戦神の軍団~おっさんだって幼女になりたい

    作者:聖山葵

    「つまんねぇ」
     工事が途中で止まり、未完成のまま長らく放置されたと見られる作りかけの建物の中、ボソッと洩らしたのは、しゃがみ込んだ人影の一つだった。
    「ったく、いつまでこんなトコにいりゃいいんだよ? 埃っぽいわ、むさい男しかいないわ……」
    「ふん、軟弱な」
    「幼女になりたい」
     喚く人影に鼻を鳴らしたのは道着姿の男。
    「んだとぉ? 俺が軟弱ならてめぇは何だ? 知ってんだぞ、『葛折師姉』とか空見上げて呟いてんの」
     何だかもう一人発言者がいた気もするが、それは無視して人影は道着の男を指さし。
    「なっ?!」
     驚きの声を上げたことに気をよくしたのだろう、軟弱者扱いされたそれは笑みを浮かべて立ち上がり。
    「狂った武人ちゃんが強くなること以外に意識を割いていいんでちゅか~? とんだ未熟者でちゅね~?」
    「貴様ぁっ!」
    「やめろ、てめぇらッ!」
     一瞬触発の空気に至ったところで黒曜石の角を生やした大男が巨大化させた腕で床を殴りつけた。
    「鬱憤貯め込んでんのはてめぇらだけじゃねえぞ……ったく、何で俺が止めねばならんのだ」
     舌打ちした羅刹の大男は傍らに置いてあった酒瓶を呷り。
    「幼女になりたい」
     片隅で蹲ってブツブツ呟く幼稚園児ルックなオッサンに背を向けた。
    「しかし、あなた方はまだ判るのですが、あのオッサンは何なんですかねぇ」
     だが、敢えてこのオッサンに触れる人影一つ。
    「「おい、やめろ」」
     今し方まで一瞬即発だったダークネス達を含めた複数の声がマジなトーンで揃う。きっと、彼らにとって触れてはいけない存在であったのだろう。
    「しかも、我々の中でアレが一番強いのでしょう?」
    「だから止めろって!」
     だが尚も触れようとする紳士風の中年男性の腕を先程制止したダークネスの一体が掴み。
    「私はむちむちなナイスバディのギャルになりたいですね」
    「「アポリア早く来てくれぇぇぇぇ!」」
     もう一人いたやばいヤツの告白で重なる叫びが工事現場に響いたのだった。

    「闇堕ちしていた灼滅者達の救出がおおむね成功したと言うことは聞いていると思う」
     だが、六六六人衆のハンドレッドナンバー、戦神アポリアの逃走を許してしまったことも事実であり。
    「その戦神・アポリアが、さっそく、動き出したようでね」
     アポリアは、どのサイキックハーツの勢力にも属していない、野良ダークネス達を集めて、自分の軍団を作ろうとしているらしい。
    「アポリアの目的が、第三勢力の結成であるのか、或いは、戦争に介入して場を争うとしているのか、それとも、既に何れかのサイキックハーツ勢力に協力している状態なのかは不明だがね」
     だからといって手をこまねいている理由はない。
    「調査の結果、アポリアが集結場所に指定した場所は判っているのでね」
     説明する座本・はるひ(大学生エクスブレイン・dn0088)の傍らにいるジェルトルーデ・カペッレッティ(生存ジュラメント・d26659)はおそらく情報提供者なのだろう。
    「えっと、その集結場所って所に足を運んでダークネス達を倒して来れば良いって事だよね?」
    「そのとおり!」
     確認する鳥井・和馬(高校生ファイアブラッド・dn0046)にそのとおりのポーズをとって肯定して見せたのだった。
    「説明を続けさせて貰おう。件の現場に集まっているダークネスはアンブレイカブルと羅刹と六六六人衆が一体ずつ」
     これにくわえて言動と容姿が変態的なオッサンと紳士然としつつも言動は前者と同系統だった中年男性が一体、どちらもダークネスであるが。
    「自分と同種族だったりしたら嫌なのか、まともなダークネス達は変態二体の種族については触れないことにしたようだ」
     こっそりばらしておくと変態達は六六六人衆なのだとか。
    「や、ばらすも何も六六六人衆ならわざわざ分けて説明する必要ないんじゃ?」
    「戦闘になるとダークネス達はそれぞれストリートファイター、神薙使い、殺人鬼のサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     ジト目で指摘する和馬をスルーしつつはるひは尚も説明を続け。
    「相手は寄せ集め、連携を取ることなどは皆無だ」
     幼女になりたいおじさんの件については完全な連携を見せていた気もするが、それはそれ。
    「何はともあれ放置すればエスパー達を害する危険のあるダークネス達なのでね、この機会を逃す理由もない」
     ダークネス討伐よろしく頼むよとはるひは君達に頭を下げたのだった。


    参加者
    花藤・焔(戦神斬姫・d01510)
    アルゲー・クロプス(稲妻に焦がれる瞳・d05674)
    双海・忍(高校生ファイアブラッド・d19237)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)
    牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)
    秋山・梨乃(理系女子・d33017)
     

    ■リプレイ

    ●少し錯乱している
    「アポリアが第三勢力を築こうとしていると聞いて来てみれば……何故、変態なのだ。なんで私はまた変態に関わっているのだ」
     エクスブレインの説明を思い出しながら秋山・梨乃(理系女子・d33017)は自身に問うていた。もっとも、声を揃えてアポリアを呼んで居るであろうダークネス達にとっても変態と関わってしまったというのは充分不本意であっただろうが。
    「ああ言うのは一種の心の病だと思うな。幼児退行って云うのかな?」
    「いや、ブルマを履いてないだけマシ……いや、まさか幼女になったつもりでブルマを履いているのでは?」
     自身の意見を口にした灰慈・バール(慈雨と嵐の物語・d26901)の言葉も耳には入らず、独り言を呟き続ける梨乃の表情はドンドンと思い詰めたモノになり。
    「こうなったらこちらも対抗して鳥井君にブルマを履かせるしか……」
    「え゛?」
    「ぷっ?!」
     不穏な流れに鳥井・和馬(高校生ファイアブラッド・dn0046)が顔を引きつらせた直後、後頭部を叩かれ錯乱していた梨乃が沈黙する。
    「……間に合ったようですね」
    「あー、うん」
     真っ白な紙を折りたたんで作ったと思わしきハリセンを手にしたアルゲー・クロプス(稲妻に焦がれる瞳・d05674)にありがとうと和馬は礼を言う。アルゲーの隣にが立っている赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)が空になった手をじっと見ているところからするに、白紙の出所は、碧なのか。
    「真面目な方程負荷がかかるといいますか」
     生ぬるい視線を梨乃に向ける牧原・みんと(象牙の塔の戒律眼鏡・d31313)の言は一応のフォローなのか。
    (「今回の相手は変態さんを含むダークネス五人が相手ですか。和馬君が『幼女になりたい』と言い出さないといいとは思っていましたが」)
     錯乱した仲間がブルマを履かせようとするとは双海・忍(高校生ファイアブラッド・d19237)も想定外だったのだろう。いや、忍の懸念も当人にとっては聞いたら猛抗議しそうな想定外であろうけれども。
    「あ」
     そんな中、不意に声を漏らしたのは、花藤・焔(戦神斬姫・d01510)。
    「そう言えば一般人はエスパーになったのでしたね」
     殺気を放ち人払いをしようかとしたところでふと思い至ったのだろう、殺気で遠ざけられる一般人がもうこの世界には存在しないことに。

    ●エンカウント
    「「アポリア早く来てくれぇぇぇぇ!」」
     オレンジに染まる建設途中のままの建物に叫び声が響く。道中些少カオスめいたアクシデントはあったものの、一同は無事現場へとたどり着いていた。
    「種族を超えて束ねるとか疑似的にあちらを目指そうとしているのか……」
     叫び声を構成する者達が複数種族のダークネスであるからか、シリアスさんを台無しにする内容の叫び声をスルーする為か、みんとは真面目な顔つきで顎に手を当てて考え込み。
    「……被害が出る前に見つけられたのは良かったですが本当に何をしてるのでしょう?」
    「あー、うん。どうにもなんなくて救いを求めてる……んじゃないのかな?」
     首を傾げたアルゲーが横目で見やると、思い人は微妙な表情で遠い目をしていた。アルゲーが阻止しなければ今頃ピンチだったかもしれないのだ状況は違えど救いを求めるダークネス達の気持ちがいくらかはわかったのかもしれない。
    「まあ、やるしかないのだな」
     ここまで来た以上、何もせず引き返すなどあり得ず。
    「そうですね。アポリアが何を狙っているのか気になるところですがまずは目の前の敵に集中するとしましょう」
     同意した焔は鉄骨同士の隙間から見えてしまったナニカから目をそらしながら同意すると、入り口に向かって歩き出す。
    「先程見えた人影からするとダークネス達が居るのは、この先ですね」
     歩きつつみんとがふと思い出すのは、エクスブレインから聞いた話に出てきた一つの単語。
    「葛折……業大老門下生だったのでしょうか。報告書でしか知りませんが」
     それでもかのアンブレイカブルはまともな方であろう、問題は別のダークネスであり。
    「他の二人? まあ、世界は広いですし色々な形もあるのでしょう」
     話をふられたならみんとはそう応じたと思われる。
    「流石に彼らの願いをかなえるような眼鏡はないですけど」
    「や、あったら怖いというかなんで眼鏡ッ?!」
    「それ――っ」
     ポツリともらした呟きにツッコミを入れられたみんとは何か言おうとしてから口を閉じ前方に向き直った。戦うべきダークネスの姿を視界の端にでも認めたのだろう。
    「……和馬くん」
    「あ、うん。ジャマーだね」
     アルゲーに指示された和馬も頷くと味方の中程に陣取ってサイキックソードを構え。
    「……ではステロは援護をお願いしますね」
     思い人との意思の疎通が上手くいったことを確認したアルゲーはビハインドにも指示を出した。
    「変態だろうが何だろうが、危険なダークネスだ。遠慮なく殴ろう」
     不意を打とうと出来るだけ敵に気取られない様にダークネス達に近寄っていた梨乃はぐっと拳を握り。
    「上等だぜ! いくぞっ!」
    「っ、アポ」
     超弩級の一撃を繰りださんと地を蹴ったバールの声に振り返った羅刹の大男が見たのは、今まさに自分に振り下ろされんとする【The End of History】の刀身。
    「「なっ」」
    「アポリアでなくて申し訳ないが、なんとかは出来るぞ。生まれ変われば、幼女やギャルになれるかもしれないしな」
     斬られる仲間の悲鳴に驚愕を顔へ貼り付けたダークネス達を前に梨乃は魔法の矢を詠唱圧縮する。
    「幼女になれる?」
     だが、奇襲という状況よりも仲間が傷つけられたという現実よりも今さらに攻撃されようとしている事態よりも一体のダークネスは梨乃の言葉に反応した。
    「えーと」
     まぁ、幼女になりたいおじさんなら仕方ない。
    「……なりたいと憧れるのは勝手ですがアポリアに協力させる訳にはいきません」
    「うん」
     名すら呼ばれていないのに、アルゲーがウロボロスブレイド振りかぶれば、思い人は我に返ってこれに続いた。
    「ぐ、が」
     巻き付き斬り裂かれる羅刹の身体を近くに居た仲間諸共爆発が呑み込む。
    「ごッ」
     直後にくの字に折れた羅刹の体躯が爆発から飛び出してきたのは、霊撃 を叩き込まれたからだろう。
    「くそっ、敵襲だとぉ?!」
     漸く状況を察した唯一まともな六六六人衆は苛立たしげに獲物をとりだして構え。
    「あ、もちろんそちらの3人も生まれ変わるといい。来世には幸せになれると良いな」
    「んなモン望んじゃいねぇわ!」
     梨乃の笑顔に絶叫する。まぁ、無理もない。
    「畳みかけます」
    「ぎッ」
     何とも緊張感が迷子になる様なやりとりが敵味方の間でかわされていたものの同時に戦闘も続いている。焔の射出した帯の先端が身を起こそうとした羅刹の身体に突き刺さり。
    「ぐぅッ、やられっ放」
     痛みを堪え顔を上げたダークネスの視界を埋めたのは、翼の様に広がったダイダロスベルト。
    「変態二人は……放っておいたら自分の世界に入り込んだまま攻撃してこないとかだと有難いですけどそんな上手い事もないでしょうし。狙える時に狙っておきませんとね」
    「ぷっ、放しやがッ、があッ」
     近くにいた他のダークネスを巻き込む形でみんとが捕獲した羅刹はもがくが、抜け出すよりも早く忍の射ち出した帯が突き立っていた。

    ●変態
    「何で、俺……が」
     ビハインド達の追撃まで喰らい、集中攻撃された羅刹が崩れ落ち、消え始める。
    「まず、一体」
     仲間が倒された訳だが、ダークネス達の反応は様々であった。
    「さすが武蔵坂。死合うに不足無し」
     道着の男はどことなく嬉しげに拳を握り固め。
    「ちぃっ、つかえねぇ」
     六六六人衆の一人は悪態をつき。
    「ねぇ、君……君達は何人殺して男の娘になったの?」
     仲間を倒されたことなどまるで気にもとめず、幼女になりたいおじさんは和馬と、おそらくは忍に尋ねた。
    「どこからツッコめばいいのでしょう?」
    「や、どこからって」
    「あと何人殺したら幼女になれるかな?」
     忍と顔を見合わせた誰かが微妙な顔をする間も幼女になりたいおじさんはは呟きつつ首を傾げ。
    「は? ちょっと待てまさ……うわぁぁぁぁぁぁっ!」
     まともな方の六六六人衆は幼女になりたいおじさんが同族だと漸く気づいたらしい。頭を抱えて蹲り。
    「なるほど沢山殺せば殺せばむちむちなナイスバディのギャルになれるのですな、ふむ」
     幼女になりたいおじさんの戯言を真に受けたらしいもう一人の変態紳士六六六人衆がでしたらと言うが早いか、地を蹴った。
    「とんだBLACKjokeだな。子供やむちむちなナイスバディのギャルなのに殺戮の欲が溜まるなんてよ!」
    「いや、話を聞く限りなりたいから殺すという流れの様な気がするぞ」
     バールの発言にツッコミが入る前方で死角に回り込んだ変態紳士の斬撃の前へとビハインドであるうつし世はゆめが飛び出し。
    「くっ、庇われまがっ」
     想定外の相手に一撃を見舞ったことで顰めた変態その二の顔が痛みに歪む。
    「白」
     碧の妖刀《黒百合》を振るいきればヒラヒラと白い紙が舞い降りた。が、短い呼びかけは白紙とは関係なくビハインドに向けたものだったのだろう。
    「早くダークネスさんたちを灼滅しないと、和馬君が『幼女になりたい』とか『むちむちなナイスバディのギャルになりたい』とか言いそうで怖いですね」
    「誰が言うかぁぁぁぁぁ!」
     シリアスな攻防と混沌が戦場に同居していた。願望に間違ってひたむきな変態紳士の姿を見て危惧を抱く忍に想像の中で変態を感染させられた誰かが絶叫し。
    「どちらかというと、鳥井君は『亭主関白になりたい』だと思うのだ。こう、なんとなくアルゲーさんの尻に敷かれそうなイメージがあるし」
    「何時発生したそのイメージッ!」
     別の意見にもやっぱり叫んだ。
    「……それはどうなんでしょう?」
     言及されたもう一人の表情を言語化するとしたらそんなところか。
    「亭主関白になる眼鏡……いえ、それよりも今は戦いに集中すべきですね」
     何か更に放しを別の方向に転がしかけたところで頭を振ったみんとは知識の鎧とビハインドの名を呼んだ。
    「ぐぅ、なかなかやりますな……」
    「まぁな」
     自分の世界に入るどころかもう一体の変態の言に乗せられ襲ってきた変態紳士は傷口を押さえながら立ち上がりかけており。
    「俺達はカエル達と一緒に死ぬ運命じゃない。抗って見せるぜ!」
    「カエル達?」
     自身の言葉に応じていたバールの言に変態紳士はきょとんとするも言葉での返答は無かった。寄生体と殲術道具で作り出した巨大な刀による一撃が変態紳士に向けて振り下ろされ。
    「ミケ、回復は任せたぞ」
    「みぃっ」
     リングを光らせるウイングキャットの鳴き声と言う返事を耳にしつつ加勢に加わる灼滅者が一人。
    「くっ、灼滅者が何故これ程までの力を……」
    「幼女になりたい」
     追い込まれる変態紳士は傷だらけで戦き。
    「どうだい? 手足が痺れてきたか?」
    「そうだと言ったら見逃して頂けま、がッ」
     バールの問いに軽口で返しかけたところでロケットハンマーの一撃を受けて傾ぎ。
    「ああ、まだむちむ――」
     最後の言葉を言い終えるよりも早く飛んできた光の刃に貫かれ、変態その二が消滅する。
    「くそっ、なんだよコイツら、ふざけてて灼滅者のくせになんでこんなに強」
    「くくくくく、良いではないか。強者こそ挑み甲斐があるというものッ」
     仲間が二人かけたことで絶望的な真実から立ち直った六六六人衆は別の絶望的な事態に狼狽するが、アンブレイカブルの男はむしろ楽しげに笑って前に飛ぶ。
    「うつし世はゆめ」
    「ッ、また貴様か」
     懐に飛び込み帯電した右腕からの一撃を繰り出そうとした道着の男はやむを得ず行く手を阻むビハインドの顎目掛けアッパーを繰り出し。
    「あなたたちに声をかけた相手は何か言っていませんでしたか?」
    「ッ、敵に聞かれてわざわざ教えてやるマヌ、がッ」
     質問した焔を嘲笑おうとした六六六人衆がダイダロスベルトに貫かれて膝をつく。
    「さっきのショックでずっと凹んで居て下されば楽だったんですけどね」
    「ふざ」
     きっとふざけるなと叫ぼうと顔を上げた六六六人衆が見たのは、みんとの向けたクロスグレイブの銃口。
    「ふざけるな! 認めねぇ、こん」
     それが、唯一まともだった六六六人衆の最期の言葉となった。
    「あと」
    「二体か」
     差し込む夕日の光を遮り立つシルエットは二つ。道着姿の男と幼稚園児の服を着たおじさんのもの。
    「幼女になりたい」
     ボソッともらした幼女になりたいおじさんはどす黒い殺気を放出し。
    「和馬君にそんなことは言わせません」
     エアシューズを駆った忍は放たれる殺気の下を身体を低くし、滑り抜ける。
    「よ゛う゛べッ」
     ローラーの摩擦で炎を生じさせながら繰り出した蹴りが幼女になりたいおじさんの顔面を捉え。
    「っ、範囲攻撃でこの威力とは……」
     放出された殺気に襲われた梨乃は顔をしかめた。例え見た目が変態でも、五体の敵の内最強ともなれば格が違うのか。
    「だからって負けてられねぇ」
     ダメージを負ってもバールは止まらなかった。
    「押しきらせて貰おうか!!」
    「幼女になりたい!」
     口の端から垂れた血も拭わず殲術道具で斬りかかるバールと炎に包まれながらも願望を口にすることを止めないおじさんが交差し。
    「倒しやすい方を優先すればこいつが残ったのは必然か、だが」
     両者の決着を見ずして次の灼滅者が幼女になりたいおじさんへ仕掛ける。
    「……加勢します。和馬くん」
    「うん」
     複数連係する形で。
    「どうして、邪魔を、す、ぐッ」
     まるで逃げ場を断つが如く、多方向から放たれる攻撃は変態を傷つけ。
    「幼女にッ」
     傷だらけで地を蹴ったのは、反撃のためか逃走のためか。
    「逃げられませんよ」
     いずれにしても着地した幼女になりたいおじさんの死角に焔が立っていた時点で、終わりだった。
    「幼」
     急所を斬り裂かれた変態の身体が、崩れ落ちる。
    「流石は灼滅者。見た目はともかく、アレを倒すか」
    「後はお前だけか」
    「その様だ。だが……」
     業大老門下生でありながらこの時点で生き残っていると言うことはそれなりに力のあるアンブレイカブルではあったのだろう。おそらく師姉と呼んだ葛折・つつじすら実力の面では既に超え。
    「真の武の先に至らんとするならば、強者との戦いや命の危機はむしろ歓迎すべき事。いざ――」
     闘志は一向に衰えず、むしろ高めながら狂った武人は敵のただ中に飛び込んだ。
    「くはは、楽しい。楽しいぞ灼滅者ッ! 葛折師、ぐッ」
     笑みを浮かべた男の道着へ一文字に切れ目が出来、一瞬遅れて血が噴き出す。
    「うぐ、ふ、ふはは……がッ」
     かと思えば斬撃を受けた筈なのに傷を生じさせず蹌踉めいて。
    「サイキックハーツの力が無ければもっと苦戦しただろうが」
     それでも残り一体となってしまえば勝ち目など無かったであろう。
    「斬り潰します」
    「見……事」
     満身創痍のアンブレイカブルは焔のイクス・アーヴェントに断ち切られ、その闘争を終えたのだった。

    ●帰路へ
    「あのオッサンの業は恐ろしく深かった。幼女に転生出来てることを祈るばかりだ」
     ほぅと息を吐いて工事現場の鉄骨にもたれたバールが呟く。
    「……被害が出る前に倒せてよかったですね」
    「あー、うん」
     残酷な真実に気づいて打ちのめされたダークネスも居た気がするが、敵側だしノーカンで良いのだろう。怪我の有無を確認するため密着するアルゲーに顔を赤くしながら和馬は肯定し。
    「何にせよ一件落着なのだ。そう言えば、アルゲーさんと鳥井君の花嫁姿……花嫁花婿姿、見たかったな。参加出来ず残念だ」
    「えっ」
     かけられた梨乃の声は完全な不意打ちであり。固まった鳥井君の前を後片付けする忍が通り過ぎて行く。
    「まぁ、まだ本番があると言えば有るだろうが数年は先だからな」
     年齢的には梨乃姉ちゃんの方が先になるんじゃと和馬が思ったかどうかは定かではない。
    「鳥井君の晴れすが……あ」
     晴れ姿と言おうとした梨乃は、ふいに思い出す。鳥井君にブルマを履かせようとしたことを。
    「拙いのだ……に知られたら……」
    「え?」
    「……そういえば和馬くんは夏の予定とかは決まってますか?」
     急に頭を抱えた梨乃の様子を訝しむ和馬に密着していたアルゲーが尋ね。
    「ううん、まだ敵対してるサイキックハーツも残ってるし、今回の件についても――」
     呼びかけた大元であるアポリアが残っている。故に予定が立てられずに居るのだろう。
    「下手なこと言ってフラグになっても拙いし」
    「アポリア、ですか」
     なんやかんやで一緒に帰ることになりそうな男女の片方の言葉を拾った焔は工事現場を一度だけ振り返ると歩き出す。かの戦神の目的に思案を巡らせながら。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年7月4日
    難度:普通
    参加:7人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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