運動会2018~ないものきょうそう

    作者:聖山葵

    「こんな切迫した状況だけどさ、運動会が無いって言うのも寂しいよね」
     そこで大々的な運動会は行えないものの有志で運動会をしようという話が持ち上がったらしい。君達の前にいる鳥井・和馬(高校生ファイアブラッド・dn0046)もおそらくはそんな有志の一人なのだろう。
    「有志でってことだから参加するかは自由だし、運動会をやることで戦いが続く中、みんなにいつもの日常とかを思い出して貰えたら良いなぁって思うんだ」
     むしろ、こんな時だからこそ、本来なら学園行事である筈の運動会は張りつめた精神をほぐしてくれるのではないだろうか。
    「えっと、それでね……」
     君達が参加するのは、ないもの競争。スタートしてから中間地点に広くばらまかれている紙を拾い、自分にとってそれがないモノならそのままゴールへ。そうでない場合は自分の持たないモノが出るまで紙を拾っては中身を見るのを繰り返すことになる。
    「中に書かれているのは、むしろ該当者の方が殆ど居ないと思われる『子供』のようなものから、『友達』『恋人』『胸』『いままでとった赤点のテスト』など様々だ」
    「や、『様々だ』って何ではるひ姉ちゃんがここにいるの?」
    「私は灼滅者ではなくエクスブレイン、つまり一般人なのでね。競技へ参加ではなくこの手の説明の方で協力させて貰っているのだよ」
     いきなり解説してきた座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)は訝しむ和馬にそう答えるとこれが件の紙だと折りたたまれた一枚の紙片を取り出して君達に見せる。
    「ちなみに紙片の作成にも私は協力させて貰っている」
    「あー、つまり変な内容だったらはるひ姉ちゃん謹製の可能性がある訳か」
    「ふ、そう褒められると照れるしかないな」
     珍しく頬を染めてそっぽを向くはるひに和馬がツッコミを入れるまであと数秒。
    「参加希望者はあちらに移動して貰いたい」
     和馬の冷たい視線に晒されつつ君達にグラウンドの一方を示したはるひはそれからと言葉を続けた。
    「この運動会は有志参加の為組連合もない」
     そんな訳でお題の紙にも「所属する組連合」という引いたらあとはゴールに向かうだけの紙も紛れ込んでいるらしいが、それはそれ。
    「優勝チームというのはないだろうが、参加することにも意義はあると思うのだよ。こんな状況だからこそ日常を大切にしたいというね」
     紙片を片手に持ったまま腕を組んだはるひは自身の言葉に頷いたのだった。


    ■リプレイ

    ●選手は指定の位置にお集まり下さい
    「今年は燃えるぜ!」
     出走前、はるひの示した参加者集合場所でイヴは口元を綻ばせつつ強く拳を握り締めていた。先生と慕うエクスブレインが競技の下準備をしているのだから無理もない事ではあるのだが。
    「ないものですか……面白い事を考えますね。流石、座本先輩です」
     そんなエクスブレインをある意味で賞賛する人物がもう一人。感心した良太は、さてと前置きするとただ一人の参加者に視線を向ける。
    「……今年はあるかどうか不安でしたが和馬くんと参加できるのは嬉しいですね」
     と、イヴとは別の理由から嬉しそうなアルゲーがちらりと見た人物と良太の見た人物は同一人物。
    「ん? 今、視線を感じた様な……」
     ビクッと肩を跳ねさせた鳥井・和馬(高校生ファイアブラッド・dn0046)は周囲を見回し。
    「あ」
     アルゲーと視線が合ってちょっと頬を赤くした誰かを眺め、良太は笑顔のまま声には出さず宣言する。
    「全力で鳥井君をいじりますか」
     と。
    「っ、何か悪寒が」
    「……大丈夫ですか、和馬くん」
     割と仕事をしてるらしい第六感によって肩をすくめた思い人を気遣いアルゲーが声をかけ。
    「え? あ、うん。ありがとう。きっと気のせ――」
    「まさに、無法地帯。いやなにが起こるかわからない。わくわくするぜ!」
     気のせいと微笑もうとした誰かの視界に入ってきたのは何だかこの時点でエキサイトしているイヴ。
    「けどな、暴走したときには和馬先輩のツッコミあるから大丈夫だ」
     そんなイヴから意味深な視線を向けられた和馬が黙っていられるはずもない。
    「オイラのツッコミがあるから大丈夫って何ーッ!」
     ごく普通の男のなんだもの、あずかり知らぬ所でストッパー認定されれば叫びもする。流石に何処かのエクスブレインにするように捕まえてがっくんがっくん揺さぶったりはしなかったが。
    「有無、今まで運動会に参加は出来なかったが。今年は、ゆっくりと楽しむか」
     かわりにイヴを捕まえて、七火は頷く。楽しむどころか楽しまれそうな自称ごく普通の男の子が居た気もするが、きっと仕様だろう。
    「競争準備感謝致す。競技には全力を尽くさせて頂く」
     七火は和馬にそう挨拶するともう一人の挨拶すべき人を探して去り。
    「和馬君、苦労しているなりね。がんば!」
    「あ、うん。ありがとう」
     労る言葉をかけた玲子は礼を言う和馬の肩に手を置くと再び口を開く。
    「はるひ先輩の野、げふん……暴走を止めて欲しいよ」
    「えっと、オイラも野放しは拙いかなとか思うけど、涙目?!」
    「と言うよりか、玲子ちゃんの暴走と妄想を抑えないと危ない感じしちゃうから~」
     目に涙溜める程の事があるのと顔を引きつらせたどこかのエクスブレインのブレーキ役と玲子の会話に苦笑しつつ入ってきた伊与はくるっと身体の向きを変えるとそのまま会釈する。
    「初めまして、手折と申します。華上さんのお誘いで参加させて頂きました」
    「あ、初めまして、オイ――」
     オイラはと挨拶された側も返すつもりだったのだろう。そんな誰かの背中に押しつけられる柔らかなナニカ。
    「……和馬くんも一緒に頑張りましょう」
     それは思い人が胸の大きな異性が好きと誤解しているアルゲーの胸であった。おっきな胸の持ち主二人に挟まれた状況に危機感を覚えたのかも知れない。
    「ちょ」
     そんなこんなで誰かがピンチを迎えている中。
    「MVPが無いなら、気楽に参加出来るね」
     出走を待ちながら登は呟いた。帰洛を通り越して何処か混沌だとか同じクラブの仲間である良太が謎の迫力を背負ってピンチな誰かの方を見てるなんて状況があったとしても、それはごく一部の参加者の話の筈なのだ。
    「たまにはこういうのも楽しそうですし」
     参加した理由を聞かれたらそう答えたであろうみんとは眼鏡越しにコースを見やる。風に飛ばされない様にか、小石を乗せられた紙があちこちに置かれたコースを。出走まであと僅か。

    ●競技開始ッ
    「僭越ながらスタートの合図も私が行わせて貰おう」
     スターターピストル片手に大きな胸を反らした何処かのエクスブレインが引き金に手をかけたまま銃口を天に向ける。
    「『はるひ先輩並』、ね」
     ちらりとそちらに視線を向けて耀は呟き、自分の胸に視線を落とす。以前、そう評されたことがあったりしたのだろう、たぶん。
    「この競技に1位とれたら小遣いアップがあるからな」
     横に並ぶ出走者の顔ぶれを見てから視線を前方に戻したイヴは真剣な表情で散らばる紙を見やり。
    「位置について、よーいッ」
     火薬の爆ぜる乾いた音を合図に参加者達は一斉に駆け出した。
    「さて、どんな紙があるのかな?」
     駆け出してから紙の散らばるエリアに達するまでは割とあっという間。これは下手をすれば何度も条件を満たした紙を求め探すことが考えられたからだろう。周囲を見回した登は、とりあえず近くにあった紙を拾い。
    「えーと、『女装』……依頼で散々やったよ」
     渋い顔でそれを仕舞う。
    「今年は、負ける訳にはいかないなり」
     凶悪な程大きな胸を弾ませながら駆け込んできた玲子も地面に置かれた紙を掬うとえいやと開く。
    「な、ナノナノ……」
    「サーヴァントが書かれてることもあるのか」
     鏡餅もとい胸が地面についてしまいそうなど肩を落とす玲子を眺めて呟いた登にもサーヴァントはいる。もっとも、あれを登が引いていたならそのままゴールに向かえていただろう、登のサーヴァントはライドキャリバーなのだから。
    「聞いている分には割とピンポイントなお題があるようですから簡単そうなのですけどね」
     ではと前置きし、次に紙を拾ったのは良太。
    「『胸』大抵の人間にはありますね」
     その辺りはきっと受け取り方次第だろう、ただ。
    「……胸ですか、大きさは指定されてないならそれはあるで間違いないですよね」
    「前に『はるひ先輩並』って言われたわね……高校に進学してから急に育ったのよね。やっぱり愛の力なのかしら」
     他人のお題にもかかわらずソレは幾人かに自分の胸へ視線を落とさせるには充分だったらしい。アルゲーや耀とは違い身内の中では胸が小さい方らしい伊与は目から鱗がこぼれんばかりであったが。
    「うひゃ! 何でこんなものが」
     拾った紙を開き「赤点取ったテスト」という文字が出てきた直後、鱗ではなく涙をこぼした。
    「今のところそれ程ぶっ飛んだ内容は聞きませんが」
    「あー、うん。『女装』とかならまだまともな方だって思えちゃうのも考えると悲しくなって来るけど」
     和馬が微妙な表情で口にしたコメントを聞きつつみんともまた紙を拾い、開く。
    「眼鏡」
     書かれていたのは漢字が二文字。
    「……ないとも言えますけどもね。世界中のメガネ、全てを手に入れたわけではないですし、まだないとも」
     そして、奇しくも同じお題を見つけていた参加者がもう一人。
    「……これはつけてませんからね、問題ないです」
     アルゲーはそのままゴール目掛けて走り出し。
    「『情け容赦』……まあ、やる時は徹底的にが信条だしね。これでいっか」
     もまた拾った紙と僅かな睨めっこを終えると、駆け出す。

    ●パンドラの箱もたまにある模様
    「何故そうなった」
     苦笑しながら次の紙を拾い上げた七火の表情は、次の瞬間完全な無表情に変じていた。心境は思わず漏らした声が物語る。
    「どうした、鑢兄ちゃん? ん? んん?」
     何故かニヤニヤしつつ七火の手元を覗き込んだイヴは紙に書かれた内容を見て二度程瞬きをし、もう一度紙を見た。
    「何なりか?」
    「鑢先輩?」
     身内の事となれば気になったのだろう、玲子や伊与もやって来て七火のが開いた紙へ視線をやり。
    「「え゛」」
     見た瞬間、二人は揃って石と化す。
    「な、な、鑢兄ちゃん……この『女子大生をお嫁さん抱っこする』って紙を拾ったことに」
    「それは『自分にある』『自分にない』ではなく『~をしろ』と言う指令だろう」
     そもそも自分達で作ったお題では不正行為になると七火は無表情で頭を振ると走り出す。
    「何が書かれていたんでしょうか?」
    「走り出したって事は『ない』モノだったんだろうけど。気になる様で知ったら後悔する様な……あ」
    「あ」
     何とも言えない表情でその様子を眺めていたみんと達は我に返る。そう、今は競技中なのだ。二人は慌てて紙を物色しだし。
    「これは……」
     紙の内容を見た良太は駆け出した。書かれていたのは、甲斐性。きっとそれで良いのとツッコんではいけないのだろう。
    「あっ」
     一方で、石化から復活した玲子も拾った紙を開くと微妙な表情で走り始めていた。あの時勇気があればとか漏らしつつちらりとマブダチである伊与の方を見てから。
    「次は『一度にサイコロを100個以上振る』……某山ほどサイコロを使うTRPGのマスターをやってたからねえ。あるよこれは」
     登はため息をつくと開いていた紙を畳み次の紙に手を伸ばす。
    「『三人漢女の経験』何? このピンポイントな紙! ……ああ、鳥井君用かな?」
    「え゛っ」
     上がった声に誰かが顔を引きつらせるが、きっと無理もない。
    「テストの答案は御免だぜ」
     イヴも若干乾いた笑いを顔に貼り付けたまま紙を仕舞い、別の紙を拾う。
    「ペットか……ワンコやにゃんこは居ないし家で飼えないから寂しいよな。ぐすん」
     しかしこの競技、何故条件を果たした走者を時々凹ませるのか。イヴは目元を拭ってから走り出し。
    「あ」
     再び拾った紙を開いた登は走り出さず和馬の方にくるっと向き直る。
    「鳥井君もこれやってみない?」
     言いつつ差し出す紙に書かれて居たのは、高校女子冬服の文字。
    「ちょっ」
     ごく普通の男の子を自称する誰かは顔を引きつらせ。
    「他にも良さそうなのはないかな?」
    「や、良さそうなのがどうかって、もう競技じゃなくなってるよね? あ」
     ツッコミつつ拾った紙を見た和馬は突然走り出し。
    「…………よし、ゴールに行くよ!」
     物色の結果ないモノを引き当てた登もこれに続く。

    ●決着
    「『昔作成した恥ずかしい同人誌』……また、ハズレ。いや、有るモノなんだけど」
     やるせない表情で伊与は次の紙を拾いに行く。
    「ん~、何だろうな」
     顔を上げれば、ゴールに向かって走るイヴの背中があり。更に向こうでゴールテープを切る耀と僅かに遅れてゴールラインを踏んだアルゲーの姿があった。
    「僅差だけど――」
     そう、一着は耀。
    「……和馬くん、もう少しです」
     アルゲーは振り返るなり思い人に声援を送り。
    「鑢先輩もそろそろゴールだね」
     どことなく憂鬱そうな表情が少し弛んだのは、楽しみにしていた仲間の走りっぷりを確認出来たからか。
    「……一応、いますよ私にも。向こうは友達と思ってくれてるなんて考えてなかったとか言うかもしれませんけども」
     友と書かれた紙に視線を落とし口元を綻ばせたのは、紙の撒かれたゾーンに残るもう一人の走者。
    「しかし、本当に運に寄るところが大きいですね」
    「そうね。しかも紙を開くたびに――」
     何かがゴリゴリ削られている様な気がするとは続けず、伊与は次の紙を開いた。
    「あっ」
     無いモノを引き当てたのだろう。紙をしまった伊与が走り出し。
    「『愛機』ですか……道半ばですからまだないのは当然ですよね」
     紙に書かれた文字を見てみんとの脳裏に浮かぶのは55m級のロボットと何故か微妙に凹んでいるビハインドこと知識の鎧。
    「きっと気のせい、ですね……では、走りましょうか」
     根本的に体力が残念気味なので最後にへばってそうですけど、付け加えつつみんとも既にゴールしている参加者達を追いかける様にしてゴールへ向かう。
    「思ったままに理性と真理の導くままに進むのが……なんだかばっどえんどな気もしますけども、きっと大丈夫。ええ」
     人生とかはともかく、競技としてはゴールに向かわないといけないのだ。
    「はぁ、はぁ、何とか……たどり着けましたね」
     みんとがゴールに至り乱れた呼吸を整えたのは、十数秒後のこと。
    「『配偶者』、ね。子供並にいる人の方が少ないと思うんだけど……でも私にはいるし、ね。誰かしらコレ書いたの」
    「……お、想い人ですか」
     時間つぶしなのか拾われることの無かった紙の内容に一部のゴールを終えた参加者が様々な反応を見せる中。
    「そんな紙は爆破しましょう」
     表情は微笑のまま黒いオーラを背負い良太は言ってのけた。
    「や、爆破って……」
    「ああ、鳥井君。鳥井君に合いそうなモノを集めてみたんですよ」
     流石に拙いと思ったのか和馬がツッコめばオーラを引っ込めた良太は何枚かの紙を取り出す。
    「『女装」』『お色気ハプニング』『裸エプロン』『三人漢女』『半々』『ウエディングドレス』さて、どれが良いですか?」
    「あ、それならオレも――」
     更に登も加わり、提示された紙は増えて。
    「「さぁ、どれを?」」
    「選べるかーッ!」
     どれを選んでも弄られると察した誰かの絶叫が晴れた空に響き渡る。運動会というイベントでもあるもののそれはいつも通りの日常の一コマ。
    「そもそ、うぷっ」
    「……和馬くん、落ち着いて下さい」
     更に何か言おうとした思い人を抱き寄せてアルゲーは自身の胸へ顔を埋めさせ。
    「なるほど、お色気ハプニングでしたか」
    「え? あれって選んだの?」
     再び謎のプレッシャーを帯びる良太の言葉に登は驚き。
    「やはり、こうでなくてはな」
     賑やかな様子を眺め、一人のエクスブレインが満足そうに頷く。こうして競技「ないもの競争」はつつがなく終了したのだった。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月10日
    難度:簡単
    参加:9人
    結果:成功!
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