世界視察旅行~眠らぬ夏とサンタクロース

    作者:西宮チヒロ

    ●giubilo
    「サイキックハーツ大戦、お疲れ様でした。完全勝利、おめでとうございます」
     白いカーテンで陽を幾分和らげた音楽室で、小桜・エマ(大学生エクスブレイン・dn0080)が嬉しそうに微笑んだ。
     まだ幾つかの問題が残っているとはいえ、この勝利によって、ダークネスの脅威は完全に払拭されたと言えよう。
     ならば、次にすべきことは、未来への思案だろう。
     世界中で人類のエスパー化による影響が出始めてはいるものの、社会的にはまだ平穏を保っている今のうちに、世界の未来を考える立場である我々が、世界の実状を目にしておく必要がある。
    「そこで、私たちエクスブレインが、手分けして世界各国の視察をすることになったんですが……皆さんも一緒に行ってみませんか?」
     人数が多いほうが、より多くの情報を得られるだろう。組連合からも要望があったこともあり、修学旅行を兼ねて来てくれると嬉しい、と娘は添える。

    ●White night
    「今回私が行く場所は、フィンランドです。久しぶりに、母の故郷を訪れてみたくて」
     国土の68%が森林、10%が湖沼の、森と湖の国。そしてこの時期は、陽が沈まぬ夜――白夜が国全体を包む。
    「母の実家のあるヘルシンキも素敵なんですが、折角ですからもう少し北のほう……ロヴァニエミを拠点として、ラップランドを巡ってみようかと」
     北欧の白夜は、北に行くほど陽が出ている時間がより長くなる。
     少し見頃を過ぎているが、ラップランドであればほぼ1日中、白夜を愉しめるはずだ。
     宿は、北欧ならではのガラスイグルー。ベッドに寝転がり、ガラスドームを見上げれば、早朝から夕暮れまで、移ろいゆく空の彩が見られるだろう。

     北極圏のすぐ近くに位置するロヴァニエミは、なんと言ってもサンタクロースの住む地として有名だ。
     街から数キロ離れた場所にある『サンタクロース村』では、本物のサンタクロースに会えるほか、クリスマス時期に送られるサンタレターの配送手続きや、クリスマスグッズ――ミニツリーやオーナメントは勿論、サンタやトナカイのぬいぐるみや布・革製品など――の購入もできる。
     また、北極圏への入口となる北極線を超えられるのも、ロヴァニエミの醍醐味だ。
     サンタクロース村の道には北極線を示す線が描かれていて、北極線通過証明書も発行してもらえる。
     けれど、それだけではない。
     ハイキング、サイクリング、乗馬など、自分の好きな方法でロヴァニエミを巡り、北極線を越えることができるのだ。
     街のすぐ近くにある森や湖での、クランベリー摘みや、ボート、魚釣り。
     少し遠出をして、森の中にあるラヌア動物園で動物と触れ合ったり、ハスキー牧場でお気に入りのアラスカンハスキーを連れて森を巡ったり。
     そうやって自然を満喫していれば、ふとした瞬間に、幸せを運ぶと言われる白いトナカイにも巡り逢えるかもしれない。

    「名目的には視察ですが、あんまり気負わなくて良いですよ? 観光のように見てまわることで、情報が集まりますから」
     自然溢れるラップランドの地で、どう愉しむかはあなた次第。
     時間は十分にある。
     この夏の日ばかりは、太陽すら眠らないのだから。


    ■リプレイ

    ●北極圏に寄り添う街
     例えるならそう、水面の青だ。
     季節を映して彩の変わる川のように、ロヴァニエミの夏空はこの国に溢れる湖川の色に似ていた。高い建物もないからこそ、空が広く、そして高く感じるのだろう。
     慣れ親しんだその風景の中を、ウェリーはただ眺め歩く。
     ――もし10年前に最終戦争があったなら。
     思いかけ、緩く首を振った。もう過ぎたことだ。
     そうだ、後で彼女へ手紙を出そう。サンタ切手を貼って、サンタの消印を押して。
     いつか、一緒に来られるように。
    「「乾杯」」
     コーヒーカップを掲げ、ステラとエマは街中のカフェで祝勝会。大仰なステラの表現に、つい吹き出してしまう。
    「久々に本場で食べるシナモンロールは格別です」
    「本当、このパールシュガーがたまらない……!」
    「……小桜様、もう1つ追加してもよろしいでしょうか?」
    「なら、10個くらい頼んじゃいましょう!」
     幸せそうなエマに、ステラの口許も綻ぶ。
     この街が辿った歴史を思えばこそ、穏やかなこの時間が心から愛おしい。
     針葉樹の林を抜けた先のオウナスヴァーラの丘で、一輝は拓けた景色を一望した。度々戦場となった街を眺めながら、良い予行演習になりそうかもな、と独り言ちる。
    「さて、これからどこへ行こう?」
     今度はすこし明瞭に言いながら想う。この旅と、そしてこれからの未来を。
     夏影に深く染まる針葉樹の森に、幾つかの蹄の音が響いていた。
     木々の随に見える陽は未だ明るく、疾うに時間を気にするのは止めた。土の上を歩く鞠音の、そのカンサリスプクの赤が視界に揺れる。
    「思うのです。私達は、もっとこうして触れ合うべきだったのではないかと」
     ぽつり零した鞠音へ、鈴乃が笑顔で熱を預け、緋頼も微笑する。
     未知との接触なぞ恐れて当然。だからこそこれは良い傾向だと暖かな眼差しを向ける白焔の後ろに、白い獣の姿。
    「私たちは、幸せなのでしょうね」
     心からの感謝とともに、指先で口端をぐっと上げ、鞠音は笑ってみせる。
    「わたしもよ。ここまでついてきてくれてありがとう」
    「みんなとなら幸せなのです。だから、すずのは⼀緒ならどこにだって行っちゃうのです♪」
    「うむ。どこへなり付き合うぞ。私が今更、離れる筋も無い」
     これからもよろしくね。笑顔の緋頼に、仲間たちの微笑みが重なった。
     未来なぞ解らない。――それでも、皆となら。
     摘まみ食い隠蔽作戦のクランベリー殺人現場に、俺も生の現場は初めてですね、と想希も苦笑する。
     与え合った果実の酸味のように、これからも直接赴き知っていきたい。世界を。互いを。
     愛している。ふたり改めて言葉にした気恥ずかしさをベリーで誤魔化す悟に、寄り添う想希もくすくすと笑う。
    「一緒に、菓子も世界も、もっと甘くて優しくしていきませんか?」
    「せやな。誰もが笑ってられる世界にしよや」
     皆の幸せのために。交わした笑顔は、揺るぎない誓い。
     ケミ川の長閑な風景を愉しみながら、ロウソク橋へ。欄干にもたれかかり、翠と沙希はほんの少し薄紫の混じる空を仰いだ。
     オーロラは白夜では見えぬことを知ったのはつい先程。だが、一番大事なのはこうして共にいることだ。他愛のない話から過去や将来まで、語り合い笑い合う。
    「さっちゃん、ずーっとよろしくお願いいたします、なのですよ」
    「お姉ちゃん、こちらこそですよー」
     両親の死も責めることなく、ずっと優しく護ってくれた姉の頬へ親愛の口づけ。
    「大好きだよ、お姉ちゃん」
     見えずとも今、オーロラは空に在ると信じながら――最大級の感謝を。

    ●サンタクロースと想いの手紙
     街から伸びる道を真っ直ぐ北東へ。白樺の木が増えてきた先、点在する鉛筆のような愛らしい三角屋根が見えたら、そこが目的地だ。
    「本物とかいるんだな……ここは職場か住居か。どっちも?」
     貢のガイドブックを覗き込むキィンの傍ら、サンタの願い事の想い出を尋ねるひな菊。貰ったことのない才葉と夜音のいじらしい言葉に、来年は嵐サンタになろう、と嵐は密やかに誓う。
    「あ、北極線、見つけましたよ!」
    「此処を越えれば北極なんですね」
    「ちょっとどきどきしてきちゃいました」
     ふふ、と笑うひな菊と音雪。違う世界へと飛び出す。皆とでなければ、きっとできなかった経験だ。
    「そうだ、写真撮ってもらおうぜ!」
    「これだけ分かりやすい線なら、見返したときもすぐ分かるってのはありがたい」
     関心めいて口端を上げるキィンの傍ら、
    「通訳なら任せてくれ!」
    「野乃は準備がいいな」
     俺も用意すりゃ良かったかな、と苦笑する翌檜にサムズアップする御伽。ならば手も繋ごうと提案したひな菊は、隣においでと小太郎も誘う。
    「いいですね、お写真も、おててを繋ぐのもっ」
     無邪気な笑顔の音雪と夜音が手を繋ぎ、
    「へへ、なんかいいな? 心があったかくて嬉しい気持ち」
     そう笑う才葉の手に、嵐も自分の手を重ねる。皆となら不思議と恥ずかしさはない。
    「しかし……こうして一列に並ぶと大所帯だな」
     こういうことに不慣れな貢の声に、夜音もまた、一列に並んだ仲間たちを見渡す。
    「ふえぇ……皆おっきいさん……」
     気づけば自分が一番の低身長。長い月日が経ったのだと感慨に耽り始めたところで、
    「……皆、準備は出来たか?」
    「じゃあ、せーので一歩足出せよ?」
    「準備はバッチリだ、野乃」
    「おう」
     いつもの口調ながら口端を上げる嵐に、つられてにまりと御伽も笑って。
     ゆっくりと全員を見た後、一呼吸して――。
    「せーの!」
    「よっ、と」
    「……あ」
    「ふぇっ」
    「ひぇぇ」
     スマートに着地の翌檜。やや跳躍しすぎた嵐は、引っぱられ前のめりになる夜音と音雪に、ふは、と思わず笑みを零した。繋がる温もりと同じくらい、心が温かい。
     咄嗟にポーズが取れず唯の見返りになった己に、微かに笑う貢。それに釣られ、ひな菊が、夜音が、音雪たちも笑う。
     愉しく幸せな時間をくれる大切な仲間たちとの、新たに生まれた大切な想い出。
     その景色を眺めながら、翌檜もまた、柔らかく微笑んだ。

     一緒にサンタ探そうよ! と駆け出す朱里の後をエマが追う。それに続いた美雪も、肌に触れる涼やかな風にちいさく微笑した。
    「プレゼントくれるかな……?」
    「時季外れじゃないか?」
     サンタからの贈り物なぞ縁のなかった朱里を察したのだろうか。美雪は敢えて軽く返しながら、地図を頼りにサンタクロース・オフィスを探し当てた。興味は薄いが、それでも本場の当人には一目逢ってみたい。
     息を飲み扉を開ければ、そこには白く長い髭を湛えた老人の、暖かな青い瞳。
    「は、初めまして!」
    「うわあ……優しそう。会えてうれしいよ!」
    「……失礼、本物は威厳が違うと見とれてしまった」
     私も逢えて嬉しい。そう笑顔で返すサンタクロースと並んでの記念撮影はきっと、すこし早いクリスマスプレゼント。

     クリスマス一色の建物内で、グッズや手紙に想いを馳せながら交わす想い出。
    「サンタさん、夏も居てくれる……かな?」
    「大丈夫だよ」
     昔と同じように、顔を近づけて笑顔で頷けば、子供のような伺う視線につい緩んでしまった瞳に気づいたのだろう。さくらえは軽くむくれるも、サンタを見つけるなり小走りに駆け寄った。
    「とりさん! 写真撮ろうよ!」
    「もちろん!」
     子供のように煌めく瞳で手招かれ、無邪気な子供のように胸を高鳴らせながら、勇弥も満面の笑顔で歩き出す。
     お土産はサンタのぬいぐるみにしよう、と売り場をちらりと見ながらサンタを探していた愛梨も、
    「わーい! サンタさん!」
     本当にいたんだ! と胸躍らせながらご挨拶。
    「本当……立派な、お髭」
    「すごいね、地毛、なのかな?」
    「瑠璃……お髭を見て、綺麗と思ったのは初めて、よ」
    「確かに、綺麗なお髭」
     すこしだけ触れてみたい、と両の手で蒼妃の指先を包む瑠璃。そっと握り返しながら蒼妃が問えば、老人は碧眼を細めて柔らかく頷いた。
     幸せの魔法に浸ったあとは、買い物に行こう。
     互いへのサンタレターを出して、プレゼントを選び合おう。
     ふたり迎える未来を想えば、きっと。重ねた掌のぬくもりのように、とても幸せな気持ちになるはず。
     サンタさんは実在すると語る茨へジト目を向ける想々も、最近はクリスマスを愉しいと思うし、本物を前にすれば緊張もする。
     茨の背に隠れていた想々をそのまま引き連れ、サンタの快諾を得てお髭もふもふ!
    「え、えへへ。ぎゅってしてくれた。それに頭、よしよしって。あ、想々ね、あのふくふくのお人形――」
    「ん? どうした?」
    「……忘れて。ちょっと、浮かれてた。って、そっその笑顔と手、なんですか……!」
     つい毀れた微笑みのまま。ごにょごにょもだもだする愛おしい娘を軽く抱き寄せる。

     溢れんばかりのクリスマスグッズに胸が踊り、サンタ宛の手紙に貼られた様々な国の切手に瞳煌めく。世界中の子供たちの想いの詰まる切手のうちいくつかを自分用に買い終えた穂純は、見かけたエマを呼び止めた。
    「叶君にお土産を買いたいんだけど……このククサと、フィンランドエルクレザーのお財布と、どっちがいいと思います?」
    「穂純ちゃんからならどっちも喜ぶだろうけど、強いて言えばククサかも」
     ククサは贈り物として得て初めて意味があるものだから。そう言って微笑むエマに、穂純も笑顔を返す。
     いつか冬にも来られたらいい。空彩る、天空のカーテンを眺めに。
    「サンディ、ついに本物のサンタ村デ、本物のサンタさんニ……!!」
    「優しくていい人だったなー?」
     興奮冷めやらぬ様子にリュータも嬉しく思いながら、土産にとちいさな木製のソリを手に取った。揃いではないが、サンタの相方ならばソリは一台で十分だ。
    「将来は二人でココに住むことになるかもしれないですヨ!」
    「それじゃあ、寒さに慣れる練習しねーとなー?」
     希望で溢れた、ふたりの未来という名のプレゼントボックス。
     腕を絡めて笑うサンディに、リュータもまた、揃いの柊飾りを揺らして笑みを返した。
     カラフルなポスト――『サンタレター』の前で足を止めた、みかんとサズヤ。
    「……俺達も、送ろうか」
    「そうね!」
     みかんは母とサズヤへ。サズヤは寮の仲間と保護者へ。ひょっこり顔を出しただいだいも、スタンプぺたり。
     もう誰も闘わずに済む。それはクリスマスのように暖かく嬉しいこと。
    「ふふ、サズさんなんだか嬉しそう……」
     ほわりとみかんが微笑む。すべて理解してくれる人がいる。それが、幸せでたまらない。
     お土産も買って帰ろう。この暖かさと優しさを、みんなに伝えるために。
     そして、もっとたくさんの幸せを、愛おしい娘へ返せるように。
    「ね、ね、これやろー!」
    「サンタレター、でございますか」
     はしゃぐルーシーに誘われるまま、グローリアも言葉をしたためる。
     今日この時まで仕えるとは思っていなかったこと。今は、出逢えた幸運に深く感謝していること。そして、これから先も誠心誠意仕える誓い。
    「あっ、見ないで! クリスマスのお楽しみなんだからねっ」
     慌てて隠したのは、普段は恥ずかしくて言えない感謝や、好意、信頼。そして、共に在ることを選んでくれた心からのお礼。
     卒業後の世界旅行。そのときも、必ずふたりで。

    ●ハスキーと白鹿の森
     サンタクロース村に隣接するハスキー牧場では、ハスキーに囲まれての至福の眠りを仲間に阻止されたレミが、
    「仕方ない、トナカイ着ぐるみの直哉さんで我慢するっす」
    「レミっちこんな所で大胆な……って重いー︕」
     毬衣と一緒にトナカイとのふれあいを楽しむ直哉の背へ凭れかかるように抱きつき、そのまますやぁ。
     次いで訪れた先では、
    「結構色んな子がいるっすね。……てか、多っ!?」
     出迎えてくれた20頭以上のハスキーたちに、着ぐるみが紛れていても解らないのでは、とレミが目を丸くする。実際、別名着ぐるみ探偵団の制服たる白犬の着ぐるみ姿の藍も紛れているが、確かに見事に溶け込んでいた。
    「もふもふなんだよー」
    「幸せ~っ♪」
    「ふたりとも、めっちゃ生き生きしてるな」
     わしゃわしゃもふもふ幸せ笑顔のミカエラと毬衣。つられて笑みながらブラッシングをする弟の隣で、咲哉も仲間たちの様子に口許を緩めた。また冬場に来るのも愉しそうだ。
    「白いトナカイ見ると、幸せになれるんだって︕」
    「じゃあ、足跡辿って探しに行こう︕」
     黒毛のハスキーと一緒に転がる勢いで駆け出したミカエラの声に、直哉がすぐさま飛び出して、
    「まってくださーい」
    「私も探しに行くっすよ︕」
     ぱたぱた尻尾を振って駆け出すハスキーたちとともに、藍とレミも追いかける。
    「転ぶなよ」
    「どこにいるかなー︖」
    「きっと見つかるさ」
     きょろきょろと見渡す毬衣へ咲哉が柔らかに言った瞬間、
    「あっ︕ って着ぐるみだった︕ も~、誰っ︕」
     仲間へと振り向いたミカエラの向こう。ひょっこり顔を出した白トナカイの姿に皆が気づくのは、もうすこし先のこと。
    「白いトナカイに気付いて見せる、そんな自信のある子はいるかしら?」
     尋ねた魔女へ得意気に鳴いた白灰の先導で、ふたり森へ。
    「ねえ、この間の京都のこと……」
    「ああ、それが――」
     心中をぶつけてみれば、意外なほどすんなりと承諾された。同居中の姉・サラが、先んじて両親へ電話をしていたのだ。愛情は時に枷になる。もう解放してやれ、と。
    「……恵理さんには、感謝してもしきれませんね」
     そう感謝と微笑みを返す娘と魔女の間で、白影を見つけた友人が誇らしげにひとつ鳴く。
     告白されたと妹から聞いた彩歌は、ハスキーを撫でる手を止めた。
    「輝乃はどうなんです?」
    「わからない。でも……ボクの⼀番星か月のように感じることがあるんだ」
     去年、父の最期を思い出したあの時から。
    「ねぇ、姉さん。……ボク、我儘になっていいのかな?」
    「輝乃は、⼀杯欲しがっていいんですよ」
    「……ありがとう」
     相手が19歳と聞いて親のような心境になるも、それでも。
     幸せになって欲しい。他の誰でもない、この子には。
     一緒の修学旅行が叶って緩みがちな頬のまま、小太郎と希沙は森をゆく。
     縋り、寄り添い、そうして互いに眠れぬ夜を幾つも超えて得られた安寧の夜。
     綺麗だ。
     重ねた温もりと心を感じながら毀れた声。少年時代への別れの言葉。
    「白い馴鹿さん逢いたいなぁ。小太郎の親戚さん? なんて、ふふ」
    「ふ。遠縁の鹿ですって声掛けてみる?」
     この熱と笑顔が、自分にとっての幸運と喜び。だから逢えずとも、今夜も良く眠れるだろうけれど。
     それでも、と願ったその時。草陰からひょっこりと、雪色のちいさな尻尾が顔を覗かせた。
     ハスキーとの交流を語らっていた声が止み、エマは不思議そうに傍らを見た。
    「……もう一度逢えれば、と、そう思うんだ」
     呼んで欲しいけれど、難しいのかもしれない。それでも、もう一度。
    「……冬舞さんからは呼ばないんですか?」
     求めている癖に執着はない彼女ならば、自ら呼ぶことはないだろう。けれど、こうも言っていた。呼ばれるまで待っていると。
     未来を見ることはできない。――けれど。
    「冬舞さん、あれ……!」
     ひとつ跳ね、白夜へと溶けていった白い獣に、懐かしい姿が重なった。

    ●北極圏を越えて
     サンタとの交流に浮き足立つ心地のまま、周とエマは自転車で北へと繰り出した。真っ直ぐに伸びる幅広の道。両側には白樺の木が連なり、眼前には唯々自然が広がっている。
    「急ぐ必要もねえし、マイペースに行こうなー」
    「はい!」
     誰かと居るのなら、共に愉しむのが一番。約束も果たし時間は十分あるが、今はこの瞬間を満喫したい。
    「お! あっちも面白そうだな!」
    「シティマーケットですね。行ってみましょう!」
     寄り道こそ旅の醍醐味。意気揚々とペダルを漕ぐ。
     ロッカの街に隣接するロカン湖を、流希の車がなぞるように走る。そうして着いた場所は、柚澄の懐かしい我が家だ。
    「お邪魔しますっ!」
    「ヒュヴァーパイヴァー♪」
    「大人数で押しかけちゃってごめんなさい」
     風景やトナカイ撮影を満喫した徒の溌剌とした声に、くるみと結衣菜が続く。温かく出迎えた柚澄の両親と祖父、魔女の祖母は、最後にファルケへと微笑んだ。
     美味しい料理と一宿のお礼には、ウクレレやギターをお伴に歌と歓談。仲間たちの語る柚澄の学園話を、徒の写真や動画が盛り上げる。
    「あの、パパ、ママ……」
     家族へと改まる柚澄の傍ら、緊張を隠しきれないファルケに気づいた徒が肩を叩きながら耳打ちする。
    「まあ覚悟決めて、当たって砕けろ!」
    「……ああ」
     打ち合わせ万端。心強い仲間たちもいる。あとは直球勝負あるのみだ。
    「そろそろご挨拶してるかな。運命の人ができたって」
    「どんな気分だろうね……」
    「ふふ、当事者でもないのにドキドキしますね♪」
    「やはり、父親の『一発、殴らせろ』って、起きるんでしょうか……?」
    「大丈夫、二人ならきっと受け入れられるよね……♪」
     見合いの席よろしく隣室へと移動した結衣菜も、ついついにやにや。伺う様子の徒に紗里亜が微笑み、流希の疑問にくるみが太鼓判を押す。
     ――これ、ポケットに入れておくといいですよ~♪
     そうくるみがくれたハートのクイーンのカードには、がんばるもんですよ♪ のエール。
     二人とも頑張って! と笑顔で送り出してくれた紗里亜。結衣菜からのオルゴール。仲間からの声援を胸に、柚澄はゆっくりと口を開いた。
    「ボクは、ファルケ・リフライヤさんと結婚します」
     それは、揺るぎない幸せの言葉。
     そして真剣な眼差しのふたりへと、家族はとびきりの笑顔で頷いた。

     仄かに茜に染まり始めた天蓋を、影を帯びた雲がゆっくりと流れ、川は残照に燦めきながら穏やかに波紋を描く。
     白に包まれた世界が、ほんのすこしずつ彩りを変えてゆく。
     人通りの少なくなってきた街を背に、荒く息を吐きながらひたすらに歩いた先。北極圏境界線を越え辿り着いた丘で、空は美幸と眼下を見渡した。
     ハセベミユキが終ぞ見ることのなかった、悪意満ちるこの世界に、けれど確かに在るその断片。
     屹度あの最後の瞬間、共有できた何かがあった。
     だからこそ、傍らの娘が何であろうと構わない。今は唯、ふたりでこの景色を覚えていたい。
     エマの予知があったからこそ、沢山の人や場所と出逢えた。どれも愉しかった――闘いさえも。
     だからこそ改めて、大切な親友へ。
    「お疲れ様、そしてありがとう」
     一度瞬いた翠の瞳が、涙で滲む。くしゃりと顔を歪ませると、エマは都璃の胸へと額をつけた。
     逃げ場はいつしか誇りになっていた。そう思って良いのだと赦されたような気がして、大粒の涙が森の土へと染みてゆく。
    「私だって、都璃にありがとうって言い足りないくらいだよ……」
     日常が愛おしいと思えるようになったのは、あなたのお陰なんだから。
     湖畔の穏やかな林の中。景勝地とさえ言える美しい場所に、ドイツ兵集合墓地はあった。
     静謐な空気に包まれながら、ルティカが東を――カレリアの国境と、故郷を見つめる。
    「よもや、近寄れる日が来るとは思わなんだ」
     ベリーを手に漫ろ歩いた森から見たロヴァニエミの街の屋根。闘いの痕跡。
     いつかは、あれを拾いに行ける日もくるのだろうか。
     密かな愉しみだったガラスイグルーで過ごす夜。硝子越しに見る、万華鏡のように彩移り変わる空を見られるのも今宵が最後だ。
     今度は冬に来ましょう、とはしゃぐ声がいつしか静まり、壱の掌に熱が重なった。
    「眠ってもいいよ」
     重い瞼を堪えるみをきに優しく言えば、壱さん、と囁く声。
    「……一緒にこの景色を見られて、しあわせ」
    「ずるいなあ、みをきは」
     微睡みのまま微笑み、閉じる瞳。その笑顔だけで倖せにしてくれる愛おしい寝顔に、嘆息と苦笑が漏れる。
     離れぬように。目覚めたときに、すぐ逢えるように。手を繋ぎ直して寄り添い眠る。
     眠らぬ夜に――おやすみなさい。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年8月5日
    難度:簡単
    参加:61人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 7
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