不良野郎の怒り

    作者:るう

     タイゾウは、鼻つまみ者だ。
     日々不良同士の喧嘩にあけくれ、駆けつけた警官に反抗して殴られた事も数知れない。
     学校はやめた。職もない。こんな不良野郎を雇ってくれる奴などいないし、仮にいたとしても、その『親切な奴』に迷惑がかかるだけだ。
     だからタイゾウは、この悪党生活を続けるしかなかった。どんな時もただ一人の妹にだけは手を上げなかったという、ささやかな誇りを胸に秘めて。
     だが、その妹にこれ以上迷惑をかける前に、そろそろ足を洗いたい。
     そう思っていた矢先。卑劣なライバルグループが、彼との喧嘩に負けた腹いせに、彼の妹を襲おうと計画していることを知った。
     そんなこと、させるものか――タイゾウの心に堪えきれぬ怒りが湧き上がった時、『闇』がそれに呼応した。

    「男の名はタイゾウ。敵対グループが自分の妹を誘拐しようとしているのを知って、ダークネスになったようだな」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が言うには、とある街に、アンブレイカブルが出現するらしい。
     ただ、と、ヤマトは続ける。
    「普通はダークネスに取り憑かれれば人間の意識は失われ、ダークネスの意識に支配される。ところがタイゾウには、まだ人間の意識が残っているようだ」
     もしかするとそれは、彼が自らダークネスを受け入れたようなものだからかもしれない。が、放っておけば、完全にダークネスに支配されるのも時間の問題だろう。
    「もしタイゾウが灼滅者の素質を持つのであれば、今ならまだ救えるかもしれない。が、それが無理なようなら……灼滅してやるしかない」
     ヤマトの予測によると、タイゾウは今晩、ライバルグループが溜まり場にしている公園を襲撃するだろう、とのことだ。今から向かえば、襲撃のしばらく前には公園に着ける。公園は住宅地の中にあるが、『バベルの鎖』を使えば、被害は最小限に抑えられるはずだ。
    「アンブレイカブルとなったタイゾウは、家から一番近い東の門から公園に入るようだ。そこでライバルグループを血祭りに上げてしまったら、完全にダークネスに支配されて、戻れなくなる」

     タイゾウを更生させるには、ダークネスを倒すほかに、2つのことが必要だ。
     1つは、ライバルグループの計画を阻止し、タイゾウを安心させること。幸い、彼らもノリで言ってみただけの段階なので、説得してやめさせるのも難しくはないだろう。
     そしてもう1つは、喧嘩することしか知らないタイゾウに、それ以外の道を用意してみせること。武蔵坂学園ならば、彼にとってもきっと、悪くない居場所になるはずだ。
     最後にヤマトは、口調を強めて灼滅者たちに頼む。
    「この男をダークネスからだけでなく、暴力が支配する世界からも救ってやってくれ!」


    参加者
    天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)
    アル・マリク(炎漠王・d02005)
    藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035)
    ハイプ・フィードバック(焔ノ記憶・d04764)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)

    ■リプレイ

    「ンだ? てめえら?」
     住宅地内の公園にたむろしていた不良たちが、近づいてくる四人の人影に気付き、ガンを飛ばしながら威嚇の声を上げる。
    (「これは何というか、『いかにも』という感じですね……」)
     不良たちの型にはめたような反応に、龍海・柊夜(牙ヲ折ル者・d01176)は温和さの中に冷徹さを秘めた表情を崩さないまま、内心苦笑する。
     が、不良たちの態度も無理はない。この場にやってきたのは、柊夜のほかには、スキンヘッドの女、外国人の少年、そして人畜無害そうなお嬢様。この不良たちでなかったとしても、この四人を関連付けるのは難しかろう。
    「あなたたち、タイゾウとの喧嘩に負けた腹いせに、何か妙なこと考えてるんでしょ? タイゾウにもバレてるのよ?」
     不良たちの腰掛けるブランコの手すりに自分も色っぽく腰掛けながら、衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)が囁く。タトゥー入りのスキンヘッドが醸し出す、女のキケンな雰囲気は、不良たちをたちまち虜にする。
    「ヤツならどうせ、妹をエサに呼び出すつもりだったんだよ。バレたって構やしねえよ」
     不良たちは、七の問いを否定しない。タイゾウの妹を誘拐した後は、呼び出したタイゾウに「妹に手を出されたくなかったら反撃するな」と命じてから、寄って集って袋叩きにするつもりだった、と白状する。
    「まさか、それを本気でやるおつもりではありませんわよね……?」
     手すりの反対側に、七と共に不良たちを挟み込むように、お嬢様然とした格好の緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)がちょこんと座る。心配そうな表情で不良たちの瞳を覗き込む、その純真無垢に見える仕草は、不良たちの警戒心を緩ませるのに十分だ。
    「……このまま負けっ放しじゃ、腹の虫が収まらねえんだよ」
     そんな不良の一人の呟きにすかさず、アル・マリク(炎漠王・d02005)が大げさな身振りを交えて大いに共感の意を示す。
    「男として、喧嘩に負けてよほど悔しかったのであろうな。しかし、卑怯な方法で勝ったところで、己の誇りを取り戻したことにはならん。そうであろう?」
     まったくその通りですね、と相槌を打つ柊夜だけでなく、不良たちを挟み込む二人も、口々に不良たちの自尊心をくすぐる。
    「卑怯な手を使うのは、男らしくありませんわよ?」
    「そ。正々堂々やった方が、カッコいいと思わない? あたしはそういう人、好きよ?」
     不良たちも、自分たちがやろうとしていることが一線を越えたことだと、わからなかったわけではない。実際のところはマズいと思いながらも、お互い仲間にチキン野郎と思われたくなくて、誰も止められずにいるだけなのだ。
     だから灼滅者たちにそこまで言われ、内心は最早誰も誘拐なんて企てる気はなくなっていたのだが、それでもそのことを言い出せず、代わりに言い訳がましくこう呟くほかなかった。
    「正々堂々やって勝てるんなら、最初っからそうしてんだよ……!」

     バツの悪そうに呟く不良たちの様子を、少し離れた場所で伺う者がいる。
    (「これはちょっと、時間がかかりそうかな」)
     不良たちがタイゾウの妹を襲うのを諦めたという証拠を撮るためにカメラを回しながら、闇を纏って姿を隠した東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)は、時間を気にかける。もたもたしすぎてタイゾウが現れ、説得材料もないままでなし崩し的に戦闘になるのだけは、どうしても避けたい。
    (「そういえば、なんで藤波先輩は盗聴器なんて持ってたんだろう? ……まあ、気にしないでおこう」)
     この公園に来る前、遠くからでも録音できるようにと言って、藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035)が盗聴器を取り出して貸し付けてこようとしたのだ。尤も、イヅルはこうして闇を纏って近くに潜むことになったため、結局は不要になったが。
     なので彼が断った盗聴器は、今は、木陰に隠れて交渉の様子を伺う純自身が使っている。
    (「ああ、めんどくさい! あんな奴ら、とっととシメて言うこと聞かせりゃいいのに」)
     元々喧嘩っ早いところのある純は、不良たちの態度に業を煮やし始める。唐突に木陰を出、不良たちの前までやってきた彼女は、今はまだギリギリ友好的に見える表情を浮かべて、単刀直入な案を提示する。
    「男のくせに、勝てるとか勝てないとか……なら、私が貴様らのカタキを討ってしまえばいいんだろう?」
     風格を漂わせた女番長の一睨みは、不良たちを素直にさせるのに十分な効果があったようだ。不良たちは背筋を伸ばし、口を揃えて「はい!」と答えることとなった。

     公園の東門の門柱の上に、一匹の白猫がいる。猫は突然耳をぴくりと動かすと、道路の向こうをじっと見つめる。
     猫が見つめる道路の先には、真っ赤な怒りのオーラを隠しもせずにやってくる、その身にダークネスを宿し、アンブレイカブルとなりかけたタイゾウの姿。
    「お? ……どうやら、来たようだな」
     門柱から飛び降りて公園の中に向かう猫の姿を見ながら、ハイプ・フィードバック(焔ノ記憶・d04764)は自身でも敵の姿を確認し、いつでも戦闘に入れるよう準備を整える。
    「タイゾウが、やってきたのデース! 物凄い怒りようデース!」
     白猫は公園の中で、その正体である天鈴・ウルスラ(ぽんこつ・d00165)の姿に戻ると、仲間たちに警告をする。
    「本命のご登場ですね。闇から救い上げるために、気を引き締めてかかりましょう」
     柊夜はその報告に答えると、不良たちに逃げるよう促す。急遽変わりつつある周囲の雰囲気に、さしもの不良たちもここから先は自分たちの手に負える戦いではないと肌で感じ取り、素直にその指示に従う。
     そして、不良たちがそそくさと退散を完了した頃、タイゾウが公園内に足を踏み入れる。
    「ここにいた奴らを、どこへ逃がした……? 奴らを庇うようなら、お前たちも血祭りに上げてくれる!!」

    「Erzahlen Sie Schrei(悲鳴を聞かせて)?」
     それまでお嬢様ぶっていた桐香が演技を脱ぎ捨て、凄惨な微笑みと共に両手に武器を構える。それと共に放った霧が、前に立つ灼滅者たちの力を増幅する。
     猛然果敢と突進するタイゾウはその霧を気にすることもなく、オーラを纏わせた拳を純に叩きつける。
     鋼鉄のごとき一撃を真正面から受け止めた両腕が悲鳴を上げるが、純は逆に不敵な笑みを浮かべると、闘志をむき出しにする。
    「なら私も、喧嘩をしようか!」
     スパッツをはいた脚やさらしを巻いた胸が露になることも気にせず、炎を纏った蹴りがタイゾウを襲う。タイゾウは反射的に後に下がってこれを避けるが、ちょうどそこに、ダークネス殲滅用の弾丸の束が命中する。
     灼滅の弾丸の連射をもってしても倒れる気配を見せないタイゾウに、硝煙を吐くガトリングガンを構えたままのハイプが問いかける。
    「……アンタはこんなにも強いのに、その力をケンカでしか使わないのか?」
     タイゾウは答えない。この力に喧嘩以外の使い道があるなどとは、想像だにしなかったのだから。
    「貴方の、あの不良たちへの怒りが、不当だとは思いません。が、妹さんに『人殺しの妹』という悪評を背負わせる気だったのですか?」
     柊夜はその剣を、タイゾウの中のダークネスをその行動の矛盾ごと断ち切るべく、真っ直ぐに振り下ろす。その刃は頭部を庇ったタイゾウの腕を斬り落とす……はずが、タイゾウが気合と共に腕に力を込めると、分厚い筋肉が膨らみ、刃を途中で阻む。
    (「俺にも妹がいる。もしタイゾウさんと同じことが起こったら、俺はどうするだろう?」)
     柊夜の言葉を聞いて、イヅルも戦いながら自問する。自分が闇に墜ちた時、妹はきっと助けに来てくれるだろう。けれどその妹に、闇に墜ちた自分は何をするだろうか?
    「その力に屈したら、大切な妹さんまで手に掛けかねない。タイゾウさんも、そんな事は望んでないだろ!」
     思わず、柄にもなく語気が強まる。
    「あなたと妹さんを助けたい。だから、あなたの闇に力でしか抗えないのなら、力で抗います」
     タイゾウに、イヅルが放った気弾が着弾する。
    「そうそう、安心して下サーイ! あの連中も、本気で妹御を襲うほどの覚悟はなかったのでゴザルよ。ちょっとお話したら、断念してくれたようデース!」
     ウルスラの言葉に一瞬、タイゾウの闘気が乱れる。リズムよく踊りながらタイゾウに攻撃を仕掛けていたウルスラには、タイゾウの動きが鈍り、テンポがずれ始めたことが手に取るようにわかる。
     そして、タイゾウの変化にすぐに気付いた者が、もう一人。
    「その拳を持って行く先に困っているのか? ならば案ずる必要はない。余たちが貴様の迷いも、拳も、想いも、全て受け止めきってやろう! 迷い人に道を示すのは、王たる余の務めゆえな!」
    「不器用な生き方しかできないのは、自分一人だと思ってた? そんなコトないのよ、そんなの誰だって同じよ? さしずめあんたとあたしらは、似たもの同士ってところ。だから安心しなさいな」
     アルと七の言葉を聞くと、タイゾウのオーラから、怒りの色が消える。そして別の感情が、新たにタイゾウの心を満たし始める。
     タイゾウは、アルと七の攻撃を一身に受けながら、雄叫びを上げる。それは苦痛ではなく、無条件に信頼できる強敵を見つけたことに対する、歓喜の叫び。
    「それじゃ、遠慮しなくても大丈夫そうね♪」
     桐香は禍々しいオーラを自らのナイフに宿し、タイゾウの素肌を切り刻む。
     それに反撃しようかと思ったタイゾウだが、仁王立ちするアルを見て考えを変える。研ぎ澄まされた一撃がアルの腹に突き刺さるが、アルは血液交じりの唾を吐き捨てると、満足げに笑う。
    「気に入ったぞタイゾウとやら! 貴様の誇り、しかと受け止めた。貴様こそ、まさに戦士よ!」
    「おっと、こっちも忘れないでおいて欲しいね……牛双角(ダブルホーン)!」
     勝手に名づけた技名を叫びながら、純の拳が嵐のように何度もタイゾウの体に叩きつけられる。先ほど受けた傷はハイプの霊犬「ロック」とアルのナノナノ「ルゥルゥ」に癒され、大分持ち直している。
    「その力、有効に使える場所を知っている。どうだ? 一緒に来ないか?」
    「今度は、人を救うために、その拳を振るってみませんか?」
    「力の使い方を少し変えてみるだけで、人を助けることもできる!」
    「自分の居場所、作ってみない? 今ならまだ間に合うわ」
    「今からでも、立ち直れば大丈夫デース! その腕っ節、人のために活かしてみる気はゴザらぬか?」
     呼びかけとともに放たれる一撃一撃が、タイゾウの心から、巣食う闇を浄化してゆく。
     そして、長いようで短い戦いがそれからもしばらく続いた後……やり遂げた表情のタイゾウが、ついに公園の地面に大の字に倒れた。

    「俺はアイツを、守ったのか……?」
     しばらくして目を覚ましたタイゾウの、最初の言葉はそれだった。
     事の顛末やタイゾウの身に起こったことをイヅルがかいつまんで説明する。もし必要ならば、と不良たちが計画を諦めた証拠の映像も見せると、タイゾウは一度目を閉じ、ありがとう、と灼滅者たちへの感謝の言葉を述べる。
    「だが俺は今までも、アイツに迷惑をかけてきた筈だ……。俺は本当にこれからも、アイツに迷惑をかけずに済めるのだろうか?」
     悩むタイゾウに、純が声を掛ける。
    「私たちの『武蔵坂学園』に来るのはどうだ? 私のような不良(バカ)でも受け入れてくれる、心の広い学校だ」
    「俺は一度、学校なんてやめた身だ。それでもいいのか?」
     決心のつかないタイゾウを、七と純が後押しする。
    「遠慮せずいらっしゃいな。力の正しい使い方を学べるわ。それが妹のためでもあるでしょ、ねえ『お兄ちゃん』?」
    「兄がフラフラしてたら妹も心配するだろうしな。喧嘩したくなったら、他人に迷惑をかける前に、私が相手になってもいいぞ?」
     妹のため、と言われ、タイゾウはもう一度ゆっくりと考える。
    「貴様は、ここで身を持ち崩させるには惜しい人材だ。余たちの元へ来い!」
    「その力、学園で思いっきり使ってみない?」
    「似たような境遇の連中も沢山居ますガ、皆学園ライフをエンジョイしてマース!」
     ひとしきり考えた後、タイゾウの瞳に、決意が宿る。
    「わかった……よろしく頼む」
    「いろいろ思うところもあるかとは思いますが、貴方の入学を、武蔵坂学園は歓迎しますよ」
     柊夜が全員の想いを代弁すると、ハイプと七が右手を差し出す。
    「歓迎するよ、タイゾウ! これからも同じ灼滅者としてがんばろーぜ!」
    「今後とも、仲良くしてね!」

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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