無明果つる時

    作者:麻人

    「はぁ、はあッ……」
     郊外の人気のない街はずれにその工場跡は取り残されていた。そこを根城にしていたダークネスは突如として苦しみ出すと、頭を抱えて身悶えながら錯乱したことを語り始める。
    「お前、は……どうして今更出てくるんだ? やめろ、もうこの体はお前のものではないのに、くッ! 出てくるなと言っているだろう!?」
     ドォン! と激しい破壊音がして壁の一部が崩れ落ちた。荒い息をついて顔を抑えながら、ダークネスはふらりと外に迷い出る。
    「あ、あああああァァ……!!」
     苦しい。
     怖い。
     哀しい。
     ありとあらゆる負の感情が逆流していく。
     ――助けて。
     それはいったい、『どちら』の叫びだったのか。
     ダークネスは闇に包まれた無明の中で暴れ続ける。今まさに甦ろうとするもうひとつの意識から逃れようと、必死になって足掻いていた。

    「さて、と……ひとつのソウルボードに対する評決の結果、『人類全てをサイキックハーツにする』ことになったわけだね。これはもう後戻りできない決断だ」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は続けて、ひとつのソウルボードを学園にもたらした空井・玉が闇堕ちから救出されたことを報告した。
    「この空井・玉さんの言葉によれば、ひとつのソウルボードの力によって闇堕ち灼滅者が救われるだろう……ということなんだ。これを裏付けるように、今まで行方が分かっていなかった闇堕ち灼滅者の行方が次々と判明したんだ。ひとつのソウルボードの力で灼滅者の意識を取り戻そうとしている彼らは、それに対抗しようとひどく苦しんでいる。今回の依頼は、彼らの救出だ。行ってくれるかい?」

     手順はこれまで救出してきた闇堕ち灼滅者たちと同じく、灼滅者の意識に呼びかけながらダークネスの肉体を倒すこと。
     甦ろうとしている灼滅者の意識がダークネスとしての意識に勝利すれば、戦闘不能になる前に助け出せるはず。
    「もし救出対象者と縁の深い人が呼びかけに成功した場合、ダークネスの動きを抑えてその力が半減する可能性も高い。うまくいけば、チームを分割して同時に二か所での救出作戦を行うこともできるだろう」

    「これはおそらく、闇堕ち灼滅者を救う最後のチャンスだ。彼らを救いたいと願う人にとっても、敵の戦力を削ぐ機会としても、これ以上ない状況が巡っている。これを生かせるかは君たち次第だ」
     よろしく頼むよ、という言葉と共にエクスブレインは依頼の説明を語り終えた。


    参加者
    錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)
    月原・煌介(白砂月炎・d07908)
    神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    託・リヤン(絆紡ぎのミュゲ・d32540)
    松原・愛莉(大学生ダンピール・d37170)

    ■リプレイ

    ●錆びれた工場跡地にて
    「……あれか」
     セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)は望遠鏡を覗いたまま呟く。夜闇に半ば埋もれるように半壊した工場跡で、今も白煙と轟音を上げてコンクリートの壁が崩れ落ちた。
    「そうとう苦しいようだな。できるだけ急いで準備した方がいい」
    「不意打ちを受けないように見張ってるから、皆お願いするよ」
     錠之内・琴弓(色無き芽吹き・d01730)に、松原・愛莉(大学生ダンピール・d37170)は「わかったわ」と頷いた。
    「煌介くん、私は北側をやるわね」
    「了解。俺は南を」
     月原・煌介(白砂月炎・d07908)が闇に紛れて張り巡らせるのは立ち入り禁止のテープ。
    「手伝います」
     神無月・佐祐理(硝子の森・d23696)はよいしょと幾つか重ねたコーンを持ち上げて、煌介を追いかけた。
    「あの、よろしければ三和さんのことをお聞きしても構いませんか? 私はあの方のことを詳しく知らないので……」
     煌介は言葉少なに語る。
     口数が多い方ではないことに加え、とても一言では言い表せない思いがあったからだ。
    「悠仁は……大人しくて、物思いに耽ることがあった」
     きっと、外面からは分からない悩みや葛藤もあったのだろう。煌介の胸に苦い痛みが広がっていく。それを振り払うように、彼は言った。
    「でも、俺たちの言葉を無視するような人じゃない。きっと、言葉は届く」
    「はい」
     佐祐理は頷き、言った。
    「私も全力で呼びかけてみます。月原さんやリヤンさん、それに学園で彼の帰還を待っているたくさんの人々のために。それに、もしかしたら……ここまでになるのかしら、という思いもありますしね」
    「え?」
    「ダークネスがいなくなった世界では、私の「居場所」は、最早ないかもしれませんから」
     意味深げな事を呟いて、佐祐理はたっと駆け出した。
     皆のところに戻ると、セレスと共にその場へ残っていた託・リヤン(絆紡ぎのミュゲ・d32540)がすぐに注意を呼び掛けた。
    「どうやら、悠仁さんがこちらに気付いたみたいよ。すぐに戦闘態勢を整えて!」

    ●邂逅
    「はぁ、はぁっ……」
     動くごとに、ぼた、ぼたっ……と体の一部が崩れては再び再生するのを繰り返している。黒い泥人形のような姿の周囲には、血管のような赤い筋の浮き上がった黒い球体が浮遊し、それが暴走しては周囲を破壊し続けているのだった。
    「なんだ、これは……我が表が……くっ……意識を取り戻そうとしている……? 馬鹿な、とうの昔に消えたはずの貴様がなぜ、今ごろ……っ!」
     その時、風が異質な匂いを運んでくる。
     悠仁――否、進化のアルコーンを名乗るダークネスは顔を手で押さえながらふらりと外に出た。そして、来訪者を目にした途端――自らの内で忘れていた感情が爆ぜるのが分かった。

    「悠仁さん……!」
     ようやく巡り合えた恩人の変わり果てた姿にリヤンは涙を滲ませた。
    「あれが、闇堕ちした悠仁くん、か。なのちゃんいくよ。しっかりリヤンさんと煌介くんを守って、その声が届くようにお手伝いするわよ」
    「なのっ!」
     愛莉の隣からナノナノが張り切って飛び出した。
    「Das Adlerauge!!」
     佐祐理の足元から影業がせり上がる。
    「くそ、何だお前たちは!? 我を……否、我の表を知っているのか……!!」
     自らを包囲するように回り込む灼滅者たちを見渡して、アルコーンは浮遊する球体から暗黒色の弾丸を繰り出した。
    「食らえ!!」
    「させないよ!」
     直撃よりも早く、琴弓がイエローサインを後衛の前に打ち立てた。セレスの双眸に複雑な数式が流れ、次々と飛び出していく前衛のためにリヤンのイエローサインが警告を促し、シュエットの輝くリングの光が煌介の頭上に降り注ぐ。
     黒曜石の名を冠したエアシューズでアルコーンの懐に滑り込んだ煌介は、星屑を散らしながら流星のごとき蹴撃を見舞った。
    「悠仁。遅くなって、ごめん。頑張ってくれて……感謝」
     この日まで生きていてくれたことに、その運命に煌介は思いを馳せる。
    「お前……!?」
    「君と助けたリヤン、俺の妹だった」
     覚えてる、と囁いた。
     アルコーンの顔が苦悶に歪む。
    「一緒に帰ろう。悠仁が沢山救ってきた世界に悠仁、君がいないって寂しすぎる」
    「やめろ、我の表に呼びかけるな……!!」
     ぶん、と黒き球体がぱかりと割れて、刃の群れとなって灼滅者たちに襲いかかった。
    「っ……!」
     煌介を狙った一撃を、庇いに入った佐祐理の日本刀が受け止める。
    「不思議ですね。ここまで生きてみたら、いろんな欲も出ましたし……少しでも良き未来をこの目で見届けたい、という思いもこの胸にこみ上げてくるんです」
     弾き返して、佐祐理はにっこりと微笑んだ。
    「私は、貴方と面識はありませんが……武蔵坂には貴方を待つ人がたくさんいると伺いました。帰ってきて下さい、三和さん!」
     どくん、とアルコーンの体が大きく脈打った。
    「お願い! 御影様」
     琴弓の声かけに呼応して、その身に纏っていた影業が鎖状に伸びてアルコーンに絡みつき、錠でロック。
    「こんなもの……!」
     だが、振りほどくよりも先にその翼で飛翔したセレスの蹴りがこめかみを襲った。
    「ぐっ――!!」
    「お前は何故、力を求めている?」
     セレスは冷静に問いかける。
    「弱いから、ではなく怖いから、か?」
    「――」
     アルコーンの虚ろな眼差しがセレスを見返した。
     彼はただ、己の力を高めるため、力を得るために生きていた。支配や戦争、手に入れた力を振るうことにすら興味を示したことはない。
     怖い?
     アルコーンは首を傾げた。
     元々は脆弱な存在であった自分。
     自嘲と皮肉から、自らを低位の偽の神と名乗るようになった。
     その我が、怖かったというのかこの灼滅者は――?
    「……あなた達は、随分と強くなりましたね」
     聞き覚えのある声にリヤンははっとした。
    「悠仁さん!?」
     アルコーンは――否、一時的に戻った悠仁の意識が語りかける。
    「私は弱者だった。それ故に、強者に対して相反する思いを抱いた。一方では高みから引き摺り下ろすことに倒錯的な愉悦を覚え、一方ではその強さに焦がれ求めた――こんな姿になってまで」
     アルコーンはシャウトで拘束を振り払い、暗黒の弾丸を――それも特大のそれを、容赦なく撃ち込んだ。

    ●光明への道
    「きゃあっ!!」
     攻撃力を倍増したアルコーンの射撃に貫かれ、愛莉が悲鳴を上げる。
    「つつ……」
    「大丈夫!?」
     とっさに琴弓がエンジェリックボイスで援護。
     しかし自分だけでは回復しきれないことを悟り、リヤンに声をかける。
    「足りない――! 託ちゃん、お願いだよ!」
    「はい!」
     仲間へと順番に防護符とラビリンスアーマーを与えていたリヤンは、すぐさま新たに紡いだ防護符を愛莉に飛ばした。
    「いったたた……ありがとう、リヤンさん」
     愛莉はクロスグレイブを手に気丈に立ち上がり、アルコーンを見据える。
    「悪いけど、これくらいじゃ諦めないわよ。あの時は……手を伸ばせなくてごめんなさい。でもようやく、手を伸ばせる時が来たの」
     カッ、と目を開き、愛莉は至近距離から十字架戦闘術でアルコーンと渡り合う。
    (「普段はこんなことしないけど、今回は特別よ」)
     愛莉が注意を引き付けている間に、煌介が背後を取った。
    「一緒に帰ろう、悠仁」
     振り返るアルコーンを、慈愛と決意に満ちた瞳で見つめながら告げる。
    「悠仁が沢山救ってきた世界に君がいないって、寂しすぎる」
     だが、アルコーンは狂ったように煌介を切り裂いた。
    「ッ……」
    「そんなもの、我は興味がない。我が欲するのは……手に入れたいと願うのは――」
    「……手遅れだ、三和」
     低い囁きはセレス。
    「周りに影響されて三和が強くなり、自身の思い通りにならなくなる。ならば他に干渉されても揺るがない力があればいい、と。だが、三和を救いに来た私達はそんな力には負けない。お前が切り捨てようとしてもそうはいかない」
     振り薙いだ槍の穂先から迸る妖冷弾がアルコーンの胸元を穿ち、体勢を崩した。
    「なに……!?」
     強い。
     灼滅者たちの想定外の強さに、アルコーンは驚愕する。
    「進化は変化。環境に自分を合わせていく力です」
     琴弓の意志を込めた標識の色が黄から赤に変わった。
    「だから、強くなる事のみに固執するアルコーンの考え方は進化じゃない。単なる自己鍛錬だよ」
    「――!!」
     標識での殴打をすんでのところで避けながら、アルコーンは戦闘が始まってから初めて後ろに下がった。
     だが、そこには煌介とリヤンがいる。
     逃げ場などない。
    「うあ、あ……!! やめろ、我を消すな、我は、我は……!!」
     乱れ撃つ闇弾がリヤンの腕を撃ち抜いた。
    「……頑張ろう」
     手は貸さず、煌介はアルコーンを見つめ続ける。
     リヤンは頷き、真摯に訴えた。
    「悠仁さん。あなたは私を闇から救って武蔵坂学園に導いてくれた。煌介さんと私の血の絆を繋いでくれた。何度でも有難うって言うわ。思い出して、あの時、闇の中の私に言ってくれた事。友達になりたいって……!」
    「ぐあ、ああっ……!!」
     遂にアルコーンの体が崩壊を始める。
    「だめ、避けて!!」
     琴弓が叫んだ。
     アルコーンの影業めいた球体が爆発的に膨れ上がり、黒の新星が誕生する――!!
     ドッオオオオオオォォン――……!!
    「月原先輩、神無月先輩っ……!!」
     爆発の直撃を受けた二人を心配して、琴弓は歌声に癒しの力を乗せる。
    「だい、じょうぶ……です。なんとか、ですけど」
     被らないように愛莉には煌介の援護を頼みつつ、佐祐理は集気法で自らを癒した。
    「馬鹿な、我の必殺技を食らってなぜ、立っていられる……まさか……!?」
     アルコーンははっとして自分の手を見た。
    「我の表……貴様、貴様ッ――!」
     説得が効いているのだ、とセレスは思った。
     こちらの声が届けば、闇堕ち者の戦闘力は半減する。
    「我、わ……私は……何時か、灼滅者が絶対的な強者となったとき、弱者として強者を糾弾し引き摺り下ろす特権を享受したいが為だけに、その……敵と成り果てるも良いか、と思っていました……そして、それはまさに今、なのかもしれません」
     なのに。
     どうして、自分の頬は濡れているのか。
     弱者であること、それをアイデンティティにすることしかできなかった悠仁。
     それなのに、自らを否定するかのようにひたすら力を高めることにだけ拘ったアルコーン。
     矛盾に引き裂かれそうだ。
     けれどその矛盾こそ、光と闇。
     どちらがなくても存在し得ない、ひとりの人間。
    「その闇ごと、君と友達でいたい」
     煌介は微笑んだ。
     確かに表情は変わらない。
     彼はその豊かな感情をどうしてもその体でもって表現できない。
     顔も、声も、変わらない。
     だが、誰が何と言おうとも煌介は微笑んでいた。
     その心で、瞳で。
    「俺の闇も君に見せたい。だから、一緒に帰ろう。もっと遊ぼう」
     崩壊していく。
     何とか人の形を保とうと最後の力を振り絞っていたアルコーンの体が原型を留めていられなくなる。もはやただの肉塊と化したその体に、リヤンの涙がこぼれ落ちた。
    「私もあなたと友達になりたい。彷徨うあなたを見守る、いいえ、共に迷う友達に……! だから一緒に、帰りましょう……!」
     どこまでも続くと思われた無明に今、光が差した。
     世界が逆転する。
     闇は滅ぶのではない。
     それを内包したまま、めくり返るようにまばゆき黎明は訪れるのだ。
    「今だ、一気に勝負をつける」
     セレスは槍からナイフに持ち替え、アルコーンの急所を鋭い刃で切り裂いた。
    「わかった!」
     愛莉の構えるクロスグレイブから敵の『業』を凍結する光の砲弾が放たれる。琴弓の影が迸るのに合わせて、煌介の断斬鋏が動きを断った。
    「これで……!」
     佐祐理は居合いの体勢から操る影業でアルコーンを包み込み、――貫いた。
     闇泥が破裂する。
     まるで割れた風船のように飛び散った中から、ひとりの青年が産み落とされた。

    ●三和・悠仁
     目を開けた時、悠仁は長い夢を見ていたような気分だった。
     泣いている。
     自分が助けた少女。
     微笑みながら、涙を零している。
     知らない人もいる。
     みんな、心配そうな不安そうな、けれど安堵したような顔で悠仁を見守ってくれていた。
    「……おかえり」
     瞳に優しい光を湛えた青年の差し出す手を、悠仁はとても眩しいものを見るかのように目を細め、ためらいがちに手を伸ばしてから、ゆっくりとそれを握り返した。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月19日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
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