魔人生徒会~紫陽花のほとり

    作者:高遠しゅん

    「たまには、遠出してみるのも悪くないよね」
     窓から入る日射しが、サングラスを通しても眩しくなってくる季節だ。
     ニュースボーイキャップはトレードマークのような、そうでもないような。すらりとした姿は、男性とも女性とも見て取れる。
     くすりと笑い、くるりと指先で持っていたロリポップキャンディを光にかざした。
    「晴れた日に見る花も綺麗だけど……雨の日も風情があっていいよね」
     タイミングもぴったり。天気予報がもうすぐ雨模様を告げている。
    「光る水滴、雨の日の小さな生き物たち……傘が奏でる軽やかなメロディ。僕はどれも好きだなあ」
     弾むような口調で未だ見ぬ光景に思い馳せ、甘いキャンディに口づける。
     見渡すかぎり、丘をまるごと花が包み込むような場所を見つけたのだ。
     今がちょうど満開。柔らかな彩りあふれるひとときに身を委ねよう。もしかすると、普段は内緒にしておきたい話だってできてしまうかもしれない。
    「お喋りに気を取られて、他の人とぶつらかないようにだけ気をつけてね?」


     小さなパンフレットを手に、刃鋼・カズマ(大学生デモノイドヒューマン・dn0124)はどこか遠くを見るような目をしていた。
    「……少し前、寮の庭に紫陽花の苗を植え付けるのを手伝った。今はまだ葉が茂るばかりだが、来年には花が咲くだろうと言われた」
     来年と、言葉にしてしまえば簡単だ。だが、灼滅者たちは肌で感じ取っている。遠くない未来に、この世界を左右する大きな戦いが待っていることを。
     来年と、言葉にしてしまえば簡単な未来を、今、口にできるだろうか。
    「俺はその花を見ることが、今からとても楽しみだ。どんな花が咲くだろうか、青か紫か、土壌によって色が変わるというから、全く違う色かもしれない。今はほんの30センチほどの草丈が、来年はどのくらい伸びるのかも楽しみだ」
     穏やかに、言葉を探す。
    「その前に、今年の紫陽花を皆で見たいと思った」
     小さなパンフレットには、丘の斜面を埋め尽くすような紫陽花園が描かれている。
     季節は梅雨を迎える。紫陽花には雨模様がよく似合う。晴れた日とはまた趣もまた違うだろう。
    「そして、話をしたいと思った」
     ほんの少し先の話、来年の、再来年の話、未来の話を。
     今まで内緒にしていた話も、言葉にできてしまうだろう。小雨と傘、傘に弾む雨粒が魔法のように、秘め事は秘め事のままにしてくれるから。
     青、赤、紫に白、万華鏡のような色彩に包まれて。
     ひとりで物思い、大切な人と二人語らい、仲間といっそう賑やかに。
     皆で未来を描きに行こう。


    ■リプレイ

     水無月の休日。
     薄紫にけぶる雨雲と傘に弾む細かな雨粒が、土の匂いを運んでくる。

    ●花と雨
    「忘れられないひとがいるの」
     赤い紫陽花の水滴を指先ではじいて。桜之・京(d02355)は誰ともなしに語りかけた。黒髪が雨を含んで肩先で遊ぶ。
    「きっと、恋をしてしまったのよ」
     今はもうどこにもいない。この手で闇に還してしまったから。『ひと』と呼んでいいのかもわからないけれど、鮮烈に胸に焼き付いて散っていった一輪の花がある。
     自分の中の何かが、あの時形を変えてしまった。記憶ひとつ胸に閉じ込めたまま、溶けてしまっても構わないと思う。甘美な誘いに、いっそ身を任せてしまえたら。
    「恋は病と似ていると聞くわ。あなたは知っているかしら」
     静かに後を歩く刃鋼・カズマ(dn0124)が傘を開き、京の頭上にさしかける。少し考え、いいやと首を横に振る。だが、と言葉を続け。
    「もし闇に消えたなら……俺は必ず、連れ戻しに行く」
     思いがけぬ言葉に、京は目を丸くする。その響きはまるで、
    「私、口説かれているのかしら」
     今度はカズマが目を丸くする。生真面目を絵に描いたような青年は、思ったそのままを口にしたにすぎない。真っ直ぐすぎて、言葉が含む情緒に全く気づかないのだ。
     こちら側の時間をもう少しだけと願ってしまう瞬間は、こんなふうに不意に訪れる――だから。
    「いいのよ。わからないままで」
     京は軽く微笑んだ。もう少し、わからないままでいたいから。

     おおきな傘はふたりでひとつ。
     エミリオ・カリベ(d04722)がさした傘の腕にくっついて、大業物・断(d03902)が声を上げた。
    「紫陽花さん綺麗なの! 白も紫も青いのも」
     色彩のグラデーションが丘を覆っている。雨を好む花が生き生きと雨空に花を咲かせている姿は、気分転換にはもってこいだ。
     エミリオは蝸牛を見つけてはしゃぐ断が掴んだ腕のぬくもりを、愛おしく思う。小さな水たまりも、ふわりと雲を踏むような心地がするのは、エミリオだけではないだろう。
     視線を花から断に向けたなら、大きな青い瞳が思っていたより間近にあった。
    「前にもみんなと一緒に紫陽花を見に来たことがあったけど、今日の花は別の花みたいだ」
     皆で見る花と、二人で見る花。
    「今すっごいドキドキ。ここがね、ふわーってなる」
     手を胸に押し当てた断の頬が傍らの紅色の花色を写す。そっと寄り添えば、エミリオの肩に桃色の髪がふわりとかかる。
     寄り添い、一瞬をかしゃり映像に残せば、紫に囲まれた二人の幸せがひとひら。

    「土の性質によって色が変わるんだけど、日本では基本的に青い紫陽花が多いんだって」
     七夕・紅音(d34540)が軽く説明する間、ヒトハ・マチゥ(d37846)は一瞬も逃さぬようその姿を見つめている。青と赤、赤紫のグラデーションを纏い歩む紅音のその先、ひときわ青みの強い額紫陽花の一角に、留まるようこいねがう。青い花が綺麗だと、紅音が言ったから。
    「紅音ねぇ様、そこに立ってくださいです」
     ヒトハはその姿を、脳裏に強く焼き付ける。記憶の中に、一番綺麗な映像として留めるために。
     折角だからと、紅音がバッグから取り出したのは小さなインスタントカメラ。
    「風景も撮るけど、折角なら二人で写真に写りましょ?」
    「僕が写ってしまっていいですか……その景色は」
    「素敵な記憶になるでしょ?」
     一人より、二人の方が、ずっと。
     紫陽花の花言葉、移り気という言葉はヒトハには少し寂しいけれど。
    「知ってる? 青い紫陽花の花言葉ってね。『辛抱強い愛情』なんだって」
     何が起きたとしても、どんな脅威や哀しみがヒトハを包もうとも。紅音は愛を以て、彼を護ると心に誓った。

     両手で傘を持ち、弾むような足取りで歌いながら歩む栗花落・澪(d37882)を、微笑ましく見守る栗花落・深香(d38230)。弟のように想う彼の耳にはきっと、傘に落ちる雨粒や紫陽花の葉が風と戯れる音が、音楽に聞こえるのだろう。
    「それは、雨の歌?」
    「うん。だって皆凄く楽しそうに教えてくれるんだもん。だから一緒に歌ってるの」
     紫陽花は雨をとても好むから。丘一面の紫陽花たちが、たくさんの水を喜んで歌うのだと。澪は上機嫌で傘をくるり回した。雨粒がぱらり跳ねて紫陽花を揺らす。
     そんな様子が、今は遠い空で見守る人を深香に思い起こさせる。
     無垢で心優しく、純粋で綺麗なひと。そして心の強いひとだった。澪は年を追うごとに、亡き澪の母親に似てくることを、深香は知っている。
    「澪は……本当に、お母さんに似てきたわね……」
     憧れ、だろうか。
    「私にも、澪と同じ世界が見えたらいいのに」
     優しい心を持つ澪と、澪の母親のように、この世界が奏でるという美しい音楽を聴いてみたい。
    「……僕はまだ、母さんみたいに強くないよ」
     小さな蛙を指先から葉先に逃がし、澪が呟けば。
    「強くなってるわよぉ。お姉ちゃんが保証するわ」
     雨音で消えていると思った言葉が返ってくる。
    「ほんとに?」
     花のような深香の微笑みは、澪の心に水のように染み渡り。
     互いに護ると、誓いを交わす。血を分けた家族として、いつまでも。

    ●傘と明日
     こんな世界しか知らない。
     こんな生き方しか知らない。
     この世界が変わってしまったら。何もかもが変わってしまったら、自分はいったいどうなってしまうのだろう。何ができるというのだろう。天宮・黒斗(d10986)は、青の紫陽花に目を遣りながら、雨音にかき消されそうな声で。
    「戦いのない世界なんて、知らないから」
     不安、恐怖、諦めにも似た淀みが、心の奥底に貼り付いて離れない。
     そんな心に滑り込んできた吉沢・昴(d09361)の言葉に、言葉を返せずにいる。
    「もし戦いの無い世界になっても、一緒に生きてくれないか」
     昴は言う。これは自分の我儘だと。返事は急がずともいいと。
     何もかも変わってしまった平穏な日々は、黒斗を苦しめるかも知れないと知っている。慣れない世界は黒斗の重荷になるのかも知れないと、知っている。
     それでも、伝えたい言葉だった。
     平和、平穏、解放、戦いのない明るい未来。それは果たして、黒斗にとって価値ある未来なのか。
    「……私が望む未来は、掴めないのかもしれない」
     黒斗はそれでも、伝えたかった。
     紫陽花の香りと土の匂いに包まれて、二人は少しずつ歩いて行く。
     一歩一歩を確かめるように、昴が背を支えてくれている。
    「私は、昴と一緒に生きていきたい」
     望む未来、望まない未来。どんな未来であったとしても。昴と共に在れたなら、きっと何にでもなれるだろう。

     こうして出かけるのは久しぶりのような心持ち。
    「水族館。あれは、楽しかったぞ」
     一面の花の青に囲まれた八乙女・小袖(d13633)は、水の青に囲まれた休日を思い出す。遊びに行ったのが、つい昨日のことのように思われる。
     同じ心地を壱之瀬・黒兎(d18512)もまた胸に抱いた。青にちらちらと混ざる赤い花々が、いつか見たあの日の水の青と重なるようで。
     目の前には透けるような白から淡い水色、ほの青い赤から鮮やかに赤に色づく花の群れ。囁く雨音が二人を柔らかく包み込んでいる。互いに互いもつ色のようだと思うのは、似たもの同士と認めあうふたりだからこそ。
    「来年はまた色が変わるらしいぞ」
     黒兎の紡ぐ言葉は未来を指し示す。このとき、目に映るこの色合いは今この時のみの襲。根が吸い上げたほんの僅かな成分が、次の花の色を決めるという。今と同じ色は、このときだけ。
    「俺たちも変わっているのだろうな」
    「そうか? 私たちは変わらず、部室でまったりしている姿が目に浮かぶぞ」
     けろりとして微笑む小袖は、水の青と戯れたあの日と変わらず。
     肌で感じるのは近く訪れる大きな転機。何もかもが変わるかも知れず、変わらないかも知れない近い未来。だが、それでも。
    「来年もまた、来てくれるか?」
     当たり前のように小袖は言うのだ。未来を見る鮮やかな赤の瞳で見上げ。
    「ああ、来年も」
     ならば黒兎も応える。共にいよう、と。未来を描く赤の瞳に。

     だいすきな旦那様とひとつの傘で、のんびりとゆったりと花を眺めるなんて幸せ。傘持つ腕にそっと腕をからめ、葉新・百花(d14789)はエアン・エルフォード(d14788)の肩に頬を寄せた。
     目の前に広がるのは、淡い赤紫の額紫陽花。砂糖菓子のような繊細な花に思わず見とれたなら、
    「知ってる? 紫陽花って毒があるらしいよ」
     エアンがくすり笑いひとこと。え、と残念そうに百花がしゅんと肩を落とす。
    「サラダの彩りに、花を散らしたら素敵と思ったのに」
    「品種にもよるようだけど、こうやって愛でるのがいいのかもしれないね」
     エアンの触れた桃色の髪は、ふわりと指に心地良い。濡れるよ、と囁けば、腕の中で不意に可愛い伴侶が顔を上げた。
    「……え、あ。やだ、髪……!」
     出かけるときはきちんと梳いたはずの天然ウェーブ、ゆるく波うつ髪が湿気を含んでふわふわと絡んで膨らんで。せっかくの楽しいお出かけなのに、だから雨は嫌いと俯いてしまう。大好きなひとのため、いつもきちんとしていたいのに。
    「そんなももも好きだから、俺は気にならないけどね」
    「……もうっ」
     雨粒を弾くつややかな葉は、雨の恵みを喜んで生命力に充ちている。好きだなんて蕩けてしまいそうな囁きが、水のように百花の心に染みわたり、笑顔の花を咲かせた。

    ●茶器と檸檬
     にゃあん、と甘える猫を膝に乗せれば、カップに悪戯しようとするのを抱き上げてとめる。するり手をすり抜けて宙に浮かぶ、その尾に紫陽花の色に似た瑠璃色の小さな花の環。
     託・リヤン(d32540)とその半身の翼ある猫、シュエットの様子に銀の目をわずかに細め、月原・煌介(d07908)は細い肩にストールを差し出した。雨が細い身体を冷やしてしまわぬよう。
    「有難う、煌介さん」
     シュエットをなだめ落ち着いて。リヤンの手元で銀の匙がカップに触れる。
     青紫に揺らめく透明のティーカップ、あたたかなハーブティーに薄切りの檸檬を浮かべたなら、瞬く間に柔らかなピンク色に変化する。不思議、と呟き。
    「ふわふわ……してるの」
     この世界もまた、変化の時に来ているのに。気配が何かに変わってしまいそうなのに。
    「良いこともあってお茶をして、不安なのに満ち足りていて」
    「今、俺達……光と闇の間に、いるのかも」
     煌介は檸檬香るカップを傾ける。
     煌介ですら変化には戸惑い迷い、受け入れるには時間が掛かるだろう。見上げる空は晴天でも夜でもない、優しく包み込むような灰紫色の空。じきに雨は上がるだろう。
    「リヤンが、俺の分まで、色んな表情してくれたら……嬉しい」
     夜が明けるまで、泣いても不安でも。夜明けには笑っていてほしい。
    「煌介兄さんも泣いて笑ってるの、皆、知っている」
     シュエットが煌介の膝に甘えかかる。煌介は視線を逸らし、無意識に片手で横髪を触る。嫌だったのかとリヤンが問えば、いや、と言葉に詰まり。
    「感謝……でも、いきなり兄さん呼ぶの禁止」
     困らせたいわけでも、悲しませたいわけでも拒否でもなくて。ただ、まるで夜明けのような呼ばれかたに慣れないから。
     ふと見遣れば、四阿のガラスの向こう側、見知った長身の青年が行く。
     こつりとガラスを叩いて呼ぶ。大切な妹を、紹介したくて。

    「何だか緊張してるみたいだけど、ハーブティー苦手だった?」
     咲宮・律花(花焔の旋律・d07319)は、檸檬をそっとティーカップに浮かべた。鮮やかな色を出すためのハーブは、独特の香りがあるから。朝間・春翔(d02994)が苦手だったのかもと首を傾げる。
     そうではないと、春翔は笑んでカップを持つ。茶で喉を潤せば、言葉を紡ぐも容易くなればいい。
    「紫陽花には移り気と言う花言葉があるが、俺も一つ気が変わった事がある」
    「……もしかして、他の子が?」
    「いや、違う」
     そうではないと先走る律花を制して。どう言えば伝わるだろう、この心はどこまでも律花へと真っ直ぐに向いているというのに。
     良かった、とくすくす笑うその笑顔、このまま時が止まればいい。
     呼吸を整える。
    「律花、俺がどれだけ君一筋だと思っているんだ」
     春翔は手を伸ばし、柔らかな頬に触れる。薬指に光る揃いのシルバーリング。春翔には水色のライン、律花には桃色の石。
    「困った顔しないで。だって、移り気だなんて」
    「言葉の綾だ」
    「知ってるよ。私、真面目な人に弱いみたい」
     硝子窓の向こう側、見知った長身の青年が誰かと言葉を交わしている。彼の真っ直ぐさ真面目さは、春翔と同種のもの。
     今日も明日も傍らに、互いに側にいたいと誓う。今日と明日も傍らにあり、なにものにも分かたれず未来永劫までも共に在ることを願うなら、言葉と指輪だけではきっと足りない。
     耳元に囁きかける言葉は、律花にだけ聞こえるように。
     甘やかな笑顔が、その応え。
     いつまでも、どんな未来が訪れようとも。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年7月5日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
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