新宿うずめ様事変~灯下パンデモニウム

    作者:佐伯都

     デモノイドによる一連の事件で学園に保護されていたエスパー達に身体検査や現状説明などが行なわれていたが、神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)の意見で、充分な警護のうえでサイキックアブソーバーを見てもらう、という事が先日行われた。
    「まあそれ自体に特別な期待とかはなかった、んだけど」
     それこそエクスブレイン達のほかに、この超機械から情報を引き出せる可能性がこれまでなかったからだ。その、当のエクスブレインである成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)がぺらりとルーズリーフを一枚捲る。
     ところがエスパー達がサイキックリベレイターに触れたところ、何やら意味不明な暗号めいた文章が出力された。新沢・冬舞(夢綴・d12822)と漣・静佳(黒水晶・d10904)が解読に成功したことで、それがサイキックアブソーバーの予知に似た力を持つ者の存在とその居場所、である事が判明したのである。

    ●新宿うずめ様事変~灯下パンデモニウム
     その後解読した暗号文とエクスブレインの予知によれば、デスギガスとの戦いで半壊状態の『新宿迷宮』内にて『うずめ様』が何かやっているようだ。
     彼女が何を目的に新宿迷宮にやって来ているかはわからない。
    「ただ、ソウルボードの件を放り出してまで出張ってきている以上、新宿迷宮にはそれ以上に大事な用事があったんだろうって事は間違いない」
     うずめ様は迷宮の最下層におり、配下のデモノイドや羅刹たちは彼女の指示に従ってチームを編成したうえで、迷宮下層部を探索しているようだ。今回はその配下達をかいくぐり、あるいは撃破して、うずめ様の灼滅を目指すことになる。
     新宿迷宮の上層部は破壊されて瓦礫と化しているが、羅刹の手で下へ進めるようになっている。中層部もそこかしこで崩落がみられるが探索自体は可能だ。
     そして多数のデモノイドや羅刹が『何か』のために探索を行っている下層部だが、デスギガスとの戦いやグレート定礎の出現の影響はなく、未だ迷宮として機能している。
    「迷宮内を探索している敵と一度も接触せずに、うずめ様のいる最下層まで向かうことは不可能だと思っていい。うずめ様の予知能力に妨害されず、なおかつ逃走を阻止するためにはあらゆる方向からの同時攻略が必要だろうね」
     迷宮攻略では定石とも言える、拠点を作り周囲を掃討しつつ確実に前進するような攻略を行えば、確実に逃走されてしまうだろう。そのためチーム同士の連携などは行わず、それぞれ単独での踏破が求められる。
     デモノイドや羅刹は4~6体程度のチームに分かれて行動しており、遭遇しても勝てない相手ではないー―とは言え、延々と勝ち続けるのは不可能だ。不要な戦闘は避け、そのうえで回避できぬ相手を確実に撃破しつつ最下層に向かうべきだろう。
     それにしても、と樹はやや感慨深げに呟く。
    「エスパーの救出と保護がサイキックアブソーバーに影響を与えたりとか、厄介な相手の情報に繋がるとはね」
     なにより新宿迷宮は、数年前外道丸が灼滅された場所でもある。同じ刺青羅刹であるうずめ様に、何か因縁があってもおかしくないのかもしれない。


    参加者
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    四月一日・いろは(百魔絢爛・d03805)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)
    鈴木・昭子(金平糖花・d17176)
    深草・水鳥(眠り鳥・d20122)
    八千草・保(遥望春陽・d26173)

    ■リプレイ

     さてこれはどうしたものか、と四月一日・いろは(百魔絢爛・d03805)は手元の地図と目前の暗がりの差異に溜息をついた。隊列中央でマッピングを担当していた漣・静佳(黒水晶・d10904)もいろはと同じ意見らしい。
    「どうやら再迷宮化してるみたいだ、ちょいちょいおかしな所はこれまでにもあったけど……正確に長さを測ったわけじゃないから多少は色々ズレるかなって」
    「地図が役に立たんて、そら面倒臭いことにならしまへんか……ああほんまですわ、こらあかん」
     傍らから地図を覗きこんだ八千草・保(遥望春陽・d26173)が、あちゃあ、と呟いて額に手を当てる。地図上では左折路のはずが、突如現れた右手への三叉路に灼滅者達は閉口していた。
    「……うずめ様の立場で考えてみれば、再迷宮化も納得できる話ではあるな。大部分が踏破されている新宿迷宮で悠長に何かしようと思うなら、未来予測ができる武蔵坂の足止めは必須だろう。もっとも、どんな方法で再迷宮化したか、は不明だが」
     改めて周囲を見回しながら壁に手をつきかけ、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)はすんでの所で腕を引っ込める。羅刹の道をありがたく利用して手早く上層部を抜け、そろそろ中層に入ったかというあたりで一度不可解な邪魔を食らっていたからだ。
     デモノイドや羅刹の気配もなかったものの、ふと紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)が道の先を覗きこもうとして曲がり角に手をかけた瞬間、びしりと静電気のような閃光が走ったのである。
    「さっきの罠っぽいものもそうだけど、ハンドレッドコルドロンの時も、彼女は熱田神宮で怪しい動きをしてたしね。原理やパワーソースが何であるかはさておき、うずめ様がここを再迷宮化できたり何だりできてもおかしい話ではないか」
     ふむ、とやや考え込む表情になったいろはを見て、祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)が盛大に肩を落とした。
    「業の匂い対策にゴミ拾いとか募金とか頑張ってきたくらいなのに、やる事がいちいち嫌らしくない? うずめ『様』って自称するくらいならもっとこう、敬いたくなるくらいじゃないとさあ……」
    「ぼらんてぃあ、は大事です。日頃から精進潔斎をこころがけるのも、よいこと、です」
    「でしょう!? なのにこの仕打ちってちょっとどうなの!???」
     罠は錯覚やただの静電気でもなくごくわずかながらダメージを伴ってもいたので、彦麻呂が割と本気でげんなりしていたのを鈴木・昭子(金平糖花・d17176)は知っている。
    「高尚であるべきかどうかはさておき、少なくとも羅刹特有の粗暴さや享楽とは無縁のようには見えるかな。……彦麻呂さんはとても不満そうだけど」
     うすく肩越しに笑ってから、先頭を行く謡が顎へ指先をあてた。ともあれ地図が役に立たないとなれば、本腰を入れての探索は思ったより早いタイミングでの開始となる。
     ただし、ずっと地図を眺めていたいろはが『ちょいちょいおかしな所』と言っている以上、大まかな位置や地形くらいの当てにはできるという意味だ。向かうべき方角はおおむね判明しているという事でもあるので、そう悲観する必要もないだろう。
    「じゃ、縦穴を降下するのは避けたほうがいいか……降りた先の道がどれも行き止まりだったら目も当てられないもんね」
    「それがよいでしょうね」
     言葉少なに彦麻呂へ同意した深草・水鳥(眠り鳥・d20122)が見守る中、保が白蛇に姿を変える。ここから本格的な探索となるので、相手から見えにくくなるようにするためだ。
    「それでは、私はマッピングに集中、を」
     隊列の中央に立つ静佳は警戒を他に任せ、手元の地図を注視する。改めて前進する形になり、煉夜が明かりをやや絞りながら歩き出した。
    「しかし、新宿はよくよくダークネスに縁があるとみえる……」
    「こちらももう何回目、とも思いますし、ね」
     昭子はいつも身につけている鈴も封印して、務めて前方で気配を探っている。ここまで一度も業の匂いは感じられない。一度も何らかの作戦行動に加わっていない個体も多いということなのだろう、DSKノーズに頼り切った索敵は危険だと昭子は判断した。
     と、その瞬間、前方突きあたりの壁が突然ほの明るくなる。数mほど下がった場所に横道があったため灼滅者達は静佳の案内でそこへ向かったが、残念ながら十分やり過ごせるほどの長さもない行き止まりだった。仕方ない、と言わんばかりに静佳が通路を振り返る。
    「ここで、迎え撃つしか、ないようです」
     保が蛇変身を解き息を殺していた。いくつかの獰猛な獣の呼吸音が近付いて、通路の床が淡い黄色に染まる。
     最初に飛び出したのは彦麻呂、次いで謡。謡が無言のまま猛然とガトリングガンを連射する轟音も、サウンドシャッターに吸われ範囲外には一切響かない。
     短期決戦を目指すべく水鳥は前衛の動きへ狙いを合わせる。狙い澄ました神薙刃で羅刹が切り刻まれていくのを確かめ、保はさらに斬影刃で追い打ちをかけた。
    「ちゃちゃっと通りたいんやけどねぇ……言って聞く相手やあらしまへんなぁ」
    「それができる相手は多分、ダークネスなんて呼ばれないんじゃないかな」
     いかにものんびりはんなり、な保の声にいろはが乾いた笑いを漏らす。だが、言って聞く相手であればよいのに、という点にはまるっと同意しかなかった。
    「いっそぶぶ漬けでも出せば空気読んでくれはりますやろか」
    「それはもっと通じない、のでは」
     はて、と首をかたむけた保に昭子がやや半目になる。むしろ京都人のぶぶ漬け攻撃が効くのなら、単に言って聞き入れる相手よりももっと楽に済みそうだ。
     各個撃破による短期決戦狙いはうまく功を奏し、灼滅者達は遭遇したダークネス達を手早く処理したうえで先を急ぐ。
     敵に発見されないことが重要になる迂回重視ならこちらの存在を知られかねない明かりの存在は悩みの種になったかもしれないが、速度重視ならば、たとえ敵に発見されるほうが早かったとしても、迅速に処理することで速度を上げるほうが作戦方針に沿っている。
     逆に速度重視なら、同じ道は二度と通らないのが理想であるのでマッピングにあまり意味はなかったかもしれない。
     中層を過ぎそろそろ下層に入ってきたという頃合いになるとさすがに、デモノイドや羅刹の一団との遭遇率が格段にはねあがってくる。
     保はうずめ様のもとへ戻りそうな一団を尾けることも考慮していたがこの遭遇率だ、尾行中に別の一団にあっさり遭遇しかけないことに気付いたので、提案することもなく却下した。逃走経路もなく前後を挟まれた状態で戦闘開始とか、さすがに嫌すぎる。
    「それにしても、多いですね……」
     サウンドシャッターを使用していたものの、次々に明かりを見咎められての三連戦をなんとか制したあと、水鳥が大きく息をついて額を拭った。
    「多数の敵が徘徊しているとは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでした」
     まだ消耗に備えて申し合わせておいたポジション交代を行うほどではないが、とにかく一瞬たりとも気が抜けない。
    「俺達が想定していたよりも迂回するチームが多かったのかも。とは言っても、迂回が多かったのならその間に逃亡される可能性もある。俺としてはうずめの灼滅が最優先だが……」
    「うずめ様の所へはこのまま急ぐべきじゃないかな。未来予知ができるダークネスがサイキックハーツを放り出してでもやりたい事だなんて、座視すれば十中八九ロクな事にならないよ」
     煉夜といろはの意見に誰も異論はなかった。
     もちろんこのチームでうずめ様を撃破できるなら、それはそれで最良の結果のひとつであることに間違いはない。当然それを最大の目的として作戦を立ててきてもいる。
     しかし一番重要なのは『うずめ様を灼滅すること』であって、『このチームがうずめ様を灼滅すること』ではないのだ。そこをはき違えてはいけない。とは言え、この作戦に参加した灼滅者ならばそれは誰もが自明の理というものだろう。
    「ここまでで、他の戦闘の痕跡も、ありません。全部同じルートを辿るとも思えませんが、もし、私たちより先に進んでいるチームがあるなら。痕跡があってもおかしく、な――」
     言葉の途中で、は、と昭子が顔を上げる。ぎりぎりまで押さえた声量だったうえすぐに照明を絞ったりもしたが、こちらに来るな、という灼滅者の祈りは聞き届けられなかった。
     明かりや物音といった、相手側にこちらの存在を悟らせるような因子をすべて潰しておいてもデモノイドや羅刹達と遭遇するほどに高い遭遇率。今更ながらに静佳はこの迷宮全体でどれほどのデモノイドと羅刹が動員されているのか、と考えてしまいそうだった。
     ぎしゃあ、と金属音に似た叫びをあげてデモノイドが牙を剥く。ひときわ大きな体躯のものから鼻がへし曲がるかと思うほどの業の臭いが押し寄せ、昭子はたまらず息を詰めた。
    「右端のデモノイド。気を、つけて……!」
    「了解」
     するりゆらり、と猫科の動物を思わせる身体のこなしで謡が一歩二歩、大きく踏み込む。咆哮をあげるデモノイドを守るように仁王立つ羅刹へ叩き込んだのは【紫苑十字】。
     ここまでに蓄積した負傷のこともあるので、静佳は初手から回復にまわった。イエローサインでひとまず行動阻害への耐性を上げておく。
    「邪魔しないでもらえる?」
     水鳥が構える天星弓から放たれた百億の星が、前衛へ殴りかからんと迫るデモノイドの腹部を深々と抉った。
     卒業後すっかりバタバタしていたせいで色々すっかり御無沙汰になってしまっていたが、まだ一応、自分は戦えているらしい。そんなことを思いながら煉夜はデモノイドの腕をかいくぐり、影業を駆る。足元を縫うように疾走する影色の刃が青い粘質の脚をとらえて、引き裂いた。
     耳朶を聾するデモノイドの叫び。斬影刃でデモノイドの装甲を剥ぎ取り、水鳥は次のターゲットを見極める。羅刹か、中ほどに守られているひときわ巨大なデモノイドか。
     残像さえ引き連れて見えそうないろはの抜刀術。身体をくの字に折って羅刹が吹き飛び、がらあきになった巨漢のデモノイドの前へ彦麻呂が踏み込んだ。
    「ねえ、うずめがどこにいるか知らない? 別に答えなくてもいいけど」
     ――なぜならもうすぐここで私達に倒されるから。
     身体の大きさには多少似合わぬ敏捷さで蹂躙のバベルインパクトを避けたデモノイドは、返答代わりとばかりに寄生体に飲みこまれた右腕を引く。
     煉夜を狙ったDMWセイバーが迷宮の天上に鮮血を巻き上げて、静佳は眉をひそめた。ジャッジメントレイの光条が落ちくだるのをどこか他人事のように眺めながら考えを巡らせる。……難しいかもしれない。
     相手側の前衛を処理しおえた昭子と謡が巨漢のデモノイドへ集中砲火を浴びせ、まるで小山のように立っていたデモノイドは早々に地を舐めた。
    「おいで……穢れを祓って」
     保が吹かせる清めの風すら厭わしいとでも言いたげに、残るデモノイドが咆哮する。
    「負け犬ほど良く吼えるらしいが、お前達もそうだ、という事でいいのか?」
     そんなデモノイドへ煉夜はひんやり笑いながら、再度影業を閃かせた。デモノイドの周囲で急速に膨れあがった影が、ばちりと音がしそうな勢いで破裂する。デモノイドの持ちうるトラウマなぞ知らないし想像もつかないが、それでも煉夜の影喰らいはいつも通りに機能した。
     悶え苦しみ、哀れっぽい声をあげてのたうつ青い寄生体を見下ろし、昭子は小さく溜息を吐く。
     うずめ様が利用した人を、人々を、そしてヒトではなかったものを昭子を知っていた。でもこれを仇討ちと言うのは少し違っている気がする。
     昭子は昭子自身の意志でここに立って、そして戦っているのだ。
     望むかぎり、行くことのできない場所などはない。かつてベッドの上で明日をもしれぬ毎日を送っていた昭子が灼滅者となることで得た答えは、変わらずずっとこの胸の底のほうで息づいている。
    「もう二度と起きないように」
     眠りなさい、と告げたデモノイドへ水鳥が見舞ったのは神薙刃だった。もはや回復の必要はないと見て取った静佳がレッドストライクで追い打ちをかける。
     地響きを立てて、ふたつ影が沈んだ。しかし灼滅者達も無傷のままでは済まされていない。何しろ迂回を選んだチームが多数を占めたせいで、ここまでで予想以上の戦闘を繰り返さなければならなかった。
     事前に申し合わせたとおりポジション替えを行いもう少し粘る事も考えたが、この深さから地上までの帰り道を思うとそれは危険だと判断せざるを得ない。迷宮を戻る以上、ここまでの道のりを戻るということは同じ数だけの戦闘も発生しうるということだ。ならばちょうど半分の消耗がリミットと考えるべきだろう。
    「できればうずめと会っておきたかったけど、まあ……しょうがないかな。露払いができたと思えばいいのかも」
     汚れた頬を左手甲でぐいと拭い、彦麻呂が溜息を吐いた。
     ここで撤退を選ばなければならないのは素直に口惜しい。しかし、彦麻呂の語った通り他チームの露払いをしたと考えれば、うずめ様の灼滅の先鞭をつけたと誇ることができるだろう。
     速やかにメンバーと共にその場を離れながら謡は思う。もし彼女の、羅刹特有の粗暴さや享楽とは無縁の思えるそのありさまが、もし神託によるものならば。
     ……それはとても息苦しいものなのではないだろうか、と。
    「かりそめの蘇生を経ても縛られるその業、ここに残して去ぬとよい」
     静かな眠りを、再び送ろう。灼滅者の手によって。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ