光の揺籃歌

    作者:夕狩こあら

     高層ビルを吹き抜ける風は、温度や匂いに触れるより先、どこか殺伐を感じさせる。
     ごう、と音を立てて夜空へ溶ける風は、そこに潜む闇なる者の声を隠して、
    「今更、今更オマエが意識を取り戻して如何する……」
     当惑。
     混迷。
     動揺。
     そして裏切られたという焦燥が風に滲む。
    「オマエの心は既に朽ちた。もう死んだ筈なのだ……」
     己が言を確かめるように言い放った闇なる者の声は、次第に暴れ出して、
    「それが何故、何故だ! 如何して今になってワタシを突き放す!」
     ごう、ごう。
    「させぬ、させぬぞ! ワタシは決してオマエを手放さぬ!」
     ごう、ごう。
    「既にワタシ達は光闇一体にして、もはや誰にも邪魔立ては出来ぬ……」
     それは堕ちた時からの運命なのだから。
     歯噛みと共に絞られた声は、大都会の殺伐の風に紛れ、ビル間に吹き荒んでいた――。

     空井・玉(d03686)が己が来訪と共に武蔵坂学園に連れて来た、「まだ何者でもない『ひとつのソウルボード』の使い方」について、灼滅者達は大きな選択をした。
    「ダークネス以外の知的生命体、全ての人類をサイキックハーツに進化させる……兄貴と姉御の決断は、とても勇気があったと思うッス!」
     ダークネスとの戦いが終結しても、消滅する人は居なくなる代わり、戦闘面の支援は得られない――その道を選んだ覚悟は幾許であったろうと、日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)は拳を握り込める。
     彼は丸眼鏡をキラリ輝かせ、
    「ひとつのソウルボードが持つ力に頼らないとなれば、今後の戦いは一層厳しさを増すと予想されるんスけど、兄貴と姉御ならきっと乗り越えられる筈ッス!」
     と、尊敬の眼差しを真っ直ぐに注ぐ。
     ノビルの言はそれだけに留まらない。
    「んで、この評決結果の決意によって、ひとつのソウルボードと共に学園に来ていた空井・玉の姉御が、闇堕ち状態から灼滅者に戻る事が出来たんス!」
    「おお、元の人格を取り戻したのか」
    「俺達の決意によって……そうか」
     安堵の息をつく灼滅者達に、こっくり頷いたノビルが更に言を足す。
    「更に更に、ダークネスだった姉御は『ひとつのソウルボードの力により、闇堕ち灼滅者が救出されるだろう』という言葉を残していったんスよ」
    「闇堕ち灼滅者が救出される!?」
    「押忍。事実、姉御の言った通り、今まで消息を絶っていた闇堕ち灼滅者の行方が、ここにきて一斉に判明したんス……!」
    「マジか」
     闇堕ち灼滅者達は、『ひとつのソウルボード』の力で元人格を――灼滅者としての意識を取り戻そうとしているのだが、彼等のダークネスたる意識がそれに強く抵抗し、激しく暴れているという。
    「兄貴と姉御には、その闇人格がヤダヤダ暴れている現場に向かって、救い出して来て欲しいッス!」
     と、顔を上げたノビルが灼滅者を窺うに、彼等の表情は義気凜然。
     その沈黙が欲すは救出の鍵と知るエクスブレインは、是の返事を待たず口を開く。
    「ここは暴れるダークネスにダメージを与えつつ、元の自分を取り戻そうとしている灼滅者の意識に呼びかけ、救出の手を差し伸べるのがベストっす」
     灼滅者の意識が勝利すれば、戦闘不能になる前に救出する事も可能――。
     また救出対象者に縁の深い者が呼び掛ければ、ダークネスの動きを抑え、戦闘力を半減させる事が出来るかもしれない、と付け加える。
    「もし、これに成功すれば、チームを分割して、同時に2か所での救出作戦も不可能では無いかもしれないッスよ」
    「ほう」
     闇堕ち灼滅者の救出に成功すれば、ダークネス側の戦力を減らし、武蔵坂学園の力を増やす事が可能となる。
     嘗ての仲間、絆を再び取り戻す事で、これからの厳しい戦いを乗り切る事が出来るかもしれないのだ。
    「今まで行方不明だった、闇堕ち灼滅者を救出する大チャンスっす!」
    「うん、一人でも多くの仲間を救えたらいいよね」
     是非もない。
     そう首肯を交した灼滅者達は、ノビルの全力敬礼を受け取り、間もなく戦場に向かった。


    参加者
    無道・律(タナトスの鋏・d01795)
    桜之・京(花雅・d02355)
    土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)
    戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)
    有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)
    リディア・アーベントロート(吸血鬼はんたー・d34950)

    ■リプレイ


     久しく檻に閉ざされ、虚無に支配されていた光は、最早その瞳に何も映さぬつもりであったが、長い睫が僅かに震え、瞼が持ち上がったのは、全き奇跡であったろう。
    『もう誰も「わたし」を覚えていないのに……そう、名前すら……』
     月影を隠す高層ビルの間、殺伐の風に艶髪を梳らせながら、嘗て「風音・瑠璃羽」と呼ばれた『虚』が暗澹を漂う。
     漆黒のブーツが引き摺る跫音を佳声が引き留めたのは幾許彷徨った頃だったか、
    「瑠璃羽ちゃん、おひさ~♪」
     黒髪を束ねたスーツ姿の麗人が、サングラスを額に抬げる――其が嘗て依頼を同じくした村本・寛子(可憐なる桜の舞姫・d12998)と気付くのは、闇堕ち前の記憶しかなかろう。
     翳る瞳は声主に結ばれ、
    「んー? 随分暗いみたい? 寛子も最近景気悪くて人の事あんま言えないけど」
     ――眩しい。
     昏がりに在っても輝きを失わぬ可憐から視線を逸らした、その時、紫紺の空から純白の箒が声を連れた。
     土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)だ。
    「やっと見つけました。四年も掛かってしまいましたけど」
     逃走を警戒し、上空より第一の接触を見守った彼は、白いタキシードの裾をひらり揺らして降り立つ。
    「さぁ、一緒に帰りましょう」
     覚束ぬ足取りの彼女に差し伸べられる繊麗の指。
     その温もりは触れずとも判るか、一切を鎖した虚は氷楔を放って拒み、
    『離れて。誰も傷付けたくない』
     之には桜之・京(花雅・d02355)が傍らの交通標識を引き抜いて耐性を敷くが、闇に馴染んだ死呪の威力に思わず息を呑む。
    (「全てを凍てつかせる様な凄まじい魔力……今、私の姿を見れば、余計な刺激を与えてしまうかもしれない」)
     細かな配慮を施した彼女は、顔を隠した儘のフードを更に深くして。
     一方、ビル陰に潜んでいた神凪・燐(伊邪那美・d06868)は、この時を待ち侘びていた様に太刀【月化美刃】の冴光を暴き、
    「瑠璃羽さん、貴女が闇から還ることは私の年来の悲願でした」
    『、ッ』
     必ずや武蔵坂学園に、クラブに連れ戻す――。
     固き意志に反応して抜かれた刀が、紫電を弾いて絶影を追うや、有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)は蒼き信念の盾を以て割り込む。
    「燐先輩はずっと風音先輩を待っていました」
     彼は縁ある者達の声を届けんと衝撃を代わりつつ、
    「燐先輩だけじゃない――風音先輩を助けたいと、これだけの人が駆け付けました」
    「同じ時間を共有した一人として。人としての時の紡ぎ、取り戻すよ!」
     その背後より光の掌打を撃った守安・結衣奈の想いを聢と繋げた。

     地上で剣戟が光焔と迸る中、とある高層ビルの屋上では、長きに渡り「古城・茨姫」を器にした人魚が夜景に歌を添えていた。
     其は宛ら人の美醜を内包する海――揺蕩う燦めきは人燈す宝石の様だと、人魚を瞶めた無道・律(タナトスの鋏・d01795)は静かに言ちて、
    「誇り高き騎士は王子を待たないのかもしれないけれど。僕等は待ち続けていましたよ」
     にこり、と。
     深い夜を想わせる艶然に「迎えに来ました」と告げた。
    『――』
     蓋し人魚は言を持たない。
     彼女は失った人声の代わり、歌を紡ぎながら尾鰭を波立たせ、同時に踏み出た戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)の【聖杖ルサンチマン】と衝撃を咬み合せる。
     海嘯の如き波動に揺れた前髪は、灰の眸を暴いて、
    「吸血鬼アルフレートと対峙した時、貴女は帰りたい場所が在ると告げた。慥かに其処に待ち人は居る。学園が、友が、大切な家族が貴女を待っている」
     彼等の元に返してあげたい――それだけが僕の願いだと力を込めた。
     尚も人魚が拒絶の風刃を放てば、リディア・アーベントロート(吸血鬼はんたー・d34950)とふかふかナノちゃんが身ごと盾と駆り、
    「そちらが人魚なら……!」
    「ナノッ!」
     流星とシャボン玉を混ぜてキラキラと、ビキニ姿で五百重波を乗りこなす。
    「茨姫さん! 帰ってきてよッ、皆でお迎えに来たんだよ!」
    「ナノナノ!」
     と彼女が言う通り、この屋上にも支援の手が集まっている。
     囲繞を完成させたサポートメンバーは次々に殲術道具を解放し、
    「一人でも確実に助けたいって頼みに応えて来たわ」
     堅牢を届ける卓宮・銀歌。
    「彼等の友を思う心が少しでも通じればと――助力させて貰う」
     痛撃を庇う神崎・摩耶。
     そして、
    「私も学園の生徒だから……それだけの理由で来ても良かったよね?」
    「ああ、見ず知らずの者も助けようとする、私達もすっかり学園生だな」
     と首肯を交す市川・朱里と藤崎・美雪も、闇堕ちから救われた者として戦陣を支える。
    「これだけの人が頑張って下さるんですもの。どうかわたしにもお手伝いさせて下さいね」
    「わふ!」
     霊犬・塩豆と常に挟み込む秋津・千穂、彼女の声が届くよう護り出る椿森・郁も、特別な親交があった訳ではなかろうが、嘗ての仲間を光に導かんと力を惜しまず。
    「一人では無理でも、皆の絆を繋げば届くかもしれない」
     戦力を二分しただけに困難は否めないが、「一人も諦めない」「誰とて捨て置けない」という気概は十分、
    「皆の尊い意志が、どうか冀望に結ばれますように」
     槇南・マキノは魂の震えを嚥下しつつ、強く、光矢を引き絞った。


     誰も傷つけたくないからと、己を棄てた『虚』。
     心を手離す代わり、身を切るような冷たい痛みを抱えた彼女は、今、ビル間の路地を凍土と化して灼滅者を拒んでいる。
    『眠らせて……それが叶わないなら、この場のうるさいものごと全て、凍らせて……』
     然し望みを聞くのが救いでないとは、嘗て彼女の翳りに寄り添う事の出来なかった燐こそ強く訴えよう。
    「武蔵坂に来て右も左も分からない頃に学友と過ごす楽しさを教えてくれたのが、瑠璃羽さん、貴女でした」
     マラソン大会で食べた美味しいお弁当。
     チョコフォンデュを愉しんだ甘い時間。
     その笑顔の中心に在った団長を事実上見捨てる形となった後悔は、長らく燐の胸に突き刺さっていたのだが、
    「今こそ正面から向き合わせて下さい」
    『、っっ』
     光刃の一閃が、くすんだ藍の瞳に燦然を突き付ける。
     虚は咄嗟に刀を切り結んで激痛を逃れるものの、間を置かず次撃を継いだ有人の【天空のフライング・カラーズ】は躱せまい。
    「貴女は独りで抱え込みすぎです。同じ力を持つ者として私達は共に歩めないのですか?」
     彼女の性格を佳く知った上での強い語気。
     その想いはダブルと繋がり、祈りを込めた魔弾が凍気を切り裂いた。
    「貴女の心、狙い撃ちます!」
    『!!』
     堪らず後退した闇は、後衛より嫋やかな旋律を紡ぐ京に気付いたろう。
     その美声は慈雨と降り注ぎ、
    「余計なお世話と思うかも知れない。それでも貴女にはこちら側に居て欲しい」
    『何、故……』
    「我儘よ。ヒトとして微笑んでいる貴女を見てしまった私の」
     愛おしいと思ったものに、手を伸ばしたい――。
     姿を隠す代わり心を暴く事で、心を捨てたという彼女がそれを取り戻すよう、歌う。
     心の、感情の大切を叫ぶは寛子もより直情的に、
    「辛い時は泣いて怒って、負の感情を吐き出してもいいと思うの! でもでもそれが終わったら笑顔になって、明るい気持ちを少しでも取り戻さないと!」
     桜色のブレザー姿で「いつもの」自分を見せた彼女は、雄渾漲る音色を奏で、肌に染む冷気を取り払った。
    『涙も笑顔も、何もかも……捨てた、のに……』
     灼滅者の想いに揺らぐ氷の檻。
     虚の弱体を冷静に見極めていた雄哉は、己を只管追い込み、追い詰め、堕ちるしかなかった過去を持つからこそ、彼女の願いに気付いたのかもしれない。
    「堕ちた後も、誰も帰りを待っていなくて、誰も助けに来てくれないって頑なに思ってた。でも現実は全然違って……迎えに来てもらって、手を伸ばしてもらって、初めてわかった」
     空っぽになった『虚』は、本当は――。
     氷の魔矢を手折った閃拳は刻下、【蒼穹のバトルオーラ】を纏うや冷気を裂いて疾った。

     そう。
     彼等も常に光に在った訳ではない。
     蔵乃祐も闇を視た者の一人として、また一度は家族を捨てた者として声を張り、
    「僕が知る限り、娘を愛さない親は居ない。仮令それが偽善。欺瞞。理想であっても。僕が信じる愛情を否定なんてさせない」
     其が己のエゴでしかなくとも、美し人魚に人としての倖せを願う祈りを届けたい、と――颶風を切り開いて伸びる鞭剣は靭やかに異形の腕を絡め取る。
    『、ッ』
     不意に魔歌が止んだ隙には、律の詠唱が鱗の半身を石の如く重くさせ、
    「理不尽な支配の鎖を断ち切る為に、学園の誰もが危険に身を投じてきた。報告書を見る限り、古城先輩もそうだった」
    『――』
    「だから僕は、僕達は。身を賭して貴女を取り戻す」
     未だ闇に縋るか――背進して身を癒す彼女を、煌めく黒瞳が追い掛ける。
     その視線の先では、包囲を敷いたリディアが赫炎に迎え撃ち、
    「ガイオウガ決死戦に挑んだ茨姫さんを、リディアは凄いと思う!」
    「ナノ!」
    「そして帰ってきてこそ、本当に『カッコいい』ヒーローだと思う!」
    「ナノ!」
     竜巻を混ぜた猛々しい火柱が、暗澹の海を割る様に夜空に突き上がる。
    『ッ、ッッ……!』
     どうか泡沫と消えないで。
     灼滅者は人魚の儚き運命に抗うべく、大都会の夜に咽喉を裂いた。


     戦力を二分するリスクを負った彼等だが、コンパクトながら整合の取れた布陣、危殆を回避したサイキック構成、そして全員が感情の絆を繋いだ連携の妙が、困難な戦いを五分と持ち込んでいる。
     この綿密な戦陣に証される彼等の意志は強く固く、親交の深浅に関らず掛けられる声は、長らく深淵に沈んだ闇に光を差し、今の激闘を五分以上に為らしめていた。
     何より我が事の様に寄り添う心が、彼等に秘鑰を掴ませたろう。
    『私を私として欲して……凍てる躰を抱き締めてくれたら……でも、それも叶わない……』
     やはり。
     虚は全てを棄てつつ、氷の檻より手を伸ばしているのだと脣を噛んだ雄哉は、迫る氷楔を拳に掴み、酷い凍傷を甘受する。
    『やめて。触れれば冷えたやけどを負う……!』
    「先輩はもう、自分で自分を追い込まなくてもいいんです」
     名古屋七大決戦の記憶を胸に楔と沈めた彼は、救える可能性のある今、痛痒を躊躇わない。
    「ここで、必ず助ける!」
     その声に呼応した燐は、念動に迸る光剣を一閃、
    「今なら、瑠璃羽さんが抱えるもの、全部受け止められる気がします。どうか独りで抱え込まないで、私達の元へ帰って来て下さいっ!! もう二度と手を離しませんからっ!!」
    『……ッ』
     貴女には、冷気漂う刀でなく、温かい手を取って欲しい――と、紫電清霜の一筋が魔刀を折る。
     半身を喪って尚も刀が闇を踊れば、ここにフードを切り裂かれた京は端整を暴きつつ鋼糸を操り、
    「貴方がもう一度あちら側を選ぶならそれでもいいわ。私は我儘を言ったもの。貴方が我儘を言っても、咎めない」
    『く、っ』
     ピンと張り詰めた真紅の糸は、全てを棄てた身にさえ「選ぶ意思」があると言うのか――瞳の凛冽が深奥に迫る。
     続く結衣奈は魔弾を弾き、
    「わたし達の我儘かもしれないけど、それでも手を伸ばすよ。人を思いやる先輩の、暖かいそよ風が好きだから!!」
     有人は清き神風と虹色の魔矢を織り交ぜつつ、周囲に漂う寂寞ごと凍気を切り裂く。
    「貴女の生きた証、それは私達の心の中に」
     そっと、大事なものを温める様に胸に手を宛て。
    「共に過ごした時間、思い出。それらはこれからも生まれ続ける、貴女と共に!」
    『――!』
     精度を極限まで高めた冴撃は標的を違えず、攻撃の手を、逃走の足を阻んで『虚』を追い詰めた。
     幾重にも連なった攻撃が氷の檻を断てば、間もなく崩れる冷え切った躰は寛子が包み、
    「寛子もあの時からぜーんぜん変わらないの。アイドルしてて、たまーにネタ人間なの!」
     ぎゅっと、ぎゅううっと。
     久しく隔てた時を埋める抱擁は、強く、優しく、空の器に染みていく。
    「アイドル寛子におまかせ! 寛子が笑顔を分けてあげるの!」
    『……っ、っっ――』
     漸く安堵を得たか、藍の瞳は仲間の笑顔を光と受け取り、そっと、虚無を手離した――。

     扨て、星に近い場所で戦う別班にも終焉が訪れようとしている。
     手厚い支援に支えられた彼等は予想以上に損耗を抑えられたろう、
    「助けて貰った恩は、誰かを助ける事で返したいから……!」
    「頼まれ事とはいえ、助けたい気持ちは引けを取らないつもり」
     声を掛け合って回復を配る朱里と銀歌。
    「私、無邪気な少女みたいな貴方にも会いたいの。ね、また一緒に御喋りしましょう」
    「おん!」
    「一緒に帰ろう。武蔵坂でも、帰りを待つ仲間が沢山居るから」
     積極的に猛撃を受け取りに出る千穂と塩豆、そして郁。
    「死闘だったガイオウガ決死戦、前線を支えた君は我等の誇りだ。さあ、戻ろう!」
    「もう一度、灼滅者に戻って愛するものを守る事を思い出してくれ」
     戦線を維持すべく摩耶が創痍を負えば、美雪は天上の歌声に激痛を和らげ、決して包囲を緩めない。
    『ッッ、ッ……!』
     夜の海を泳いでいた人魚にとって、その網は嘸かし疎ましく思われたか、尾鰭がバシンとリディアを打ち据え、そのヒップアタックを――いや、ヒップを赤くさせる。
    「ぐぇぇッ! ……まだ、まだだよ! まっけないもんっ!! 帰ってきてもらうんだ!」
    「ナノ~」
     先のターンで同じ攻撃を頬に喰らった蔵乃祐は、硬いコンクリート地に拳を叩き付け、
    「分かっているつもりで本当は何も分かっていなかった!」
     遠く離れていても。言葉や気持ちが届かなくても。必ずや待ち人は居る。
     彼等にこそ「古城・茨姫」を帰してあげたい――。
     そう目配せを交した二人は、片や桃尻を擦り、片や紅葉を拭って立ち上がり、夜を昼と白ませる赫灼の炎を繰り出した。
    「さぁ、目を覚まして!」
    「帰りましょう、貴女の声を聴かせてあげたい人が居るんだ!」
     轟、と爆ぜる焦熱が鱗を焼く。
     時に律は光を溢して剝れる鱗を冴刀の閃きに砕き、
    「先輩も、東京という宝石箱に生きる大切な宝石の一つなんです」
     鱗の下から現れた脚が力なく崩れる瞬間を、そと抱き留める。
    「……夜を泳ぐより、二本の足で夜を駆け抜ける楽しみが貴女には余程似合うから」
     人魚の唄に代わり、優しいテノールが眠らぬ街の喧噪に融けた――。


     光の眩しさを辿り、その温もりを手繰らんと身を起こして、稍、蹌踉めく。
     蓋し今や仲間に囲まれた瑠璃羽が、冷たい路地に倒れる事はあるまい、
    「ずっと闇の淵に居たのだもの。覚醒めて直ぐなら無理もないわ」
    「あ……」
     佳声に添えられる癒しに顔を上げれば、京が身ごと杖となって華奢を支え、そこへ有人が手を伸ばしてエスコートを申し出る。
     導く先は、勿論――あの場所。
    「貴女と一緒に頂いたお茶とお菓子、ずっと用意して待っていたんですよ」
     ずっと、と綻ぶ微笑につられて緩む花顔は、然し間もなく吃驚に満ちて、
    「、わっ」
    「また瑠璃羽ちゃんと騒ぎたいの! 今度は命がけなしで、ね?」
     瑠璃羽の細腕に飛びつく寛子の眩しさに、透徹たる藍瞳がスッと細む。
     その昔と変わらぬ百面相を見た燐は、緊張の糸が切れたか、やや声を滲ませ、
    「この儘、手を繋いで帰っても……?」
     戦闘中、手を離さないと叫んだ通りの願いを溢す――神凪家の現当主、女丈夫の素顔を見るよう。
     サポートメンバーを含め、仲間の笑顔に囲まれる瑠璃羽の無事を見届けた雄哉は、ここに漸く安堵の嘆声を置いて、
    (「……あの時の過ちは、もう二度と繰り返さない」)
     罪と責を背負いつつ、前に進もう――と顔を上げていた。

    「今暫くは眠り姫でいて下さっても構いません」
     永らく夜を泳いでいたのだからと、語り掛ける声は穏かに閑かに――茨姫は深い呼吸に胸を上下させた儘、律の腕の中で眠っている。
     その安らかな寝顔に元の人格を取り戻したとは、彼女と刃を交えた全員に伝わったろう、
    「わーーいっ! 無事、救出完了だよ!」
    「ナノナノ~」
     リディアとふかふかナノちゃんは繋いだ両手をブンブン振って喜び、サポートに駆け付けた仲間達もホッと笑顔を交わし合う。
    「想いだけじゃ救えない。相手の心に寄り添った声掛けと戦術、そして全員の尽力が今の奇跡に繋がったのだと、私は思うわ」
     と頷くはマキノ。
     リディアの美尻の赤らみを撫でて癒していた彼女は、ふと、微かな星灯りを仰ぐ飄然に視線を繋ぎ、
    「誰かの笑顔の為に働けるのなら、こんなに遣り甲斐のある仕事は他に無い」
    「……蔵乃祐先輩」
     斯くも傷付きながら他者の為に戦い続ける灼滅者達に、僅かにも心の平和があります様に、と祈らずにはいられなかった。

     一人でも多く、誰一人欠く事なく助けたい――。
     灼滅者達の雄志は此処に実を結び、二筋の光を増やして学園に帰還する。
     其は幾億と瞬く光の中では紛れようか、否。成功という光は慥かに彼等の道を照らし、往く先の闇を切り拓く標と為ったのであった――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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