タタリガミの最期~兆しの連鎖

    作者:麻人

    「ここならきっと大丈夫……」
     季節外れのジャックオーランタンは七不思議に纏わる、とある学校の一角へと逃げ込んだ。窓の外を確かめようとして、ぎくりと動きを止める。
     窓に鎖が写っている。
     全長7mほどはある、巨大な鎖が――!
    「う、うわあっ!!」
     死に物狂いで逃げようとするジャックオーランタンの体にその鎖はきつく巻き付いた。いったいどこから現れたのか、その根元は宙に浮き、その鎖単体として動き回ることができるらしい。
    「あ、あああっ……!」
     体中を締め付けられて、ジャックオーランタンは徐々に動きが弱まり……やがて、がくりと息絶えた。

    「さて、と。まずはソウルボードで活動していた都市伝説についてだけど、こちらについては概ね撃破に成功することができたみたいだ」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は灼滅者の活躍を労い、作戦の成功を告げる。
    「ソウルボードの電波塔を失ったラジオウェーブの勢力は壊滅状態に陥ったといっていいだろう。ラジオウェーブの行方は分からないけど、大きな事件を起こすだけの勢力はもう残っていないはず。配下のタタリガミ達も自分の拠点に引きこもって息をひそめているみたいだったんだけど……」
     そのタタリガミが相次いで襲撃されるという予知があった、とエクスブレインは言った。
    「それも、他の組織とかじゃなくてソウルボードで都市伝説が攻撃していた例の『鎖』と同じもののようなんだ。あれよりは少し短めだけど、動きが早くてサイキックも数多く使用してくる。ソウルボードで戦ったものよりも強いもの、と考えていいはずだ」
     実際、予知によればタタリガミはほとんど何もできないまま、この鎖に殺されてしまっている。
    「先日、ラジオウェーブ勢力がソウルボードに仕掛けた攻撃への報復ってところなのかな。いずれにしても、あの鎖がどこでも出現できるとなるとやっかいだ。もしかしたら、タタリガミの次には灼滅者に狙いをつけるかもしれないしね。タタリガミが襲われる現場にかけつけ、鎖を撃破する。あるいは――可能であれば、何かしらの情報を入手する」
     お願いできるかい、とエクスブレインは灼滅者たちを見渡した。

     場所は夜の学校。
     急げば、タタリガミであるジャックオーランタンが逃げ込んでくるよりも前に校舎で待ち伏せすることもできる。
    「この踊り場の辺りに身を隠せば、廊下を移動してくるタタリガミに見つからずに様子を伺えるはずだ。もちろん、その後で現れる鎖にもね」
     つまり、どの状況で介入するかは灼滅者の判断にゆだねられる。
    「タタリガミの攻撃は怪談蝋燭と同様、と考えていいだろう。鎖の方は近接単体の攻撃力が高めなサイキックと、エフェクトをばら撒く遠列のサイキックを交互に使用する」

    「こちらが攻撃を仕掛ければ、鎖はタタリガミへの攻撃を中断して反撃してくると思われる。つまり、タタリガミに逃走のチャンスを与えることになる。介入のタイミングは慎重にね」
     エクスブレインは説明を終え、それにしても、と呟いた。
    「電波塔での戦い以降、不気味な事件が続くね……鎖の目的が分からない以上、慎重にならざるを得ない。皆、十分に気を付けて、行ってきてね」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)
    ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)

    ■リプレイ

    ●踊り場にて
    「そろそろですかね?」
     校舎の踊り場に身を隠した華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は、注意深く廊下を伺いながら仲間を振り返る。
    「ですね。確認しますが、タタリガミと鎖との戦闘に介入せず傍観と観察に徹するということで大丈夫ですか?」
     羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)の問いかけにその場にいる全員が同意する。これは誰か一人の希望ではなく、全員一致による作戦ということになる。
     確かな反応を得た陽桜は頷き、改めて廊下を覗き込む。
    「個人的な気持ちとして、鎖は破壊したいですけど。今後もし鎖の攻撃対象があたし達に向かった場合の対策ができません」
    「私も、きっと鎖は破壊すべきなんだと思う」
     けど、と月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)は続けた。
    「ケースの多様性って大事だしね。壊す事は他の皆に任せたってことで。タタリガミが狙われたのは鎖の先に道があるってことを示したからじゃないかって思ってるんだけど。鎖があるままだと多分、繋がれた範囲内での結末しか迎えられないんじゃないかな。あくまで、私の推測だけどね」
    「うむ。そもそも、なぜラジオウェーブ率いるタタリガミたちは鎖と敵対するのだろうな」
     御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)は幼い見た目とは裏腹な仕草で首を傾げた。ニアラ・ラヴクラフト(宇宙的恐怖・d35780)は思考する。
    (「鎖が成した壁は『超常への憧れ』と『外部からの刺激』への反応――即ち人類の停滞」)
     だとすれば、既知を未知へと導くための行為は自ずから理解する。
    「故に是より蹂躙される既知の一個体。眺めるには粗末の極み。鎖の蠢動も既知。されど観察せねば」
    「ああ……これまでの歴史とは明らかに異なる推移があると思われる以上、事例やケースは多い方が考え様もある」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が言うように、これはあくまで鎖の行動サンプルを取るための作戦であるということだ。
    「――きた」
     謡が低く囁いたのは、まさにその時。
     季節外れの煤けたジャックオーランタンがふらふらと飛びながら校舎に逃げ込んできた。

    ●傍観と観察
    「ここならきっと大丈夫……」
     ジャックオーランタンはほっとして辺りを見回している。だが、灼滅者たちはこの後彼がどうなるのかを知っている。
    「見て」
     玲が指差す先に鎖が現れた。
     全長7mほどで、根本は空中に浮いたまま先端が消失している。見た目からはどこから繋がっているのか、どこからやってきたのかはまるで分からない。
    「う、うわあっ!! どうして鎖がこんなところまで追いかけてくるんだよ」
     タタリガミは悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、すぐ鎖に捕まってしまう。宿敵が倒されてゆくのを百々はむしろ歓迎する心境で見守っていた。
    「だが、少々不気味な気がするな。念のため、ビデオカメラで動画を撮っておくか」
     そう言って、タタリガミと鎖の交戦を――否、鎖の一方的な討伐を記録するため、カメラを回し始める。レンズ越しに鎖に苦しめられるタタリガミの姿が映った。
    「ど、どうしてこんな目に……誰か助けて……!!」
     足掻くように伸びた指先が震え、次第に力を失っていく。
    「愉悦と癒の時間だ」
     ダークネスである存在が他の存在に殲滅されるという映像にニアラの退廃的に過ぎる弁舌が彩りを添えてゆく。
    「其れは等しく憤慨と絶望の時間でもある。ああ。我は絶望の沼に溺れて融けたのだ。既知だけが支配する全など!」
    「あ、あああっ……!」
     そして、遂にタタリガミが断末魔の叫びを上げた。
     出来る限りの抵抗は試みたものの、そもそも地力が違ったようだ。鎖はほとんどダメージを負っているようには見えなかった。
    「予知通りですね」
     紅緋の言葉に謡が頷いた。
    「少なくとも、タタリガミの方は何も知らなさそうだね」
     慎重にタタリガミの言動に耳を澄ませていた謡はそう結論付けた。少なくとも、現時点ではなぜ鎖に襲われているのかをラジオウェーブの配下である彼らは知らない、と考えていいだろう。
    「鎖の方は何か変わった様子は見られるか? 鎖の持つ能力であるとか、目的に繋がりそうな行動であるとか……」
     百々は録画しながら呟いた。
    「一般人相手ならテレパスで表層意識を探れるんですけどね」
     陽桜はタタリガミを撃破する鎖の様子をじっと見守った。
     ジャックオーランタンを締め付けていた鎖は、それが動かなくなったところでようやく拘束を解いた。倒されたジャックオーランタンはいつの間にか消滅していく。
    「鎖の様子は……変化ありませんね。色や大きさ、音や光の発生など。サイキックエナジーの流れなども特に何も感じません」
    「ここはソウルボードではないので、綻びを繕うようなこともしないでしょうしね。あの時に感じた悪意のようなものも、感じない……? いずれにしても、鎖自身の意志ではなくただ無機質に従っているような印象を受けますね」
     同じく、鎖の変化を観察していた紅緋はタタリガミを攻撃する前の鎖と比べて見た目には何も変わらないことを確かめた。
    「ちょっと近寄ってみよう」
    「月夜さん!?」
     たっ、と玲は思い切って踊り場から飛び出した。
     敵意がないことを鎖に示しながらそっと近づく。鎖の方は反応しない。大丈夫そうだと判断して、その表面に手のひらを滑らせた。
    「如何だ」
     ニアラの問いかけに玲は首を横に振る。
    「特に変わった感じはしないね」
    「タタリガミの都市伝説も蒐集はできなかったな。これは鎖に倒されたからというよりは、サイキックとしてしか使用されていなかったからのようだが」
     百々は録画した映像を確認しながら言った。
     ため息をついて、玲は腰に手をやる。
    「何か分かればって思ったけど、どうにも手ごたえがないね」
    「……少なくとも、この鎖に報復などという知性的な思想はなさそうだね。あまりにも無機質過ぎて、これが独自の意志を持っているとは考えられない」
     顎に手を当て、謡が続ける。
    「過去、鎖やソウルボードから直観的に意志が発せられていたことを思えば、これはまるで知的さのない機械……いや本能的な反射を想像させる」
    「つまりどういうことですか?」
     陽桜は人差し指で自分の頬に触れた。
    「……都市伝説創造能力を奪う、もしくはラジオウェーブを狙ったが一般のタタリガミと区別がついてない……という仮定も考えたんだが。この機械的な動きを見ると『そういう指示』が出されたから行っているだけ――というイメージの方が近いかもしれない」
     あくまでそう感じるだけだが、と謡は注釈した。
    「あとは、鎖がダークネス由来かという疑問だね。これについてもその可能性は低そうだ」
    「闇に在らず、悪意も感じず」
     ニアラは口元を歪めた。
    「此処からは我の持論だ。其処の鎖が捕縛するのは人類の『意識』で在る。本来の人類は超常『意識的解放』を任意で可能だった。されど支配者――闇か。闇以外――が反逆を恐れ、バベルの崩壊を齎した」
    「面白い仮定ですね」
     紅緋はくすりと微笑んだ。
    「赤の王・タロットの欠落を『ザ・ハート』や『ザ・スペード』の吸収で埋めようとしたのはあの鎖ではないか、と思っていたのですが……こちらについては可能性が高そうですね。もちろん、断言はできませんが」
     ただ、と紅緋は考え込むように目を伏せた。
    「私の感触では、あの『鎖』とソウルボードは相容れないもののように感じられたのでそこが気にかかるところです」
     だが、ニアラにとっては『鎖』とソウルボード以上に『我ら』との対立の方がより深い溝と闇を感じている。
    「此れの破壊は世界の再創造。否。巻き戻しだ。灼滅者こそが無秩序だったのだ」
     ――と、解かざるを得ないのだ。
    「バベルの鎖とは『バベルの崩壊』を模した。否。鎖こそが元だ。其の目的とは外ならぬ人類の停滞。何たる未知への冒涜か! 既知は既知らしく過ぎ去りし無謬の刻と共に心中せよと説く」
    「うーん、こんがらがってきたなあ」
     玲は髪をかき回して、思考を整理する。
    「もしもサイキックハーツというシステムをこの鎖が悪用しているのだとすれば、破壊しなきゃならない。結局のところこいつは一体何で、何を目的としているんだろう?」
     どうやら、外から観察して得られる情報はこれくらいのようだ。
    「例え会話は行えずとも、もっとこちらから呼びかけてみてもよかったかもしれないが……見ろ、鎖が引き上げるようだ」
     百々の指摘に灼滅者たちが目を凝らすと、鎖は出現した時と同じように消失していく。その消え方に既視感を覚えた紅緋がある可能性に思い至ったのは、ソウルボードとの接点がないかどうかに注意を払っていたからだろう。
    「あの移動の仕方、シャドウが現実に出現する時と似てませんか?」
    「何?」
     紅緋と同じシャドウハンターであるニアラが驚愕の声を上げる。
    「確かに。然し何処にも睡眠する者は在らず」
     彼らは周囲を見渡すが、そこには無人の校舎が広がるばかりだ。玲は考えを巡らせるように腕を組み、沈黙を破った。
    「ソウルアクセスは夢を見ている人間を入口にしてソウルボードを移動しているんだったね? そして、ソウルボードに入った後は『他の人の夢に移動』が可能になる」
    「だとすると、肉体を媒介としなくても移動が可能なのかもしれないですね?」
     陽桜がはっとして言った。
    「他の人の夢――つまり、『ソウルアクセス可能なソウルボードの一部』を近くに移動させて、そこを出入り口にしている可能性が考えられます。それなら、何もない処に突然現れたり消えたりするのも納得です」
     なるほど、と謡は陽桜の考えに相槌を打った。
    「だが、そうなるとこの能力は無制限に使えるというわけではなさそうだとは思わないかい? なぜならば、そんなことが出来るならいつでも好きなところに転移ができることになってしまう」
    「ああ、もしそれが可能ならもっと早い段階でその作戦が使えた筈だ」
     百々もその点に関して異論はない。ラジオウェーブ率いるタタリガミたちと鎖の敵対は今に始まったことではないからだ。
     謡は独り言のように呟いた。
    「ラジオウェーブは配下が奇襲に合うのを予想していたのではないか、と思っていたが……もしかしたら逆なのかもしれないね。つまり鎖の方が、ラジオウェーブがタタリガミに連絡しようとした電波を利用したのではないかという可能性さ」
     それらは現時点ではひとつの考察に過ぎない。
     だが、学園に持ち帰って検討すべき可能性であることは確かだと思われた。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月9日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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