【民間活動】精神防衛戦~クリムゾン・プリズン

    作者:西宮チヒロ

    ●con angore
     春はとうに迎えているというのに、窓越しに映る景色は薄暗くぼやけていた。花曇りといえば聞こえは良いが、いつもなら茜のぬくもりに満ちる音楽室も、今日ばかりは色褪せ、冷気すら孕んでいた。
    「先日は、『鎖』と……そしてタタリガミとの闘い、お疲れ様でした」
     そんな陰鬱な空気を払うように、小桜・エマ(大学生エクスブレイン・dn0080)が努めて明るい声でそう切り出した。今回、学園が完全勝利したことで、タタリガミ勢力も壊滅状態となったはずだと、力強く告げる。
    「ですが今度は、民間活動によって学園を支持してくれるようになった一般人の方たちに異変が起きてしまったんです」
     ソウルボードに現れた異変の兆候。それに呼応するように現れた彼らが次々と意識不明で倒れ、病院に搬送されている事件が発生した。そう報告を上げたのは、ソウルボードの動きを注視していた白石・明日香や槌屋・康也だった。
     病院での検査でも原因は解らず、今もまだ、彼らの意識は戻っていない。
     更に、本来なら大ニュースとなるはずのこの事件が、情報操作をするまでもなく、一般に広まらないという不自然な状態でもあった。
     タタリガミの壊滅が原因か否かは不明だが、これは明らかにダークネス事件であり、その原因が一般人の方たちのソウルボード内部にあることは明らかだ。
    「ただ……今はまだ、これだけの情報しかありません。ですから皆さんには、入院中の意識不明者にソウルアクセスして、原因を究明してきて欲しいんです」

     ソウルアクセスした先では、今回の異変の原因が待ち構えているだろう。
     その原因――『敵』を撃破できれば、彼らは屹度、目を覚ますはず。
    「もっと十分な情報があれば良かったんですが……」
     視線を落とし、口惜しさを滲ませるも、再び顔を上げた娘は意思の籠もる瞳で灼滅者たちを見渡した。
    「……どうか、お願いします」
     そう願い、託す。
     彼らと、そしてなによりも――灼滅者たち自身の、無事を。

    ●tempestoso
     新沢・冬舞のソウルアクセスによって転移した其処は、まさに無の空間だった。
     白でも黒でもない、灰色で塗り潰された世界。シャドウはおろか、夢を見る当人の姿すら見当たらない。支配者のいない夢は、唯々茫々と広がる空箱に過ぎないということか。
     幾人かが、ある者は無意識に、そしてある者は意識的に視線を巡らせ、記憶に残る白を探す。逢えればいい。けれど、逢わない方がいい。矛盾にも思える感情が交差する。
    「……いないようだな」
     奥村・都璃が、誰へともなく独りごちた。久しく顔を見ていない白い蝶。どうしてるのかだけでも知りたかった。そう想いを同じくするサフィ・パールも「です、ね」とちいさく零しながら、瞼を僅かに伏せる。
    「それにしても、囚われてる一般人の人の姿すらないなんて……」
    「かと言って、シャドウがいるわけでもなさそうだしね。今回絡んでるとすれば、『意思』を持ったソウルボード自身と、シャドウの円の可能性が高いと思ったんだけど……」
     怪訝な声音で柳眉を寄せる椿森・郁に、辺りを警戒しながら文月・直哉が頷く。
     瞬間、誰しもの肌が一様に粟立った。
     考えずとも解る。五感のすべてが危険だと告げる。脳裏でけたたましく響く警鐘が闇雲に胸を急く。
     ――誰か、否、ダークネスだ。それも、凶悪な。
     花曇りの空に舞う花弁のように、視界に桜色が広がった。漆黒の肌。長い髪とセーラー服のスカーフを靡かせながら、見目若き娘がゆっくりと灼滅者たちへ近づいてくる。
    「『敵』がフラウオンブラではなかったのは良かったですが……」
     視線は娘を捉えたまま、ステラ・バールフリットが言う。それに同意しながら、睦月・恵理が努めて普段の柔らかな声音で語りかけた。
    「こうしてお会いするのは初めてですね。――ドーター・マリア」
     娘は何も答えない。だが、その緋色の双眼には明らかな怒りと敵意が浮かんでいた。肌を伝わるのは、灼滅者へ対する明確な殺意。
    「……どうやら、話し合いで解決、ってわけにはいかなさそうですね」
     静かに、そして瞬時に武装した宮中・紫那乃がきつく唇を結んだ。相手が誰であっても、同じ。人命を救うだけだ。
     反射的に動いた冬舞よりも、更に一拍早く娘が飛び出した。一気に間合いに飛び込むと、前衛たちの眼前でちいさく、けれどはっきりと――笑った。
     赫の双眸に走る、歓喜と狂気。
     振り下ろされた両手斧が、容赦なく灼滅者たちの腹を抉った。瞬時に身体を駆け巡る苛烈な痛みと熱に、脳がぐらりと揺れる。
     これが、六六六人衆シングルナンバーの実力。
     先の群馬密林の闘いでも、護衛がいたとはいえ、24人の灼滅者で10分近く闘い漸く撃破の芽が垣間見えたほどの敵だ。普通に闘ってもまず、勝機はない。
     反撃に転じるも、数手が交わされ、どうにか届いた一撃も致命傷にはほど遠い。それに対し、癒やし手が治癒を施すも完治まではいかない。
     禍々しい炎にも似た気を纏う斧から滴り落ちる鮮血が鈍色の地に赫花を咲かせ、娘は一層笑みを深めた。
     眼を逸らすことなぞできない。感じざるを得ない、圧倒的な実力差。
     絶望が支配しかけたそのとき、透き通る若い娘の声が響いた。
    「……いで! 負けないで、灼滅者さんたち!!」
    「この声は……?」
    「私は麻衣。今、私の夢の中にいるんでしょ? 私だけじゃない。他にも助けてもらったたくさんの人たちが、皆さんの勝利を願ってる!!」
     だから、どうか――どうか。
     その祈りに呼応するかのように、灼滅者たちの身体の内から力が止めどなく溢れ始める。
    「今の声……聞こえたか?」
    「ええ。確りと受け取りました。魔法の声と、力を」
    「これも、サイキックハーツの力……なのでしょか?」
    「どうなんだろう……でも、何にしても、この応援があれば……!
    「ああ! 思いっきり闘えるぜ!」
    「……恐らく、彼女たちの狙いは、一般人のソウルボード……でしょうね」
    「ここで私たちが負ければ、もっと多くの人たちが被害に遭ってしまう……ということか」
    「――なら尚更、負けられませんね。たとえそれが、どんなに強敵だとしても」
     聖女の言葉に、仲間たちもまた力強く首肯する。

     血の牢獄に、囚われたのは娘か、それとも灼滅者か。
     絶望と希望が入り交じる闘いが今、緋色の幕を開けた。


    参加者
    椿森・郁(カメリア・d00466)
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    奥村・都璃(焉曄・d02290)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    サフィ・パール(星のたまご・d10067)
    新沢・冬舞(夢綴・d12822)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    宮中・紫那乃(グッドフェイス・d21880)

    ■リプレイ

    ●煉獄
     たった8人で、六六六人衆のシングルナンバーに挑む。
     誰しもが不可能だと思って然るべきそれを、けれどステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)は高らかに打ち消す。
    「ですが、不可侵の防壁たるバベルの鎖に怯まぬ勇気ある皆様となら、共に挑みましょう。そして、共に勝利を!」
     私たちの連帯が悪しき者たちを打ち破る。その確信をもった言葉に、睦月・恵理(北の魔女・d00531)も力強く首肯する。
    「ええ、負けないでどころか勝ちますよ!」
     同じよう状況の人々の名を尋ねようとも思ったが、此処は麻衣の夢の中。どうやら他の面々を察することはできず、麻衣ですら、漠然と己の夢の中に灼滅者たちがいることを感じている程度のようだった。
     それでも文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)は語りかける。想いは、言葉は、決して無意味なものではないはずだから。
    「麻衣、皆。夢を、ソウルボードを護ってくれてありがとうな」
     皆の希望が、皆の勇気が、俺たちをここへと導いてくれた。その想いに応えたい。奥底から漲る力のままに、得物を強く握りしめる。
    「必ずここを、皆の夢を、護り抜いてみせる」
     それは、椿森・郁(カメリア・d00466)やサフィ・パール(星のたまご・d10067)も同じだった。視線はドーター・マリアに据えたまま、速やかに布陣する。
     娘は無言だった。灼滅者たちと語る口は持ち合わせないということか。それでも、怒気を孕んだ視線は、言葉よりも明確に娘の心を物語っている。
     同様に、いやそれ以上の怒りを湛えているのは、宮中・紫那乃(グッドフェイス・d21880)だ。
    「闇に紛れ、皆さんを……欺き罪なき人々の血と嘆きをすすってきた悪魔を、皆さんと私たちで討ち滅ぼしましょう。――神の御名において、虚飾を騙る傲慢の徒に灼滅の裁きを!」
     司祭の娘である紫那乃にとって、聖なるマリアを騙る存在なぞ決して許せはしない。
     悪魔の種を植えた男も、その種で悪魔を産んだ女も、仲介をした愚昧な輩も。すべてがその傲慢の咎によって、地獄の業火で焼かれ続けるだろう。貴石のように濁りのない双眸で、偽物――フェイク・マリアと対峙する。
     鈍色の空間に、揺れる赤銅色の切っ先が残像を残す。
     向けられる言葉を、聞いているのか、いないのか。娘は何も答えず、ただ手にした斧を揺らめかせながら、まるで品定めするかのように灼滅者たちを視線だけで見渡した。
     一瞬、交差した視線を、新沢・冬舞(夢綴・d12822)は怯むことなく受け止めた。逸らさぬまま、静かに零す。
    「麻衣、ということは、小桜から話を聞いたことのある、あの子か」
    「……そうか。どこかで聞き覚えがあると思った」
     毀れた声を拾った奥村・都璃(焉曄・d02290)が、声音を揃えて返す。これまで幾度か都市伝説絡みの事件で、予知に出てきた娘だ。
    「麻衣さん、皆さん、貴女たちの力を貸して欲しい」
    「なぁ、翔が待ってるだろう? きっと心配している」
     だから、さっさと片付けよう。早く、夢から覚められるように。この子を奪わせてなるものか。
    「……さぁ、始めようか」
     狂気の殺戮者へと得物を向けた冬舞に、都璃もまた、金翼の鳥の名を冠した愛刀を翳す。
    「8分だ」
     ――8分以内で、終わらせる。

    ●自己
     会話の生まれぬその闘いは、唯々シンプルだった。
     怒りと怒り、互いの想いのままに、武器を振るい、薙ぎ、殴打する。純粋な力の応酬。ぶつかり合う得物の音だけが、涯てなき戦場で一層激しさを増してゆく。
    「ここは夢の中、そんなにも願ってくれるなら実現出来ない事はありません! あなたたちは今、私と同じ魔法使いなんです!」
     まるでホームランバッターのような大きなフォームで繰り出されたドーター・マリアの一刀を受け止めながら、恵理が努めて明るい声で叫ぶ。麻衣たちの想いがこの力なら、勇気づけて支えるまでだ。
    「参りましょう、司祭様」
    「ええ」
     魔術師ステラの声に、紫那乃が呼応して銃口の狙いを定める。聖歌の共鳴とともに繰り出された大きな一条の光が、一瞬にしてドーター・マリアを飲み込んだ。
     爆風とともに燦めきが霧散したあとに再び姿を現した娘は、つけられたばかりの大きな胸の傷よりも、口端から伝い毀れた血を乱暴に手で拭った。
    「さすがフェイク、十字架がよく効きます。……悪魔の子よ、これが真の聖なる力です」
     そう言った聖女を、緋色の双眸が忌々しげに睨めつける。胸の傷は相応に痛むはずだが、ぼたぼたと滴り落ちた血を踏みつけながら高く跳躍した娘は、一気に都璃の頭上へと距離を詰める。
    「後ろへ飛んで!」
     横薙ぎではなく振り下ろしの一打と察した郁が、咄嗟に叫ぶ。反射的に後ろへと退くと、今居た場所に、強かに振り下ろされた凶刃が深く突き刺さっていた。ドーター・マリアはちいさく舌打ちをすると、力任せに得物を引き抜き、後ろへ飛び距離を取る。
     盾役を厚くする案もあった。けれど、今回ばかりは粘ることはできない。
     短期決戦だからこそ盾は最低限とし、出来る限り攻撃に寄せた構成は、一般人からの応援効果も相まって見事に功を奏していた。
     また、バッドステータスへの耐性も予測した戦術も的中し、気づけばドーター・マリアはすぐに解消しきれぬほどの不利をその身に纏っていた。
     それでも無理矢理繰り出された一撃は、動きを先読みした冬舞が身を翻して躱す。そのまま身体を転じて眼前の懐へと突き出した刃は、屈曲した切っ先が肉を裂き、筋を断ち、娘を内から破壊する。
     ヨークシャー・テリアのエルが戦場を駆けて、娘めがけて咥えた剣を横一線に薙いだ。着地した足ですぐさま弾むように退く姿はまるでじゃれついているようにも見えて、そのギャップと心強さに、直哉の口端にも笑みが浮かぶ。
     そのまま強く地を蹴ると、宙で弧を描きながら、流星のような燦めきを纏った足を思い切り娘へと下ろした。肉を穿つ感触に僅かに残っていた直哉自身の傷も痛んだが、それもすぐさま軽くなって消える。足許には光の法陣。サフィの治癒が届いたのだ。
     傷が癒えて身が軽くなったからだろう。ますます元気いっぱいに駆ける相棒に、サフィも内心で一息吐く。
     極力、ディフェンダーも攻撃に回って貰いたい。そのために、メディックのみで回復が追いつくうちは任せて欲しい。そう望んでいた流れが、今、上手く作れている。
     灼滅者たちの猛攻にも怯まぬドーター・マリアからの反撃を、郁は影を盾に耐えきった。すぐ先にある娘の眼をその赤い澄んだ瞳で見つめ、問いかける。
    「ねー。誰かの娘って言われ続けるのって、嫌じゃないの?」
    「…………」
     自ら望んでいないのなら、その呼び名は、いつまでも親という呪縛から逃れられない囚人のような響きもあった。けれど娘は答えない。答えない代わりに、その双眸には、微かながら複雑な色が過ぎった気がした。

    ●護人
     盾として、この体が動く限り立ち続ける。
     怯むことなく、眼を閉じることなく、何があろうと役目を全うする。
     その意志の通り、郁も、そして同じ盾たる恵理とエルもまた、戦場にどうと仁王立ち耐え続けていた。その傍らをすり抜けた直哉が、斧を振りきって出来たドーター・マリアの死角に飛び込み、光の刃を叩きつけるように打ち込む。護りたいから負けられない。その想いは、彼女もまた、同じなのかもしれない。
     護りたいという気持ちは、サフィもまた同じだった。
    (私たち、人を守りたい。マリアさん、ダークネスを守りたい。……戦うしか、出来ないのでしょか)
     相容れぬ思想の下に、両者が閃光を散らす。傷を与え、血を奪い、命を絶たんと得物を振るう。ステラが娘を袈裟懸けに斬り、続く紫那乃が、幾度となく放った黙示録砲の光を見つめながら聖歌の旋律の先に神の加護を祈った。
     決して、負けるわけにはいかない。
     既に相当苦しいのだろう。立ち上がったものの体勢を崩しかけた瞬間を、都璃は見逃さなかった。駆け出し、一気に間合いを詰めると、炎を纏った刃で傷口を更に抉る。
     脳裏に過ぎる親友の声。
     お願いします、とエマは言った。ならば約束しよう。私たちは奴を倒し――全員で、ここから戻ると。
     一旦後退するも、ドーター・マリアの闘気がその双眸から消えることはなかった。四肢に無尽に刻まれた傷も、体中を走るであろう激痛も厭わず戦場を奔る姿は、得物を狩らんと平原を駆ける豹をも思わせた。
     血濡れたセーラー服を靡かせ、ぎらつく瞳で郁へと肉薄してきたその隙間に、恵理がすかさず割り込んだ。一瞬驚愕を見せた娘へひとつ微笑むと、次の瞬間、音もなく身体を沈める。
    「なっ……!?」
     突如、恵理の影から跳ねるように現れたのはエルだった。容赦なく六文銭を娘へとお見舞いする姿に瞳を細めると、郁もまた彗星の軌跡を描きながら強烈な一矢で追随する。
     世界を支えているのは人の祈りだと、何かで読んだ。
     護るつもりでいて、知らずに守られていた。
     ずっと前の事件で、一般人から貰った声援。あのとき届かなかったぶんも届くように。
     ――いつだって、私たちはひとりで戦ってるんじゃないんだ。
    (シャドウ以外が闊歩し死亡も灼滅もなし。ここも変わりましたね。……ですが)
     紫那乃の巨腕に続き、狙いを定めるように瞳を窄め、ステラが銃を構える。
    「捲土重来を期すとフラウ オンブラに申し上げた以上、勝たなければなりません」
     故に、後悔させてやろう。シャドウ大戦を戦い抜いた精鋭と、ソウルボードで戦うことを。
     銃声とともに、直哉も弾かれたように駆け出した。銃口が放った光と併走しながら、得物を大きく振り仰ぐ。
     負けるものか。負けてなるものか。命を賭しても戦い抜くと、心はとうに決まっている。
     容赦ない連撃をまともに受けた娘が、既に限界に近づいているのが明らかだった。
     大きくぐらりと揺れた身体をどうにか堪えて踏みとどまると、娘は荒い呼吸のまま、残る闘気を一気に放出した。
     一瞬にして粟立った肌に気づいて、誰しもが唇をきつく結ぶ。恍惚とした表情で笑みながら、血の海と化した戦場を、ゆっくり、一歩ずつ近づいてくる娘に、冬舞が心中で悟る。
    (誰かの娘だとか、サイキックハーツへ至る戦争だとか……そんなことよりも戦いを愉しむ気持ちは似ているな、アンタと俺と)
     だからこそ、最後まで立ち続けよう。
     決して、その斧の前に臆しはしない。
     血を吐こうとも、麻衣の心を渡してやるものか――絶対に。
     僅かに先に動いたドーター・マリアが、手負いとは思えぬ速さで一足飛びに間合いを詰めた。恐らくこの闘いでの最後となるであろう、娘の渾身の一撃を防いだのは恵理であった。
     忽ち消えた娘の笑み。代わりに、魔女は余裕の笑顔で返礼する。
     畏れなぞ、それこそ笑って消してやろう。相手が誰であれ、思い通りにされるくらいなら、最後まで闘うだけだ。
    「盾の壁、終ぞ破れず!」
     勝鬨を思わせる誇らしげな声に、仲間たちも一気に畳みかけんと駆け出した。
    「貴女たちの声が、私たちの力になる。あと少しだけ、一緒に戦って!」
     都璃が麻衣を鼓舞するように叫ぶ。
     もう時間がない。ここで終わらせねば、傷つく人が増えてしまう。そうさせないためにも。
    「お願い、声を、力を、私たちに……貰った力を、絶対に無駄にはしない!」
    「麻衣、さん。恐いですよね。不安、ですよね。それでも私達を信じてくれて……ありがとうございますです」
     サフィの言葉に、エルも賛同するように鳴く。その相棒の声に後押しされるように、ちいさな拳に力を込める。
    「私たち、絶対、負けません……あなたは、私たちが守ります」
    「うん。ここまで守ってくれてありがとう。あなたのことも、ちゃんと守らせてね」
     今までだって、知らないだけで応援を貰っていたのかもしれない。
     期待には応えたい。何より、私自身のために。守りきれるように。
     そう微笑む郁に続き、ステラもここまでの共闘に感謝を添えて、謳うように願う。
    「悪しき者を討ち倒すため、今一度盛大なご声援をお願いいたします。さぁ、私たちでLieto Fineを!」
     瞬間、内から力が湧き上がる。軽くなった身体のまま、戦場を疾駆し、跳躍し、ダークネスの娘めがけて、金翼鳥が、流星脚が、斬魔刀が、影郁子が、モノリスが、立て続けに叩き込まれた。
     確実に、この戦闘での最大級の一撃。
     ――けれど、爆風の随に見えた緋色の光に、一同は絶句する。桜色の髪を靡かせて、爛々と瞳を輝かせ、血塗れながらもドーター・マリアは未だ戦場に立っていた。
    「くそったれ……!」
     吐き出すように言うと、冬舞は得物に影を宿しながら地を蹴った。翔にかえしてやるんだ。逢えない苦しさをこれ以上誰にも味わわせてたまるか。
     身を屈めながら一気に懐に入ると、鳩尾に拳を力のままにねじ込んだ。そのまま後ろへと吹き飛んだ身体めがけ、直哉が得物を繰り出した。
     仲間とともに絆を胸に、絶望だって希望に変える。
     それが、俺たち灼滅者なのだから。
    「ここで必ず倒し切る!」
     その意志を託した鋼の如き帯が、容赦なく娘を貫いた。そこへ紫那乃が躍り出る。
    「大罪を犯し、さらに罪を重ね続ける悪魔の子に救いなどありはしません。大いなる威光の前に滅び去りなさい」
     天の輝きを纏いて、地を這う悪徒に神罰を――。
     強打と聖なる魔力が娘の身体を容赦なく喰らい、終ぞ声なく、ドーター・マリアは夢の外へと消えていった。

    ●希望
     病院の外は、つい先ほどの戦闘を忘れてしまうほどに穏やかな夜気で満ちていた。
    「みんなお疲れ様ー!」
    「無事、終わって……良かった、です」
     帰途へとつきながら仲間を労う郁に、サフィも安堵の笑みを見せた。紫那乃も微笑みながら、神の加護へと感謝する。
    「あのふたり、無事に再会できて良かったですね」
    「……ああ」
     ふと病院を振り仰いだ冬舞へ、ステラが声をかける。麻衣の目覚めを聞きつけた翔が病室へ駆け込んできたときは驚いたが、喜ぶ彼らを思い出し、つられて口端に笑みが浮かぶ。
    「今回の勝利は、麻衣さんたちを含めてのものだったからな。直接礼を言えて良かった」
    「ええ。学園の連絡先も渡せましたしね」
     都璃の言葉に、恵理も笑顔で頷く。そうして見せた横顔に垣間見たのは、この件にリタの意識が巻込まれてないことを祈る心。
    (エマからの依頼でソウル関連だと、エトのことと思わずにはいられなかったな……)
     今頃、どこでどうしているのだろう。屹度こちら側で生きているであろう、そうあって欲しいと願いながら、行方の知れぬ白い蝶を求めて空を仰ぐ。
     意志を自覚したというソウルボード。
     その意志が何処へ向かおうとしているのか、それは未だ解らない――それでも。
     慈愛なる夢の果てに残されていた小石を握りしめ、直哉は思う。

     『つながり』そして『慈愛』。
     希望の欠片は残されていると、信じてるぜ。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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