「さて、と……サイキックハーツ大戦が終わって、これからのことを考えていかなきゃいけないわけだけど……」
村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は顎に手を当てて、視線を澄んだ空に向けてさまよわせた。
「現在のところ、人類のエスパー化による影響はまだ情勢を揺るがせるほどには至っていない。だから今のうちに、学園のエクスブレインが手分けして世界各国の視察を行うことになったんだ」
それで、とエクスブレインは灼滅者達をちらりと見た。
「せっかくだから、一緒に来てもらえないかな? 君たち灼滅者がその目で見ることで、得られる情報はより多くなるだろうしね。ちょうど組連合からの要望もあったことだし、該当学年の皆は修学旅行も兼ねて来てくれると嬉しく思うよ。僕が担当する場所は――」
用意していた地図を広げ、彼はエーゲ海に浮かぶ島々を指差した。
「ギリシャ、サントリーニ島。海岸から見渡す限りに白壁の建築がそびえ立つ、絶景のリゾート地だ」
まずは1日目、アテネを経由してフェリーでサントリーニ空港へ。
バスでフィラを経由して、北端の街『イア』に向かう。到着は午後の予定で、バス停の近くにあるコーヒー屋やジェラート屋で休憩してからホテルへ向かい、チェックイン。荷物を置き、イアの街並みを橙色に染め上げる夕暮れが見られる時間までは自由行動となる。
2日目はカマリビーチで海水浴。
黒い砂浜を埋め尽くすようにパラソルとビーチチェアが並び、すぐ近くにはギロピタという薄い生地に肉を挟んだファーストフードや飲み物を提供するカフェもある。
3日目はたくさんの屋台や雑貨屋がひしめき合う『フィラ』の街に移動。
島の風景を模した置物やバッグ、アクセサリーやオリーブオイルなど、様々なお土産物が扱われている。ランチには、名物のタコ料理や海産物のパスタ、フェタチーズとオリーブオイルの利いたグリークサラダ等々、海の幸を堪能できるギリシャ料理が目白押しだ。
島のマスコットでもあるドンキー(ロバ)に乗っての探索もできるらしい。
「今回の視察の目的は、あくまでその目で情勢を見て回ることなんだ。まだ、灼滅者がエスパー問題にどうかかわっていくかの方針も出てはいないしね。今のところは観光と変わらず来訪する形だけで十分。旅費にも余裕があるから、もしやりたいことがあれば提案してもらえると助かるよ。例えば、結婚式とか」
サントリーニ島には挙式を行えるホテルがある。希望があればこちらで予約しておくので、遠慮なく言ってほしい。
そう言い結ぶと、エクスブレインは同行を了承してくれた灼滅者たちに旅行のパンフレットを手渡していった。
●黒の砂浜と異国の味惑
「この席からも海が見える……!」
ギロピタを手にカフェの席につきながら、リヤンは顔を輝かせて煌めく水平線を見つめた。
「砂浜も、見えるっすね」
煌介の声色は精一杯に柔らかい。
「海側からの景色とは、また違った良さがありますね……!」
感嘆の息を漏らしたのは悠仁だ。彼は心地よさそうに海風を受けながら、ふと思い出したように言った。
「……そう言えば。ここは砂が黒いゆえ、日光が反射しないと聞きました。眩まないから、この瞬間を目に焼き付ける事ができる――」
小さく微笑んだ悠人は、はにかみながらも思ったことを口にする。
「お二人にどこか似ているような気がします」
自分よりも優しく、眩しく、されど共に在る事を許してくれるこの兄妹に。リヤンと煌介は顔を見合わせて、恥ずかしげに頬を染める。
「感謝……手引いて、水泳、教えてくれて」
照れ隠しのように話を変えると、悠仁は「こちらこそ」と頷いた。過去の心傷によって息を詰めるのが苦手な煌介がそうできたのはただ、彼を信頼していたからだ。
(「信頼してくれて有難う」)
無粋な言葉を伝える代わりに、ゆっくりと瞼を伏せる。
ギロピタの甘酸っぱい味も、潮風の爽やかさも、二人の笑顔も。それら全てを胸に深く刻みながら。
「……改めて。誘ってくださり、有難うございました」
「この旅も、これからも。もっともっと、一緒に遊んでくださいね。煌介さんも、少し泳げるようになってきましたし。あの綺麗な海の水……とても綺麗で、悠仁さんみたいって煌介さんと話してたんです」
「え?」
目を見開く悠仁に煌介は頷いた。
ああ――心地よい時間は瞬く間に過ぎていく。
嘘のように穏やかな時間は、けれど確かに【影花月】が彼らの手に掴んだ、かけがえのない宝物。
「やっぱり地元料理には挑戦しなくっちゃ。おじさん、ギロピタ二つね」
目の前で包まれていく、見慣れない具材たち。
今にもビーチへと駆け出していきたい衝動を堪え、颯人と彩が立ち寄ったのがギロピタの屋台だった。
「意外と普通の見た目してる……」
ケバブみたい、と呟きながらぱくりと食いつく彩を見守っていた颯人が、くすりと笑んで指を伸ばす。
「ヨーグルトってのがギリシャならではだよね……ってもう彩ちゃん、欲張りすぎ」
口許をぬぐった指先を舌で舐め取る颯人に彩は一瞬どきりと目を瞑り、それからわざと唇を尖らせた。
「調子乗んないの」
叱る振りの照れ隠しで誤魔化すついでに、ぺろっと残りのギロピタを平らげて席を立つ。
「ほら、海いこ。競争よ」
「えっ、待ってもう? え、競争!?」
「そ。ほら、先行くわよ」
羽織っていたシャツを脱ぎ捨て、彩は意地悪く片目を閉じてみせる。颯人は慌ててギロピタを詰め込むと、砂浜に落ちたシャツを拾い上げてその背を追いかけた。
「彩ちゃん、ちょっと! 待ってってば!?」
「峯村、はやくー」
「ああもう、人の気も知らないで」
小さく、誰にも聞こえない声で想いを零す。
――君の肌を誰にも見せたくないんだって、焦る気持ちを眩い陽と煌めく海が加速させる。
「カマリビーチの砂浜って少し黒いのね。エキゾチックで素敵だわ」
人目を惹く肢体に水着を纏ったシルキーは、想々をシュノーケリングに誘った。
「さっきやってる人を見たのよ。想々さん、良ければ潜ってみません?」
「わ、やったことないから楽しみです。それに、陽で熱くなったからだも冷やせそう」
「それじゃ、決まりね」
とぷん、とシュノーケリングをつけて海に潜った想々は恐る恐る目を開けた。足先がひんやりとした海底について、佇む周りの世界に息を呑む。
(「す、すごいすごい!」)
目を輝かせながら感動を伝えようと頑張る想々が微笑ましくて、シルキーは何度も頷いた。
そこはまるで、海洋神話の世界。
光と蒼が魚たちと輪舞を踊りながら二人を誘ってくる。
泡と消える言葉の代わりにその瞳を覗き込めば、きらきらとした笑顔。
(「嗚呼、一緒に旅ができてよかった」)
想々は心底そう思って、照れくさいけれど嬉しい気持ちでいっぱいになる。
シルキーもまた、そんな想々の仕草から想いを受け取って、いつしか心が満ちていく。
「また、旅に出ましょうね」
砂浜に上がりながら微笑むシルキーに想々は花が綻ぶように微笑んで、「うん」と確かな約束を交わした。
「奇麗な海だね。日本とはまるで違う」
遥かな海原の美しさに目を奪われつつも、千尋はそれ以上に眩しい【クローバーハウス】の水着姿に感嘆の声を漏らした。
「3人ともそれに負けないくらい綺麗だよ。新しい水着もよく似合ってる。ユーリは大きくなったよね」
「ん、まだまだ……神父様たちにも、タシェお姉ちゃんにも、佳奈子お姉ちゃんにも、背とか……追いつかない、し……」
いじらしく恥ずかしがるユーリを、タシュラフェルが悪戯っぽい笑顔で抱きすくめる。
「ユーリも後何年かしたら追いつけるわよ。おまじないしてあげましょっか……えいっ♪」
「わ、わ……!」
「ふふ。私のおっきぃところ、おすそ分け」
身体を密着されたユーリの真っ赤になった頬をタシュラフェルが揶揄うように突いた。
「微笑ましいですねぇ」
自分も少しだけ水着姿が気恥ずかしくて、微かに頬を赤らめたまま佳奈子はパラソルの下に腰かけようとした。
「こんなに深い色をした海、初めてです! 一緒に来られてよかったですね、千尋さ……ひゃっ!?」
「花柄がよく似合ってる、かわいいよ姉さん」
肩を抱き寄せられたついでに唇まで奪われて、今度こそ佳奈子は耳まで真っ赤になった。両手で口を押さえ、その場に座り込んでしまう。
「わ、わ、神父様、佳奈子お姉ちゃん、大胆……」
手で顔を隠しつつ、ちらちらと好奇心を抑えきれないユーリの前で、二人の惚気は続いている。
「あうぅ、う、嬉しいですけど、反則、ですよぅ」
「ふふ、姉さん可愛い」
あらあら、とタシュラフェルの唇に笑みが刻まれる。
「佳奈子はしっとり落ち着いた可愛らしさ、ユーリは明るく無邪気な可愛さ、って感じがして、どっちも素敵だものね。手を出したくなる気持ち分かるわ」
「タシェは、水着からこぼれそうだ……気を付けて」
こくこくと、佳奈子とユーリが首を縦に振る。
「はい、あーん♪」
鶉の差し出す辛味を抜いたギロピタを、ルチルは髪を手で抑えながら素直に頂いた。
「美味しい……鶉も、して欲しい?」
幸せそうに頷く彼女にピザを食べさせてあげる。テーブルにはジューシーなドリンクやフルーツも並び、楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
「泳いで冷えた体に温もりが心地よいですね、ルチルさん」
ひとしきり海で泳いだ後で、綺麗な海原を眺めながら鶉はそっとルチルを抱き寄せた。濡れた灰色の髪が鶉の肩から腕にかけて流れ落ちていく。
「ほら、ルチルさんから贈られた指輪」
指を絡めながら、左の薬指に嵌めたそれが異国の陽を受けて輝くのを二人で見つめた。
「……海外旅行、来れるなんて思ってなかった。連れてきてくれて、ありがとう……」
「いえいえ。そういえば、挙式を行えるホテルもこの島にはあったのですね。ふふ、今度来たときは――……」
重なる唇。
ただ揺蕩うことしか知らないルチルに鶉が教えてくれた、沢山のこと。必要とされ、期待され、信頼され、恋慕されること。
「次、何を教えてくれる? ずっと一緒、居ようね?」
「まだまだ沢山お教えしますわ。ずっと一緒にいましょうね♪」
ぴったりと繋いだ指と指。
間近にある瞳を愛しげに見つめ合い、寄せては返る波の音を聞きながら、どちらからともなく微笑みが零れた。
●フィラの街並み
「水野、もうすぐ坂道の上だ」
ドンキーに乗ってゆったりとフィラの街を探索していた葉月と真火は、展望台から見晴るかす白い壁と青い屋根の光景に目を瞠った。
「すっげ……テレビや写真なんかで見て憧れていたけど、実際に来れる日が来るなんてな」
「ええ、本当に……」
隣で感動した様子の真火に、葉月が告げる。
「しかも、最愛の人と一緒に……なーんてね」
「……もう、葉月さんったら……」
真火は帽子のつばを指で下げて照れ隠しに呆れて見せるものの、赤くなった耳たぶまでは隠せていない。
「バスカニアっていうんですか……? 魔除けにもなるんですね」
露台に並ぶ土産物の中からお守りを選んだ葉月の買い物かごには、友人に配るためのハチミツやオリーブオイルの瀟洒な瓶詰が。
「僕もミシェルに何か買っていってあげようかな」
「よし。それ見つけたら食事へ行こうか。海産物の美味しいって評判のレストランを予約してあるんだ」
「……え? 何時の間に……」
手際の良さに驚く真火へ笑いかけた葉月は、店を出ながら気持ちよさそうに伸びをした。爽やかな異国の風と高い空はそこはかとない解放感を呼ぶ。
「二人っきりの旅行、楽しもうね」
「……はいっ。沢山、思い出作りましょうね」
雑貨屋を彩るストールやアクセサリーの鮮やかな色合いは見ているだけでも心が躍る。特に気に入った品を手に取りながら、緋沙は心愛と一緒に買物を満喫していた。
「わぁー、このネックレスとか綺麗ですよ。こっちの服とかも可愛いですし、迷っちゃいますね!」
「どれも素敵だよねー、全部ほしくなっちゃう!」
「心愛さんはこの服とか良く似合うんじゃないですか?」
それは、華やかな赤を基調としたコットンのキャミワンピース。ぱっと心愛の顔が明るくなって、「うんうん」と力強く頷いた。
「それ、確かにいいね! あ、二着あるみたいだし、お揃いでとか、どうかな?」
「いいですね! 今度これ着て遊びにいきましょう」
会計を終えてから向かったレストランは高台にあって、街を広々と見渡せる。二人はここでも談笑しながら仲良くメニューを覗き込んだ。
「やっぱり、ここはパスタとか頼んでみましょうかね」
「パスタ、おすすめされてたもんね。違うのを頼んで食べさせ合いっこもいいかも」
「賛成です!」
運ばれてきた海鮮盛りだくさんのパスタを互いに分け合って、二人は「美味しい!」と歓声を上げた。
「じゃあ、撮るよ」
肩をくっつけるようにして、フィラの街を背に二人で撮った写真には緋沙と心愛の仲良さげな笑顔が写っていた。
●貴方と共に
「う、うわぁ……」
盛装して鏡に映る自分の姿に侑二郎はかつてないまでの羞恥を覚えた。しかも、隣の百花が唇に指を添えて嫣然とした微笑みを向けてくるので、より一層動きがぎこちない。
「ふふ……ゆー君の慌てふためいた顔、中々愉快だったわ」
「百花さんの小悪魔……」
息も絶え絶えに、次の撮影場所へと移動する。
そこは中庭に設えられた、ブーゲンビリアの咲く白いアーチ。一通りの撮影を終えてカメラマンが退いた後で、侑二郎は勇気を出して百花の手を握り、真っ直ぐに目を見つめた。
「あの、キスしてもいいですか」
「……えぇ、もちろん。嬉しいわ、ゆー君」
ほんの僅かな驚きと、それ以上の嬉しさが百花を余計に美しく見せる。
「あ――」
唇が離れた途端に抱き留められて、百花は微かに声を上げた。
「しばらく、このままでもいいですか……」
吹き抜ける風が花びらと二人の髪を揺らしていく。目の前にある侑二郎の耳が真っ赤に染まっていた。
「きっと、今俺、すごく恥ずかしい顔をしているので」
「見せてよ」
「うぅ……」
くすり、と百花が吹き出した。
「冗談よ。心地良いし、もう暫く……このままでいましょ」
「お、おぉー!」
衣装を纏って出てきた羽衣を見た瞬間、慧樹は思わず息を止めた。
ベルラインと呼ばれるふんわりとしたスカートのウェディングドレスは、可愛らしい羽衣のイメージに凄く合っていて絵本から抜け出したお姫様のようだった。
爪先の少し上でふわふわと揺れるスカートの裾が動きを作って、羽衣が歩く度に腰のリボンと一緒に華やいだ雰囲気を醸し出す。
「やばい、凄い綺麗……」
「スミケイも格好いいよ! すっごく似合ってる。素敵」
シャツにベスト、ハーフパンツに蝶ネクタイをつけたカジュアルな慧樹の手には、白と緑を基調とした中に水色の花が咲く今日のために用意したブーケ。
「結婚、してください」
慧樹は羽衣の前に膝をつき、両手で掲げ持ったブーケを恭しく差し出した。
「もちろん、するわ。ずっと一緒にいてね」
立ち上がり、ピュアホワイトのヴェールを上げると濡れたように輝く羽衣の瞳が慧樹を見つめている。
(「昔は私のほうが背が高かったのにね」)
背伸びする分、一緒にいた時間の長さに思いを馳せて。
「……嫌って言うまで隣にいるよ」
唇が触れ合った瞬間、カメラのシャッターが下りる。これから二人で歩む時の中、そばにいるだけで勇気と幸せをくれる王子様と彼に愛される姫に限りなき祝福を。
白のタキシードに袖を通して吹き抜けのホールで待っていた広樹は、澪音が階段を降りてくるのを見上げた時、あまりの美しさに言葉を失ってしまった。
「とても……本当にとても綺麗だよ」
繊細な薔薇のレースと刺繍を施された白いプリンセスラインのウェディングドレスに身を包んだ澪音は儚いまでに美しかった。
「ありがとう……広樹もとてもかっこいいわ」
そう返すのに時間がかかったのは、澪音もまた広樹に見惚れていたからに他ならない。頬を染めながら彼の隣に寄り添った澪音はカメラマンの指示に視線を上げ、幸せそうに微笑んだ。
「いつかそう遠くない内に本当の結婚式をしたいな」
撮影の後、窓辺から海を見つめながら呟く広樹の言葉に澪音はゆっくりと、けれど強く頷いた。
――いついかなる時も、私は貴方と共に。
それは少し早めの誓いのキス。
清かな蒼い海と無垢な白壁の街で交わされる、ブーゲンビリアの花色のように甘く情熱的な愛の証。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2018年7月25日
難度:簡単
参加:23人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|