タタリガミの最期~祟りを縛る鎖

    作者:J九郎

    『〇月×日曇り。今日も一日、何事もなくて退屈でした、まる』
     とある中学校の夜の保健室で。
     ベッドの端に腰かけた、三つ編みに分厚い眼鏡をした制服姿の少女が、手にした日記帳に鉛筆を走らせていた。
    「あ~あ、今日も退屈。退屈すぎて死にたくなったから、また手首でも切ろうかしら」
     そう呟きながら目を向けた彼女の手首には、無数の切り傷が刻まれており。塞がることのないその傷口からはとめどなく血が溢れ出て、ベッドの純白のシーツを真っ赤に染めあげている。
     そんなことを気にも掛けず、彼女――タタリガミ『血塗れレイコさん』がポケットから無造作に剃刀を取り出し、手首に当てた時。
     パリ―ンと。
     窓ガラスの割れる音が響き渡った。
     ビクッと窓に目を遣ると、そこには粉々に砕け散った窓ガラス。
    『突然窓ガラスが割れました。でも、そこには誰もいませんでした』
     日頃の習慣で、無意識のうちに日記帳に鉛筆を走らせるレイコさん。
     ――その、背後に。
     全長7メートルはある巨大な鎖が、まるで蛇のように鎌首をもたげていた。
     日記を書くのに夢中なレイコさんは、まだ、そのことに気付かない……。

    「……みんなのおかげで、ソウルボードで活動してた都市伝説の撃破に、大体成功することができた」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は静かな声でそう告げた。
    「……ラジオウェーブ達タタリガミは、ソウルボードの電波塔を失い、切り札の巨大七不思議も撃破されて、さらに最後の望みをかけたと思われる今回の作戦も阻止されて、ほぼ壊滅状態になった。……ラジオウェーブの行方は掴めていないけど、勢力として大きな事件を起こすほどの力はもうないはず」
     そしてラジオウェーブ配下のタタリガミ残党も、自分1人の拠点に引きこもって守りを固めているだけの状況だったのだが、そのタタリガミが襲撃される予知があったのだという。
    「……襲撃といっても、タタリガミ達は他のダークネス勢力に襲われるわけじゃない。……タタリガミを襲う襲撃者は『突如現れた巨大な鎖』なの」
     妖のその発言に、教室内にざわめきが広がる。
    「……おそらくそれは、ソルウボードで都市伝説が攻撃していた『鎖』と同質のものだと思う」
     鎖は全長7m程度と少し短めな分、動きが早く、さらに多彩なサイキックを使用して攻撃を行なってくるようだ。ソウルボードを守っていた鎖よりも、戦闘力は間違いなく上だろう。
    「……その証拠に、鎖はタタリガミの『血塗れレイコさん』を一方的に攻め立てて撃破すると、そのまま何処へともなく消失してしまう」
     ソウルボードへの攻撃に対する報復と見るのが妥当だが、あの鎖が『好きな場所に出現できる』としたら、脅威となるだろう。
    「……それと、多くの灼滅者が『鎖の破壊』を行ってきたから、タタリガミの次は灼滅者が標的にされるかもしれない。……だから、皆には現場に行って、脅威になる前に鎖を破壊するか、或いは、なんらかの情報を探ってきてほしい」
     ソウルボードでの事件の情報から考えると、鎖との会話などは行えないが、何かしら感じるものがあるかもしれず、情報を得る事もできるかもしれないと、妖は続けた。
    「……鎖と接触できるのは、鎖がレイコさんに襲い掛かった直後。……鎖は、ダイダロスベルトやウロボロスブレイドに似たサイキックを使ってくるから、気を付けて。……一方、血塗れレイコさんは、解体ナイフと魔導書に似たサイキックを使ってくるみたい」
     灼滅者と鎖の戦闘が始まれば、タタリガミは逃走する可能性が高い。それを阻止する為には、敢えてタタリガミが鎖に撃破されてから攻撃を始めるか、先に鎖と共にタタリガミを攻撃する事になるだろう。
    「……勢力が壊滅状態といっても、タタリガミは都市伝説を生み出す力がある。……ここで逃がしてしまうと、一般人にとって危険な都市伝説を生み出してしまうかもしれないから、可能ならここで灼滅しておきたいけど。あまり無理はしないで」
     妖はそう言って、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    色射・緋頼(色即是緋・d01617)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    石宮・勇司(果てなき空の下・d38358)

    ■リプレイ

    ●タタリガミ大ピンチ
     背後から忍び寄っていた鎖が、タタリガミ『レイコさん』に飛びかかり、その首を締め上げていた。
    「い、いや。やめて! 私はまだ死にたくないの! いえ、死にたい時はあるけどこんな死に方は嫌なの! っていうか死にたいだけで本当は死にたくないの!」
     手に握り締めたカミソリで、錯乱しつつ鎖に切りつけるレイコさんだが、鎖は微動だにすることなく、ますます締め付ける力を強くする。
    (「鎖がなんなのか、その後ろに何があるのか。わからないと始まらないからな。とっかかりくらいは見つけないと」)
     保健室の外で身を隠しながら。石宮・勇司(果てなき空の下・d38358)はじっと鎖の動向を見守っていた。
    (「あの鎖は、どこから伸びているんすかね?」)
     同じく物陰に隠れている押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は、鎖やレイコさんに気付かれないように、レイコさんの首を絞めているのとは逆の先端に目を向ける。地面から生えているのか、はたまた何もない空間から伸びているのかと目を凝らしてみるが、鎖の先端は宙に浮いており、どことも繋がってはいなかった。
     レイコさんは抵抗虚しく、徐々に弱っていく。そして、あとわずかでレイコさんの意識が途切れるであろうその間際。
     保健室に飛び込んだジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)の飛び蹴りが、鎖に炸裂した。
    「無事ですか? とか、本来なら聞いてるトコですけれど」
     その一撃で拘束が緩んだ隙になんとか鎖を振りほどいたレイコさんを一瞥して、ジンザは軽く頭を下げる。
    「生憎とこちらも味方ではない訳でして。すみませんね」
     彼がそう言った直後。
    「あなたにもゆめがあるなら、本当はこんなことしたくないんだけど」
     続けて保健室に駆け込んだ夜伽・夜音(トギカセ・d22134)が、レイコさんの無防備な脚にクロスグレイブ『幻遥』を叩きつけていた。
    「痛い痛い痛い! 痛いのは嫌! でも痛みがあるから生きてる実感があるの。私は、まだまだ生きていたいの!」
     既に目が虚ろなレイコさんは、最早その攻撃が誰からのものかすら理解していないのだろう。戯言を繰りつつ、最後の力を振り絞ってカミソリを自らの手首に当て、思いっきり切り裂いた。たちまち噴き上がった血煙が、毒霧と化して保健室を包み込む。
    「不浄の血は、私が祓いますの!」
     その毒霧を、黒嬢・白雛(天翔黒凰シロビナ・d26809)が白と黒の翼の羽ばたきで吹き飛ばし、
    「レイコさん、ホントはおはなし、したかったけど、ゴメンねー?」
     ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)はトーテムの紋様を保健室内に浮かび上がらせ、毒の効果を中和していった。
     その間にも鎖は、突然の闖入者達の存在も意に介した様子はなく、再びレイコさんに狙いを定め、一直線に彼女目掛け突き進んでいく。
    『私は生きるの。たとえラジオウェーブがいなくなっても。私は、私だけは!』
     意識を朦朧とさせながらも、レイコさんはそれが本能であるかのように、日記帳にペンを走らせつつ、一心不乱に保健室の出入り口を目指していた。
    「残念ですが、あなたを逃がすわけにはいきません」
     だが、出入り口には既に、色射・緋頼(色即是緋・d01617)が立ちはだかっていて。
     緋頼の居合斬りの一閃が、彼女の手にしていた日記帳を真っ二つに断ち切った。
    「一番の敵は『鎖』だけど、それでタタリガミを見逃す理由にはならないわ。もう逃げ場はどこにもない。ここがあなたの死地よ」
     そしてアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の振り下ろした光剣『白夜光』が、鎖がレイコさんを捉えるよりも早く、レイコさんの体を引き裂いていた。
    「タタリガミ、このまま戦争をせずに滅んでくれるなら、楽でいいわ。私たちと散々都市伝説で遊んでくれたお礼はしたわよ」
     死への恐怖を浮かべたまま灼滅されたレイコさんに、アリスはそう手向けの言葉を投げかけたのだった。

    ●鎖の謎
    「さて、ターゲットを横取りされた鎖さんはどう出るかしら?」
     緋頼は、レイコさん灼滅後の鎖の反応を、注意深く見守っていた。もし、タタリガミの特殊能力なりサイキックエナジーが狙いだったのであれば、ここで何らかの行動を起こすはずだ。
     だが鎖は、レイコさんには何の反応も示さず、蛇が鎌首をもたげるように先端部分を灼滅者達に向けている。
    「えーと、ハローハロー聞こえてますかー? ちゃりちゃりー?」
     ジンザは、そんな鎖に対し対話を試みるが、帰ってきたのは、突然の鎖からの攻撃だった。突然真っ直ぐに伸びた鎖が、ジンザの脇腹を貫く。
    「初めから灼滅者を敵と認識していたのか、それともこちらが先に仕掛けたから敵と認定されたのか、或いは獲物を横取りされたせいなのか、判断が難しいな」
     勇司はそう呟くと、左手に広げた魔導書に目を通しつつ呪文を詠唱。サイキックを無力化する光線で鎖を撃ち貫いた。だが、鎖は意に介した様子も見せず、機械のように正確な動作で、次々と先端を突き出してくる。
    「鎖さん、怒ってるー? 鎖さんの正体、アタシ、気になる!」
     ファムはダイダロスベルトでジンザの傷を塞ぎつつ、後方から鎖の動きを注視していた。そこにどんな真実が隠されているのか、ワクワクが止まらない。
    「ソウルボードを縛っていた『鎖』が現実世界にも出てくるなんてね。あれそのものに意思は感じられなかったけど、この鎖も同じみたいね」
     アリスは、かつてソウルボードで戦った鎖と目の前の鎖を比較しつつ、自らに鎖の注意を引き付けるように派手にマジックミサイルを撃ち放った。万が一にも、タタリガミ撃破という目標を達した鎖に撤退されるようなことがあっては困るからだ。
    「ソウルボードに綻びがあったから出てこれたのか、それとも最初から出てこれたのか……。気になるっすけど考えてても答えはでないっすよね」
     ハリマは、蛇でいえば尻尾に当たる鎖のもう一方の先端部分を『宿儺』で掴むと、綱引きの要領で思いっきり引っ張った。いつも拘束する側の鎖が、逆に拘束された形だ。
    「7mで少し短めって言われる鎖さん……おっきいさんだねぇ……」
     束縛を振りほどこうと身をよじらせる鎖の姿に、夜音はそんな感想を漏らしつつ、幻遥から撃ち出した光弾を浴びせた。だが、レイコさんと違い一切ダメージに対する反応を見せないので、効いているのかどうか不安になるくらいだ。
    「ダークネスではないのかもしれませんけれど、この世に害をなすというのなら同じこと。私が断罪しますの」
     白雛は、ハリマ目掛けて放たれた鎖の絡みつき攻撃を自らの腕で受け止めると、絡みついた鎖をそのまま振り回した後、力いっぱい地面に叩きつけたのだった。

    ●鎖を探れ
     夜音が語るのは、黒髪黒目の「普通」を夢観た少女が影の枷と遊ぶ噺。少女と影にまとわりつかれながらも、そこに恐怖も痛みも感じているように見えない鎖の姿に、夜音は思わず考え込む。
    (「この鎖はいったい何なのかな。意志があるのか、意識があるのか。それとも本能? ……わからないなら、僕は観る。僕は、知りたい」)
    「俺の奇譚も聞いてもらいたいね」
     続けて勇司が語り出したのは、子鬼や幽鬼達が登場する奇譚。そして子鬼や幽鬼が攻めるのは、先程光線で撃ち抜いたのと同じ個所。一箇所を集中して攻撃することで、そこから何かが漏れたり見えたりしないかと勇司は目を凝らすが、そもそも傷すらほとんど見つからない。
    「血とかオイルが出たりすれば、まだ殺せる感覚があるんですけど」
     ジンザは傷がつかないならと、炎を纏った回し蹴りを鎖に叩き込んでみたが、炎は付くものの焦げたり溶けたりといった変化は見られない。せいぜい、わずかに煤けるぐらいだ。
    「どうにもなんとも。戦い難いもので」
     ジンザが嘆息する間に、鎖はまとわりつく奇譚と炎を振り払うようにその身を回転させると、まるで竜巻のように保健室内を駆け巡った。ベッドや間仕切りが破壊され、薬品が飛び散る中、鎖は当たるを幸いに灼滅者達を吹き飛ばしていく。
    「受け止めるっすよ、円!」
     ハリマが霊犬の円と共に鎖に飛びつき、荒れ狂う鎖の旋風を押し止めにかかった。
    「現実とソウルボードとダークネス、それ以外で力を持つ何か……大地の力、龍脈? 分からない事だらけだけど、こんな鎖を操る主がいるなら、そいつの思うようにさせたら大変な事になりそうな気がするっす」
     そしてハリマが自らの傷を宿儺からの霊力で癒す間に、ファムがオーラの陣で傷ついた仲間達を癒していく。
    「隠れてバッカリ? やーい、ヨワムシー!」
     ファムが鎖の背後にそう声を投げたのは、鎖を操る何者かが、どこかにいるのではないかと考えたからだ。だが、その気配はファムの鋭い感覚をもってしても感じ取れない。
    「敵意というか、悪意? この鎖に流れ込んでる負の感情は、何者の感情かしら?」
     アリスの放ったオーラの塊が、避ける鎖をしつこく追い続ける。鎖そのものからは悪意も敵意も感じ取れない以上、鎖を操る何者かがいる可能性は高いと、アリスも考えていた。
    「ここで考えていても結論は出ませんの。まずは鎖の破壊を優先するべきですわ」
     白雛の行動は単純明快だ。『罪救炎鎌ブレイズメシア』を振るい、鎖を切り刻んでいく。傷がつこうがつくまいが、ダメージが蓄積しているのは間違いないのだから。
    (「バベルの鎖が無くなると分かれば、世界は変わると思います」)
     緋頼は緋緋色金刃で鎖を牽制しつつ、バベルの鎖のなくなった世界を想像してみる。
    (「ダークネスや灼滅者に影で支配されるよりは、世界は変わるべきなのでしょう」)
     そのためには、この鎖が何ものであるのか、知る必要がある。だから緋頼は、秘策を試す機会を窺い続けていた。

    ●砕け散る鎖
     鎖が、白雛に巻き付きその身を締め上げる。レイコさんを追い詰めたその攻撃に晒されても、しかし白雛の心は折れない。
    「例えこの身が燃え尽きても、あなたは逃がしませんの」
     白雛は自らの影を黒い翼に変えて、羽ばたきで鎖を引き剥がす。
     吹き飛ばされた鎖が、空中で反転し態勢を整えたその刹那。緋頼が動いた。
     絶妙の間合いで振り下ろされたのは緋緋色金刃。だが、その攻撃にサイキックは込められていない。
    「もし世界のバベルの鎖が弱ってるなら、これで効果的なダメージがあるかも」
     そう期待しての一撃に、しかしダメージを与えたという手応えはない。やはり『サイキックではないあらゆる攻撃をかすり傷に留める』というバベルの鎖の効果は、この鎖にも有効に働いているようだ。
     緋頼の攻撃を受けた鎖は、お返しとばかりに再びその身を回転させ、竜巻となって荒れ果てた保健室内を駆け巡る。
    「もう面倒ですから、取り敢えずこのまま、叩き切ってみましょうかっ!」
     ジンザはダメージを覚悟で竜巻の中心に飛び込み、刃を取り付けた消音拳銃『B-q.Riot』で、鎖の輪の付け目を狙って斬りつけた。その一撃で竜巻は止まり、さらにわずかだが態勢を崩したのを、後方で鎖の観察を続けていた勇司は見逃さない。
    「タタリガミを利用してまで追い詰めたんだ。確実に仕留めないとな」
     勇司が手をかざすと、魔術を込めた黒い羽根が舞い上がり、鎖に絡みついていった。
    「これでお仕舞い!」
     続けて、とどめとばかりに放たれたアリスの『白夜光』の斬撃で、とうとう鎖を構成する輪の一つが砕け散る。
    「ひとのゆめ、こころをまもること。それが灼滅者としての僕の意志。鎖はそれらを守るもの? それとも……」
     さらに夜音が縦横に幻遥が振るえば、綻びの生じた鎖はこれまでの耐久性が嘘のように、粉々に砕け散っていった。そしてその破片は地に落ちることなく、虚空に飲まれるように消えていく。
    「これで、オワリー? みんな、おつかれだよー」
     ファムはねぎらいの言葉と共に傷ついた仲間を癒していたが、二つに裂けて地に落ちていたレイコさんの日記に気付き、手に取ってみた。
    「もしかして、ラジオウェーブのこと、書いてる、かも?」
     そう期待して読み進めようと試みるが、数度にわたる鎖の竜巻に巻き込まれた日記は、最早判読不可能なほどズタズタに切り裂かれていた。
    「結局鎖の正体は不明なままだったっすけど、とりあえずその目的は阻止できたみたいっすね」
     ハリマはそう言って、霊犬の円と一緒に大惨事状態の保健室を片付け始めたのだった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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