【民間活動】精神防衛戦~まつろわぬうつろ

    作者:高遠しゅん

    「タタリガミとの戦い、お疲れさまだったね」
     完全勝利。タタリガミは勢力として壊滅した筈だと、櫻杜・伊月(エクスブレイン・dn0050)が微笑んだ。
     しかし校内のあちこちで灼滅者たちが集い、説明を受けている気配がする。戦勝だけではない、張り詰めた空気が武蔵坂学園を包んでいた。
    「ゆっくり疲れを癒してほしいところだが、そうも言っていられない。新たな動きだ。それも大きい。だが、詳しい原因はわからない」
     戦いの影響なのか、他の要因か。

     ソウルボードの動きを注視していた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)と、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)から重要な情報がもたらされた。民間活動により、武蔵坂学園の存在は徐々に一般人の間に広まっていった。支持、支援を行う動きも見られてきたところ、新たな異変が起こったという。
    「学園の存在を知った一般人たちが、次々と意識不明に陥っている。一人や二人、数十人という単位ではない。異変は突然に訪れ、年齢性別既往症問わず発生した。病院でどんな検査をしても異常は見つからず、なのに意識は戻らず眠り続けている」
     ソウルボードに異変の兆候がある。その影響らしい事までは調べが付いた。
    「それにね、既に大規模と言っていいほどの同様の患者――ここは被害者と呼ぶべきかな。通常であれば、集団感染や意識不明の大事件、なんて喧しく報道される筈なんだ。情報操作などしていないからね。なのに世間は静かなものだ」
     即ち、ダークネスが関係している。
     残念ながら、判明しているのはここまでだと伊月は眉をひそめた。手帳には一行、緋色のインクで『ダークネス』と書かれている。
    「君たちには病院に向かい、一人の被害者にソウルアクセスして原因の究明に当たってほしい。もし被害者のソウルボードにダークネスが潜んでいるのなら、撃破すれば彼らは目を覚ますはずだ」
     ソウルアクセスするのは三十代半ばの男性だという。意識不明の状態で発見されたのは、ネットカフェの個室だった。何らかの状況で学園の情報を知ったのだろう。
    「情報が少なくてすまない。だが、君たちならやり遂げてくれると信じている」
     伊月は手帳を閉じた。
    「状況をここまで動かした君たちを、私はもう心配しない。全員揃っての帰還と、吉報を待っているよ」


     病室は静かだった。
     眠り続ける男は三十代半ばという話だが、どこか疲れ衰えた様子が寝顔から見て取れる。意識を失い病院に搬送されたのが数日前というが、たった数日でこれほど衰えるものだろうか。
    「このかた……ネットカフェで寝泊まりをしていたようです」
    「家族も家も無いらしい。ついでに、仕事もな」
      月雲・彩歌 (幸運のめがみさま・d02980) と 月雲・悠一 (紅焔・d02499) の二人が、病院の担当者から状況を確認していた。
     ベッドサイドに『田中・和俊』と名札がある。名を声に出して呼んだところで目が覚めるわけではないことは、灼滅者たちにとって周知のことだ。
    「民間活動で私たちのことを知った人たちが、ネットに情報を書き込んでくれた可能性もあるよね」
     華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)が、男の腕に繋がれた医療機器の光に目をやった。
     灼滅者と直接出会わずとも、情報としてダークネスと戦う灼滅者を知ったなら。真実と虚構が錯綜する情報の海から、希望を灼滅者に見出してくれていたなら、彼も充分に支持者たり得るのだ。
    「気を引き締めていきましょう。一筋縄でいく相手とは思えません」
     暗い病室にほの白く光る髪をきりりと整え、詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)が囁く。
    「隠れて何かしてやろうなんて、厄介な奴に決まっているの。さあ、準備はいい?」
     肩にふわりと絡みつく、ウイングキャットのリンフォース。神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)が宙に指を遊ばせた。目を閉じ、意識を集中する。
     ソウルボードへの道が開かれた。

     明るくも暗くもなく、目立つ異変らしき異変も見当たらず。
     しんと静まりかえった、何の変哲もないソウルボードの景色が広がっている。異変と呼べるような異変は、一見しただけでは見当たらない。
     ――と、灯倭の霊犬・一惺が激しく吠え立てた。瞬間、冷気の渦が灼滅者たちを襲う。地に着いた足元から根こそぎ体温が奪われていく感覚は、間違いなくサイキックの攻撃だ。
     遮るものなどない。
     どこから、と見渡したなら。虚空からひらひらと降り積もった新雪で創られたような、白を纏う人がいた。正しくはダークネス、肌をざわめかせる気配が本能に告げている。
    「あなた、は」
     咄嗟にヒールをかけた漣・静佳(黒水晶・d10904)が、その名を口にする。あの事件から何年探したことか。白銀の髪、血色の瞳、白無垢に似た装いは全く変わらない。
    「白百合姫……ソロモンの、悪魔」
    「久しいのぅ、武蔵坂の灼滅者。やはり来るのはおぬしらであったな」
     切れ長の目を弓のように細め、軽やかに笑う白銀の娘。
    「そうであれば、妾の務めは終わりじゃな。このまま退いてやってもいいが、此度はそうもゆかぬのじゃ」
     きいんと涼しげな音を立てて、白百合の周囲を光輪が飛ぶ。弾いたのは桜之・京(花雅・d02355)が放った鋼の糸だ。
    「綺麗――きれいな瞳。ねえ、あなたの白の下には、どんな紅が流れるのかしら」
     うっとりと謳うような京の言葉。
     舌打ちの音がした。ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)が地を蹴り繰り出す槍の穂先は、届く前にことごとくが避けられる。裳裾すら乱さず、緩やかに白銀の娘はそこにいた。
    「おぬしらも知っていよう、この地で起きる何事も、夢うつつの狭間にあると。ならば存分に剣を交えるも悪くない。むしろ、その方が楽しかろうて」
    「お喋りは終わりだ。俺たちは最初から、そのつもりで来た」
     鈴を振ったような笑い声が響く。
    「さあ、妾を愉しませておくれ。灼滅者」


    参加者
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    桜之・京(花雅・d02355)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)
    詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)
    華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)

    ■リプレイ


     ソウルボードに響く、鈴を振るような含み笑いの声。
     冷気を羽衣のように纏うソロモンの悪魔・白百合は涼やかに銀の髪を揺らし、指先で光輪を弄びながら、陣を敷く灼滅者たちを見渡した。
    「妾を愉しませておくれ」
     紅を差した唇の端が、如何にも楽しげな笑みをたたえ。
    「まあ、オッサンよりゃイイオンナの方が好きだが」
     かたや獰猛な笑みを浮かべ、ダグラス・マクギャレイ(獣・d19431)は愛槍を構え直す。
     ダークネスと、その企みに利用される一般人。彼らは皆、武蔵坂学園と灼滅者が世界を理不尽な闇に塗り潰すダークネスと戦っていることを知った者たちだ。
    「最初からやる事ぁ1つだ」
     全力を以て撃退する。存在を滅ぼすことは今はできずとも。白銀に狙い定めたダグラスの、炎めいた瞳に闘志が宿る。
     予知の段階では何が起こるか分からなかったソウルボード。蓋を開けてみたなら、とんだ強敵が現れたものねと、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は胸の奥で呟いた。ウイングキャット、リンフォースが翼広げ寄り添いにゃあんと鳴けば、その柔らかな温もりに心が凪ぐ。強気でいくと、腹が据わる。
     愛猫の尾に似た銀の帯が弧を描き、狙い澄ませて白百合の髪のひと筋を削った。
    「生憎だけど、私たちは退いてなんてあげられないのよ」
     鷹揚に目を細め、白銀の娘は裾を引く。
    「それはそれは、物騒なこと」
    「お互い様、よ。白百合姫」
     ひゅんと鳴らしたから金色の光を振りまいて。戦闘の高揚に、漣・静佳(黒水晶・d10904)の譫言めいた囁き。再会を待ち望んでいた。あの鶴見岳の戦いで己を闇に堕とした白銀の姿を前に、血が沸き立つのを隠せない。己の内にも激しい一面があることを、初めて知らされた相手だ。でも、あの時のように闇に魂を委ねることなどしない。何故ならば、
    「屍王の娘、随分と勇ましく変わったのぅ」
    「そう、よ。あの時とおなじ、私ではないわ」
     人間は、意志の力で変わることができるのだ。ひとを拒んでいた己にも、大切に想える人たちができたように。
    「あなたの楽しみになるつもりはありませんが、負けてさしあげる気もありませんから」
     白い指先が空に示すとおり、光輪がでたらめな軌跡を描き飛来する。その前に立ちはだかる月雲・彩歌(幸運のめがみさま・d02980)は、きっぱりと言い放つ。
     このソウルボードは、自分たち灼滅者に希望を抱く人のものだ。直接出会ったことが無くとも、己の苦境がもしやダークネスが撒いた禍の種やもしれぬと知った、灼滅者に未来への希望を抱いた人々のものだ。今、学園の多くの仲間が同様の戦いに出向いている。彼らの前にはどんな敵が待っていたのだろうか。ここからうかがい知ることはできないけれど。
     この戦いは勝つための戦いだ。ソウルボードの持ち主を現実世界で目覚めさせるには、ここにいる全員が力を尽くして目の前の悪魔を倒さねばならない事だけが確かな現実だ。
     白銀の娘の思惑がどうであれ、撃破する以外の選択肢は、ない。
    「……っと」
     彩歌を庇うように、月雲・悠一(紅焔・d02499)が光に射貫かれた。
     大切な人、守りたい人。互いに思い合う悠一と彩歌は、互いを信じ合いながら前を向く。絆が深く強ければ強いほど、守る力も強くなるのだ。背に炎の翼を広げ、破魔の力を与えてゆく。
    「似た色をしておるの。血と思いが近いようじゃ」
    「口先に乗せられる俺たちじゃない。何を企んでやがる」
    「口先で惑う程度であれば、ここを探り当て現れることもなかろうて」
    「私は、知りたいよ」
     霊犬の一惺が浄眼を輝かせる。華槻・灯倭(月灯りの雪華・d06983)の足元でエアシューズのホイールが鳴る。最短距離を滑らかに滑り、炎宿す蹴りは微かに袖の先を焦がす程度だ。ダメージを与えた、とまで確たる手応えは得られない。
    「この場所にいるのは、何のため?」
     呼び戻した光輪を指先でくるくると弄ぶ。白百合は笑った。
    「面白きことを探しておっただけじゃ。したがのぅ、おぬしらとの対峙より面白きことが見つからなんだ。まこと人とは、面白き生き物よのぅ」
     ダークネスがそう簡単に本音を口にするだろうか。
     人間にとって、純粋な悪であるのがダークネスだ。特にソロモンの悪魔は、知略謀略に長けた種族だ。勢力として力を失い、長く息を潜めていたとしても、その向こう側にどんな企みがあるのか知れたものではないというのに、何故か本音に聞こえる。
     現に、一斉に事件が起きたこのときを狙って彼女が動き出したのだ。ならば他のソロモンの悪魔たちも、更に大きな目的に向かって動いていることは推測できる。
    「先ほどの言葉。私達が此処に来る事自体が、目的だったようにも聞こえました」
     詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)が手を伸ばした先に白百合は立つ。
     編み上げた帯を射出したなら、またしても光輪が切っ先をはじき返した。手応えはある、次はもっとよく狙える。
    「簡単な話よ。『今、ここ』に邪魔をしに来るならば、武蔵坂の灼滅者しか居らぬからじゃ。余所は陣地を広げることに、躍起になって出払っておるだろうよ」
    「陣地とは。あなたもそのうちの一人ではないのですか」
    「饒舌なのね、白百合さん。白くて紅いお姫様」
     鋼糸を巻いた手で星の弓を引き絞り、癒しの矢を放つ。桜之・京(花雅・d02355)は蠱惑的に笑んだ。なんて綺麗な白、そして銀色。紅い瞳もとても綺麗。だからこそ、その下に隠れる紅を見たい。見たくて見たくて、堪らない。紅の誘惑に溺れてしまいそう。
     でも、それは今ではないのだろう。ソウルボード、この世界は夢うつつの狭間にある。戦闘が終われば、どちらが勝つにしても離ればなれだ。
    「惜しいわ。折角出会えたのに、ここで殺してあげられないなんて」
    「縁がこの先も続いたならば、死合うこともあるじゃろうて。さあ、戯れ言はここまでじゃ」
     虚空に指を遊ばせれば、瞬く間に冷気が大気をも凍らせる。
     会話の間は全くの本気では無かったのだと、全員が肌で感じる。
    「おぬしらの本気とやらで、魅せておくれ」


     序盤は互いに陣形を高め合う。
     敵はソロモンの悪魔ひとり。遠くもなく、それでいて離れすぎずの距離を保ち、力任せの攻撃では避けられ弾かれる。狙いを定め、凍気への耐性を重ねてゆく。
     それですらも計算ずくなのか、白銀の娘は灼滅者が攻勢に出るまで待っていた。光輪を幾重にも浮遊させ、たまに気が向いたように放たれるでたらめな軌跡の光は、狙い違わず癒しきれぬ凍気を増やした。
    「リンフォース、耐えてね」
     前衛で体を張って仲間を護るウイングキャットの、ちいさな翼が返事のようにふわりと舞う。
     狙いをつけた明日等のクロスグレイブが、高らかに聖歌を歌いあげる。迸る光は寸分の狂いもなく白百合の胸に吸い込まれる。
     ゆるり、大輪の百合が咲く裳裾をひいて退いた先にはダグラスがいた。体の重心を、視線の先を、跳躍の弧の降りる先を慎重に見極め先に回る。確実に機を狙えるように動く。
    「女を殴る趣味はねぇんだけどよ」
     悪い夢と思ってくれよ、と肉食獣が獲物を捕らえた瞳で笑う。打掛の左肩にめり込む鋼鉄の拳は、確かに女の生命力を削いだ手応えがあった。
     飛来する光輪を避け、エアシューズに青白い炎纏わせ灯倭が疾走する。
    「私たちは、貴女のおもちゃじゃないんだから!」
     きゅ、と音立て急旋回した蹴りが白百合の死角を抉る。振り向きざまの炎の軌跡が、尾を引く白銀の髪をひとふさ半ばほどから断ち切った。宙に溶ける髪を見送りつつ、白百合の手の中に懐剣が生まれる。
    「世の全て、妾の玩具よ」
     逆手に突き立てた刃は灯倭の脇腹を深く抉ったが、霊犬・一惺の送る浄霊の眼が素早く傷を塞いだ。痛みはあるが、まだ戦える。
    「いつか妾はおぬしらに問うた。我等闇の者すべて消え去ったとき、おぬしらはどう生きるのかと。答えは出たのか?」
     氷華を舞わせていた空間の色が変わる。怨念に充ちた毒の風が吹き荒れる。
    「この戦いが夢でしかないのなら、私たちが問いに答える必要はありません」
     守り刀を手の中に感じ、彩歌は凜と言い放つ。
     低い姿勢で戦場を駆け、血の色をした瞳を正面から見据え。袈裟懸けに振り下ろす太刀を、白百合は避けようともせず受けた。
    「私たちがここに来たことが、答えとは思いませんか」
    「『ひと』を守るか」
    「そうだ」
     彩歌とは反対の位置に悠一がいる。傷を負ってはいても、反応が鈍るにはまだ遠い。ごうと唸る戦槌、軻遇突智の銘持つそれが頭を下に、勢い足元を狙った重い一撃を喰らわせた。
    「同じ力なら壊すより守る方に使った方が、強いぜ」
     彩歌と悠一の視線が一瞬だけ絡み合う。それだけで幾千の勇気が胸に宿る気がする。呼吸を合わせもう一撃仕掛け、離れる足取りは鏡あわせのようだ。
    「……そうか。そうよの」
     それでも白百合の身のこなしに乱れはない。確実に生命力は削られているというのに、その身体は傷1つなく息づいているように見える。唇は三日月のような弧を描き、愉しげな様子は変わらない。
    「それこそが、おぬしらの強さであったの」
     苦痛に貌を歪めることも、呼吸を詰まらせることもない。
    「あなたは、本当に私達と会うために来たように思えます」
     清らかな風を吹かせる手をとめる事なく、沙月は眉をひそめた。癒しの手を止めたなら、毒の風が周囲を包んでしまう。それでも、僅かな疑問が胸に宿った。
    「あなたにとっての愉しい事とは、何ですか」
     六六六人衆ならば息をするように殺し合う。アンブレイカブルや羅刹であれば、戦いや力を求め、楽しむこともあるだろう。
     目の前の白銀を纏う娘は、戦いも強さも力すらも求めていない。何故、この場に姿を現したのだろうか。予知にもかからず、長い間姿をくらましていたというのに。
    「そうね。私も気になるわ」
     彼女がここに居る意味を、知ることができるならなら知っておきたい。指先で鋼糸を紡ぎ放ち、京もまた言葉を重ねた。
     戦闘が始まってから、ずっと意識を周囲に廻らせていた。第三者の介入、ソウルボードの変化の兆候、白百合がどこを見ているか、何を気にしているか。相当な変わり者であることは違いないだろう。しかし。
    「貴女、死にたいのではなくて?」
     『なにもない』――結論づけるには早いだろうが、言葉選びや口調の端々、それらすべてに強い意志は感じられなかった。それとも、存在全てでそう演じているのだろうか。
    「……小雀が」
     はっと顔を上げれば、近くない距離を瞬時に縮め、血色の瞳が間近にある。白檀の香がつよく薫った。深々と胸に突き刺さった懐剣が抜かれたなら、唇に熱い紅がこみ上げてくる。
    「京さんっ!」
     聞こえるのは静佳の叫びだ。
     高揚に任せていた血が冷えるようだ。静佳は癒しの力のありったけを京に注ぎ込む。黄金の光が殲術道具から放たれるも、広がってしまうサイキックでは回復量が足りない。
    「平気よ。これくらい、何ともないわ」
     強がりね、と京は嘯く。弱いところは見せたくないけれど、貴女のそんな顔が見られたから。差し引きでも少し、嬉しい。
     ふらつき膝をついた京を抱えるようにして、静佳は強い瞳で白百合を見上げた。
    「殺してあげる。殺してあげる、わ」
     醒めた血色の瞳が、二人の娘を見下ろす。
     それまでの白銀の娘とは違う、怒りに凍えたような瞳だった。
    「殺してみよ」
     静佳の喉元に懐剣が突きつけられた。
    「妾を殺してみよ。夢ではなく、うつつの世界で。さすれば」

     一瞬の後。
     ダグラスの、明日等の、灯倭のサイキックが同時に撃ち込まれる。
     裳裾から袖、髪の先からほろほろと身体を構成する力がほどけてゆく。
     ――さすれば、妾の虚無も埋まるであろうか。
     溶け崩れるように、消えた。


     ソウルボードに目立った変化はない。
     しかし、異物として存在していたソロモンの悪魔を倒したことで、宿主である男は病院のベッドで目を覚ますだろう。早ければ、灼滅者たちがソウルボードから現実世界に戻った直後にも。
    「誰も何も見てねぇようだな」
     四方に視線を遣っていた悠一の呟き。
    「ここが夢でしかない以上、いずれどこかで本当の決着はつけることになるのでしょうが」
     手当に加わっていた彩歌が息をつく。
    「こうは、考えられないかしら」
     京の負傷はたいしたことは無い。学園に戻れば回復するだろう。
    「ソウルボードに存在することだけが目的とは」
    「存在することだけ? それが……今回の事件の理由だったのかな」
     尾を振る霊犬を撫でてやり、灯倭が首を傾げる。でも、分からないでもない。一般人のソウルボードの支配が目的であれば、そこに居るだけで目的は達せられる。
    「他の皆さんは、どんな敵と対峙したのでしょうか」
     沙月もまた思いを巡らせる。勢力として力を失った筈のソロモンの悪魔が動いたのだ、吸血鬼や六六六人衆たちが黙っているとは思えない。
    「面倒くせぇ。考えるのはエクスブレインの仕事だ」
     ダグラスが無意識にポケットを探るが、目当ての煙草は持ち込めなかったようだ。舌打ちして空を見上げる。ソウルボードに正しく空というものは無いけれど。
    「なあ、オッサン。信じていいんだぜ」
     笑う。ソウルボードの主、苦境の中、灼滅者を信じ希望を持った男へ。
    「私たちの仕事も終わりね。この人も目が覚めるわ」
     明日等が現実世界への扉を開く。にゃあん、と翼持つ猫が顔を擦り付けてくる。
    「帰りましょう」
     光が扉から溢れ広がる。視界が埋まる前に――。
    「……ころして、あげるわ」
     静佳の囁きは白銀の娘に届いただろうか。
     それきり、ソウルボードは平穏を取り戻した。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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