「なぁノビル、デモノイドロード達に追われていたあの人達はどうなった?」
「私達が『エスパー』と呼ぶようになった人達の事だけど……」
教室に集まった灼滅者らの中には、嘗て『うずめ様の予知』に従って動いたデモノイドロード達を撃退した者、奴等に狙われていた者を学園に保護した者も多い。
日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は、特殊な能力を持つ彼等『エスパー』を気遣う灼滅者にこっくり頷いた後、口を開いた。
「兄貴や姉御らに保護されたエスパーさん達には、学園で身体検査を受けてもらったり、現在の状況を説明したりしてきたんスけど、神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)の姉御の助言に従って、充分な警護を行った上でサイキックアブソーバーを見てもらったんス」
「アブソーバーを……」
「そしたらエスパーさん達がサイキック・リベレイターに触れた時、アブソーバーに暗号めいた文章が出力されたんスよ!」
当初、学園はエスパー達に特別な期待は無く、出力された暗号についても意味不明なものと受け取っていた様だが、灼滅者の努力によって幾つかの謎が解き明かされたという。
「この暗号は新沢・冬舞(夢綴・d12822)の兄貴と漣・静佳(黒水晶・d10904)の姉御によって解読され、『サイキックアブソーバーの予知に似た力を持つ者の存在と、その居場所を示す』ものだと判明したンス!」
「サイキックアブソーバーの予知に似た力を持つ者の存在……うずめか」
「押忍!」
その後、解読した文章とエクスブレインの予知から、かの『うずめ様』が、デスギガスとの戦いで半壊した『新宿迷宮』で何かを行っている事が判明した。
「何か、とは……また暗躍しているのか……!」
「現時点では目的まで判っていないものの、厄介な予知能力を持つ『うずめ様』が、ソウルボードの戦いに加わってない事がポイントに思うンす」
連中にとって重要な何かがあるのは間違いない、とノビルは言を足した。
すると灼滅者は忽ち闘志を研ぎ澄まし、
「で、奴は『新宿迷宮』の何処に居る?」
「新宿迷宮の最下層ッス。現在、配下のデモノイドや羅刹らが、うずめ様の指示に従ってチームを組み、新宿迷宮下層の探索を行っているッス」
灼滅者の兄貴と姉御には、探索を行っているデモノイド達を掻い潜り、或いは撃破して、『うずめ様』の元に向かい、灼滅を目指して欲しい――そう凜然たる表情を見せるノビルに、力強い是を示した。
「これは大チャンスだな」
「厄介な力を持つ『うずめ様』を暗殺する佳い機会ね」
暗殺――。
意気乾坤とする精鋭にノビルもまた頷いて、
「現在、『新宿迷宮』の上層部は破壊されて瓦礫が積み上がってるんスけど、羅刹によって下に進む道が作られてるッス」
中層部は、あちこち崩れているが探索は可能。
下層部は、デスギガスとの戦いやグレート定礎の出現の影響も無く、迷宮として機能しているという。
「ふむ。たしか下層部ではデモノイドや羅刹らが探索を行っていると言ったな」
「何を探しているのかしら……」
無論、連中の捜し物が何か見極めたい所だが、迷宮化している下層部で、複数で探索している敵チームを完全に避けて進む事は不可能。
「下層部の攻略は、予知能力を持つ『うずめ様』の逃走を阻止する為、あらゆる方向からの同時攻略を行う必要があると思うんス」
「そうだな。折角の機会、奴を逃したくない」
「その為に私達もチームごとに分れるのね」
「押忍!」
但し突入するチームは、チーム同士の連絡・連携などは行えず、チーム単位での踏破を目指す事になる。
「迷宮攻略の定石通り、拠点を作って周囲を掃討しつつ、確実に前進するような攻略を行えば、かの『うずめ様』には確実に逃走されてしまうんで」
「……個で動く意志力が必要になるな」
「因みに遭遇する敵は、一班だけで対応できるだろうか?」
「配下のデモノイドや羅刹らは4~6体程度の隊に分かれて探索してるみたいなんで、兄貴や姉御なら勝てない相手ではない筈ッス」
重要なのは、勝ち続けながら進めるかどうかだ。
一戦一戦で見れば戦闘力は灼滅者が勝ろうが、流石に何連戦もして勝利し続けるのは難しい。
ここは可能な限り戦闘を避けつつ、避けられない敵を確実に撃破して下層に向かうべきだ、とノビルは助言した。
灼滅者は迷宮の進み方を確認しつつ、声を挟んで、
「先に救出・保護したエスパーの方々がサイキックアブソーバーに影響し、それが『うずめ様』の居場所を割り出す事になるなんて」
「しかも『新宿迷宮』とは……刺青羅刹の外道丸が灼滅された場所と思えば、何らかの因縁があるのかもしれない」
彼等の驚きの声、訝しみの声を聴いたノビルは、愈々キリリとした表情で背筋を伸ばす。
「あの『うずめ様』がソウルボードの戦いに加わらず、自ら新宿迷宮に来て探索しているとなれば、ろくでもない事由で動いているに違いねーッスよ」
下層で見るかもしれぬ展開も含め、重々に警戒して欲しい。
ノビルはそんな思いを込めて、ビシリ全力の敬礼を捧げた。
参加者 | |
---|---|
戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) |
レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267) |
ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999) |
比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049) |
荒谷・耀(一耀・d31795) |
貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472) |
神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383) |
オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448) |
●
「慥か神話ではうずめなる巫女が岩屋に隠れた大神を誘い出したものだけど、キミは下層に籠って何をしているんだろうね」
と皮肉交じりに瓦礫を退かすは手力男――ならぬ比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)。
怪力が連れた光は、昏きに延びる隘路を暴き、
(「――新宿迷宮、か」)
(「デスギガス、グレート定礎、外道丸……」)
殺伐に踏み入る灼滅者の中には、積み上がる瓦礫が醸す寂寞に嘗ての強者を思い起こす者も居ようが、レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)は泰然にして自若。
「いやぁ、まあ、ちょっと遠足って感じで、気楽にいきましょ気楽に」
古ぼけた銅製の懐中時計に現在時刻を確かめた彼は、己が濡烏を撫でる妖気の先に視線を移す。
彼が野駈気分なら、ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)は冒険気分と言った処か、
「ダンジョンアタック! トレジャーハント! タノシそう!」
気心の知れた友との道行きにワクワク、他班と到達を競うも楽し気に、斥候として先駆けた。
蓋し彼等が安気でない事は所作や所持品が示そう。消音に優れた靴での移動や、鏡越しに進路を確認する用心の程は、不要な戦闘の回避に奏功している。
様相の異なる層毎に適した戦術を用意した周到も剴切で、
「――下を偵てきます」
中層に多い崩落箇所は行止りに非ず、箒を駆る戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)の偵察の後に進退を決めるも優秀。
また、密なる摺り合せは多言を要する事なく探索を捗らせたろう。懸垂下降の移動となれば、オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)は阿吽の呼吸でハーケンとロープを取り出し、
「私が警戒しておきますから、皆さんはお先に」
最後に降りた彼女がアイテムポケットにロープを仕舞う傍ら、神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)は赤い糸を伸ばして移動の軌跡を残していく。
「下層へ進むにつれブレイズゲート化している様だね……」
先を急ぐ身とはいえ、観察の眼は鋭い。
瓦礫が多い上層、崩落が目立つ中層より深奥、下層は朽廃が少ない代わり、壁や床の破壊は出来なくなっている。
侵入者対策――罠を警戒していた貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472)は、地面近くに張られた糸を蛇の頭で擦り抜け、
(「糸に足を引っかけると壁から矢が射られる仕掛け……これもサイキック攻撃と」)
先行する彼女が尻尾をフリフリ、後続に呼びかければ、無言の警告を受け取った荒谷・耀(一耀・d31795)もまたハンドサインにて皆に報せる。
(「罠に掛かっても大したダメージじゃないけど、音が出たら厄介だし」)
音を、或いは気配すら消そうと【影狼】に身を包む彼女は、まさに心に刃を秘める忍。
敵を避けて迂回すれば時を費やし、最短最速を取れば戦闘は不可避となる迷宮行に於いて、慎重と迅速を兼ね揃えた一同の戦略は、戦闘を行う敵の選別基準も佳良。
結果、彼等は半刻と少しで下層に至り、そこで多くの謎と秘鑰を得た。
●
警戒行動が秀でれば、精察も傑れているとは、蛇姿にて敵の足跡を注視していたファムが筆頭に示す。
(「一方向じゃナイ、一往復でもナイ……たくさんオーライしてる?」)
小首を傾げる様に鎌首を擡げた蛇の隣では、此方も蛇姿の葉月がデモノイドの呻きを拾い集めており、
「カミ……ヲ、ヨ……シ……」
「カ、カ、ノ……ヨリ、ロ……」
(「神の城、いや『神の依り代』……?」)
彼等の探し物を推察中。
不可避の戦闘では、耀が先ず音を遮蔽してから暗器を操り、
「私達の獲物はあくまで『うずめ様』だけど、探し物を見つけるのも大変そうね」
「同じ地点に何度も来ているという事は、お宝は出現したり消滅したりする物なのかな」
優は仲間の損耗を限りなく抑えんと堅牢に支える。
オリヴィアは際どいスリットより嬌しい脚を繰り出し、
「探し物はひとつとも限りませんし、幾つかは入手済みという可能性も考えられます」
速攻――!
増援が来ては困ると、妙々たる連携で敵を殲滅した。
扨て侵入時より情報を地図や手帳に纏めていたレオンと蔵乃祐は、愈々謎が解けて来ただろう、
「資料の山と格闘して作った地図は諸処一致せず、どうも迷宮は変化してるらしいねぇ」
「納薙・真珠が去って結界が消滅し、普通の迷宮と化していた筈が、何らかの儀式によってラグナロクの結界を再現したのか……」
飄然と淡然が一瞥を交す中、柩は聡い耳に異音を拾って、
「色々見えてきた所で最下層も見えてきた訳だけど……騒がしいと思わないかい」
儀式にしては厳粛を欠く――これは剣戟。
直ぐにも他班の先行に気付いた一同であるが、交戦中である事も同時に知れば、急がねばならぬ。
なればと彼等は一斉に駆け出し、
「進行方向に羅刹四体。迂回路を探すより戦った方が早い」
三角帽を目深に被った蔵乃祐が死呪を詠唱するや、その魔力に波立つブリムの上からは、レオンと柩が双頭の鷲と鋭爪を迫り出す。
「ねぇ、鬼さん。今から主に報告に行くんだろう?」
「増援になるより、ボクが癒しを得るための糧となってくれ」
答えは聞かぬ。
銀朱の薄刃が敵の舌ごと咽喉を切り裂けば、それと同時、鬼神の巨爪が心臓に沈み、握り潰す。
絶叫を断たれて沈む敵背からは、吃驚と憤怒に満ちた一体が仁王と立ちはだかるが、身ごと火球と飛び込むファムを止められるか――。
「ここは行かせん!」
「おしとーる!」
「ッ、来いやァ!」
神魔闘角。
カミ降ろす闘気の掌打と邪鬼の剛拳が熱き波動を衝き上げる中、別なる羅刹の反撃は、優の【Shekinah】に精度を証された葉月の【紫縁】が楔打つ。
霊撃に畳み掛ける菫さんと海里は、軽口を言い合う主らに鼓舞されたろう、
「蕁麻疹治ったか」
「やかましい。精神防衛戦で一般人と触れ合ったあんたこそどうなの」
「我は極上の馳走を前に治まった」
今回は屠るのみ――と殺気を研ぎ澄ますは耀も同じく、因縁かつ宿敵たる『うずめ様』との戦いを前に【羅刹の魂】は炯々赫々。
「貴方達は差し詰め前菜と言った処ね。小腹満たしに頂いておくわ」
「……ぬ、嗚嗚をっ!」
今際の咆哮に敵襲を報じんとする羅刹を、オリヴィアの【ロンギヌス・オルタナティブ】は顎ごと貫いて息を摘み、夥しい返り血をその儘、邪気の焚き口へと爪弾く。
「急ぎましょう。嫌な予感がします……!」
而して、間もなく。
彼等は迷宮の到達点に惨憺を視た。
●
蒼の巨躯を血斑に染めたデモノイドとデモノイドロード、白軍服に鮮血を浴びた雷軍鬼。
群る狂邪の隙間に覗くは――赤黒き血を想わせる妖光を纏った『うずめ様』。
彼女を中心に走る地割れは軍庭を歪に隆起・陥没させ、其処に満身創痍の仲間が膝折り、或いは気息奄々と立っている。
何を為べきか逡巡する間はない。
ディフェンダーの耀と葉月は直ぐさま守壁と割り込み、
「この場は預るわ」
「菫は我と共にこの者達の背中を守れ」
「すまんねぇ。後は頼むんよ」
そう声を置いて撤退する伝皇・雪華を隠す様に一同が陣を敷く。
新たな灼滅者の到来を妖し微笑に迎えた『うずめ様』は、配下らで固めた防壁を潜る灼罪の光条に赫眼を絞り、
「うずめ様、キミにはこの未来は予測できていたのかな?」
「うずめ様は言いました。予言の結果を予知する者の妨害を阻止する事は不可能だと」
禍き鬼の怪腕に弾いて答える。
柩が構えた【墓碑】の聖歌が止まぬ裡、狂鬼の爪は一同を差し示して、
「うずめ様は言いました。妨害を排除すれば予言は必ずや達せられるだろうと」
其が合図か、駆逐命令を受け取った配下達が波濤と押し寄せる。
然し灼滅者の目標はあくまで『うずめ様』の灼滅――彼女が後衛に鎮座する事も想定していた一同は、全員が遠距離攻撃を倶し、優はその命中を高めんと白磁の指に光矢を引き絞る。
「残念だけど、雑兵に構っている暇はなくてね」
星の精彩を受け取り、五感を研磨したファムの神風は凶邪の壁を縫って後陣へ。
「アタシ、かくれんぼ、見つけるの得意!」
宝箱を探す様に爛々とする瞳、その狙いは『うずめ様』である以上に、彼女の裡に秘められしもの。
其が誰しも見られるものでないとはオリヴィアも重々承知しており、
「この場を受け継いだ責任、必ずや果たします」
去った者に代わり、また辿り着けなかった同胞に代わって氷楔を撃ち出した。
「ッ、我が主を傷付けさせてなるものか!」
「嗚嗚ヲヲォォヲヲッ!」
唯、敵も易々と攻撃を通すまい。
狂暴の群れは盾となり鉾となり応戦するが、レオンは目下の苦境も笑い飛ばし、
「さて、此処が正念場だ。しっかり俺についてきな、ってなぁ!」
「痛ををッ!」
彼が紡いだ怨念の怪は悪鬼が負ったものの、その僅かな綻びに捻じ込まれた蔵乃祐の鞭剣が、須臾、『うずめ様』の胸に噛み付く。
「長年てこずらされたな。ケリを付けよう」
紅白の装束は血汐に濡れるか――否。
華奢な胸元に浮かんだ光が忽ち傷を塞ぐや、その燦然は闇を濃くして強靭を帯び、
「――」
くすり。
天に掲げた左手が灼光を迸らせると、そこから無数に尾を引いた白焔が蔵乃祐の痩躯を弾いた。
「!」
咄嗟に海里が霊撃を挟まんとするも、遅い。
(「白い炎……!」)
人狼の力を秘める彼は訝しみつつ転がり、直ぐさま回復を注ぐ優とファムも之には大いに驚く。
「今のは……スサノオの幻影……?」
「ウン、スサノオ大神の欠片のカタチしてた!」
蓋し思考の時間は与えられず。
間もなく逆の手が月白の光を纏って軽く地を叩くと、激情を呼び起こされた大地が震え、唸り、凄まじい震撃が前列を呑み込む。
「ッ、所々戦場に走っていた地割れの原因はコレね……!」
「上からも崩落が……菫は霊撃に落石を防ぎ、布陣の瓦解を許すな」
神薙使いの耀と葉月は、其は嘗ての純粋な「鬼」の力ではないと直感したろうか。
同じく激震に足止められたレオンと柩も気付きを得たろうか。
「ッッこの迷宮で、身につけた力と考えるべき、かな……?」
「っ、既に手に入れた探し物の能力、かもしれない……」
強い。
圧倒的に強い。
桁外れの力に弄ばれた灼滅者を更に手下が囲繞し、ここで増援――定期的に報告に戻る捜索隊が加われば、戦局は一気に不穏へと傾く。
可惜、迷宮探索に秀でた彼等は然し最下層到達後の戦術に細密を欠き、敵の波状攻撃・飽和攻撃に次第に後退せざるを得なくなる。
「フフ、あたしの前で好きにはさせないわよ?」
「っ……今度は雌蠍型のデモノイドロードとアシッドデモノイド……!」
撤退も有り得るか、と脣を噛むはオリヴィア。
敵群に波と揉まれながら、何とか閃雷の掌打を差し挟んだ彼女は、狂気の海が大きなうねりとなって方向を変えた瞬間、その流れる先を金瞳に追う。
ここに三組目となる灼滅者が現れ、『うずめ様』が彼等の迎撃に手勢を差し向けたとは、耳に届く剣戟で知ろう。
彼等もまた到着を告ぐより先、迫り来る敵を楔打って、
「いいでしょう。うずめ様とは、直接対決した事がありませんでね。やり合ってみたいところですが、取り巻きのあなた方で我慢してやりましょう」
蒼の肉壁の向こうより届く西院鬼・織久の冷然は、配下は任せろと言わんばかり。
黎明寺・空凛も蒼邪の隙間より声を張って、
「――そちらは、預けます!」
耳馴染む声に闘志が蘇る。
雄心勃々、再び屹立した一同は、手駒を割いて単独となった標的を睨めつつ、己が殲術道具を振り被った。
●
ダークネスを癒しの糧と見る耀は、一度は死した鬼を屍肉と蔑もうか――否、それ以上に滾るは瞋恚。
「ザガンといい……気に入らないわ、本当に」
脳裡に過るは、闇堕ちから救う事叶わず灼滅され、挙句名古屋の惨事で復活させられた先輩の運命――己を絶望に沈めた過去が、風紡ぐ指先をチリと焼く。
その聖風を纏って天翔けたオリヴィアも、理不尽に染められた世界に柳眉を顰め、
「ロード・プラチナを唆し、罪無き人を闇堕ちさせて戦力化しようと考えさせた罪、今こそ償って頂きます」
何故あのような予知を。
何の意味があって。
婚星と降る蹴撃は美しくも、地を圧する波動は凄惨。
刻下、重力に足止められた『うずめ様』にはファムとレオンが肉薄し、
「祖霊使いのアタシ、分かる。うずめ様、うずめ様の声を聞いて伝える巫女、依り代!」
「そんで神の依り代さんは、予知した人達が居場所吐くって予知しなかったのかなぁ」
清けし鎌鼬の風が後衛より疾ると同時、【call of Siren】に秘められた厖大なる魔力が溢流する。
爆風と衝撃が戦場を揺するが、砂塵に紛れる鬼の巫女は未だ微笑を湛えて凛々。
僅かに血を滲ませた刺青を一瞥した蔵乃祐は、間を置かず次撃を継ぎ、
「既に神代は過ぎ去った。人々の営みで世界は動き、継がれていく世代が歴史を紡ぐ」
エスパーなる新たな種族の出現こそ世界を拓くと、彼等に冀望を視る灰の眸は清霜――【聖杖ルサンチマン】の閃撃に輝く。
「正道。罷り通る……!」
その背に守らなねばならぬ意地があるとは知ろうか、巫女は鬼の怪腕に打突を往なし、またも大地を怒らせ、深い罅割れに距離を取らんとする。
逃走を警戒する柩は、稲妻に天地を繋いで檻を成し、
「ヒトの魂に宿る『悪意』の根源、其がキミの言う神様なら。デモノイドに協力しているのも納得できる処ではあるけれど」
或いはデモノイドに未来を視たかもしれぬ邪眼を執拗に追った。
然し神託を預る巫女の鬼ならざる力、その根源と禁秘を知らぬ彼等は攻略に至らず――次第に水を開けられ、窮境を余儀なくされる。
新宿迷宮に侵入して一刻、遂に隊は前衛を崩し、武蔵坂学園屈指の強者も一人、また一人と膝を折った。
首魁の灼滅を誓う葉月だが、何より先じるは大切な者、仲間の無事なる帰還であろう。
「優はこの間貸した武器を我に返す迄、斃れる事も堕ちる事も許さない」
盾として多く凄撃を代わった我が四肢、菫さんの消失を労いに見送った凄艶は、白炎の幻影を異形の怪腕に相殺して倒れ、
「……守りきるつもりだったのに、足りなかった上に守られちゃったか」
咄嗟に華奢を預った優は、心配する海里の犬耳をそっと撫でつつ、意識を手離した月光花を「せめて」と青薔薇の癒しに包んだ。
撤退条件は擦り合わせていなかったが、戦闘不能者と回収者の等しい今が潮時と、蔵乃祐が英断を下した、刹那、名を呼ばれる。
「蔵乃祐!」
其が文月・咲哉と――声の方向に流眄を注いだ彼は迷わない。
先に戦場を引き継いだ彼等は、繋げる事の重要を知っており、撤退を援護すべく前進する高沢・麦らの班に戦線を預ける。
「後は、私達に任せて」
「お願い、します……!」
擦れ違い様、死闘を労う氷上・鈴音にはオリヴィアが声を絞って希望を託し、レオンは大の字に倒れた儘、視界を過るレイ・アステネスを追う。
「ハハッ……此処までやられるとはねぇ。まあ……闇堕ちはしないでくれよ?」
「分かっている、レオン」
頼もしい返答に窃笑して。
満身創痍に膝を付いていた耀は、配下の勦討に向かう別班、守安・結衣奈の凛然を耳に漸う睫を落とし、
「決着を付けるよ! 絆と未来を信じて!!」
(「ええ、私達は、もう貴女の予知に弄ばれない――」)
彼女を負ぶったファムは、灼滅に至れぬ悔しさに地団駄を踏む筈の足を、ダンッと踏み込み、踵を返す。
「繋いだバトン、きっと、ゴールに届く!」
きっと、絶対に。
その想いは、意思の強さに呼応して間もなく実を結ぼう。
迷宮に突入してから一刻半、
「……あんたにも聴こえるかい? 灼滅完了の報が入った」
葉月を姫抱きに撤退した優は、回線を繋いだPRC-14CS無線機に耳を澄まし、戦友の肩を借りていた柩は、迷宮の出口へと藍瞳を持ち上げる。
「ボク等は新宿迷宮を攻略したんだ。堂々、武蔵坂に帰ろう」
胸を張れ。
顔を上げろ。
百孔千創、靴底にすら流血を引き摺る彼等であったが、その足跡は慥かに、光差す方へと繋がれていた――。
作者:夕狩こあら |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年6月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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