毎年この時期には武蔵坂学園の運動会が行われる。正統派な競技から武蔵坂らしいユニークなものまで、様々な競技が行われるのだが、昨今の緊迫した状況により、いつものように大々的な運動会を行うことは現状難しい――。
「でも、だからって中止になるのはすごく残念ですよね!」
拳をぐっと握りしめ、榛名・真秀(高校生魔法使い・dn0222)は力強く言い放つ。
「状況が状況とはいえ、恒例行事がないのは、やっぱり寂しいよね」
ここしばらくは学園は張り詰めた緊張感でどこもかしこもぴりぴりしている。そんな現状を目の当たりにして、橘・創良(大学生エクスブレイン・dn0219)も物憂げに呟く。
「そこで! 今までみたいな規模じゃないんですが、有志で運動会を開催することになったんです!」
ここにいる者たちは、灼滅者である前に一人の学生でもあるのだから、こういった日常を感じられる機会というのもきっと必要だ。もちろん、そんな気分になれない生徒だっているだろう。だから、有志で行い、参加したいメンバーが参加する。
「ずっと張り詰めてばかりじゃ疲れてしまうからね。ふくらみすぎた風船は破裂してしまう……息抜きもきっと必要なんだね」
一生懸命戦い続けているみんなの顔を思い出し、創良は少しでも彼らの癒しになればと願わずにはいられない。
「それで、わたしはパン食い競争に出ようと思うんです」
スイーツ好きらしい真秀の言葉に、創良もくすりと笑う。
「みんなが楽しめるように、いろんなパンを用意してるみたいですよ。そっちも楽しみです!」
競技はいたってシンプル。スタートからゴールまで100メートル。その途中に、パンがぶら下がっている。それを口でくわえてゴールまで走るだけ。
「友達と仲良くゴールするのもいいし、早いタイムを狙うのもありだね。自由に楽しめるといいね」
「わたしは美味しいパンを楽しんじゃいます!」
楽しみ方も人それぞれ。
「サイキックハーツのことも気になるけれど……僕たちは今まで自分たちの未来を選び抜いてきたんだ。これからも後悔のないように前に進むだけだから。今を全力で楽しもう」
それぞれ思うところはあるけれど、それでも一瞬一瞬が未来へと繋がっている。
後から振り返ってみると、今年の運動会も、忘れられない思い出になるのかもしれない。
●有志による運動会
毎年行われている武蔵坂学園の運動会。例年、組連合に分かれて白熱した競技が行われるのだが、昨今の状況を鑑みて、今年は有志主催で行われることとなった。
規模はいつもに比べると小さいかもしれないが、そこに参加する生徒達の顔は例年と同じく、生き生きと輝いているのだった。
●日常を楽しもう!
パン食い競争のコースには、多種多様なパンがぶら下がっていた。どれを選ぶのかも走者の自由。どれもとびきり美味しそうなパンが並んでいる。
「パン食い競争っていうと、どういうわけかあんぱんのイメージがあるのよ」
ずらりと並んだパンを眺めながら、各務・樹(カンパニュラ・d02313)は過去のパン食い競争を思い出しながら呟く。
「たまにはメロンパンとかカレーパンでもいいかもしれないわね。拓馬くんは何がいいかしら?」
問いかけられた無常・拓馬(カンパニュラ・d10401)は、少しの間うーんと思案し、
「そうだねえ、なら俺はメロンパンがいいかなあ」
理由は昔から好きなパンだったから。樹はその答えに微笑むと頷く。
「それならメロンパンがいいわね」
競技がスタートすると、二人で仲良く手を繋いでコースを走る。急がず、のんびりと今の時間を精一杯楽しむように。
「拓馬くん、メロンパンはあっちよ」
目的のパンを見つけ、それぞれえいっとジャンプ。パンをくわえるという、日常でそんなに見ない姿に、二人で思わず笑い合う。そして二人で仲良く一緒にゴール。
いつもとは違う運動会。それでも勝ち負けにこだわらず、純粋に競技を楽しむことができる。繋いだ手の確かな温もりと、パンの味は二人の大切な思い出になるだろう。
「毎年恒例! Chaserパン食い競争会やるでー!」
東当・悟(の身長はプラス三センチ・d00662)の言葉を合図に、【Chaser】の仁義なき戦いが今年も始まる。
「ふふ、今年も競争いいですね。これがなければ運動会が始まった気がしません」
楽しそうに微笑むのは若宮・想希(希望を想う・d01722)。眼鏡を外したその表情は柔和だが、真剣だ。
「大学生になった今年の私は違います!」
今まで一番を取ったことのない花園・桃香(はなびらひとひらり・d03239)だが、気合いは充分。それを証明するように、左手薬指の指輪がさりげなく輝く。
桃香の指輪に気づいた想希は、微笑ましそうに目を細め、頷く。
「はい、俺も本気で行きます」
「ふっふっふ! 勝負に愛は関係あらへんで。例え想希でも手加減はしやへん!」
真剣勝負を確認し合い、二人おそろいの指輪をそれぞれ握りしめる。
いよいよレースがスタートし、気合い充分な桃香が華麗なスタートダッシュを見せる。
「桃香の大学生ぱうわーすげー!」
悟も負けてられないと華麗なる高速芸術走法を見せつける。そしてくわえたパンは……。
「食パン……やと!?」
その瞬間、悟はある衝動に駆られる。
二人に負けじと全力で走り、想希がゲットしたのは栗あんぱん。今年もだと思いながら、一口食べると、ほくほくの甘さが口に広がる。そんな幸せなひとときに、悟が嵐のようにぶつかってきた。
「想希覚悟や!」
「ってわっ……俺の栗あんぱんっ……!」
慌てて手を伸ばす想希。無事確保した想希に悟が笑顔で手を差し出す。
「くわえたのが食パンやったからな。これは角でぶつからなあかんやつやろ? 想希と運命感じに来たんや」
あまりにも無垢な笑顔に、栗あんぱんが無事だったこともあり、ため息をつくだけに留めた想希は、差し出された手を取る。
一方その頃、元気よくジャンプし、パンをくわえた桃香。想希が栗あんぱんを美味しそうに食べているのを見て、自分も一口食べようとしたところで悲劇が起こった。
もともと辛いものが超苦手な桃香。よりによって激辛カレーパンを口にしてしまったのだ。
「か、辛い……! でもここで諦めたら負けです……!」
大学生になった意地を見せようと、それでも諦めず、顔を真っ赤にし、涙目になりながらも懸命に走る桃香。しかしあまりの辛さにコースの途中で力尽きようとする。
「と、遠くから誰かに呼ばれた気が……」
そのことに気づいた悟と想希が慌てて桃香に駆け寄る。
「ちょ……桃香さん!?」
「って、無茶しやがって……」
想希は水を取りに行くため、先にゴールに向かう。悟は、力尽きている桃香に涙し、助けにいく。
真剣勝負の行方は、数々のハプニングと共に、今年の運動会を彩る思い出となった。
昨年の運動会では二人でMVPを取った師走崎・徒(流星ランナー・d25006)と咬山・千尋(夜を征く者・d07814)のカップル。身体能力に長ける二人が、今年は火花を散らして真剣勝負!
「たまにはこうして力を競い合うのもいいね。陸上経験者の徒くん、相手にとって不足なし!」
いつもはコンビを組んで協力し合うことが多いが、だからこそ新鮮でわくわくする。
「身長もほぼ同じだから、パンの高さも同一で、条件はフェア」
どちらが勝ってもおかしくない勝負。徒の闘志に火がついた。100メートル走は徒のフィールド。負けるわけには行かないと、千尋に不敵な笑みを送りつつ、スタートダッシュを決める。
だが千尋もこのことは予想済み。足の速さでは分が悪いのは承知の上、だからそれ以外で取り返す。高い身体能力を活かして、目的のパンめがけて華麗にジャンプ!
クリームパンをしっかり口でくわえ、無駄のない動きで走り出す。
先にパンにたどり着いていた徒だが、有名店のあんぱんに狙いを定めて飛びついたが、あえなく外してしまっていた。
「くっ、食い意地で負けた?」
しかしすぐさまパンをゲットすると、猛然と千尋を追いかける。真剣勝負のラストスパートの行方は……。
「あー、勝てたと思ったのになあ」
レース後、牛乳を飲みながら千尋。ゴール直前、最後の追い上げを見せた徒がわずかに早かった。
「走りで負けるわけにはいかないからね」
それでもほとんど差はなかった。徒は千尋の食い意地……もとい、ガッツを称える。
大好きな人と全力で一緒に何かをする。それだけでこんなにも楽しくて幸せで。二人は最高の笑顔でお互いの健闘を称え合った。
「大学生にもなって運動会っていうのもどうかなって思うけど、それでもこうやって友達と一緒っていうのは楽しいのよね」
大学のクラスメイトと一緒に参加する美波・奏音(エルフェンリッターカノン・d07244)は、運動会独特の高揚感を含んだ空気に納得しながら呟く。小学生から社会人まで一緒になって同じ競技に参加するのは武蔵坂らしい。そしてなんだかんだとやはり楽しいものなのだ。だから奏音も童心に戻って楽しむことにする。
武蔵坂を巡る戦況は予断を許さない。けれど、だからこそこの日常を楽しみたいと椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は思うのだ。
「狙いは一つ、カレーパン!」
スタートラインに立ち、卯月・あるな(ファーストフェアリー・d15875)が宣言すると、同じくカレーパン狙いの武流がライバルに宣戦布告する。
「たとえクラスメイトでも容赦はしないぜ、あるな!」
「む、武流くんもカレーパン狙い? 負けないよ!」
パン食い競争に本気で挑む大学生。そこにパンがある限り、仕方のないことである。
スタートの合図があり、武流とあるなは互いにカレーパンを目指し一直線。
「あっ!」
パンに到達するまでに、あるなの足がもつれ、武流を押し倒してしまう。
「お、おいっ!」
「ハプニングだから仕方ないよね!」
そんな二人を横目であらあらと見ながら、楽しむことに全力な奏音はゆっくりと好きなパンを選ぶ。たくさんの種類に目移りしてしまう。
一方カレーパンを狙う二人は、一歩も譲らないデッドヒートを繰り広げる。
そして見事カレーパンを手に入れたのは……。
「武士の情けとしてカレーパンを半分分けてやる」
ゴール後、武流があるなにカレーパンを半分に分けて差し出す。
「あるなもよくがんばったが、俺の方が身長があったからな」
「ありがとうっ!」
勝っても負けても、ゴールを越えたらノーサイド。みんなで仲良くパンをもぐもぐ。
「あ、これお芋のあんぱんだ!」
カレーパンはゲットできなかったけれど、大好きな芋が入っていたことにあるなは喜ぶ。
「あたしはクルミパンにしたの。ん、おいし♪」
「奏音ちゃんのも美味しそっ。ボクのと半分こずつ取りかえっこしない?」
みんなでわいわい戦利品を自慢しながら美味しくいただく。
こんな日常がきっと何よりも大切なのだ。
「今回のパン食い競争、すっごくわくわくなのです!」
有志開催の運動会ながら、たくさんの生徒達が競技を楽しむ中、羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)が、楽しそうに榛名・真秀(高校生魔法使い・dn0222)に語りかける。
「パンに種類あるなら、真秀さんだったらどれにします?」
「ん~、すっごく悩んじゃうなあ。とりあえず甘いのがいいんだけど、チョコ系もあんこ系もどっちも捨てがたいなあ」
「ひとつしか選べないのが悩ましいですね」
真秀が心を決めきれない内に、レースは始まる。目の前にずらりとパンが並んでいる光景に圧倒される。
「わぁ、すごいです……!」
陽桜は迷いながらも、心を決める。
「んん、でも、迷い過ぎたらどれも選べなくなってしまいますね。ここはインスピレーションでこれをゲットなのです!」
「わあ、陽桜ちゃん決めたの? んーじゃあわたしもここは、自分のインスピレーションを信じる!」
二人は無事に目的のパンをゲットし、ゴールに向かう。
「真秀さん、どんなパン選んだのです? あたしは、これです!」
陽桜の手には美味しそうなチョコクロワッサン。
「わあ、美味しそう!」
「えへへ、インスピレーションでとったら一番好きなのでした♪」
「わたしは……あ、桜あんぱんだ! 桜と言えば陽桜ちゃんだから、わたしのインスピレーションもなかなかやるかも♪」
「もしよかったら、半分いかがです?」
陽桜が早速チョコクロワッサンを半分にして手渡してくれる。
「チョコ系もあんこ系も食べれてすごく嬉しい!」
真秀も桜あんパンを陽桜に差し出す。
美味しい物はわけっこ。それがいつもの定番で。二人は運動会のスイーツタイムも存分に楽しんだのだった。
有志が開催した運動会。規模はいつもより小さいながらもみんな楽しんでいる。
「頑張って盛り上げますよ」
せっかくの行事、クラスメイトたちと一緒に楽しみたいと中板・陸朶(高校生神薙使い・d37513)は思うのだ。
「正直、運動は苦手じゃが……普段の修練こそが試される時なり」
気合いは充分だが、身体を動かすことが苦手な尼村・唯(高校生ダンピール・d38632)は、それでも前向きにとらえて競技に当たる。
「陸朶ちゃーん! 唯ちゃーん! 一緒にがんばろうね♪」
同じクラスの真秀が二人に向かって手を振っている。
そして競技スタート。陸朶は好きなパンを見つけるなり、えいやと飛びつく。
あんパンに、ジャムパンに、カレーパン……どこかで聞いた組み合わせだが、どれも想像するだけでよだれが出てしまいそうなほど。
一方、唯は勢いよくスタートした瞬間から、盛大に躓き、派手に転んでいた。
「うにゃ~」
涙ながらに、鼻を押さえている。
「大丈夫、大丈夫。わらわはできる子じゃ」
そう言い聞かせ、気を取り直し再スタートを切るも、再び派手に転倒。
「ふにゃあ。なじぇに転けるのにゃ」
転んでは立ち上がり、また転ぶを繰り返していた唯に、見かねた橘・創良(大学生エクスブレイン・dn0219)がハンカチを差し出す。
「ゆっくりでいいから、焦らないで歩いてみてね」
「尼村さん、大丈夫です?」
パンに夢中だった陸朶も虫の知らせで唯の状況に気づき、駆け寄っていく。
「こんなはずじゃないのじゃあ」
悔しさでゴールに着くまでわんわん泣く唯だが、二人に助けられながら、パンは無事ゲットする。
「尼村さん、頑張りましたね。一緒にパン、食べましょう?」
「うむ……」
思い通りにはいかなかったけど、それもまたいい思い出。
「こんな時だからこそ……学校行事って、とっても大切ですよね」
瀬宮・めいこ(微笑む白蝶・d01110)が、有志開催の運動会を楽しむ生徒達を見て、しみじみと呟く。
「運動会が有志だけでもアルニカがいつも通りなら問題ないわ! いつも通り全力で競争するわヨ!」
「有志で開催になったとは言え、こんなにも立派な運動会になったのです。楽しまなければ損でしょう!」
櫻庭・つぐみ(想装羽・d25652)と蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)の言葉に、【アルニカ】のメンバーは頷く。状況がどうであっても、自分たちは変わらないのだから。
「……思ったけど。俺一応先生なんだけど競技出ても平気?」
今年の春から、武蔵坂の小学校教諭を務める酒々井・千鶴(歌奏鳥・d15171)が念のためにと確認する。社会人になっても、もちろん全力で楽しんでも大丈夫だ。
アルニカの皆が競争になると真剣になるのは、これまででよくわかっている。瀬宮・律(気まぐれな黒蝶・d00737)も、皆の真剣な顔を見て、本気で行くと心に決める。
「それじゃ、怪我のないように全力でパンをゲットにしにいきますか」
「今回も! 競争です!」
いつも通り、自分達らしく。スタートの合図で一斉に飛び出す5人。
敬厳が目指すはカレーパン。お腹の具合は満腹でもなく、空腹過ぎもせず、万全の状態で挑む。真剣勝負に手を抜いては非礼というもの。敬厳は冷静に戦況を見つめ、無駄のない走りでパンのもとまでたどり着く。
「揺れるタイミングを見極め……今です!」
武芸をたしなんでいる敬厳らしく、流れるような美しい動き。
一方、めいこが狙うのはクリームパン。一生懸命走って、パンの元にたどり着いたものの、揺れるパンに苦戦中。敬厳の華麗な動きを見ていると、隣で千鶴がお手本を見せてくれた。
「落ち着いて! よく見定めてジャンプだよ! こんな感じで!」
千鶴が目当てのチーズフランスを先生らしくお手本になるようなわかりやすい動きでゲットする。昨晩から食事を減らし、空腹と大好きなチーズフランスを力に変えて全力で挑むのだが、自分のこと以外も気になってしまうところが先生らしい。
二人の動きを見て、めいこもパンを見定め……。
「今です!」
上手にくわえると、あとは全力疾走でゴールに向かう。
焼きそばパン狙いの律は、長身をいかして、パンの回収速度をできるだけ短縮する。
「それ! 一口! あとで! 分けて!」
つぐみがメロンパンをくわえながらも、気合いで意思表示。どのパンを選ぶかさんざん悩んだつぐみなので、自分のパン以外も美味しそうに見えて仕方ない。いっそ奪いたいぐらいだが、そういった競技でもないので、全力で追いかけながら頼むことにしたのだ。
つぐみの迫力に驚きながらも、それにひるむことなく、それをバネにするぐらいのつもりで律は走り抜ける。
「寧ろ速く走れてる気がするっす」
全力でゴールしたあとは、皆で息を切らしつつ笑い合い。大切なのは勝ち負けではなく、みんなで全力で心から楽しむこと。一緒に過ごす時間と思い出が何より大切だと感じさせてくれる瞬間。
厳しい状況にあっても、またこんな風に一緒に笑い合って過ごせる時間をこれからも作りたいと全員が心から思うのだった。
作者:湊ゆうき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年6月10日
難度:簡単
参加:18人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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