タタリガミの最期~最果ての夢

    作者:中川沙智

    ●終わりの夢
     トンネルを抜け、更に道を抜ける。隠し扉を通り、開けた広場のような場所に辿り着く。
    「はあ、はあ……何だっていうのよ……」
     熊本県菊水町。トンカラリンと呼ばれる古代の遺跡に、ひとりのタタリガミが戻ってきた。手にした古文書らしき本をぎゅうと胸に抱き、奥歯を噛む。その細い肩は震えていた。
     おさげを揺らし、眼鏡をかけた、一見すると文学少女にも見えるタタリガミだ。
    「でも……ここまで来たら、大丈夫でしょ。ラジオウェーブ様からの連絡があるまで、ここで潜んでいなくちゃ」
     壁に背を預け、ほっと息を零した。
     その瞬間だった。
    「!?」
     じゃらり、そんな音が広場の中に響いた。
     それは鎖。根本は空中に浮いていて、どこかに繋がっているわけでもない。ただ、『鎖』が目の前にある。いや、いる。
     タタリガミは唾を飲んだ。
     明らかに、鎖に表出しているのは――殺意。
    「こ、来ないでよ……!」
     咄嗟に声を上げるが、それが意味をなさない事はタタリガミ自身が一番よく知っているのかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。
     鎖がにじり寄る。
    「ひっ……!」
     鎖が疾走し、タタリガミの頭を砕くまで――あとわずか。

    ●タタリガミの最期
    「ソウルボードで活動していた都市伝説の撃破は概ね成功したわ。皆のおかげね、ありがとう」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が口火を切ったが、明らかにその言葉には続きがある。
    「ラジオウェーブの勢力はソウルボードの電波塔を失い、切り札だったであろう巨大七不思議を撃破され、最後の望みをかけたと思われる今回の作戦も阻止された。壊滅状態といって良いでしょうね。ラジオウェーブの行方は掴めていないけど、勢力として大きな事件を起こす力は残っていないはずよ」
     ラジオウェーブ配下のタタリガミ残党も、自分1人の拠点に引きこもって守りを固めているだけだったのだが。そのタタリガミが襲撃される予知があったのだと鞠花は語る。
    「落ち目のダークネス組織が他のダークネス組織に潰されるのは良くあることよ。でも今回は少し様相が違っているの。タタリガミを襲う襲撃者は『突如現れた巨大な鎖』なのよ」
     間違いなく、ソウルボードで都市伝説が攻撃していた『鎖』と同質のもの。
     鎖は全長7m程度と少し短めな分、動きが早く、多彩なサイキックを使用して攻撃を行なってくるという。ソウルボードを守っていた鎖よりも、戦闘力は間違いなく上だろう。
     それを証明するように、鎖は、タタリガミを終始圧倒して撃破、その後、何処へともなく消失してしまうのだとか。
    「ソウルボードへの攻撃に対する報復と見るのが妥当だわ。でもあの鎖が『好きな場所に出現できる』としたら、大きな脅威になる」
     また、多くの灼滅者が『鎖の破壊』を行っている為、タタリガミの次は灼滅者が標的にされる可能性が高い。
     だから、と鞠花は声を張った。
    「そこで皆には現場に向かい、脅威となる前に鎖の撃破を行なうか、或いはなんらかの情報を持ち帰ってほしいのよ。ソウルボードでの事件の情報から考えると、鎖との会話などは行えないとはいえ、何かしら感じるものがあるかもしれない。情報を得る事も不可能ではないはずよ」
     鞠花はファイルを開いて、灼滅者達の眼前に示して見せた。
    「場所は熊本県菊水町。トンカラリンと呼ばれる古代の遺跡よ。トンネル状でね、細い道がずーっと続くみたいなんだけど……途中に隠し扉があるわ。といっても、皆が向かう時には扉は開きっぱなしになってるから、行けばすぐにわかるはず」
     タタリガミが逃げ込んだ場所らしいが、その割には杜撰だ。余程焦っていたのだろう。
    「隠し扉の先には大きな広間がある。そこに隠れてるのが、トンカラリンの探究者たるタタリガミ、京子。手に古文書を持っているから判別は容易いはずよ」
     京子は黙っていれば『鎖』に殺される。『鎖』は全長7mくらい、攻撃特化の鎖であるため戦闘力が高い。
    「タタリガミは守りに徹しているようね。一方で『鎖』はそんな守りも砕くほどの攻撃特化。なめてかかると痛い目見るわよ」
     タタリガミは七不思議使い相当のサイキックと魔導書を使用するが、『鎖』はサイキックも多彩だ。鞠花曰く、鎖を投げることで遠距離攻撃をしたり、縛り上げることで身動きを取れなくしたりするという。
    「灼滅煮と鎖の戦闘が始まれば、タタリガミは逃走する可能性が高いわ。それを阻止する為には、タタリガミが鎖に撃破されてから攻撃を始めるか、先に鎖と共にタタリガミを攻撃する事になる」
     資料を整えて、でも、と鞠花は表情を曇らせた。
    「それにしても、鎖の目的が単純な報復なのかしら? あるいは、何か別の理由があるのかしら……。何か嫌な予感がするわ」
     ともあれ、と灼滅者達に向き直って、いつも通りに皆を送り出す。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)

    ■リプレイ

    ●刃先
     トンネルを抜け細い道を辿り、進む。
     道なりに行けば岩がずれているような箇所を見つけた。予知で示された隠し扉だとすぐ知れる。身を滑らせたならすぐに開けた場所に出る。
    「いた……!」
     若桜・和弥(山桜花・d31076)が眼前で両拳を撃ち合わせたのが開幕の合図。灼滅者達はすぐさま敵前へ躍り出た。
     鎖とタタリガミの間に、滑り込む。
    「何なの!?」
     驚愕するタタリガミ・京子の困惑を弾き飛ばすように、鳥辺野・祝(架空線・d23681)が京子の死角に踏み入り鋭い斬撃をその腱に見舞う。
     天方・矜人(疾走する魂・d01499)が闘気を雷に変換して拳に宿し、京子の顎下から強かに穿つ。
     京子がたまらずたたらを踏んだのを見据え、祝は低く呟いた。
    「意図の見えない存在って厄介だな……どっちにせよ、」
     視界に鎖も入れつつ、両方とも逃さぬと金の双眸が物語る。
    「やることは変わらないけれど」
     鋭く視線を投げれば、京子は「ヒッ」と慄く。鎖はじゃらりと音を立てるのみ。
     前に進み出たのは比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)だ。
    「本格的に始める前に、ちょっと確認しようかな」
     柩が手にしていたのは、殲術道具ではなく普通のカッターナイフだ。一気に京子に肉薄し、その手を思い切り振り抜いた。
    「!」
     カッターナイフの刃は京子に届く前に音を立てて折れた。鎖は京子が纏うバベルの鎖なのではないかと推察した柩だったが、京子も普通にバベルの鎖は持ち合わせていた様子。
    「あ、あんた達、何なのよ……!」
     酷く怯えながら――鎖だけでも脅威なのに灼滅者が介入してきたなら当然か――京子は後ずさりながら叫んだ。退路を断つように囲みながら、灼滅者達は続けざまに攻撃出来るよう殲術道具をそれぞれ構える。戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)が指先に高純度に詠唱圧縮された魔力を矢として射出した。
     確かに京子に突き刺さる矢を見届け、蔵乃祐はタタリガミを見据えながら首を傾げる。
    「……自分が襲われている理由がわからないって顔ですね」
    「確かにそうだな」
     赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)が眉を顰める。鎖が京子を倒さぬ範囲で様子見しようと観察に注力していた布都乃は、隙あらば逃げ出そうとしている京子を眺める。
     結局の所紡がれたのはラジオウェーブと鎖の物語でしかなく、真理を知らない灼滅者は両者の眼中に入っていない。そしてタタリガミも端役でしかないのだろう。
     恐らくラジオウェーブは全容を知っているのだろうが、現に目の前のタタリガミはどうにも仔細を伝えられていたようには見えない。
     想定内だが、苦い何かが胸裡を過る。
    「ご愁傷サマだ。仲間より大事なモノかよ。真理ってのは」
     その呟きを霞めるように、前に出たのは居木・久良(ロケットハート・d18214)だった。大事なものは仲間の命。それが継がれる限り、次はある。
     だから生きている限り命懸けで戦おう。摩擦の火花が踵に炎を纏わせる。焔を引き連れ大きく蹴りを振り抜けば、京子の鳩尾が焦げ付く匂いがする。
    「あたしが何をしたって言うのよ!」
     京子が古文書を紐解いてトンカラリンの言霊を響かせる。灼滅者に受けた傷を僅かながら癒そうとしたところ、鎖がその先端を鞭のように叩きつける。
     重い一撃だ。
    「ぐっ……!」
     癒えたばかりの体力を根こそぎ奪っていくような打撃だ。京子の周囲に夥しい血が広がっていく。奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)が夕暮の眼を眇める。
    「……これは、強烈ですね」
     息苦しい。心臓が潰れそうで、重い溜息が眼前に沈む。
     しかし迷いは無い。護りたいもの、繋がりや重ねた言葉や尊き誓いを胸に抱く。人を助けたい、其の為の力だ。それを奮うことに何の躊躇もない。
     だから鎖に続いて京子を叩く。疾走させるのは影で作った触手、京子を絡めとればその動きすら縛り付ける。
     布都乃は京子の前に進み出る。
    「ソウルボードに手ぇ出したんだ。鎖とこうなるって知ってたろ? それともラジオウェーブはそこまで導いてくれなかったかい」
    「何よ」
    「オレ達ならアンタをニンゲンとして覚えてられる。何か言うコトはあるかね」
    「何なのよ!」
     苦いものを噛み潰したような表情で、京子は声を震わせる。
    「あ、あんた達何様のつもり!? そんな戯言言う暇があったら、道を開けなさいよ!」
     京子はすっかり頑なだ。無理もない、ほぼ全員が京子に刃を向けている以上、心を開けというほうが無茶というものだ。
    「そうかい」
     僅かに視線を伏せ、布都乃は小さく零した。
     交わらぬ道を顧みるより、為さねばならぬ事がある。

    ●思惑
     灼滅者達が集中して攻撃を連打した事に加え、鎖の一撃が何より効いた。
     次の手番が巡っていく頃には、まさに京子は満身創痍だった。複数人が意識していた事もあって、京子の退路などどこにも存在しない。
     京子はタタリガミ、ダークネスだ。一般人に害為すそれを厭うのは祝が病院出身だから。ただ、これからの可能性だけを鑑みて殺すのも複雑な気分になる。
    「お前は人を殺した? 誰かを食い物にしてきた? 答えても答えなくてもいいよ、どっちにしたって、私はお前を見逃さない」
    「結局見逃してくれないんじゃない……!」
     ヒッと息を呑む音がする。それを見て祝は眉根を寄せる。
    「急に狩られるのって理不尽だよな。黙って殺されろとは言わないよ。お前にとっては、鎖に殺されるのも私に殺されるのも、大差ない?」
    「大差ないわよ! どうあってもあたしは助からない!」
     それでも京子が命乞いをしないのはそれが無為だとわかっているからだろう。灼滅者から注がれる、逃がさないという決意の強さがそれを裏付ける。
     このまま攻撃を重ねれば鎖に決定打を奪われる事なく灼滅出来る。それを正確に理解して、敵前に踏み入ったのは和弥だ。
     こういう遣り方は好みではないが、嫌だとゴネる為に来た訳でもない。
     まずは為すべき事を為そう。
    「今は斬るまで!」
     和弥は大地に眠る有形無形の『畏れ』を手刀に纏わせ、馳せた。振り下ろすは鬼気迫る斬撃。京子の頭蓋をも斬り裂くが如き一閃に血が舞う。
    「何で! 何であたしばっかり!」
    「ああ、お前は運が悪かった、それだけだ」
     スカルフェイスがにやりと笑った――気がした。矜人は金色の鞘から抜いた両刃の剣を京子の前に翳す。破邪の白光が迸れば鋭く真一文字に斬り結ぶ。
    「鎖についての情報を持っているのなら別だけど、どうせ何も知らないんだろう? 正義を気取るつもりはない、存分に恨むといいさ」
     柩の銀糸の髪が翻る。死者の杖を突きつけて、淡く睫毛を伏せる。
    「さあ、ボクが癒しを得るための糧となってくれ」
    「ひぃっ……!」
     京子を殴りつけると同時に魔力を流し込むと、タタリガミの体内から幾重にも爆発が巻き起こる。京子は身を折り曲げ腹を押さえる。
    「――――!!」
     声にならぬ声を上げ、京子が古文書から紐解いたのはサイキックを否定する魔力の光線。攻撃手を狙ったそれの前に身を晒したのはウイングキャットのサヤだ。
     黒猫は身を震わせながらも毅然と前を向く。その視線を辿って見遣れば、血の海に息も絶え絶えなタタリガミが居る。
    「……多勢に無勢と申し立てますか。しかし本を正せば人々や彼方へ先に手を出したのは何方か」
     彼方とは鎖の事。烏芥が澄んだ眼差しで淡々と告げる。
    「……貴女方が多くを傷付け奪った分、此の様な物語では至極当然の顛末。そうでは?」
     反論は空を切る。鎖の手番を迎える前にと前に足を進めた蔵乃祐が立ち塞がったからだ。
    「鎖に水を差されたのは癪ですが、僕達は貴女の結末を見届ける。巨大七不思議が人々に与えた恐怖と痛み。決して許せるものではない」
     思い描くのは地方都市で展開された巨大七不思議の暴威。一般人を痛めつけ怖れを呼び起こした、悪夢のような一幕。
    「ラジオウェーブの臣下、トンカラリンの探求者京子。貴女の創作欲から紡がれる物語が人に仇なす絶望そのものだというのなら、灼滅者が貴女の夢を討つ」
     弓を引く。撃ち抜くは彗星の如き神秘を戴いた矢、京子の真中を捉え深く深く貫いた。
     横から疾駆した久良が高く跳ぶ。タイミングを合わせ一気呵成に畳みかけるよう構えていた。明日を掴むための新しい力、朝顔と朝焼けが残像を残して京子の頭蓋に見舞われる。
     言葉の塵すら残さない。すべて砕き、潰した。血溜まりごと影に呑まれるように消滅していく。
    「……さて」
     烏芥は視線を鎖へと移す。獲物を横取りされた事に対する感慨は感じられない。思い出すのは予知で触れられた言の葉。
    「……嫌な予感、か。何れが来ようと未来を拓ける様、鎖の束縛は必ず断ち斬る」
     静かな決意湛え地を蹴れば、砂埃が舞った。

    ●対峙
     鎖を削る音が広間に響き渡る。
     予想はついていたが、鎖の攻撃力の高さはまさに脅威。癒し手のみならず護り手も回復を分担する事によって、どうにか凌ぐ事が叶っていた。
     だが一進一退。
     攻撃を弾かれて数歩引いた和弥が、恋人に視線を向けぬまま告げる。
    「いちゃつきたいなら終わってからにし給えよ、キミ」
    「わかってる。前は苦い結果だったから今回は絶対いい結果にする!」
     久良は和弥の前に立ち、守るべく身を張って見せる。確かな愛情と信頼を糧に戦う。ふと、鎖の様子を注視していたふたりの目の前で鎖が身をしならせる。
     先程から観察していたが、ソウルボードと鎖が繋がっているようには見えない。タタリガミを積極的に攻撃していた点から見ても防衛機構のようなものではないと推察される。つまり、何らかの意図をもって襲い掛かっていたという事。
    「それに、鎖自身は悪意や敵意を持っている感じはしないんだよね」
    「うん。まるで――誰かから命令を受けて動いてるみたいだ」
     祝も頷いた。肌で感じるその感覚は正しいのだと直感する。京子灼滅の前後で大きな違いは見られない。これで喋りでもすれば少しは感情も読み取れたりするのだろうに。
     たとえ徒労に終わるとしてもリスクを込みでぶつかって情報を得ていこう。柩が鎖を投げつけられた傷に構わず跳躍し、剣を非物質化させて突き立てる。鎖が纏う霊的防護が破壊される音が鳴る。
     その背に回復を向けたのは蔵乃祐だ。癒しの力を込めた矢を柩に射ったなら、軋んだ傷が塞がり思考がクリアになっていく。
    「ありがと、蔵乃祐」
    「前はよろしく」
     短く告げてまた戦い続けるのだ。その様子を見て口の端を上げながら、祝は敵前に身を晒す。
    「お前を倒したら、辿る選択肢も増えるのかな」
     問いかけに鎖は答えない。だがこちらを見ている感覚はあった。それを蹴り飛ばす勢いで踵を落とせば鮮やかに焔が散った。
    「正体不明に神出鬼没か。殴れば一応倒せるのが救いだな」
     ソウルボードで相対した仲間を鎖が優先的に狙うという事はなさそうだ。ならば、殴ろう。矜人は背骨の形を模した杖を棍のように軽やかに回す。
    「スカル・ブランディング!!」
     勢いよく鎖に急接近して、力を籠めて杖を叩き落す。魔力が流れ込んだ刹那、連続で暴発していく。確かな手応えに熱い何かが胸に広がる。
     だが迎え撃つ鎖も強い。じゃらりと音立てて振り回された先端は分銅のように重く、庇いに出た久良を打ち据えた。体力を凄まじく奪っていったそれを埋めるため、布都乃が帯を閃かせる。
    「しっかりしろよ!」
     傷を中心に鎧の如く覆い、癒しを齎していく。どうにか立て直した久良を横目に烏芥がビハインドの揺籃と共に馳せた。霊障の波動に乗せて、上段の構えから一筋の斬撃を振り下ろす。
     鎖の根元にあたる部分はどこか。攻撃の合間に見る限り判別はつかなくて、秀麗な眉目を顰めた。
    「……ソウルアクセスするためには、誰か眠っている人が必要になりますけれど」
     鎖が『眠っている人』ではない以上ソウルアクセスは不可能であり、戦闘中に使えるESPではないと理解は及ぶ。試せるものは何であっても試してはみたかった、が。
     戦っている以上それ以上の考察は難しいだろう。烏芥は身を翻す。
    「……難しいですね」
     鎖を眺めながら小さく囁く。
     鎖は大蛇のようにしなりながら、こちらを狙っている。

    ●撃破
     戦闘は続いた。
     鎖は強敵だったが、灼滅者の役割分担がきっちりしていた事と回復が手厚い事が功を奏した。少しずつではあるが、鎖を追い詰める事に成功していく。
    「これならどうかな」
     蔵乃祐が爪弾いた指先から生じた軌跡は前衛に白い炎を撒き散らし、妨害能力を蓄えさせていく。鎖が強化を得る都度砕くようにも心掛けていたから、強化が重なる灼滅者に有利に戦局が展開していくのは当然の事だ。
     便乗して布都乃が奏でるのは立ち上がる力を齎す響き。蔓延る捕縛や武器を戒める力を僅かではあるが和らげていく。
    「これからを自由に選ぶために」
     負けない。
     そんな決意を漂わせて祝は地面を蹴った。黄泉との楔穿つ杭打ち機をドリルのように高速回転させる。鎖を絡めて突き刺したなら鎖は慄いたように後退する。
     そんな様子を逃す和弥ではない。高速で鋼糸を繰り、張り詰めさせる。途端に鎖を幾重にも斬り裂き、傷を負わせる。与えた負荷を幾倍もに加算させる。
     烏芥も続いた。殲術道具に影を宿して振り抜いたなら、鎖はたまらずじゃらりと動いた。追い詰めている、そう理解出来るだけの気配を感じる。
     前に立つ灼滅者の瞳に光が宿る。
     凛と敵見据え、柩が操るのは退魔の力。悪しきものを滅ぼし善なるものを救う、鋭い裁きの光条。鎖にぶつけたならば確かな手応えと共に鎖が砕かれる。
     久良は駆ける。前を向いて、走る。
    「潰す!」
     鎖を解き放って宇宙へ飛び出るように。
     大きく振りかぶって体を軋ませながら、ハンマーを鎖に撃ち込む。体重を乗せて更に踏み込めば、鎖が罅割れる音がした。
     次で決まる。
     誰もがそう理解した時、真打登場とばかりに出てきたのは矜人だ。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     矜人は絶望を希望へ変える闘気を纏い、一足飛びで駆けだした。破邪の聖剣を振るいし髑髏は真直ぐ鎖だけを視界に捉え、刀身を非物質化させる。
     斬るは鎖、断つは根源。
     中段から一気に斬り結べば、鎖は襤褸のように千切れていた。
     淡い光を帯びて鎖は消滅する。その様子からも何か汲み取れないものかと注視していた者もいたが、結局残骸が何も残らない以上判別は難しそうだ。癒しを得られていないのは気になったが、癒しを得られるのはダークネスを倒した時のみである以上必然だろうか。
     跡形もなく、広がるのは伽藍洞の広間のみ。
    「今だから言えるけど、和弥さんを死ぬ気で守るって決めてたんだよね」
     久良が小さく零したなら、和弥は二度瞬いた。何て返そうか言葉に迷って、その代わりにそっと側に寄り添う。
     トンネルの奥に差し込む、光。

     漂う静寂は、遺跡に柔く染み渡る。
     得られたものは少なくとも、きっと明日へ続いていく。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ