【民間活動】精神防衛戦~ソウルボードの虜囚

    作者:六堂ぱるな

    ●ひそやかな侵食
     開口一番に埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は賛辞から入った。
    「タタリガミ勢力はこのたびの戦いで壊滅状態となった。完全勝利と言っていい。諸兄らの対応に心から感謝する」
     勿論、ただ謝辞を述べるだけなら灼滅者が召集される理由たりえない。
     深く一礼した玄乃は表情を引き締めると本題に入った。
    「この勝利が原因かは不明だが、ソウルボードに異変が起きた」
     ソウルボードの動きを注視していた、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)ら有志により情報がもたらされたと言う。
    「また、呼応するようにとしか言えないタイミングで、学園を支持してくれるようになった一般人たちが意識不明となる事件が発生している」
     玄乃が把握したのは栃木県のとある小学校の女性教師、延岡・初乃美だ。
     民間活動中の灼滅者と出会い、連絡先を受け取っている。彼女は突然倒れて救急車で運ばれ、それ以降原因不明のまま意識が戻らなくなっていた。
     本来ニュースとなって不思議はない相当数の集団意識不明事件なのだが、この情報が操作をするまでもなく広まっていない不自然な状況にある。
     これはダークネスによる事件だ。原因は被害者のソウルボード内部にあると思われる。
    「諸兄らには病院へ向かい、延岡・初乃美にソウルアクセスを行ってこの異変の原因を究明して貰いたい。原因を撃破することで彼女は目を覚ますだろう。どうか宜しく頼む」
     再び一礼し、玄乃は灼滅者たちを送り出した。

    ●顕れた魔性
     医療センターの一室で眠り続ける延岡・初乃美への元へは、難なく近付けた。
     状態が安定しているせいか、点滴の交換などで定期的に看護婦が確認にくるぐらいで、心電図などの機器任せだったのも利したと言える。忍びこんで引き戸を閉め、一行はすぐにソウルアクセスに入った。
     精神世界へ踏み込むと、見渡す限りぼんやり光るような灰色の空と地が広がっていた。
    「何もないのか……?」
     友衛の呟きが静まり返った世界に響く。
     突然、世界が揺れ始めた。ソウルボードで地震でもないだろうが――振動の源が近付いてくるのを感じる。
     警戒態勢の灼滅者たちの前に、空間そのものをこじ開けるように何かが現れた。
     勝ち気そうな美しい女の貌。肩から乳房までなめらかな曲線を描く優美な造形までは人のものだが、そこから先は柔らかな被毛に覆われていた。しなやかな猫科の体と鋭い爪を備えた四足、獅子とよく似た長い尻尾。背には大きな鷲の翼。
     たてがみのように長い髪が躍ると、それは猛獣のように笑った。
    「おやぁ、またぞろぞろと現れたもんだね」
    「悪魔……ヴァレフォール!」
     懸念が悪い形で的中した良信が思わず叫ぶ。
     グラシャ・ラボラスでないだけマシとはとても言えない。この悪魔は復活したばかりの本調子ではない折に灼滅者たちに重傷を負わせて退け、学園を標的とした黒翼卿迎撃戦の時も無事撤退している。
     まさかの出現に言葉を失った一行を睥睨し、ヴァレフォールは真顔になった。
    「しっかしねぇ、アンタらいい加減邪魔だよ」
     言葉が終わるより早く冷気が襲いかかってくるや、圧倒的な魔力が全身を蝕み凍りつかせていく。杏子が愛用のギターで、ねこさんも尻尾のリングで治療したが、奪われた体力の半分も癒すことはできなかった。餃子武者の機銃と自身のビームで注意を引こうと良信が試みる。
    「ここでまみえる事になるとは……」
     渾身のエルボーを叩きこみながら鶉も呻いた。黒翼卿迎撃戦では逃げられた相手だ。遺恨を晴らしたいところだが、今のままではおよそ勝機が見出せない。
     ヴァレフォールの背を蹴って宙を舞った悠が槍の一撃を見舞ったが、彼女は面倒そうに悠を振り落として踏みつぶそうとする。ぎりぎりでヴァレフォールの足を焼いた炎は友衛が放ったものだった。
     ちゃちゃっと足を振ったヴァレフォールが俊敏に向きを変える。尻尾を足場に宙から足の腱を狙った蹴撃を見舞った供助と、続いて死角から斬りつけた藤乃の攻撃は確かに通っている。静穂が揮う縛霊撃の直撃を受けても、悪魔は気にした様子はなかった。
    「まだまだ終わらないよ。せいぜい足掻いてみせな!」
     猫が獲物をいたぶるようにヴァレフォールが笑い、鋭い鉤爪の光る前脚を振りあげた、その時。

    (「――負けないで!」)

     声が聞こえた。芯の強そうな、けれど柔らかい声。
    (「私たちが精一杯の応援をします。だから頑張って!」)
    「延岡さん、だな」
     凍傷の痛みに耐えながら、安堵に笑みをこぼして友衛が問い返す。
    (「ええ。ありがとう、来てくれて。生徒たちだけでなく私のことも気にかけてくれて」)
     延岡・初乃美の姿はなかった。灰色の世界にも変わりはない。それでも彼女の声は確かに灼滅者たちに聞こえていた。
    (「私だけじゃないの。あなたたちに助けられたたくさんの人達が、あなたたちが勝てるように願ってる。不思議だけど今なら、その願いや想いをあなたたちに届けられます」)
     初乃美の声が響いたと思うと、一瞬ソウルボードを光が満たす。途端に灼滅者たちの傷は塞がった。そればかりか身体の奥底から力が漲ってくる。
     これが自分たちが手の届く限り救ってきた人々の想い。
     圧倒的な敵から守り、力を貸してくれる願いの力。
     ねこさんの傷も癒され力を取り戻すのを感じながら、杏子は胸がいっぱいになった。
    「……とっても、暖かい。ありがとうなの……!」
    「……感謝する。確かに受け取った」
     供助が言葉少なに呟き、拳を固めた鶉は構えをとった。この応援があるなら――。
    「まだ戦える。それは間違いありませんわね」
    「そうだな。大悪魔だからって尻尾巻いちゃいられないぜ」
     血をぐいと拭って悠が不敵な笑みを浮かべると、良信も表情を引き締めた。この悪魔が自分のホームグラウンドに飛びだしでもしたら街はどうなる。
    「ここで帰ってもらうしかないよな!」
    「へえ? まだアタシの邪魔をしようってんだね」
     獅子によく似た長い尻尾がばしりと床を打ったが、それで怯む藤乃ではない。敢然と顔をあげて告げる。
    「黙って帰るつもりはありませんよ」
    「どこまで痛みに耐えられるか、私と勝負しませんか。私ちょっと自信ありますよ?」
     自身を絞めつける拘束服で身を包んだ静穂の挑発に、ヴァレフォールがまた愉しげな声をあげた。
    「アッハハァ! いいねぇ、その意気だよ!」
     鷲の翼を広げ、女の貌をした大悪魔が灼滅者に飛びかかる。


    参加者
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    田中・良信(宇都宮餃子の伝道師・d32002)

    ■リプレイ

    ●哄笑する大悪魔
     大悪魔ヴァレフォール。二度にわたり灼滅者から逃れたダークネス。
     報告書の情報しか知らない志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)は圧倒された。鋭い爪と漲る悪意。尻尾がばしりとソウルボードの床を打つ。
     まずは脚を止めなくては。友衛は悪魔の脚を蹴って宙に身を投げ出すと、ハイキックを見舞って距離をとった。ぎろりと紅い瞳が睨みつける。
    「邪魔者はとっとと逃げ帰りな。アタシは仕事があるんだよ」
    「邪魔なのはお前だよ。ここは、あの人のソウルボードだろが」
     応えと同時、森田・供助(月桂杖・d03292)もヴァレフォールの延髄めがけて鋭い蹴撃を食らわせた。苛立たしげに脚を振り、悪魔が灼滅者を睨み据える。
    「引き裂いてやる必要がありそうだね」
    「それならどうぞ私に。あなたが帰る気になるまで付き合って貰います」
     注意をひこうと、茂多・静穂(千荊万棘・d17863)が横からダイダロスベルトで攻撃を仕掛けた。薄い笑いを浮かべたヴァレフォールが前脚で叩き落とそうとしたが、意思ある帯は避けて脚の付け根に突き刺さる。静穂へ襲いかかろうとした悪魔の前に飛び出したのは、罪告げの鈴を構えた羽守・藤乃(黄昏草・d03430)だった。
    「一般人の方にこれ以上の被害など出させません」
     十字架の碑文が獅子の体に連続攻撃で叩きつけられる。顔をしかめたヴァレフォールが跳び退ると、後脚に影が絡みついて自由を封じた。
    「声聞こえてるぜ、サンキューな! 俺、絶対負けないから! 勝手にソウルボード荒らされて、こんな理不尽黙って見てられるかっての!」
     ぐいと影を手繰って東雲・悠(龍魂天志・d10024)が吼える。足元に気を取られている隙をついたのは赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)。
    「声援を受けて気合の入らないレスラーはいません。さぁ、盛り上げて参りますわっ!」
     高い軌道のドロップキックは豊かな胸の上にまともに決まった。眉を吊り上げたヴァレフォールがすぐさま反撃の爪を食いこませる――しかし、それを代わって受けたのは田中・良信(宇都宮餃子の伝道師・d32002)だった。
    「させるか! 俺が相手だ!」
     血を撒きながらほぼゼロ距離で氷弾を発射。顔面に直撃したヴァレフォールが彼を追う背に、相棒の餃子武者が機銃の掃射を食らわせる。
     深呼吸をした久成・杏子(いっぱいがんばるっ・d17363)は、ソウルボードに響き渡るように歌を歌った。まずは歌でどれほど回復するかを測りたい。
     果たして先ほどの氷結魔法はほぼ塞がり、鶉を庇った良信の怪我も少なからず回復した。その傍らねこさんの魔法でヴァレフォールがわずかに足をもつれさせる。

    ●カウントダウン
     ヴァレフォールは狡猾だが興が乗ると遊びが過ぎる。灼滅者は的確に作戦を立てた。
    「アンタたち、アタシに勝てるかどうかもわかんないのかい?」
    「敵は強けりゃ強いほど燃えるってもんだろ。そのご自慢の翼じゃ飛べないのか?」
     氷弾を撃ち込みながらの悠の挑発にヴァレフォールは乗らなかった。
    「いつ飛ぼうとアタシの勝手だよ。その女が主戦力ならさっさと潰しちまおうかねぇ」
     悠の陰から飛び出してきた鶉めがけて爪が一閃したと思うと、エルボーを見舞おうとしていた彼女の腕は裂かれていた。勢いのまま引き倒される。
    「くっ!」
     初乃美のかすかな悲鳴が響いた。転がる鶉に良信が霊力の輝きを撃ち込んで癒し、その前に立ち塞がる。餃子武者が突撃して前脚を轢き、友衛が背面から氷弾を食らわせると、翼を一振りしたヴァレフォールが振り返った。
    「先にやられたいのかい?」
     苛立っている、と思うと友衛はふと緊張が解けた。灰緑色のブレスレットにそっと手を重ねて息をつき、尻尾の一撃を回避する。ねこさんの肉球パンチを食って煩わしげに顔をしかめ、悪魔は尻尾を地面に打ち付けた。
     ヴァレフォールの爪の攻撃は悪魔の能力によるものか、バッドステータスへの耐性があるのか判断がつかない。それなら念の為ブレイクしておくか。腕を鬼のものへと変形させながら供助は考えていた。
    (「俺らは人のヒーローになりたくて、戦って来たわけじゃない」)
     けれど、人の声が聞こえるソウルボードで立ち、この感触を前に不思議になる。
     被害は出さない、そのいつも通りの事以上に、こちらを見て全てが不確かな中信じようとしてくれる。
     ――そんな、誰か、じゃなく、目の前の人や、声の奴らに応えたい。
     鬼の膂力で揮われる爪が被毛ごと悪魔の胴を深々と引き裂く。怒りの叫びをあげたヴァレフォールが供助へ反撃を見舞う寸前に、碑文の砲門を展開した藤乃の砲撃が直撃した。
    「こちらもお相手頂きたいものです」
     悪魔は宿敵。一般人に被害を出さぬ為ならば己の身など安いものだが、ここでトドメを刺すことは叶わない。悔しさもある一方、既に数度堕ちている供助もこれなら安全だという安堵も覚えている。
    「ピンチに力を授けてくれる天からの声……女神様かと思ったぜ! こんな訳のわかんねぇ状況に立ち向かってくれた勇気と共に戦ってくれることに感謝!」
     半分はヴァレフォールの平静を乱すため、良信は初乃美へ陽気な声を張り上げた。もう半分は彼女を力づけるためだ。その初乃美が息をついた。
    (「笑われちゃうと思うけど、私ね、とても怖い」)
     自分の精神世界に現れた異形の大悪魔を見れば普通の反応だ。それでも。
    (「でもあなたたちは以前もっと怖い想いをして、今戦っているのよね。あなたたちに戦わせて、大人の私が、生徒を預かる『先生』の私が怖いなんて言ってられないもの」)
     破邪の光を放つ聖剣でヴァレフォールに斬りかかりながら、静穂が語りかける。
    「直接お会いしてはいませんが良い先生だと聞き及んでいます。ですから貴方の、そして貴方を失う生徒の方々の痛みを防ぐ為の力を願います」
    (「ええ、わかってる」)
     その言葉を聞きながら、杏子は仲間を癒す歌を歌っていた。
    (「歌には力があるって信じてる」)
     歌うのは信じる心。先生があたしにくれた心。
     互いを癒し手を取り合える、心を動かす力がある。

    「諦めてとっとと帰りな。アタシは仕事があるって言っただろ?」
     灼滅者を睥睨してヴァレフォールは鼻で笑ってみせたが、良信は執拗に絡んだ。
    「俺の後ろにあるものは何だ。優しい先生と帰りを待つ生徒たち。14市11町200万の栃木県民の生活。そして……ダークネスに抗う事を覚えたこの地球上の全人類!」
     この戦い、生命の危険はない。それなら栃木のヒーローとしてやることは一つ。
    「どんなに切り刻まれようが立ち塞がってやる! 『意志』の戦いなら負けない!」
    「じゃあ存分に切り刻んであげるよ!」
     ヴァレフォールは灼滅者の罠にかかった。

    ●水際の死闘
     怪我の重い良信か鶉から着実に落とそうという理性と、ちらちらと煽る静穂への攻撃本能。二つの間でヴァレフォールは揺さぶられた。
    「ああっ、気が散るね!」
     どちらにしても前衛だ。前列へ焦点を絞って絶対零度の魔法を放つ。避けきれなかった友衛は良信が庇い、鶉や静穂は躱してのけた。ぐるりと回りこんだ悠が非物質化した刃でヴァレフォールに斬りつけ、まとう加護をブレイクする。
    「ちょこまかと鬱陶しいね!」
     振りあげた爪から跳び退った藤乃の足元から影が滑り出た。輪のように連なる墨絵の鈴蘭が後脚に絡みつき、ぎしりと絞め上げる。
    「先生、声良く聞こえたよ。信じて一緒に戦ってくれるの、ありがとう」
     カミの力を身に下ろしながら供助が声をかけた。あと2分、初乃美は戦えるだろうか。
    「此奴らに、あんたらを害させない。だからもうちょいだけ、背を叩いてくれねえか。気合を、よ!」
    (「ありがとう。大丈夫、私たちも力を尽くします」)
     初乃美の声が力強く返ってくる。安堵と共に力は風へと変わり、唸りをあげ刃となって飛び出した。直撃を受けて翼が傷つき羽が舞い散る。
    「アタシの翼に! アンタら許さないよ!」
     ぎくしゃくと翼を動かすヴァレフォールの剣幕に、友衛はもう気圧されなかった。しなる尻尾を駆けあがって上をとると、落ちかかりながら頭に踵落としを食らわせる。
     のけぞる露わになった胸元へ、静穂は自身が回転しながらダイダロスベルトを放った。
    「見ての通り私は特異な人間です。一般人には受け入れられにくいだろうと民間活動も避けて来ました」
     拘束服をまとい痛みを糧として戦うことは、人には受け入れ難いと知っている。
    「でも、これが私だと素直に皆様に胸を張る、いい機会なのかもしれません。私を認めてくれた仲間、そして僅かな敵……私は、貴方と貴方の生徒様達の痛みを防ぐべく、戦い抜きます!」
     静穂の決意の言葉と共に、意思ある帯はヴァレフォールの豊かな胸の間を切り裂いた。ぎりりと歯を食いしばる大悪魔の足元を、ねこさんが魔法で縛める。
    (「人の痛みを防ぐために戦っているのなら、あなたは優しい人ですね」)
    「ええ、そうなんですわ」
     幾度も共に戦った鶉が初乃美の言葉ににこりと笑って頷いた。半回転しながら懐へ入ると前脚に手刀を見舞う。餃子武者が機銃を撃ち込み、ヴァレフォールの後ろ脚にパンチを叩きこみながら良信が陽気な声をあげた。
    「あんな悪魔に栃木の地は踏ませない、絶対にだ! 一緒に笑顔で学校に帰ろう!」
     少し緊張が解けたらしい初乃美の声が応じる。
    (「ええ。皆で帰りましょう」)
    「アンタら、謀ったね!?」
     怒声をあげたヴァレフォールが鶉めがけて爪をふるう。しかし今や手足も翼も自由にならず、大きくたたらを踏んでよろけた。
    「延岡先生、あたしね、大人は信じてくれないって思ってた。だから不安で、恐くて、でも子供達だけは守ってもらわなきゃって思ったの」
     アテルイの弓を引いて杏子が呟いた。サンマの形をした矢が良信の背に突き立ち、彼の傷を覆い尽くして感覚を研ぎ澄ませる。
    「だけど、先生は『信じる』って言ってくれた」
    (「ええ。あなたたちは子供たちを守って、安心させてくれたから」)
     嬉しかった。泣きたい位に嬉しかった――杏子の声が揺れる。
    「今度はあたしに恩返しさせて。先生の心を守らせて。あの時一緒だった人達の分もあたし達が絶対に守る。信じる力を、勇気を……あたしに下さい!」
    「無力に蹂躙される人なんて、これ以上見たくないんだ。延岡先生にも生徒たちにも、笑顔で選択できる未来を探したいから。だから頼む、もう少しだけ、力を貸してくれ!!」
     闇雲に前脚の爪を振り回すヴァレフォールの体を蹴って宙を舞い、悠が叫んだ。
     光が再びソウルボードを満たす。
    (「私たちが戦う力になれるのは今だけかもしれないけれど、忘れないで」)
     初乃美の声に続いて聞こえたのは、幾人もの人々が重ねた、一つの想い。

    『あなたたちを信じている。あなたたちの無事を、勝利を願っている』。

     再び一行に力が湧きあがった。今まで灼滅者が救ってきた人々の想いが、最大出力で加護となって流れ込み身を鎧い、戦う力となる。
    「あの時結ばれた絆は、ずっと私達の支えになってくれていた。分かり合えると思えたのが、何より嬉しかったんだ。本当にありがとう」
     勝って、守ってみせる。そう誓って此処へ来た。友衛の手で魔を衝き祓う銀爪が回る。
    「貴方達の信頼に、今こそ応えよう!」
     苦悶するヴァレフォールの獅子の右の前脚を、氷の弾が貫いて凍てつかせた。
    「悪い夢は、終わりだ」
     反射的に広げた左の翼を供助の一颯が上段から斬り下ろす。群青の飾り紐が揺れる間に、半ばから断たれた翼がばさりと音を立てて落ちた。
    「もう限界ですか?」
     自身を縛めた静穂が囁く。浄罪の聖剣は左前脚を裂いて跳ねるように離れた。途端、その横腹に砲撃の直撃を受けてヴァレフォールが転がる。藤乃の十字架型の碑文、朱殷色の鈴蘭が絡みついた罪告げの鈴が重ねた業を凍結したのだ。
     氷の呪いに蝕まれるヴァレフォールを見据えて杏子は唇をきゅっと結んだ。
     ソウルボードの力を取り込めば闇堕ちする。
     でも。ソウルボードの中にある心が『良いもの』なら、闇堕ちはしない。
    (「一番単純で、一番難しいこと――やっと、わかった気がするの」)
     空色ギターを握りしめる。
     人々のソウルボードを、悪魔の好きになんかさせない。
     ねこさんの肉球パンチが焦げの目立つ背を打つ。尻尾で叩き落とそうという一瞬に、杏子は渾身の力で背を打ち据えた。痛みにのたうつ悪魔を良信が射程に捉える。
    「一歩も引けない理由があるっ! 迷い無き心の力見せてやるぜ!」
     左の前脚を放った氷弾が撃ち抜き凍らせた。ばきばきと音をたてて侵食する氷結の呪いに怒りの叫びあげた途端、後脚に餃子武者が激突。
    「ソウルボードも空も自由に在るべきなんだ。ここはお前の居ていい場所じゃない!」
     ヴァレフォールの背、尻尾と身軽に蹴って宙を舞い、天から落ちる竜のように悠が槍を構えて落ちかかってきた。螺旋を描く刺突は残った右の翼を深々と引き裂き体から斬り落とす。
    「延岡先生、信じてくれる一般人を助けられないで終わる灼滅者ではありません。そしてファンの声援に応えられない私ではありませんわ」
     笑みを浮かべた鶉がしなる尻尾をかいくぐって駆けた。今こそ華麗なフィニッシュを見せる時。軌跡は高く、回転は鮮やかに。
    「これが私たちの……全てです!」
     ヴァレフォールの胸元へ、渾身のローリングソバットが叩きこまれる。半回転した大悪魔はソウルボードに爪をたてて踏みとどまると、体を引きずるようにして後じさった。
    「……あんたたちをナメたのはアタシの失策だね。次に会う時は覚悟しときな」
     苛立ちと苦悶で歯がみするヴァレフォールへ、藤乃が厳然と告げる。
    「次にまみえる時は必ず灼滅して差し上げますわ。せいぜい大人しく首を洗ってお待ちなさい」
     怒りに瞳を燃やし髪を振り乱した大悪魔は消えて行った。
     油断なく対策をたて、短期集中の作戦を徹底した灼滅者の勝利だった。

    (「――ありがとう。感謝します、本当、に――」)
     初乃美の声が遠くなって途絶えたため、一行はソウルボードを出て現実へ戻った。ベッドの初乃美はまだ目を閉じていたが、彼女はもう普通の眠りの中にいる。昏睡が続いたことで失った体力もいずれ回復するだろう。
    「……さて、学園に戻りましょう!」
     優しい笑みを浮かべる鶉に同意し、目覚めた彼女との再会を楽しみに灼滅者たちは医療センターを後にした。

     大きく動いた局面の、次の賽の目はいかなるものか。
     趨勢を左右する一角を今、灼滅者も担っている。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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