【民間活動】精神防衛戦~夢語の淵

    作者:中川沙智

    ●流転
    「タタリガミとの戦いはいい感じに快勝したみたいね、お疲れ様。これでタタリガミ勢力は壊滅状態になったはずよ」
     小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)が集まった灼滅者を労う。だが、鞠花はこのタタリガミの壊滅が原因かはわからないんだけど、と言葉を続ける。
    「ソウルボードの動きを注視していた、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)さんや、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)さんから重要な情報が入ってきたのよ」
     それはソウルボードの異変の兆候。
     しかも呼応するように、民間活動によって武蔵坂学園を支持してくれるようになった一般人達が次々と意識不明で倒れ、病院に搬送される事態になっているという。
    「その人達は病院で検査しても原因不明のまま、意識が戻らない状態なの。集団意識不明事件なんて、本来なら大ニュースでしょ。でも情報操作をするまでもなく一般に広まらない、不自然な状況になっているのよ」
     これは明らかにダークネス事件だ。加えてその原因が彼らのソウルボードの内部にある事は明白だろう。
    「あいにく現時点では、これ以上の情報はないわ。それでも、」
     皆には病院に向かい、意識不明となった人にソウルアクセスを行って、原因の究明に向かって欲しい。そう鞠花は依頼する。
    「ソウルアクセスした先には、今回の異変の原因が待ち構えているに違いないわ。その敵を撃破する事が出来れば、その人達はきっと目を覚ます事が出来るはずよ」
     まだ全貌を見透かす事は出来ないが、出来る事はきっとあるはず。
     そのために地道な民間活動を重ねてきたのだから。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
     鞠花は声を張り、灼滅者達を送り出す。
     その手に確かな未来を掴んでくる事を信じて。

     病院に到着し、意識不明となった一般人の少女に向き直る。そのかんばせに見覚えのある者がいた。
    「……こちらは」
     奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)が金の双眸を瞬く。予知の際には聞いていなかったが、彼女は鏡に取り込もうとする都市伝説を撃退した際、相対した少女だった。助けてくれてありがとうと懸命に伝えてくれた、その姿を覚えている。
     民間活動の結果、武蔵坂学園を支持してくれる事になった人々の一人だ。やはり異変のきざはしは民間活動にあるのだろうか。
     だが、軽く容態を確認したところ表面的には異常は感じられない。
     つまりソウルボードの内部に行かなければ始まらないという事だ。
    「っし、行こうぜ!」
     威勢のいい声を上げた万事・錠(オーディン・d01615)が拳を握る。
     シャドウハンターの面々がソウルアクセスを展開する事により、ソウルボードに侵入していく。辿り着いたのはある意味何の変哲もないソウルボードの一角だった。
     周囲を見渡すも、異変らしい異変は見当たらない。そう誰もが思った瞬間だった。
    「!! 誰かが来るよ」
     雨咲・ひより(フラワリー・d00252)が気配を察知して声を上げた。
     来る。
     その威圧感は、紛れもなく強者のそれだ。
     そしてその姿を目の当たりにした時、境・楔(中学生殺人鬼・d37477)が息を呑んだ。
    「アフリカンパンサー……!」
    「おや、ボクの事を知っているのかな?」
     長い栗色の髪を靡かせて、不敵に笑う少女が一人。ただの少女でない事は灼滅者の誰もが認識していた。
     そう、眼前に現れたのはご当地幹部のアフリカンパンサーだったのだ。原初の母、緑の王。多くの異名を持つ彼女が強敵である事は皆理解している。
    「いよいよグローバルジャスティス様が復活してサイキックハーツに至った。世界征服はボク達の目の前に横たわっている! ……でもさあ」
     灼滅者達を見渡すアフリカンパンサー。つまらないものを見るように、盛大な溜息を吐いてみせる。
    「何でお前達がいるわけ? まあ、一緒に祝うっていうならそれはそれでいいけど」
    「……そんなわけないじゃない」
     眉を顰めて近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)が言う。それにしても、何故アフリカンパンサーがここにいるのか。サイキックハーツに至る者は、ソウルボードにも影響を及ぼす力があったとでもいうのだろうか。想像の域を出ない。
     だがそんな事ばかり考えているわけにはいかない。目の前の敵に注力しなければ。アフリカンパンサーは余裕たっぷりに肩を竦め、それから一歩進み出る。
    「まあいいや。ボクは今機嫌がいいんだ。――優しく倒してあげるから、光栄に思うといいよ!」
     そう言い放って、嗤う。
     アフリカンパンサーは手にした巨大な骨を大きく振るった。
     避ける暇もなく、前衛すべてを薙ぎ払う殴打が襲い来る。同時に焔が迸った。打撃で食らった傷に炎が広がっていく。
     それはまるで、地獄の業火。
    「回復しましょう……!」
     森田・依子(焔時雨・d02777)が声をかけたのを合図に、皆で手分けして癒しの術を施していく。複数人を巻き込む技でこの威力、単体技を食らったら。想像するだけで冷汗が出る。
     灼滅者とてやられっぱなしではない。幾人かが攻勢に出た。が、力量差ゆえか回避される事もあり、これという有効打を与える事が出来ない。
     やんわりと眼を細めて、アフリカンパンサーは口の端を上げる。
    「あれれ? 灼滅者ってこんなもの? 違うよね、違うよね」
     まだ初手のみ。なのにこれほどまでに圧倒されるか。誰知らず歯噛みした、その瞬間。
     微かに声が聞こえる。
    「……なんやろ、この声」
     しかと耳をそばだてて、千布里・采(夜藍空・d00110)は意識を集中させる。その声に聞き覚えがあった烏芥は、弾けるように顔を上げた。
    「……彼女の、声です」
     先程会った、ソウルアクセスする際の夢の持ち主。民間活動を通じて灼滅者に理解を示してくれた一般人の少女。
     声が、聞こえる。
     その声は徐々にはっきりと明瞭に、灼滅者の耳朶を揺らす。
     姿は見えない。しかし、そのあたたかさを知っている。

     ――負けないで。
     ――私達が皆さんを応援しています。
     ――自分だけじゃない、皆さんに助けられた多くの仲間が、皆さんの勝利を願っています。
     ――だから、どうか挫けたりしないで……!

     不思議と。
     心に何かが漲ってくる。それは身体中を巡り、熱く燃え、眩い光となってきらめいていく。
     それは信頼という、燈火。
    「……みんな、聞こえた?」
     視線の先に一番星を見つけたような声音で、白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)が囁いた。最初に頷いたのは誰だっただろう。沈みがちだった表情が、少しずつ明るくなっていく。
     軽く手のひらを結んで、それを優しく見つめるのは由衛だ。
    「想いと力、確かに受け取ったわ」
    「これも、サイキックハーツの力なのかもしれねェな」
    「どうだろうね。でもどうにせよ、この応援があれば戦えるよ」
     錠の呟きにひよりが柔く微笑み掲げ、その眼差しを前に向ける。
    「うん、相手が敵の首魁だとしても……!」
     楔は毅然とアフリカンパンサーを見つめた。本来であれば8人でどうにかなる相手ではない。けれど、応援してくれる皆の力があれば、一矢報いる事は不可能ではないように思えた。
     希望を湛える灼滅者達の顔を順に見比べて、アフリカンパンサーは愉快そうに笑う。
    「いいね! 絶望で自滅するような連中じゃなくてよかったよ。だって、」
     巨骨を前に突き出して、殺意を滲ませる。
    「そんなの張り合いがなさ過ぎるもんね?」
     誰かが唾を飲み込んだ。
     アフリカンパンサーが強敵である事は紛れもない事実。皆で連携し、緻密な作戦を組んで戦う必要があるだろう。
     背を押してくれる声援に、応えたい。それは灼滅者達から自然と湧き上がる感情だった。
    「ほな、気張りましょ」
    「ええ。全力を尽くしましょう」
    「負け、ない……!」
     采が、依子が、夜奈が。身を決意に浸して前を見据える。
     背負うものの重さと尊さを確かに感じながら、灼滅者は地を蹴った。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)
    万事・錠(オーディン・d01615)
    近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)
    境・楔(中学生殺人鬼・d37477)

    ■リプレイ

    ●砕波
     全身に漲る力を何と呼べばいいのだろう。
     まるで力量、練度が急激に高められたかのようだ。身体の内に感じる圧がそう訴えている。この力があればかのアフリカンパンサー相手であっても、まともな試合運びをする事が叶うはず。
     灼滅者に迷いはなかった。その真直ぐな面差しを眺め、アフリカンパンサーは高らかに笑った。
    「上等だよ! さあさあ、ボクの喉元に刃を突き付けてごらんよ!」
     言った側から続けざまに業火が散る。緑の王が骨の棍棒で前列を殴りつけた側から炎上していく。高火力なのは先に食らった一撃と同じ、前に立つ攻撃手を護り手のサーヴァント達が守り切れば、千布里・采(夜藍空・d00110)が見極めたのだろう。夜明色の瞳を眇めてみせた。
    「さっきの攻撃も合わせたら、間違いない。緑の王さまはクラッシャーや。回復も守りも意識せなあきませんね」
    「りょーかい。それじゃあ後ろからも支えてくよ」
     境・楔(中学生殺人鬼・d37477)がかけた声に他の仲間も頷いた。一巡たりとも無駄には出来ない。
    「いっぱんのひと、巻き込まれたらイヤだなっておもってたから。今回のことは、やっぱりなとか、どうしようとか、色々おもったけれど」
     細い涼やかな声。そこに迷いはなかった。
    「ヤナたちが、巻き込んでしまったのに、こんなにも、信じてくれてる。なら、期待にこたえなきゃ、ね」
     一打一打を大切に、だが悔いのないよう叩きこむ。そう決意して地を蹴ったのは白星・夜奈(星望のヂェーヴァチカ・d25044)だ。煌めく星が滲む夜色を纏い、低く斬り込む。足元を強かに抉れば確かな手応えが伝わってきた。
     続く。采が流星の蹴撃を見舞い機動力を砕く。狙撃手ふたりの精密な一撃で損なう事によって、格上のアフリカンパンサーへ攻撃を当てる取っ掛かりを作る。
    「だからその取っ掛かりを見過ごすわけねェよな!」
     不敵に笑って万事・錠(オーディン・d01615)が漆黒に疾走する翠光の五線譜を翻した。寸でで躱されそうになったがぎりぎりで、緑の王の横腹に突き刺さる。
     その間に回復に回った森田・依子(焔時雨・d02777)が手を翳す。鈍銀のコインが鈍い光のシールドを生み出せば、前衛陣に防御と状態異常耐性を付与していく。
    「緑の王。これ以上、この子のソウルボードで好き勝手はさせない」
     強い意志を前方に向けつつ、雨咲・ひより(フラワリー・d00252)は後衛へ夜霧を展開させる。正体を虚ろにするそれは、狙撃手からの妨害をより増す助けとなるだろう。
     当然、最初から真剣。
     近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)の凛々しい横顔がそう訴える。帯を射出しした先は空を切ったけれど、次は外さない。そんな誓い乗せて命中精度を高めていく。その姿を視界に入れ、奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)は確かな声音で告げた。
    「……大丈夫、何時でも何度でも私達は助けに参ります」
     いつか会った彼女を思い浮かべ、ただ、進もう。流れ星を踵に乗せて振り抜いた。足取りが些か重いのか、アフリカンパンサーがつま先をトントン、と鳴らしてみせる。
    「ふうん、結構手堅いんだね! まあこれくらいじゃやられないけど!」
     その言葉の終わりを待たずして、楔がギターを掻き鳴らす。音の波は緑の王に届きかけるも、僅かに届かず身を翻された。
     力量の差を実感させられる一巡目ではあったが、確かな一歩でもある。
     しかし。
    「……ユリ、危ない!」
     誰への傷をも引き受けようと奔走していた揺籃が狙われたのは偶然だったのかもしれないが。
     烏芥が胸裏のカウントを二巡目に進めた直後だった。
     アフリカンパンサーが王者の如き堂々たる蹴りを揺籃に見舞って、体力のすべてを根こそぎ奪っていったのは。

    ●流儀
     それはある意味運が悪かったと言えるかもしれない。当たり所が悪かった、とも。弱点を突いた強烈な痛恨の一撃は、守りを固め一段深く蹴り抜かれる事にも十分注意して気を払っていたはずの揺籃を穿ち尽くし、消滅させる。先の焔の殴打二連続で幾らか削られていたとはいえ、だ。
     沈黙が落ちた後、それでも灼滅者達は負けじと顔を上げる。そんな気概を肌で感じたのだろう、原初の母は溌溂とした笑みを崩さない。
    「ふふ、お前達がさ、なんか調子に乗りそうな感じでしょ? だからボクは教えてあげたんだ。――いい気になるなよ、ってね」
     極北の零下思わす声音。
     やはり勝てないのではと脳裏に過った灼滅者もいたかもしれない。だがそんな空気を破るように、采は立ち位置を損なわぬ程度にやや前に進み出た。尋ねる。
    「随分前にお会いしてますが、覚えてますやろか」
    「うーん、会ったかもしれないけど、それってきっと大規模な戦いの時とかじゃない? 流石に難しいかなー」
     悪びれないアフリカンパンサーを見止め、采は戦意を湛えて殲術道具を構える。
    「さよですか。なんとも不思議な戦いですがお互いに譲れへんものの為に、改めてご挨拶いたしましょ」
     刀で。
     そう言わんが如くに中段の速く重い斬撃が緑の王の右腕を襲う。その鋭さを骨棍棒で受け止めつつ威力を相殺させる。だがそこに僅かに生じた隙を由衛は見逃さなかった。槍の妖気を冷気の氷柱に変換し、一気に撃ち出す。敵の肩口を貫いたそれは、氷結を徐々に広げていく。アフリカンパンサーの面立ちを眺め、推察する。
     サイキックハーツの性質を考えるに、一般人のソウルボードを取り込もうとしているのかもしれない、と。
     精神世界を奪われれば、その人は一体どうなってしまうのか。
    「そんな事は絶対にさせない」
     由衛の力強い宣言に続いたのは夜奈だ。ジェードゥシカが先に立ち霊撃で広げた隙を突き、廃材と黄金で組上げた逆十字で力任せに叩き潰す。その余波でアフリカンパンサーの機動力が更に損なわれた事を、蒼の双眸は確かに見据えている。
    「ヤナ、サンキュな!」
     仲間の援護を確かに受け止め、錠は鈍色の無骨な鉄槍を振り回す。螺旋の如き捻りを加えて突き出した。脇腹を穿ったのを見届けて、錠が跳躍して引いた空間にひよりが滑り込む。
     わたし達を信じ、勝利を願い、想いを託してくれる人がいる。
    「それがとても嬉しいから、その心に応えたい……!」
     再びその小さな手から広げたのは夜霧、先とは違い前方に立つ味方達を覆っていく。ひよりが後方に視線を走らせたなら、楔が頷いた。
    「待ってて、浄化させてみせるから!」
     前衛に響かせ齎すのは立ち上がるための力。傷を癒すと同時に前列に広がる焔を鎮静化させていく。
     緑の王を見据え、烏芥は怜悧に言い放つ。先に懸命に立ってくれた揺籃の想いをこそ継いで。
    「……人のこころは尊いものなのです。一刻も早く此処から去りなさい」
    「そうしたいなら、そうさせてごらんよ!」
     そうさせてやる。そんな思いを引っ提げて烏芥は地を蹴る。刀に纏わせた影は夕暮に羽搏く烏、翼広げた一撃は精神外傷を引き摺り出し具現化させる。その色がどんなものか、灼滅者には知る由もないのだが。
     依子が一歩前に出た。己の片腕を半獣化させてアフリカンパンサーに向き直る。
    「貴女に譲れないものがあるように此方にも替えの効かない理由がある」
     だから。その言葉の続きは鋭い銀爪が語る。
     力任せに褐色の肌を引き裂いた。未だ身にこびりつく、焔の欠片を厭わないまま。
    「炎……こちとら血が燃えてまして。何度だって立ってみせますとも」
     首筋の傷から滴る赤が燃える。
     腹に据える決意の鮮やかさを示すように。

    ●義信
     アフリカンパンサーの機動力を先に損なう作戦は功を奏した。
     だがアフリカンパンサーの攻撃力も侮れない。それに、先程から放たれる技は射程が近接のものばかりだ。前衛を集中的に落とす事で灼滅者達の布陣を崩そうとしているのは明らかだった。
     護り手が時に庇い、時に立ち塞がり護ろうと奮戦したため特に後方から戦う者達はさして削られずに済んでいる。尤も霊犬を既に欠き、依子も歯を食いしばって何とか耐えているのが現状だが。由衛と錠も呼吸が荒い。
     余裕は皆無。しかし直撃や衝撃を少しでも免れる動きを心掛けていたおかげで、ぎりぎりのラインでどうにか立ち続けていられている。
     緑の王が高く高く堂々たる雄叫びを上げる。
     裂帛の気合で傷を塞ぎつつ、その周囲に状態異常を退ける気配を纏ったのが知れる。
    「どうするのどうするの? このままじゃボクに押し切られて終わっちゃうよ?」
     口の端を舐め、不敵にアフリカンパンサーが笑んだ様を見て、灼滅者が視線をかち合わせる。
     誰もが数えた、六巡目。その時がやってきたからだ。
     それにわかっていた。相手の攻撃力が高いからと言って、守りに入っていては勝てなくなる。
     灼滅者達は天を仰ぐ。向こう側にいる、彼女――彼女達に、届くように声を張る。
    「聞こえますか。信じてくれて、有難う」
     依子の通る声が響く。
    「挫けたりしませんとも。守りたいと言う気持ちが、背を押してくれる」
     曇りなき眼差しが決意を謳う。
    「その良く通る声を聞かせて。一緒に戦っている貴女も、誰も、奪わせません」
    「何言ってるのさ、……まさか」
     アフリカンパンサーが悟るも、凛と響く声が満ちていく。
     ――大丈夫、信じてます。だから負けないで。
    「……矢張り、透る好い声ですね。練習、とても頑張っていらしたものね。もっと、君の聲を聴かせて」
     それは以前に彼女に会っていた烏芥だからこそ言える言葉達。
    「……理不尽に奪う力から皆を護りたい、君を救い出したい。どうか、想いの力を添えて頂けませんか」
    「王さまに戦いを挑むにはひとりの力だけでは厳しいけれど、みんなの力を合わせたら、どうにかなりますやろ」
     力、貸してください。そう囁いた采の横で夜奈が頭を下げる。巻き込んで、ごめんなさい、と。
    「でも信じてくれて、ありがとう。ヤナたちが、がんばって守るから、あなたもどうか、負けないで。どうか、力を貸して」
     ――その気持ちに応えたい。だから、私達は祈っています。
     その声を聞いて錠は笑みを浮かべる。
    「合唱頑張ってるんだって? ココから帰ったら俺にも聴かせてくれよ!」
     それぞれの身体に注がれる光のような何か。それを活かして向き合うために。
    「俺もドラム演ってるんだ。アンタともセッション演りてェな。俺達の望みを叶える為に、一緒に壁をブチ壊そうぜ!!」
    「信じてくれてありがとう。あなたの想いの力で、わたし達、こうして戦えるの」
     柔らかく微笑むひよりの瞳の翡翠に、想いが滲む。祈りのように願って、誠実なこころを手向ける。
    「また明日から、いつもの日常を迎えられるように……わたし達、精いっぱい頑張るからどうか、もう少しだけ力を貸してくれるかな」
    「……すごい」
     呼びかけを次手以降にすると決め様子を窺っていた由衛にも伝わってくる、皆の身体に更なる力が漲ってくるのがわかる。特に烏芥とひよりに滾るものは、段違いに眩い。
     はじまりはむしろ静かだった。だが響き渡る神秘的な歌声は――相手の頭蓋を直接的に揺さぶる。
    「!!」
     途端に巻き起こるのはサイキックの嵐。疾走する焔の踵が、霊光の弾丸が、光の剣の斬撃が、幻狼の銀爪が。多段に果敢に畳みかける。
    「――いける!!」
     楔の中で確信が弾ける。便乗する勢いで癒しの力を込めた矢を大きく放った。

    ●踏破
     再び緑の王が回復に回るが、それを上回る攻撃が連打される。
     七巡目からは由衛も加わり、ますます攻勢は加速度を増していく。
     八巡目は、猶の事。
    「ッ、まだまだ!」
     アフリカンパンサーが高く飛翔した瞬間、前に進み出たのは依子だった。盾として笑うのは、信の重さを識るからだ。理由や努力を経た、命を託される程の其れは。
    「皆が諦めずに人と生きる道を探して来た糸の先に、いるから」
     両腕を構えて毅然と待ち受ける。
    「応えたいの。信じたいのよ、未来を」
     脳天に降ってきたのは強烈な蹴撃、受け止め、受け止め――瓦解する。跳ね飛ばされた依子の身体は力なく、そのまま光の粒となり退場する。
    「今だ、しくじるんじゃねェぞ!!」
     渾身の一撃を見舞った緑の王の隙を見逃さない。錠が発破をかけつつ身を沈め、死角に回り込んでからこめかみに斬撃を放つ。
     勢いは止まらない。采が炎を纏った激しい蹴りを叩き下ろせば、星に還る事を望む少女たる夜奈は星の霊光宿す拳の連打で終焉を示す。ひよりが魔力の爆発連鎖をアフリカンパンサーの鳩尾に贈れば、烏芥が上段から真直ぐな太刀筋を見舞い、骨の棍棒ごと叩き切る。
    「……人のこころは尊いものなのです。一刻も早く此処から去りなさい」
     それはおわりのはじまり。
     楔は緑の王が母であるという一面に表情を曇らせる。自分が闇に堕ちなかったのは父母との絆があったから。
     二人を助けられなかった自分が、多くの人を救えるのなら。
     最後に愛が勝つなら。
     負けたくない。
    「学校の皆、ありがとう! 皆がソウルボードを守ってくれたから。皆が僕達を信じてくれたから。全ては終わりにならなかったよ!! 皆が居てくれたからなんだよ! 今から僕達と皆で世界を救う物語を始めよう!」
     高らかに呼びかける。楔は清々しく、殲術道具を構えてみせた。
    「僕は勇者じゃないし敵は魔王だけど、君達と一緒なら皆でヒーローになれる! 皆! 一緒に戦おう!」
     背を押され、後衛から一気にアフリカンパンサーに肉薄する。抉る刃。死角から真直ぐに抜き払ったならその間に由衛が迫る。
    「敵は強い。でも、今回は私達だけではない。貴方達が居てくれる。私達を信じ、支えてくれてありがとう。……人々を、貴方達を、絶対に守ってみせる」
     馳せながら、優しく靭く語り掛ける。
    「だからもう少しだけ力を貸して。他でもない、貴方達の意志の力を」
     杖に魔力を籠め、踏みしめ、最大限の威力を以て殴打した。更に一歩踏み込んで魔力を幾重にも暴発させる。その最中に、知らしめるように呟く。
    「想いは、意志は、心は個のもの。誰かに支配されるものじゃない。繋がり、時にぶつかり。同じ想いを抱いた時、共に歩むものよ」
     押し切った。
     膝を折る。しかし緑の王はまだ立ち上がる。そして高く高く笑った。真実、彼女はとても愉快だったのだろう。
    「いいよ。いいよ! とてもいい! 何がしかの力が加わっているとはいえ、このボクを追い詰めるなんてね!」
     体力が尽きたのだろう、光の粒子を帯びていく。
    「でも生憎と、今ボクを灼滅する事は出来ない。きっと雌雄を決する時が来るだろう。その時も、果たしてボクを倒せるかな? 楽しみにしておくよ!」
     哄笑と共に緑の王は消滅した。どこか、満足そうにも見えた。
     その名残は今は知れぬ。だが、遙か彼方の玉座から緑の王を引きずり下ろす事に成功したのは、確かな事実。

     遠い音楽室から、優しいハーモニーが聞こえたような気がした。
     それは灼滅者達の戦果を寿ぐ――勝利の凱歌。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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