【民間活動】精神防衛戦~大事なあなたの心のために

    作者:三ノ木咲紀

     とある高校の演劇部では、今日もまた芝居の稽古が行われていた。
     二月の末に事件が起きて部員が一人転校したりしたが、その後は平穏に時間は過ぎていた。
     新入部員を五人迎えて、新しい演劇部が始動して、次の発表会に向けて稽古に励む。
     そんなある日のことだった。
     舞台の上で台詞の読み合わせをしていた二年生の部員達が、突然倒れたのだ。
    「おい、大丈夫……」
     慌てて駆け寄った部長も、襲い来るめまいにその場に倒れる。
     新入部員達の叫び声を遠くに聞きながら、部長の意識は闇に呑まれた。


    「皆、タタリガミの事件解決お疲れさまや! タタリガミとの戦いは完全勝利やさかい、今後タタリガミが組織立って動くことはあらへんやろ」
     微笑んだくるみは、ふと真面目な表情になると書類をめくった。
    「このタタリガミの壊滅が原因かまでは分からへんけど、ソウルボードの動きを見てくれはってた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)はんや、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)はん達から重要な情報を貰うてん」
     ソウルボードに異変の兆候があり、それに呼応するように民間活動によって武蔵坂学園を支持してくれるようになった一般人達が、次々と意識不明となったのだ。
     彼らは病院に運ばれたが、検査しても原因が分からない。
     更には、本来ならば大ニュースになるはずの集団意識不明事件が、一般に全く広まらないのだ。
     不自然な状況であると言わざるを得ない。
     これは明らかにダークネス事件で、その原因が彼らのソウルボードの内部にあることは間違いがない。
     今はこれ以上の情報がないため、病院に行って原因の究明をする必要がある。
     意識不明となった人にソウルアクセスすれば、今回の事件の原因が待ち構えているだろう。
     その敵を撃破することができれば、倒れた人々も目を覚ますに違いない。
    「皆を信じて、支持してくれはった人らのピンチや。どうか皆の手で助け出したって欲しいんや。よろしゅう頼むで!」
     くるみは灼滅者達を見渡すと、頭を下げた。

     氷上・鈴音 (夢幻廻廊を彷徨う蒼穹の刃・d04638) のソウルアクセスでたどり着いた先は、何もない空間だった。
    「ここが、部長のソウルボード……?」
     初めてのソウルアクセスに緊張を隠せない様子の市川・朱里 (高校生ダンピール・d38657) は、恐る恐る一歩踏み出した。
     その時だった。
    「危ない!」
     叫んだ鈴音の声に振り返った朱里は、襲う衝撃に地面に叩きつけられた。
     無数の石臼の攻撃を受けた後衛に、神鳳・勇弥 (闇夜の熾火・d02311) は回復のサイキックをかけた。
    「大丈夫か?」
    「だい……じょうぶです」
     勇弥の手を取って立ち上がった朱里を守るように、攻撃との間に立ちはだかった有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)は、視線の先に一人の女を見た。
    「やはり来ましたね、灼滅者。お前達はいつも、私達の邪魔をする」
     冷酷な目で灼滅者達を睨みながら現れた敵に、オリヴィア・ローゼンタール (蹴撃のクルースニク・d37448) は目を見開いた。
     鶏の脚の小屋の予兆で。サイキックアブソーバー強奪作戦で。そして武蔵坂防衛戦で。
     灼滅者達の前に現れ、学園への直接攻撃を仕掛けてきた子爵級吸血鬼。
    「魔女バーバ・ヤーガ……!」
     臨戦態勢を整えたオリヴィアは、殲術道具を構えると間合いを取った。
    「どぉして爵位級吸血鬼が、ここにいるん? 予兆ぉもあらへんかったのに」
     後衛を回復した雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)の声に、バーバ・ヤーガはぴくりと眉を動かした。
    「どうやら、死にたいようですね」
     バーバ・ヤーガの全身から膨れ上がる殺気に、咬山・千尋 (夜を征く者・d07814) は怯む己を叱咤しながら殲術道具を手に駆け出した。
    「部長達のソウルボードを荒らしたのは、あんただろ?」
    「ならば、俺達の敵だ!」
     千尋が放った渾身の一撃に続き、秦・明彦(白き狼・d33618)が見事なコンビネーションを決める。
     二連撃を受けたバーバ・ヤーガは、つまらなさそうに腕を振り上げた。
    「この程度ですか」
     弾き飛ばされた千尋は、態勢を整えると唇を噛んだ。
     渾身の連撃は、ほとんど効いている様子がない。このまま本格的な戦闘が始まっても、バーバ・ヤーガの火力の前に遠からず全滅するだろう。
     爵位級相手に八人で戦うには、無謀すぎる。
     勝てる訳がない。灼滅者達の心にヒヤリと冷たい氷が滑り落ちた。その時だった。
    『諦めないでください!』
     突然響いた声に、朱里は弾かれたように顔を上げた。
    「部長?」
     朱里の声に応えるように、演劇部員達の声が響いた。
    『負けないで、灼滅者のみなさん!』
    『そんな女、フライドチキンにして食っちゃえ!』
    『皆さんは命がけで助けてくれた! 今度は私たちが助ける番です!』
     ソウルボード全体に響く声に、バーバ・ヤーガは不快そうに顔を上げた。
    「ソウルボード奪取の邪魔だけならばまだしも。灼滅者の次はお前たちに、意識があることを後悔させてあげましょう」
    「そんなこと、させない!」
     決意も新たに拳を握り締めた雄哉に、丹も大きく頷いた。
    「部長ぉさん達は、必ず助けるんよぉ」
    「見て。心の怯えも、消えたみたい」
     震えの止まった手を見つめる鈴音に、勇弥も大きく息を吐いた。
    「ああ。部長さん達の心と力、受け取ったよ」
    「これも、サイキックハーツの力でしょうか?」
     心の底から湧き上がる高揚感にソウルボードを見渡したオリヴィアに、千尋は改めて殲術道具を構えた。
    「なんにせよ、この声援があれば戦える!」
    「ここからが本番だ、バーバ・ヤーガ!」
     宣戦布告のように殲術道具を構える明彦に、バーバ・ヤーガは冷酷な笑みを浮かべた。


    参加者
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    氷上・鈴音(夢幻廻廊を彷徨う蒼穹の刃・d04638)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)
    有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)
    秦・明彦(白き狼・d33618)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)
    市川・朱里(高校生ダンピール・d38657)

    ■リプレイ

     響く部長達の声援に、咬山・千尋(夜を征く者・d07814)は顔を上げた。
     目の前には、爵位級ヴァンパイア・魔女バーバ・ヤーガ。
     部長達の声援を受けても、勝てるかどうか分からない強敵だ。
     だが、声援が力をくれる。魔女のプレッシャーをはねのけた千尋は、高揚する戦意にMoon Crusherの踵を鳴らした。
    「ホント、こんなところで会うとは奇遇だな。いい加減退場願いたいんだけど」
     殺気と共に一気に間合いを詰めた千尋は、炎を帯びたエアシューズを魔女へと叩き込んだ。
    「熱いのは好きか? パリパリのローストチキンにしてやるよ」
    「その程度」
     ひらりと避けた魔女の行動を読んだように、連撃が叩き込まれた。
     腕に装備したクロスグレイブをカウンターの要領で叩き込んだオリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)は、シスター服のベールを翻すと挑発するようにクロスグレイブを構えた。
    「さあ、魔女狩りの時間だ」
    「ババア、じゃなかった、バーバ・ヤーガ。ごめんなさいして帰るなら今の内だぞ」
     ノンキそうな口調で場の空気を緩ませた秦・明彦(白き狼・d33618)は、振り抜いた銀狼の拳を魔女へと突きつけた。
     バーバ・ヤーガは小うるさそうに明彦を睨むと、冷酷な笑みを浮かべた。
    「灼滅者風情が、小賢しい。少し強くなったからといって、思い上がらないことです。特にそこの小娘!」
     声と同時に放たれる逆十字の光線が、殲術道具を構える市川・朱里(高校生ダンピール・d38657)を捉える。
    「危ない!」
     凶悪な逆十字の光線との間に割って入った氷上・鈴音(夢幻廻廊を彷徨う蒼穹の刃・d04638)は、襲う痛みと催眠にめまいを覚えた。
     視界が回り、敵と味方の境界があいまいになる。
     ふらりとした鈴音に、白いベルトが放たれた。
     ラビリンスアーマーで鈴音を癒した雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)は、まだ少しふらつく鈴音に心配そうに駆け寄った。
    「氷上さん、大丈夫? まだしんどいん?」
    「大丈夫。でもこの催眠はきついわね」
     微笑み返す鈴音に、加具土が癒しの視線を送った。
     癒してくれる霊犬の視線に、鈴音はそっと加具土の頭を撫でた。
     朱里への攻撃に即応した有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)は、ダークネス形態の姿のまま死角からオーラの塊を叩き込んだ。
     雄哉を睨む魔女の視線を真っ向から受け取った雄哉は、決意を胸に口を開いた。
    「……彼女は絶対、倒させない」
    「こっちだ、バーバ・ヤーガ!」
     雄哉と同時に駆け出した神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は、WOKシールドを構えると魔女の鼻面へと叩き込んだ。
     顔面への攻撃に、魔女は怒りの籠った目で勇弥を睨みつけた。
    「たかが人間の分際で……」
    「皆、戦ってた。俺達が来ると信じて。サイキックハーツという理そのものと。彼らを――そして全ての意志を、真理を鎖の呪縛から解き放つ!」
    「そのために、まずはこいつをソウルボードから追い出すよ!! 部長、みんな、私に力を少しだけ貸して!」
     演劇部員達へ呼び掛けた朱里は、心の奥底から溢れ出す力にクロスグレイブを握り締めた。
     心に溢れる優しくて力強い力の気配には、覚えがあった。
     かつて荒んていた朱里を演劇部へ誘ってくれた部長達がくれた力と同じ気配だ。
     この力は、朱里にたくさんの勇気をくれる。
    (「部長、みんな……、ありがとう。みんなを助けるつもりでここに来たのに、逆に助けられちゃったね。だから、今度は私がみんなを助けるよ!」)
     入学式のあの日も、闇堕ちから救われたあの日も。
     部長や部員が必死に呼びかけてくれなかったら今、朱里はここにいない。
     怖いけど、負けない。絶対に魔女を追い出す。
    「私たち「みんなで」未来を切り開こう!!」
     繰り出される十字架戦闘術が、魔女の腹を抉る。
     思いの外大きなダメージを負ったバーバ・ヤーガは、憎々し気に灼滅者達を睨みつけた。


     明彦と目を見交わした雄哉は、同時に駆けると左右から連続攻撃を繰り出した。
     強敵相手、しかも時間限定の強化ということは、攻撃の手を休める訳にはいかない。
     間合いを詰めた雄哉は、蒼穹のバトルオーラを纏わせた無数の拳を魔女の腹に叩き込む。
     防御姿勢を取った魔女を最後の一撃で吹き飛ばしたところに、流星が煌めいた。
     呼吸を合わせて高くジャンプした明彦の強烈な踵が、雄哉の作った死角から魔女に放たれ、その脳天に直撃する。
     ぐらりとよろけた魔女に、戦列に戻った明彦はにやりと笑った。
    「演劇部のみんなが見てるんだから、強敵相手の方が燃えてくるなあ」
     やる気満々な明彦に、雄哉は頷いた。
     闇堕ちから救われた後、ダークネス形態になるのが怖かった。
     だが、彼らが怖がらなかった。ダークネス形態で戦う今もなお、変わらない声援をくれる。だから……もう大丈夫。
    「部長さんたちの想い、受け取ったよ。バーバ・ヤーガ、貴様にはここで退場してもらう! ダークネスに抗うための「想いの力」、存分に食らわせてやる!!」
     拳を突きつける雄哉に呼応するように、赤い稲妻が奔った。
     明彦の攻撃に呼応するように跳びあがったオリヴィアは、頭上に受けた攻撃から立ち直ろうとする魔女と、次の攻撃に備える朱里を同時に見た。
     ノヌーシャを灼滅し、未然に防ぐことが出来た闇堕ち。
     そのために力を貸してくれた部長達の命は、この戦いの成否にかかっている。
    「彼女らの人としての生、貴様らのエサになどくれてやるものか。地にひれ伏せ、ヴァンパイア!」
     オリヴィアが放つ紅い稲妻を纏ったスターゲイザーはバーバ・ヤーガの後頭部に炸裂し、そのまま地に叩きつけた。
     起き上がった魔女は、オリヴィアを睨みつけると爪を振り上げた。
    「私に土をつけた罪、贖わせてあげましょう」
    「ヒトを侮ったな、爵位級」
     勇弥の声に、魔力の集中を中断した魔女は眉を上げた。
    「ヒトの心が絆結ぶのは、お前らの餌になる為じゃねぇ。爵位級である前に、たった一人であるお前に何ができる!」
    「群れねば何もできない弱者の分際で!」
     怒りと共に爪にオーラを纏わせた魔女は、勇弥を袈裟懸けに切り裂いた。
     同時に体力を回復させた魔女に、朱里はサイキックソードを振り上げた。
    「部長のソウルボード、絶対渡さないんだから!」
     眩い光と共に放たれる光刃が、魔女の胴を薙ぐ。
     爪を損傷させた魔女に、千尋はヴァンパイアセイバーを繰り出した。
    「ヴラドとエリザベートの次はお前の番だ。覚悟しな!」
     殺気と共に抜いた日本刀がバーバ・ヤーガに肉薄し、鋭い一撃が切り裂く。
     魔女が怯んだ隙を突き、丹はラビリンスアーマーを勇弥へ放った。
     包帯のように傷を癒した丹は、連撃を受けながらも未だ健在な魔女に頬を膨らませた。
    「演劇は大変なんや。それを邪魔するバーバ・ヤーガさんは追い出したる!」
    「そうね。必ず守りましょう」
     カードにキスをひとつした鈴音は、烏の濡れ羽色に焔の紋様入りのクロスグレイブを手にすると死角に回り込んだ。
     鋭い一撃が魔女の背中を抉り、クロスグレイブを振り抜いた鈴音は立ち上がった勇弥の隣に立った。
    「勇弥さん、お願いだから無茶しないでよ。皆を護る盾は此処にもう一人いるんだから!」
    「善処するよ。でも俺は、何があろうと最後まで足掻き諦めはしない!」
     拳を握り締める勇弥に、鈴音は一つため息をついた。


     激戦を極めた。
     ジャマーポジションに立ち、バッドステータス攻撃を多用する魔女相手に苦戦を強いられたが、灼滅者達の度重なる足止めが功を奏して体力を徐々に削っていくことに成功。
     バーバ・ヤーガは、怒りをいなしながら単列織り交ぜた攻撃で灼滅者達の体力を削っていく。
     体力のない朱里が途中でソウルボードから離脱しながらも、戦いは終盤を迎えた。

     七分が経過した時、明彦は空を見上げた。
    「みんなの思いがこの魔女を倒す力になる。共に力を合わせて戦おう!」
     明彦の檄に、部長達の力がクルセイドソードに集まる。今まで見たことのない力に、明彦は笑顔を見せた。
    「ありがとう、みんなの力は本当にスゴイな。この力で……まずは一発ぶちかます!」
     白銀の剣を非物質化した明彦は、大きく振りかぶると魔女を袈裟懸けに斬りつけた。
     霊魂と霊的防護を大きく損傷した魔女に、雄哉は痛む体を叱咤しながら空を見上げると部長達に向けて叫んだ。
    「『姿じゃなくて、心の持ちよう』……僕が市川さんに言った言葉だよ。今は、部長さんや演劇部のみんなの心が……想いが、強大なダークネスを焦らせている」
     声を張った雄哉は、拳を天に突き上げる。その声に呼応して、鋼鉄化した拳に力が宿った。
     強力な強化を得た雄哉は、拳を固く握り締めた。
    「僕たちの想いの力、見せつけてやろう!」
     渾身の正拳突きが、魔女を真正面から捉える。
     襲う衝撃に踏みとどまった魔女は、雄哉の手首を掴むと爪を大きく振り上げた。
    「焦ってなど、いませんよ」
     怒りによる列攻撃ダメージの累積していた雄哉は、強烈な紅蓮斬を受けて地に倒れ伏す。
     そのまま離脱する雄哉に、灼滅者達は連撃を仕掛けた。
    「ただの人、力のあれへん一般人。そんな言葉で身勝手させへん! きっとその為にウチは、皆はここにおる!」
     立っているのもやっとな勇弥に、丹は部長達に呼び掛けながら祭霊光を放った。
     癒しを得た勇弥は、クロスグレイブを構えると間合いを詰めた。
    「全てを懸ける。全ての波紋を背負う。部長達や皆に報いる為にも、何があろうと最後まで足掻き諦めはしない!」
     強烈な打撃が魔女を抉り、大きく後退したところを鈴音の日本刀が閃いた。
    「これ以上、お前の好きにはさせない!」
     死角からの攻撃を受けた魔女に、氷の礫が襲った。
    「お前は典型的なヴァンパイアか。分かりやすくていいな!」
     戦闘中も魔女を観察していた千尋が、冬の古木から氷の雫を払いながらにやりと笑う。
     氷のダメージを受ける魔女に、オリヴィアは音もなく間合いを詰めた。
    「ジャマーなのは性格か? さすがヴァンパイア! 性悪なことだ!」
     地面を蹴ったオリヴィアは、無数の攻撃を叩き込む。
     体力を削られた魔女は、間合いを取ると顔を上げた。


     明らかに体力の削られているバーバ・ヤーガに、明彦は力強くニカッと笑った。
    「さあ、物語はクライマックスだ。みんなの力でハッピーエンドを掴み取るぞ! 俺も頑張る、みんなも頑張る、これで勝てない事などあるものか!」
     再び部長達の力を得た明彦は、黒鉄の棍を振り上げると真っ直ぐ振り下ろした。
    「喰らえバーバ・ヤーガ、これが人間の力だ!」
     追撃の乗った攻撃をまともに受けた魔女は、回復のための魔術を詠唱しようとした。
     その気配を察した勇弥は、悲鳴を上げる体を何とか叱咤し立ち上がった。
    (「……誓いの為に、俺の命も魂も懸けて、全ての波紋を背負い護るつもりだった。けど今、世界を護ってくれていたのは……」)
     部長達に最大限の敬意と信頼を胸に置いた勇弥は、溢れ出す力に必ず報いるという思いで叫んだ。
    「俺は必死な人が、苦しんできた人が報われない結末を認めない。市川さんの時も、今も。俺にバッドエンドを否定する力、貸してください!」
     詠唱を邪魔するように放たれた黙示録砲が、魔女の頭部を氷結させる。
     頭を振って氷を振り払った魔女は、怒りの目を勇弥へ向けた。
    「死にぞこないが! まずはお前に死の恐怖を与えましょう!」
     回復を放棄し、攻撃に転じた魔女は、前衛にバーバ・ヤーガの呪いを放った。
     呪詛の声と共に氷結を受けた明彦と勇弥が、ソウルボードから離脱する。
     この判断が勝敗を分けた。
     離脱した勇弥に唇を噛んだ鈴音は、空を見上げると部長達へ声を掛けた。
    「演劇部の皆、私達の事を信じて受け入れてくれて有難う。皆の紡ぐ言ノ葉と想いの力、この心にしっかり届いてるわ。どんなに屈強な相手でも、貴方達の声が届く限り、私達は何度でも立ち上がれる」
     抜き放った日本刀に集まる力を感じながら、部長達に笑顔を見せた。
    「発表会、皆が舞台の上で輝く姿を私も見たいの。だからあと少し、私達に力を貸して!」
     大きな力を得た鈴音は、魔女の死角に素早く回り込むと鋭い一撃を叩き込んだ。
    「演劇部のみんな、あのときは突然やって来たあたし達を信じてくれて、本当にありがとう。朱里も今は一緒に戦う、心強い仲間だ!」
     部長達に呼び掛けながら、千尋はデモノイドに寄生された腕をバーバ・ヤーガへと突きつけた。
    「この敵はすごく手ごわいけど、このソウルボードを守るために、皆の力をあと少しだけ貸して欲しい! この戦いに勝って、必ず演劇部の発表会を見に行くよ! 」
     恐ろしい見た目の腕に嫌悪のかけらも見せない部長達の力添えを受けた千尋は、嬉しそうに微笑みながらDESアシッドを放った。
     強酸性の液体に怯む魔女に、オリヴィアは大剣バルムンクを構えた。
    「恐るべき魔女バーバ・ヤーガを倒すには、私たちの力だけでは敵いません。だから、どうか皆さんの力添えを。私たちの勝利を信じてください!」
     勿論だ、と言わんばかりに、大剣バルムンクにたくさんの力が集まる。
     戦艦をも両断すると言われる大剣の一撃が、魔女を垂直に切り裂く。
     連撃を受けた魔女は、傷を押えながら一歩下がった。
    「この……私が!」
     前へ出た丹は、意を決するとダークネス形態へと変化させた。
     巨大なウニのように見える姿を晒した丹は、再び部長達に呼び掛けた。
    「前は見せてへんかった変な姿隠しててごめんなさいやぁ。それでも、理不尽と戦う為やったら!」
     叫ぶ丹に、大丈夫だよという部長達の意思の籠った力が溢れ出す。
     その力に勇気を得た丹は、無数のトゲを連続発射した。
    「お空へふっとべ!《IALPRT OOAONA MIRC NONCI》」
     トゲの形をした魔力弾を受けた魔女は、突きそうになる膝を何とか持たせると灼滅者達へ口を開いた。
    「……私の敗因は、お前たちを見くびったこと」
     足から徐々に消えていく魔女は、灼滅者達へ冷酷な笑みを浮かべた。
    「私はお前たちを対等と認めましょう。同じ失態は繰り返しません。お前たちを必ず殺します」
     ソウルボードから離脱したバーバ・ヤーガに、安堵の気配が広がった。


     ソウルアクセスを解除し現実世界へ戻った仲間たちに、朱里は安堵の息を吐いた。
    「皆帰って来た……ってことは、バーバ・ヤーガを倒したんだね!」
    「そうだね。部長さん達も、じきに目覚めるよ」
     雄哉の声に安心した朱里は、思わず目に涙を浮かべた。
    「よかったぁ……!」
     和やかな空気が流れる病室から一歩出た鈴音は、懐に忍ばせた方位磁石に触れた。
     この事態の銃爪を引いた張本人は今、何処にいるのだろうか。
    (「もしそれが、かつての仲間なら。私は……」)
     軍艦島の悲劇が脳裏をよぎり、鈴音は一人涙を流した。

    作者:三ノ木咲紀 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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