【民間活動】精神防衛戦~擦り硝子の蓋を開けて

    作者:那珂川未来

    ●異変
     これまでの戦いの結果、タタリガミ勢力は壊滅状態となったことは皆も聞いているのではないだろうか。仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)に教室に集められた灼滅者達は、これはあの時に現れた『鎖』に絡む事件かと予測しながら、差し出された資料を手に取った。
     目的地は、とある病院の個室となっている。
    「今回の事件が、タタリガミ勢力の壊滅が関係しているのかどうか、今は原因がはっきりしないけれど……ソウルボードの動きを注視していた、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)、それと槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)から重要な情報が届けられたんだ」

     ――ソウルボードに異変の兆候が見られる。

    「それと時同じくして、民間活動によって武蔵坂学園を支持してくれるようになった一般の人達が、次々と意識不明で倒れて、病院に搬送される事件が起こってる。タイミング的にも、届けられた情報と連動していると疑うには十分だと思う」
     沙汰の話によると、彼らは病院で検査しても原因不明のまま、意識が戻らない状態となっている。
     更に、本来ならばニュースになっても不思議ではない集団意識不明事件が、情報操作をするまでも無く、一般に広まらない不自然な状況――。
    「これ、明らかにダークネス事件で、その原因が、彼らのソウルボードの内部にあるだろうね。ただ――」
     沙汰は渋い表情を浮かべた。
     残念ながら、現時点では、これ以上の情報は見つからないのだ、と。
    「そこで手っ取り早い方法をとることになったんだよね。皆には負担をかけることになっちゃうけど……要は直接、意識不明となった人にソウルアクセスを行って、原因の究明をしてもらいたいんだ。もちろん、事前情報もない状態だから、危険を伴う恐れもある。けれど、ソウルアクセスした先には、間違いなく異変の原因が待ち構えているはずだから」
     その敵を撃破する事ができれば、彼らはきっと目を覚ます事が出来る筈。
    「危険な任務となってしまうけれど……よろしくお願いするね」

    ●時の語部
     今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)は指に輝く輝石に祈る様に目を閉じ、其処への鍵を開けた。
     まるで水がたゆたう様な世界の入口。異変を抱えた少年を前に。紅葉は、必ず助けてみせるのと、そっと額を撫でてあげた。
    「用意はいい?」
     油断を持たぬ紅葉の、囁く様な声の響きに、栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)はきゅっと髪を結び直し気を引き締めるようにして。
    「はい。いつでも」
     頷く瞳は凛々しげに。
     声は美しくしたたかに。
     飛び込めば幾許もせず辿り着いた少年のソウルボードは特徴もないもので。故に見た目には特別な変化はなさそうだが――。
    「なぁ、寒気すんのは俺だけじゃねーよな?」
     勿論ソウルボード内なのだから物理的な寒さではなく、所謂悪寒的なものを、野生の勘で感じまま、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は呟いた。
    「槌屋の兄さんの言いたいこともわかりますわ。見た目はなんにも変わらへんのに……ああ、そうや、例えるなら。漠然と、自分の部屋に空き巣が入ったと気付く前の違和感と言いますやろか」
     諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)は、ゆらりゆらりと、蒼い瞳を世界に巡らせていれば。
     ふと天を仰いだハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)の金の瞳は、敏感に殺気をキャッチしたらしく、
    「あ、は♪ そおゆうことならあ、ボク、ハンニン見つけちゃったかもお♪」
     ハレルヤは指差しながら、久方ぶりの強敵をうっとりと眺めた。
    『過去、我は未来無き檻の虜囚。事象より外れ滅びし者と等しき』
     ゆるり降り立ちながら、茫洋とした語り口で話し始めるそれは、
    『現在、我は事象の理に蘇りし者。滅びし時と等しからず』
     過去と現在と未来を語る者。
    『我はウヴァル。「お初にお目にかかる」な、灼滅者よ』
     ラクダの頭部を持つソロモンの悪魔。単身で大規模な魔術儀式を執り行う危険な能力をもつ大悪魔だ。その名を聞き、フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)は両手で帽子のつばをぎゅっと押さえながら、このソウルボードの侵入者の正体に驚きを露わに。
    「……な、なななな、なんで……ソウルボードにいるんでしょう……!? えと、確かブレイズゲートに囚われていた気がします……!」
     フリルの言う通り緋鳴館に居たはずだが、その悪魔の双眸に灯るものは、吹けば容易く飛ぶような他愛のない分割存在のものではなく、熱砂の中でも存在を示す様な、灼熱の日輪のようだとエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)は感じた。
     つまり。
    「あれは……まごうことなき本物の、本来の力を持っているウヴァルと見て間違いないです」
     決して諦めないことを信条とする羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)も、無意識に零れる脅威への言葉。声色はいつもの精彩さを失っていた。
     本来なら勝てる訳が無い相手。
     数チーム工面してようやく勝てる幹部級の相手――。
    「しかし、何故……ガイアパワーでアメリカンコンドルがクロケルをブレイズゲートの虜囚から解放した記録はあるけれど」
     大地の力をそう何度も召喚に使ってしまえるものだろうかと推考するエアン。
    「もしかして、魔術師ソロモンが復活したのでしょうか? そうだと仮定するなら、敵の首魁ですから配下を解放するのも可能なのかもしれません」
    「成程。ありえるね」
     綾奈の予測はあながち間違いではないかもねと頷く紅葉。
    「なんにせよ。ソロモンの大悪魔の目的はこのソウルボードに違いねー。単身で大規模な魔術儀式を執り行うって程の魔力蓄えてるっつーなら、ぜってーここを空け渡せるかよ!」
     自分が見つけた異変だ。康也は、勝てる見込みなんてないとわかっていても、それでも是が非でも守り抜く意思だけで自分を奮い立たせながら。
    「うふっ。いいよお。付き合うよお。だってえ、こおんなにヒリヒリするようなキモチひさしぶりい」
     あのラクダの顔を分解したらどうなるんだろお。
     あの両肩の魔力瘤を刺したらどおんな花火がみれるんだろお。
     壊れる軋みも死の痛みもすっかり失くしているハレルヤは、この緊迫感にさえ嬉々とする。
    「槌屋の兄さん、そもそもなあ。ここで尻尾を巻いて逃げるなんていう選択肢だけはありまへんえ」
     苦笑気味で文句の一つを言わせてもらう伊織。また一人で背負ってもらっても困りますわと。
    「はい。できる事はあります。諦めることはしません」
     ここで引けば、間違いなく少年に危害が及ぶ。それだけは陽桜だって阻止したい。
     ウヴァルは鼻を鳴らす。
    『未来に向かおうとする心意気はやれ立派。然し徒花に実は生らぬ。ソロモンが切り開いた可能性、未来を語るは我ら也』
     絹で出来た外套を翻しながら、手にした大型の銃器「タイムランチャー」から、時さえ腐らせるかのような、強烈な毒が迸る。
    「させるか!」
     咄嗟前を守る康也だが。
    「ぐっ!?」
     目の前で咲いた大輪の赤に、フリルは思わず息を飲んだ。
    「は、わ……康也、さん……!?」
     紅葉の癒しでは間に合わず、あまおとも浄化の輝きを送らなければならぬほどで。
    「これ以上はさせませんっ……!」
     連携を以て、フリルは攻撃をくわえていこうとするけれど。
     己が刃も空振りに終わり、たった一分でまざまざと差を見せつけられて、陽桜は唇をかむ。
    「これが、大悪魔の力――」
     悔しい、悔しい、悔しい。このままでは悪魔の言う通り徒花と散るだけ。振り上げられた銃口は、決して狙いを外さないだろう。
     一人一人確実に落されてしまう。エアンらが必死に奇策や小細工、なんらかの突破口を考え続けているその時。

     ――灼滅者のお兄ちゃんお姉ちゃん! お願い、負けないで!

     少年の声がソウルボード内に響き渡った。

     ――僕だけじゃなくて、たくさんの人達が負けないでって願っているよ。だから、今、僕が沢山の負けないでって気持ちを力にして送るから。

     きらきら煌めきながら、何処からともなく灼滅者達に送られてくる願いの力。
    「君は、亮馬君だね? 無事かい?」
     ちゃっかり少年のネームプレートを確認していたらしいエアンはそれを受け取りつつ、虚空へと話しかければ。遥か彼方の肉体からだろうか、其処には居ないけれど間違いなく存在する少年の、嬉しそうな声が返ってくる。
    「ありがとう、亮馬君。おかげで力がわいてくるわ」
     綾奈は微笑みながら思う。先程よりも、ウヴァルの動きが読めるような気がした。まるで願いの力は、リベレイターを打った時のように、普段以上の力を引き出してくれている。
    「これも、サイキックハーツの力なのでしょうか?」
     紅葉は煌めきをその指輪に受けとめながら、ますますソウルボードというものの役割が何なのか気になってしまうけど――けど今は。
    「今は、あいつを倒すことが先なのね」
    「期待にちゃあんと答えてあげななぁ」
     深宵を呼寄せるなり、尖鋭の刃の如く冷たい微笑をウヴァルへと投げる伊織。
    『成程。そうきたか――』
     ウヴァルは灼滅者達に齎された力に驚きを見せることはなく。ただ静かにそれを見定めた様に一つ頷き、
    『所詮は一時凌ぎに過ぎぬ』
     灼滅者達を潰すべく、その膨大な魔力を以て襲いかかる――!


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)

    ■リプレイ

    ●時は砂の如く
     対峙するは、灼熱の日輪の如き瞳。ひりりとする緊張感は、目に見えぬ熱の如く肌を焼く。
     熱砂の中に放りこまれた様な厳しい現状であっても、先よりも冷静でいられるのも送られた祈り、願いの力なんだと思うと――栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)は、たった一人でダークネスと戦ってたあの頃から、随分と景色が変わったものだと思う。けれどその歩みの積み重ねが今となっているのだと、綾奈は胸に温かなものを抱いた。
     でも、浸るのは後回し。
    (「全力をぶつけて勝てる保証はないけれど、勝たなくちゃいけない」)
     応援してくれる人がいるのだから。
    『然し、侮りはせん』
     まるで時は不確かなものであると象徴する様に、ウヴァルから零れる魔力の片鱗は、世界を陽炎のように揺らす。
     大悪魔の余裕か、それとも公爵としての礼儀なのか。仕切り直しと行こうかと、タイムランチャーを構えるウヴァルに倣う様に、エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)も純白の装束に携えた+Dindrane+へと、静かに手を添える。
    『魔術師ソロモンが己を代償に降臨させたサイキックハーツ。その意思、偉業、来るべき覇を争う戦で、我らが其の頂きに到達することで報いる也』
    「未来を繋ぎ語るのはソロモンの悪魔ではなく、俺達だよ。それに俺達は一人じゃないからね」
     エアンの左手に輝く、永遠を謳う指輪。
     力を合わせる強さを知ってる。
     誰かを想うが故の奇跡を知っている。
     密やかに時を定め、表情を締め、諫早・伊織(灯包む狐影・d13509)はその唇から鬨の言霊を。
    「さぁて、はじめよか」
    『失せよ灼滅者』
     ウヴァルのフリージングデスが牙剥く中。真っ先に弦を引き、光を撃つ、伊織の指先。
     翼描くような光の帯。その輝きを受けて加速を上げるエアンへ、添える様に美しい深緑のリボンを閃かせながら、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)は、代償という言葉だけを囁く様に反芻する。
    (「つまり魔術師ソロモンは死んだ。命を賭して、サイキックハーツを配下の大悪魔の誰かに降臨させて――そして覇を争うって……?」)
     戦いが始まれば、思考するにも其処までが限界だった。ただ漠然と、サイキックハーツを得た者達には、ソウルボードが必要だということを感じた。
     紅葉のリボンが芽吹くようにうねる中、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)には先程の負傷のハンデはあるものの、やることはいつも通りだ。氷結の刃が多頭の蛇の如く喰いついてくるが、仲間に届く前に幾らかを自らにぶつけ、
    「失せるのはてめーだ! ぜってー守る!」
     刺さりこんだ氷刃を己が幻狼の炎で逆に食い尽くさんばかりに燃え上がらせると、振るう銀爪の斬撃。其処へぶつかってゆくように連携をもって迫るのは、ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)の狂ったように輝く金の色。フリル・インレアン(中学生人狼・d32564)の解き放つ狂化の霧を受け、爛々と。
    「あはっ。キミのココロ、ボクにちょうだあい♪」
     持ち前の俊敏性を生かして、即座に背を取ったハレルヤの矛先が、康也の斬撃の隙間埋める様に。
     朱を浚う。翻るウヴァルのその着地点へ、綾奈の雷撃が真っ直ぐと。
     だが地に弾け消えゆく紫雷の澱。
    「さすがに強いね」
     隣立つ陽桜へ、エアンは囁く様に呟いた。
     応援効果でブーストされた力でようやく詰めている、悪魔との距離。エアンは、一つ刺さった魔氷の重さに、決して楽観はできないと感じた。
    「はい。この力を生かす為にも、全員で生き残ることを考えたらきっと負けます」
     人々の祈りが後押ししてくれるのと同じように、味方同士を支え、その血路を見出すということならば――羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は桜標から零れる春の日差しの様な光を振り撒き終えると、守ることも攻撃も、今回は両立しなければならない、故に最終的には自分が落ちることもいとわない勇気――決意に満ちた瞳をあまおとに向けたあと、さくら・くるすの先端を掲げ、
    「康也さん」
    「ああ、キッチリやり遂げるぜ!」
     ウヴァルから迸る毒の弾丸を、今度は陽桜が受け止めながら。猛禽の翼の様なレイザースラストを放つ康也に合わせて、突撃を繰り出した。
     斬撃に弾ける赤。互い血を濡らすものの、浄化の輝きを以て、あまおとがその一つを消し去ってゆく。
     射線を気にしながら、翻る綾奈の袂は毒気の残る大気の中でも艶やかに。
    「はッ!」
     肉薄し、振り上げる鋼鉄の拳。小花散る様に落ちる鮮血の一片。
    (「亮馬さん、諦めずに戦う勇気をいただきました」)
     応援してくれている少年の前で負けるわけにはいかないのですと、フリルはあどけない顔に決意を灯しながら跳躍する。
    「は、早く出ていってくださいっ……!」
     フリルの操る仄か白炎伴う糸が踊れば。桜散るが如く舞った血の断片ごと、ウヴァルの法衣にもダメージを与えてゆく。紅葉が指輪に口づけを落とせば、石化の弾丸は箒星のごとく尾を引いて。
    『やはり、侮り難し。益々ソウルボードを渡すわけにはいかぬ』
     ウヴァルの左肩の瘤に入った紅葉の弾丸。しかし溜まった魔力の行き先は指先に流れてゆく。
     ざっと地蹴ったと思えば、その異形の面が至近距離に。身を引く間もなく舞う炎。
    「土足で入り込んだのはどっちだか」
     紅葉は脇腹に突き刺さる激しい熱傷の治癒は、あまおとに預けて。間合い取るなりその爪先から影の薄刃をはためかせた。
     金糸雀舞う、風に遊ぶ様に。
    「バカラクダはぶっ飛ばすのね」
     きりきりと、更に法衣を切り刻んでやって。そこへ突っ込むように、金色硝子の瞳がきらきら楽しげに笑い、
    「ねえ? ボクにもおんなじコトをシテ」
     ずるいと子供のようにせがみながら、突き刺すどす黒い影の塊。
    『は、娘。お前も大概狂っておるな』
     ウヴァルは淡々と感想を零すと、払いのける様に至近距離からその腹に向かってウヴァルバスターをぶっ放す。
     捻じれる腹。玉の様な血が、ハレルヤの口から零れた。
    「あんまりおもりばかりはしてられませんえ?」
     ずさりと大きく圧されたハレルヤへ嗜めるように言いながら、伊織は癒しの矢を番え。ちら、と。時を告げる様に紅葉へ視線流した。
    「だってえ、千切れるとゾクゾクする」
     一度死ぬともう死ねない。
     死んだら終り。
     なんてツマラナイ。
     けれど、なんてウラヤマシイ。
     もっともっとと笑うハレルヤへ、紅葉は姉さん相変わらずなのと唇とがらせ、
    「ハレルヤ姉さん、それなら皆で団子食べるほうが楽しいのよ」
     生きている方がとても素敵なのにと文句混じりの合言葉。康也は了解と言わんげに、猛獣の爪の様な鋏の刃を振り上げて。
    「あ、いいな団子!」
    「桜の季節は終わっちゃいましたが、皆でお団子食べるのは賛成ですっ!」
     陽桜はその爪先に、花明かりの様に淡い炎を灯して走る。
    「あはっ。お団子も美味しいけどお、でもココなら繰返せるでしょお? 好きなだけ夢(シ)を見れるもん」
     だから今ここで、もっともっとボクをイかせてとせがむように。槍の先端に付いたウヴァルの血を羨ましそうに見るハレルヤ。
    『随分と余裕也。狂っておるのは娘一人では無いとは……』
     戦いの最中に道楽の話で盛り上がる等と、呆れとも、苛立ちともとれる言葉を零すウヴァル。もちろん灼滅者誰もが楽観なんてしていないのは目つきで分かっていても。
    「未来への展望も、仲間との楽しみも持たない悪魔にはきっとわからないんだろう」
     エアンが滑らかに死角を取り、繰り出す杭の先端の手応えに。鼻を鳴らすウヴァルへと不敵に笑って見せた。
    (「さて、大悪魔はどう出る?」)
     ウヴァルの所詮は一時凌ぎとの言葉から、ブーストの恩恵が決して永続ではないと分かっていたにしろ、まだ余裕があると思わせるには十分で。ここで、ウヴァルがひとまず頭数を落さねばならぬ、と感じたのなら、無駄な耐久ばかりしていられない。つまり回復で粘り続けるのは愚策だと思わせるに至る。そう思考が移るなら、間違いなく勝機は近いとエアンは見ている。それはそれで、狙われる人には負担を強いることになるけれど。
     しかし普段の額面通りの戦いとは違う、如何にブーストされた高火力をここぞという時に叩きこめるかにかかっているのだから。
     ウヴァルの放つ連刻弾が横をすり抜け、フリルへと被弾する。
     誰も倒れさせたくねー。そうありありと表情に出し、相手の精気を奪い取りながらくらいついてゆこうとする康也を、伊織は視線の端に捉え。
    「オレも同じですわ」
     そう。勝つ為に痛みは決して避けられなくても。
     伊織は誰にともなく呟き、あまおとの浄霊眼を頼りにして。放つ矢は綾奈のその手に。
    「この力、最大限に使わせてもらいます!」
     綾奈は弓矢の輝きを、鋼鉄の力に変えて。袂に咲く小花の風、退魔の闘気にはためく様に。
     負ければ亮馬は二度と目覚めないだろうことは予感しているから。
    「悪魔に俺たちの未来は潰せないよ」
     綾奈の拳に合わせ、祝福輝くエアン指先がひくトリガー。ささめく様な氷の煌めきが、真っ直ぐ放たれた。

    ●現実(いま)を駆ける
     痛恨の一撃に、庇い入ったあまおとがかき消える。陽桜が唇を噛みしめる間もなく、失せよと、ダブル行動を繰り出し、熱砂をその手に纏う様なウヴァルの渇きの手は、ジャマーである紅葉を潰さんとひらめいた。
    「させませんっ! 貴方が、ソロモンが開いた可能性と未来を語り動くなら、あたし達は、その未来を叩き潰すべく動くのみです」
     ウヴァルの疲弊は目立っては見えないが。この時さえ凌げは、総攻撃で一気に畳み掛ける好機が来る。その瞬間まで守り続けたい。
     そんな勢いで、果敢に前へと立ちふさがる陽桜。
     鈍い音とともに身体が紅蓮に飲まれ、そのまま大きく後ろへ吹っ飛ばされそうになった陽桜を支えつつ、康也は爪の様な鋏の先を突き刺したあと距離を取る。
    「陽桜」
     無茶すんじゃねーと言った後、逆毛でも立たせそうな顔でウヴァルを睨みつける康也。
    「大丈夫です」
     だってあたしはまだここに居る。そう康也に笑いかけたあと、陽桜はまた表情を引き締め、前を向いて。
    『その気魄、賞賛に値する也』
     その手に熱砂の燻りを残したまま、ウヴァルは静かに言った。
     陽桜の状態が危険信号とわかって、まだ自分は、余力があるから無茶しないと紅葉は言いたかったけれど。自分の役目は総攻撃時の下地を作ること。
     伊織の放った癒し纏う光の羽根を視界に。紅葉が放つは麗しい影の鳥。
     残影にまた、法衣を切り裂かれたその刹那。
     伊織が不敵に笑う。
     だから――。
    「陽桜は倒れちゃだめよ。紅葉、鯛焼きだって皆で食べたいんだから」
     紅蓮の炎を糸に纏わせたフリルは、
    「この戦いに勝ってみなさんでお団子や鯛焼きを食べに行きましょう。もちろん亮馬さんやみなさんも一緒にです」
    「ああ、そうだぜ陽桜。それに亮馬も聞いてくれ。大丈夫! コイツは俺らがガッツリぶっ飛ばす! 俺は全員……見ててくれるアンタの事も、キッチリ守りきる!」
     康也は幻狼の爪に炎燃やし。こくりと頷く陽桜も、さくら・くるすを振り上げながら、
    「ここから、もうひと押しなのです。未来をこっちに手繰り寄せるために亮馬さんの力をかしてください! 未来は悪魔の思う通りにはさせないって、あたし達が切り開いてみせるって、一緒に、追い返してしまいましょう?」
    「ありがとう、亮馬君のおかげで戦っているのは私達だけじゃないってわかった。その思いに応えるために――だからもう少しだけ、力を貸して下さい」
     綾奈は高貴な藤色のオーラを編み上げながら、空を仰ぎ微笑んだ。
     返答の代わりに起こるそれは、全てを預けるという信頼ともいうべきものを形にしたと言える、輝かんばかりの力。
     フリルの攻撃をかわしたウヴァルがはっとした瞬間には、康也と陽桜の何重にも膨れ上がった力によって無防備な懐を許すこととなる。
    『ぐぅっ!? 急に力が増したとな?』
     まさかこんな術式が組まれていたなど、と目を剥くウヴァル。脇腹の肉を持っていかれるほどの衝撃でふらついた足に、エアンの狙いから逸れる瞬間を掴める訳もない。
    「そう。祈り、想い、それは何よりも強い力になるから。ソウルボードの中で確かに想いが繋がっている事を感じる印。俺達が必ず君を守るよ」
     どうかもう一度、と。囁くエアンのグレイブの先端が、白金の輝きを以て悪を打つ。
    『おのれ』
     さすがの大悪魔も、この状況に失態という二文字以外ありえず。それでもどうにか喰らい付いてこようとするその様は、ラクダという表情からは外れた灼熱の魔獣そのもの。
     タイムランチャーから迸る弾丸が、フリルを的確に捉えた。
    「は、うっ……!?」
    「フリル」
     ソウルボードから彼女が離脱する瞬間に、紅葉は言葉を漏らしたけれど。
     死なない。
     大事ない。
     ならば今心配するのは杞憂。思う存分やるだけ。
    「亮馬さん、そしてここに居る皆。貴方達の暖かい声は、確かに聞こえているの。貴方達がいるから、紅葉たちは絶対負けない」
     指先にとまる影の鳥が、群れなす様に羽ばたいて。
    「絶対こいつをぶっ飛ばして、貴方達を無事で連れ帰る」
    「大丈夫。安心しぃ、あんたらそうやって応援してくれてはるんやったらオレらは負けへん」
     金糸雀が運ぶ麗しの風に乗せるは、蒼炎纏わす黒狼が猛々しく駆ける言の葉。伊織の紡ぐ言葉に絡む鴉の機械羽根は、送り火の如し。
    「このラクダさんをキミの中から追い出すのも、あともう少し。願いの力、ボクはようく知ってるよ、一緒にこのコを倒そうねえ♪」
     あははと笑いながら、振るうは黒き殲滅の刃。
    『――我が先を読み違えるか』
     成程未来とは矢張り虚ろ也。ウヴァルは自らの失態を悟った様に。
     悪魔で在るならば、その死なぬという逃げ道に嗤うだろう。しかし複雑な心境でもあったようで。
     漆黒の三連を余すことなくくらい、ただそれを受け入れる様に静かに血を吐きながら。
    『この度の戦、見事也。貴君らの絆、まことなるものなら……』
     また相見えん事をと、やや自嘲気味な口元で笑うウヴァル。
     かき消えるそれは、砂粒一つも遺さず。
    「勝てた……」
     激しく気をすり減らし。安堵に思わず座りこむ綾奈。
     八分以内で勝負付いたのは在り難い事。けれどハレルヤ的には、もっとイきそうなほどキリキリした戦いを続けたかったのが本音だけど。
    「あはっ。終わったしい、モチロンお団子食べに行くんでしょお?」
     くるり、懐っこく笑って。
    「もちろん食べに行きましょうね、ハレルヤ姉さん」
     鯛焼きも忘れないのよと、くすり笑う紅葉。
    「さ、ソウルボードから戻ろう。まだまだ気になることもあるしね」
     目を覚ますだろう少年の状態に、フリルの具合。他のソウルボードへ向かった仲間たちの安否。
     天が白み、門は開く。
     再び、現実(いま)へと駆け上がってゆく。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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