ただ逢いたくて

    作者:冬月立花

     いつも一緒だった私の半身。
     どうして黙っていなくなっちゃったの?
     何があっても、私にだけは絶対に隠し事はしなかったのに。
     私もね、なんだか変なんだ。
     加奈のほうが肌は白かったのにね、この頃私も白くなってきたみたいなの。
     あとね、大きな声で言えないんだけど……時々変な衝動が湧いてくるんだ。
     すれ違う人に加奈を見つけたと思っても、みんな違うの。
     私がもっとちゃんと加奈を見つけられるようになったら、きっと会えるよね。
     ねえ、加奈……会いたいよ。
     寂しくて悲しくて、胸にぽっかり穴が開いてしまったみたいで。
     
     ーー無性に血を啜りたくなっちゃうよ。
     
    「皆様、お集まりいただきありがとうございます」 
     灼滅者たちを見、微笑んだ五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)。
    「闇堕ちしてヴァンパイアになりかけている少女を助けていただきたいのです」
     ヴァンパイアは闇堕ちする際、自らの血族や愛する者も一緒に闇堕ちさせるという性質を持つ。今回の依頼の少女もその一人だった。
     少女の名は青木・紗奈(あおき・さな)。現在小学2年生だ。
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからすぐさま人間の意識はかき消える。しかし彼女は元の人間としての意識を宿したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスにはなりきっていない状況なのだ。
    「もし彼女が灼滅者の素質を持つのならば、闇堕ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅を」
     静かに語尾を切り、姫子は少し遠くを見るように視線を向ける。
    「紗奈さんには加奈、という双子のお姉さんがいたんですが、その方がヴァンパイアになったことで闇堕ちしてしまったんです」
     生まれる前から一緒だった分身ともいえる存在の欠落。
     その空虚さを、紗奈は道行く人の血を吸うことで埋めている。
    「紗奈さんが現れるのは夜です。にぎやかな繁華街や町の表通りなどで加奈さんを思い出させる女性に声をかけます。道に迷ってしまった、など甘えて人気のない公園まで連れて行って吸血するでしょう」
     髪でもいい、雰囲気でもいい、服装でもいい。
     加奈が大人になったらあんな感じになるのかな。
     あ、あの人の髪加奈と同じ色だ。
     そんな風にすれ違う人々に消えた双子の姉を探しているのだという。
    「加奈さんは紗奈さんと瓜二つですが……強いて言えば負けん気が強い少女だったようです」
     手渡された資料には紗奈の特徴が纏められている。栗色の髪、白い肌、黒い瞳、ボーイッシュな服装を好む……等。
    「人混みに紛れて繁華街から追跡するか、事前に公園に隠れて待ち伏せするか、どちらでも大丈夫です」
     もしも誰かが一般人女性より先に声をかけられる囮となるならば、いくつかの条件を満たし、かつ女性ならば大丈夫だろう、と姫子は言った。
     変装するのも良いだろう。年齢にこだわりはないようだが、紗奈の記憶にある加奈により似た女性に声をかける傾向があるからだ。
    「戦闘になると、紗奈さんはダンピールに似たサイキックで攻撃してきます。手下の眷属などはいないようですが、彼女の力は十分すぎるほど強力です」
     ただ、紗奈はまだ元の人格を残している。人としての意識に呼びかけ心を揺さぶることが出来れば、彼女の戦闘力を削ぐことが出来るかも知れない、と姫子は続けた。
    「紗奈さんは半身を失ってしまった空虚さを、どこかしら加奈さんに似た女性の血を吸うことで埋めようとしています。まだ幼い彼女には、その衝動が悪いことだとはうまく理解できないのでしょう」
     小さな少女を説得するのは難しいかもしれない。
     ……それでも。
    「皆さんを信じてますから」
     小さく息をつき、姫子は頭を下げた。


    参加者
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    天城・桜子(淡墨桜・d01394)
    ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)
    荻原・茉莉(モーリー・d03778)
    ララ・ラッセル(セレニティ・イン・ボックス・d04394)
    皇樹・桜(家族を守る為の剣・d06215)
    黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362)

    ■リプレイ


     あちらこちらで耳に入ってくる声。めっきり冷えてきた温度とは裏腹に、煌々と照るライトは一層キラキラと光を増し暖かな色を振りまいている。
     人の流れに逆らう形で進み、周囲を見回す少女はすぐに目についた。
     尽きることのない人ごみの中、ふわふわと踊るような足取りで栗色のツインテールをなびかせている。夜風に晒されて冷えたのか、時折両手に息を吹きかけるその顔はまだあどけなく、伏し目がちな瞳が道行く人を追う。
     今はもういない姉の姿を探しているのだ、と思うと荻原・茉莉(モーリー・d03778)は切なさに胸が締め付けられる思いがした。
     かつての自分が少女に重なる。
     同じような年齢の時、突然いなくなった大切な家族。
    (「放っておけなかったんだ……私と似てたから」)
     胸で呟き唇を噛む。助けてあげたいと願いながら。
     大切な想いが誰かを、彼女自身をも傷つけてしまう前にーー。
    (「止めてみせるよ、助けてみせるよ、絶対に」)
     決意を胸に花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240) も紗奈の動向を見守る。2人の視界には、人の流れを縫うように歩くボーイッシュな格好の天城・桜子(淡墨桜・d01394)がいた。
     そして2人の足元にはすらりとした1匹の猫が。
     猫変身した黒蜜・あんず(帯広のシャルロッテ・d09362) である。
    (「初めての救出依頼ね。そう、今度は私が誰かを助ける番よ」)
     以前は自分もあの少女と同じ立場だった。闇堕ちして、自分が自分でなくなる寂しさ、怖さを味わいーーそして救われた。
     真剣な表情で仲間と少女の行方を見つめるましろへ目をやり、惑っている少女へ視線を戻す。絶対に助けてみせると誓いながら。
     きょときょとと動く紗奈の瞳が桜子を捉える。その視線を感じながら、桜子は何かに目を取られたように一瞬足を止めた。
     さらり、とこげ茶の髪が風になびく。ちょうど紗奈の目の前で。
    「あっ……!」
     小さな叫びを桜子は聞き逃さなかった。
     不自然に見えないようゆっくりと振り向き、同じくらいの背丈の少女と向き合った。
     紗奈の大きく見開かれた瞳に高揚の色が浮かび、その視線がかきあげられた腰までの髪に釘づけとなり。
    「綺麗だね……」
     ほうとついた溜息とともににっこり微笑んだ。
    「あ、ありがと」
     彼女がこの髪の色に誰を重ねたのか、言葉にせずともわかっている。桜子の容姿に親近感を覚えたのか、紗奈はすすす、と寄ってきた。
    「ちょっとね、探し物しててね……でも道間違っちゃったみたいなの。確かあっちから来たんだと思うんだけど」
     口に手を当て内緒話のように声のトーンを落とされ、桜子は背を屈めその口元に耳を寄せる。耳にかかる吐息がくすぐったい。
     人通りの奥に見える脇道を指さし、ついてきてほしいなと上目遣いになった少女へーー。
    「迷子? いいわよ。あっちね、ほら行くわよ!」
     少女の手を取り、指さされた方向へ足を向ければ、人の波に従い自然と縦に並ぶ形となる。
    「そういえば探し物って、なんなの?」
     す、と流した視線の先でましろと目がかち合う。互いに目で合図をし合い、口をついて出た言葉に紗奈はくすっと笑い。
    「もう見つかったから、いいの」
     妙に平坦な口調で答えた。
    (「わたしみたいに大事な人を傷つけるような、そんなことになってほしくないもの」)
     人波に紛れて2人の後を追うララ・ラッセル(セレニティ・イン・ボックス・d04394)は悲しい記憶にそっと蓋をする。
     同じ過去を繰り返してほしくないからーー止めなければ。
     ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019) も銀髪をなびかせ揺れる栗色の髪を見失わない距離を保つ。
     家族が堕ちて自分も堕ちかけて、というのならわかる。自分の場合は母親だったけれど。
    (「紗奈もきっと堕ちずすむ、はず」)
     助ける、という意思を胸に。
     ーーこのまま行けば公園に着くだろう。

     自分は男である以上、少女の姉の面影を纏うことはできない。だからせめて……心のままに言葉をかけてあげたいと思った。
    (「もうそろそろでしょうか」)
     月を見上げ時間を推し量る。しんと静まった公園に人気はなく……それでも大きく一つ目が描かれた紫の面に手を当て、ミゼ・レーレ(救憐の渇望者・d02314)は茂みに身を潜めていた。
    (「まだ間に合うはずだ」)
     胸元で手を握りしめ、皇樹・桜(家族を守る為の剣・d06215)は瞳を伏せる。
     闇堕ちし、失われた双子の片割れ。
     すごく似てる……と幼い少女の心境を思い溜息をつく。とても他人事とは思えなかった。
     揺れた桜の髪飾りに、皆の安全を願いそっと触れて、仲間の到着を待った。


    「ここなの?」
     まばらに立った街灯が照る公園の入り口で、桜子は一旦立ち止まる。
    「そうだよ。ここ抜けると私の家なの」
     ついさっきまでの心細げな表情とは打って変わって、にこにこした紗奈。
    「あんまり強く引っ張ると痛いわよ」
     引かれるままに街灯の下に立った桜子を振り返り、唐突に紗奈は足を止めた。
    「やっぱり、似てると思ったんだ。……はうっとおしいからって伸ばしてなかったけど、きっと伸ばしたらそんな感じなんだね」
     その視線が血色のいい桜子の手首を見つめる。握られた手首はびくともせず、少女の目がうっとりと細められる。
    「……血、吸うの? 吸いたいなら……いいわ、吸いなさい」
     苦笑し、その栗色の髪に手を伸ばす。必ず、こちら側へ引き戻すという決意を胸に、そっと柔らかな髪を撫でた。
     一瞬浮かんだなぜ知っているのかという怪訝そうな表情が、すぐさま獲物を前にしたような笑みに取って代わる。
     チクリとした痛みが一瞬。その後歯を立てられた所からしびれるような、むず痒いような感触が走り抜けーー。
    「その衝動に負けちゃだめだ」
     静かにミルドレッドの声が響き、町の方向から5人が姿を現す。全速力で桜子の傍まで駆けたララと茉莉が真剣な表情で少女を見つめる。
     茂みに身を潜めていたミゼと桜も姿を現し。
     はっと身を起こした紗奈は素早く口元を拭った。
    「誰……?」
     警戒した口ぶりで後ずさった少女に、桜子が語り掛ける。
    「私は、許してあげられるわ。でも一般人に手を出したら、許してあげられない」
     幸い、味見程度だったようで体にダメージはない。赤い色の滲んだ手首を押さえながらの言葉に、紗奈は混乱したように首を振った。
    「どうして? だって、加奈はいなくて、だから……」
    「あなたのお姉ちゃんにはなれないわ。でも、友達にはなれる」
     突き放した口調に込められた優しさを、少女は戸惑うように首を傾げる。
    「大好きな人がいなくなって、寂しいのはわかるよ。でも、紗奈ちゃんが誰かを傷付けてしまったら……今度は、その誰かの大切な人が、紗奈ちゃんと同じ寂しさを味わうことになっちゃう。そんな悲しいこと、加奈ちゃんは、望まないはず、だよ」
     そっと顔を覗き込み、目を合わせたましろが優しく話しかける。
    「紗奈ちゃん、寂しいんだよね?」
     柔らかな口調でララも言葉を重ねる。
    「それなら、わたしたちと一緒に行こう。一人じゃないよ」
     潤み始めた瞳が年上の少女を見つめ返す。
    「加奈は? 加奈はどうなるの?」
    「……っ」
     咄嗟の言葉が出てこない。
    「お姉さんが大事なのはすごくわかる。私も同じだから……でも紗奈ちゃんが誰かを襲うのは間違ってるんだよ」
     優しく諭す桜の言葉に、首を振り続ける紗奈。
    「じゃあ、どうやったら加奈に逢えるの? お父さんもお母さんも誰も加奈のこと心配してないんだもん……! 私だけ、私だけは加奈のことわかってあげなきゃだめだから!」
     頑なに灼滅者たちの差し伸べた手を拒み、少女は黒い瞳を陰らせる。
    「邪魔、しないで……!」
     滲んだ涙とともに取り出されたカッターナイフが振りかぶられた。


    「さあ、狩りの時間だ!」
    「Sweets Parade」
     左手に日本刀、右手にバスターライフルを構えた桜は不敵に笑み、あんずは軽々と巨大泡立て器を振りかざす。
    「言う事が聞けないなら、いいわ。あんたのお姉ちゃんの代わりに、殴ってでも目を覚まさせるわよ!!」
     明確な意思をもって振り下ろされた一撃を身に受けた桜子の一喝が響き渡る。
     出来うる限り少女を救いたい、と説得に重きを置き先制攻撃は仕掛けないとあらかじめ打ち合わせをしていた彼らだった。
     それゆえに敵の攻撃を先に喰らうことになる。
    「来るよ!」
     桜の声が飛ぶが早いかーー紗奈の小さな体が突き進んでくる。
     素早い。
     ヴァンパイアのダークネスとしての片鱗を見せつけられるようだった。
    「行かせないよ!」
     咄嗟に体ごと少女の攻撃進路へ割り込み、再度桜子を狙った刃を弾き返す。鋭い刃同士がぶつかり合う鋭い金属音がし、火花が散った。
    「桜子ちゃん!」
     胸元を押さえふらついた仲間へましろは防護符を飛ばし、霊犬のタローが斬魔刀を仕掛ける。
    「ごめんね、ちょっと痛くするよ。今は少しだけ我慢して」
     黒のドレスの裾を絡げ、ミルドレッドは自身よりも重そうなチェーンソー剣をいとも容易く操る。赤いオーラを纏いけたたましく回転し始めた剣が紗奈に狙いを定める。
    「逢いたいだけだもん!」
     右足で地を蹴った紗奈はぱっと後ろへ下がり直撃を逃れた。たたらを踏むも一瞬、態勢を整えカッターを翻す。
    「ただ逢いたいだけ……それに罪はありません。貴方の心の悲しみを拭うには吸血しか無かったのですから」
     刃を構えた少女の死角に回り込んだミゼは斬撃を繰り出し、静かな言葉が少女の何かに訴える。
    「何故私達は貴方を止めようとするのか……それは血を吸い続ける事で貴方自身が滅んでしまう事を知っているから」
     淡々と低い声は、一つの願いを込めて語りかける。
     ただ貴方を救いたいだけ、と。
    「行くわよ!」
     あんずのロケット噴射を伴った殴りつける攻撃が炸裂し、タイミングを計っていた茉莉は契約の指輪を煌めかせ、制約の弾丸を放つ。
     どうか届いてと紡ぐのは、きっと多分あのときの自分がかけてもらいたかった言の葉。
    「欲しいのは代わりじゃないよね。思い出して、逢いたい加奈ちゃんのこと」
    「ち、がうもん。代わりなんか……」
     かぶりを振る紗奈の瞳の奥に、不意に戸惑いが生じる。
     加奈の代わりなんか、いない。
     それなのに、自分がやっていることは……?
    「紗奈ちゃんのお姉ちゃんは、人を傷つけることが好きだったの? 違うよね。今の紗奈ちゃんを見たら、悲しくなるよね」
     手にしたガトリングガンを一閃、ララの繰り出した赤きオーラを放った逆十字が紗奈を切り裂き、声が柔らかく絡む。
    「……っ!」
     視界が揺れたのか頭に手をやり、低く呻く紗奈。
    「救うわ! 私が、あんたを!!」
     よろめいた彼女へ、チャンスとばかりに桜子は解体ナイフの振りに全力を込めた。受け止めきれず滑る刃が不協和音を奏でる。
    「違う、違う違う……加奈は……っ」
     首を振り振るわれた刃が向かった先はーー紗奈自身。
    「いやっ、痛いよぅ」
     身を竦め痛みの悲鳴を上げた少女へ、ましろの精神を惑わせる威力を秘めた符が命中する。
    「優しい人の心を忘れないで!」
     祈るような言葉とともに。
    「大丈夫……あなたは絶対助けてみせる! 寂しい思いはさせないわ!」
     ランヴェルセキックを放ち、あんずが力強く言い切る。
    「姉が変わってしまったのも、自分が変わっていっているのも、気付いてるよね?」
     ミルドレッドのチェーンソー剣が唸りを上げ紗奈を斬り裂いていく。続いた言葉はたった今まで少女がしていたことを指摘する冷静なもの。
    「今キミがやっているのは、関係ない人を襲ってごまかしているだけじゃない」
    「ちがっ……」
     違わない。
     唐突に心に湧き上がった反応に、紗奈自身が驚いた。次いで襲ってきた動揺。その驚愕と迷いはダークネスとしての少女の力を確実に削いだ。
     もう、やめよう……? 囁かれた言葉は返す刃で水平に振るわれた刃とともに紗奈の脳裏に刻まれる。
    「このままだと加奈ちゃんに会えなくなっちゃうよ!」
     茉莉の叫びにとうとう両手で顔を覆う紗奈。
    「あ、あああ……! 嫌だ、逢いたいようーー!!」
    「私たちが、いますから……」
     受け止めてみせるから、戻ってきてほしい、とミゼも手加減攻撃に切り替える。
    「もう少しのようね!」
     紗奈の力が目に見えて衰えてきたのを悟り、あんずは一旦息をつく。
    「ちょーっと痛いけど、我慢してよね、いっくわよ!」
     解体ナイフを閃かせ、慎重に手加減攻撃を加えた桜子。
    「ほら、こっち来なさい。私たちと一緒に、私たちのいる側に」
     差し出された手に、唇を震わせた紗奈。
    「しっかり自分の闇と向き合って! 私達の手を取って! 必ず救ってみせるから! そして一緒に加奈ちゃんを探して……」
     自分によく似た、姉への思慕を抱く少女。
     救ってあげたいからーー息を大きく吸い込み、響いてと声を張り上げる。
    「今度は紗奈ちゃんがお姉さんを救うんだよ!」
     真摯な桜の声が、少女の胸を打つ。
    「うん……! もう一回、ちゃんと逢いたいーー」
     代わりじゃなくて、誤魔化すのでもなくて、唯一人しかいない姉にーー。
     揺れるカッターの筋は標的を定めることもできなくなっている。
    「ちょっと我慢してね……!」
     止めを刺したのは、ララの一撃だった。


    「ごめんね、痛かったよね」
     目覚めた紗奈に駆け寄り声をかける茉莉。泥まみれになった服をはたき、顔を丁寧にハンカチで拭う。
    「よかったら友達になって欲しいな」
     くすぐったそうに笑いながら手を差し出す。はにかんだ笑みを返し紗奈はその手を握り返す。
    「もう大丈夫だよ」
     にっこり微笑み、ララは小さな体を抱きしめる。たゆんとした胸に顔が埋まり「苦しいよぅ」と息をついた少女の姿に笑いが起こった。
    「お姉ちゃんの代わりにはなれなくても……わたしたち、みんな、友達にはなれるよね?」
     ましろの言葉に、紗奈は頷きーー。
    「加奈もここにいればいいのに」
     ぽつりと呟いた。
    「ほ、ほら。これあげるから元気出しなさいよ」
     あんずがどこからか取り出した菓子を、紗奈に手渡す。ぱっと明るくなった表情にはもう、血を望もうとする衝動は見えない。
    「一人で探すよりも、皆で探した方が見つかるよ」
     一緒に行かない? と茉莉は声をかける。
     少女の願いがおそらく叶わないのは皆わかっているーーそれでも。
    (「希望は持ってもいいよね……嘘にしたくないもん」)
    「うん、ありがとう!」
    「ん、帰ろっか」
     微笑んだ桜子の髪に、一瞬だけ視線を流した紗奈は大きく息を吸い込んで。
    「皆、本当にありがとう」
     満面の笑顔で言ったのだった。

    作者:冬月立花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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