戦神の軍団~有象無象無双

    作者:佐伯都

     暇ですねェ、と誰かが囁いた。
    「いーっぱいさくさく殺せるって聞いてきたのになー。なーんか話がちがうなー」
    「その時が来るまで待機、と言われていたでしょうド忘れちゃいました? しょうがない人ですねェ」
     まあ暇には間違いありませんが、と腰まである髪を撫でながら女――いや、どこからどうみても女物、な朝顔柄の着物を着込んだ男は廃工場の三階から窓の外へ視線を移す。
    「……ちょうどいい暇つぶしが来たようですよ」
    「えっ何!? どこっどこっ」
     途端に食いついてきたキャスケット姿の少年、いや少年と見紛うばかりのボーイッシュな少女に、朝顔の着物の男はすっかり荒れた様子のロータリーを指差してやる。そこにどうやら羅刹らしき堂々たる体躯の男が3人、気怠そうに周囲を見回していた。
     汚れた窓サッシを引き、男は手招くように腕を差し出す。
    「どうぞ、こちらです。貴方たちもアポリアの招集に応じたのでしょう?」
    「なんだ女じゃねえのかよ……」
    「すみませんねェ絶世の美人で」
     ハスキーな声音も手伝い、どこか退廃的な空気を漂わせている着物の男は、キャスケットの少女を伴い一階へ降りていく。ちょうど、先ほどの羅刹の3名が錆びついたシャッターを無理矢理こじあけた所だった。
    「ちっ、女かと思ったのにご立派なモンぶらさげやがって」
    「下卑たこと言ってるとそのご立派なモンで脳天カチ割っちゃいますよお」
     帯へ落とし挿しにされた大小……と思われたものは、赤錆びた大きなバールのようなもの、だった。
     
    ●戦神の軍団~有象無象無双
     闇堕ち灼滅者達の救出はおおかた成功したものの、六六六人衆ハンドレッドナンバー戦神アポリアこと狐雅原・あきらは、ついに戻ってこなかった。
    「どうやら当人が救出を望んでいなかった節もあるし、仕方ない事かもしれない」
     事の顛末が記された報告書を一通りながめ、成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)はひとつ溜息を吐く。
    「それにさっそく『戦神・アポリア』として活動を始めたようだから、こちらとしても対処しなければ」
     現在アポリアはどのサイキックハーツ勢力にも属していない、いわゆる野良ダークネスを集めて自分の軍団を作ろうとしているようだ。
     その目的が第3勢力の結成であるか、あるいは戦争に介入し場を争うつもりなのいか、それともすでにいずれかの勢力に協力しているかどうかはわからない。とは言え、このまま彼の思う通りに事を運ばせるわけにはいかないだろう。
    「こちらでの調査の結果、集結場所としてアポリアが指定したポイントがわかっている。その集結場所に向かい、集まっているダークネスを灼滅してきてほしい」
     招集に応じたダークネスは六六六人衆が2名と羅刹が3名の計5名。うち女物の着物を着込んだ六六六人衆の男が最も実力がありそうだと考えられる。シャロン・ルナージュ(孤高の文学少女・d17850)がしばらく前に出現を危惧していたようだが、今になってようやく腰を上げたということなのかもしれない。
     六六六人衆と羅刹は互いに連携などは取れておらず、つけいる隙があるとしたらそこだろう。ただし着物の男とキャスケットの少女、あるいは羅刹三人衆の中では仲間を庇ったり回復をまわすという事はあるかもしれない。
     元ハンドレッドナンバーの戦神アポリアと言えどもサイキックハーツではないため、自軍を作り上げる事もできなければ、今後の戦いに大きな影響を与える事はできないはずだ。
     しかし、集結させたダークネスをどういう方法で自軍に組み込むかはわかっていない。
    「まあ、待っていればアポリア自身が現れるなんて事もあるかもしれないけど」
     日本各地で発生している以上その可能性は低いと思う、と樹はルーズリーフを閉じた。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    空井・玉(疵・d03686)
    戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)
    シャロン・ルナージュ(孤高の文学少女・d17850)
    真柴・遵(オールドゴールド・d24389)
    陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)
    御鏡・七ノ香(姉弟の旅路・d38404)

    ■リプレイ

    「1年半くらい闇堕ちしてたから、世界がどーなってんのかとかぜーんぜんわかんね! 空井さんわかる!?」
    「さあ……?」
     妙にテンションの高い真柴・遵(オールドゴールド・d24389)から世界情勢の話題を振られ、空井・玉(疵・d03686)は曖昧に首をかたむける。こちらもしばらくの間、情勢から遠ざかっていた一員なので何とも言えない……と言うか流石に1年半は長い、と玉は欠伸を噛み殺した。半年以上1年未満で済んだのは運が良かったほうなのかもしれない。
     グローバルジャスティスとの一戦を制したのちトンボ返りして依頼をこなし、さらにはこの後エチオピアでの大規模作戦が待っている。むしろ連戦より時差ボケのほうがつらい。今ならきっと歩きながら眠れる、と半ば朦朧としつつ玉は無理やり顔を上げた。
    「残念ながら私もブランクのある身なので。1年半とまでは行かないけれど……リハビリ兼ねての依頼だから、その、つもりで」
    「まああっちに行ってこっちに行ってと、ボク達も随分忙しくなったもんだねー。いやあ、人気者はつらいよってやつ?」
     後半の滑舌があやしくなってきた玉の後をひきとり、陽乃下・鳳花(流れ者・d33801)は物陰から廃工場を眺めやる。三角屋根には遠目にも目立つ穴がいくつか見えており、なるほどこんな昼間でなければ近付こうと思う人間など稀に違いない。不用意に近付いて崩落にでも巻き込まれたらおおごとだ。
     情報にあった羅刹三人衆であろう、普通の一般市民とは微妙に空気感の違う屈強な男達が三人、社名部分がざっくり削れた門扉をこじあけ敷地内に入ってくる。
    「できれば奇襲を狙いたいところだけど」
    「こんな事をしてアポリアさんが何を考えているのかはわかりませんが……何だか、この戦場を見ているような気がします」
     羅刹の動きを注視していた守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)の傍ら、御鏡・七ノ香(姉弟の旅路・d38404)はやや表情を曇らせた。
    「今のアポリアさんがサイキックハーツに敵うとは思えません。目的は何なのでしょう……」
    「安寧や殺人衝動の受け皿として、保身のためにサイキックハーツの理想を受け入れるケースもあるだろうし」
     もし自身が闇堕ちしていたならダークネスとしての自分はそうしたはずという確信は伏せ、戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)は梅雨明けの太陽を遮る三角帽子の鍔をおろす。夏の陽射しを反射する、白茶けたコンクリートの舗装がひどくまぶしい。
    「そうした情勢下でアポリアの召集に応じたダークネスは、世界を揺るがす大きなうねりに対抗しようと足掻いているのかもしれない、ね。情報が少ないし推測の域を出ない話でもあるけど」
     ……そう、例えば救出を拒絶し、理想とするものと己の矜持に従い命を落とした闇堕ち灼滅者達がいたように。
    「どのみち六六六人衆は私の宿敵でもあるわけだから、確実に倒してしまいたいわ。トップが倒れてからもまだこんな所にいたなんてね……」
     一部の残党を除外し、六六六人衆の活動は昨秋で終息している。シャロン・ルナージュ(孤高の文学少女・d17850)としても、後顧の憂いはここで断っておきたいところだ。
     ずっと工場建屋の様子を監視していた彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)が、立てかけておいた日本刀を手に取る。
     その視線の先には汚れた窓サッシから差し出される腕と、あでやかな朝顔柄の着物の袖が見えていた。なるほど絶世の美女を思わせる色の白さと指の動きだ、とさくらえは微妙にささくれた気分で考える。
     何故だろう、どういうわけか、妙に気に障る。別に異性装に偏見はないしそもそもさくらえ自身、以前は女装が通常運行という身でもあった。なのに身体の深い所をちくちく刺されるような、肌の柔らかい所を無遠慮につつかれるような、なんとも面妖な不快感がある。
    「――見るかぎり、使える状態の出入り口は他になさそうだね。裏口から逃走の可能性があれば言及されただろうし、ここは素直に正面からで大丈夫じゃないかな」
     肺と胃の間あたりで蠢く嫌悪感はきれいに呑みこみ、さくらえは立ち上がった。
     今頃シャッター前に向かっているはずの羅刹の背後を突く形で、灼滅者達は大きく工場建屋を回り込んでいく。ダークネス側からしてみれば、合流した直後に背後から襲われるのだから立派な奇襲だ。
     さて、こうも日本各地で勧誘活動を展開されているものの、あまりに広い範囲ゆえにアポリア本人がここまで出張ってくる可能性は低い。……となると何か情報を得たいなら直接羅刹と六六六人衆からしかないわけで、果たしてそれは訊けば答えてくれるようなものなのだろうかと玉は眉根を寄せる。
     トタンがひしゃげる唐突な音に、シャロンは物陰に隠れたまま急停止する。様子を伺うと工場入り口の赤く枯れたシャッターが上に向かってふたつみっつ折りあげられ、羅刹三人衆がその下を肩で風を切って入っていく所だった。
     いこうと改めて鳳花が呟き、素早く灼滅者達は左右に分かれて工場入り口へ近付いていく。野太く野卑な男の声と、それとは違うハスキーな男の声が聞こえてきた。
    「ちっ、女かと思ったのにご立派なモンぶらさげやがって」
    「下卑たこと言ってるとそのご立派なモンで脳天カチ割っちゃいますよお」
     あまり最年少の七ノ香の耳へいれたくない内容なので、蔵乃祐とさくらえがさりげなく壁を作る。
    「いいじゃんいいじゃん、パッカーンってカチ割っちゃいなよー」
    「本当に同士討ちしてどうするんです、茉莉。だいいち死んだらおしまいでしょうが。こういうものは脅してすかして細く長く楽しむもんですよ」
    「お前らこっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」
     少々きな臭くなってきた会話に、頃合いかとシャロンが物陰から飛び出した。さすがに物音で気付いたのだろう、羅刹三人衆が振り返る。久方ぶりの戦いに、遵が嬉々として言い放った。
    「せっかくこれから皆でおもしれーコトやろーぜって時にごめんなー! ここは俺で妥協して楽しもーぜっ」
    「灼滅者……!」
     一触即発だった互いの共通の敵を目にして、朝顔柄の着物の男が素早く身構える。
    「戦神アポリアは時が来れば殺戮の限りを尽くせると言っていたみたいだけど……わたし達が来たからには、そうはさせないよ!」
    「そこまで知られていますか」
     ならば仕方ありませんと結衣奈に言いおいてから、六六六人衆が腰からバールめいた得物を抜く――よりも早く、茉莉と呼ばれた少女へ向かって複数のサイキックが堰を切ったように集中した。自分達が前に出るよりも早かった、と言うよりもむしろ、その威力のほうに羅刹三人衆が色をなくす。
    「ちょっ、うそっ何これ何ナニなんなのっ!!?! やだやだやだ惣たすけてっ」
     鳳花達から一斉攻撃を受ける形になった茉莉が半泣きの悲鳴をあげた。幸四郎とクオリアからも一撃を食らい、キャスケットが吹き飛ぶ。
     もんどりうってコンクリートの床に転がった茉莉を見下ろし、シャロンはまるで邪気のない笑顔を浮かべた。
    「私の殺気に貴方達は耐えられるかしら?」
    「ひ、……」
     こどもらしい大きな瞳を涙に潤ませ、茉莉はなだれ落ちようとするどす黒い殺気を見上げている。そのままシャロンの鏖殺領域、ついでサファイアの猫魔法に呑みこまれ、もう一度悲鳴が上がった。惣のものだろうか、ヴェノムゲイルが放たれるがいつもより気にならない。
     なるほど大規模作戦時のクラブパワーをそのまま持ち込める生命力賦活とはこういうものなのか、とシャロンは己が手を見下ろす。尻餅をついたようにしている茉莉は既にぼろぼろだった。
    「ひどい、ひどいよこんなの聞いてないっ! 灼滅者のくせになんなのこれ、おかしいよっ」
    「おかしい、とは」
     幸四郎を従えた七ノ香を睨みつけ、茉莉は肩で息をする。
    「誰がどうみてもおかしいよ! こんなの、人間じゃないよっ」
     その表現はとても端的で、そして色々な、悪い意味で秀逸だったかもしれない。一瞬七ノ香が小さく息を詰めたのを横目に、玉はひとつ靴の踵を鳴らす。ゆうらり陽炎のように立ち上がった【Category:Shadows】の黒いシルエット。
    「行くよクオリア。轢いて潰す」
     先の台詞を完全に黙殺して、玉は茉莉に向かって影業を駆った。人間ではない、そんな指摘はある意味正しいが決定的に違っている。ダークネスに虐げられるものを人間と表現するなら茉莉は正しいが、この力は灼滅者が人間であることを手放すのを諦めなかった結果手に入れたものだ。だから決定的に、違っている。
    「人間だかなんだか知らねえが、要するに殴り殺しゃいいって事だよなァ!」
     そこでようやく我に返った羅刹三人衆が鳳花、そして遵へ殴りかかってくる。
    「うわあこういうド直球脳筋節すごく久々に聞いた気がする」
    「最近色々考えなきゃならないこと多いし、わかりやすいのは正直ありがたいよね……」
     今すごく脳が休まった気がする、と遠い目をしたさくらえに蔵乃祐が苦笑った。一方、さあてやりますか、と呟きつつ羅刹を迎えうった鳳花の頬にも十分な余裕がある。
    「こーいう地道なお仕事も大事だよね」
    「往生せいやァ!!」
     大振りの、しかしなかなか速さもある閃光百裂拳。アロハシャツの男と開襟シャツの男、それぞれから繰り出された拳を鳳花はあざやかに回避し一歩だけ距離を取る。角刈りでいかにも最年長という風格の男が振るう異形の右腕も、遵はあえての紙一重で避けた。
    「おっちゃん、あのさー見てて見てて!」
     にんまり笑った遵に思わずつられたのだろう、鉄さん、と警告じみた叫びをあげた若い衆の声も余所に羅刹は動きを止める。
    「今すんげーのやるから」
     低く腰だめに構えたクロスグレイブ、その銃口からいまだ体勢を立て直せずにいる茉莉へ黙示録砲が放たれた。結衣奈だけが羅刹への攻撃を試みていたものの、これまでとは色々レベルが違っている灼滅者を前にしてただの野良ダークネスが集中砲火を浴びてしまえばひとたまりもない。
    「野良ダークネス……まあ遠慮する必要ないか」
     恐らく鳳花のその言葉の意味を羅刹2体は理解していなかったはずだ。目の前の羅刹には目もくれず、ダメ押しとばかりに鳳花は猫とともに茉莉へ迫る。
     すんでの所で着物の男が割って入ってきたが、もう何もかもが遅かった。夜霧隠れと思われる霧が六六六人衆二人を包むように立ちこめるも、蔵乃祐のサイキック斬りであろう一条の光があざやかに両断する。
     およそたったの2分足らずで茉莉を完封したあげく沈黙させた灼滅者に、羅刹三人衆は激昂したようだった。一泡吹かせんとでも考えたのか、一人だけ茉莉ではなく羅刹のほうに狙いをつけていた結衣奈に向け一斉にオーラキャノンを放つ。
    「これでも食らえ小娘!!」
     しかし低くはない命中精度を誇るはずのサイキックも、サファイア、そしてクオリアに阻まれた。最後の一つだけが結衣奈に届くが、やはり余裕をもって回避する。
    「敵の動きが見える、って言える日が本当に来るとは、ね」
     今となっては、同じ人数でダークネス1体に手を焼いていたのが遠い昔のようだ。
     力量としても羅刹三人衆は茉莉に及ばぬレベルだったのだろう、久々の戦闘で文字通りやりたい放題の遵の奮戦もありあっけなく一掃されていく。哀れにすら思える羅刹三人衆の散りっぷりに内心同情しないでもなかったが、七ノ香はすぐに気分を切り替えた。
     まだまだこちらは余力を残しているうえむしろこれからが本番、といった空気を漂わせている者がほとんどだと言うのに、最後にひとり残った朝顔柄の着物の男はやや顔色が青白い。
     力をもてあましている、といった表情で遵が交通標識をひと振りした。廃工場の埃っぽい空気がぶわんと大きく逆巻く。
    「ところでさあ、にーちゃん何で女みてーなカッコ始めたの? それに戦神、とこれからどーゆーコトして遊ぼうとしてたのかとか、何でそーしようとしたのかとか、色々訊きたいんだけど」
    「……人に何か尋ねる時は訊きたいことを一つずつ、と教わらなかったんですか?」
     盛大に溜息を吐き、どうしようもないな、とでも言いたげな表情で目元を覆った。
    「まあいいでしょう……アポリアと何をしようとしていたかについては、知りたければ彼に直接お訊きなさい」
    「例えば命がけの試練を乗り越えた者だけ仲間にするとか、あるいは強者の糧として贄にするとか……隠れ怯えながら最期を迎えるのではなく、戦って散らせてやる、とかでは?」
    「さあ、どうでしょう」
     七ノ香の推測にも、男――惣は軽く笑って首を傾けるだけ。本当にそのどれでもないのか、あるいは実は何も知らされていないだけなのかも判然としない。
    「で、その着物は? なんか理由でもあんの?」
    「僕に勝ったら教えてあげますよ」
     艶然と微笑んだ惣が、長短のバールのようなものを手に数歩歩み出てきた。そのまま素早く蔵乃祐へ向かって回り込み、一閃させる。
     おそらく彼が一番の実力者という情報はあったが、咄嗟にロープを張るようにして防いだウロボロスブレイドを支える腕へ結構な重さが来る。つい、序列は何番目あたりだったのだろうかと思ってしまう程度には。
     猫の尾へ飾られたリングが輝き、互いに突き放すようにして離れた一瞬を狙ったさくらえの刀が朝顔の絵柄を斜めに削いだ。ばっさり袖が落ちたことも意に介さず、惣はさらに一歩を踏み込んでくる。
    「……良かったよ、キミが今回の相手で」
    「どういう意味でしょうか」
     玉が満を持して放ったフォースブレイクをまともに食らい、草履の足元がふらついた。さらにそこへ結衣奈のマジックミサイル、七ノ香のレイザースラストと続き、廃工場の埃っぽい空気に舞う朝顔が増えていく。
    「心残りなく叩き潰す事ができるからだよ。キミが、僕にとって気に食わない存在だったから」
     さくらえのそんな台詞に、惣はやや間を置いてから小さく笑った。
    「それはもしかして同族嫌悪と言うやつですか? 光栄ですね」
    「さあ、どうだろうね。絶世の美人さん」
     ひびわれているはずの腹の底は覆い隠し、さくらえは笑顔のまま渾身の蹴りを放つ。様々なものからの決別をこめて。
     糸を切られるように両膝をついた惣は、シャロンの鞭剣【白蛇】を微笑み見上げていた。
    「……さて、理由でしたか」
     落ちくだる蛇咬斬の螺旋から目もそらさずに。
    「忘れてしまいましたよ、そんなもの」

     誰もいなくなった廃工場にひとり、結衣奈は立ち尽くしている。
    「……届かないというのなら」
     こぼれた言葉は誰の耳にも届かない。もはやアポリアに願いも祈りも届かないというのならば、届くまで力を振るい、あるいは手を伸ばし続けるだけ。
     たとえ既にどこかの陣営に与し、命運を共にしているのだとしても。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年7月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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