うずめ様の予知~ダーク・フレンジー

    作者:麻人

    「はあ、はあ、はあ……あっ!」
     暗がりで足元の障害物に気が付かなかった杏子は、思いきり転んでしまった。
    「いったたた……」
     打ちつけた膝も手のひらも擦り傷だらけになっている。慌てて立ち上がり、再び駆け出そうとするが――最悪なことに、路地の先は行き止まりだった。
    「この状況であなたが逃げられる可能性は0です」
     振り返ると、そこには能面のような顔をした男が立っている。彼はサングラスを白手袋の指で押し上げ、冷ややかに告げた。
    「ほら、さっさと正体を現しなさい。それとも、闇堕ちも出来ない無能というわけですか?」
     男の背後では、青い色をした化け物が不気味な声を上げている。
    (「な、何言ってるのこの人……?)
     がくがくと震え、見開いた両目から涙をこぼしながら杏子は夢中で首を振った。いつものように部活を終えて家に帰る途中、こいつらに襲われて路地裏へと追い詰められたのだ。
     やめて、と叫ぶ。
    「あたし、なにもわかんない……お願いだから、おうちに帰してよ!!」

    「大変だよ、行方がわからなくなっていた刺青羅刹の『うずめ様』の動きが判明したんだ!」
     須藤・まりん(高校生エクスブレイン・dn0003)は集まった灼滅者を見渡して、事の発端を説明し始める。
    「九形・皆無さんやレイ・アステネスさんが心配していた通り、爵位級ヴァンパイアの勢力に加わっていたみたいなの。それで、彼女の予知によってデモノイドロードが灼滅者を襲ってる……襲われているのは武蔵坂の灼滅者や闇堕ちとは関係のない、突然灼滅者になった一般人達なんだ」
     このデモノイドの動きを察知できた理由のひとつとしては、咬山・千尋や七瀬・麗治が警戒してくれていたことも大きい。
    「デモノイドはこの灼滅者を闇堕ちさせようとしてるみたいだけど、その理由はまだ分からない。でも、突然灼滅者になった一般人は戦闘力もほとんどないし、このまま追い詰められている状況を放っておくわけにもいかない……お願い、急いでこの子を助けに行ってあげて!」

     襲われているのは卓球部に所属する杏子という中学生で、学校帰りに襲われた彼女はデモノイドに路地裏まで追い回された挙句、ついに逃げ場を失ってしまった。
    「場所は細い路地の突き当たりで、彼女のすぐそばにはデモノイドロードが1体とそれに率いられたデモノイドが5体いるよ。割って入れば、おそらくこちらとの戦闘を優先するはず。ただ、路地裏は狭いから奥にいる灼滅者を戦闘中に逃がすのは難しいかもしれない。できるだけ、敵の注意を引き付けて彼女を巻き込まないようにしてあげて」
     デモノイドロードはサングラスをかけた大柄な男で、後ろからデモノイドに指示を出しながら戦闘を行う。デモノイドヒューマン相当の攻撃を行う他、デモノイドロードについては右腕の先が針に変形し、殺人注射器と同じような攻撃力を持つようだ。

    「救出した灼滅者の子には、事情を話して保護してあげて欲しいんだ。そのままにしておいて、また狙われたら大変だしね」
     お願いね、と言ってまりんは説明を終える。
    「ようやく掴めたうずめ様の行方、何かの糸口になるといいんだけど……一体、何が起こってるんだろうね?」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    峰・清香(大学生ファイアブラッド・d01705)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    木元・明莉(楽天日和・d14267)
    細石・十十十(青色信号・d26079)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)
    ロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)
    ミーア・アルバーティ(猫メイドシスターズ・d35455)

    ■リプレイ

    ●袋小路の路地裏にて
    「あたし、なにもわかんない……お願いだから、おうちに帰してよ!!」
     袋小路に追い詰められ、今にもデモノイドに蹂躙されようとしている杏子の叫びが裏路地に響き渡る。
    「やれ」
     無慈悲なデモノイドロードが命令を下した直後、よく通る声が告げた。
    「何の力も持たない女の子一人を襲撃するようになったなんて、デモノイドも落ちぶれたもんだな」
    「なに――!?」
     木元・明莉(楽天日和・d14267)と平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)はタイミングを合わせ、両脇のビルの窓から同時に飛び降りた。
    「きゃあっ!!」
     後ずさって悲鳴を上げる杏子の前に、混乱に乗じてデモノイドの間をすり抜けた細石・十十十(青色信号・d26079)が滑り込む。
    「ここは僕らに任せて」
     全開の笑顔で言うと、杏子がぽかんとした顔で「え?」と瞬きした。
    「助けて……くれるの?」
    「はい!」
     安心させるように微笑むと、ミーア・アルバーティ(猫メイドシスターズ・d35455)は軽くスカートの裾をつまんでお辞儀する。
    「杏子様を助けにきました! ミーア達は愛と正義の味方なのですにゃん」
    「愛と、正義の味方……」
    「宣誓ッ!」
     左手を突き出し、拳を握った右手を頭の上で曲げたポーズを取りながら和守が名乗りを上げた。ベルトのバックルにスレイヤーカードを挿入して、その身に機械式の全身鎧を纏っていく――!
    「キャプテンOD、見参ッ!」
     ぐるんと腕を回してポーズを決める和守の背中を、杏子は呆然と見つめて言った。
    「な、何者なの……?」
    「君を助けに来た、正義のヒーローだ。今はとりあえず、そう思っておいてくれ」
    「ほ、ほんとに?」
     ようやく事態を飲み込めたらしい杏子の両目から、恐怖ではなく安堵の涙がこぼれ落ちた。
    「うん。でも、他にもいるといけないから、あんまり離れすぎないで、隠れてて。アレ、どうにかしたら迎えに来るから」
     十十十に言われ、杏子は慌てて回りを見渡した。
    「で、でも……隠れるところなんて――」
     もう路地は突き当りで、目立つ障害物はゴミ箱や排水パイプくらいしかない。和守は関節に仕込まれたモーター音を響かせながら携帯式の龍砕斧を着脱し、戦闘態勢を取った。
    「敵を後方に抜かせず、戦線を押し上げる必要があるな」
    「ああ。できるだけ早く杏子を戦闘範囲から外す」
     明莉は頷き、素早く癒しの矢を番える。
    「それでは音の壁を張るのです!」
     和守を中心に殺界形成が敷かれるのに合わせて、ミーアはその臨界点に上から下へと不可視の防音壁を下ろした。
    「邪魔が入りましたか」
     眼鏡を押し上げ、戦況の変化を確認するデモノイドロードの前にロスト・エンド(青碧のディスペア・d32868)が進み出る。
    「君達の相手はこっちだよ。彼女を殺す前に、まずは俺を殺してみるんだね……できるものなら、だけど」
     夜の風に髪を靡かせ、ロストは敵の注意を引き付けるべく告げた。
    「理解できんな。貴様らがなぜ、そのような出来損ないを救おうとするのか……」
    「理解できないのはそちらの方だ」
     スレイヤーカードを指先で翻しながら峰・清香(大学生ファイアブラッド・d01705)が問いかける。
    「デモノイドロードは未成年略取の変態行為まで始めたか?」
    「変態行為……」
     デモノイドロードの声色に怒気が混ざる。
     一方、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は余裕をもって微笑んだ。
    「あら、違ったんですか? それにしてもデモノイドが五体にデモノイドロードが一体、どうやって空港を通過したんですかね? それとも、爵位級の拠点がこの本朝の内にある?」
    「貴様らには関係のないことです」
     言い捨て、デモノイドロードは右腕を注射器のような形へと作り変える。同時に紅緋はスレイヤーカードを抜き払い、その身にデコラティブなドレスを纏った。
    「関係おお有りなんだおっ」
     その背後から、マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の肩にくくり付けられたLEDライトが眩しく夜の裏路地を照らし出す。
    「っ……!」
     杏子は目もくらむ眩しさと逆光の中、日本刀に振り回されるようにして飛び出すマリナの姿を見た。杏子に昔の記憶を重ねたロストは妖槍を手に、マリナと並び立ってデモノイドの群れへとその穂先を差し向ける。

    ●駆逐
    「どうした、化け物。獲物はこっちだよ」
     旋風輪によって注意を引き付けたデモノイドの攻撃をいなしながら、ロストは更なる怒りを付与するため、WOKシールドを展開しつつ別のデモノイドへと体当たりを敢行する。自然と攻撃が集中するが、デモノイドの殴打を食らってもロストは顔色一つ変えない。
    (「命なんて意外と安いものさ。特に、俺みたいな人間のはね……」)
     まるでその心を読み取ったかのように、ミーアが防護符で援護する。愛くるしい笑顔を浮かべ、ウェイトレス姿のマーヤを援護に差し向けた。
    「絶対に誰も倒れさせたりいたしません!」
    「同感」
     明莉はデモノイドロードのばら撒くエフェクトへの対応として清めの風を巻き起こす合間を見て、次々と仲間たちの命中と防御面を底上げしていく。
    「木元さん、ありがと!」
     光り輝く盾に守られながら、十十十は自らも最前線でワイドガードを展開して鉄壁の防御を固める。
    「峰さん、いって!」
    「ああ、狩りの始まりだ」
     デモノイドの攻撃を受け止めた十十十の肩を踏み台にして、清香は跳躍した頭上から蹂躙のバベルインパクトを敵の脳天へと文字通り打ち込んだ。
    「ガッ……」
    「まずは一体」
     灼滅してゆく体から杭を引き抜きつつ、清香は既に次の個体へと蛇咬斬を差し向けた。腕を絡めとられ、動きを封じられたデモノイドの懐へと紅緋が滑り込む。
    「その蒼い表皮、ズタズタにしてあげますよ」
     微笑みとは裏腹に突き上がった獰猛な赤い刃が一瞬にしてデモノイドを血祭に上げた。続けて舞うように神薙刃で追い詰め、そのまま鬼化した腕を叩きつけて止めを与える。
    「ちっ……」
     ただの肉塊と化すデモノイドの最期を見据え、デモノイドロードは舌打ちした。
    「おっ? 回復せずお仲間放置かおっ? 気付いたら火達磨で倒れててもしーらないんだおっ♪」
     そこへマリナが敵後衛へとブレイジングバーストを放ちつつ挑発をかけるので、デモノイドロードは苦し紛れに残るデモノイドの援護へと回る他ない。
    「うおおおおッ!!」
     だが、和守はそれ以上のダメージを与えれば構わないとばかりに龍骨斬りで敵陣を駆け抜ける。命中精度とガード効率が上昇した機体はまさしく特攻を可能にした。
    「そ、おれ!!」
     手の空いた十十十は目の前に吹き飛ばされてきたデモノイドを鋼鉄拳で思い切り殴り飛ばす。
    「残り二体!」
    「デモノイドは私の第三の宿敵も同然。遠慮なく参りますよ」
     牽制の神薙刃を敵陣へと放り、紅緋はアスファルトを蹴った。デモノイドが初撃を弾いた隙をつき、閃光百裂拳を弾幕のように撃ち込む。
    「ガガガッ!!」
     だが、怒りに囚われたデモノイドは後退をよしとせず、引き寄せられるようにロストへと襲い掛かった。
    「こんなものか?」
     両手で構えた槍でデモノイドの攻撃と鍔迫り合いを演じつつ、ロストは捨て身の攻撃を続ける。その全身が血に塗れようと、仲間が勝てばそれでいい。デモノイドの背後から紅緋が鬼神変を決めるのを見届けて、彼は満足げに吐息をついた。
    「私にお任せなのですにゃん!」
     傷の深いロストへとミーアが防護符を紡ぐ。
    「頼んだ」
     ダメージの回復はミーアに任せ、明莉は両目を閉じて弓の弦を弾く。厳かな弦音が喚ぶ清めの風が味方に蓄積したエフェクトを浄化した。
    「くそ」
     明らかな劣勢を前にして、デモノイドロードは更に後退した。気づけばかなりの距離を押し出されてしまっている。闇堕ちさせなければならないはずの少女は遠く、固唾を飲んで戦いの行方を見つめていた。
     彼女の傍に佇む明莉が安心させるように微笑む。
    「大丈夫、俺たちが守るから」
     杏子は唇を引き結び、こくりと頷いた。どうやら無理に逃げる気配はないようだと察したマリナは攻撃のみに集中する。
    「私がこんなやつらに負ける、だと……?」
     嵐のようだったバレットストームが止んだと思った次の瞬間、マリナによる雲耀剣の一閃がデモノイドロードを襲った。
    「観念するんだおっ!」
     まずい、と思ったデモノイドロードはもう一歩後ずさるが、そこには既に紅緋が回り込んで退路を塞いでいた。はっとして振り返るが、そちらは清香が道を塞いで杏子に流れ弾が向かうのを防いでいる。
    「確認です。切り刻まれるのと叩き潰されるの、どちらがお好みですか?」
     背後で最後のデモノイドが左右から清香と和守に追い込まれ、急所を穿つ杭と蹴撃による紅蓮の炎にまかれて断末魔の叫びを上げるのを聞きながら。デモノイドロードは観念したように紅緋の問いに答えた。
    「できれば、切り刻まれる方がマシですかね。醜いのは嫌いなので。ですが――最後まで、足掻いてみるとしましょうか」
     言い終える前に突き出す注射器の先が蒼い鎧に覆われたロストの肩を深々と抉る。
    「くっ……」
     さすがにデモノイドロードの一撃は重く、足が揺らいだ。
     だが、ロストは妖槍の穂先に点した冷弾を零射程から放ち、告げる。
    「ほら、さっさと俺を殺してみろよ。それとも、灼滅者一人も殺せない無能なのかい?」
    「これは、言質をとられましたね。では、お望み通り――!!」
     再び襲いかかる針先を今度は十十十が引き受けた。
    「なんのこれしき!」
     既にミーアと明莉が動いた後だったこともあり、十十十はソーサルガーダーをロストに差し向ける。
    「俺は――」
    「あー、もっと殴りたかったな」
     ロストの反駁をさらりと躱して、祖霊の加護を得た光盾をかざしながら十十十がぼやいた。
    「マリにゃん、こっちは大丈夫だよ」
    「それじゃ、一気に決めるんだおっ」
     マリナはただ力任せに日本刀を振り回しているようで、的確にデモノイドロードを仲間の包囲へと追い込んでいく。
    「くっ――」
     遂に、デモノイドロードの足が止まった。
    「では、これでお仕舞です」
    「必殺ッ!」
     微笑みと共に紅緋は真紅の刃を引き連れて舞い、和守は排気音を上げて突進しながらチェーンソー剣の出力を限界まで引き上げる。
     ――二人がデモノイドロードを起点にして交錯した一瞬後。背後でひと際大きな血の花が咲いた。
    「く……うずめ様のせいで、こんな……負けるとは……」
     アスファルトの上に倒れ込んだデモノイドロードは粒子となって灼滅されてゆく。あとには何も残らなかった。

    ●目覚め
    「これでもう大丈夫ですよ、他に痛い所はございませんか?」
     杏子の前に膝をつき、彼女の傷を癒したミーアはにっこりと微笑んでみせる。ネコ耳メイド服姿のミーアに顔を覗き込まれ、杏子は照れたように頷いた。
    「う、うん……ありがとう。それであなたたちは、えっと……」
    「武蔵坂学園に所属する灼滅者、という者だ。さっき戦ってみせたのは、君自身に備わったのと同じような力なんだよ」
     明莉は杏子の反応を見ながら、ひとつひとつ易しい言葉で説明していく。
    「むさしざか……? そこに行けば私と同じ力に目覚めた人たちと会えるの?」
     清花が頷き、後を引き継いだ。
    「ああ、それに来てくれれば茶と軽食くらいなら出せるよ」
    「軽食……」
     その時、杏子のお腹が鳴った。
    「あ、あう……! 部活の後で、お腹減ってたから……!」
     恥ずかしそうにお腹を押さえて、杏子が真っ赤になった。
     マリナが両手を挙げて申し出る。
    「もし引っ越しとかすることになったら手伝うんだおっ」
    「う、うん。でも、迷惑じゃないのかな?」
     不安そうにこちらを見る杏子に、明莉は首を横に振って心配の必要がないことを伝えた。
    「むしろ、来てくれるのなら嬉しいよ。その学園に、君と同じ名前の子がいるんだ」
    「私と同じ?」
    「うん。年頃も同じでね、だから君の事を放っておけなかった。学園に来て力を使いこなせるようになれば、きっと何かの役に立つはずだよ。親御さんへの連絡も、こちらから入れることもできると思うしね」
     親身になって説明する灼滅者たちに心を開いたのか、杏子はほっと肩の力を抜いて頷いた。一緒に学園へ行きたいという希望を伝え、立ち上がる。
    「じゃ、じゃあ、よ……よろしくお願いします」
     ぺこりと頭を下げ、差し出された手を握り返す彼女の前には今、新たな道が開けていた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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