【民間活動】精神防衛戦~ゆめのあと

    作者:日暮ひかり

    ●warning!!!
     先日のタタリガミとの戦いで武蔵坂学園は完全勝利をおさめ、これによってタタリガミ勢力は壊滅状態となった。
     それが原因かは不明であるが、その後ソウルボードの動きを注視していた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)や槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)から、重要な情報がもたらされた事を鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は告げる。
     ―ーソウルボードに異変の兆候あり。
    「そして、君達の民間活動を通して武蔵坂学園の支持者となった一般人達が、現在次々と意識不明で倒れ、病院に搬送されている。まるで異変に呼応するようにな……いくら検査しても原因は不明のままだ。現在も意識が戻らない状態らしい」
     本来なら大ニュースになりかねない事件だ。
     だが情報操作をするまでもなく、事件は一般に認知されていないらしい。
    「この不自然さ……明らかにダークネスが絡んでいると思わんか。原因が倒れた一般人達のソウルボードの内部にあるのは間違いないだろうが、現時点ではこれ以上の情報がない……。だが緊急事態だ。すまないが、急ぎ病院に向かってくれ」

     意識不明となった一般人にソウルアクセスを行い、原因を究明する必要がある。
     ソウルアクセスした先には、今回の異変の原因が待ち構えているはずだ。
     その未だ見ぬ敵を撃破できれば、彼らはきっと目覚める事だろう。
    「正直、何が出てきてもおかしくはないような状況だな。だが、君達ならどんな敵にでも適切に対処してくれるだろうと思う。任せたぞ。無事の帰還を待っている」

    ●ソウルボード内部にて
     意識不明となったのはまだ中学生ほどの少女のようだった。赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)や蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)らが、七不思議の都市伝説を通して関わった学生たちの中の一人であるのだろう。
    「確かに、こいつはちと厄介かもな。どう見ても安眠してるって顔じゃなさそうだ」
     事件が解決したら、目覚めの一杯ぐらいは振る舞ってやらない事もない。皆守・幸太郎 (カゲロウ・d02095) は枕元に缶コーヒーを置くと、少女の青ざめた顔に手をかざす。
     ソウルアクセス。紫の煙が病室の風景をかき消し、空間を一変させた。
     そして、刺すような殺気と、身の凍る冷風が灼滅者達の肌を粟立たせた。

     覚えている。これは死の恐怖だ。
     記憶に刻まれたこの感覚にはどうしようもなく覚えがある。忘れたことなど、ない。
    「……やれやれ……嬉しくねー偶然だな。どーしてアンタかここにいんだか」
     夜鷹・治胡 (カオティックフレア・d02486)はなんとなしに指を撫でると、隣にいる関島・峻 (ヴリヒスモス・d08229)の横顔を盗み見る。とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
     彼にとっては待ちに待ったであろう相手との邂逅。しかし、一行にとってそれが『勝てるわけがない戦い』を意味する事を、治胡はこの場にいる誰よりも深く理解していた。

    「これはこれは……あの時の死に損ない共かね。数奇な縁もあるものよ」
    「ソロモンの大悪魔、魔将軍オセ……! あの後どこに消えたのかと思ってたけど、ようやく出てきたね」
     ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる男を見た守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は、探求部に蓄積した膨大な叡智の中から、直ちに該当しそうな情報を引き出し、照らし合わせた。
     手には太刀、禍々しい光沢を放つ鎧の上に漆黒の衣。
     豹を模した兜で顔を覆った屈強な武闘派の悪魔――間違いない。二年前に復活した大悪魔の生き残り、オセだ。
    「ふん。その節は元同胞が失礼した。あの時無様にも敗死しおった愚図共の所為で、勝利した我々までもが耐え難き辱めを受ける破目となったわ」
    「! 皆さん、来ます! 構えて下さい! 『蒼穹を舞え、【十八翅軍蜂帝】』!」
     冷静な口ぶりとは裏腹に、オセが不機嫌である事は敬厳の目にも明らかだった。だが武人として背を向けはしまい。スレイヤーカードを解放した敬厳の身体が、橙色に輝く南蛮具足に包まれる。
     刹那、場に骨まで溶かし尽くさんばかりの炎が吹き荒れ、何人かの仲間をまとめて屠った。
     思わぬ難敵の出現に、まだ頭の回転が追いつかないらしい風峰・静(サイトハウンド・d28020)はぽかんと口を開けている。人肉の焦げる臭いが嗅覚をつき、危機的状況であることだけは本能で察した。
    「え、何何、ねえすっごく怒ってるけどなんで? ルフィアもソウルボードの調査してたんだよね。何か知ってる?」
    「ふむ。私にも経緯は分からんが、どう見ても奴は人類を滅ぼしに来た巨大蟹ではないな。残念だ……となると、やはりマンチェスターハンマーが裏で糸を引いているのかもしれん」
     飄々とした言葉を紡ぎながらも、ルフィアは鋭い紅の眼で静かに敵を見据えて反応を待つ。
     かまをかけたのか、これが彼女の素であるのかは不明だが、オセは心外だ、といった風に刀を軽く振るった。
    「我々の品格に関わる深刻な誤解は解いておかねばなるまいな。此度の出陣は他勢力の差し金などではない。我が同胞グラシャ・ラボラスの命令……もとい、偉大なる魔術師ソロモン様のご遺志に従っての事だ」

     オセは怒りを含ませて語った。
     魔術師ソロモンがソウルボードの秘密に最も近づいた事で、ソウルボードの異変を確認し、命をかけてサイキックハーツを呼び寄せた事。
     そして魔術師ソロモンはこの大魔術と引き換えに消滅し、代わりにソロモンの大悪魔『グラシャ・ラボラス』が、サイキックハーツに至ったという事情を。
     だが、こちらには礼儀正しく耳を傾けている余裕などない。何らかの隙が生まれている事を祈り、灼滅者達は断続的に攻撃を放ったが、その全てを事も無げにかわしながら、黒衣の将軍は穏やかとすら言える動作で天を仰ぐ。
    「……グラシャ・ラボラスの奴への不満は腐る程あるが……つまらぬ愚痴を聞かせあう仲でもあるまい。ソロモン様の偉業を否定する材料とするには少し足らん程度の事よ」
     そして、灼滅者達を威嚇するように刀を強く地面に突き立てた。
    「娘のソウルボードは私が制圧した。抗うか? 時間の無駄だ。撤退が賢明だと思うがね」
     攻撃が当たらない。身体が、思うように動かない。
     オセの使う技やポジションは以前と変わらないはずだ。あれからもう二年経つというのに、まだこれほどの力量差があるのかと、峻は悔しさに歯噛みする。その時……。

     ――灼滅者さん、頑張って。そんな奴に負けないで!
     ――学校の友達も、先生達も、みんな皆さんを応援してます。
     ――私達の願いを受け取って下さい。助けてくれるって信じてるから……!

    「コイツは……まさか、眠ってるお嬢サンの声か? おい関島、今の聞こえたか」
    「ああ。不思議と力が漲ってくる……これもサイキックハーツの力なのか」
     どこかから女の子の声が響いてくる。どうやら、ソウルボードの主である少女が、自分達を応援してくれているらしい。
     民間活動を通じて関わった学生達の顔を思い返しながら、布都乃はにっと笑みを浮かべた。ある時は自分たちの存在に困惑しながらも理解しようとしてくれ、またある時は無邪気な好奇心をもって接してくれた彼ら。行くぜサヤ、と相棒に声をかけ、立ち上がる。
     絶対に負けられない。ここで負ければ、少女のソウルボードはオセに奪われる。
     本来なら無謀な戦いだ。だが、この不思議な力が持続しているうちに押しきれれば、あるいは――。
     反撃だ。
     仮面の下でオセが嗤っている気がした。
    「来るなら来い。些末事よ。貴様らを殺せる回数が一回増えるだけに過ぎぬわ」


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)
    風峰・静(サイトハウンド・d28020)

    ■リプレイ

    ●1
     それは時間にしてほんの二週間程度の出来事だった。だが、室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)にとっては忘れられない日々だ。失う怖さを知った、二年前の冬。
    「その通り、死に損ないだ。死んだらお前に勝てないしな。勝ちに来た」
     かつてオセに敗北し、闇堕ちして失踪した関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)。因縁の相手を前にした彼の顔は別人のように複雑な闇を映しており、香乃果はぞっとした。
     もうどこにも行かないで。そう思い、咄嗟に服の裾を掴む。
    「……大丈夫だ。皆が居るからな」
     振り向いた峻の顔はあの灰色の青年ではなかった。きっと大丈夫、信じてる――願いにも似た思いを抱きながら、香乃果はオセに語りかける。
    「あの時の報告書は何度も読み返したの。その後も色々あって……貴方にこうして会えるなんて」
    「ふん。忘我の果てに野垂れ死んだかとばかり思っていたが……わざわざ脆い躰に戻って首を刎ねられに来るとは殊勝だな。そういう策かと疑う程よ」
     香乃果の両足がかすかに震えている。蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)は然もあらん、と感じた。灼滅者達の気勢にもかかわらず、オセは全く動じていない。
     ――これ程の圧とは……見ると聞くとは大違いじゃな。
     光剣を握る手が汗ばみ、震える。だが、これは単なる恐怖ではない。武者震いだ。
     誰もが圧倒され、迂闊に手を出しかねる中、ルフィア・エリアル(廻り廻る・d23671)がいち早く砲撃準備を整えた。
    「何、蟹も悪魔も変わらん。最大効率で追い詰める、やることは同じだ」
     謎めいた人造灼滅者の娘はこの強敵を前にしても己を見失わない。搦め手を担うルフィアの冷静な一声は、非常に頼もしく感じられた。
    「うむ……相手にとって不足なし! いざ!!」
     敬厳と香乃果は強く頷きあうと、十字の碑を構え左右からオセに迫った。
     同時にルフィアの腰部の翅が強い輝きを放ち、蝶のように広がり始める。翼を得たようにふわりと跳んだ彼女は、狙撃手達がオセの両足を叩くと同時に上空から光の砲弾を射出する。命中した弾はオセの業を凍結させ、皮膚を凍らせた。
     ――弾の命中精度、破壊力。共に飛躍的に上昇しているな。
     ルフィアは先程とは明確に異なる手応えを感じた。続く守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の砲撃も命中し、氷が更なる衝撃を与える。
    「ほう。面白い」
     オセの首が後衛に居る夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の方を向く。高圧的な言動が気に入らないのか、猫が牙をむいてオセに襲いかかった。待て、と治胡が制しかけた時、オセが静かに刀を振るうのが見えた。
     反射的に前に出た赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)と風峰・静(サイトハウンド・d28020)の体が、猫もろとも後衛まで吹き飛んで治胡の隣をすり抜けていった。ちりちりと皮膚に痛みが走り、遅れて全身から血が吹きだした。
     あの悪夢を思い出し、心臓がどくんと鳴る。
     畜生、息が詰りそうだ――治胡は矢に癒しの炎を灯す。盾になった二人の具合はどうかと振り返り……驚いた。笑っている。
    「すごいね、うなじにびりびり来る。……でも、この場所は僕達が守るんだ、絶対に」
    「だな。武人ってのは嫌いじゃねぇが、ヒトの心は譲れるモンじゃねぇ」
     布都乃も静も笑っていた。片や意地で、片や少女を不安にさせないように。
    「ったく。大したモンだ」
     厭な緊張が解れていく。治胡もつられてふっと笑むと、自らの胸に矢を突き立てた。尻尾の輪を光らせたサヤが、本当ねとばかりに鳴き返す。回復で密かに皆を支える皆守・幸太郎 (カゲロウ・d02095)の存在も心強い。静は揺らめく気を傷口に集め、治癒を促す。
     体制を整えた布都乃は、影の触手を大きく広げ敵の眼前に飛びこんだ。オセは鮮やかな太刀捌きで影を断ち切り、追撃を加えようとする。
    「やっと会えたな。探したぞ」
     だが、影の中から出てきたのは峻だ。一瞬の隙を突いて放たれた斬撃がオセの額に当たり、重い殴打音が響いた。
    「四面楚歌、とでも言いたげだな。だがその威勢が何時まで持つかね」
     仲間がオセを囲い、追い詰める。隙のない連携に手応えを感じ、結衣奈は愛用の杖を敵に突きつけた。真紅の双眸に揺らがぬ想いを抱いて、結衣奈は高らかに宣戦布告する。
    「絶体絶命、だね。信じてくれた人々の為に覆う絶望の闇、魔将軍オセ、祓わせて貰うよ!!!」

    ●2
     どれだけこの時を翹望したか。刀に積年の思いを籠め、峻はオセに打ちかかる。
     ――視える。相手がどちらによけようとしているのかが。斬撃の軌道を微修正するも、振り抜く速さがまだ及ばず、致命傷を避けられている。もどかしい。
    「助太刀いたす、峻殿!」
     後方から薔薇の茎に似た光の刃が伸びてくると同時に、蒼い花弁のような光弾が降り注いだ。
    「このソウルボードを奪うなんて許さない。もう何も奪わないで……失いたくないの」
    「敬厳、香乃果……」
     唯オセが憎いのみではない。気心知れた二人だから、己の無力をも呪い、克たんとする峻の焦燥が伝わるのだろう。
    「ああ、同じ轍は踏まない。豊に吉報を届けるぞ」
     皆が居るから冷静になれる。二年の間に蜂家を束ねる当主として更に成長した敬厳は今、あの頃憧れていた峻と肩を並べ、共に魔将軍と打ち合っていた。
    「孫子か。なれば、わしはこう申すしかあるまい。『難知如陰』」
     敬厳の剣が白く輝き、一瞬で影技形態へ変化する。影の野茨に絡めとられたオセをルフィアの乱れ斬りが襲い、積み重なった足止めや凍傷を一気に重くした。
     既に戦闘開始から4分が経過しようとしていた。身動きが取り辛くなってきたオセは、一旦防戦体制をとり立て直しを図る。
    「ふん……二年の間に少しは学んだか。褒めてやる。凡愚との無益な戦は好かん」
    「負け戦はしねぇ主義ってか? だから今までコソコソ隠れて機を窺ってたってワケか。気が合わねぇな」
     回復されても再度喰らいつくまでだ。治胡が吹かせた癒しの熱気を追い風とし、布都乃は十字を振りあげた。応じるオセの背後に静の姿が見える。気配すら悟らせぬまま放たれた蹴りは、見事に敵の背を打った。
    「何とでも謗れ。我が勢力が風前の灯火であった事は自明よ」
     オセが忌々しげに吐き捨てた言葉を意外に思う者もいたが、ルフィアはそうでもないようだった。
    「黒の夜、先の大規模召喚……バエルを筆頭に多くの悪魔が灼滅された。その上首魁を失った後も尽くそうとする忠義には脱帽する。羨ましいよ」
    「御家が傾いた時こそ筋は通さねばな。主を替え逃げ果せたとて、不忠の汚名は後世まで語り継がれよう。それこそ生き恥というものだ」
     そうか、とルフィアは何処か遠くを見る。だがそれも刹那の事。
    「だが、この世界は私の遊び場だ。譲るつもりはない」
     美しい翅を輝かせ、彼女は再び空へと跳ぶ。何者にも縛られぬ自由な風のように。

     それから更に2分程が過ぎた。大悪魔相手に善戦してはいるが、応援の効力が一体いつまで持つのか――そう、きっとここが正念場ってやつだ。
     己の血の臭いで五感が狂い始めた中、静は不意に直感する。
    「……堅苦しいのとか苦手なんだよね。でも貴重な友達を馬鹿にされてるのは分かるし、あんまり楽しくないな」
     誰かのために。
     例え愚かと謗られようと、静にはそれしか考えられない。少しでも自分より強い仲間を残らせ、少女の心を守る為、ここで全部出し切る。
    「その偉そうな喋り、何とかならないの? 嘗めるなァ!!」
     そう吼えたのは確かに狼だった。
     巨獣の腕の如き静の縛霊手がオセを力任せに抑えつけた。この至近距離で斬られれば只ではすまない。だがどのみち限界なら、せめて意地の一手を。
    「ちッ……駄犬が」
    「あはは、これくらい平気だよねぇ? ……今だよ!」
     狙いを察した幸太郎からも援護を得て、静がしたりと笑う。
     諦めず、終わらず、逃げ出さない限り。
    「道は途切れない。だからこそ、わたし達は立ち向かうよ」
     敵の攻撃は苛烈だ。だが、今この場で支配されかけている彼女の苦しみに比べれば。
    「お願い、力を貸して!」
     皆の願いを、想いを重ねて。
     結衣奈は限界を超えた魔力を杖に籠め続けた。刀の一閃が静を武器ごと斬り伏せた瞬間、槍状に変化した杖を手にした結衣奈が圧倒的な速度で突撃し、オセを刺し貫いた。当たれば大きいその一撃。流れ込んだ魔力が暴発し、辺り一帯を爆炎が包む。
    「悪いね。後を頼むよ」
    「任せて。静先輩の想い、確かに受け取ったよ!」
     煙が晴れた時、静の姿はもう無かった。
     弾き出されただけと解っていても、やはり辛いし慣れない。オセに敗北したあの日のように、自分を守り、倒れゆく仲間の背を見るのは。
     ――追われてばかりだった気がする。追ったのは……。
     たった二人だけだ。二年前、治胡に生きる意志を与えた指輪は今もその指に輝いている。もっと強くなりたい。その想いが沸々と燃え上がってくる。
    「お嬢サンだって戦ってる。負けるワケにはいかねェんだよ」
     夢の中で、有難い。血が出ようが穴が空こうが死なずに済む。
    「あれ程の絶望をくれてやったと言うのに。貴様も懲りぬか」
    「一度と言わず何度でも殺ってみろ。テメーが倒れるまで、立ち上がってやる」
     治胡の半身たる猫がオセに襲いかかり、肉球の連打を叩き入れた。敵にも退っ引きならぬ事情があろうが、オレらにも退かねぇ理由(コエ)がある。布都乃もサヤに支持を出し、猫と共に敵を挟撃させる。
    「全力で抗うぜ、魔将軍。折角のリベンジマッチだ、死力を尽して吠え面かかせてやる。ついでに格下に負けて生き永らえる屈辱付きでな!」
     峻はどこか温かい気配が自分を包むのを感じていた。
    「見てくれてるだろ。傷付き、倒れても何度でも立ち上がる俺達の姿を」
     ――はい!
     語りかけると、より力が湧いてくる。刃から滲んで零れそうだった感情が、別の意志に変わっていく。それをけして手放さぬよう、峻は刀を握る手に強く力をこめた。
    「俺もこの刃で君を必ず助ける。共に戦おう。あの悪魔に勝つぞ」

    ●3
     ――ごめんなさい。何だか、すごく眠いの……。
     少女の意志により、更なる力を得た結衣奈と峻の攻撃がオセの体力を一気に削る。さしもの大悪魔といえ、この猛攻を凌ぐ手段は持ち合わせていないようだった。だが、彼女も限界が近いようだ。傷ついてもしつこく眼前に出てくる布都乃と同様、血塗れになったオセは低く呟いた。
    「運が尽きたな。次は貴様だ、無礼な小僧」
    「はッ、こちとら諦めの悪さがウリでな。特に理不尽で偉そうなヤツってのがな。意地にもなるぜ……お嬢サン、悪いがもう一声力貸してくれるか。年頃娘の領域に土足で踏み入ったクソヤローを、アンタの分までぶん殴るからよ!」
     力が漲る。這ってでも最期まで立つ覚悟、見せてやる。
     雷の如き太刀筋を見切って避け、布都乃は敵の顔面にカウンターを叩き入れた。ぐぉ、という呻き声と共にオセが額を押さえる。
    「俺達は勝つ。お嬢サンも、皆も守ってみせる。……力を貸してくれ」
     治胡の声にもう迷いはない。
     人は弱さを受け入れて強くなる。あの日痛感した未熟さも、恐れも、力に変えてゆける。
     溢れる感情を刃と炎に籠め、峻と治胡は同時に解き放った。噴き出す血を炎が蒸発させ、未曽有の苦しみに襲われようと、オセに退く気はないようだ。
    「雑魚相手にしくじるとは業腹だが……どうせ此処で死にはすまい。児戯に付き合うてやる」
     例え矢尽き、刀折れようと戦い抜く覚悟。自らの胸にも宿る武人の誇りを悪魔ながらに持つらしい敵を前に、敬厳は不思議な感慨を抱いた。だが、だからこそ、手を緩める気など毛頭ない。
    「できる、できぬではない。わしらはそなたを助ける。願いの全てを預けておくれ。その全てで以て、あの大悪魔を討ち果たす!」
    「皆が踏ん張ってくれたお陰で、大事になる前に我々が気付けた。感謝しかない。図々しくて悪いがあと少しだけ力を貸してくれ」
    「私達と一緒に戦ってくれる貴女、凄く心強いよ。皆で心を重ねて最後の攻撃を……勝ちましょう!」
     ――うん。もう少し頑張る……!
     敬厳が、ルフィアが、香乃果が少女に語りかける。
     紡いできた絆が、信じてくれる人々が、闇に抗う力となる。
     二度の闇堕ちを経たからこそ、その暖かさ、力強さを知った。全ての経験が、結衣奈にとって何より大切な叡智だ。
    「みんなとの絆が力になる、全力全開の一撃、いくよ!」
     矢と、光と、剣の弾幕が三方からオセを激しく撃ち貫いた。遂に膝をつき、尚も立ち上がろうとしたオセは目を疑うものを見た。

     壁がズシャーと倒れてきた。
     壁などどこにも無かったはずなのに、である。

     壁に潰されたオセは為す術もなく、あまりに屈辱的な止めへの怒りに震えながら、香乃果の後ろに隠れる謎の乙女を睨みつけた。
    「ええと……オセさんのお陰で、都市伝説の彼女が私の友達になりました。貴方は奪うだけじゃなかったみたい。だからお礼を伝えておきたくて……」
     詳しくはそれらしい報告書を参照だが、色々あったらしい。
     先程とは違う冷汗が出る。明らかに場の空気が変になったのを見かね、峻が助け舟を出した。
    「オセ、お前は、巡り巡って結果的に孤独な都市伝説の少女を救った……らしいぞ」
    「……何を期待している。やめろ、調子が狂う。身に覚えも無い」
     オセはふいと顔を背けると、怒りを抑えながら吐き捨てた。
    「奇跡の力を借り漸くこの程度……個々の力量は未だ恐るるに足らんか」
     だが娘、と今度は結衣奈を見やる。
    「貴様の云う『絆』とやら、軽んじてはおらぬ。時に十万の大軍を寡兵で打ち破る、我らには得難き恐るべき武器であろう」
     それを聞いたルフィアは少し考えこみ、尋ねた。
    「一つ教えてくれないか。ソロモンは人だったのか?」
    「断じて否だ。貴様ら如きと一緒にするな……最後に一つ警告してやる。今後、サイキックハーツに至った者同士が覇を競う事になるだろう。あの御方の起死回生の大魔術が無ければ、我々大悪魔が頭の沸いた怪人共の手先に甘んじていたやもしれぬ……今遅れを取るわけにはゆかんのだ」
    「……驚いたな。ならば、なぜそんな情報まで流す?」
    「単純よ。貴様ら灼滅者も大概腹立たしいが、黙ってあの馬鹿犬に従うのも癪なのでね」
    「……又、会えますよね。今度は夢の外で」
    「いずれ再び相まみえる時が来ような。その時こそ貴様らの命を、信ずるもの全てを、魔将軍オセが粉砕してくれるわ……」
     そう言い残し、オセは消滅していった。
     魔術師ソロモンの偉業により奇跡的な復活を遂げた悪魔勢力。しかし、その内情は随分と複雑そうだ。オセの返答に胸のざわつきを感じながら、香乃果は祈るように空を見る。
     気づけば、そこは病室の天井に変わっていた。目覚めた少女の笑顔を前にして、一行は確かにオセを退けた手応えを噛みしめるのだった。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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