戦神の軍団~三邪演義

    作者:夕狩こあら

     嘗て六六六人衆のハンドレッドナンバーとして名を連ねた戦神・アポリア。
     彼の者が集合場所と指定した浜辺に、複数のダークネスが続々と集まり始めているのだが、雰囲気は……芳しくない。
    「ふむ。この中では儂が一番ハンサムで強そうだ。この一角獣を彷彿とさせる黒曜石の角の長さと太さ、そして輝きが何より其を示している」
     初夏の日差しにギラリ輝く羅刹の角がそう言って皆々の到着を迎えれば、今しがた白い砂を踏んだ獣人型デモノイドロードは多眼の全てを不満そうに歪めて、
    「フフ、戯言を。その様に他愛ない一本角、私のグレイトフルな両腕キャノンを喰らっては、ポキ折れてしまいましょうな」
     と、悪態を返すものだから、緑を撫でる爽風も不穏に湿って流れる。
    「なにおう。ならば試してみるか」
    「……グレイト」
     刀光剣影――両雄が殺気立って睨み合った、その時。
     潮騒に交じる不協和音を打ち消すように声が差し挟まれた。
    「まぁまぁ、戦神から次の指示が来るまで待ってなきゃイケないんだから、今ココで争っても仕方ないじゃない」
     声の主は、吸盤の付いた十本の触腕を持つ雌蛸の淫魔。
     両者に割り入った彼女は醜顔をクッと歪めて笑みつつ、
    「ンフフ、仲良くしましょう?」
     今だけは――という言葉を奥歯に噛み殺した。

    「全人類のサイキックハーツ化を機に行われた闇堕ち灼滅者の救出は、概ね成功したッス」
    「概ね、な」
     続々と帰還する灼滅者達を迎える日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)の嬉々たる声とは対照的に、教室に集まった灼滅者の表情は未だ固い。
     それも無理はなかろう、全ての灼滅者が救出に成功した訳でなく、特に、嘗ての六六六人衆のハンドレッドナンバー『戦神・アポリア』の逃走を許してしまったのは、彼等にとって大きな懸念となっていた。
    「狐雅原……」
    「あきらの兄貴が救出を望んでいなかった以上、やむを得ない事だったかもしれないッス」
     彼が今後、どう動くか――。
     そう警戒していた折に、彼が動き出したとの報が入ったのは、やはり彼は「灼滅者」としてでなく、「戦神」としての道を選んだのだと思われよう。
     灼滅者達は、漸う口を開くノビルの声を待って、
    「アポリアは、どのサイキックハーツの勢力にも属していない、野良ダークネス達を集めて、自分の軍団を作ろうとしているみたいなんス」
    「……目的は」
    「第三勢力の結成か、或いは戦争に介入して場を争うとしているのか……もしか既に何れかのサイキックハーツ勢力に協力している状態なのかは判然としないものの、アポリアの思惑通りに事を運ばせる訳にはいかないッス」
    「ああ。そこにどんな意図があろうとも、させるべきじゃない」
     我々が彼の、戦神の道を阻まねばなるまい、と拳を握る。
     ノビルもまた力強く頷き、
    「調査の結果、アポリアが集結場所として指定した複数の地点が判明したんで、兄貴と姉御は当該の場所に向かい、招集されたダークネスの灼滅をお願いするッス!」
    「で、俺達が向かうのは海開きを目前に控えた浜辺か……」
     灼滅者達は早速、開かれた地図に身を乗り出して説明を聞いた。
    「この場所には、羅刹が1体、デモノイドロードが1体、淫魔が1体、各々5体の部下を連れて来るッス」
    「そこそこ強い奴が3体と、雑魚ダークネスが15体か……」
    「こいつら、仲は良くないみたいッスよ」
     元々、情勢や情報を辿って動いてきた訳ではない在野のダークネスなのだ。種族も異なれば、全く因果関係ない者同士で集められているので、互いを庇ったり、他種族の者を回復したりといった協力はしない。
    「敵数は多いものの、先の瑠架戦争を経た兄貴と姉御は今、『生命力賦活』状態――つまり無双状態なんで、これら野良ダークネスもズッタズタに倒せる筈ッス」
     颯爽と。華麗に。
     思い切り格好良く戦って欲しいとは、灼滅者に憧れるノビルらしい言。
    「日本各地で逼塞していたダークネスを掃討出来る機会と思えば、行くしかないわね」
    「アポリアがエスパー達を脅かすダークネス達をわざわざ集めてくれたなら、俺達が始末するしかあるまい」
     無双状態に相応しい雄渾を纏い始める灼滅者達。
     ノビルは彼等の戦場での活躍を見られぬ身を惜しみつつ口を開き、
    「現況、『戦神』はサイキックハーツに至っておらず、自身の軍団を集められなければ、今後の戦争に大きな影響を与える事も出来ない筈ッス!」
    「本人に会うのは難しいかもしれないが、『戦神』の道を断ち、此方の存在や意志を示す事は十分できるだろう」
    「押忍!」
     と、直ぐにも戦術を練り始める精鋭に、全力の敬礼を捧げた。


    参加者
    万事・錠(オーディン・d01615)
    夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    ニアラ・ラヴクラフト(冒涜王・d35780)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


     出梅と紛うほど晴朗なる黴雨の幕間。
     烈々と燃ゆ陽射が雲居を抜く空の下、眩き白浜に集ったダークネス達は、湿気た潮風に潜む険呑――我等が不和を裂く声に、ふと視線を奪われた。
    「ウェーイ、俺たちパーリィースレイヤー」
    「ウェイウェーイ、イッショにあっそぼー!」
     声主は、悠揚たる足取りで砂を踏む一・葉(デッドロック・d02409)と、軽快な合いの手を連れるファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)。
     両者の声は浮泛なるも、言は頗る物騒に、
    「野良ダークネス共をジェノサイドにきたよー」
    「オーサツ! オーサツ!」
     凡そウェイ系パリピとは思えぬ殺伐が、邪に戒心を走らせた。
    「む、戦神の前に灼滅者が現れたか」
    「おやおや、集うに値せぬ者に加え、招かれざる者まで来るとは」
    「なぁに、それって私の事じゃないわよね」
     舌打ちを隠さぬ連中に対し、夏雲・士元(雲烟過眼・d02206)は屈託無い頬笑を返し、
    「パーティ会場は此方になりますんで。戦神さん所への合流はご遠慮下さい、なんてね」
     と、間もなくサウンドシャッターを展開するあたり、彼が言う「パーティ」もまた凄惨の類と知れる。
    「戦神め。極秘裏に動く筈ではなかったか」
    「まさか古巣に我等を売ったとは思えませんが……」
    「私達をココで篩に掛けようって訳じゃないわよね?」
     三邪三様に未だ現れぬ発起人を訝しめば、柊・玲奈(カミサマを喪した少女・d30607)は黒刀【怨京鬼】を解放して霊気を漂わせ、
    「アポリアだっけ? 彼に与するなら、私達と敵対するって理解ってたでしょ?」
     当然その覚悟は在った筈だと正鵠を射る。
     之に歯噛みした各々が応戦の陣を敷かんとするや、ニアラ・ラヴクラフト(冒涜王・d35780)は蒼炎を燻らせて幻影を紡ぎ、
    「戦神の巧言に聚合せし魂どもよ。混沌の輪郭たる冒涜王の精神に蒐集されるが好い」
    「、ッ――!」
     莫迦な、と息を呑んだのは一種族のみに非ず。
     極致に達した妨害能力は海嘯の如く前衛を丸呑みにし、蹈鞴を踏む者達に酷い悪夢を見せた。
    「な、ん……!」
    「この凄味は一体、ッ?」
     情勢を知らぬ野良には分かるまい。
     先の『瑠架戦争』で生命力の賦活を得た灼滅者は、己がクラブパワーに応じて戦闘力を上昇させており、続く万事・錠(オーディン・d01615)が大地に突き刺した蠍尾【SHAULA】も際涯至極、圧倒的破壊力を以て敵の防壁を揺るがした。
    「武蔵坂流・ダイナミック海岸清掃の時間だぜ」
    「海開き前の清掃活動、頑張らなくちゃ」
     かの凄撃に精度を付すは槇南・マキノ(仏像・dn0245)。
     的確な指示を得た彼女もまた凜然と光矢を放ち、
    「清掃……儂の手勢をゴミ扱いとはいい度胸だ」
     黒曜石の一本角が怒気を吐き棄てれば、須臾、羅刹を宿敵とする荒谷・耀(一耀・d31795)が一際殺意を研ぎ澄まして大鎌【三日月】を一閃させる。
    「掃除じゃなければ料理かしら。まぁ、どちらも得意だから構わないけれど」
    「ふグお!」
    「むグゥ!」
     家事は一級にして戦闘はそれ以上。罔極にして至大なる刃撃がジグザグと疾り、闇色の血斑が白い砂に染みた。
     時に彼女の命中を支えた神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)はというと、周囲の警戒に当たったヒトハ・マチゥと先に通信を終えており、
    『現状、周囲に人影は無し……援兵も見当たらないです……』
    「了解。万が一にも戦神が現れたら報せるように」
    『はいです』
    「頼んだよ」
     両者ご愛用の【PRC-14CS無線機】に戦闘疆界を結びつつ、冷静に回復と強化を配った。
    「束になってやっと戦えていた灼滅者達が、まさか此の様に化けるとは……」
    「私達の方が束になって掛かれって言うの? 屈辱だわ!」
     遠い。疎い。
     時勢を識らぬダークネスは、彼等と互角に戦うに数を活かし、攻撃を繋ぐ連携が要るとは思うに至らず――精鋭と誇る手勢を早くも損耗させていった。


     此度、灼滅者が殊の外優れていたのは生命力賦活の効果に因ってではない。
     彼等は飛躍的に戦闘力を上げながら其を過信せず、敵の重厚なる肉壁を破るに能率的な戦術を組上げ、見事な波状攻撃に敵陣を切り崩していた。
    「ふむ。海を背に車懸りとは、いかにも戦好きの手だ」
     と、鬼邪は皮肉を零すものの、地形を活かした布陣が厄介とは現景が示してくれる。
    「キャノンデモノイドよ、死の毒弾を雨と降らしなさい」
    「猫娘ちゃん達はお色気サイクロン攻撃!」
     5体20門の砲台が一斉に轟発する中、犬蹲いに疾駆したファムは砂柱を立てて弾雨を躱し、その頭上では桃色の颶風を大鎌に切り裂いた耀が、黒き波動に薙ぎ払う。
    「嗚嗚ヲオォ!」
    「きゃああぁン!」
     結界に圧され、鎌撃に肉を裂かれ。
     間断なき列攻撃に僅かにも膝折った個体には、追撃の爪牙が足下より襲い掛かり、
    「ヲッ、ッッ……!」
    「ん、く――ッ!」
     蠢々と這い寄った【bug】が蒼邪を嚥下すると同時、毒針を擡げた黒蠍が淫邪の急所を捕え、屠る――繋がる影の先には葉と錠。
    「……小癪な」
     彼等の妙々たる戦陣を見る羅刹も漸う肉の壁を削られ、風来鬼の金砕棒を闇黒の拳で粉砕したニアラを、穴の開いた防壁越しに睨め据える。
     苛立ちに見る邪あれば、色目に見る邪あり、
    「フフ、強さは時に諸刃の剣となるものよ」
     淫獣パドマが魔歌を唄えば、続く猫娘達は発情フェロモンを放出し、強者の同士討ちを誘わんとする。
     然し催眠が脅威になるとは既に士元と玲奈が読んでおり、機を同じくして聖剣を構えた二人は、以心伝心、破邪の祝詞を清けし爽風に吹き流した。
    「あの、ご主人様のお歌が祝福の言葉に掻き消されているような……」
    「ワタシ達の香気も押し返されてますぅ」
    「んな!」
     部下の報告に醜く顔を歪めた淫魔を嗤う余裕は、他種族の長にも無かろう。
     何故ならこの間にも優は海里を牽制に置きつつ、メディックの弟子・マキノと自陣の強化を進めており、盾は愈々堅牢を増し、鉾は冴々と強靱を研ぎ澄ます。
     攻守に秀でた灼滅者の無双に、三邪は含みある一瞥を交し、
    「戦神が来るまで立っておられぬ者も出てこようか」
    「――グレイト。その言葉、その儘お返ししますよ」
    「合流前に戦功を上げられると思えば、良い機会よね?」
     必ずや出し抜いてやる――と、野心を燃やした。

     扨て。
     今や人々を剣戟より遠ざけるべく使用してきたESPは頼れない。
     彼等を守るには人力で事に当たる他ないと、ヒトハは戦闘疆界に待機しているのだが、戦神が来るやもしれぬ懸念もあって緊張は一入。
    「頑張って後で褒めてもらうです……」
     蛙のヌイグルミをぎゅ、と抱き締める。
     嘗て学園を同じくした者の暗躍、その先にあるものは未だ見えぬが、灼滅者たる本能が「彼を止めねばらなぬ」と警鐘を鳴らしていた。

    「戦神はサイキックハーツじゃないから、生き残るには最低でも何処かに所属しないといけないと思うけど。彼は如何やって指示を出したんだろうね」
    「ええ、各地に逼塞していたダークネスを見つけた方法も分からないし……」
     回復の重複を避けて声を掛け合っていた優とマキノが、そこらへんからブッコ抜いた標識を手に疑問の声を交す。
     片や前衛に、片や後衛にと付される耐性を受け取った士元は、笑顔は爛漫、振り降ろす霊圧は凄惨と敵を縛し、
    「野良が首輪に繋がれて良いと思うほど、良い餌をチラつかせたのかも」
    「エサ? うーん、美味しくなさそう!」
     彼と背中合わせに言を交したファムは【でんせつのトーテムポール】を足掛かりに碧落へ翔け、灼罪の光条を降り注いだ。
    「空襲……ッふグァ!」
     縛された鬼邪は身ごと迫る黙示録砲と海里砲(♪)より逃れる術なく、地上で炸裂する花火の如く燦然と散る。
     その汀、波の飛沫でなく返り血を浴びた耀も、凡そ闇堕ち灼滅者の底企については興味なさげに冷然と、
    「戦神の思惑とか心底どうでも良いけど、獲物が入れ食いなのは悪くないわ」
    「グ嗚嗚ヲヲ!」
     鎌刃に砲台を両断し、切先に蒼邪を貫穿し――黒霧と化す巨闇に刃を煌めかせる姿はまさに「朧月夜の死神少女」。
     現今のサイキックハーツなる生存競争に反発を抱く玲奈は、強者の種族間闘争に巻き込まれる力無き人々にこそ心を掛けており、
    「放置しておいて、抗う術のない人達が虐げられるのは嫌だもん」
     いつもと戦い方が違うとはいえ、友を庇い、仲間を癒す事で守って見せると、純白の帯鎧に猛撃を防いだ。
     ここまで一手として譲る事なく行動を繋げられたのは、偏に結ばれた絆の強さであろう。
     互いに殺意を抱き合う葉と錠もまた比翼連理の連携を見せ、
    「お前らみたいなはぐれが一番見つかり難いんだ。手間を省いてくれた戦神さまには感謝しねぇとなあ」
    「功労者様のご到着前に掃き清めて、レッドカーペットでも敷いておくか」
     瀕死の個体に狙いを定めた鉄鉛が巨大な肉盾を掻い潜って脳天を撃つと同時、軌跡を一にした鋭楔が死の中心点――心臓を食い破り、鮮血を噴かせる。
     ぼたぼたと砂に沈む肉塊と血溜りが戦神に対する「返答」であろう、彼等は残敵を質に首謀者の到着を待つ悠長はせず、彼の往く道の険しさと虚しさを突きつけるのみ。
     戦神の籌策を一蹴するはニアラも峻烈に、
    「貴様等も灼滅者も一般人も、総ては無意味で既知の渦巻き。故に俺が愛して魅せよう」
     傍らに抱いた【汝、隣人を愛せよ】を絶影と疾らせるや、繊麗の指に淫邪の喉笛をかき切らせ、ひゅう、と事切れる間際まで死を味わった。
    「くっ、私の猫娘ちゃん達を人形の様に……!」
     そうして幾許か経た時には、美し白浜は血宴の赤に染まっており、あれだけの数を揃えた敵勢は、今や各種族の長を残すのみとなっている。
    「ふむ。随分と広くなったものだ」
    「グレイト。実にグレイト。目障りな雑魚と共に私の精鋭を潰してくれた礼をしましょう」
     瞋恚と焦燥に揺れる邪に愈々闘争が湧く。
     ダークネスたる生存本能と殺戮欲求も相俟ったか、彼等は間断置かず迫る冴撃を舌を舐めずり迎え撃った。


     其は野良と生き抜いた矜持であったろう。組織に飼い慣らされ、組織と共に滅んだ同属にはない自負が連中を頑強たらしめる。
     また別なるプライドに動かされた羅刹は古書を啓いて炎を号び、
    「我がハンサムを脅かす容姿と戦いぶり。久方に疼く」
     と、禁呪が紡ぐ煉獄の檻に灼滅者を囲繞した。
    「ハンサム。……どう思う?」
    「好きにさせて置けば宜しい」
     協力はしないが、この瞬間を好機と見た蒼き異形が毒弾を降り注ぐと、蛸獣は十本の触腕を妖しリズムと叩き付ける。
     個としての戦闘力は申し分なく、一同は此処に初めて掣肘され、
    「! !」
    「うん熱い。でもくっつかれると余計熱いから」
     そう言って海里を引ッ剥がした優だが、業火を振り払う尻尾をちゃんと青薔薇の癒しに包んでやるツンデレ主。
     一方、
    「っ、格子の間から強酸性の体液が……服を破って……!」
     デモノイド寄生体に防具を腐食される耀には、馴染みの戦友が盾に傘にと庇い立ち、
    「大丈夫、みんなのこと守ってみせるから」
    「うん、オレ的には触手プレイ喰らうよりマシかなって」
     玲奈の清風と士元の聖光が、白雪の肌理を聢と護る。
     時にファムは悪戯な笑みを共犯者と結び、
    「マキノさん、熱いの触る、ガマンできる?」
    「勿論よ。こんな檻、一発で蹴破っちゃう!」
     エイシャオラー! とご当地パワー全開のキックを合わせ、牢の一部を破壊した。
     煉獄が炎を噴いて綻べば、続くニアラは闇黒の拳に格子を押し広げ、
    「崇拝と冒涜。渇望と絶望。乾坤を渾沌に突き堕とすは俺こそ相応しい」
     脱出したかと三邪が眼を剥くより先、炎陽を背に影を隠した錠が、逆十字の光剣に淫蛸の触腕を斬り落した。
    「サイキックハーツになっちまった俺達を繋げておくには脆かったな」
    「嗚呼アアッ!」
     時は須臾も無い。
     次なる標的は淫魔と、撃破順を共有した彼等は間隙を許さず、
    「クラブパワー満タンの学園充にだけ気を取られてんじゃねぇぞウルァ」
    「ヒッ……――ァアア嗚呼嗚呼ッ!!」
     非学園充・葉の血槍が胸の谷間に沈み、我が血を雨と浴びた醜躯がどろり、崩れる。
     切断して尚も蠢く蛸脚が本体の死を見るとは皮肉な話だが、其が闇と還る迄に更に一体が灼滅されるとは、全き面妖なる巡合。
    「貴様等の欲望は叶うのだ。違うな。貴様等の愉悦は途切れるのだ」
    「どういう意味だ」
    「冒涜王たる俺が、早々に貴様等を葬送する。然で在る可き!」
    「ッッ!」
     ニアラの『恋人』たる影が羅刹の古書を、其を持つ腕ごと切り裂いたのは間もなく。
     舞い散る紙片に鮮血が染みて落ちる中、攻勢に転じた優は【BlueRoseCross】に鮮麗なる青を咲かせ、
    「その額の黒曜角。えらく御執心の様だから、折ると凹むんじゃないかな」
    「ヅッ……何たる侮辱! 何たる屈辱!」
     精度も十分、禍き紅に躍った青薔薇は惨憺にこそ香り立つ。
     誇りを砕かれた鬼邪は、海里の霊撃を大振りな怪腕に拒んだのが最期。
     羅刹より羅刹らしく殺気立ったファムと耀は、天より打突の雨を、地より鬼殺しの刀を衝き上げ、
    「全力バトル、ガチンコ勝負! アタシ、負けない!」
    「最近、慣れない仕事続きでストレス溜まってたのよ。貴方で発散させて貰うわ」
    「おお嗚嗚ををを!!」
     敵躯を交点に凄撃を結ぶ精緻も妙々、激烈たる波動が浜辺の砂を円と波立てた。
     クラッシャーズの鬼無双を満足気に見届けた士元が、柔らかく細めた金瞳でチラと玲奈を見れば、彼女もまた小気味良く桜脣を持ち上げて「応」を示しており、
    「玲奈センパイ、ここいらでアツいの叩き込んでやりましょうか」
    「士元くんとは何度も一緒に戦ってきたからね、いつでも合わせられるよ!」
     言わずもがな、と繋がる視線は実に胸が空こう。
     同時に砂を駆けた二人は双翼を広げた鳳凰の如く、左右より赫灼たる炎を逆巻いて禍き蒼躯を包み、肉を造る寄生体を、呼吸を成す酸素を、悉く焦熱に奪った。
    「グ、ォ……ッッッ……!!」
     悶絶――!
     痙攣した多眼があらぬ方向を巡る中、そのうち一眼が敵影を捉え、咄嗟に手を伸ばすも――遅い。
     デモノイド寄生体と同化した巨砲は、飛燕と飛び込んだ錠が両断し、
    「コイツは俺の獲物だ。俺以外に殺らせるかっての」
    「唐突に俺の獲物とか言われても。やだきもいしか言葉が出ないんだけど」
     悪態を置いて前方に代わり出た葉が、剥き出しの筋繊維を拳打に穿ち、ブチブチと引き千切っていく。
    「痛ァア嗚呼嗚呼ッ、ッッッ……――!!」
     今際の絶叫も戦神には届くまい。
     哀れ在野に紛れし三邪は、闇の胚胎を視るより先、その嘆きを潮騒に掻き消された。


    「周囲に異常なしです……」
     哨戒活動を終えて合流するヒトハ、その姿と肉声を聞き、優はやっと殺気を解く。
    「ヒトハよく頑張ったね。はいはい、ワンコはお下がり下さい」
     むぎゅり右腕に抱き付いていた海里を海に投げ、左腕にしがみつくヒトハを撫でて労う彼が、実は犬より兎っぽい子が好みとは、海里も不憫。
     唯、波間に揺れる彼はキャッキャッと喜んでおり、
    「催眠の後遺症が……?」
    「いいや、日常風景」
     この景を見てこそ安堵が訪れると、水面に浮かんでは沈む犬耳に手を振るマキノも、もう慣れたものだ。
    「あら。ファムちゃんと耀ちゃんも波を愉しんで」
     ふと視線を渚に移せば、靴を脱ぎ捨てたファムと耀が、寄せては返す白波に踝を浸しており、
    「解禁前の浜辺をドクセン! ちょっぴりワルなゼータク?」
    「存分に暴れ回った事だし、此処でクールダウンさせて貰おうかしらって」
     確かに、あれだけのダークネスを狩ったのだ。
     禊ではないが、心地良い涼に熱を冷ます、ささやかな時間があっても良かろう。
     何より戦闘後の憂慮――戦神の気配が無いとは士元や玲奈も感じており、
    「結局、戦神さんは大遅刻かドタキャンかな?」
    「学園側の動きを察して逃げたとか……兎に角、無辜の人を巻き込む様な事にならなくて良かったよ」
     海開き前で良かった。
     不虞が重ならなくて良かった。
     波打ち際に躍る泡沫に平穏を見る、その瞳は穏やか。
     蓋し同じく漣に立つニアラは鋭く空際を遠望し、
    「悪夢も現実も楽園も地獄も死に絶え、戦神の道も亦た闇霧に鎖された」
     何処に往くか、と皮肉を残して踵を返す。
     濡れた砂に染む足跡を沈黙の裡に見送った錠は、帰る足を待つ訳でなく、唯だ其処に佇む影に流眄を注いで、
    「どれだけの強さを手に入れても、お前と全力で殺り合いたいって想いは変わらねェ」
    「――まぁ、俺達が互いに傍にいる理由がソレだしな」
     淡然と返る声を噛み締める。
     其は我が身を取り巻く情勢が如何なる変化を齎そうとも、絶えず打ち寄せる波の様に変わらぬもので。
    「どっちかの息の根が停まるまで、傍に居るから覚悟しろよ?」
    「殺れるもんなら殺ってみろ」
     俺はずっとその刹那を待っている――。
     決して多くを語らぬ相棒の声を背に、長い睫毛が重なった。

     斯くして平穏を取り戻した浜辺に、ぽつり、ボトルレターが残される。
     戦神は其を引き抜くか、或いは此処に辿り着く事も叶わず大海に泳がせるかは判らぬが、双方に待ち受ける未来が差し潮より近いとは、誰もが予感せずにはいられなかった――。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年7月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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