新宿うずめ様事変～天は迷いの地を探る

■リプレイ

●新宿迷宮
　新宿の地下に広がる迷宮。
　幾度となく戦いの舞台となったそこで。
　神無月・佐祐理（硝子の森・d23696）は、ふぅ、と息を吐いた。
「軽い気持ちで提案したことが、まさかここまで『おおごと』になるとは……」
　年長者も多いエスパーなら、年の功や何やらで、サイキックリベレイターの延命や機能向上ができるのでは、と考えていた佐祐理だったのだが。
　もたらされたのは、暗号という形での情報。
　しかも、予知という厄介な能力を持つうずめ様の動向について、という重大なもの。
　この思いがけない機会に、灼滅者達は新宿迷宮に足を踏み入れていた。
　姿すら見えないが、他にも幾つもの班がそれぞれに侵入しているはず。
「密林探索に迷宮探索に、灼滅者稼業はほんっと忙しいよねぇ」
　苦笑しながらもどこか楽し気に呟くのは、彩瑠・さくらえ（幾望桜・d02131）。
「今回の迷宮は懐かしいっちゃ懐かしい、かな」
　避けた瓦礫をふと見ると、明らかに他と違う古びたペイントの跡があって。
　ラグナロク探索時の印と気付けば、小さく微笑む。
（「あの時から、僕らはずっと走ってきてるんだな」）
　そして今も、立ち止まるわけにはいかないから。
　あの時以上にさくらえは前を向く。
　その後ろに、瓦礫をひょいっと軽く飛び越えた堀瀬・朱那（空色の欠片・d03561）が無言のままで続いた。
　本当は、探索とか突破とかの言葉にワクワクで、陽気に元気にはしゃぎたいけれど。
　我慢我慢と呟きながら、でも皆の雰囲気が重くなりすぎないように、とにっこり笑顔だけは絶やさずに足を進める。
「この時期にうずめ様が新宿迷宮で動く意味は何でしょう？」
　そもそもの疑問を投げかけるのは無道・律（タナトスの鋏・d01795）。
　サイキックアブソーバーは、サイキックハーツの理の模造品だと律は思う。
　では、その理とは何処にあるのか？
（「決戦の地・ソウルボード？　それ以外なら……？」）
　巡る思考に、久成・杏子（いっぱいがんばるっ・d17363）の声が重なった。
「うずめ様は刺青羅刹で、新宿迷宮には外道丸さんも逃げ込んだことがあったよね」
　これも縁なのかと首を傾げると、傍らに浮かぶウィングキャットのねこさんも、主に倣うように身体を傾ける。
「深い深い場所に、なにがあるなのかなあ？」
　既に灼滅された刺青羅刹・外道丸。
　その存在が今回の件に関連しているのだろうか。
「若しかしたらうずめ様は、ベヘリタスの秘宝を求めて動いているのかもしれないですの」
　シエナ・デヴィアトレ（治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905）が挙げるのは、デスギガスを以って第２次新宿防衛戦を引き起こした『絆のベヘリタス』。
　精神防衛戦のあったソウルボードで感じた縁……『絆』の力からの連想だ。
　そして、シエナ自身が『ベヘリタスの秘宝』を長く探し求めているゆえに至った憶測。
（「本当にそうなら、闇墜ちしてでも手に入れますの」）
　決意を緑瞳の奥に秘め、シエナは瓦礫の道を見据える。
　他にも、巨大スサノオが現れたりと事件に事欠かない新宿。
　ゆえに灼滅者達の推理は多岐に渡り、だからこそ敵の狙いが読めなかった。
「サイキックハーツの乱立、って時に探す何かは、奴らに有利になるものか、俺らに不利になるものか……」
　ならばと森田・供助（月桂杖・d03292）は行く先に挑むような笑みを向けて。
「ま、虎穴に入るさ」
　言ったその身が猫へと変わる。
　サングラスの下でにっと笑ったアデーレ・クライバー（地下の住人・d16871）も、犬に変身して隣に並んだ。
　皆、消音を意識した靴や服装を揃えてきたが、さらに足音を消そうと用意したＥＳＰ。
　不安定な足場をものともせず、静かに２匹が進むのは、瓦礫の間にできていた道……羅刹やデモノイド達が通った跡。
　小さく絞った灯りを手に、佐祐理もその後に続く。
「色んな事があるけど」
　杏子は迷いなく道の先を見て。
「あたしは、あたし達を信じてくれた人達と、ツイナ達が守ったこの世界を守る」
「そのためにも、うずめ様の企てを、阻まなければなりませんね」
　大切な人や仲間達を想い、律も微笑と共に頷いた。
「長く苦しめられた敵……一度は倒した敵を、もう一度確実に倒すチャンス。
　逃しはしないヨ」
　低く抑えた声で告げる朱那は、にやりと好戦的な笑みを見せて。
　さくらえも応えるように微笑み、言った。
「今の僕らにできる事、着実にやっていこうか」

●地下探索
　道行きは順調な滑り出しを見せた。
　上層部は瓦礫ばかりで迷宮などとはとても言えない有様だったが、羅刹達が既に切り開いた道があり。
　念のためにと怪力無双を用意した佐祐理の出番どころか、さしたる障害もなく進む。
　中層部は幾分元の状態を残していて。
　以前の各資料から事前に準備していた地図に、さくらえのスーパーＧＰＳと律のゴーストスケッチを用いて情報を上書きしていった。
　道が瓦礫で半ば塞がれてしまっているところもあったが。
　ライドキャリバーのヴァグノジャルムを守りに残したシエナが、壁歩きで瓦礫のない天井近くまで登り、猫変身した供助が軽やかに、ねこさんがふわふわと続いて。
　道の先を確認した後、シエナが持っていたロープを『異常なし』の合図で引くと、ねこさんが両手で大きく『まる』のジェスチャーを見せた。
　合図のロープを行動補助に使い、静かに灼滅者達は瓦礫を越える。
　そんな道行きの間、アデーレとシエナはＤＳＫノーズを使い、索敵に心を配っていた。
　ただ、ＥＳＰだけに頼り切ることはしない。
　供助は五感を研ぎ澄まし、杏子は物音や空気の流れを探っていく。
　撤退時のため、そして来た道に異常が起きていないかを知るために朱那はアリアドネの糸を紡ぎ、ちらりと時折見る時計で経過時間をチェックしていった。
　静かに、警戒して、慎重に。進む灼滅者達。
　そして辿り着いた下層部で、これまでとは違う雰囲気を感じる。
　壁の一角から嫌な感じを受けた供助は、尻尾を使って皆に警戒を伝え。
　朱那も注意深く絞った灯りで周囲を見やる。
　罠の１つ２つもありそうだが、あえてかかってやることもないだろう。
　その上。
　実際の道を描き込んでいた律が、地図を見て眉を潜める。
　覗き込んださくらえも、元の線と新たな線が交差し反れるのを見て理解した。
「迷宮が変化してる？」
　壊れたり崩れたりといった変化ではない。
　明らかに道が増えたり分岐点が消えたり、唐突に行き止まりが現れたりしている。
　古い地図はおおまかな地理を把握するくらいには役立つし。
　新しい地図は探索した範囲の記録という点では有益ではあるが。
「壁抜きや床抜きは無理そうですか」
　アデーレが首を横に振ると、佐祐理も残念そうに頷いた。
　変化は迷宮そのものにだけではない。
　足を止めたシエナがハンドサインで示すのは、匂いで感じた『業』。
　その感覚を確認し合うようにアデーレと目を合わせ、頷いて。
　先行するシエナに、供助と佐祐理、ねこさんが続いた。
　小柄になった身体を物影に隠し、供助が見たのは羅刹２体とデモノイド４体の姿。
　かつての迷宮には居なかった、うずめ様配下の捜索隊だ。
　ねこさんが尻尾をぶんぶん振って敵の存在を本隊に知らせると共に。
（「相手の数が多い……やり過ごすべきですね」）
　佐祐理が、隠れるようにとサインを送る。
　身を潜めて戦いを回避し、時間と体力とを温存する判断。
　用心する杏子の耳に、羅刹達の会話が近づいてくる。
「……なかなか現れないな」
「だからこそ、こうして見回りをするんだろうが」
（「あたしたちのこと……じゃあなさそうなの」）
　うずめ様が探させているという『何か』のこと、なのだろうか？
　杏子は首を傾げるけれども、聞き返すわけにもいかず。
　息を潜めてそのまま過ぎ去っていくのを待つ。
　そこに。
　強酸性の蒼い液体が放たれた。
　とっさに地を蹴り避けたけれども、その動きに羅刹も気付いて。
「灼滅者か！」
「あれを奪われるわけにはいかないぞ！」
　先に戦闘態勢を見せていたデモノイドに続き、武器を構える。
　こうなれば戦いは避けられないと、杏子はサウンドシャッターを発動させた。
「仕方ない。手早く倒すぞ」
「任せて」
　猫変身を解いた供助の声に、朱那が鮮やかに笑って。
　異形巨大化し振るわれる腕に合わせて、太陽と月をモチーフにした長槍が、前に出ていたデモノイドに狙いを揃えて穿ち放たれる。
　律がダイダロスベルトを広げ、ＢＳをばら撒いて援護すると、さくらえの絆縁が鋭く射出されて１体を貫き屠った。
　アデーレも犬から少女に戻り、サングラスを外して上着の胸ポケットに引っ掛けると、左半身の青痣から蒼い寄生体が発現する。
　それは足を包むと蒼き流星となってデモノイドを蹴り飛ばし。
　佐祐理が抱える黒い棺に仕込まれた大型ガトリング銃が、たたらを踏むデモノイドを炎で包み込んだ。
　シエナも、短期決着のために最初だけはとギターの調べを攻撃に向け。
　その旋律に合わせてヴァグノジャルムが突撃していく。
　ねこさんが繰り出す猫魔法を見ながら、杏子は癒しの奏でを紡ぎ上げつつ。
「うずめ様は何を探してるなの？」
　問いを投げかけてみるけれど、羅刹は答える義理はないとばかりに口を噤み、デモノイドは呻いて蒼い刃を振り回すばかり。
「易々と教えてくれるわけがない」
　落胆する様子も見せず、アデーレは左腕の寄生体に槍を取り込み。
　巨大な鷲の爪を形作ると、蒼く鋭い一撃でデモノイドを切り伏せた。
　先を急ぐために、そして、さらに敵が集まってくる前に、と灼滅者達は攻撃を重ねて、１体ずつ着実に倒していく。
「何か情報を話す気はありますか？」
　最後の１体に、一応聞いておこうと問う律だけれど。
「ない」
　追い詰められつつもはっきり答えた羅刹に、律は石化の呪いを向け。
　さくらえと朱那が冷気のつららを放つのを追いかけるように、供助の飛び蹴りがキラキラと煌めいた。
　そして１つの戦いを終え、灼滅者達はまた探索に戻る。
　うずめ様を、そしてその目的を探しながら。
　警戒して慎重に。時には先行隊を作って。
「あの曲がり角の先で物音がするの」
「業の匂いは感じませんが……」
　気付いた杏子のハンドサインに、シエナが訝しむけれども。
　律が手鏡を使って確認すると、確かにそこには４体のデモノイド。
「これが初の実戦であれば業はない、ということ？」
　アデーレの推測と、比較的少ない敵の数に、さくらえは皆へ頷いて見せて。
　今度は隠れず、敵に挑みかかっていく。
　槍を取り込んだアデーレの腕が鷲の爪を象り、鋭く切り裂けば。
　律がデモノイドを凍り付かせ、さくらえの日本刀が重く振り下ろされる。
「静かにするのちょっとツライから、たまには息抜きしないとネ」
「ストレス解消の相手、か？」
　ぺろっと舌を出しておどける朱那に、供助は苦笑を返して。
「思う存分、参りましょう」
　くすくす微笑む佐祐理の影が虹色に染まり、刃となれば。
　その七色に楽しそうに笑った朱那の剣が炎に覆われ、太陽のように輝きながら一閃し。
　仕方ないなと追いかけるような軌跡で、群青の飾り紐を揺らした日本刀が翻る。
「戦闘中だけだけど、音は遮断してるから、思いっきりどうぞなの」
　聞き留めた杏子も、笑いながらそんな声をかけて楽しみ。
　シエナの紡ぐ旋律と共に、攻撃を支え後押ししていく。
　そうして。
　戦いと探索とが１つずつ積み重なっていった。

●うずめ様
　数少ない相手と避けられない相手を倒し、数の多い相手は極力避けて。
　着実に灼滅者達は最下層に向かっていく。
「敵は５体。どうする？」
「隠れても見つかるばかりですの」
「迂回、するべきでしょうね」
　先行隊の判断に、隠れてやり過ごす、という選択肢はもはやなく。
　進む毎に敵と遭遇する頻度が上がってきていることもあり。
　だんだんと進むスピードが遅くなってきていた。
（「大分迂回してますね」）
　地図を見る律は、辿った道のりが描く無駄な線に少し顔を顰める。
　それでも、敵を撃破して進む判断を随所に挟んでいるため、着実に目指す場所へと近づいてきている。
「最深部まであと少しだ」
　頑張って行こう、と皆に笑いかけるさくらえ。
　そして行く手にまた感じる業は、４体の羅刹。
　この数なら突破だろうと判断し、それを確認しようとした供助だが、不意にそのポケットに振動が生まれた。
　音が出ないようにして持っていた携帯電話。
　新宿迷宮に入ってから今まで使えなかった通信機器。
　その動作に、供助は皆に待機のジェスチャーを送ってから、他班からの連絡を受ける。
　内容は予想通り。
「……うずめ様、灼滅完了」
　短く伝えた供助の声に、皆はそれぞれの驚きを見せた。
　灼滅できたという喜び。
　間に合わなかったという悔しさ。
　探索は堅実だったし、回避と戦闘の判断は正しく皆の余力も充分。
　ただ、僅かに時間がかかった。
　遭遇する敵の数がもっと少なかったなら、敵がいないと判っていた上層部・中層部をもっと早くに抜けていたら、また違ったかもしれない。
　複雑な感情が混じる微妙な空気の中で。
「向こうからも敵が来る」
　察したアデーレが警戒を促した。
　別方向からそれぞれに迫ってくる２つの敵チーム。
　そして、達成された目標。
「……撤退するヨ！」
　アリアドネの糸を掲げた朱那に、律がしばし迷い、でもすぐに頷いた。
　さくらえも並び地図と糸とで先導し、来た道を逆に駆け上がっていく。
「うずめ様から目的、聞けたなのかな……」
　１度だけ振り向いた杏子は、ぽつりと呟いて。
　シエナは最後まで諦めないと、急ぎながらも周囲を探る。
　それぞれの思いが地上へ向かう中で。
（「うずめ様が、倒れた……」）
　それにより訪れる未来はどんなものになるのか。
　漠然と考える佐祐理は、ふと、常備している薬にそっと触れた。
　人造灼滅者の命を繋ぐ薬。
（「これと縁が切れる日が……来るのかしら？」）
　その切れ方がどんなものかもまだ分からないけれど。
　期待と不安を抱きしめて、佐祐理は道の先を見据え、走った。

作者：佐和	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年6月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
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