ぶらりのんびり、熱海旅行

    作者:猫目みなも

    「みんな、サイキックハーツたちとの戦い……ううん、これまでの色んな戦い全部、本当にお疲れ様!」
     どことなく感慨深げな顔をして、須藤・まりん(大学生エクスブレイン・dn0003)はそんな風に灼滅者たちを見回した。
    「それでね、そのお疲れ様会も兼ねてって感じで提案があるんだけど……ねえみんな、8月5日に熱海へ遊びに行かない?」
     熱海。言わずと知れた、ビーチと温泉で有名な伊豆半島のリゾート地だ。
     青い海、白い砂浜、いっぱいの笑顔……賑やかなその風景を夢見るように目を輝かせて、まりんはお手製の旅のしおりを灼滅者たちに配っていく。
    「向こうに着いたらまずは軽くお昼ご飯を食べてビーチで遊んで、その後は温泉でこれまでの疲れを癒して~……っていう予定かな。そうそう、この日の夜には花火大会があるんだって。海の上に打ち上がる花火なんて、きっと綺麗だよねぇ」
     ほわわ~ん、と効果音がつきそうなうっとり顔で呟いた後、まりんはにっこりと灼滅者たちに笑みかける。
    「せっかくのリゾートビーチだから、水着は忘れないようにしないとね。あと、温泉も足湯から露天風呂まで色々あるから、どんなお風呂に行きたいか決めておくといいかも。そうそう、私はカメラを持って行くつもりだから、記念写真が撮りたい! って人はいつでも気軽に声をかけてね!」


    ■リプレイ

    ●夏だ! 海だ! バカンスだ!
    「うーん、みんなと熱海旅行! 夏の砂浜、ビーチ!」
     ぐぐっと腕を伸ばした結衣菜が、楽しげに【探求部】の仲間を見回した。青い空、青い海、それにいつもの仲間が合わされば――これはもう、楽しく遊び倒すしかない!
     早速波打ち際まで駆け寄って、彼らはそれぞれ自分の武器に弾をこめ――もとい、水をたっぷり溜める。そう、これから始まるのは、探求部式水鉄砲合戦!
     開始の合図と共に、まず動いたのは七波だ。大型ポンプ付きのものものしい水鉄砲を情け容赦なく連射しながら、勝利の二文字だけを心に彼は笑う。
    「はっはっは、弾幕薄いよ!」
    「弾幕薄いよって、それ感じてないだけ!」
     ショットガン型の水鉄砲で対抗ながらすかさず突っ込むのは、結衣奈。その台詞もごもっとも、何せ七波は水着の上に防水パーカーをしっかり着込んでいるのだ。ずるいずるいとブーイングを飛ばされても、当人は『最高の褒め言葉ですよ』と涼しい顔だ。
    「えっと、皆さん本気すぎないですか?」
     こてりと首を傾げた藍にも、容赦なく弾は飛んでくる。サンダルを砂に取られ、転んだところに、隙ありとばかりに明彦が自慢の二丁水鉄砲を向けた。遊びも本気で、容赦と加減はノーサンキューとばかりに放たれた連射に、あえなく藍はずぶ濡れに。
    「えーん、統弥さん仇はとってくださいね」
     愛する恋人の泣き声に、彼女を守れなかったことを心中で詫びつつ、名指しされた統弥は素早く戦場全体に視線を走らせる。ちょこまか走り回る結衣菜の影が、明彦に重なる。直線上には七波が。そこを逃さず、結衣奈が武器を持ち替えた。
    「わたしの全力全開、みんなずぶ濡れになるがいいよ!」
    「その瞬間を! 待ってたわ!」
     バズーカの一撃を男子ふたりを盾にして凌いだ結衣菜が、そのまま小型拳銃で反撃に移る。すかさず戦場の真ん中を離脱し、空になった得物を補給役のまりんに預けようとする結衣奈だけれど――。
    「さて、戦略的撤退を……ってやっぱりそうはいかないよね!?」
    「火力を過信すると思わぬところで足をすくわれますよ」
     主戦場から外れた位置に伏せていた統弥が、真っ向から火力をぶつけ合っていた面々へここぞとばかりに射撃を見舞う。そこへバズーカの衝撃から復活した明彦たちも加わり、ビーチは大乱戦の様相へ。全員がまとめてずぶ濡れになるまで、そう時間はかからなかった。
    「っ、はぁ……暴れました、ね……」
     すっかり暑さにやられた様子で、七波がぷかりと浅瀬に浮かぶ。最序盤から大暴れしていたことに加え、風通しの悪いパーカーを着込んでいたこともあってか、その顔は焼けたように真っ赤になっている。その姿を見た結衣菜も、我慢できないとばかりに海へ飛び込んだ。
    「あああ、私ももう限界! 涼みたーい!」
    「えっと、大丈夫ですか? 飲み物、買って来ましたよ」
     藍の気遣いに、ありがとうと統弥が微笑む。同じく冷たいボトルを受け取りながら、明彦が結衣奈を振り返った。
    「みんなでこんなに思い切り遊んだの久しぶりだ。良い選択だったよ」
    「ふふ、どういたしまして。それじゃ、記念撮影するよ~!」
     笑って掌を掲げる彼女のもとに、五つの笑顔がすぐさま集う。そして、シャッター音が真夏の煌きを切り抜いた。
     ひとしきり波打ち際で遊んだら、その後は海の家へ。おしゃれなかき氷をつつきながら、奈央はまりんに話しかけた。
    「去年の夏からずいぶん進んでるようで何よりだよ」
    「えっ?」
     以前は夏の浜辺で水着も着ずに恐竜を追い求めていたまりんの成長(?)ぶりにしみじみとそう呟くと、まりんが不思議そうに瞬くのが見えた。
     多分それは……と何か言いかけたまりんを遮り、奈央は壁のポスターを指で示す。
    「ね、一緒に出てみない?」
     燦然と輝く『水着コンテスト』のロゴより眩しく笑う奈央に、一度目を見開いて――そうしてまりんは、やっぱり困ったように小さく笑った。

    ●のんびり熱海温泉紀行
    「ずっと前から誘ってたのに、遅くなってごめん」
     混浴の湯船でそう詫びる武流に、メイニーヒルトはゆるりと首を振る。たった水着一枚分の距離すらもどかしく思いながら、それでも恋人の鼓動をすぐそこに感じて、彼女はとろけるようなため息をついた。
    「……良い気分だ」
    「何だか新婚旅行に来たみたいだな……なんてな」
     頷き、武流はひとつの決意を新たにする。大きな戦いも終わった今こそ、未来に目を向ける時だ。つまり――二人一緒の未来を紡ぐ、その約束をきちんと告げようと。
     そんな風に思いかけ、ふと、武流はメイニーヒルトがこちらを見ていないことに気付く。その燃えるような視線の先を追うと、そこには見慣れたエクスブレインの姿があった。
    「それにしても、まりんめ……見ない間に、たわわに実っているじゃあないか」
    「ストップ、メイニー! お前はそのままで充分魅力的だから!」
     そんな騒ぎも、きっといつかの未来を鮮やかに彩ってくれるのだろう。
     男女それぞれが温泉を堪能し終え、【猫帝国】のメンバーが合流したのは卓球台の前。そっちはどうだったと何気なく聞かれて、仁恵は浴衣の胸を張った。
    「にえはひとつ賢くなりましたよ。かぽーんの意味を知りました」
    「え、そんな話してたのそっち」
    「あとは謎の光とか出してみてーですねなどと」
    「謎の光」
     真顔でリピートする真人を、ジェルトルーデがじっと見上げて。
    「ぼく、それいっぱい出せそうって言われたんだけどさー。改心の光とは違うの?」
    「……謎の光はね、謎の光ですよ」
     お風呂のお湯より幾分ぬるい笑みを見せた縁が、ソファに座ったままコーヒー牛乳の蓋に指を掛ける。ほぼ同時にマッサージチェアのタイマーが鳴り、そこにいた蔵乃祐が大儀そうに立ち上がった。
    「若者にあるまじき声が出てましたよ戒道先輩」
    「だってよー。この一ヶ月間マジで地獄だったからさー?」
     そう返されては、杏理も肩を縮めざるを得ない。何せ彼、闇堕ちから戻ってとりあえず戦ったら『戦いは終わった』と言われた側の人間だ。その肩をぽんと叩くと、蔵乃祐は縁の横に座って早速ハイナ対一途の観戦モードに入っていく。暇を持て余せるくらい平和になったのは、いいことに違いない。
    「僕の必殺スマッシュが火を噴く時が来たようだな」
    「私もスマッシュできますからね。やるなら相手になりますけど?」
     ふ、と互いの強気な笑いが交差する。そして――。
    「くらえアカ!」
     手からすっぽぬけたと見せかけてラケットを顔面にぶん投げるという大人気ない(そして後輩女子に対する仕打ちとは思えない)荒業を見せるハイナ。けれど温まった掌が滑って、ラケットは油断しきった蔵乃祐の方へ――。
    「ふべっ」
    「そがぶーーー!!!」
    「……安らかに眠ってください、かいどーさん」
     ファリスからラケットの持ち方を教わっていた光も、思わず振り返って合掌。死んでないと訴えるように、ひっくり返った犠牲者の手がぴくぴく動いた。
    「しかしお前ら元気だよなー……動くとまた汗かかねえ?」
     微妙に丈の合わない浴衣を気にしていた祐一が、そんな疑問をふと口にする。が、また温泉に入り直せばいいとの意見に十割納得したとばかりに頷いて、彼はいつの間にか試合を終えてふらりと売店に行っていた一途の方へ目を向けた。
    「ナチュラルに仁恵の分まで買ってるじゃん、俺のもよっしく」
    「欲しいなら勝ち取りなさい。私が勝ったらもう一本コーヒー牛乳で」
    「賭ける? なにか賭ける? ぼくいちごみるくがいいな!」
     ぴょんぴょん跳ねて手を挙げるジェルトルーデに、ならばその賭け受けて立とうと立ちはだかるのはファリス。昔取った杵柄と言ったその手からもラケットが何度かすっぽ抜け、『どこか』へ飛んで行ったのはご愛嬌だ。
    「玉に当てる位サイキックハーツ様に攻撃当てる事考えたら余裕です」
     隣の卓球台で杏理相手に戦いを始めた仁恵は、そんな風にふふんと笑うけれど。
    「んむ? ……不思議と逃げます」
     もしや意志があるのではと思わせるほど、ピンポン玉がラケットを逸れる逸れる。至極不思議そうに首を捻る対戦相手を前に、自称『面白みがない』戦いをしていた杏理はひとつ肩をすくめた。
     そんな風に概ね色々と愉快な試合の数々を繰り広げるうち、あっという間に日は落ちて、窓の向こうから花火の音が聞こえてくる。ぼんやりとそちらに目をやったあと、蔵乃祐がふと仲間たちを振り返った。
    「あとは寝るだけだな。明日は何処に行こうか?」
     自分で行き先を決めるのは苦手だから、皆についていくよ。そう言う彼の言葉に、縁が呟く。
    「無条件に明日が来ると思えるって、不思議な感じします」
    「うん……。なんだか、平和すぎて嘘みたいですね」
     一途もそう頷き、硝子の外へと目を向けた。そこへかかるのは、仁恵の声。
    「ほら皆集まって! まりんに写真撮ってもらいましょう!」
     振り向けば、花火を眺めて『明日の事が考えられるなんて本当に平和ですね』と言っていた横顔はどこへやら、まりんの手首を捕まえてぶんぶん振っている彼女の姿がそこにあった。真っ先に反応したのは、真人だ。
    「集合写真か、いいね」
    「あ、写真? 私も映る映る」
    「あんまり得意な方じゃないけど、今日は特別ってことで」
    「ああ、まりんちゃんも入れて二枚撮りましょう。僕撮るよ」
     光がそこへ続き、ファリスも静かに笑って後列に並ぶ。記録を撮るのは好きなんですと笑う杏理の隣ではハイナが差し出した手を縁が照れながら取り、ジェルトルーデと一途が仁恵を挟んでピースサイン。
    「寝る前にアルコール飲みてぇなー……」
    「そこの売店すげーご当地ビールとか売ってた! 飲もうぜ飲もうぜ!」
     蔵乃祐の呟きに祐一がそう笑い、次の瞬間まりんの合図に慌てて渾身のドヤ顔に戻る。
     そして、何でもない平和な旅行の光景が、レンズの向こうに焼き付けられた。

    ●想いの大輪、開いて咲いて
    「わー、すごい!  豪華な懐石料理っ」
     未だ温泉で薄紅色の頬のまま、はしゃいでスマホを構える千尋の姿に、徒は小さく笑う。立てた声こそ微かなものだったけれど、それは彼女にもしっかり聞こえていたらしい。あっ、と顔を上げた千尋の頬が、もう一段赤みを増した。
    「徒くん、ビール飲む?」
    「いただきますっ!」
     慌てたように中瓶を取る恋人に、一も二もなくグラスを差し出す徒。そして、ビールと烏龍茶のグラスを合わせたら――。
    「千尋に注いでもらうビールは最高! いずれは一緒に飲みたいね」
    「お料理も、どれもこれも美味しい」
     季節の小鉢に始まり、お造りに天ぷら、そしてすき焼き……ご馳走と言って差し支えない料理をふたりでいただくのは、きっと何よりの贅沢体験だ。自然とどちらからともなく笑みが零れたその時。
    「……あっ」
     ふたりのこの後を暗示するように、二色の花火が夜空に重なった。
     息子よろしく可愛がっている後輩ふたりに通されたのは、海が見える立派なホテルの一室。クーラーの効いた快適な、そしてリゾート感溢れる煌びやかな空間に、ゆまは思わず口元を押さえて肩を震わせる。
    「こっ、こんな素敵なお部屋、予約取るの大変だったんじゃないです?」
    「そこは、まァ、色々とね。な、スミケイ?」
    「そうそ、日頃の感謝とこれからもお世話になる挨拶代わりにってことで」
     母さんと呼び慕う先輩のそんな姿に、聖太と慧樹はにっと笑ってグータッチ。それを微笑ましく振り返りつつ、ゆまは可愛らしいバスケットを持ち上げてみせて。
    「カットフルーツに唐揚げさんに、おにぎりを持ってきてるのですよぅ。花火が始まったら……あっ」
     閃光の気配、そしてそれに続いた音に、三人の視線が同時に動く。小さなテーブルの置かれた窓際に駆け寄ると、視界一杯に光の花が咲き乱れた。
    「すげー! 超目の前! 大迫力だな!」
     早速唐揚げをぱくつきながらはしゃぐ慧樹とは対照的に、聖太の言葉はどこか淡々として。
    「おー。凄いな」
     けれどその口元にも確かな笑みが浮かんでいるのを見て取って、ふふりとゆまは声を漏らす。――ああ、勿体ないくらい幸せだ。それは何も、この眩しいひと時だけではなくて。
     今が幸せだと、そう思えることこそが。きっと、何より幸せなのだ。
     同じ花火を浜辺の外れで見上げながら、有栖は小さなくしゃみをひとつ。真夏とは言え、お気に入りの水着一枚だけの夜はさすがに心許ない。日が暮れるまで一緒に浜で遊んだ零が、慈しむようにその細い肩を抱き寄せた。
    「こっちおいで、くっついてた方が、暖かい」
     一枚のブランケットを分け合って、そうして二人は花火を見上げる――いや。
    「うわぁ、みてみて! 花火すごいよ!!」
    「……綺麗だ」
     はしゃぐ有栖の隣で呟く零が見ているのは、同じ芯入り菊の火か、それとも。
    「あのね、あのね……これからもずっと一緒にいようね。零のこと、私とっても大好きっ」
     そう口にしつつも、有栖は花火から目を離さない。それは何も、一緒に見る花火がとても綺麗だからというだけではなくて。
     恥ずかしげに染まった彼女の頬をじっと見て、零はそっとそこへ手を伸ばした。静かな、真剣な声音で、そうして彼は愛しい人へと告げる。
    「……今まで、一緒にいてくれてありがとう。そして、これからも一緒にいてくれ」
     ところ変わって、ビーチにほど近いとある公園。ここが地元だというゆのかの案内で向かった穴場からの眺めはさすがに絶景だ。けれど、パニーニャにはどうにも気になることがあるようで。
    「……可愛いからってこの浴衣選んだのだけはミスったわ」
    「せっかくお似合いなんですから、堂々としてた方が可愛いですよ?」
    「花火をヨソにあんまし変なところ見てたら怒るからねっ……?」
     薄手の浴衣に包まれ、ラインのくっきりと浮き上がる身体を腕でガードしつつ頬を染めるパニーニャに、いちごは小さく笑う。胸元や腰周りばかり気にしている彼女は、どうやら髪の間から覗くうなじの放つ色香には無自覚らしい。
    「そんなに恥ずかしいなら、着付けの時に色々大丈夫な浴衣、用意したのに……」
     苦笑しかけたゆのかの瞳が、ふと空を見る。夜空にまた、先ほどまでとは彩りの違う大輪が次々と開くのに気付いて、いちごもまた瞳を輝かせた。
    「すごい、さっき以上の迫力ですね。とてもきれい……♪」
     誘われるように一歩踏み出した足は、けれど小石に取られてもつれて。
    「……っていちごちゃん、あぶな……ひゃわぁ!?」
     何事か言いかけたゆのかが咄嗟に手を出すが、それでも勢いは殺しきれない。
    「アンタたちなにいちゃつい、てっ……!?」
     やれやれと肩をすくめかけたパニーニャも、もつれ合うように倒れ掛かってきたふたりに巻き込まれ、そのまま地面へご案内。両手の柔らかい感触にいちごが赤面したのは、その一瞬後のお話だ。
    (「大学行って旅行して、こんな普通の生活が出来るなんて夢みてぇだ」)
     打ち上がる花火を眺めながら、穣はぼんやりと考える。これからは、自分のようなデモノイドヒューマンも、『普通』に暮らせるのだろうか――と。
    「本当に綺麗だな……」
     乱れた襟ぐりを直すのを半ば諦めたらしいライルが、穣の胸元から顔を出しつつ何度でも襟をつつこうとする『もこた』に指を伸べる。こうして平和に過ごせる時間が一層愛おしいのは、やはりこれまで戦い続けてきた灼滅者ゆえか。
    「また…来年も花火を見に来てもいいかもしれん、な? 遠藤?」
     考え事を続けていたらしい穣が、その声に一拍置いて振り返る。瞬き、そうして彼は頭の後ろに片手をやった。
    「ウッス、俺でよければ来年もご一緒させてくださいっす」
     眼光鋭い顔立ちに照れ笑いの色を滲ませる後輩に、ライルの胸もどこかこそばゆくなる。俺まで照れるだろうと軽く小突けば、穣より先にもうひとりの家族が抗議にも聞こえる声を上げた。
     窓辺から望める海の上を、一隻の遊覧船が行く。さて、その甲板でも、この見事な花火の鑑賞会が始まっていた。
     海風を浴びながら、智は傍らの親友を見やる。
    「また智さんと旅行できるなんて幸せですねぇ」
    「なんだかんだ腐れ縁なのかねえ。幸せなんて、大げさな事言っちゃって」
     爽やかな蝶模様と、涼しげな紫陽花柄が、そうしてゆるりと重なり合った。
     茶目っ気たっぷりに腕を絡めてくるなつみの言葉に軽く返しつつも、智の表情は柔らかい。五千発も上がるという花火の音に隠すようにして、彼女はそっと呟いた。
    「……ありがとね、なつみ」
    「はい」
     声は、しっかり聞かれていたらしい。頬に触れる柔らかな感触に、思わず智はチョップを返した。
    「調子に乗らない!」
     勢いのまま花火に視線を戻し、ついでになつみの目も無理矢理そちらへ向けようとしながら、智は指先で頬を掻く。
    「ほんとに油断も隙もありゃしないんだからなあ……」
     ま、おかげで楽しくバカやれるんかね。続けた言葉に、大輪の開く音が重なった。

    作者:猫目みなも 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年8月5日
    難度:簡単
    参加:34人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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