【民間活動】精神防衛戦~来し方行く末、相見え

    作者:ねこあじ


     教室に入ってくる灼滅者たちを出迎えたのは、遥神・鳴歌(高校生エクスブレイン・dn0221)。
     一礼ののち、話し始めた。
    「まずは、タタリガミとの戦い、鎖との戦い、お疲れ様でした。
     先日の戦いでタタリガミ勢力は、ほぼ、壊滅状態になったと思われるわ」
     そして一連の出来事は前へと進む。
    「ソウルボードの動きを注視していた白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)さんや、槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)さんから重要な情報がもたらされたの。
     ソウルボードに異変の兆候があって、それに呼応するように、皆さんの民間活動によって武蔵坂学園を支持してくれるようになった一般人達が、次々と意識不明で倒れ、病院に搬送される事件が起こったわ」
     彼らは、病院で検査しても原因不明のまま、意識が戻らない状態だという。
    「本来ならばこのような集団意識不明事件は、世間を騒がすニュースになるはず……情報操作をするまでもなく一般に広まらない不自然な状況……これは、明らかにダークネス事件で、更にその原因が彼らのソウルボードの内部にあるのは明瞭よ」
     けれど、と物憂げな声色で鳴歌は続ける。
    「残念ながら、現時点では、これ以上の情報は掴めていないの。
     ――そこで、皆さんには病院に向かい、意識不明となった人にソウルアクセスを行なって、原因を究明して欲しいの」
     ソウルアクセスをする一般人の名は、里井・真心(さとい・まこ)。ある中学校に通う少女だ。
     鳴歌の机の前には、使いこまれた「2018年2月」と書かれたファイル。以前の民間活動時のものだろう。
    「ソウルアクセスをした先には、きっと、今回の異変の原因が待ち構えているわ。
     その敵を撃破すれば、彼女はきっと目を覚ますことが出来るはず」
     鳴歌はそう言うのだった。


     夜。
     守衛や当直の人達にプラチナチケットを使い、病室へと案内された灼滅者達。
    「不穏な気配は無いようです」
     怪しまれぬよう闇を纏い、周囲を見てきた九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)は七人に報告する。
     ここに至る道中、そして院内に入ってからも警戒を継続し怠らない。危険な気配は今のところないようだ。
     皆無は廊下を一度見遣り、静かに扉を閉めた。

     ピッ、ピッ、ピッ――。
     病室に設置されたモニターから定期的な音が繰り返される。
     寝台の上で、意識なく横たわる里井・真心(さとい・まこ)へ手を翳す、鴻上・巧 (夢と欲望の守護者・d02823)。
     皆の準備が滞りなく終えたことを確認し、彼女へと触れた。
    「……いきます」
     はたして、彼女のソウルボード内で何が起きているのか――。
     ソウルアクセスし、灼滅者達は精神世界へと入った。

     肌に感じる温度は冷たく感じる。
     身を切る冬の夜明けのようだ、とラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)は思ったが、変化していく様に気が付いた。
    「……そう、落ち着いて」
     紫乃崎・謡 (紫鬼・d02208)が呟けば、応えるが如く、場はささやかな暖かさを宿し凪いだ。
    「まぁ、ここは俺たちに任せてくださいな」
     黒鐘・蓮司 (グリムリーパー・d02213)が言った。
     ――ここに『灼滅者』がいるのをきちんと感じ取っているかのように、彼らには思えた。
     そして、
    「招かれざる客もいるようだぜ!」
     雲無・夜々(ハートフルハートフル・d29589)が声を張った。
     ソレが近付いてくる気配を感じ、灼滅者達は構える。
     硬質な音。悪意を鎧うモノ。
    「気を付けてください!」
     新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)が注意を促す。灼滅者達の前に現れたのは、鉄塊めいた全身鉱物のダークネスだった。
    「灼滅者か!」
     その異様な声、そして独特な姿を目にした謡の脳裏にある者が過る。
    「推測するに、デモノイドロード。レアメタルナンバーだろうか」
     言われ、同じように思い至る灼滅者。ロード・ビスマスと似通っているような鉱物のヒトガタ。
    「鉱物……紅混じりの鉱石……マンガン鉱かな」
    「という事は、ロード・マンガンですか」
     控えるイツツバを背に軽く目利きした真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)が言い、皆無がずばりとその名を告げれば、ロード・マンガンは唸った。
    「マンガン、プラス、プラチナ! 戦イに優位な力を!」
     戦意溢れるロード・マンガンに、灼滅者達は即時戦闘態勢へと移行する。
    「謎は深まります」
     巧が呟いた。何故、ここに。目的は。
    「気になることは多々ある――が、今は」
     ラススヴィが場に視線を巡らせた。巧も真剣な表情で頷く。ソウルボードの異変。そこにいるダークネス。
     七波は武器の柄を握り、言う。
    「元凶は明らかですね」
    「とっとと排除しましょーか」
     抜刀し、敵の隙を見つけるべく駆ける蓮司。
    「マンガン、プラス、ジルコニア!」
     吠えるロードは屈折率に比例し輝く長大な剣を出現させるとともに間近の灼滅者へ斬りつける。剣を翻しての追撃、さらに一刀。
    「デモノイドこそが、こノ時代の覇者となルのだ!!」
     ロード・マンガンの体躯、覇気、声はともに揺るぎない。
     初手、攻撃を仕掛けつつ態勢を整える灼滅者達。
    「なかなか威勢が良いじゃないか。巨刀、砲台と揃い踏みだな」
     夜々が言う。デモノイド特有の攻撃を備えているのは確か。
    「残る手札は何があるのでしょうね」
     皆無が呟いた。攻撃方法は分からずとも、出来うる限りの対処はしてきたつもりだ。
     敵は、硬質で鋭利、重い一撃かつ重量級な体躯にも関わらず俊敏に動くようである。
     現状の戦力で、ロード・マンガンに勝てるか否か――灼滅者のわずかな逡巡。
    「勝てるかどうか、は考えない。ただ、勝つことに尽くすのみ」
     よくある経営理念の一部を諳んじる櫟に、全員が改めて気を引き締める――全力を尽くせば、或いは。
    「可能性はゼロではありません」
     と、巧。
     時間はかかるかもしれない。だが実力で、撤退へと導く撃破は可能な範囲だ。


    参加者
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)
    九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)
    ラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    雲無・夜々(ハートフルハートフル・d29589)

    ■リプレイ


    「やる事ははっきりしましたね。後は……完遂するのみです」
     初手、死角からの攻撃に使った雪峰の妖気を、飛び退くとともに変換させ始めた新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)。
    「鉱物の体であれば、壊されることがないとでも?」
     握る長柄を逆手順手と舞わせれば、生み出された空気の流れに冷気がのる。
    「温度変化に耐えられますかね?」
     撃ち放つ冷気のつららは数射――動くロード・マンガンを掠めながらも、いくつかは胴と肩を穿つ。
    「まだ、動きを削ぐ必要があるな。
     リアファル、スピナー起動」
     呟き駆ける鴻上・巧(夢と欲望の守護者・d02823)がエナジーを駆動力に変える【運命石】リアファルを以て、加速した。
     その動きに当然の如く対応するのはマンガンだ。
     ……ふとした違和感を覚える灼滅者達。
     だが考えるよりも先に、答えを見出すよりも先に、真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)の攻撃が到達する。
     敵の業を凍結する光の砲弾は、的確にマンガンの顔面を捉えていた。
    「異形のバケモノ同士じゃん、仲良くしよ」
     淡々と、色ののらぬ声であったが、クロスグレイブを半ば覆う鮮やかな青は常に流動している。
     ほんの一瞬、敵視界が奪われたその隙に巧が接敵した。
    「蹴り削る」
     宣言とともに重力ののった飛び蹴りが敵胴を穿つ。
     敵はその重量故に瞬間的な荷重に耐え、下方から払いあげた腕で滞空状態の巧をはねのけた。
     ビハインドのイツツバが銃を構え、霊撃を狙い撃つ。初撃から続けて当たるものの、マンガンの胴を捻っての回避に三撃目は掠め四撃目は外し、と櫟に睨まれる。
     真白の包帯に映える瞳で敵を見据えるのは、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)。
    「ビスマス程の可愛げもない。この場に不似合な出で立ち――」
     Shibateranthisの冷たく変換された妖気はそのままに、華奢な長柄を振るえば、謡から伸びた影が圧を持って躍り出た。
    「一刻も早く立ち去ってもらおうか」
     どこか奇矯的に動く影は、まずマンガンの脚を絡めとり、両肩部へと伸びる。
     乗じ、交通標識を赤へと変え、敵懐へ飛びこむ黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)。
    「子飼に甘んじるのも飽き飽きしましたか?
     ……いや、やっぱどうでもいいです」
     的確に敵を捉える後衛の足捌きは最短で、かつ横一文字に繰り出す攻撃はブレがない。
    「踏み荒らしに来た連中にゃ、それ相応の出迎え方をしねぇと」
     打てば響く、岩石そのものといった音。敵特有の硬さが標識を通じ、蓮司の手に伝わる。
     そう、敵質特有の、である。それはすなわち――。
     中段の薙ぎとほぼ同時に、敵を挟んだ対角。
     黄から赤へとスタイルチェンジさせた標識を振り被っていたのはラススヴィ・ビェールィ(皓い暁・d25877)だ。上段から垂直に、一気に振り下ろす。
    「硬質ではある、が」
     彼の胴には先程マンガンの斬撃を受けた痕があり、そして今の手応えにラススヴィは敵が攻撃手だろうということを告げた。
     そして回避するべく動こうとするマンガンを絡めとっていた謡もまた敵の闘志を感じ取った。彼女が脳内で弾き出した読みは、正しいものだろう。仲間へと告げた。
    「マンガン、プラス、ニオブ!」
    「砲門が増えるぜ!」
     後背から伸びる寄生体を視認した雲無・夜々(ハートフルハートフル・d29589)が仲間に注意喚起をした。
     肩部に二つずつとなった砲口から光線が乱射され、全前衛を薙ぎ払おうとするも、左肩二門を封じるように掴む九形・皆無(黒炎夜叉・d25213)。イツツバと一緒に仲間への攻撃を肩代わりする。
     胴を灼くが如くに照射するそれは、強い電流を伴っているようだ。
    「超伝導体の役割か」
     と、ラススヴィ。
     跳躍した夜々は交通標識を翻した。敵の右砲門から背中めがけて袈裟懸けに敵を殴りつける。
    「灼滅者が関わった奴に仕掛けるとは、挑戦としては上等だぜ!」
     下り立つと即座に飛び退いた。この敵の間合いに長居は不要である。
     夜々は次に備え、交通標識を黄色へとスタイルチェンジし、巻いていたダイダロスベルトに手を掛けた。
     彼女の攻撃で刹那的に怯んだマンガンに、砲門を片手に掴んだままの皆無は、一夜桜を翻し殲術執刀法を施す。
    「デモノイドがこの時代の覇者とは、大きく出ましたね? ――無論、そんな事にはなりませんよ」
     斬撃は砲門から敵首元へ。
    「貴方はここで、灼滅者である私達に……闇堕ちすら出来ず己を改造する事で戦う力を得た私に敗れるのですからね」
    「ハ!」
     ロード・マンガンは鋭い呼気を放つ。
    「ハハハハ!! 笑止!」
     その嗤いは抑圧から放たれた者特有のそれであることに、夜々は気付いた。


     目まぐるしい情勢の中、頓挫し、壊滅してゆく派閥もあった。
     デモノイドは流れ流れて、彼らの盤は変化していくが、常に一定の戦力を保っている。
    (「戦いの中にしか生きられない身、終戦の気配を憂いていたが」)
     変わらない盤上のデモノイド、揺るがない姿勢へ真摯に対峙する夜々の矢とベルトは、ほぼ常に前衛を目指し動いていた。
    (「お前の野望を笑いはしない。お互いの悪を為そう」)
     決して交わることのないだろう『悪』。どの種族も、どの勢力も、己が内に在るであろう、志。
     迫る灼滅者の動きを払うべく、巨刀を振るうロード・マンガンの回避行動に、一拍分ほどの遅れが生じ始めたのが目に見える。前衛攻め手が、的確な一撃を入れるのには充分な隙であった。
     櫟が駆動式の動力剣を持てば、寄生体がそれを飲みこんでいく――空間に耳を劈く音が鳴り響いた。
     回転する剣とデモノイドロードの刀がかち合えば、火花が散る。
    「模造ダイヤの剣の威を借りる脆いマンガンなんて笑わせる」
     刀をいなし、鉱物の体へと斬撃を繰り出す櫟。
    「お前程度じゃお目当てを手にしたところで思い通りにはならないんじゃない?」
     その言葉に、マンガンは口元を緩めた――恐らく嗤っている。
     と、次の瞬間、敵は死角に入ってきた七波を迎え撃った。
     上半身を捻り振り向き様に迫る敵腕を、七波は片手で捉え、その反動に逆らうことなく身を転がし受け身を取った。
     それに目を眇めたのは目前で視認した櫟と、今、死角を捉え損ねた蓮司だ。一旦、飛び退く。
    「カカカカ、何とモまあ、こノ場ノ居心地の良イことよ」
    「――何を愉悦に浸ってんのかは知らねぇが……」
     蓮司は呟き、殺戮経路を見出すべく再び駆けた。
     マンガンの嗤いは、正直耳障りであった。ラジオのノイズ的なものが混じりソウルボード内で反響しているようにも感じる灼滅者達。
    「動きが機敏、というよりは、過敏というべきか」
     最初に持った違和感の正体はこれか、と謡。言葉とともにその身は既に戦場を駆けている。
    「先回った感じのある敵の対応は、気配に敏いもの……それとも敵陣の現象によるものなのでしょうか」
     そう言ったのは、うずめ様と、ロード・プラチナの命令電波が念頭にある皆無。
    「何、問題では無い。対処不能と陥るまで、連々と攻撃を仕掛ければ良いだけの話」
     と、謡。イツツバの霊障波で僅かにマンガンが怯んだ隙に、敵懐へしなやかに迫る。
     ロッドを振り被り一撃を与えながら駆け抜けた時には、死角を取った蓮司が仕掛けていた。
    「……正直、無理矢理に平静装うのも楽じゃねぇんですがね」
     殺傷の高いものへと切り替えた直後の斬撃。
    「……テメェらの野望がどうとか関係ねぇんだよ。今は、テメェをズタズタにしなきゃ気が済まねぇ」
     刹那、真白の穂先が敵首へと入った。七波だ。
    「結晶の方向性に沿った打撃には脆いんですよ!」
     穿ったそこを、長柄で打つ。
    「貴方が求めているものは手に入れさせませんよ」
     七波が言った。
     皆無の脚が黒く染まりゆき――炎纏う蹴りが腰元へ放たれる。
     灼滅者の連携に対し、嗤い混じりの呼気を吐き出すマンガン。ざらつくノイズを人狼の耳で過敏に捉えながらもラススヴィは影を走らせた。
     地面から跳躍した影はオオカミを象り、走駆する。
     敵の眼前で三匹に別った影は、脚、胴、首へと噛みついたのちに姿を滲ませマンガンを覆っていった。
    「贖罪が為されぬならば、罪は汝を蝕むであろう」
     巧が右に持つ蝕罪の妖槍は彼の言葉に応じ、妖気を冷気のつららに変換し射出する。
     マンガンの体ほどに大きく生成された冷気のつららは、鉱物の体をさらに冷たく凍らせていった。
     対抗するが如く敵の高い毒性を持つ死の光線が巧へと放たれ――同時に夜々のベルトが巧へと伸びる。
     体に巻き付いたベルトは彼を引っ張り、光線の直撃を免れた。
    「助かりました」
     腕を掠めた攻撃に、回復が施されていく。


     敵の攻撃を受けるべく張りつく庇い手の負担は特に大きい。
     薬物を過剰摂取し、生命維持につとめる皆無。
    「領域展開。現実浸蝕。修復開始」
     言う巧の肉体は紅蓮のような闘気を纏い、それは癒しの力へと転換された。
     敵の強酸性の液体が謡に向かって飛ばされる。
     ひとつ、ふたつ、みっつ、岩場を跳躍するように、軽やかに駆けながら左右に回避した謡は身を屈め、彼我の距離を詰めた。挟撃に動くのは櫟だ。
     光の砲弾が敵を撃つと同時に、敵背後を取る謡。
    「この状況すらプラチナは補足してるのかな。だとしたら己が失策を嘆くべきだ。
     力不足の配役を寄越したばかりに、手柄を失う事になるのだから」
     櫟の光が収束していくなか、彼女が敵胴を強く殴りつけると同時に魔力が流しこまれる。
    「少なくとも力自慢以上には見えないよ。マンガン」
     鉱体内部で強く流れた魔力は、マンガンの中を砕き、胴部に新たな亀裂を作り上げた。
    「お、おノれ……!」
     とうに手数は十五を過ぎた。
     攻める手は緩めない。戦線は、判断の末、維持につとめた。
     バランスの良い布陣、早々に敵の動きを削ぎかつ敵の得意とする攻撃には回避に動き、適宜手を変える回復手段、そして一人一人の意気は充分にロード・マンガンに対抗できるものである。
     対し、命令電波に従い、ソウルボード内へとやってきたロード・マンガンは回復手段を持っていなかった。
     そして灼滅者達の絶巧なる連携についていけるわけもなく、二度、攻撃を外したマンガンは余裕をなくしていた。
     自己回復するか否かの際だが、ここは攻撃の続行だと攻め手は判断する。
    「砕けずとも剥離させることはできるんですよ」
     七波の死角からの斬撃に、鉱石の欠片が散った。内部に張っていた氷が吐き出され、侵食されているのが目に見えた。
     癒しの矢を番え、夜々が声を張る。
    「覚えて帰れ、悪党が時代の覇者になる事はない。こいつに二度と関わるんじゃねー!」
    「……ッ、この、屈辱……!」
     太腕を振り被り、鋭い斬撃を繰り出した敵の巨刀を止めたのは庇いに入った皆無だ。
     あと二手分程か――敵の攻撃を受ければ、イツツバが消滅するか彼が倒れるか。
     眼前に迫った皆無は、マンガンを見て言葉を紡ぐ。
    「ソウルボードを掠め取ろうとするようなこそ泥相手に、負ける道理はありません。
     帰ってプラチナとうずめに伝えなさい、好き勝手は箚せませんと」
    「イツツバ」
     櫟の声に従い、敵腕めがけて撃つイツツバ。刹那、チェーンソー剣が唸りをあげ、敵を斬る――荒々しく残った痕は砕ける音ともに傷が開いていった。
     ラススヴィが人狼形態の腕を振れば、伸びた鋼糸が舞い、虚空でたわむ――引き、放てば糸は加速しマンガンを穿ち斬る。
     特徴ある敵の体故、斬撃の音は硬質で軋んだもの。
    (「この心をロードなんぞにはくれてやらぬ」)
     敵が勝てば、恐らく持ち主――里井・真心は二度と目を覚まさない。
     だからこそ、
    「砕く」
     端的に告げた蓮司が影の先端を鋭い刃に変え、彼が前へ踏み出せば刃が敵を斬り裂いた。
     握りこんだ拳に呼応しているのか、剛刃だ。
     バキッ! と大きな音を立て、細かい亀裂がロードの全身に刻まれていく。
    「――くッ……ここハ、退こう――灼滅者」
     ロード・マンガンがソウルボードから消失していく。元の体に戻ったのだろう。
    「灼滅できないのが悔やまれますが、一先ず、危機は去ったということにしておきましょうか」
     見送るようにデモノイドロードと対峙していた皆無が、三拍の間ののちに言った。
    「しかし。これは。誰が、いや何が。何のために……」
     巧が呟いた。
     ラジオウェーブを吸収したソウルボードに、変化が起きているのは確かだ。
    「ソウルボードの一連の出来事……事実がはっきりわかると良いんですが」
     七波が言う。
     ソウルボードに異常がないことを確認した灼滅者達もまた、現実へと戻っていく。

     ピッ、ピッ、ピッ……。
     病院独特の匂い、定期的な音を聞きながら櫟は目を開いた。
     先程とは変わらない室内。
     ぱっと身を起こしたラススヴィは寝台へと寄り、真心の顔を見た。
     彼女は、先程と変わりなく眠っていた――いや、違う。
    「顔色は良くなってるようだぜ」
     夜々が頷き小さな声で言う。
     それに、先と比べれば、寝顔は年相応のあどけないものへと変わっているようだ。
    「お疲れさんでした」
     蓮司がそっと言うと、真心の瞼がぴくりと動く。灼滅者の気配や声で、起きたのだろう。
     さっきまで意識不明の状態であった彼女は、ゆっくりと目を開き、二度、三度と瞬かせた。
     八人を見て、微笑む。
    「よかっ、た」
     みんなを、守ってくれてありがとう。
     目を潤ませながら、途切れ途切れに掠れた声で彼女はそう言った。
    「此方こそ、ありがとう。今は無理をせず、休むといい」
     見守る月のように心地よい謡の声を聞き、真心は頷いた。その拍子に涙が零れ落ちる。
     友を喪った時とは違う、涙であった。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年5月28日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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