【民間活動】精神防衛戦~夢の先の異変

    作者:佐和

    「意識不明で倒れた人、いっぱいいる」
     灼滅者達を出迎えたのは、焼き鳥を紙袋いっぱいに抱えた八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)だった。
     『突如現れた巨大な鎖』に襲われたタタリガミ達がことごとく倒れ、タタリガミ勢力は壊滅状態になったと思われる現状。
     それが原因かは不明だが、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)や槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)といったソウルボードの動きを注視していた灼滅者から、ソウルボードに異変の兆候があると情報がもたらされた。
     そして、その異変に呼応するように、一般人達が次々と意識不明で倒れ、病院に搬送されているのだという。
     倒れた原因は、病院の検査では不明。
     意識が戻らない状態は今も尚続いている。
    「でも、ニュースになってない」
     集団意識不明事件などマスコミが挙って報道しそうなものだが。
     情報操作をするまでもなく、この大事件は一般に広まっていないのだ。
     灼滅者ならば、この不自然さを良く知っている。
     ……バベルの鎖の効果。
     つまりこれがダークネス事件だということ。
     原因は、意識不明者のソウルボード内部にあるのだろう。
     さらにもう1つ、重要な情報があり。
    「倒れた人、皆、武蔵坂学園支持してくれてた」
     民間活動で情報を広め、灼滅者達の味方となってくれた多くの一般人達。
     そんな人々が、次々と意識不明になっているのだという。
    「だから、ソウルボード、行って欲しい」
     意識不明者にソウルアクセスすれば、そこに今回の異変の原因がある。
     それを撃破できれば、きっと人々は目を覚ますことができるはずだ。
     そして、秋羽はある病院の場所と病室の情報を示す。
     そこに搬送され、今も意識が戻らないのは。
    「……焼き鳥屋の店主」
     ある商店街で灼滅者達が出会った、気前のいいおっちゃんだった。

    ●夢の先の考察
     その病室に見覚えのある姿を認めた彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は、無意識のうちに手を強く握りしめていた。
     汗と油にまみれながら威勢よく焼き鳥を振舞ってくれた笑顔はそこになく。
     真っ白い病室の中で真っ白いベッドに横たわり、静かに眠るのみ。
    「民間活動の時にお世話になった方が、こんなことになっているなんて」
     神無月・佐祐理 (硝子の森・d23696)も悲し気な表情を見せる。
    「俺達が巻き込んでしまったんでしょうか……」
     後悔を滲ませる宮儀・陽坐 (餃子を愛する宮っ子・d30203)だけれども。
     あの温かな出会いをなかったことにはしたくないから。
    「責任は、とります」
     力強く迷いなく、真っ直ぐに顔を上げると、佐祐理も頷いて見せた。
     そして2人は、他の皆と共にさくらえを見る。
     この場にいる唯一のシャドウハンターを。
     準備はいい? と視線で問いかけたさくらえは、それぞれの了承の意を見てから。
     焼き鳥屋の店主にそっと触れ、ソウルアクセスで皆を導いた。
    「……特に変わった印象はない、かな?」
     辿り着いたソウルボードで、居木・久良 (ロケットハート・d18214)がぽつりと呟く。
    「いつもとおんなじ、ダネ」
     きょろきょろと辺りを見渡す堀瀬・朱那 (空色の欠片・d03561)も同意見のようだった。
     綻びも鎖も眼鏡もない、ごくごく普通のソウルボード。
     焼き鳥屋の店主が何かに襲われている、といった、シエナ・デヴィアトレ (治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)が危惧した光景もなく。
     好意や悪意なども特に強くは感じない。
     とはいえ。
    「何が起こるか分かりません。警戒は怠らない様にしましょう」
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)の注意喚起に、シエナの傍らにライドキャリバーのヴァグノジャルムが、次いで崇田・來鯉 (ニシキゴイキッド・d16213)の足元に霊犬・ミッキーが姿を 現し、防御寄りの陣形で戦闘態勢を整える。
     そして灼滅者達は探索を開始した。
    「でも、本当に、一体何が起こっているのでしょう?」
     その最中、シエナが零した疑問を切欠に、予測が走り出す。
    「誰かが悪さをしてる、とか、大きな敵がいる、っていうのがシンプルかな?
     例えば、グラシャ・ラボラスとか」
     さくらえが、先頃見た予兆を元にその名を挙げれば。
    「グラシャ……宇都宮に行ってなければいいな……」
     ソロモンの悪魔が囚われていたブレイズゲート、栃木にある那須殲術病院を思い出し、思わずご当地を心配する陽坐。
    「俺はグローバルジャスティスあたりが気になるかな。あと、空井さん」
     久良は、ご当地怪人の首魁と、闇堕ちした空井・玉(疵・d03686)……空井・円を名乗るスペードのシャドウを挙げる。
    「確かに、円さんが、今回の異変を起こす様にソウルボードを誘導している可能性はあると思いますの」
    「ソウルボードの扱いは、やっぱりシャドウが一番熟知してると思うし」
     賛同の意を見せるシエナと來鯉に、久良は微笑を返した。
    「情報欲しがってるうずめ様辺りも警戒したいカンジ」
     うんうんと頷く朱那は別の名を挙げつつ。
     それと、と指を1つ立てて少し首を傾げて見せる。
    「……ナンか強い絆を取り込もうとしてるしてるヤな感じ、っていうか。
     あたし達を誘き出そうとしてる様にも感じたかな」
     明確な敵ではない、ぼんやりした印象だからか。
     こんなんでもいい? と朱那は小さく舌を出した。
    「絆って言うとベヘリタスだけど、それとはちょっと違う感じだよね」
     くすりと笑って、久良は肩を竦めながらちょっとおどけたように応え。
    「絆……つながりを持った人をソウルボードに呼んで、ソウルボードがそれを確かめているような気もする。
     つながりを守ること、強めること、新しく作ることを目指したらいいかな?」
     絆を求めつつ絆を取り込みに来るのか。
     ソウルボードそのものと絆を結ぶことになるのか。
     分からない中でも久良は、目指す先を思い描いていく。
    「あと、現実でアブソーバーが明滅しているという部分も気になります」
     はいっ、と手を挙げる陽坐に、さくらえも考え込んで。
    「ソウルボード内部とかで直接的に何かしらする者もいれば、外部から働きかける者もいるかもしれないしね」
     外部の対応は今は何もできないけれど、気にはしておこうと思いつつ。
     今は今できることを、と改めてソウルボードを見据える。
    「この先に進むための鍵になるものを見つけられたらいいね」
     久良も視線を合わせ、纏めるように呟けば。
     それぞれに頷きや短い返答が交わされた。
     そこに、燐が警戒の声を上げる。
    「何かが近づいてきます!」
     繊手が示した先に見えたのは、青褪めた銀色の甲冑を全身に纏った騎士。
     馬ではなくワニにまたがったように見えたその姿は、近づくにつれ、脚の代わりにワニが融合しているような、異形であることが分かった。
     剣と盾を携え、マントを靡かせ迫るその姿を、直接見知る者はいなかったが。
    「……サレオス」
     驚愕に目を見開いて、來鯉がその名を零した。
     かつて、『ソロモンの鍵』からの召喚酔いで完全な実力を発揮できない状態で灼滅者達と相対し、灼滅できなかったソロモンの大悪魔。その1体。
     当然、今はもう召喚酔いなどしていないだろう。
     咄嗟にそれぞれの武器を構えて戦闘態勢を取る灼滅者達へ、サレオスは近づき。
     だが、勢いのままに突撃してくることはなく、直前でその脚を止める。
     驚きの視線を受ける中、サレオスは剣を下げ、こちらをゆっくりと見回した。
    「……灼滅者、か」
     ヘルムから零れる静かな声。
    「私の目的は、このソウルボードの確保。
     ゆえに、矛を収め去るならば、戦うつもりはない」
     淡々と紡がれる声はむしろ穏やかで、戦いを望まぬ意思と穏健な性格とを裏付ける。
     けれども、その言葉は灼滅者達を退けるどころか、正反対の効果を上げた。
    「つまり、おじさんを助けるにはキミを倒す必要があるわけだね」
     強がるように笑いながら、さくらえがその答えを導き出す。
     皆も、シンプルな構図を理解して、サレオスへと挑みかかった。
     刃が拳が蹴りが魔力が、叩き込まれ躱され避けられて。
     悠然と構えるサレオスは、ふむ、と考え、頷く。
    「力を見せた方が、引きやすいか」
     無造作に構えられた剣は、そのまま軽く振り抜かれ。
     さくらえが、朱那が、ヴァグノジャルムが。陽坐が、そして久良を庇ったミッキーが。
     その一凪ぎで斬り飛ばされた。
     慌ててシエナが回復の手を伸ばすけれども到底足りず。
     サレオスの狙い通り、相手の力量が身に染みる。
     万全のソロモンの大悪魔はここまで強いのか。
     ……勝てるわけがない。
     口にしないまでも各々に感じ、撤退の2文字も浮かびかかる。
     そこに、声が。
    「情けない顔してるんじゃないぞ!」
     響いた。
    「……おじさん!?」
     聞き覚えのある声に、倒れたままのさくらえがはっと顔を上げる。
     他の皆にも聞こえているらしく驚きが広がり。
     陽坐が顔を輝せて立ち上がると、佐祐理が嬉しそうに涙ぐんだ。
    「頑張れよ。負けるなよ。
     俺だけじゃない。お前達に助けられた奴らが皆、勝利を願ってんだ」
     激励の声と共に、來鯉は自身に力が漲って来るのを感じる。
    「これも、サイキックハーツの力ですの?」
     シエナも自身の手を見下ろすようにして、受け取った力を見つめ。
    「まさか、助けにきて助けられるなんてね」
     久良も苦笑から自信に満ちた笑みへと変えていく。
    「でも、これなら戦えます」
     優しく微笑んだ燐は、しっかりと頷いて皆を見て。
    「こうまで言われて負けてらんないネ」
     その視線を受け止めた朱那が、ぴょんっと立つと、おひさまのように笑う。
     そして灼滅者達は改めて、サレオスと対峙した。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)
    宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)

    ■リプレイ

    ●夢の先の意志
     ワニを脚とする異形の甲冑騎士は、手にした剣を構えぬまま、青褪めた銀色の兜を巡らせると改めて灼滅者達を一瞥した。
    「……やはり、退かぬか」
     零れる声は淡々としていて、特に落胆などはない。
     かつて湖の畔で相対した者達もそうだったと思えば、想定の内ではあろう。
     ワニの顎が戦いに逸るように1度大きく開かれる。
     だがそこに。
    「確保したソウルボードはどうするつもりですの?」
     シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)が問う。
    「答えによっては、わたしも戦いたくはないですの」
     続く言葉にサレオスはシエナへと向き直り、静かに口を開いた。
    「サイキックハーツに至ったグラシャ・ラボラスの力とする。
     それが魔術師ソロモンの偉業であり遺業。
     そして、我らソロモンの悪魔に切り開かれた可能性だ」
     語る口調はそのままだが、どこか誇るような響きが交ざる。
     魔術師ソロモンへの畏敬がそうさせるのだろうか。
     それとは対照的に、シエナは微かに表情を歪めた。
     ソウルボードを奪うことが力を得ることだというならば、狙われるのはこのソウルボード1つだけ、とは考え辛い。
     多くの力を得るために、数多のソウルボードが奪われる。
     今サレオスと戦わなければ、一般人が次々と『意志を持てない存在』となるだろう。
     さすがにそれはシエナにも受け入れ難く。
     悲し気な顔で首を左右に振る肩を支え受け止めるように、神凪・燐(伊邪那美・d06868)が優しくその繊手を添える。
    「戦うか」
    「ええ。サレオス、覚悟はいいですか?」
     頷いた燐の手に、淡く輝く月のような弓が現れて。
     虹水晶の星飾りを揺らしながら、ぴんと張った弦が引き絞られた。
    「罪も無い焼き鳥屋のおじさんを酷い目に遭わせた報い、存分に喰らって、不法侵入したソウルボードから出て行きなさい!」
     そして放たれた鏑矢のような一撃は、だがサレオスには向かわず。
     癒しの力を纏うと、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)を優しく支える。
    「悪魔だか何だか知らないケド、勝手に、踏みにじらないで」
     今度こそサレオスに向かうのは、両手に集められた空色のオーラ。
    「負けてらんない、て言うたデショ?」
     直撃を見た朱那の笑顔が弾け、バチッと片目を瞑って見せた。
     その左右を駆け抜けるのは、崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)と神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)。
    「ソロモンの悪魔一族は、私のいた『病院』を襲撃して大勢の仲間を死に至らしめた宿敵。
     その無念を晴らします!」
     背に鷲の翼を広げ、両脚は鱗に覆われ魚となり、佐祐理の意志を何よりも明確に示す。
     人造灼滅者。
     ハルファスから紡がれた因縁を持つ存在。
     でも、何よりも今は。
    「応援していただいたおじさんと、焼き鳥の為にも。
     今この時に全力を尽くします!」
     佐祐理が振り上げた高枝切鋏は、新たな思いと共に、騎士を無造作に切り刻む。
     このソウルボードの持ち主、焼き鳥屋のおじさんの声は、灼滅者の心に響き。
     気持ちに、そして実際の能力にまで力を与えてくれていた。
    「もう少しだけ待っててよ。必ず助け出すから」
     それを感じながら、その思いに応えて。
     來鯉は姿の見えないおじさんへと声を返す。
    「勝利を信じてくれる人が、おじさんがいてくれる。
     其の思いが僕等に力をくれるんだからさ!」
     傍らを並走するゴールデンレトリバー、霊犬・ミッキーも潜水艦を模した甲冑を纏い、咥えた刃を閃かせて。
     ご当地・呉の戦艦を思わせる甲冑姿と勇ましさで、來鯉は重い蹴りを放つ。
     ワニ脚が一瞬揺れ傾いだのを見逃さず、すぐさまライドキャリバーのヴァグノジャルムが機銃を掃射した。
     途切れることなく続く攻撃。
     そのどれもが、先ほどまでと驚くほどに違う。
     命中率も威力も。そして込められた思いも。
     サレオスもそれを感じたのか、何かを考えるように剣を振り。
     再び放たれた一凪ぎが、前衛陣に襲い掛かる。
     それを受けた宮儀・陽坐(餃子を愛する宮っ子・d30203)は、だが今度は倒れることなく踏みとどまり。
     仲間にも盾を与えながらサレオスを睨み据える。
    「腹が立つのはこの状況そのものです」
     強く握り締められた拳と、陽坐の声は、微かに震えを帯びていた。
     ソウルボードで戦うということは、戦いに敗れても精神が元の身体に戻るだけで、戦う双方とも命の危険はない。
     ゆえに、灼滅者達が敗れて失うのは、焼き鳥屋のおじさんの意識。
     戦うどちらのでもないもの。
     だからこそ、陽坐の声は怒りに震え、決意に満ちる。
    「俺は切られようが潰されようが、絶対に倒れず立ちはだかってまとわりついて、仲間の為の盾に! お前を倒す為の枷に! なってやる!」
     この意志の強さこそが自分達の武器なのだと、見せつけるかのように。
     その肩をポンっと叩いて、傍らに進み出た居木・久良(ロケットハート・d18214)は、陽坐に微笑みを向ける。
     そして空を見上げるような仕草で、虚空へも笑いかけた。
    「改めて、初めまして。俺は居木久良」
     名乗りながら触れるのは、左手首を飾る白と紺瑠璃の腕輪。
     革紐と共に編み込まれた、大切な人の思い。
     ……覚悟は、もう決まっている。
    (「楽しく笑い合える未来を掴むために、前に進むって決めたから。
     この手で掴めるものを命懸けで助けるって決めたから」)
    「どうか見ていて。おじさんの思いにも応えてみせるよ」
     真っ直ぐな灰瞳と共に、流星の紋を刻んだコインチャームが輝いた。
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)も、左手の指を彩る比翼連理を冠した指輪にそっと触れ、一瞬だけ目を伏せる。
     脳裏に浮かぶのは、焼き鳥屋のおじさんの笑顔と。
     他の戦場で戦っているであろう妻の姿。
    「これが意志の勝負なら、キミの意志になど絶対に負けてやらない」
     再び開かれたさくらえの瞳は、赤く強くサレオスを睨み据え。
    「絶対に退かないし、命をかけてでも守ってみせる」
     白練色の帯締めが鋭く射出され、白蛇が襲い掛かるように飛び行き。
     揃えて飛び込んだ久良がガンメタルのロケットハンマーで殴り掛かった。
     盾で受けつつもワニの脚がたたらを踏み、数歩下がったサレオスは。
     もう一度、確かめるように灼滅者達を一瞥して。
     剣を、構えた。

    ●夢の先の再戦
     本来なら8人では到底届かぬ敵を相手に、灼滅者達は互角の戦いを繰り広げて行く。
     ポジション効果やENで命中率を上げつつ、敵のBSを増やして。
     広がる冷気に覆われた仲間を、メディックのシエナが、実力で皆に劣ると自覚する陽坐が、癒し手として守り支える。
     そして敵を揺さぶれないかとさくらえは声を上げた。
    「ソウルボードの確保と言うけど、キミがやっている事は縁切りと同じだ」
     絆縁の名をつけたダイダロスベルトを白く広げて。
     込められた思いを見せつけるように、指し示す。
    「それが今のキミの仕事とはいえ、好みもしない戦いで人の縁を切ろうとするキミの行動は、自分の矜持を傷つける事だと思わない?」
     サレオスは悪魔学において、男女間の愛情を芽生えさせる悪魔とされる。
     言い換えれば、人の縁の悪魔。
     その知識を持ってのさくらえの問いかけだったのだが。
     共に放った帯の一撃は、だがサレオスの振るう剣に叩き落とされた。
     振り払った剣を引き戻す動きがそのまま攻撃となり、さくらえとその周囲を一閃する。
    「決めつけて欲しくはないものだな」
     だが言うほど気にはしていないのか、声色も態度も変わらず。
    「それじゃあ、グラシャ・ラボラスについては?」
     ならばと今度は陽坐が別観点から問いかける。
    「あの殺戮好きな悪魔が魔術師ソロモンの代わりでいいんですか?」
     サレオスの言から。先に見た予兆から。
     ソロモンの悪魔は急に首魁が変わっているはず。
     それによる動揺や迷いはないかと、探るように反応を見るが。
    「答える必要があるのか?」
     にべもなく問い返したサレオスは、燐の周囲から飛び立った影の蝶を避けるようにワニを後退させる。
     そこへ先回りした久良のモーニンググローリーが殴りかかり、朱那のチェーンソー剣がのこぎり状の刃を駆けた。
     騎士の動きに乱れはない。
     葛藤も苦悩も見えず、陽坐は小さく息を吐く。
     芯は、揺るがない。
     その時、來鯉は自身で仕掛けた振動を感知した。
     すぐさま大脇差『九嶺友成』を抜くと、峯のような九つの刃紋を見せつけるようにサレオスへと斬りかかる。
    「広島のワニ料理はそっちの鰐じゃないけど、広島のご当地ヒーローとしてワニの『刺身』を作ってみせようか?」
     刃は言葉を表すように、騎士の甲冑と、そして脚であるワニを切り裂いた。
     ちなみに、サメはワニと呼ばれることもあるそうで。
     來鯉の言うワニ料理は、鰐ではなく鮫を使ったものとなる。
     だが、來鯉の意図はそんな豆知識を広めることではなく、戦闘開始からの経過時間を皆に伝える合言葉にあった。
     短期決戦を狙い、だがそれを敵に悟らせないための作戦だ。
     それを聞いて灼滅者達はそれぞれに戦法を変える。
     ジャマーの燐は、味方の支援から敵の行動阻害へ。
     クラッシャーの朱那はよりダメージを積み重ねられるように。
     攻撃を重ねる最中、文字通り皆の盾となるべく走り回っていたミッキーが、サレオスの剣に捕えられる。
     深く切り裂かれた霊犬はその場に倒れる間もなく姿を消した。
     思わずその名を呼びかけた來鯉はぐっとそれを飲み込み。
     代わりにとマテリアルバット『キヌガサ』を叩きつける。
     盾で受けたサレオスは、その影で1つ頷き。
    「良い主君だ」
     小さく零れた声に來鯉が訝しむ間もなく、佐祐理の刀が、朱那の拳が襲いかかった。
     そして、再び震えるタイマー。
    「ワニバーガーやワニ丼の隣に、そのワニの『丸焼き』も並べてみせるよ!」
     2つ目の合言葉に、久良は大きく息を吸い込んだ。
    「おじさん。俺達を信じてくれてありがとう」
     精一杯の心を込めた、大きな声がソウルボードに響く。
     希望に満ちた笑顔がそこにあった。
    「あたしら信じて、耐えてくれてたんよね」
     めっちゃ嬉しい、と朱那もおひさまのように笑い。
    「未知の状況に立ち向かってくれた勇気に感動しました!」
     陽坐の大きな藍色の瞳もキラキラと輝く。
    「巻き込んだと思ってたけど違ったんですね。
     一緒に戦ってくれる……同志!」
     憂いのない元気な笑顔を横目に、さくらえは優しく微笑んだ。
    「僕、おじさんの焼き鳥大好きだよ」
     そして静かに、だけど本心から熱く、言葉を紡ぐ。
    「焼き鳥だけじゃない。
     おじさんがあの商店街で皆と笑顔でやりとりしながら作ってきた、縁も、絆も、全部」
     大好き、と重ねられる思い。
    「お話を聞きました。
     長い間皆の笑顔の為に美味しい焼き鳥を作って来た……人間的に凄く尊敬できる方だと」
     燐もまだ本当には会ったことのない相手を思い描き、語りかける。
    「貴方にはぜひこれからも焼き鳥を作り続け、皆さんを笑顔にしていってもらいたい」
    「そうそう。ミンナお勧めの焼き鳥めっちゃ楽しみだし。
     おじさんが作るっていう沢山の笑顔、あたしはそれがどーしても見たい」
     くるりとステップを踏む朱那の足元で、七色の橋が鮮やかに映える。
    「楽しく笑う人が、人を笑顔に出来る人が、大好きだから!」
     曇り空が晴れるような、笑顔が。
    「料理屋の端くれとして、おじさんの焼き鳥に興味あるし」
    「私も、一家の母として、美味しい焼き鳥の作り方を教えて頂きたいです」
     來鯉の言葉に燐も同意して。
    「料理談義したりとか、僕のお好み焼きもご馳走してみたいしさ」
     繋ぐ來鯉にシエナがしっかりと頷いた。
    「みんなで焼き鳥を食べる為にも力を貸して欲しいですの!」
     そして、癒しの曲を奏でていたギターの調べを、攻撃へと変える。
    「応援していただけるから、頑張れるのです」
     人知れずダークネス達を倒してきたこれまでを、佐祐理は思う。
     手にした力は、仲間の無念を晴らすため。
     そして自分が闇堕ちしないためのものだった。
     声で人を魅了する、サイレンという怪物の如き姿となって。
     自分の為だけに使う力。
    (「私がサイレンならばこそ、声の力を信じます」)
     だからこそ。
    「もう私だけの為の力じゃない!」
     佐祐理の拳にライムライトの如きオーラが集まっていく。
    「おじさんも一緒に戦って。あの悪魔を追い出すために力を貸して!」
     さくらえの刀が上段から重く振り下ろされ。
    「絶対一緒に商店街に帰りましょう!」
     陽坐の巨大な金属腕が、蒸気を噴き出しつつ殴り掛かった。
     そのいずれもが、これまで以上の威力を誇り。
     剣を引いたサレオスの下で、ワニの瞳が青白く明滅する。
     回復と察した來鯉が飛び込み、放つ技から大爆発が巻き起こり。
    「自分を応援してくれてる人を助けられないなんてヒーロー失格な真似は御免だからね!」
    「今手の届くトコに在るこの世界を、ミンナを、絶対失くさせはしない!」
     朱那のオーラが続くように撃ち放たれた。
     苦悶するようにワニの顎が大きく開かれる。
     その歯列に似たアクアブルーの刃を、吠えるような爆音と共に回転させて。
     燐が無慈悲に振り下ろすのは龍鮫の顎。
     膝をつくように倒れ込んだサレオスだが、盾を放した手には魔法の矢が生まれ。
     とっさに前に出た陽坐の腹部を深く貫いた。
     回復をと振り向くシエナに、だが陽坐は首を振り、そのままエアシューズを駆る。
     その意志を汲むように皆の攻撃が次々と重なり。
    「おじさんが焼き鳥を焼くように、食べた人の笑顔を楽しみにしてるように」
     その中で、久良が静かにモーニンググローリーを掲げる。
    「俺はおじさん達を笑顔にしたい」
     だから力を貸してと願い。
     透明になった心と、指先まで行き渡った意志を感じて。
     自然と体が動くままに、無心で振り下ろした。

    ●夢の先の焼き鳥
     剣を支えにしたサレオスはもう立ち上がることすらできず。
     あがくこともなく、騎士は静かに灼滅者達を見据える。
     終わりを感じたシエナは、最後にと1つ問いかけた。
    「あなた達が目指す世界は、理不尽な理由で傷つく者がいない世界ですか?」
     ソロモンの悪魔が目指す世界はどのようなものか。
     知りたいと願うシエナだったが。
     答えは返ることなく、サレオスはソウルボードから姿を消した。
     かつてシャドウがそうであったように。
     そして、終わった戦いから久良が笑顔で振り向く。
    「今度彼女と一緒に焼き鳥を食べに行くから、おまけしてよね」
     きっと、ソウルボードから戻れば、意識を取り戻したおじさんがあの陽気な笑顔で快諾してくれるだろうと、さくらえと佐祐理は頷き合い。
    「きちんとお礼も言わなきゃネ」
     勿論焼き鳥もだけど、と言う朱那に、來鯉も笑う。
     心配する燐に、シエナも頷いて見せて。
     ほっとして倒れ込んだ陽坐は、零れそうな涙に、顔の前で腕を交差させた。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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