「お前たち、そろそろ時が来る頃だとは感じていないか……?」
灼滅者たちを見回しながら、神崎・ヤマト(大学生エクスブレイン・dn0002)はそう切り出した。
「灼滅者たちの鍛え上げられし肉体が躍動し、相争いつつ認め合い、高め合い、やがて神話の戦いとなる……そう、運動会の時が!」
とは言え、現在の状況は切迫しており、武蔵坂学園全体で大々的な運動会を行うことは難しいのが現実だ。
だが、とヤマトは前髪をスタイリッシュに掻き上げながら言葉を続ける。
「ダークネスとの苛烈な戦いを続けているお前たち灼滅者に、運動会という祭典を行うことで日常を思い出してもらえるなら、それは喜ぶべきことだと俺の脳に秘められた全能計算域も告げている。……つまり、だ」
6月10日の日曜日に、有志で運動会をやろう!
そういうお誘いなのだと、ヤマトはクールっぽい笑みを浮かべた。
「と、いう訳で……俺からは勿論、『あの怪物』の説明をさせてもらおう」
「あの怪物……?」
ざわつく灼滅者たちに、深々とヤマトは頷いた。静かにいくらかの間を取って、彼は『怪物』の名を口にする。
「そう、『あの怪物』……今年もお前たちを静かに待ち受ける、禁断のフィールドアスレチック。その名も……『メカMUSASHI』だ!!」
「MUSASHIって元々結構メカっぽい見た目のアスレチックじゃあ……」
「『メカMUSASHI』だ」
ツッコミかけた灼滅者の目をまっすぐに見つめて、ヤマトは繰り返す。その瞳は、綺麗に澄み渡った色をしていた。
「既に知っている者も多いとは思うが、MUSASHIは第一ステージ、第二ステージ、最終ステージの三ステージで構成されるフィールドアスレチックだ。どの競技も難関だが、それ故に全てのステージを制覇し、頂点に上り詰めた者には栄光が約束されていると言えるだろう」
三つの競技から成る第一ステージと第二ステージ、そしてアスレチックの頂上を目指して上り詰める最終ステージは、どの競技も過酷なもの揃いということも周知の通り。
そして、ヤマトはチョークを片手に今年の競技の詳細を黒板に書き出していく。
「まずお前たちが挑む第一ステージは、『ジャングルの勇者』『大玉渡り』そして『死のオルゴール』の三競技。ロープに掴まりながらそれらを飛び移っていく腕の力と全身のバネ、水に浮かぶ大玉たちの上を落ちることなく駆け抜ける俊敏さ、回転に振り落とされることなくローラーを渡り切る体力……序盤から相当な身体能力が求められるが、無論その先にも難関が待ち受けている」
カカカッ、と小気味よい音を立てて、ヤマトの手にしたチョークが更に三つの競技名を描き加えた。
「第二ステージとして立ちはだかるは、『トリプルグレートウォール』『ロングマーチダッシャー』『雲梯ドラゴン』。湾曲する三つの急坂を息つく間もなく駆け上がり、天空を渡る極細の回廊から落下することなく走り抜け、龍のごとく自在に動く雲梯を己の腕力のみで渡り切れ!」
そして、最終となる第三ステージ『メカMUSASHI』だ。
鉄骨からぶら下げられたロープを登り、中央に立てられた旗を目指すという基本の目標は同じだが、今年のギミックはと言うと……。
「その身に取り付き頂上を目指さんとする灼滅者を、あらゆる手段で撃破しにかかる」
「……はい?」
「あらゆる手段で撃破しにかかる」
大事なことなのでと言わんばかりに二度言って、ヤマトは黒板に残っていたスペースにでかでかと『メカMUSASHI』のイラストを描き、その横を軽く拳で叩いてみせた。
「高速で伸びるランスによる叩き落とし、ターゲットを追尾するブレードの射出、そして『メカMUSASHI』そのものの捻り運動による振り落とし。これらを掻い潜り、見事その頂上へ至れ、灼滅者!」
今年のMUSASHIも、どうやら一筋縄では行かないらしい。だが、百戦錬磨の灼滅者なら必ずこの地獄のフィールドアスレチックを乗り越え、勝利を叫んでくれるだろう。
そう信じているかのように、ヤマトはぐっと灼滅者たちに親指を立ててみせる。
「人の心を忘れたAIに操られし『メカMUSASHI』に挑み、これを制覇できる勇者は果たして誰なのか……お前たちの健闘を、祈っている」
●決戦の時
いよいよ眼前に現れたその威容を前にして、御鏡・七ノ香は息を呑んだ。
「これ、何ですか……?」
面食らったように呟く彼女だが、それは運動会初参加というだけが理由とは言えまい。その証拠に羽柴・陽桜を始め、各年の運動会を経験してきた灼滅者の中にもまた、ごくりと喉を鳴らす者は少なくなかった。
「人の心を忘れたAIに操られ……って、制覇したら人の心取り戻すのです?!」
「まるで去年まではコレが人の心を覚えてたみたいな事を言いよる……」
遠い目をした若桜・和弥の呟きに、同じく歴代MUSASHIの内容を思い返しつつ、けれど月村・アヅマはぐっと力強く拳を持ち上げて。
「ここまでされると逆に燃えてくるものがあるよね」
「今年も会えましたね、MUSASHI……いえ、メカMUSASHI!」
今年こそは雪辱を果たすと気炎を吐く椎那・紗里亜の声が、運動会の空に高く響く。
――さあ、時が来た。怪物の挑戦に、勇敢なる灼滅者が応える時が!
●第一ステージ~灼滅者の進撃
「さあ皆様大変長らくお待たせいたしました! 地獄の入口が! 今まさに開こうとしております! メカMUSASHI、開幕です!」
他の灼滅者たちのやや後方を行きながら、加持・陽司が軽快な実況を始める。実況席に陣取ったヤマトも、それに続いて唇を開いた。
「最初に待ち受けるは『ジャングルの勇者』、腕力と全身のバネを駆使して宙を駆ける灼滅者の勇姿はまさに野性のヒーロー!」
そんな灼滅者たちの中でも、先頭集団を作る一人が迦具土・炎次郎だ。横顔に笑みさえ湛えて、彼は後先など考えないとばかりに突き進む。
「明日身体バキバキになっても後悔はあれへん!」
「あーああーっ!」
お約束の雄叫びを上げつつ、久成・杏子も元気いっぱい【糸括】の仲間に手を振りながら飛んでいく。
先へ、更に先へ。カーリー・エルミールもまた、めざせ完全制覇と決意を新たにする。身体を大きく揺すり、ロープを一際強くしならせて飛び出そうとしたその瞬間、掌が僅かに滑った。
「あっ……!」
微妙な失速すら、この競技では命取り。ギリギリ届かなくなった手を伸ばしたまま、カーリーが眼下の水場へと落下していく。
「タイミング重要、リズムをとって」
「よい、しょ。よいっ、しょっ」
呟いて、菜々野菜野・菜々がロープを掴む手に力を込め直す。初めは気圧されていた七ノ香も、懸命に一つ一つロープを掴んだ。
汗で滑る掌が、己の体重に痺れる腕が、自分自身のものだというのに強敵のようだ。自分を鼓舞するように、雲・丹は口元で笑ってみる。
「これからメカMUSASHIが優しく見えるくらいの困難ありそぉやし、これくらいは軽く突破したいやねぇ」
けれど彼女にとって、恐らく第一ステージ最難関となるのがこの競技。鎖の先についた棘鉄球のつもりで……そんなイメージで宙に放り出した身体は、水の中へどぼんと落ちた。ほぼ同時に力尽きた七ノ香と顔を見合わせて、丹は先を行く背中たちへ視線を送る。
「己の体一つ支えられず何が腕力か」
皇・銀静曰く、腕力は時に己の命を支える事もある。鍛えた腕と意志の力、何より冷静な観察眼をもって、彼はクールに難関を渡っていく。
「思っていた以上に、強敵だね……!」
早くも上がり始めた息を落ち着けるように足場を見据えて、十全・了はロープにしがみつく。持ち前のバランス感覚で姿勢を保って進んできたが、体力の消耗は隠しきれない。それでも前に進もうと離した手は、するりと空を掴んで落ちた。
「みんな、あたしの分も頑張ってきてえええ……」
やはり最後まで全力で頑張ったものの、同じクラブの仲間たちへのエールを残して脱落していく萩沢・和奏の声に、派手な水音が重なる。その音に小さく身をすくませかけた琶咲・輝乃が、ぐいと大きくロープを揺らして跳んだ。ここを跳び切れば、次に繋がる足場だ。小さな足がそれを捉えたかに思えたその時、横合いから不意に風が吹きつけた。
「……あっ、」
僅かにブレた身体の軸が、そのまま崩れて傾き、落ちていく。不運にもあと一歩を渡り切れなかった悔しさをひっそりと噛み締めつつ、輝乃は先を進む灼滅者たちに手を振った。
そして、ロープの森を抜けた灼滅者が挑む次なる試練は『大玉渡り』。リズムを取るように足場の上で軽くジャンプしつつ、炎次郎はケンケンパみたいな要領でいけばいけるかも、と踏み切ったけれど。
一つ、二つ、三つ。次のリズムへ繋ごうとした足が、大玉を僅かに深く沈ませた。そのまま、炎次郎は大玉が浮かぶ水面へと豪快に落ちていく。
「これはすごい! すごいです! 玉が生きているかのよう! その……すごいですぅおっとお!!」
実況の語彙力を失ったのが運の尽き――という訳でもないだろうが、陽司もここであえなく脱落。その様子を見ていたアヅマは、駆け出す前に小さく呼吸を整えて。
「平常心、平常心っと……」
身体能力に際立ったものがないと自称する分、心持は慎重に堅実に。焦りからの凡ミスだけは起こさないよう気を配る彼とは対照的な攻略法を見せたのが、榊・くるみだった。
「今年こそ……がんばるもん!」
「バランスボールと同じ要領だよ」
アイドルのダンスを思わせる大胆なアクションで次々と大玉の上を渡っていくくるみの姿は、いっそ華麗だ。続く千条・遥も、自信があると言った通りに軽やかにその身を躍らせた。
「猫だから、これくらいは」
猫を目指して生きてきたという舞音・呼音も、その身軽さで跳ねるように大玉の上を渡っていく。玉が回転するより早く踏み切ってしまえば、恐れることはないのだ。
「あ、そっち危ないぞ? こっちもどっちも危ないな! ところで最近浮いた話とかねーの?」
「……」
木元・明莉の妨害じみた軽口を、神無日・隅也は無言でスルーする。黙々と走り抜けていく彼の横顔に、明莉は走るリズムを崩さないまま器用に肩をすくめてみせた。
「ちぇ、さっきは琶咲にもしれっと流されたんだよなー!」
楽しげな勝負の気配に、科戸・日方は小さく笑う。競い合う友人がいるというのはいいものだ――そんな風に隣を見れば、同じく足場から前方に向かおうとする奇白・烏芥と目が合った。軽く拳を掲げ合い、次も互いに必ず生き残ろうと誓い合って、二人もまた、大玉の道へと挑む。
俊敏さには……いや、他のことにも実は自信はないけれど、弱気になってはいられない。自らを励ますように唾を飲み下して、桜井・夕月が走り出す。今ならいける。駆け抜けられる。信じて踏み出した足が、四つ目の大玉の上でずるりと滑った。
「くっ……」
諦めない。諦めてたまるものか。その一心で足を踏ん張り、大玉に食らいつこうとするけれど、ぐるりと回った玉は無情にも夕月を水場へと沈めた。ほぼ間を置かずして、別のレーンを駆けていた銀静の爪先が空を蹴り、水へと落ちていく。
「ああっ」
「惜しかったんよぉ……!」
応援席へ移動した丹たちの声も悔しげだ。彼らの健闘を心の中で讃えつつ、押出・ハリマも進む先をじっと見据えた。
慣れた土俵とは違う、揺らぎやすい足元。それすらも鍛錬と視点を変えて、ハリマは勇敢に駆け出していく。
そうして不安定な大玉の上を駆け抜けた灼滅者たちを待ち受ける第一ステージ最後の試練は、『死のオルゴール』。命名者のセンスににやりと笑って、ミカエラ・アプリコットは早速ローラーの突起に手をかけた。
「ホホーイ、ホホイ、っと」
身体のバネとフィーリングを頼りに突き進む彼女とは逆に、藤谷・徹也は緻密な計算に基づいて進路を弾き出し、効率的に進んでいく。それも上手いやり方だと密かに感心しつつ、フィズィ・デュールは驕ることなく機械の動きを読むことに集中する。
心をなくしたメカMUSASHIの、敢えてその心を問う――初代覇者のその目つきに、隙はない。尊敬の視線をそちらへ送って、陽桜は気合を入れるように両手を握る。
「今年こそは……!」
これを乗り越えれば第一ステージ突破。ひとつの目標に向かって懸命にローラーに食らいつく陽桜だったが、急激に加速した回転に浮いた身体はあえなくそのまま落ちていく。
「最後まで……負けないもん!」
そのガッツで突き進んできたくるみの手もまた、ローラーの上を滑って離れる。けれど彼女たちの決して諦めない姿は、きっと見る者に勇気を与えたことだろう。
よし、と小さく頷いて、有城・雄哉が動いた。これまでのステージは身軽さを活かして越えてきたが、ここに来て求められるのはむしろそれよりも慎重さ。そう判断した彼は、一歩一歩を確実に、手足の置き場を見極めながら進んでいく。
「イメトレ通りに……」
高沢・麦も視野を広く持ちつつ進む先をしかと見据え、指と掌全体でローラーの突起を握り締める。臆せず、慢心せず突き進む彼らをも、けれど予兆も何もなく速度を変えたローラーは、遥や和弥、アヅマともども容赦なく振り落とした。
「知恵と力のみならず、運さえも味方に付けろということでしょうか……」
遠心力の影響にギリギリ耐え抜きながらも、直後に手を滑らせた月影・木乃葉が荒い息のまま水から這い上がって呟く。体力の温存を強く意識していた彼にすら肩で息をさせるあたりにも、この競技の過酷さは伺えるだろう。
だが、やはり消耗を覚えつつそれでも体幹を保ち切った蜂・敬厳が、臨機応変な跳躍で移動距離を稼いだ栗橋・綾奈が、遂にローラーを渡り切った。彼らを最初にそのまま一つ目のゴールへと飛び込んでいく灼滅者たちの姿に、誰からともなく歓声が上がる。
「次も負けるなよ!」
少しの悔しさを覚えつつ、それでも周りの灼滅者と一緒にガッツポーズを取りながら、麦がそう第一ステージの覇者たちへ檄を飛ばした。
●第二ステージ~天翔ける灼滅者
灼滅者たちの前に屹立する、三枚の巨大な湾曲する壁。これこそが次なる試練、『トリプルグレートウォール』――間近で見ると一層威圧的なその姿に、神宮時・蒼はこくりと息を呑む。
(「……躊躇していたら、駆け上れない気がしますね」)
ゆっくりとコース全体を見回し、その全容を頭に入れつつ心を落ち着けて――そしてリズムよく、宙を舞うように。華奢な身体が、走り抜けた。
「脚を使うことなら任せとけ!」
元陸上選手の本領発揮とばかり、師走崎・徒も全力で三枚の壁を駆け上がる。突風のようなその走りに続けと、呼音も軽いジャンプの後に走り出す。
けれど重力に逆らい切れなくなった全身は、やがてあらぬ方向へと投げ出された。それでも最後まで猫の身のこなしは失うまいと身体を捻って着地した彼女に、応援席から拍手が飛んだ。
懸命に加速して頂上を目指したハリマ、そしてミカエラも、大きく湾曲する足場の前にここで敗れ去る。けれど全力で挑み、楽しみ切った以上、そこに後悔はない――そう言わんばかりに、彼らの表情は晴れやかだった。
ラスト直前という一瞬の気の緩みか、はたまた強靭な脚にも疲労が絡みついたか。最後の壁から、日方が落ちていく。脱落ざまに叫ばれた『行け』の二文字に強く頷いて、烏芥は地上数メートルの高さに設えられた極細のコースへと駆け込んだ。
「さあ『ロングマーチダッシャー』で問われるは空中コースを一息に駆け抜ける瞬発力とバランス感覚、この試練を灼滅者はどう攻略する?」
「どうと言われたなら……こうだな!」
ヤマトの実況に不敵に笑って、志賀野・友衛が獣のように身を低くする。そのまま一気に駆け出した彼女の全身が風を切り、突き進み――そして、緩やかなカーブを曲がり切る寸前、僅かにコースを踏み外した。
「くっ……!」
自分のことのように悔しげに、九凰院・紅が唸る。戦略は良かった。身体能力も確かなものだ。だが少しだけ、ほんの少しだけ、バランスを崩してしまった――その僅かな隙すら、ここでは致命傷となりうるのだ。
踏み外せば真っ逆さま。そんな地獄の平均台じみた道にも臆さず、杏子は瞳を輝かせる。ここから見える景色は、なんて素敵なのだろう!
けれどそれで無意識に失速したのがまずかった。逆に勢い余って曲がり角を制し損ねた徒、それに軽い身体を風に煽られた蒼もまた、空中の隘路から投げ出されていった。
歩幅は小さく、足の真ん中で回廊をしかと踏みしめて、風真・和弥がその名の通り風のように駆けていく。度胸が揺らげば即ち負けだ。下を見ないよう、あくまで一気に――そうして、彼らはいよいよこのステージ第三の試練に挑む。
共に参加申し込みをした面子も随分と脱落したものだ。そんなことを考えながら、明莉が『雲梯ドラゴン』へと手をかけた。途端、蛇がのたうつように雲梯が揺れた。
「……っうぇ」
酔いそうだと顔をしかめる彼を追い越し、紅がすいすいと歩を……否、腕を進めていく。そこへ、友衛が全力の声援を送った。
「頑張れ! 行けるぞっ!」
頷き、気合を込め直すように雲梯のバーを握り直す紅。前後左右、さらには上下にもうねるように動く雲梯は、ただでさえ掴み辛い。掌を汗に滑らせた綾奈が、後方への揺さぶり運動に吹き飛ばされた明莉が、無念の表情と共に落下していく。
「まだです……!」
敬厳が必死に絡ませた指も、遂に離れた。声援に応えきれないことを悔しがるように空へと向けられたまま、烏芥と紅の手も雲梯から滑り落ちる。等しく襲う揺れと疲労に耐えつつ、残った灼滅者たちは歯を食い縛った。
――そして。
「六つの試練を潜り抜けしは、いずれ劣らぬ五人の勇士! いざ……最後の決戦へ挑め、灼滅者!」
実況の声が、『その時』を告げる。
●最終ステージ~灼滅者VSメカMUSASHI
高く高く、鋼の塔は聳え立つ。徹也、隅也、紗里亜、和弥、フィズィ。最終競技への切符を掴んだ五人の灼滅者は、睨むようにその頂上の旗を見上げていた。
「がんばれがんばれ……!」
「誰か一人はこの怪物に勝って欲しいところだよね」
カーリーや了たち、既に脱落した選手も、祈るように五人を見守る。
(「毎年どうやって作っているんだろ……?」)
過去最凶と称されるメカMUSASHIを観覧席から見つめつつ、雄哉がそんなことを考えていた時、偶然にも和弥は似たようなことを思っていた。……制作陣の毎年のこの執念は、一体どこから来るのだろう。
雑念を振り払うように首を横に振ったその時、最終ステージ開始のベルが鳴り響いた。
「ここまで来たら体術の全てを駆使して登るのみ……!」
他の四人より僅か一瞬先んじて己のロープに飛びついたのは、紗里亜。テンポよく軽やかに、上へ上へと登りながら、彼女は掴むべき栄光を思い描く。
(「頂からの眺めはどんなでしょうね」)
それを確かめる為にも、やられる訳にはいかない。直線的なランスの一撃を僅かに身体を逸らすことでかわして、紗里亜は再び頂上を目指す。
「これは俺が機械を超えられるかの戦いだ」
機械の如く生きてきた徹也にとって、メカMUSASHIは格好の挑むべき敵とも言えよう。冷静に冷徹に相手の動きを計算しながら進む無表情の下で彼がこの戦いを楽しんでいることを、一体どれほどの者が知っているのだろうか。
今更力業で突破できる相手とは思わない。それはこれまでの競技でも体感済みだ。警戒も新たに、けれど力み過ぎぬよう呼吸を整え、隅也もまた進んでいく。
「来なさい!」
かわし切ってあげますから。そんな言葉が続くと思わせる啖呵は、初代王者の矜持ゆえか。しつこく襲い来るブレードの軌道を読んで時に移動を止め、時に身体を捻って、フィズィも着実に登っていく。その掴んだロープが、不吉な揺れ方をした。
「くっ、この……!」
メカMUSASHIの巨体が、捻るように大きく振るわれる。その強烈な動きに振り落とされまいと、五人の灼滅者は無駄な動きをとることなくロープに取り付き、敵の攻撃が止むその時まで耐え忍ぼうと手足に力を込める。
「……ああっ!」
悲鳴を上げたのは応援席が先か、彼女自身が先か。メカMUSASHIの運動に振り回されるロープから、紗里亜の手が滑って離れた。最初の脱落者が出たことに、残る四人の表情も険しくなる。
「困難な任務だが、遂行するのみ」
呟く徹也の額にも、汗が滲む。既に乗り越えてきた六競技分の消耗とて決して軽くはないのだ。
そのせいだろうか。繰り出されたランスへの反応が、僅かに遅れた。耳元をかすめかけた一撃を辛うじて凌いだ次の瞬間、ワイヤーで射出されたブレードが徹也の死角から襲い掛かる。そして、戦闘機械の如き長身が宙を舞った。
全身が岩になったような疲労が、筋肉を引きちぎるような痛みが、集中力を削いでいく。進む手を一瞬止めて少しでも酸素を取り込むように息を吸い込む隅也の姿に、応援席の和奏が力いっぱい叫んだ。
「頑張れぇぇーっ!!」
それを皮切りに、【糸括】のメンバーたちが――否。最後の競技を見守る面々が、思い思いの言葉を叫び出す。
「行っけえー!」
「ファイトぉー!」
「上から来るぞ気を付けろーっ!!」
「頂上見えてきてるよー!!」
最早どれが誰への声援かも分からない。声が混ざり合い、言葉の輪郭が聞き取れない。けれどそこに込められた思いだけは確かに受け取ったとばかり、フィズィがロープを強く握り締めた。
真上からのランスをかわした反動で、隅也のロープが大きく揺れる。離れかけた手に白くなるほど力を込め直して、彼はペースを一気に上げた。
体が重い。腕が痛い。だが、この時の為の体力はまだ残っている……残してある。ぐいと引き寄せるように伸ばした手が、メカMUSASHIの頂上を掴む。そして、隅也は鋼鉄の怪物の頭上で拳を掲げてみせた。
「……やったあっ!!」
一人目の制覇者の誕生に、わっと観覧席が湧く。同じ喜びを抱いてか、或いは対抗心に燃えてか、微かな笑みを浮かべたフィズィが続いて頂上まであと一息の位置まで登り詰める――が。
「読み違え、ましたねー……!」
激しく捻られ、揺さぶられたメカMUSASHIの抵抗の前に、最後の一歩は届かなかった。落下していく彼女の姿に、未だロープを掴む和弥が息を呑み――その瞬間、ずるり、と嫌な衝撃が彼を襲った。
落ちる。
恐怖と諦めがない交ぜになる中、なおも手に力を込めるだけ込めた彼の視界の端を一本のランスが貫いていった。
「……?」
メカMUSASHIが狙いを違えた? 否、そんな筈はない。残り一人だけとなった的を、この冷酷な機械が逃すとは思えない。一秒にも満たない混乱の後、和弥は視線を上にやって――そして、気付いた。
ロープが大きく揺れている。今しがた手元を狂わせ、落ちかかったからだ。そして――そのために、ランスの直撃を運よく免れた。どうやら、女神は彼のことを見捨てていないらしい。
唾を飲み下し、もう一度全身に力を込めて、気合と度胸を胸に上へ、上へ。
――そして、その手がしっかりと頂上を掴み取った。
「……ゴーーール!!!」
二人の完全制覇者の誕生に、史上最凶のフィールドアスレチックへの勝利に、一際大きな歓声が上がる。
隣の友と抱き合う者。拳を突き上げ、勝鬨を上げる者。スポーツドリンクで乾杯する者。感極まった表情を見せる者。
それぞれに健闘を讃え合い、勝者を祝福し合う声に包まれながら、灼滅者とメカMUSASHIの戦いは幕を下ろすのだった。
作者:猫目みなも |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年6月10日
難度:簡単
参加:37人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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