闇堕ちライブハウス～本当の自分

■リプレイ

　背中から翼のように生えた幾つもの水晶が、闇の中に薄く蒼く輝いていた。手にした細剣の刃も強い青色の光を放ち、これは普段と変わらぬ古風な群青色のドレスの上に複雑な青の陰影を作り出している。
（「ふう」）
　竜胆・藍蘭（青薔薇の眠り姫・d00645）は大きく息を吐き出すと、己の全身を駆け巡る形容しがたい感覚を確かめるように、細剣の柄を強く握り直した。
「闇堕ちですか、滅多に使った事の無い力ですけど」
　続く言葉は己の胸に納めて顔を上げた。闇の向こうに立つ４人――禁忌の力を向けるべき仲間を静かに見据える。
（「こんなところで本気で使う事になるとは夢にも思いませんでした」）
　おそらく相手方もそう思っているだろうと考えて、藍蘭はわずかに微笑んだ。
「でも、僕も最善を尽くしますよ。ね？」
「ええ」
　氷上・鈴音（終焉を告げる蒼穹の刃・d04638）はゆっくりと頷いた。祈るように胸に手を当て、懐に収めた方位磁石の感触を確かめる。目を閉じ、学園に来てから今日までの日々の記憶を思い起こした。
（「この先の未来を歩く為に……」）
　心の中の闇、確かに存在するそのもう一人の【私】へと言葉無く語りかけるうちに、その姿が自然に変化する。
　淡い紫の長髪は短くまとまった銀髪へ。唇はルージュをひいたような艶やかな真紅、纏う衣装は電子楽器やマイクが似合いそうなロックディーヴァ風のそれに。笑みを浮かべて目を見開くと同時に、ターンクロスの飾りのついたピンヒールでタン、と床を打った。
「こんな形で外に出られるなんて思わなかったな。ここはひとつド派手に暴れさせて貰うよっ！」
　我知らず口をついたのは普段とは異なる闘志溢れる宣言だ。無論、自身の心が闇に侵蝕されたわけではないが、今の姿の自分にはそれが当前のように感じられた。
　と、ここまではシリアスな展開だったのだが。
「我ァが東大阪市のォォォォォ科学力はァァァァァ世界一イィィィィィ！！」
　いきなり耳をつんざく奇声が背後から響き渡り、鈴音と藍蘭は思わず転びかけた。二人が同時に振り向くと、そこには軍服っぽい上着を羽織ったスタイルのいいねーちゃんが直立不動の姿勢で立っていた。右手を指まで伸ばして高々と挙げたそのポーズは、まるで某伝奇漫画の変態サイボーグ大佐のようだった。
「ＨＡＨＡＨＡ！　東大阪市はいい所だぞ！！」
　嬉々として叫ぶが、ＴＰＯを考えるまでも無く内容が意味不明だ。
「闇堕ち＝本当の自分をさらけ出すこと＝好き勝手していい！（エクスブレインのお墨付き！）」
　そんな素敵な方程式に基づき、別の意味で己の本性をさらけ出したのかもしれなかった。説明不要だが水走・ハンナ（東大阪エヴォルヴド・d09975）だ。
「……えっと」
　藍蘭が何か言いかけたところで新たな声が響いた。
『シャドウ時空発生……』
　薄闇に包まれていた部屋の天井が唐突に鮮やかなマーブルカラーに変化した。さらに重低音の効いた禍々しいデジタル調のＢＧＭが流れ出す。会場のライブハウス型教室の機器に予め仕込んでおいたのか、あるいは音響照明込みの闇堕ちというご近所迷惑な仕様なのか。ともあれ光の中に一瞬浮かんだ細身の男の姿は黒く溶け崩れて床にわだかまり、ゴゴゴゴゴという振動音と共にその中から直径数メートルはあろうかという漆黒の球体が浮かび上がった。
　影道・惡人（シャドウアクト・d00898）だった。
「やれやれ、向こうのチームはつくづく自由ですね」
　完全に悪の結社の女幹部たち＆秘密兵器と化した相手チーム「惡一文字」を眺め、夕凪・緋沙（暁の格闘家・d10912）は苦笑した。自身は普段と変わらぬ格闘用の軽装だが、抑えきれぬ内面の変化がわずかに朱が差した頬に出ている。武道の三要素を心技体と言うが、心の何かが解放されて体と完全に一致し、これまで感じたことの無い凄まじい活力が全身を駆け巡っていた。
「さぁ、皆さん……」
　精一杯楽しみましょう。仲間たちにそう言いかけて慌てて少し言葉を飾る。
「全力でぶつかり合いましょうね」
「了解っ！　じゃあ、ねこさんはあたしの中に入ろうね」
　元気に答えたのは久成・杏子（いっぱいがんばるっ・d17363）。
「今日だけはあたしと一緒。がんがん攻撃するよーっ！」
　にゃあ、と答えたウイングキャットの「ねこさん」がその背に取り付き溶けるように吸い込まれ。直後、猫の白い羽根は実体も定かならぬ水の膜に――光を反射して虹色に輝く大きな水の翼と化した。髪は溢れるように広がり腰まで届き、普段は明るい表情にもわずかに憂いの影が差す。
「準備は完了、いつでも始められるよ」
　水の淫魔へと変貌を遂げた少女はどこか歌うような調子でそう告げ、傍らに視線を流す。そこにいたのはもう一体の、こちらは闇色の淫魔だった。杏子の揺らめく水の翼に対して高々と掲げられた黒鳥の翼、腰まで伸びた茶の長髪は同じながらも、その身を包むのは背中が大きく開いた紫のロングドレス。
　それに加えて。
「おお！」
　ボン、キュッ、ボン。出るところが出た新たな己の体型に、天渡・凜（その手をつないで未来まで・d05491）はちょっと感動していた。
（「……淫魔のちからってすごーい……」）
　ふた周りほど大きく膨らんだ胸をしげしげと見つめ、思わず少し持ち上げてみたりする。
　白峰・歌音（嶺鳳のカノン・d34072）はそんな仲間の姿を見て苦笑を浮かべた。
「（闇に堕ちても、変わらないヤツは変わらないもんだな。俺は……どうかな……？）」
　己の内に潜む悪魔。自身に力を与え、同時に大事なものを奪うきっかけにもなったモノ。静かにそれと向き合い、見つめるうちに歌音の姿はいつしか人形めいた姿に、いや彼女自身の姿をそのまま模した人形と化していた。関節は球体、髪は薄青の光沢を帯びた絹糸、瞳は黒みがかった玻璃。そして。
「何だ？　この全身にくっついてる糸？　全部上に伸びてるような……」
　全身に絡まる半透明の細い操り糸、中空に消えたその端の繰り手は己自身かそれとも未だ心の底に潜む悪魔か。真実は分からぬまま、歌音は作り物の首をぎこちなく振ると、硝子の眼を「敵」に向けた。
「始めるか」
　敵が「惡一文字」、己の欲望に任せてまっしぐらに突っ走るならこちらは「華一文字」、闇に堕ちつつもあくまで華麗に、華やかに。そんな風に臨戦態勢に入った彼女らの前で、大怪球が巨大な単眼を見開いた。
『我が本質は、この世あの世その世どの世、あらゆる世を『観る』事なり……さぁ見せてもらおうか、貴様たちの闇とやらを、な！』
　ＢＧＭに合った重々しい声が響き。
「……なんてな。Hey！　カモンっ」
　いきなり惡人の地声に戻って挑発した。シリアスモードは１分が限度らしかった。
　凜が手にした巨大な弓を構えた。
（「今日だけは力を貸して、わたしの中の闇！」）
　無言の祈りと共に握りを飾る水晶が紫色に妖しく輝き、同じ色の矢が生み出される。つがえて上に向けた。
　放った。
　一拍遅れて天井のどこかにあたり、まるでファンファーレのように派手な光と音が撒き散らされる。それを合図に８つの闇が一斉に躍った。

●序
　疾風にして暴風。緋沙の初撃はそれだった。
「雷の拳を……」
　自身ですらとまどう速さに、台詞を言い終える前に敵の顎を打ち抜いた。と思った瞬間、寸前で相手の刀の柄に受け止められた。
「え？」
　一瞬戸惑う緋沙を前に、何かの儀式か、鈴音は大粒のミントタブレットを一粒口に放り込んでニヤリと笑った。
「お返しだよ！」
　これも軌跡が見えぬほどの逆袈裟の一撃を、緋沙の身体は旋風と化して避けた。
（「まるで違う」）
　力と速さ。反応。技のキレまで。これがダークネスの戦いか。そう考えた緋沙のすぐ脇を虹色の怪光線が通過した。シュパシュパと連続で放たれるその射手は大怪球。狙いは一点、治療役の凜だ。
「……の、このっ！」
　翼を翻して避け、あるいは大弓の水晶で受けて散らし、直撃だけは避けるも惡人の一点狙い攻撃は止まらない。
「しつこい！」
「ぁ？　勝ちゃなんでもいんだよ」
　たまりかねての抗議にも、大怪球の「目からビーム」攻撃に容赦はない。それに拍車をかけたのはハンナだった。
「この私の体はァァァ！　我ァァァが河内人最高知能の結晶でありィィィ誇りであるゥゥゥ！！」
　両手の指は全て銃口（銃剣付）と化し、バイオレンスギターとでも合体したか腹からは指向性スピーカーを束ねたような複数の筒が突き出している。一般的な河内人が同意するかは別として、彼女は確かに一部のマニアには受けそうな武装サイボーグ娘と化していた。
「つまり！　全ての生命を超えたのだァァァァ！！」
　一般的な河内人が（中略）無数の銃弾がその自信満々の宣言と共にばらまかれる。続いて腹のスピーカーから弾丸ならぬ毒ビートの連射。とりあえず味方には向けていないので理性は残っているらしい。
「つっ」
　凜への弾丸を槍で弾き、杏子へのビートを伸ばしたオーラの膜で遮った緋沙は、攻撃は頼むと目で合図を送る。入れ替わるように歌音が前に進み出た。
「人形の関節、すごい違和感だぜ。これ、普段のように動けるかなぁー」
　そんな言葉を発しながら人形そのままのぎくしゃくした歩みで敵陣へと向かう。
「隙あり！」
　好機と見た藍蘭がドレスの右袖を大きく振った。青薔薇の花弁を連ねたような刃が一瞬で伸び、避けもせぬ歌音の首を一撃で切り落とした。落としたように見えた。
「え？」
　首無しの歌音。その異常な光景に思わず次撃を躊躇ったとき、カチカチと歯車が動くような音がした。
「なるほど、こうすればいいんだぁ」
　ヒュン、と頭が出現した。首の関節の可動範囲を生かして、背中側に１８０度倒して藍蘭の一撃を避けたらしかった。
「驚いてる驚いてる♪　いいなぁ……もっと驚く顔が見たいな♪」
　作り物めいた人形の笑い。ゆらり、と倒れると見えて逆方向に９０度曲げた足で身体を支え、歌音は地を這うように走り出した。狙う先は鈴音。
「なんの！」
　地面すれすれから火花を散らして迫る人形の靴を、鈴音は無造作に伸ばしたピンヒールで受け止める。が。
「いくよ。狙いはあなた」
「その壁、砕くわ！」
　杏子の水の翼が宙を駆け、虹の軌跡を曳いた蹴りが打ち込まれる。合わせたように紫色の尾を引いた凜の矢が直撃し、鈴音は一瞬、よろめいた。しかし直後に持ち直すと一刀を大きく振り回して間合いを取り直す。
「僕の歌声よ、皆に届きなさい」
　即座に響き始めた藍蘭の癒やしの歌の力を受けつつ、鈴音は不敵に笑った。
「そっちの闇の力、その程度かい？　この壁、砕けるものなら砕いてごらんよ」
「その挑戦、受けて立ちま……」
　杏子が応じようとしたときだった。
「感情は戦闘の前と後にだけありゃいんだ、今は欠片もいらね」
「我ァが東大阪市のォォォ（略）」
　悪の結社コンビの乱射が再開され、いろいろグダグタになった。

●破
　そして十数分が経過する。
　両チームともに治療役を配置していたことが功を奏し、脱落者を出すことなく戦闘は続いていた。
「浄化の風よ、仲間を癒す力を与えて下さい」
　惡人に累積した武器封じ効果を取り払うべく、治癒の風を送り出した藍蘭は、左手の腕時計の警告音に気づいて声を張り上げた。
「あと３分」
　そして考える。未だ全員が健在のこの状況なら時間いっぱい激戦を繰り広げるという条件の達成はほぼ確定だ。前衛として皆を守ってきた鈴音と視線が一瞬、合った。鈴音は微笑と共に頷いた。
「いいよ、好きにやりな」
「ありがとうごさいます。では……総・攻・撃！」
　任務は達成、あとは思いのままに戦うだけ。そう見定めた藍蘭は左手を一振り、薔薇の蔦を束ねたベルトが不意をついて歌音を直撃した。
「なるほど、ね。でもオレは、さ」
　歌音は嗤った。あり得ぬ方向に胴体を曲げた身体から伸びる半透明の糸、それが急に実体化し煌めく凶器と化して伸びて対象を打った。狙いはあくまで鈴音だった。
（「総攻撃って。そんな余裕ないんですけど」）
　ずっと大怪球の攻撃を受け続けの凜は内心で苦笑した。しかし表情はこの姿にふさわしくと、己の翼で己を包んで癒やしつつ挑発的な笑みを敵に向ける。
「さぁ、まだまだイケルかしら？」
「関係ねーよ」
　直後にぶっ放された惡人の虹色の光線の乱舞、さらにはトリガーハッピー状態のハンナの銃弾の嵐を、凜は杏子と共に何とかかいくぐった。
「……すこし黙っててね？」
　それは比喩ではなく文字通りの意味だった。水の淫魔の姿によく似合う大鎌を杏子が一振りすると、懲罰と言わんばかりの黒い影がハンナに叩き込まれた。が。
「小娘！　出身地は違えど私はおまえのような勇気ある者に敬意を表す！」
　河内産サイボーグ娘は即座に立ち直って右手を挙げた。
「東大阪市のォォォォォ医学薬学はァァァァァ世界一イィィィィィ！できん事はなァァァいッ！」
　騒がしく自己補修に走り始めた。完全に逆効果だった。そんな騒ぎの中、緋沙と鈴音は変わらず対峙していた。
「来な」
　多言は無用と鈴音が一刀を正眼に構える。
「この螺旋の槍に、耐えられるでしょうか？」
　緋沙も淡々と緋色の十字槍を頭上に掲げ。
「ハッ」
「ふっ！」
　刃が絡み合う音、肉を裂く音。幾つもの音が連続して続いた。そうしてさらなる攻防がそれぞれの間でかわされて。
「終わりです！」
　藍蘭の警告と同時に凜は大怪球に正面から向き直った。大きく弓を引き絞る。
「いろいろ浴びせてくれたお返しよ」
「知らん」
　真正面から放たれた光線を浴びながら凜は矢を放った。それは戦いの開始を再現するように紫の尾を曳いて飛び、そして大怪球の眼のど真ん中に、綺麗に突き立って。次の瞬間、ぱあんと光が弾けて音が消え、全てが元に戻った。

●急
「皆さん、お疲れ様」
「怪我は大丈夫ですか」
　元の姿に戻って、一息ついて。緋沙と藍蘭は皆に労いの言葉をかける。
「これを、どうぞ」
　柔和な表情に戻った鈴音はミントシロップで香り付けしたラムネ菓子を渡して回り。
「……」
　惡人は黙ってそれを受け取り、頬張った。そのように普段と変わらぬ面々がいる一方で。
「今の状態の自分であんな格好……できないぃ～！！」
　戦闘中のあれやこれやを思い出し、凜は赤面したままのたうち回っていた。
（「サイキックアブソーバーにはね、もっと色んな効果が、あるんじゃあ、ないかなあ？」）
（「オレ、途中から全力でぶつかりあう事より相手を翻弄することの方に楽しんでた……そういう面もあるって事なのかもだな……」）
　杏子と歌音はそれぞれに物思うところがあるようだった。そして。
「あー、なんかいつもの数倍疲れたような感じがするわー」
　ハンナはいい感じの笑顔だった。心身共に全開でやりきった結果だった。

　かくしてそれぞれの想いを乗せた戦いは終り、サイキックアブソーバーは少し正常な状態へと近づいた。
　任務、完了。

作者：九連夜	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年7月30日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。