救うために声を、そして力を

    作者:雪神あゆた

     ほこりの積もった床。ひびのはいった壁。とある廃工場で。
    「何故……何故……今更……お前が……」
     一人のダークネスが苦悶の声をあげていた。
    「この心は死んでいたはず!」
     ダークネスは床に拳を叩きつける。轟音。工場全体が震える。
    「何故……なぜ……あああああああっ!!」
     ダークネスは悲痛な声をあげ、腕を振り回し続けた。

     学園の教室で。
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)は説明を始める。
    「ひとつのソウルボードに対する評決が決まりましたね。
    『人類全てをサイキックハーツにする』……とても勇気がある決断だと思います。
     ひとつのソウルボードの力を戦いに使えませんから、今後の戦いは厳しさを増すでしょう。ですが、皆さんなら乗り越える事も可能なはずです」
     確信に満ちた声で姫子は言う。そして、
    「この評決結果の決意により、ひとつのソウルボードと共に学園に来ていた、空井・玉さんが、闇堕ちした状態から灼滅者に戻る事ができました。
     更に、ダークネスだった彼女は、ひとつのソウルボードの力で、闇堕ち灼滅者が救出されるだろうと言い残しました。
     その言葉の通り、今まで行方不明だった、闇堕ち灼滅者の行方が一斉に判明したのです。
     彼らは、ひとつのソウルボードの力で、灼滅者の意識を取り戻そうとしていますが、ダークネスの意識が抵抗し、激しく暴れています。
     皆さんには、暴れている彼らの所に急行し、救出を行って欲しいのです」
     姫子は、数秒置いて続ける。
    「自分を取り戻そうとしている、灼滅者の意識に呼びかけつつ、暴れるダークネスにダメージを与える事で、救出が可能になります。
     灼滅者の意識が勝利すれば、戦闘不能になる前に救出することもできるでしょう。
     また、救出対象者に縁の深いものが呼び掛けに成功すれば、ダークネスの動きを抑え、戦闘力を半減させる事が出来るかもしれません。
     もし、これに成功できるなら、チームを分割し、同時に2か所での救出作戦も不可能では無いかもしれません」
     姫子は灼滅者――貴方達に近づいた。
    「闇堕ち灼滅者を救うことは、ダークネス側の戦力を減らし、武蔵坂の力を増やすことになります」
     姫子は貴方達、一人一人の目を見つめ言う。
    「なにより、行方不明だった皆さんの仲間を助けるチャンスが、ついに来たんです。どうか、どうか、助けてあげてくださいね」


    参加者
    黒夜・零(黒騎士・d00528)
    伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)
    葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)
    御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)
    藤谷・徹也(大学院生殺人機械・d01892)
    成瀬・亮太郎(中学生爆音ロケンローラー・d02153)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)

    ■リプレイ

    ●再会
     灼滅者八人は工場の扉を開ける。奥に何者かがいるのに気づくと、まっすぐその何者かに近づいた。
     奥にいたのは、一体の六六六人衆。
     黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)、葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)たち灼滅者は彼を知っていた。
    「……漸く見つかったっすか」
    「やっっと、見つけた!」
     蓮司はぼそりと、有栖は工場内に響くほど大きく、声を出す。目の前にいる存在、闇堕ちした仲間、神崎・勇人(d00279)へ。
     勇人は顔を灼滅者に向ける。その表情も目も、狂気と殺意にみちているが、確かに、灼滅者の知る勇人のもの。
     勇人は目を限界まで開き『コイツラは……』と呟く。御幸・大輔(雷狼蒼華・d01452)は彼に言う。
    「助けに来たっていうのは少し違うかな。迎えに来たよ。みんなであの場所へ帰るために」
     物怖じせず、堂々と。
    「久しいな、共にライブハウスで戦ったことを覚えているだろうか」
    「神崎が戻るまで、殴るのをやめないッ! だからしっかり向き合って話そうぜ?」
     淡々と問いかける藤谷・徹也(大学院生殺人機械・d01892)、不敵に笑う伊丹・弥生(ワイルドカード・d00710)。
     二人の腰には、ガチョウ部長クッション。
     灼滅者とクッションを見、勇人は唇をぎっと噛む。忌々しげに、
    「コイツラは……そうか……コイツを殺せば、お前も死ぬよなぁ!」
     刀を振り上げる勇人。
    「やっぱり即戦闘かな。それはこちらも望むところだね」
    「知ってるヤツが戻ってと願ってる。戦う理由は十分だ」
     成瀬・亮太郎(中学生爆音ロケンローラー・d02153)と夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は窓など逃げ道を塞ぐ。ナイフを胸の高さに構える亮太郎。治胡は槍の切っ先を勇人へ。
     黒夜・零(黒騎士・d00528)は紫の瞳で勇人を見る。探るようにじっと。
    「さて、貴様の本心はどこにある……?」

    ●溢れる言葉と想い、そして涙
     勇人は走る。標的は有栖。
     その進路を、治胡が阻む。
    「それはさせない、ダークネス」
     治胡は氷を生成、勇人を刺す。手応えはあった。が、勇人は止まらない。
    「邪魔するか? ならお前から、斬る。……柔らかい肉を斬る感触、甲高い悲鳴が堪らねえのさ……!」
     勇人の手が閃き、治胡の肩から血が飛ぶ。斬られた。勇人はダブルの動きでさらに治胡に襲いかかる。
     が、零が治胡を庇った。刃を体で止める。
    「標的にするのは、女性、特に有栖を、か……」
     体に刺さる刃を、零は手早く引き抜き、同時に影を操る。勇人の足首に影を巻きつかせた。
     二人のサーヴァントも動く。炎翼のウイングキャットの猫は憮然とした顔でリングを光らせ後衛を支援。ライドキャリバーが機銃掃射で主らに加勢。
     治胡と零は、赤と紫の瞳で勇人を見つめる。
    「ダークネス、神崎は返して貰う。縁のある彩雲の皆の願いに応えるためにも。――神崎、アンタの居場所はココだ、戻って来い」
    「助けたいと思ってくれている奴がいる。だから神崎、戻って来い」
     鋭い視線を一層鋭くさせる治胡。一歩二歩と勇人に近づく零。
     亮太郎はナノナノ・なのを引き連れ、二人に駆け寄った。
     爆霊手から眩い光をはなつ亮太郎。なのは宙にハートを浮かべた。丁寧な所作で傷を癒していく亮太郎となの。
     亮太郎は顔をあげた。攻撃にか言葉にか、勇人が苛立たしげな表情をしている。機を逃してはならないと、亮太郎は片手をあげ合図。
     その合図を弥生が受け取った。
     弥生は勇人の側面をとる。不意に屈み、クルセイドソードを一閃、黒死斬!
    「ぐ……多少はやるか。だがこの程度で勝て……」
    「勝つよ。そして助けるよ」
     亮太郎は勇人の言葉を遮った。
    「熱い想いでみんなが集まったんだもん。ボクだってまた一緒に共闘したいって思うから」
     手を動かし「みんな」を示す。
     亮太郎の言葉を、弥生が引き継ぐ。
    「彩雲からみんなで出迎えに来たんだしおとなしく帰ろうぜ。それに」
     意味ありげに弥生は言葉を区切り。そして近くの有栖を目で示した。
    「有栖も寂しがって泣いているんだから駄々をこねるのはなしだぜ」
     有栖は目をぱちくりした後、「泣いてなんかいないしっ」と弥生に反論。
     有栖は勇人に向き直り、
    「とにかく――みんなの為に闇堕ちしてかっこよく勝ち逃げ? そんなの、許すわけないでしょ!」
     彼へと一歩を踏み出した。魂の底から声を、相手へ叩きつける。
    「まだ、私との勝負決着付いてないし、そんな中途半端なの、絶対勇人なら許さないよね? てか私が許さない。だから、しっかり戻ってきて!」
     目にはさっき否定したばかりの涙が一滴。
     勇人は顔を歪める。
    「……っ……黙れ!」
     怒鳴る勇人。が、声は震えていた。
     彼の前に大輔が立つ。静かな怒りを顔に浮かべ。
    「黙るもんか! 誰よりもお前の為に必死になった人がいる! 色んな人に力を貸してほしいと頭を下げた人が!」
     掌で有栖を指し示し、そして叫ぶように、
    「そこまで思ってくれてる有栖の声が届かないはずないよね。届いているなら、ちゃんと応えろよ!」
    「有栖の声が……」
     勇人の唇から言葉が漏れる。
     蓮司と徹也が、勇人に頷いて見せる。
    「……有栖さんがな、何としてでもアンタを連れて帰りたいってさ。あんな必死な姿初めて見てな」
    「葛葉はお前の帰りを待ち続けていた。皆がお前を迎えに来た」
     蓮司は普段とは異なる真剣な口調で。徹也は表情を変えることなく冷静な声で。二人は続ける。
    「……待ってんだよ有栖さん。アンタの帰る場所、守りながら。俺も、皆も。だからここに来た……聞こえてんなら帰ってこい」
    「……戻って来い。お前の居場所はこの様な暗い場所ではない」

     勇人の左手が一瞬、ひくついた。勇人は己の手へ視線を移す。
    「戻ろうとしているのか? ……なら見ておけ、戻る場所が壊れるのをなぁ!」
     刀を構えなおす勇人。が、顔に苦悶。届いているのだ、八人の声が、ダークネスの奥の本当の勇人に。
     斬撃がくるが、有栖はあえて足を前へ。傷を作りつつも、紅色の日本刀で切り返す。雲耀剣。
     徹也は有栖に近づく。傷を赤の瞳で視認。
     徹也は有栖にベルトを巻き付け、ラビリンスアーマーを施した。彼女の傷を癒し守りを固めさせる。
     蓮司は勇人を観察し続けていた。なおも、勇人は有栖へと刀を振っている。が、後方への注意がおざなりになっていると、蓮司は看破。
     蓮司は生成した氷柱で彼の背を貫く。
     大輔は足元の廃材を踏み台にし跳躍。蓮司が与えた冷気と痛みにのけ反る勇人を、大輔は上方から畏れ斬りで強襲!

    ●信じる心と力と
     勇人は未だ闇に囚われ、攻撃を放ってくる。今も黒い殺気が迸り、灼滅者を襲う。
     その一部を零が受け止めた。零は自分の体を見下ろす。
    「ダメージは少ない。威力もスピードも、落ち切っている……神崎も中で必死で戦っているのか。なら、応えなければな」
     零はあえて勇人の至近距離に留まる。ライドキャリバーに突撃をさせ、自身はクルセイドソードとナイフを振り、黒死斬。
     傷を増やす勇人。戦いは灼滅者有利のまま推移していく。勇人は呟く。
    「まだだ……アイツさえ殺せば……」
     その呟きを、弥生が聞きつけた。
    「アイツって有栖の事? でも、セクシーないたみんは、こっちだぜ?」
     弥生は前屈みに。細身の体のラインと胸を強調するポーズ。
     ポーズの効果か、勇人が弥生を見た。弥生は笑みを濃くしつつ、すかさず攻撃。交通標識をブンッ、レッドストライク!
     膝を震わせながらも、勇人は刀を振り回す。衝撃波を発生させ、後衛を襲う。弱まったとはいえ、なお侮れない威力。が、
    「させないよ……先輩も戦っているんだもん」
     亮太郎は片手を掲げた。霊力の光で傷の深い弥生を治癒。なのは跳びはねながら前衛へ、ディフェンダーたちの治療に努める。
    「回復は大丈夫。藤谷先輩は攻撃を」
     亮太郎の声を受け、徹也は勇人へ踏み込む。治胡も防御より攻める時と、猫を引き連れ進む。
     徹也は勇人へ鉄鋼拳。鳩尾へと拳をめりこませる。鋭くかつ重い打撃を抉りこむように。
     治胡はジャンプ、体を捻り首の後ろを狙ってスターゲイザー。猫もタイミングを合わせ、パンチを繰り出した。
     二人と一体の攻撃に、勇人はふらつき後退。
    「神崎が居場所に戻るために戦っているなら、その努力を無駄にはできない」
    「そうだな。そのためにも――葛葉、行け」
     治胡と徹也の言葉に、有栖が首肯。よろめきさがる勇人を有栖は追う。
     彼の目の前に立ち、有栖は訴える。
    「何年帰って来るの待たせたと思ってるの! 一緒に依頼に行った時に背中合わせで戦ったの、あれっきりとか嫌だし! だから何度でも言うよ、戻ってきてっ!!」
     己の胸に手を当て、切々と。
    「お……おれは………うあああああああっ?!」
     勇人は狼狽しながら、悲鳴をあげながら、闇雲に刀を振り回す。
     ダークネスが苦しんでいるのは、勇人が自分たちの言葉を糧にダークネスに打ち勝ちつつあるから。
     それまで絶対に負けない、と有栖は右手に力を籠める。敵の刀に布都暁をぶつける。火花が散った。

     少しの時間が経過し、ダークネスの勇人は肩で息をしていた。眼も虚ろ。灼滅者の奮闘により消耗している。
    「なぜ……お前たちは……ここまで……」
     途切れ途切れの問い。大輔は答えた。
    「最初に言った。迎えに来たって。帰ろうよ、彩雲に」
     迷いのない口調の大輔。
     仲間を取り戻すため、大輔は傷ついた腕を動かす。蒼玉で放つ渾身の一打。
     蓮司も大輔に加勢。鋭く尖った氷柱を勇人めがけ、放つ。
    「気付けはもう十分っすよね。……帰って来い、闇に呑まれるんじゃねぇ」
     蓮司のまっすぐな声が工場内に響く。
     蓮司が言い終えた途端、からん、と音。
     勇人の手から刀が落ちたのだ。
     勇人の体から邪気が消えていく。勇人は膝をついた。皆の顔を見上げる。その勇人の顔は皆が良く知る、灼滅者の勇人の顔。
     八人の力と言葉が届いたのだ。彼を救えたのだ。八人は勇人に駆け寄った。

    ●戻ってきた彼と、仲間と
    「……忘れられてたと思ってたッスよ」
     長い間闇堕ちし、それでもなお忘れさられず、そして今助けられた勇人。勇人はゆっくり立ち上がり、皆の顔を見る。
    「サンキュ、ッス。……それと、ただいま」
     有栖は、眼に戦闘中とは別種の涙を浮かべた。
    「おかえりっっ!」
     笑いながら泣きながら。
     他の者たちも有栖と勇人に近づき、声をかける。
    「おかえり」
    「有栖のお手柄だ。お疲れさん……神崎はもう無茶すんじゃねーぞ、お帰り」
     徹也は普段無表情の顔に微かな笑みを浮かべ、弥生は嬉しそうにおどけ。
     蓮司も、零も、大輔も、口々に勇人の帰還を喜んでから、
    「帰る場所守っててよかったっすね」
    「有栖、よく助けた」
    「声、ちゃんと届いたね」
     と、勇人の救出に尽力した彼女を、それぞれの言葉で労う。
     治胡は、勇人と皆を交互に見、
    「(願いに応えられてよかった)」
     微かな声で言い、安堵の息を吐く。
     亮太郎は窓に目をやる。外はすっかり闇の中。
    「あと何人救出するんだろう。あと何か月かで」
     皆に聞こえないよう呟く。仲間を助けられた達成感と、今後への決意を確認するように、亮太郎は拳をぎゅっと握りしめた。
     工場内では、勇人と皆が話す声が響いている。皆が彼を助けられたことを、彼が戻ってきてくれたことを、喜び祝い続けている。

    作者:雪神あゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年6月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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