闇堕ちライブハウス~恐れるな、その力

    作者:宮下さつき


     ――闇堕ち、してください。
     エクスブレインにそのような事を言われる日がくるとは夢にも思わず、灼滅者達は自身の耳を疑った。


    「先日はお疲れ様でした」
     教室に集まった面々を見渡し、五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)が灼滅者達を労った。
    「皆さんのおかげで世界の危機は去りました。ですが……サイキックアブソーバーが、もう限界を迎えています。校長先生の超機械創造でも、制御が難しいそうです」
     本来の性能以上の力を発揮していた事に因る暴走、最悪の場合は爆発事故に発展する可能性も否定出来ないと言う。
    「そこで、サイキックアブソーバー内のエネルギーを消費してしまう事で暴走を食い止める必要が出てきたのですが――」
     そして、冒頭に至る。
     目をしばたたかせる灼滅者達に、姫子は微笑んだ。
    「正確には通常の闇堕ちとは異なり、『サイキックアブソーバーの力を一時的に吸収し、闇堕ち状態になる』という感じでしょうか。この状態で戦闘を行う事で、エネルギーを発散する事が出来ます」
     その際に発散出来るエネルギー量は、極限状態で激戦を繰り広げれば繰り広げる程に多いと言う。逆に言えば、手加減しながら戦っても十分に消費する事が出来ないという事だ。
    「『闇堕ち状態』は戦闘不能になるか戦闘開始から18分間で解除されますし、灼滅者の意識は保たれますから、心配しなくても大丈夫です」
     なるほど、それなら、と灼滅者達が安堵する。
    「もうサイキックアブソーバーの役目は終わったかもしれません。ですが……今後、サイキックアブソーバーが必要になる事が無いとも言い切れません」
     あるに越したことは無いのだから、防げるものは防ぎたい。未来の為にも頼むと姫子は頭を下げる。
    「ふふ、それにしても、前例が無い闇堕ち灼滅者同士での集団戦ですか」
     少しドキドキしますね、と悪戯っぽく笑った。


    参加者
    酒々井・千鶴(歌奏鳥・d15171)
    渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    フェイ・ユン(侠華・d29900)
    旭日・色才(虚飾・d29929)
    切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)
    エリザベート・ベルンシュタイン(鉢かつぎの魔女・d30945)
    神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)

    ■リプレイ


    「闇堕ちした状態で戦う、というのはまた……斬新な試みだな」
     嫌悪だとか、畏怖だとか。灼滅者が自身の闇堕ちに対して何らかの忌避感を抱く事は珍しくないのだが、今回ばかりは力を揮える事への期待がそれらを大きく上回っている者が多い。
     遠夜・葉織(儚む夜・d25856)は闇堕ちを直前に控えた状況であっても自若として、これから繰り広げられる闘いへと想いを馳せていた。
    「サイキックアブソーバー……ついでに変なものまで吸収してなきゃいいけど」
     完全破壊の末にあるのがただのアブソーバーの喪失だけならばまだ良いが、予想だにしない事が起きる可能性も十二分にあり、神無月・優(唯一願の虹薔薇ラファエル・d36383)が憂慮するのも無理はない。
    「へへっ、エリザやフェイとは力試ししてみてぇと思ってたんだ。丁度いいぜ」
    「ふっふーん、負けないんだからねー!」
     軽口を叩き合う切羽・村正(唯一つ残った刀・d29963)とフェイ・ユン(侠華・d29900)に並び、旭日・色才(虚飾・d29929)とエリザベート・ベルンシュタイン(鉢かつぎの魔女・d30945)もまた、火花を散らしていた。普段は共に戦う仲間であるが、今日は好敵手だ。四年に渡って連れ立った戦友だからこそ、負けたくないという気持ちは一層強い。
     そんな彼らのやり取りを微笑ましく見守る渋谷・百合(きまぐれストレイキャット・d17603)の隣で、酒々井・千鶴(歌奏鳥・d15171)は小さく息を吐いた。逸る気持ちと不安をないまぜに、傍らのビハインドを見やる。
    「――うん。君となら、大丈夫」


     流れ込むサイキックエナジーを受け、内包する闇がじわりと身体の外に滲み出る。最初に起きた異変は、色才とフェイのサーヴァント、クロサンドラの鈴と无名が主の中に融け込むように消えた事だ。
     金瞳の美しい猫が消え、代わりに現れたのは異様な風貌の男。華美な装飾品を身に着けているが服は破れ、財宝に腰掛けている身体は痩せ細り、何もかもがちぐはぐだ。房飾りのような花は、『虚飾』を花言葉に持つ漏斗花か。
    「フッ、これが俺の姿か……」
     端的に言えば気に入らない。だが、自身を否定する事はしないと色才は前を見据えた。
    「えっ、ちょっ、見ちゃダメ!」
     対してフェイは姿を隠す事に必死だ。纏う炎で局部こそ隠されてはいるものの、年頃の少女が身に着けている物がマント一枚では、当然の反応である。人格までもがダークネスならばともかく、なまじ意識が残っている状態では地獄だろう。
     そんな彼女に助け船を出したのは、二メートルを超える巨躯。少女の肢体を隠し、獣化を促す。
    「……やれやれ。悪魔と怪人に同時に堕ちるだなんて」
     いつもより高い目線から、エリザベートは仲間を見下ろした。その瞳は、山羊。だが身体は限りなくヒトの形を残してトーガを纏い、伝承の悪魔そのものだ。
    「このチャンスは、逃せないわよね」
     彼女は戦友と本気で戦える機会を純粋に喜んでいるだけなのだが、その笑みは魔女祭りを練り歩く悪魔など可愛く見える程に禍々しい。
     その彼女を見つめるのは、白髪の至る所から不揃いな黒曜を生やし、肥大した筋肉に耐え切れずひび割れた表皮から褐色の肌を覗かせた、村正だ。
    「――これがアブソーバーの力か……。まァやることは変わんねェか」
     そう言いながらも、その表情は何処か浮かない。
    「どっちがエースか、白黒はっきりつけるわよ」
    「……望む所だ。どッちが強ェのかはッきりさせようぜ」
     売り言葉に買い言葉。彼の心情を見透かしていたかのようにエリザベートが笑うと、村正も幾分吹っ切れたように白い歯を見せた。
    「……すごいわね、これ。いつもとぜんぜん違う……」
     百合は体の奥底から漲る力に驚嘆する。だが、違うのは力だけではない。
    「自分の闇堕ちって、初めて見たけれど。これ、その……」
     背に負う翼にも違和感があるが、体のラインがはっきりと分かるチューブトップと、際どい丈のミニスカート。露出の多い服装に、羞恥を覚えるのは無理もない。先日の水着コンテストでは抜群のスタイルを惜しげもなく晒したが、それとこれとは話が違う。
     艶やかな飛膜の翼を持つ百合に対し、千鶴は青い燐光を放つ、鳥に似た複翼。しかしながら天使の様だという形容に至らないのは、眼鏡の奥で妖しく光る青い眼が、得も言われぬ笑みを浮かべているからか。
     真っ白な死装束を纏う葉織はしばらく愛刀を眺めていたが、やがて諦めたように肩を竦めた。いつになくおどけた様子で、鞘に収まったままの日本刀を携える。まるで日本刀がダークネスに自身を振るわせまいと意思を持っているかのようだが、この刀の持つ霊妙な気には、不思議と納得させられるものがあった。
     唯一、優だけは外見に一切の変化が見られない。表情、仕草、その全てにおいてが常と変わらず、発される威圧感だけが闇堕ちした事を証明していた。
    「……それが、アンタの意思って訳ね」
     独り言つ。ソロモンの悪魔が優を大切にするように、彼もまたダークネスに対して一定の感情を抱いているようであった。


     開戦の合図の直後、タンッ、と警策に似た音が鳴った。真っ先に動いた葉織が鞘に収まったままの刀をフェイの首元に叩き付けた音だ。すぐさま身を翻し、距離を置く。刹那、優が手を翳した先で前衛が急速に体温を奪われ、追い討ちを掛けるようにエリザベートが魔力を噴出する箒の勢いそのままに飛び出した。着地点は、村正。
     ドオッ!
     轟音と粉塵。だが、喰らったのは色才。読み通りとばかりにフッ、と不敵に笑う。
    「この俺を見ろ! そして集え!」
     色才が原罪の紋章を刻むのとほぼ同時、エリザベートが体勢を立て直すより先に村正がダイダロスベルトを伸ばす。
    「やッぱり来たなァ、フェイ……!」
     割って入った赤縞の白虎が身を挺して庇い、それでも怯まず急激に方向転換をした。強靭な後肢が村正を捉え、弾き飛ばす。追撃させまいと千鶴は即座に結界を展開し、百合が『拒絶』を冠する剣で浄化を齎した。
    「悪く思わないでくださいね」
     ――ガッ!
     アタッカーから倒そうとする仲間の意図を汲み、エリザベートの後方へ回り込んだ葉織が刀を振り上げるも、フェイの角に阻まれる。
    「援護しよう」
     鍔迫り合いのような状態に見かねた優が、青薔薇の絡む鎖で刀を跳ね上げた。がら空きになった葉織の胴に叩き込まれる、海里の霊障波。その時彼女は視界の隅に敵の動きを認めたが、仲間に注意を促すよりも先に、エリザベートが踏み込んでいた。
    「従者よ」
     青白い光を燻らせ、千鶴の指示を受けた大智が立ち塞がる。一撃、二撃……エリザベートの苛烈なオーラの連撃を耐え抜いたビハインドと入れ替わるように、色才が体を滑り込ませた。
    「なかなかクールな姿じゃないか、エリザ」
     形貌を褒めるも、攻撃の手を緩める事はしない。縛霊手の霊力に絡め捕られた彼女に容赦なく向かう、村正の神薙刃。
    「大丈夫、ボクがしっかり守るから!」
     切り裂かれた体表から迸る火の粉を、自身の気の力で癒す。
    「流石に堅てェなァ、フェイよォ!」
    「こちらのディフェンダーも負けるわけにはいかないな」
     千鶴は大智を帯で包み、
    「ん、解除は任せてちょうだい?」
     百合も影絵に隠された祝福の言葉を開放する。一進一退の攻防はいつものライブハウスであれば盛り上がる要素だが、刻々と制限時間は近付いてゆく。


    「色才、――」
    「お前の鬼神なる刀で切り開け、後ろは気にするな」
     皆まで言わずとも視線一つで心得たと、一切の攻撃を引き受ける覚悟で笑った色才を背に床を蹴り、村正は刀を振り下ろした。
    「エリザァ!」
     裂帛の気合。エリザベートは水平に掲げた箒で受け止めようとするも、力ずくで押し切られた。袈裟に斬られてもなお、彼女は一歩たりとも下がらず、
    「貴方の実力は、誰より分かっているわ。誰にも負けないサイキックの威力も――私ほどには、打たれ強くないことも!」
     そう言って高らかに笑ったエリザベートを飛び越して、爪に炎を纏わせたフェイが飛び掛かる。咄嗟の事に防御体勢が取れず、村正は背中を強く床に叩き付けられ、肺の中の空気を全て吐き出した。
     千鶴は鎮火の為に剣戟の響きを伴奏に、タクトに見立てたセイクリッドソードを振るい、百合は露わになったエリザベートの肌を隠すように、黒い鎖で鎧を編み上げる。両チームに回復手がいても、癒す事の出来ない傷が、積み重なり始めていた。
    「まあ私は、当てて削るだけですけどね」
     元より回復手段など持ち合わせていない。己の役割を全うするのみだと、葉織は幾度目かの黒死斬を繰り出し、フェイが再び攻撃を肩代わりする。无名が居ない分いつもより耐久力は高いが、蓄積したダメージは少なくない。しかし、それは相手のディフェンダーにも言える事だ。
    「行くよ、海里」
     多方面に射出された優の黒い鎖の合間を縫うようにして、海里が霊障波を放つ。更に鎖の影に紛れ、百合の黒の権能が、敵を塗り潰そうと後に続く。
     真っ向から受け止めた大智が、霧散した。守り手を一人失おうとやる事は変わらないと、色才は矛先を自分に向けさせる為に躍り出る。
     そんな彼をエリザベートは「やるわね」と称え、村正に向けて徐に腕を伸ばした。
    「村正!」
     突き飛ばすように、割り込む。
    「今の私の魔術の冴えは――クロサンドラにも負けやしない。『Tonitrua』」
     魔力の奔流が、落雷のように色才を襲った。オレンジ色の花弁が舞い散る向こう、村正と目が合う。
     ――そういえば、クロサンドラには『友情』なんて花言葉もあったな、と。取り留めのない事を思いながら、色才は意識を手放した。
     動いた戦況に歯を食いしばり、村正は一気に距離を詰める。間合いに入る事を許してしまった彼女を、後ろから引く者が居た。
    「貰ったァ!」
    「させないよ!」
     やや乱暴ではあったが、フェイはエリザベートのトーガの裾を咥え、自身の陰に放る。一閃。村正の一族に伝わるという宝刀が、白虎の巨体を斬り伏せた。これで両者の盾役が失われた事になる。
    「簡単に沈められると思わない事だ」
     サーヴァントを失いながらも泰然とした表情を崩さず、千鶴は一人になった前衛の防御力を強化した。葉織が跳躍し、山羊の頭頂部に、鞘を振り下ろす。
     ――パァンッ!
     打撃と呼ぶには些か鋭過ぎる音が響き渡り、エリザベートがふらついた。着地した葉織に向け、優が弓を引き絞る。彗星の如き矢が襲い、彼女は翻筋斗を打つように後方へと退避した。部屋の中央に、前衛の二人だけが残る。
    「一騎打ちか。いざ――真向勝負ッ!!」
    「ええ、受けて立つわよ!」
     村正が背の妖刀を抜き放つ。しかし、その刃が彼女に届く事は無かった。僅か一瞬の差で、蹂躙のバベルインパクトが彼を穿っていた。
     一騎打ちには勝ったが、エリザベートも既に満身創痍であった。千鶴の歌声を聴きながら、倒れ伏す。回復が間に合わなかった事に百合が眉尻を下げ、代わりに影の鎖を射出した。胸元を裂かれ、歌が止む。


     前衛が倒れ、隊列はもう意味をなさないが、ポジションに因る効果は残る。ならば先に潰すのは回復手だろうと、葉織は低い姿勢から、鞘を横薙ぎに振るう。死角からの斬撃に反応が遅れ、受けた衝撃に百合がぐぶりと血を吐いた。優がイカロスウイングで二人を捕らえ、海里が霊撃を繰り出す間、百合は自身の治癒に専念する。
     接戦が繰り広げられ、残り時間が二分を切ったという時、雲耀剣を受けて倒れた百合が、動かなくなった。
    「――あと少しだと言うのに、口惜しい事だ」
     同じように、体を氷で覆われた千鶴が、吸い込まれるように仰向けに倒れた。
    「あと一分程ですか」
     一対二で体力は心許なく、タイムリミットが近い。逃げ回ればあるいは引き分けに持ち込めるかもしれないが、
    「全力で、挑みたいですから」
     葉織は間合いを詰め、優の隣に居た海里を斬りつける。刀を振り抜いた無防備な姿勢を優が見逃すはずもなく、幾本もの黒い鎖が、彼女を貫いた。
    「終わった……んだね」
     外見にも人格にも一切の影響が出ない優は、ダークネスなのか灼滅者に戻っているのか、傍目には全く分からず、当人にも闇堕ちの実感は薄い。ただ、身体に残る気怠さが、強大な力が抜け落ちた事を証明していた。
     室内に倒れていた仲間達もすっかり元の姿に戻っていたが、なかなか立ち上がろうとはしない。心地良い疲労感に身を任せ、誰もが晴れ晴れとした表情をしていた。ぽつりぽつりと口を開き、互いに健闘を称え合う。
    「「――お疲れ様!」」

     ――勝者、Aチーム。

    作者:宮下さつき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年7月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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