリ噤が花顔を覗かせ、
    「すごい、光を浴びてきらきらしてる……色が溢れて、素敵やねぇ」
     階段を昇りながら美景を俯瞰する保が揃えば、また『いつものメンバー』。
     仲良し5人組は透徹たる空の下に声を弾ませ、
    「地上から見たものとはまた違って……広いです……綺麗、です……!」
    「あ、僕等が走ったコースはあの辺かな?」
    「チューリップが描く巨大チューリップのラインを辿ってきたようだぜ」
     一本一本の花が集まって模様になる。
     僕等の生活もこんな感じなのかな、と言ちる静に皆々が頷く。
    「花が集まって絵を描いて……そや、ボク等も絵描いてみる……?」
    「写生か。写真より個性が出て面白いかも」
     良い場所はないかと仙がマキノに電話を掛ければ、声は二つ届いて、
    『それなら近くにあるテラスが良いわ』
    『お弁当も食べられてオススメっすよ!』
     お弁当――。
     その提案に或る金瞳が耀き、或る金瞳ははたと泳ぎ出す。
    「みんなでお弁当も楽しそうです……です……」
    「あれ、お弁当? えっ、あれ……無い」
    「? どうした?」
    「うん、見たところ手ブラだけど」
     なんという一大事。
    「静さん、お弁当落としはったん? それは大変。探そう」
     絶景を愉しむ為の双眼鏡は捜索道具となり、仲良し5人組の探偵ごっこが始まる。
     風に揺れる色彩の海が、その睦まじきに微笑ましきに光を溢して笑う様だった。

     斜陽が差せば、光の色と角度に驚くほど表情を変える彩園。
     僅かな時間が許す佳景に【daily】を構えた錠は、其処に佇む影に我が虹彩を絞る。
    「――本当は、二十歳を迎えた日に貰ったコイツを使っている処を見せたくて誘ったんだ」
     影は、葉は理解っていただろうか。
     沈黙の裡に低語を受け取った彼はふと茜の空を仰いで、
    「あの頃もそんな風にカメラを向けられたっけ」
     花の馨を含んだ風が初夏の気配と懐かしい記憶を運んでくる――と、逆光に煽られた素顔は錠にしか分かるまい。
     レンズ越しに眼が合えば、灰色の瞳は柔く細んで。
    「――好い風吹いてるな」
     不敵な笑みを返した錠は、嗚呼という相槌をシャッターに代える。
    (「――この花の馨ごと、フレームに閉じ込めちまえたらいいのに」)
     やけに手に馴染むレンジファインダーの硬質が、己が惜春を慰める様だった――。

     夜になれば、天空の彩園は眩い光に浮き上がり、また別なる表情を見せよう。
     大地に色を広げた命は時を惜しんで華やぎ、耀き――その姿はまるで儚き青春を謳歌する若人。
     美し花園を双眸に愛でた灼滅者達も、そこに我が身を重ねたろうか――薫風に揺れる花達は、歩みを止めぬ彼等の足を波に送り出す様だった。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月3日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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