剛力自慢 今日は何殺し?

    作者:波多野志郎

     武術とは殺しの称号をいくつも生んできた。
     人殺し。熊殺し。牛殺し。虎殺し――とにかく挑んでは殺せる事で自身の強さを確かめるのだ。
    「アレだ、昔の武士も斬ったり割ったり色々としてんもんな。そういうこった」
     満面の笑顔でその男は言った。適当に何殺しになってみようか? と選んだのがそこであった。
     ――夜の高速道路である。
    「最初からトラック殺しとか大物狙いでいくかね? いや、でもバイク殺し辺りからコツコツグレードアップさせるのも――」
     男は考える。無機物に殺し、と名付けるのはいかがなものかと思うが、問題はそこではない。
    「ま、その場のノリと勢いでやっか! よーし!」
     問題は二つ。この男に、この冗談を現実にする能力がある事であり――。

    「……一番の問題は、それで失われる命があるって事っす」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)がどこかげんなりした表情で言った。
     翠織が今回察知したのは、ダークネスであるアンブレイカブルの行動だ。困った事にこのアンブレイカブルは高速道路で試し割りをする気なのだ。
    「バベルの鎖って、本当に便利なんすね……」
     ようするに走っている車の前に飛び出して殴ってやろう、という話だ。アンブレイカブルの腕力だけでも問題なのに、高速で動く車でそれをやれば――大惨事になってしまう。
    「幸い、アンブレイカブルが高架下から侵入しようとする事がわかってるんで、そこで倒せば問題ないっす」
     この脳筋は目の前に敵が現れれば当初の目的などすぐに忘れて襲い掛かってくるだろう。
    「高架下は広さもあるっすし、夜でも光源はばっちりっす。条件はいいんで、思い切り戦って欲しいっす」
     アンブレイカブルは強敵だ。アンブレイカブルとしてのサイキックのみではなく、その手刀で無敵斬艦刀のサイキックを使って来る。攻撃力は高いので、そこは注意が必要だろう。
    「こう、格闘技とかやってるとそういう思考になるんすかね? 試してみたいって。でも、やっぱそういうのは人の迷惑にならないようにして欲しいっすよ」
     だからそうならないように頑張って欲しいっす、と翠織は神妙な顔で締めくくった。


    参加者
    叢柳・海架(棘を持つ儚き薄紅花・d00872)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    乾・舞斗(街角御祓人・d01483)
    行野・セイ(ふゆのひと・d02746)
    烏丸・紫亜(白鴉・d03437)
    刀崎・剏弥(古色蒼然たる執事見習い・d04604)
    御手洗・陸(和協・d06021)

    ■リプレイ


     ――頭上では、時折通り過ぎる車の音が聞こえる。
     時間は夜。高速道路の高架下で集まっていた八人の灼滅者達は物陰から見た。
     今にもスキップしそうな足取りで上機嫌に歩いて来たのは一人の男だ。
    「アンブレイカブルはストリートファイスターの「影」だと言われてますが……」
     物陰からその姿を見る乾・舞斗(街角御祓人・d01483)の表情は渋い。その姿はまるで遊びにでかける子供のように無邪気であり、これからやろうとしている事を考えればお世辞にも知性を感じられなかった。
     ストリートファイターの舞斗としてはそのアンブレイカブルの姿に複雑な気持ちを抱いても仕方がない。
    「いくら何でも車殺しとか……僕も他人の事言えるほど良い頭してないけどどんだけ脳筋なの?」
     笠井・匡(白豹・d01472)もその口調こそ軽いが目は笑っていない。アンブレイカブルの言う車殺しで失われる命がある――その事に強い憤りを憶えるからだ。
    「ダークネス相手に説得は無用っすね。ましてそれがアンブレイカブルとなれば、力で語るのみっす」
    「ええ、そうね脳筋とはよくいうけど、ほんといきすぎたバカには困ったもんね……。腕試し程度に大事故起こされるのも迷惑な話だし、さっさと終わらせるか」
     ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が言い切り、烏丸・紫亜(白鴉・d03437)がぶっきらぼうに言い捨てる。
    「――――」
     アンブレイカブルの前に出ようとした仲間達よりも速く、刀崎・剏弥(古色蒼然たる執事見習い・d04604)がその足元から一本の影を走らせた。
     完全な不意打ちだ――しかし、アンブレイカブルの表情が変わる。
    「――へぇ?」
     アンブレイカブルが感心したように唐突に振り返った。そして、その右の拳が砲弾のように繰り出され背後から迫った影を相殺、打ち砕く。
    「ほぅ、此れを捌くか……武を自負するだけは在るな」
    「何だ? お前等」
     剏弥の言葉にアンブレイカブルが目を細め、灼滅者達を見回した。その値踏みするような視線に行野・セイ(ふゆのひと・d02746)が静かに告げる。
    「君の行動には賛同しない。迷惑」
    「ん? あぁ、車殺しの事か?」
     事も無げに答えるアンブレイカブルに叢柳・海架(棘を持つ儚き薄紅花・d00872)は溜め息をこぼした。
    「殺し……、ね。車殺しとか、迷惑な話しですから、その奇行は私達が止めてあげますよ」
    「奇行、ねぇ」
     言い放つ海架にアンブレイカブルは後頭部を掻いて、眉根を寄せて言った。
    「そりゃあ、普通はやらねぇ事をやろうってんだから奇行だろうよ? 試すもんもめっきり減って来たからやってみようって思いつきだしよ」
    「『称号ってのは、自分から名乗るもんじゃない。他人に認められて初めてその称号が与えられるもんだ』」
     匡のその言葉にアンブレイカブルが目を丸くする。それは、匡の叔父の言葉だった。
    「例え僕たちがお前の前に現れなくても、お前が僕たちを皆殺しにしたとしても、何の称号も与えられない。なぜなら、誰も見てないんだから」
     皮肉だよね、と言い捨てる匡に、アンブレイカブルは一瞬だけ表情を消し――そして、笑った。
    「いい言葉じゃねぇか。俺とは考えが違うが、悪くねぇ考えだぜ? ただ――」
     ガギン! とアンブレイカブルがその両の拳を胸の前で打ち合わせる。そして、歯を剥いて言い放った。
    「俺が欲しいのは、称えられるもんとかじゃねぇ。俺が殺した――殺せるほど俺が強い、そう自負出来る証が欲しい、それだけだ。他人の目なんざ、知った事じゃねぇ。だからよ――遠慮なく来い、他の誰が見てなくても俺がお前等を殺した事を誇ってやっからよ!」
     その強い眼光に御手洗・陸(和協・d06021)が息を飲む。先ほどのような子供のような男はそこにはいない――目の前にいるのがアンブレイカブルという強大なダークネスなのだ、そうわかるほど覇気に満ちていた。
     その凶暴な意識が自分達に向けられている、その事に恐れを抱きながらも陸はその竹製のマテリアルロッドを構えた。
    (「止めなければ誰かの家族が泣く事になる……行かねばな」)
    「――おう、行くぜ?」
     まったくの同時、アンブレイカブルが地面を蹴る。それにギィがスレイヤーカードを振るった。
    「殲具解放」
     ギィが無敵斬艦刀を手にしたように、灼滅者達もそれぞれの武器を構えアンブレイカブルを迎え撃った。


    「ハハッ!」
     笑い声を上げて襲い来るアンブレイカブルに、灼滅者達は素早く対応する。
     前衛のクラッシャーに海架とギィ、匡、ディフェンダーに剏弥、中衛のキャスターにセイと陸、ジャマーに舞斗、後衛のメディックに紫亜、スナイパーにセイのサーヴァントであるビハインドのナツといった布陣だ。
    「まずは簡単に死なないか、試しだ!」
     アンブレイカブルが振りかぶった手刀を横一文字に振り払う。そうして生じた衝撃波が前衛を襲った。
     その森羅万象断へと真っ直ぐに踏み出す者がいる。ギィは己の無敵斬艦刀でその斬撃を相殺、胸の前に掲げて言った。
    「その手刀、自分の『剝守割砕』で砕くっすよ!」
    「面白れぇ、やってみやがれ!」
     ギィの背中から炎の翼が広がる――そのフェニックスドライブの破魔の力を受けて匡が駆けた。
     その咎人の大鎌を横に薙ぎ払う匡へアンブレイカブルはその手刀を合わせ火花を散らし受け止める!
    「手刀で無敵斬艦刀って、アンブレイカブルってみんなこんなんなの!?」
     大鎌を握る手に痺れが走る。確かに非常識ではあるが、このアンブレイカブルはどこ吹く風だ。
    「ばっか、刀より俺の手の方が堅いに決まってんだろ?」
    「……本当、めんどくさい脳筋ね」
     本気なのか冗談なのか、どちらにせよ笑えない、と紫亜は自身の胸に手を置きヒーリングライトの輝きを宿す。
    「相手が何者だろうと、やる事は変わらない」
     その間も舞斗が右の爪先で地面を叩く――その直後、足元から伸びた影業がアンブレイカブルの左足へと喰らいついた。
     アンブレイカブルが地面を蹴って間合いを開けようとするも、既に背後にはセイが回り込んでいた。
    「邪魔する」
     セイの右拳――より正確にはその拳を覆うバトルオーラに影が宿る。そのトラウナックルの打撃をアンブレイカブルは振り向きざまの右肘で受け止めた。
    「チィッ!」
     アンブレイカブルはその動きを止めない。舌打ちと共に更に横から狙いをすまして飛び込んで来たセーラー服の人影、ナツのその霊撃を繰り出すのをアンブレイカブルは左の腕で受け流す。
     その間隙を海架は見逃さない。その拳を炎に包み、真正面からアンブレイカブルの顔面を殴打した。
     しかし、相手は小揺るぎもしない。それどころか楽しげに目を輝かせる相手を見て海架が笑みをこぼした。
    「結構強いですね、でも私達もそう簡単にやられませんよ?」
     セイとナツが地面を蹴って後退――入れ替わるように陸が竹製のマテリアルロッドを振りかぶった。
    「俺は貴方から聴こえる旋律を聴かねばならないんだ」
     そして、全力で振り抜く。陸のフォースブレイクの一撃がアンブレイカブルの胸部を叩き込まれ、衝撃が炸裂した。
     そこへ剏弥が踏み込む。WOKシールドに包まれた右拳による裏拳をアンブレイカブルへと叩き込んだ。
     ザッ! とアンブレイカブルが靴底を摺らせて踏み止まる。それに剏弥が言って捨てた。
    「――来い」
    「……ハハッ。ハ、ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
     アンブレイカブルが最初は小さく、やがて声を張り上げて笑う。それだけで、殺気の密度が増していく――それを感じながら海架が綻ぶように笑みを浮かべ告げた。
    「続いていきますね、良い戦いをしましょう」
    「おう、お互い楽しもうぜ」
     アンブレイカブルがアスファルトを踏み砕かん勢いで地を蹴り、剏弥へとその右拳を繰り出した。


     戦いが音楽だとしたら、それは破滅的な旋律だった。重なる剣戟。ただ目の前の敵を打ち倒す――そのためだけに奏でられる旋律に陸はマテリアルロッドを握り締めた。
     ――そうしなければ、その戦慄の恐ろしさに耳を塞いでしまいそうだから。
    (「俺には貴方のような力が無かった。今も昔も、聴こえてくる破壊の旋律にただ耳を塞ぐだけで…… 」)
    「……はん」
     陸はその雷をまとわせた拳を振り上げる。アンブレイカブルはそれを同じく拳を宿した一撃で相殺した。
    「何だ、お前。最初は少しは見込みがあるかと思えば――」
    「引いて」
     そこへセイのデッドブラスターとナツの霊障波が同時に叩き込まれた。鈍い爆発音――続く海架がその鋼鉄拳を繰り出した。
     だが、アンブレイカブルはそれに構わない。大きく振り上げた手刀で文字通り海架を切り裂いた。
    「……ッ」
     拳は先に届いていたはずだ――しかし、アンブレイカブルは構わず踏み込んできた。その迷いのない攻撃に海架が低く吐き捨てる。
    「まぁ、ウチに攻撃を? 嬉しいねぇ。アンタ壊してやりたいわ」
     口調と共にその表情も楽しくてたまらない、そんな笑みに変わる――しかし、アンブレイカブルはむしろ呆れるように言った。
    「ったく、火付きの悪い別嬪さんだな」
    「それ以上、させないよ」
     そこへ真横から回り込んだ匡が炎に包まれた大鎌――レーヴァテインを繰り出す。アンブレイカブルはその刃に切り裂かれ、火の粉を散らしながらも後方へ跳ぶ。
    「逃がさないっすよ!」
     ギィの指先が十字を刻む――赤きオーラの逆十字をアンブレイカブルはその拳で粉砕した。
     そこへ剏弥が緋色のオーラに包まれた槍を放つ。それに脇腹を抉られながらもアンブレイカブルは止まらない。
    「――――!」
     その動きを追って右手をかざした舞斗が、その右手を握り締める――音もなく伸びた影がアンブレイカブルへと伸びた。
    「っらあああああああ!!」
     それへアンブレイカブルは森羅万象断の斬撃で影を切り裂き、動きを加速させる。
    「厄介ね」
     うんざりしたようにその暴れまわるアンブレイカブルから視線を外さず、紫亜はジャッジメントレイの光条で海架を回復させる。
    (「めんどくさいわね……」)
     紫亜は心の底からそう思った。目の前ではアンブレイカブルが活き活きと戦っている――確かに強い、最強に狂った武人というのもうなずける。
    (「まあ……強さを求める本質においては納得できる点もありますけど、それが目的になった時点でそれが手段の一つでしかない我々とは決定的な差が有るのですよね」)
     舞斗は内心で溜め息をこぼした。アンブレイカブルが最強と言う原理にとり憑かれた存在だと言うのなら、むしろああならなくては追い求められないものなのかもしれない。
     最強とは目的であり、究極の手段――振るうために振るい、振るわねば存在の意義さえない暴力の果て。
    「……いや」
     だが、舞斗はその答えを否定する。それは力に振り回されているだけだ――力を振るい方を選べるのが人間のはずだ、と。
    「それを証明する」
     舞斗はアンブレイカブルへと右手を振りかぶり迫る。アンブレイカブルも同じように右手を振りかぶった。
     繰り出される拳は同時――しかし、異形へと変じた舞斗の右拳はアンブレイカブルの鋼鉄拳を弾きその顔面を打ち抜いた。
    「ぐ……ッ!?」
     アンブレイカブルが踏み止まる。そこへ陸が間合いを詰めた。
     マテリアルロッドを強く握り締め、陸は恐れにくじけそうになる自身の心へ念じる!
    「いや、ダメだ……流れ続ける破壊の旋律に終止符を打たねば、またきっと誰も守れない」
     恐れを断ち切るように陸がマテリアルロッドを振るい、轟雷の一閃を放つ。それをまともに受けて、アンブレイカブルが鼻で笑い飛ばした。
    「本当に、火付きの悪い連中だなぁ、おい! 今のは悪くねぇぞ、小僧!」
     アンブレイカブルが陸へと駆けようとする。しかし、それを剏弥が許さない。
    「通りたければ俺を倒してからにしろ」
    「じゃあ、そうすんぜ!」
     アンブレイカブルが横回転、遠心力を利用して手刀を横に振るう――その戦艦斬りの一撃を剏弥はシールドをまとう拳の裏拳で迎撃した。
    「――――ッ!」
     ギイイン! と激突音と火花が響き渡り舞い散る中、剏弥の足元から伸びた影がアンブレイカブルを飲み込んだ。
    「その素っ首もらい受けるっすよ」
     それに続け、とギィが跳躍。燃え盛る『剝守割砕』を渾身の力で振り抜き、アンブレイカブルを切り裂いた。
    「ク、カ、ハハハハハハハハハハハハッ!」
     切り裂かれ燃え上がりながらアンブレイカブルは笑う。その呵呵大笑にセイが漆黒の弾丸を撃ち込み、ナツがその一撃を真横から叩き込んだ。
     それでもアンブレイカブルの笑いは止まらない。それに紫亜が指先を突き付け、影を放った。
    「……やっちゃって」
     ぶっきらぼうに紫亜が言う。それに応え、匡が大鎌を振り抜きティアーズリッパーで切り刻んだ。
    「アンタの全てを壊してやるわ!」
     海架が踏み込む。アンブレイカブルの右手首を左手で掴み引くと同時に左手で掌打――そのまま、喉輪落としで地面へと叩き落す!
    「ガ、ハ……!」
     二度、三度、とアンブレイカブルの体がアスファルトの上を転がっていく。それを見て、セイが呟いた。
    「さよなら」
     その言葉にアンブレイカブルは苦笑、さよならだ、と口の動きだけで答える。
    「……やったっすか?」
     アンブレイカブルの体が掻き消えるまで身構えていたギィの呟きに、ようやく仲間達も知る――戦いが、終わったのだ、と。


    「これで終了や……もうちっと楽しませて欲しかったわ」
    「灼滅できたっすか? さすがに、身体ががたがたっすよ」
     海架の吐き捨てるような一言に、早く帰って寝たいっす、とギィはその場にへたり込みそうにこぼした。
     その様子に海架はいつもの表情に戻ると優しく仲間達へ問いかける。
    「お怪我はありませんか、皆さん。被害なくて良かったですね」
    「ええ、お疲れ様でした。これで、誰かの日常に差し障らないことを祈ります」
     こちらもお淑やかさが戻ったセイも微笑。彼の足元、高速道路の柱の下には名もない小さな積み重なった石だけが残された。
    「どんな者でも、同じ時代に生を受けた縁だ。鎮魂歌ぐらいは手向けるべきか」
     陸が奏でる曲と高速道路を時折通る車の音を聞きながら、匡は笑みをこぼす。
    「防げましたね」
     多くの命が奪われただろう惨事、それが防げた事に匡と仲間達は胸を撫で下ろした……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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