【民間活動】精神防衛戦~夢の中へ

    作者:九連夜

    「皆さん、タタリガミとの戦いはお疲れ様でした。これで実質的にタタリガミ勢力は壊滅したと考えていいでしょう。ありがとうございます」
     いつも通りに教室に集まった灼滅者たちに対して、五十嵐・姫子(いがらし・ひめこ)は晴れやかな笑顔で一礼した。
    「その件と直接関係があるかどうかは不明なのですが、実は作戦後にソウルボードの状況を調査していた人たちから奇妙な報告が入ってきています」
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)と槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)。調査にあたった二人の報告の要旨は以下の通りだ。
    「ソウルボードに異変の兆候あり」
    「ほぼ同時期に、民間活動によって武蔵坂学園を支持してくれるようになった一般人達が、次々と意識不明で倒れている」
    「病院で検査しても意識は戻らず、原因も不明のまま」
    「本来ならば大きなニュースになってよいこの集団意識不明事件が、なぜか一般に広まっていない」
     これらの状況が意味するところは、つまり。
    「明らかにバベルの鎖の影響で、ダークネス絡みの事件の典型ですね。状況的に見て、その意識不明者のソウルボード内に何らかの異常が発生していることも間違いないでしょう」
     姫子は簡単にまとめると、少々申し訳なさそうな表情になった。
    「申し訳ないのですが、現時点ではこれ以上の情報はありません。あとは現地で発生した状況に合わせて臨機応変の対応をお願いします。いずれにしてもお願いしたいのは……」
     病院に向かうこと。そして意識不明となった人にソウルアクセスを行い、その原因を究明して解決すること。これもある意味、単純な話だった。ただし、と姫子は言い添えた。
    「もしこの異常が武蔵坂のこれまでの活動に対するカウンターの一種だとすれば、ソウルボード内には私たちに敵対的な何かが待ち構えている可能性が高いでしょう。逆に言えば、それを撃破すれば被害者もきっと目を覚ますに違いありません」
     つまりは非常に高い確率で戦闘になる。くれぐれも用心して下さいと告げ、姫子は真剣な表情になって再び一礼した。
    「分からないこと、推測だらけで申し訳ありませんが、最近のソウルボードの状況を見ている限り、どうもこの事件は見た目以上に重大な意味を持っているように思えてなりません。皆さんの活躍に期待させていただきます」

    「一番乗りっと……え?」
     昏睡状態に陥り病院で眠る少女の、その夢を経由して入り込んだソウルボード。
    すでに慣れ親しんだ宙に漂うような感覚と共にふわりと地面に着地した葵璃・夢
    乃(黒の女王・d06943)は、急に慌てたように周囲を見回した。
    「何か異常か?」
     ビハインド「仮面」と共にその背後に現れた刻野・晶(サウンドソルジャー・
    d02884)は、即座に警戒態勢に入った。だが彼女が目にしたのは特に変哲のない
    夕暮れの公園の姿だった。幾つかの遊具があり、住宅街と敷地内を隔てる塀の側
    には小さな木立。人の姿はない。人の夢から続くソウルボードの姿としては、特
    段おかしなところはないものだった。そしてその異常の無さに、晶はふと言葉に
    は出来ない違和感を感じた。
    「レンも、何か嫌な予感がする」
     何かを確かめるように自らの胸に手を当て、レンことフローレンツィア・アス
    テローペ(紅月の魔・d07153)も心に浮かんだ印象をそのまま口にした。
    「やっぱり? 私はなんて言うかその、既視感的なものが」
    「こらティン、どうしたの!?」
     何かを思い出しかけたらしい夢乃の言葉を横合いからの声が遮った。桜井・夕
    月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)の霊犬 「ティン」が公園の入り口に向か
    って威嚇の唸り声を上げていた。たしなめたはずの夕月もすでに戦闘態勢に入っ
    ている。
    「何か来るの? いきなりボス敵の登場ってとこかしら?」
     雷電・憂奈(大学生ご当地ヒーロー・d18369)は冗談めいた口調で言うと、小
    さな笑みを浮かべて真紅の長髪をふわりと掻き上げた。その身体はすでに髪と同
    じ真紅とピンクの戦闘コスチュームに包まれている。
    「ま、予報通りってコトね」
     軽く答えつつ、普段通りの薄い笑みを浮かべた苑城寺・蛍(チェンジリング・
    d01663)はそのとき唐突に気がついた。違和感どころの騒ぎじゃない。これは警
    報、それも本能的なものだ。この平穏な世界には似合わない異物、圧倒的な強さ
    の何かが近づいてきている。
    (「なに? なにが来るの?」)
     好奇心に駆られて蛍は心の中で叫び、そして少し落胆した。皆の視線が集中す
    るなか、公園の入り口から入ってきたのはただの中年男だった。中肉中背、少し
    出っ張り気味のおなかを赤いポロシャツで包み、ベージュのスラックスを履いた
    姿に特におかしなところは無い。右肩に担いだ大型の糸鋸が、日曜大工の準備中
    のお父さんといった雰囲気を漂わせている。
    「よく来たねえ」
     灼滅者たちを青い眼でざっと見回した中年男は、人の良さそうな笑みを浮かべ
    てそのまま近づいてきた。
    (「胡散臭い」)
     反射的にそう思い、わずかに視線を上げた夕月の眼に異様なものが映り込んだ。
    男を追いかけるように頭上に現れた二本の太い鎖、宙を漂うその姿に彼女は見覚
    えがあった。つい先日のタタリガミとの戦いの時に出現していた、おそらくは
    『バベルの鎖』の具現だが分体だかと推測されている存在だ。夕月と同様に対戦
    経験のある晶は頭の中で敵味方の戦力を瞬間で計算した。
    (「2体ね。まあ何とかなるか」)
     雷撃や自分自身を鞭代わりにした攻撃などをかけてくる面倒な敵だが、灼滅者
    数名でかかれば十分に対抗は可能なはず。ただし他に戦力がなければの話だが。
    「ああっ!」
     近づく男の顔をじっと注視していた夢乃が唐突に大声をだした。
    「思い出した! 前に灼滅したDIY女と同じ感じがするのよ!」
     夢乃がかつて戦った、釘と金づちを手にした六六六人衆の女。エクスブレイン
    の解析によると、その女はとある強力な六六六人衆の誘惑を受けて闇堕ちしたと
    いうことだった。そう、まさに今彼女の前にいる男のような。
    「ということはまさか、ジョン・スミ……」
    「おや、美人のお嬢さんに知られているとは光栄だねえ」
     のんびりした声と共に中年男は歩みを止め、ポケットに入れていた左手を抜く
    仕草をした。実際に抜いたところは誰の眼にも留まらなかった。ただ、これまで
    の幾多の戦いで培った本能だけがかろうじて反応した。
    「ぐっ!」
     反射だけで前に出て皆を庇った伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)の腕に何
    本もの釘が突き刺さった。見た目よりも遙かに大きな衝撃が全身を駆け巡り、四
    肢を縛り、さらに頭の中で荒れ狂った。落ちかかる膝を気力だけで何とか支える。
    (「やっぱりとんでもねえ」)
     黄金闘技場でジークフリート大老と直接やりあったとき以来だなと蓮太郎は混
    乱する頭で考えた。そして血の気が引く思いと共に意識がはっきりした。
    (「この人数でこいつとやりあえと?」)
     ダークネス種族のなかでも屈指の個人戦闘力を誇っていた六六六人衆、そのシ
    ングルナンバーと相対する場合は大戦争のさなかで集団で押し包んで討ち取るか、
    さもなくばエクスブレインが予測した絶好の機会を狙って20から30人程度の
    精鋭で撃破を狙うかだ。
     なのに今は。序列四位を相手にこれだけのメンバーで。
    「やるしかないでしょ!」
     自身も腹に釘の直撃を受けてよろめいた憂奈は強引に顔を上げ、これまで相対
    したなかでも最強クラスの敵をめがけて恐れず跳んだ。殲術武器を振り上げる。
    「レンも、やる!」
     大きく裂けた白いドレスを翻し、地面すれすれの低さでフローレンツィアが疾
    る。完璧と見えた上下の同時攻撃は、わずかに傾けられた頭と何気なしに上げら
    れた足によって完全に空を切った。さらに蛍が、夕月が、晶と夢乃が続けざまに
    攻撃を繰り出すが、いずれも軽く躱されあるいはひょいと動かされた糸鋸の柄で
    受け止められた。
    「Do it myself。たまには自分で働かないとね、黒の王に怒られてしまう」
     胡散臭げな笑いを浮かべたままジョンは一歩踏み出した。本格的な攻撃に移る
    つもりか、肩に担いでいた糸鋸を下ろした。左の手にはいつの間にか金槌も握ら
    れている。その背後で二本の鎖が空中で毒蛇のように鎌首をもたげた。これは駄
    目かなと蛍が内心で呟いた、そのときだった。
    『負けないで』
     どこからともなく声が響いた。弾かれたように顔を上げた蛍の全身に、これも
    どこからともなく力が流れ込み始めた。これまで感じたことのない暖かな力が。
    『私だけじゃない、皆さんの活動に勇気づけられたみんなが応援しています』
    「仮面」
     晶は手を伸ばして相棒に触れながら呟いた。自分だけではなく、自分を守って
    消えかけていたビハインドの力もまた甦っているようだった。
    『だから』
    『勝って』
    『理不尽な力に』
    『負けないで』
    「んー」
     世界のどこかから響き続ける応援の言葉を聞きながら、憂奈は頭を掻いた。負
    傷を癒やしさらに心と体を満たし続ける力を感じながら、傍らの夕月に微笑みか
    けた。
    「期待されちゃったみたいだね」
    「そうみたいですねえ」
     小首をかしげて澄まし顔で夕月は返答した。
    「でも、油断は大敵、よ」
     フローレンツィアは、何が起きたのかと自分たちを観察しているジョンから目
    を離さずに言った。
    「そうね。ちょっと光が見えてきたぐらい?」
     夢乃の現状認識は正確だった。そう、もともと敵味方の実力差は隔絶している。
    おそらくは昏睡状態に陥っていた少女の、あるいは灼滅者たちの民間活動に影響
    を受けた人々の心の力を得たのだとしても、その差は完全には埋められない。そ
    してこの応援の力も決して無限ではないだろう。となれば。
    「患者の気力が尽きる前に治療しないとね」
    「短期決戦か。望むところだ」
     夢乃なりの状況表現を蓮太郎は即座に理解した。1パーセントに満たなかった
    勝利の可能性は確かに2割程度まではアップした。だがまだ足りない。勇気を出
    して全力で挑むのは最低の条件、さらに知恵の限りを尽くしてあらゆる戦力を限
    界まで活用し、その上で運まで強引にたぐり寄せなければ勝利はおぼつかない。
    「やるぞ!」
    「承知」
    「任せて!」
    「了解よ♪」
    「仕方ないわね」
    「ティン、頑張れ」
    「ん」
     蓮太郎の声に仲間たちはそれぞれの言葉で答え、一斉に走り出す。
     自分たちに向けられた期待の声に応えるために。


    参加者
    苑城寺・蛍(チェンジリング・d01663)
    刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    葵璃・夢乃(黒の女王・d06943)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    雷電・憂奈(大学生ご当地ヒーロー・d18369)
    千条・遥(庭園の忘れ物・d38648)

    ■リプレイ

     光に包まれていた。
     心の光という言葉があるが、いまやそれが確かな力となって灼滅者たちを包んでいる。
    (「よもや、こんな強敵と闘える機会に恵まれるとはな」)
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)は心の中で呟きながら、前方で待ち構えるジョン・スミスに向かって全力で駆けた。
     エクスブレインという絶大な情報力を誇る武蔵坂学園は、ある程度の勝算が見えなければそもそも戦力を投入することはない。だから強敵と戦う場合はどうしても1人対灼滅者の集団という形になる。が、今回の仲間はわずか8人と2体。そして。
    「灼滅者だけではない、人間の力を見せてやろう!」
     蓮太郎は何かを誓うように手甲をつけた右腕を大きく振り上げた。自分を応援してくれた少女と、おそらくはその背後にいる多くの一般人たち。その期待を文字通りに全身で感じながら、彼はすれ違いざまにジョンの腹に全力で拳を叩き込んだ。
    「ええ、期待には応えないとね!」
     叫び返しながら跳躍した赤い輝きの主は雷電・憂奈(大学生ご当地ヒーロー・d18369)。先ほど躱された時と同じ軌道で、しかし数倍の速さで放たれたバベルブレイカーの一撃は、紅雷と見紛う凄まじさでジョンの肩口に突き刺さった。
    「合わせま……」
     これならいける。そう思った桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)が愛犬のティンと共に打ちかかろうとしたときだった。ジョンの姿がわずかに揺らいだ。
    「!!」
     とっさにダイダロスベルトを展開しながら着地直後の憂奈の前に身体を投げ出す。次の瞬間、強烈な打撃を喰らってベルトごと弾き飛ばされた。
    「つぅ……」
     地面の上で一回転して立ち上がり、一撃で大きく歪んだダイダロスベルトを巻き直しながらジョンを睨み付ける。さっきとは違って相手の攻撃は見えた。ほぼ反射行動とはいえ、振り下ろされる金槌から仲間を庇うことができた。
     だが、わかって受けて、この威力とは。
    (「うう、やっぱり無茶苦茶強い……」)
     やや後方から一連の応酬を見ていた千条・遥(庭園の忘れ物・d38648)は若干引いていた。というよりドン引きに近かった。実際、歴戦の面々が多いこのメンバーのなかで、戦闘経験でいえば彼女は一番の新米だった。
    「うん、ホントに一桁台が来るなんて思わなかったんだよぉ……」
     とりあえず横に回り込みながら牽制代わりにデッドブラスターを撃ち放つ。
    「――え、当たった?」
     すかさず回避に移った遥の足が止まった。撃った自分にも意外な確かさで飛んだ黒い衝撃は、確かにジョンの側頭部を直撃していた。ゆっくり触れ向いたジョンと、その顔に浮かんだ笑みに、遥のみならず戦闘態勢に入っていた他の皆も思わず動きを止めた。
    「なるほど、力が段違いに上がったね。理由はともあれ、手に入るすべての道具を使っての創意工夫、大いに結構――」
     ぐるりとその場の全員を見回す。微笑は相変わらずの胡散臭さだったが、先ほどまでの小馬鹿にしたような雰囲気は綺麗に失せていた。
    「ドゥイットユアセルフ、さあ、このジョンスミスに全力を見せるんだ!」
     大型の糸鋸と金槌を大きく広げて誘うように言い放つ。それに相対するように進み出たのは黒い髪に金の瞳の少女だった。
    「シングルナンバーの名乗りとは嬉しいわね。レン……フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)がお相手するわ。来なさい、黒き風のクロウクルワッハ!」
     武装を呼び出す言葉と共に表れたのは右の黒に左の赤――鉤爪のついた一対の手甲と、さらには左腕を覆うような紅く輝く大きな十字形。決闘相手への刀礼のように身体の前で一瞬立てて構えると、少女は白いドレスを翻して走り出した。
    「抜け駆けは禁止よ♪」
     こちらは黒のライダースーツ姿にガンナイフを構えた葵璃・夢乃(黒の女王・d06943)が続く。だが突撃する娘2人の目の前に前に広がったのは鋼の刃だった。ジョンが大きく振り回した糸鋸の刃が何枚かに分裂して本体から伸び、多頭の蛇か何かのようにその周囲を荒れ狂ったのだ。
    「まずはこの糸鋸の性能を見たまえ!」
    「む!」
     夢乃は一旦大きく下がって避け、近距離での包囲態勢を作りかけていた夕月に憂奈、蓮太郎にレンも陣形を崩しての回避を余儀なくされる。フローレンツィアは何とか駆け抜けたが、気を逸らされた一撃は浅傷に留まった。
     はあ、と後方から大きな溜息が聞こえた。面白く無さそうな顔をした苑城寺・蛍(チェンジリング・d01663)だった。
    「そんな深夜の通販番組みたいなノリでヤられたく無いんだケド!」
     なんなのイケメンでもないのにこんな強さ、とかぶつくさ呟きながらも、蛍は敵味方の状況を的確に見てとり、「夜霧」――サイキックの霧の加護を前衛へと送り込む。送り込みながらさらに呟いた。
    「あたしの知ってるDIYと違いすぎて頭痛くなりそ~……」
     あまりにも普段通りの彼女の言葉に、刻野・晶(サウンドソルジャー・d02884)はわずかに苦笑を浮かべた。即座に思考を切り替えて戦場全体を改めて見やった。
    (「『鎖』は?」)
     その動向次第では戦術を変える必要がある、そう考えた晶の視線の先で、二体の『鎖』は鎌首を持ち上げた姿勢のまま動きを止めていた。
    「やはり手を出さなければ反撃はなし、か」
     己の予想の適中に安堵しつつ、それ以上の疑問はあえて心の底にしまい込んで晶はクロスグレイブを構え、一段下がって控えるビハインドの『仮面』と共に強力な一撃を撃ち放った。

    ●共闘
     憂奈が紅い閃光と化して奔り、蓮太郎の突き蹴りが間断無く打ち込まれる。黒を纏う夢乃は敵とつかず離れず絶妙な距離で攻撃の機会を窺い、夕月とティンはそれぞれにしかし息を合わせて仲間たちを守る。『仮面』の援護を受けた晶は出入りを頻繁に繰り返して遊撃戦を挑み、フローレンツィアと遥は狙撃を続けつつ隙を見て肩を揃えて斬り込みをかける。戦況全体を見回し適切な治癒の力を送り込むのは蛍だ。
     そんな彼らの連携を真正面から潰し蹂躙しようとするかのようにジョンの糸鋸が唸り、金槌が叩き込まれ、無数の釘が乱れ飛んだ。
     癒やしきれぬダメージは灼滅者たちのほうが多いが、手数の多さに伴う特殊効果を受け続けたジョンの動きも徐々に鈍ってきている。戦況は互角とは言えぬまでも、灼滅者たちが何とか食い下がっている感じだった。
     だが。
    「気づいているか?」
    「当然でしょ」
     大きく飛び下がった晶が小声で告げたその言葉に、蛍は肩を竦めつつ答えた。
    「所詮は気力も消耗品ってだけのコト」
     先に自分たちに力を与え、今なお響き続ける少女の応援。その声が小さくなってきている。
    「あ、あと数分、ぐらい?」
     自分が何とか闘えているのはこの力のおかげ。誰よりもそれを痛感している遥の予測は正確だった。
    「切れる前に片付くか……?」
     晶は消耗戦の様相を呈している戦いの様相を改めて観察した。両者の限界、つまり決着がその前にくれば問題はないが、長引けば敗北するのは自分たちの側だ。そう思ったとき、視界の先でジョンが笑った。嫌な笑いだった。
    「君らの戦い方はだいたいわかったよ。配置も役割分担も悪くはないが……」
    「何を!?」
     無駄口を隙と見た夢乃がすかさず斬りかかったが、繰り出されたサイキックソードは振り上げられた糸鋸に弾き飛ばされた。
    「私を相手に治療係が一人というのは、少々甘く見ていないかい? それとも短期決戦狙いかな?」
     左手の金槌が消えた。糸鋸が風車の羽根のように振り回された。伸びた刃の先でギャン、と悲鳴が聞こえた。
    「ティン!」
     夕月が振り返ったその前で、あくまで仲間をかばおうとした霊犬は消滅した。
    「この……!」
     お返しとばかりに叩き込まれたクルセイドスラッシュは確かにジョンを捉えたが、まだ敵の力に揺らぎはない。そして、再び前衛陣めがけて荒れ狂う糸鋸の刃。対多数の技を使ってのダメージ勝ち狙い、敵がその戦術に切り替えたことは明らかだった。
    「ふむ。あの小父様、脳筋じゃなくてちゃんと見ているわね。DIY推奨は自分にもってところかしら」
     人ごとのようにフローレンツィアが評した。
    「何かしないと……」
     とにかくこちらも少しでも打撃をと。デッドブラスターを撃ち放ちつつ、遥が対策の必要性を口にした。
    「ここは賭けてみるかな」
     晶の思案は一瞬だった。宙に向かって呼びかけた。
    「このままでは負ける」
    『え?』
     とまどいの気配。どこからとも知れぬ応援の声に向かって、晶はなおも呼びかけた。
    「私は、護るために、助けるために来た。それを嘘にしないためにも、力を貸して」
    『……はい!』
     決然とした声が響くと同時に、晶は全身に数倍の力が漲るのを感じた。地を這うように姿勢を低く全力で走り、ジョンが振り向くよりも早くチェーンソー剣を逆袈裟に薙ぎ上げ、瞬間で返して袈裟懸けに切り下ろす。さらに何度も往復させてその背をズタズタに切り裂いた。
    「うっ!」
     ジョンが始めて苦痛の呻きをもらした。医療担当の眼で蛍が様子を観察する。
    「んー、こちらに優位まで来た、かナ? いや……」
     まだ互角。だが互角までは持ち込んだ。無理をさせたせいか応援の声も小さくなったが消えたわけではない。これなら。
    「あとは任せて!」
     好機と見た夢乃がすかさず光の刃を飛ばし、背中の傷をさらにえぐる。
    「ありがとね!」「おう、やるぜ!」
     憂奈と蓮太郎のコンビネーション。蓮太郎が正面から突っかけ、炎を纏う蹴りを打ち込む。その隙に武器を持ち替えた憂奈がリングスラッシャーを投擲、大きく弧を描いたそれは過たずジョンの背に命中した。

    ●叱咤
     激闘はさらに続いた。だが、限界が先に訪れたのは灼滅者側だった。己の身を顧みぬ攻め中心の戦術が結果として仇となった。
    「くっ!」
     何度目かの糸鋸の刃が躍り、直前の攻撃からの離脱が遅れた夢乃の身体を切り刻んだ。
    「まず……」
    「下がって!」
     治癒担当の蛍と防御担当の夕月が同時に動いたが、ジョンの次撃のほうが早かった。
    「あとはお願……い……」
     再び刃の乱舞を浴びた夢乃の身体がかすれて消える。おそらくはソウルボードの外に弾き出されたのだろう。
    「……そう。凌駕も闇堕ちもないのね」
     しないのではなく、できない。自身も限界寸前の憂奈はその事実に気づいて慄然とした。この場では灼滅者の最後の武器が使えないのだ。ならば、と彼女は考えた。余力のあるうちにやらなければならない。
    「ここが正念場だな」
    「賛成です」
     蓮太郎と夕月も激しい動きのなかで一瞬顔を見合わせ、そして同時に空を仰いだ。求める声を発したのはバベルブレイカーを掲げた憂奈が最初だった。
    「皆さんを助けるために、目の前にいる相手を倒すための力を」
     夕月の願いが続いた。
    「理不尽な力に立ち向かう為の戦いです、お願いします」
     蓮太郎が拳を突き上げた。
    「力を貸してほしい。そして共に戦おう。我らの一念を束ね、重ねた拳であれば、敵に通じぬ道理はない!」
     間髪いれずに晶が呼びかけた。
    「もう一度、力を。ここのソウルボードの主である貴方も、私達と一緒に戦っているの」
     フローレンツィアの口元から小さな牙がのぞいた。
    「応援、有り難くいただくわ? 一緒に戦い、勝ちましょう?そしてただの獲物じゃあないと、力があると証を立てましょう!」
     蛍の言葉はあくまで淡々としていた。
    「あたしは世界を救うとかまで考えてないケド、後悔する選択だけはしないって決めてるの」
     テンパり気味の遥の言葉は切実だった。
    「お願いします、勝ちましょう!」
    『私こそ、お願いします……っ!』
     強力な光が一気に全員の身体に降り注いだ。動いたのも同時。何が起きたか分からぬ様子のジョンに向かって7人と1体の力が一斉に叩き込まれた。強烈なサイキックの力の乱舞が可視光となって周囲を彩り、ソウルボードを揺るがすような大音響が響き渡った。
     だが。
    「ジャパニーズ・アニメーションの必殺技ってやつ、かな?」
     左右からバベルブレイカーを突き刺したままの蓮太郎と憂奈、クルセイドソードを鳩尾に突き立てた夕月。その3人に向かって、ジョン・スミスは薄く笑いかけた。
    「凄い隠し技だねえ」
     糸鋸の刃が躍った。かわしようが無かった。
     そして全身を切り刻まれて消えた前衛3人の影から、満身創痍のジョンがゆらりと立ち上がった。
    「……流石はシングルナンバー」
     晶は覚悟を決めて前に出た。もはや仲間たちを守る壁は自分しかいなかった。
    『頑張って! あと少し!』
     小さく本当に消えそうな、しかし確かな声が聞こえてくることを確認してチェーンソーを構える。その瞬間、ジョンの姿が消えた。気づいたときにはず目の前にいた。
    「!」
     全力で斬り上げるのと、ジョンの金槌が落ちるのが同時だった。心臓のわずか手前まで斬り込んだチェーンソーと共に、晶の姿も消え去った。
    「え、ちょっと!」
     遥の声は上擦っていた。それでも己のその恐怖心を黒い弾丸に変えて撃ち放った。かわす余裕もなくジョンが受けたその一瞬。
    「大した小父様」
     躊躇わずに鋼糸を展開したフローレンツィアが襲いかかった。
    「小父様が吸血鬼ならレンはもっと嬉しかったのに」
    「残念ながら……おっ!」
     斬撃も囁きも本命かつフェイント。流した身体のその背後、死角から放たれた『仮面』の弾丸をジョンは首を振って回避した。
    「あ」
     そこで蛍は理解した。皆、次の攻撃に移るには時間がかかる。「声」は消える寸前。
     何かできるのは自分だけ。
    「……よこしなさい」
    『え?』
     我知らず漏れ出た声に、微かな声が戸惑いと共に聞き返す。
    「いいから残り全部よこしなさい! アンタのも他の人のも全部!」
     自分でも訳の分からぬ怒りに駆られて蛍は叫んだ。
    「あたし達が倒れてこのオジサンが好き放題ヤるなんてぜーったい嫌! そんなムービー見たい?」
    『い、嫌です!』
    「そう。そうなら」
     駆けだした。自分の力も注がれる力も、全て右手の解体ナイフに込める。
    「今、出し切りなさい!」
    『は、はい!』
    「あああああっ!」
     トラウナックル。
     絶叫と共に突き出した刃は、振り返ったジョン・スミスの胸に過たず突き刺さった。ジョンは少し戸惑った風に蛍の顔を見返し、そして元の胡散臭げな笑みを浮かべた。
    「ドゥウイットユアセルフ。お見事だ」
     そして消え去った。手にしたDIY工具と共に。
    「は、はは。勝った……」
     遥が地面にペタリと座り込んだ。
    「あ、そういえば……」
    『鎖』はどうなったか。フローレンツィアが顔を向けると、そこには何も無かった。いつの間にか消え失せていた。
    「……何しに来てたんだか。とにかく」
     蛍は全身の力を抜き、足を投げ出して遥の横に座り込んだ。
    「つっかれた……!」
     吐き出した息と共に噛みしめる。仲間たちのみならず、応援してくれる人々の力まで全て使い尽くして、それは強引にもぎ取った勝利だった。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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