タタリガミの最期~宿星の継承者

    作者:夕狩こあら

     ギシ、ギシ、と床板の擦れる音が昏い廊下に響く。
     ハァ、ハァ、という差し迫った息遣いも。
    「……此処まで来れば、誰も私を見つけられない。傷付けられない」
     時代を感じさせるセーラー服姿の女は、ガタつく扉に細指を掛けると、震える指先で開き、教室に並ぶ長机に倒れ込む。
     古木のザラつく感触を撫でた女は、漸く安堵の表情を見せ、
    「嗚呼、やっぱりこの『忘れ去られた旧校舎』は私を決して裏切らない……」
     此処なら安心。
     ずっと隠れていれば良いのだ。
     自らのホームグラウンドに立て籠もれば、きっと生き延びられる――と息を吐く。
    「愛しラジオウェーブ様が何処にいらっしゃるかは分からないけれど、あの方から御指示を頂戴する迄は、あの快い電波を受信する迄は、必ず繋いでみせる……」
     そっと胸に手を当てる。
     この騒めきは不安と安心と、恐怖と希望だ。
     何より己を己たらしめるは、愛しラジオウェーブと種を同じくするタタリガミなる矜持であり、
    「私達は都市伝説を生み、其を喰らって進化する悪霊……」
     ブツブツと呟く女は、後ろより迫る『脅威』に精神では強く強く抗っている。
     彼女が使役する都市伝説では決して凌げぬであろう其は、今、巨大な長躯を波立たせて廊下を進んでおり、最期の刻は近い――。
     それでも女は持ち得る能力を全て出して迎撃し、
    「私達は創造と捕食、変身を繰り返す事で、どこまでも強くなれる……どこまでも」
     宙より飛び掛かる『鎖』に銅を貫かれつつ、タタリガミの意地を見せ、事切れた――。

    「ラジオウェーブには、己が最終計画が成功する可能性が僅かにもあるならば、どんなに勝率が低くても敢行する……謂わば悲劇のヒロイン的な所があったンすが、そんな薄倖の身も遂に虫の息ッスね」
     ソウルボードにおける拠点として建てた『電波塔』は破壊され。
     ジョーカーとして切った筈の『巨大七不思議』は撃破され。
     そして今回、『ソウルボードの綻びから漏れ出た力を掠奪する作戦』は、おそらく最後の望みをかけた作戦であったろうが、それも灼滅者によって阻止された。
     最早ラジオウェーブ率いるタタリガミ勢力は残息奄奄だと言う日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)に、教室に集まった灼滅者達は愈々勝利を確信するか――否、表情は硬い儘だ。
    「もう奴に打つ手は……」
    「未だラジオウェーブの行方は掴めていないものの、勢力として大きな事件を起こす力は残っていない筈ッス」
     ノビルがそう言うのは、単身で拠点に引きこもっていた配下が次々に襲撃されるという予知を得たからだ。
    「独り守りを固めていたタタリガミの残党が喰われ始めている、だと……?」
    「そうなんス。落ち目のダークネス組織が他のダークネス組織に潰されるのは、多くの勢力を葬ってきた兄貴達こそよく見た末路と思うんスけど、今回は少し様相が違ってて」
    「どういう事だ」
    「今回、タタリガミを襲うんは『突如現れた巨大な鎖』なんスよ!」
     鎖――。
     そう聞いてヒクリ眉を動かす者が多いのは、関わった灼滅者の多さを示そう。
     ノビルはこっくりと頷いて、
    「押忍。こいつは間違いなく、ソウルボードに出現した『鎖』と同質のものッスね」
    「……そうか」
     今回出現する『鎖』は全長7m程度、根元はどこにもくっついていない浮遊体。
     前回に比べれば少し短めだが、そのぶん動きが早く、多彩なサイキックを使用して攻撃を行なってくる。
    「戦闘力は、ソウルボードを守っていた鎖より上なのは確実ッス」
     そうノビルが断言するのは、前回の『鎖』がソウルボードをソウルボードたらしめんと『防衛』に動いていた一方、今回のそれは修復機能を持たぬ代わり『攻撃』に特化したものと考えられるからだ。
    「それを証明するかのように、この巨大な鎖は終始タタリガミを圧倒し、撃破した後は何処へともなく消失してしまうんス」
     標的を撃破すれば消える。
     それはまるで目的を持っているようで――、
    「コイツの出現および襲撃目的については、『ソウルボードへの攻撃に対する報復』と見るのが妥当なんスけど、仮に『好きな場所に出現できる』としたら、かなりの脅威ッス」
     何処へともなく消失するという事は、何処へともなく出現できる可能性もあるのだ。
    「確かに。多くの灼滅者が『鎖の破壊』を選択したからな……タタリガミの次は、俺達が標的にされる可能性が高い」
    「そこで、兄貴と姉御には、件の現場に駆けつけ、鎖が脅威となる前に撃破するか、或いは『何らかの情報』を持ち帰ってきて欲しいンす!」
    「情報、か……」
     ソウルボードで実際に『鎖』と対峙した灼滅者からすれば、会話や意思疎通は行えないという印象だったろうが、ノビルは「何かしら感じるものがあるかもしれず、情報を得る事も不可能ではない」と言う。
    「今回出現する『鎖』が、タタリガミの撃破を目的としているなら、灼滅者との戦闘は望んでいない筈なんす」
    「俺達にとっては、ここがチャンスという訳か」
     鎖を前に戦うか退くか――またも選択を迫られる灼滅者に、ノビルはより多くの情報を提供すべく説明を続ける。
    「襲撃を受けるタタリガミは、七不思議使いに類する攻撃技に加え、断斬鋏のような武器を持ってるッス。戦闘時のポジションはジャマー、なんスけど……実際に戦闘のメインとなるのは『鎖』の方ッスね」
     鎖のポジションはキャスター。
     我が身を撓らせ、或いは棒の如く固くして、柔と剛を駆使して攻撃してくる。その姿は、まるで巨大なダイダロスベルトか妖の槍のようだ。
    「姉御らが鎖と接触し、戦闘を始めれば、タタリガミは逃走する可能性が濃厚っす」
    「うーん、見逃しても良いのかしら……」
    「ふむ。ラジオウェーブ勢力が壊滅状態とはいえ、タタリガミは都市伝説を生み出す力がある。一般人の脅威となる要素は排除しておきたい処だが……」
    「自分は灼滅するのが望ましいと思ってるッス」
     手持ちの情報媒体から噂を拡散し、新たな都市伝説を創造するタタリガミ。
     下手に彼等を逃せば、以後、どんな強力な闇を生むか分からないというノビルの懸念は尤も。
     灼滅者は更に意見を交わして、
    「タタリガミの逃走を阻止する為には、奴が鎖に撃破されてから戦闘を始めるか、先に鎖と共にタタリガミを攻撃する事になるかな」
    「鎖の反応はどうだろう」
     これにはノビルが言を加える。
    「鎖は戦闘中に撤退する事は出来ないみたいッスよ」
     灼滅者との戦いを望まぬ鎖は、タタリガミが逃走するか灼滅された後、灼滅者が撤退すれば撤退し、戦闘は終了する。
     戦闘の流れを確認した彼等は、一息置いて再び唸り、
    「……鎖の目的は本当に『報復』なのかな?」
    「或いは何か別の理由があるのか……何だろう、嫌な予感がする」
     胸が騒ぐ、と表情を強ばらせた儘の者も多い。
     ノビルは警戒を緩めぬ彼等に自らも真剣になって、
    「兄貴と姉御は、もう敵を倒し尽くすだけでは見えない何かを掴み始めている気がするッス……進む先に何があろうとも、ご武運を!」
     と、全力の敬礼を捧げた。


    参加者
    万事・錠(オーディン・d01615)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472)
    アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)

    ■リプレイ


     目下の撃破対象であるタタリガミと、その潜伏先に現れた灼滅者。
     件の『鎖』が其々にどの様な反応を示すか、先ずは静観に徹した彼等は非情にも見えたろうが、蓋し之が兵法というもの。
     些細な情報をも得んとする炯眼は、廃校舎の昏きに爆ぜる火花を、其が燻りと消ゆ迄を聢と見届けた。

     ――私はお前に何もしていない! 戦う理由もない!
     ――ソウルボードへの干渉を悉く挫かれた我々に、何を今更!

     一切を語らず襲い掛かる『鎖』に対し、女の叫声が虚しく響く。
     剣戟と衝撃、そして悲鳴が暗澹を裂く中、観察の声は淡々と挟まれ、
    「このタタリガミが過去に『鎖』に何かした風もなし、個人を狙った報復じゃないな」
    「ほんなら吸収が目的か……せやかて養分にするとか、そない貪欲も感じられへん」
     あくまで直感として、と前置きした上で槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)と諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)が意見を交わす。
     対峙した時の感触こそ秘鑰と為り得るとは『綻び』で実感した彼等である。
     幾多の経験が証する勘あれば、優れた洞察力もあろう、

     ――此処は誰も知らない私の拠点。なぜ場所が分かった?
     ――ッ、『鎖』がこんな使われ方をするなんて!

    「タタリガミは『鎖』が探索能力を持ってるって、今知ったって感じだね」
    「かの『鎖』が切り離され、移動し、襲撃してきた事に驚いているようです」
     風峰・静(サイトハウンド・d28020)が女の驚愕と焦燥の原因を探る隣、アリス・フラグメント(零れた欠片・d37020)は片眼鏡を隔てた右眼で宿敵の不識を射貫く。

     ――お前をあの方の下へ行かせては……!
     ――嗚呼ッ、ああァアアッ!!

    「力差は歴然……ラジオウェーブを知り慕うとはいえ、腹心では無いかと」
    「精鋭なら先の決戦に参戦していた筈だから、その程度って事ね」
     貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472)と荒谷・耀(一耀・d31795)にとっては、トヲコの絶叫も囂しい家畜の吠声。
     脅威に屠られる彼女は唯の情報源か、或いは次に控える戦闘の為の参考か――同じく戦況を見る万事・錠(オーディン・d01615)は『鎖』の可動範囲に攻略を探りつつ、
    「ただ見てるだけってのもヒマだよなー」
    「……こう一方的だとな」
    「おいなんか一発芸でもやれよ」
    「無茶振りかよ」
     緑瞳が注がれるや直ぐに「やっぱクソつまんねー」と突っぱねる一・葉(デッドロック・d02409)も、『鎖』の行動原理をよく感じ取っている。

     ――うグッ、お前は修復を阻んだ灼滅者こそ憎い筈!
     ――奴等の始末に掛かれば逃げられるものを、ッ!

    「俺らにもラジオウェーブにも見殺しにされるってどんな気持ちだろうなあ」
     まあ死んでくヤツには関係ねぇか、と飄然を添える葉は堂々、姿を隠さない。
     標的以外に殺意を示さぬ『鎖』は、彼が距離を近くしても攻撃に転じる気配はなく、タタリガミの襲撃以外に目的は在らずとでも言わんばかり。
     いや、そうだろう。
     先のソウルボードの修復然り、行動を阻害されなければ『鎖』は目的を遂行するのみで、
    「仮にコイツが俺達を襲って来ても、第三者を、一般人を無視してくれれば良いんだが」
    「あとは突然現れる能力によって周囲の人が巻き込まれないか――そこが難点です」
     次なる展開に懸念を示した康也とアリスが、トヲコの言よりヒントを得る。

     ――私はあの方の御指示を、電波を受信しなくてはならない!
     ――配下が一人でも生きている事を証する為に!

     電波、つまり首魁が発する指示、連絡網を利用した可能性は……?
     何かを掴み掛けた瞬間だった。

     ――嗚呼、愛し恋しラジオウェーブ様。
     ――貴方の電波を……ッッ……!!

     あまりに一方的な攻撃に、女の痩躯が崩れる。
     覆い難い戦局はその儘、終焉に至る刻を加速させ、
    「餌が食われる……ぁぁ、何でもないですよ、失礼」
     白磁の麗貌に返り血を浴びた葉月は、易々見逃す『癒し』に舌打ちを隠す。
     同じくダークネスを糧と見る耀にとっては、差し詰め吸血鬼が牛でご当地怪人は豚、タタリガミは都市伝説なる卵を産む鶏あたりが適当か、
    「情報を持ち帰るには仕方ないとはいえ、自分で食べ……もとい灼滅できないのは苦ね」
     せめて空腹を紛らわせるだけのものは戴こう、と爪先を弾いた。
    「ッッ、灼滅者……!」
     血塗れた細指より和鋏を滑らせた女が、眼前に割り入る影に声を絞る。
     否、其は光であったろう。
    「トヲコだっけ。……悪いね、君の死を踏み台にさせてもらう」
     痙攣する瞳孔は紫電に明るむ静の背を掠め、それと同時、混沌に沈む聴覚はゆかしき怪談を聴く。
    「あんたん犠牲は無駄にはせぇへんよ」
     往く道を紙一重違えただけの伊織は、死に送る宿敵に思う所が無い訳ではない。
     唯、彼女に守りたいものと覚悟があった様に、自分達にも譲れぬものがあって――、
    「地獄で逢えたら、今度こそ遊ぼうぜ」
     先に往け、と消滅を見届ける傍ら、尚も迫る『鎖』の片端を【Notenschrift】に射止める錠の科白に、一瞬だけ睫を伏せる。
     痛撃も叫ばず反り返った異物は、ここに彼等を障碍物と捉えたか、
    「お前はもう少し遊んでいけよ」
     早々に去る筈の躯が殺気に触れるや、忽ち第二の標的に飛び掛かった。


     防戦一方だったトヲコとは対照的に、攻守に優れた布陣及びサイキック構成にて万事を整えた灼滅者は、『鎖』にとって頗る面倒な相手だったろう。
    「ええ、都市伝説を食べてきた者に相応しい末路を見せてくれました」
     今からその礼をする、と閉じていた左眼に青の透徹を解放したアリスが、敵の機動力を制す精確を光矢に引き絞る。
     精度が鍵になるとは全員が共有した戦術か、葉月と耀は自ら超感覚を研ぎ澄ませ、
    「我より前に餌を屠った聊爾、極刑に値する」
    「扨て、あなたのお味はどんなものかしらね」
     光と疾る【紫縁】と軌跡を一にした【塵殺の黒翼】が、衝撃を乗算して敵躯を折曲げる。
     びたん、と鞭打つ巨鎖には更に二狼が噛み付き、
    「尻尾を捕まえてあげよう」
    「そっちが尻尾なら、こっちは頭か?」
    「あっ判らない!」
     静がむんずと一端を掴めば、康也は逆側を鋏撃に楔打ち、超接近戦を躊躇わない。
     異形が拘束を振り払うより先、錠は鎖環に狙いを定め、
    「二人とも、その儘で頼むぜ」
    「ここで外したらダッセー」
     と、悪態を吐く葉より必中の矢を受け取って、擡げた蠍尾を墜下した。
     衝撃が波動と為って躯を波立たせる――その様子を伊織は具に観察し、
    「魚みたいに跳ねはって、痛覚はあらしますの」
     堅牢を配りつつも、反撃の氷柱を避ける視野の広さに、敵も舌を巻いたに違いない。
     ――但し「意志」があればの話だが。
     意識や知性の類は持たぬと、先ず触れた感触で知覚したのは静。
    「変な手応えだなぁ……『鎖』そのものに憎悪や敵意は感じられないね……」
     破邪の光を衝き入れて返るは「反応」であって「感情」ではない。
     忽ち返報に出る『鎖』には、葉が【cursor】のベクトルに軌道を往なしつつ、
    「そもそも、こいつってダークネスなのか?」
     人型を成さず、人格を得ず。
     多くのダークネスを屠ってきた手が、そのどれでもないと違和感を訴えるのは、帯撃を合わせた康也も同じ。
    「ああ、俺も違うんじゃねぇのって」
     己が深淵に息衝くスサノオの「ダークネスを喰いたい」という衝動を抑え隠している彼は、動もすれば牙を剥く激情が『鎖』に反応していない事に気付き始めている。
    「ダークネスでなければ、その身体の一部という可能性は?」
    「或いは武器や道具の様な……」
     伊織とアリスが一瞥したのはダイダロスベルト。
     先の二手で攻撃し、今の二手で回復と強化に使われたこの殲術道具は、使い手の意志や命令によって役割を変える――『鎖』の行動に似てはいないか。
     その時、異形の怪腕に敵躯を握り込めた耀は感触を伝えて、
    「素材はダークネスが用いる武器に似ている気がするけど。身体の一部を武器化する連中も居るし、判らないわ」
     今の鬼神変然り、肉体と武器の明確な区分が出来ないものもあると意見を添える。
     熾烈な攻撃を敢えて受け取りに行く盾陣は、より『鎖』の戦闘姿勢を感じようか――猛槍と迫る先端を光刃に撃攘した錠は、血の混じる言に好戦的な笑みを添え、
    「こいつ、使役されているような、誰か指示で動いている感じがすっけど」
    「菫、貴様もあれを『使われるもの』と言うのか」
     鞭の如く撓る逆の一端を霊撃に迎えた菫さん、彼女を通じて感触を得た葉月は、灼罪の光弾に『鎖』を遠ざけつつ其を反芻する。
     ソウルボードから切り離され、現実世界に出現した『鎖』。
     防衛でなく、撃破の為に動き出した『鎖』。
     意志を持たぬ其が『道具』として使役されているとしたら……?
     刻下、数多の謎の向き合った灼滅者達に、真実が迫ろうとしている。


     解は近い。
     否、当初より抱いていた戒心を確信と変えた錠と葉が、絶影の機動を十字に交える。
    「此処に居ないとしても、黒幕が居るのは確かだ」
    「おい真似すんな」
    「どうも俺達は悪い予感ばかり当たる」
    「俺達って。仲良いって思われたらマジ迷惑」
     互いに第三者の存在を警戒していれば、轟と迫る巨魁を迎え撃つも黒死斬。拈華微笑の連携に片や艶笑を注ぎ、片や視線を外して眼鏡を押し上げる様は斯くも小気味良い。
     殊に全員が感情の絆を結んだ此度の戦陣は、『鎖』を相手に続々と冴撃を繋ぎ、連環の如しとは皮肉が利いていよう、
    「ソウルボードから『鎖』をちょん切って動かしておいて、自分は動かないとしたら、さぞかし本人はぶくぶく肥えているでしょうね」
     お・い・し・そ・う――と耀の殺気は妖艶に炎立つ。
     身を捻って飛び込む鉄塊を嫋やかに躱した華奢は、振り返り様に【暁】を環に噛ませ、芙蓉の顔(かんばせ)を金属の火花に輝かせる。
     ギチギチと悲鳴を上げる『鎖』に抗う間はない。
     菫さんの霊撃に挙措を制された冒涜物は、彼女の主・葉月の前に身を差し出すしかなく、
    「貴様は餌を横取りした挙句、屠りもしなかった。その愚に勝る大罪は無い」
     贖罪の刻だ――と凄撃を連れ立った十字碑が降臨し、7メートルの巨躯を両断する。
     意志はなくとも堪るまい、二手に別れた『鎖』は衝撃ごと闇雲に突撃するが、逸速く立ち塞がった静を破るは至難の業。
    「うおっとぉ!? ――なんてね。残念、倒れないよ」
     五感のアンテナが際立つ彼は、白炎烟る【ウキグモ】を尾と引きつつ身を差し入れ、
    「ええ、勝利の方程式は既に解けています。『鎖』が、或いは第三者が、掃除も行き届いてない廃校舎に私達を転がす術はありません」
     無愛想にもこっくり首肯を添えるは、両の慧眼に血闘の終焉を視たアリス。
     我が方程式に基づき強化を尽くした彼女は、強靱なる盾が鉾と変わる瞬間を見届け、
    「こっちは任せて、長い方はよろしく!」
     静の拳打が巨鎖の一方を打ち砕くと同時、別なる一方は黄昏の炎を迸らせた康也が預った。
    「黒幕がここに居ねェんなら、そいつの居る所までぶっ飛ばせばいいんだろッ!」
    「そらええアイデアや。お手伝いさせて貰えますやろか」
     時に、莞爾として端整を和らげた伊織が七不思議『闇夜を切り裂く蒼炎の黒大神』を桜脣に紡ぎ出す。
     闇に墜ちた者と、闇より掬い上げた者。
     より深い縁に結ばれた二人の連携も妙に、猛狼の爪撃と黒狼の牙撃が『鎖』を八つ裂きにした。


    「…………不味いわ」
    「ちっ、最後まで愚弄して……」
     耀が蛾眉を顰め、葉月が舌打つ。
     情報を報酬とするなら、灼滅者達は過不及無い成功を収めたと言うに他ないが、彼等の表情は勝利を得たにしては厳しい。
    「ダークネスを倒すと『癒し』が得られるけど、この『鎖』は違ったかぁ……」
     静が嘆息する通り、彼等は『癒し』を得られなかった。
     蓋しこの結果もまた手掛かりとなるだろうと、康也と伊織は前向きに、
    「元気出せって。ほら、缶おでんならあるぜ」
    「こらおおきに。燗酒が欲しなるわ」
     ほんのり指を温める熱と、穏やかな西の抑揚が廃校舎の暗澹を和らげる。
     斯くして互いの疲労を労った彼等は、戦闘後の鋭覚が鈍る前に感じたものを共有し、
    「今回の『鎖』はソウルボードに繋がっていたのが来たって事でいいのか?」
    「ってことはアレだアレ。精神世界から出てきて、戦わずに居たらそこに還ってたってことかなーとか」
     錠の言を継いだ葉は、途中まで言いかけてクシャリ髪を掻く。
    「あーなんかすごく中二臭いこと考えてる俺」
    「待って下さい、いえ、続けて下さい」
     精神世界という概念に何かを掴み掛けたか、アリスはやや早口に、
    「シャドウハンターは夢を見ている人間を入り口にして、ソウルボードに侵入します。そしてソウルボードに入った後は、他の人の夢に移動できます」
    「つまり、肉体を媒介としなくても、移動は可能という事?」
    「突如現れると言っても、何かの仕掛けか、仕組みを使っていると考えるべきかな……」
     逆に耀と静はゆっくり言葉を噛み締めつつ、少女の思考に寄り添う。
     メモを走らせていた伊織は、ふとペンを持ち上げて、
    「『バベルの鎖』に変化が生じてきた折に起きた事なら、これは前々から在った無限の方法やない」
     ――バベルの鎖。
     この語に弾かれた康也もまた自身の気付きを口にする。
    「やっぱ『鎖』と『バベルの鎖』は違うものか。ダークネスや俺達が纏ってる『バベルの鎖』は見えねぇが、この『鎖』は見えてるし」
    「確かに。そして『バベルの鎖』が実体化したものとも思えず、両者は異なるものと考えるのが妥当かと」
     抑も役割が違うのだから、と付け足す葉月も是を示して。
     8人の灼滅者が意見を交わせば、発見は多く、謎も深まろう。
     皆々の声を聞いていたアリスは、ここに重々しく口を開いて、
    「悲劇の結末しか生まないタタリガミやラジオウェーブは決して許せませんが、ひとつでも多くの都市伝説をハッピーエンドにするには、もしか彼等を灼滅するだけでは……」
     と、新たな懸念を抱く少女に、沈黙の同意が連なる。
     時に錠は、冷涼たる薄闇に視線を投げて、
    「俺は面白けりゃそれでいいんだが、向こうも俺等『灼滅者』を増やしたり強化したりして、面白がってんのかなって」
     向こう――果して其が何かはまだ判らない。
    「――……」
     暫し時が静寂を置けば、葉は嘆息ひとつして飄々と、
    「あとは優秀な三下弟達エクスブレインが情報整理してくれるって信じてる」
     だから土産を持って帰ろうぜ、と立ち上がった。

     そうして彼等が創痍と疲労を代償に得た情報は、間もなく解を導き出す。
     漸う紐解かれる世界の真実は、灼滅者を何処へと誘うのか――帰還する彼等に虚しく取り残された暗澹が、薄く嗤う様だった――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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