世界視察旅行~彩りの迷宮都市

    作者:日暮ひかり

    ●intermezzo
    「今日は君達に折り入って相談があるんだが」
     サイキックハーツ大戦が終わり、もはやダークネスの脅威に怯える必要はなくなった筈だが、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)が険しい表情で話しかけてきた。怖い。
     反射的に身構える灼滅者達を怪訝な顔で見つつ、鷹神はこう続ける。
    「その件に関しては重ね重ね礼を言わせてもらう。ただ、全人類がエスパー化した世界を今後どう扱っていくかというのは懸念材料でな……表向き目立った変化はまだ見られんが、今後徐々に影響が出てくるだろう。そこでだな」
     今のうちに世界の実情を視察し、今後の未来について改めて考えていくべきだろう。
     学園はそう考え、エクスブレインを手分けして各国に派遣しているのだという。
    「単刀直入に言うぞ。心細いから一緒にモロッコに来い!」
     とても情けない事を勇ましく言われてしまった。
    「いや、アマゾンだろうがサバンナだろうが生き延びる自信はあるが……俺は外国語が苦手だし地図も読めん。単独渡航すれば最悪行方不明になる可能性がある」
     分厚い資料を眺めながらいつになく深刻な顔をしている鷹神を見て、灼滅者達は苦笑する。
     まあ、自分たちが一緒に見る事でより多くの情報が得られるかもしれない。修学旅行がてら、彼について行くのも悪くないだろう。

    ●猫と神秘の国、モロッコ
     モロッコはアフリカの中でも比較的治安がよい国として知られ、フォトジェニックな観光スポットの多さから近年人気の場所だ。
    「今回の旅程なのだが、交通の便が良いフェズを拠点にし、終日自由行動としようと思っている。六年間の苦を労う慰安旅行も兼ねてなので、旅費の事はとやかく言わないそうだ。大まかに三泊四日程度の予定でいてくれ」
     これは、という名所をいくつかピックアップしておいたと、鷹神は机の上に資料を広げる。

    「まずは拠点となるフェズだな。世界遺産としても登録されている『世界一の迷宮都市』だ」
     フェズの旧市街地は複雑に曲がりくねった迷路のような路地で構成されており、数回角を曲がればいま自分が何処にいるのかさえ分からなくなってしまう事から『迷宮都市』と呼ばれている。
     中世のような異国情緒あふれる街の中を迷いながら探検すれば、ちょっとした冒険気分だ。迷路を辿った先で、思わぬ素敵な店や景色に巡り合えるかもしれない。

    「それとフェズからバスで4時間程度で行けるシャウエン。青の街で有名だ」
     シャウエンの魅力はなんといっても、見渡す限り美しい青色で染められた可愛らしい街並みだ。異世界に迷い込んでしまったような不思議な景色はフェズとはまた違った魅力があり、のんびり散策するだけで楽しい。
     また街中には猫が沢山いるため、通りすがりの猫たちと遊んだり、写真を撮ったりしてもいい。青い街と気ままな猫たちは、訪れた者をおとぎ話の世界へ誘ってくれる。

    「少々遠くなるが、買い物やグルメを満喫したいのであればマラケシュのジャマエルフナ広場を推奨する」
     夜になると無数の屋台が軒を連ねだすジャマエルフナ広場の夜市は見ているだけでも絵になるが、タジンやクスクスなどのモロッコ料理から、羊の脳みそなどの珍味まで何でも食べ尽くす事ができる。
     また近くの市場ではバブーシュや食器、ランプなどの可愛らしいモロッコ雑貨を購入できそうだ。

    「後は夜行バスで向かう事になるだろうが、メルズーガから出発するサハラ砂漠ツアーも見逃せんな」
     どこまでも続く広大な砂漠は一見の価値ありだ。ラクダに乗って砂丘をトレッキングし、テントに一泊して砂漠の民の生活を体験することができる。
     乾いた夜の砂漠に光源らしい光源はほとんどない。静寂の中、宙を見上げれば、世界中を探しても比類なきほどに澄んだ満天の星空に感動するだろう。

    「他にも色々ある。全てを見て回るのは難しいので、各々興味のある所へ行くといい。まあ視察とは言うが実質観光旅行と考えて良い、あまり気負わず楽しむのが吉だ。変に影響が出ると困るから一般人には深入りしない、って条件付でな」
     俺は迷わない程度に視察をしてくるが、何かあれば誘ってくれと鷹神は締めくくる。
    「……なんというか……俺は羽根を伸ばすのは正直不得手なのだが、君達が作った平穏の中で、君達と一緒に知らなかった景色を見てみたいと思う。多少は迷惑を掛けるかもしれないが、どうか宜しく頼む」
     俺がこんな事を言えるようになるなんてなと、彼は笑いながら頭を下げた。


    ■リプレイ

     陽射しの下、日傘をさして彷徨う姉の幻を見る。映らないと判っていてもカメラを向けてしまう。迷宮に佇む彼女は、弱い己が生んだ影でも美しかった。
    「……なぁ、お前はオレと居て楽しいか?」
     ふわりと返るいつもの笑みに少しだけ傷ついて、漣香は何でもないと笑う。束の間の二人旅なら、どうかあいつの行きたい場所へ。

     入り組んだ街は二人の心の迷宮に似ている。すれ違う想いは薙乃と蒼刃を迷わせ、気づけばこの街でもはぐれていた。
     心細げに地図を眺める薙乃を見つけ、蒼刃は思わずその手を取る。まだ幼い子供だと思われているのだろうか。
    「兄さんはわたしのこと、どんな風に思っているの?」
    「薙は……俺にとって世界で一番、大切な女の子だよ」
     初めて会った時から、ずっと――素直に零れた言葉。答えはないまま、もう二度とはぐれぬように二人は迷路を歩く。繋いだ手だけがとても熱かった。

     パンの香りに鶏の鳴き声、行き交うロバや商人。迷路の中は心惹かれるものばかり。
     律がよそ見をしている間に、方向音痴のゆまは案の定行方不明。血相変えて探した結果、雑貨店で無事発見したが。
    「200DHは高いよ! せめて120DH!」
    「おい……ここはアメ横ちゃうぞ」
     だが頑張って値切ったバブーシュを差し出されると弱い。一足受け取りつつ、げんこつ一発。この怒られ方、小さい頃から同じだ。
    「一緒にいてくれて、ありがと。りっちゃん」
    「次はちゃんと言ってけよ」

     同窓会にやってきた【元39】メンバー。久しぶりの再会でも仲の良さは健在だ。
    「しかしちょっと見ない間に皆かわ……」
    「ここにはにゃんこいないですかね? にゃんこー にゃんこー」
    「あ、ちぃちゃんミントちぃ、基ミントティー飲みたいっ。スークも行ってみたいなぁ」
    「……変わってないわね、あんまり」
     うろちょろ落ち着かない千巻と馨麗を見失わぬよう、巫女は昔を懐かしみながらついていく。初めての海外だという黒白と祐一は異文化に興味津々だ。
    「くーちゃんとゆーいちくんは、先に進んでたら、てきとーについてきてくれるでしょっ、ね!」
    「寺院見てみたいッス。地図で確認しておかないと……って! 置いてかないで欲しいッスー!?」
     まるで映画の中に入ったようだと黒白が言えば、祐一が観光雑誌を捲りながら不穏な事を呟く。
    「あー、こういうところを駆け抜ける映画とかあるよな。こういうこと言うとなんか起きちまいそーだけど」
    「……ん? この道、二回ぐらい通らなかった??」
     千巻が涙目になっている。相変わらずね、と巫女も苦笑だ。
    「此処は自分に任せるッス!」
     自信満々で引き継いだ黒白もやっぱり迷い、最後は巫女にバトンタッチ。一行は無事ミントティーを飲めるのか……? スマホの圏外表示を見て、祐一が一言。
    「なんとかなるだろ。これもいい思い出ってな」

     ジェラバを着たレミを写真に撮りつつ、直哉達は気儘に進む。道に迷っても無問題、名探偵の前に迷宮入りはありえない。
    「にゃふふふふ、こんな時こそ探偵の出番だぜ♪」
    「でも着ぐるみかーい?!」
     ぶらり再発見とハイパーリンガルを使い、気になるスカーフやタジン鍋のお店へ。突撃、今日の私達!
     久々の旅行を満喫したレミは、着ぐるみ姿の直哉もやはり好きらしく。
    「うん、今日も良いオトコ。惚れた弱みっすね」
     発見に満ちた人生。これからもずっと、一緒に笑って旅しよう。

     いつの日か、一緒に世界を旅しよう――約束を果たすため、咲哉は納薙と共に迷宮を散歩する。行き交う人や動物を眺める彼女の様子を観察し、咲哉も喜びを噛みしめた。猫好きにはたまらないのだろう、この街は。
    「猫さん猫さん、おススメの場所はあるかい?」
     旅は始まったばかりだ。猫を案内人にし、また二人で歩き出す。

     強烈な肉売場を抜ければ、艶やかな織物の壁が広がる。道一本で変わる景色をスマホ片手に眺め、仙は買い物はしないのと豊に尋ねた。
     自分の為の買い物は我慢しがちだと言う彼へ、この間の礼も兼ねてと仙はファティマの手のキーホルダーを贈る。
    「今度は俺が見送られる側か」
     勇ましい騎士さんの、残日程の無事を祈って。

     【リトルエデン】一行を先導していた峻は、言語は猛勉強した筈だがと不意に頭を抱えた。思わず公用語の数を確認する香乃果と、ロバを見てはしゃぐ穂純を眺め、豊はまあ平気かと根拠なしに思う。そこまで信頼しているのかと、己でも驚く。
     散々迷った一行は丘の上に出た。開かれた空の底に広がる迷宮を見下ろせば、世界を外から眺めているようだ。
    「君達が作ったと言ってたが、豊もこの平穏を作った1人だぞ」
    「うんうん! 鷹神さんが助けてくれないと私達ちゃんと戦えないよ」
     峻と穂純に改めて強く感謝され、返答に迷う豊へ香乃果は言う。
    「以前、同じ場所に向かってそこで会えるのが嬉しいって伝えた事、覚えてます?」
     あの春よりもっと強く嬉しい――確かに、と思う。穂純が構えたカメラに向ける表情も、随分柔らかくなった。それが可笑しい。今後も共に尽力するのは勿論だけど。
    「それでも君達のお陰なんだよ。俺の世界ではな」

     騙し絵のような濃淡を描く青の迷路に紛れ、楽しげに遊ぶ鈴の音が遠ざかってゆく。猫を見ると思わず目が坐るが、にゃーんという昭子の挨拶が聞こえ、純也は肩を竦めた。
     目の醒めるような青の前に、彼女はいた。
    「この色は、純也くんにとって『ただの青』ですか」
     記憶にある。空から見た海の青だと、そう思った。
    「ただのと思える色は、もう無くなってしまったな」
     返ってきた笑顔に昭子は瞬き一つ。そう思える事は幸いと、ころころ鈴が鳴る。もう暫く、色々な青を見にゆこう。

     目に鮮やかな色彩は作られた青特有の美だ。猫と遊ぶ御伽の瞳に街の色を投影し、茅花はにんまり笑む。
    「茅花さんはさ、犬派?」
     猫になってここに住んでもいいと幸せそうに笑うきみを、一歩後ろで眺めてみる。人懐こい笑顔が犬みたいだと思ったから、答えは何方でも構わない。
    「……御伽さん派かな」
     カシャ、と軽い機械音。
     画面越しの貴女は、やっぱり――。
     すげー美人見っけたとはにかんで笑う御伽へ、茅花もカメラを向けた。もしきみが猫になっても、私は毎日遊びにくる。

     別世界のような町は異国というより異世界だ。蒼海に揺蕩う人魚の気分だと語る伊織に、ティノも通路を指差し微笑む。並ぶ鉢は揺らぐ海草、黙して歩けばそこは穏やかな海になる。戯言めかして笑った伊織は人魚姫に手をさしのべた。
    「倫敦のお嬢様に、異国の道のりは辛くはない? 手を貸そうか」
    「ご心配なく。向こうも中々歩くものですわ」
     いずれそちらも紹介しましょうと返すティノは頼もしい。猫の道案内を頼りに二人は浪漫の旅を続ける。世界とはまだまだ、行く所が山とある。

     冴えた青の街の猫達は謡を導くように歩く。同類と思われたなら光栄と、友人はどこか上機嫌。追って歩く百花の足取りも軽やかだ。
    「まぁ、猫科でも謡はライオンとかトラよね」
     そういう百花は狼の様だと謡は返すけど。
     なによ、私も仲間だって言いたいわけ――擦り寄る猫を構う百花は少し楽し気で、ほら、彼らは全てお見通し。
    「では一つ、猫さん達。美味しい料理屋を知ってないかな」
     今日のご飯は猫任せ、お礼はご飯の御返しで。風の向くまま悪路を歩けば、獣の世界が見えた。

     街の猫達に紛れた『猫』を探して、治胡と想々は雑貨店を覗く。棚の中で寝そべる猫には驚かされたが、別猫だ。
     猫はすきですと嬉しげに話す想々へ、治胡も悪くはないと頷いた。猫と土産を巡る時は穏やかに過ぎてゆく。
    「付き合わせちまってスマン」
    「いえ、青の街も猫も沢山見られて。それにこんなに治胡さんとお話できて、うれし」
     ふにゃ、と笑んだ想々が塀の上――見慣れた橙の猫を指す。二人で傍に駆け上がれば、眼下には一面の青。
    「は、独り占めしてやがったな。特等席だ」

    「猫は大抵自分の居心地の良い場所を巡るからね。追いかけて行けば勝手に良い感じのスポットが見つかるってすんぽーよ」
     水底、或いは空のような。一面青い迷路の案内人は静と猫に任せ【漣波峠】の六人はのんびり街を歩く。現地で買ったバブーシュとワンピース姿の銘子、着物姿の保は更に涼しげだ。幻想的な街に興奮し、煌希は夢中でカメラを覗く。
    「猫だ猫だーーー! 噤ちゃん猫だよー! 一緒に追っかけよう!」
    「詠ちゃん、あっちにも猫です……です……!」
     少し目を離した間に早速迷子発生。皆とはぐれてもお構いなし、尻尾をふりふり追ってくる噤と詠から逃げるように猫達は路地の奥へと駆ける。
    「あ、詠さん、噤さん、こっちこっち」
     その先のカフェの前で保が手を振っていた。言った通りでしょ、と静が笑う。
    「お昼は折角だからタジン鍋とか良いわね」
    「モロッカンサラダめっちゃうまそう、俺はこれで!」
    「保、これ帰ったら再現してみようよ」
    「ミントの葉っぱは栽培してるから……近い味は出来るかも」
     肉と魚が苦手な煌希と、野菜が苦手な詠は互いに等価交換。保と静はミントティーが気に入ったらしい。食後は衣料雑貨店で買い物だ。
    「噤ちゃん、この綺麗な色のストールはどう? 詠ちゃんとお揃いでも可愛いかしら」
    「何それーっ! 僕にも似合う?」
    「本当に綺麗、です……! 詠ちゃんにも合いそう、だよ」
    「おーい、記念写真撮ろうぜえ! そこいらの猫と一緒に……って」
     煌希は思わず笑う。銘子お勧めのストールを巻き、ご機嫌な噤と詠の周りにさっきの猫達が寄ってきた。締めは皆で仲良く寄り添って、にゃーんとポーズ!

     壁のプランターはアクセサリー。そして釦であり、靴。創造の波が押し寄せ止まらない。
    「ねぇ分かるよね!」
    「な、何となくなら……」
     民子のスケッチを覗いた豊は、世界はこうも見られるのかと素直に感心した。満足げに頷いた彼女は猫になり、極彩色と自然色が混ざる青の街へ消える。この景色はどんな布になるのだろう。

     服の裾を引かれ何かと思ったが、一緒に猫を探してほしかったらしい。階段を駆け上がった先でシャオは急に振り返り、風景ごと写真を撮られた。
    「何なんだ……」
    「えへへぇ、絵になるねぇ。あ、猫さん居たぁ……!」
     撮ってぇ、とねだられれば断れる筈もなく。成程ここが不思議の国かと、猫とじゃれる彼を見て豊は笑った。

     天と地の境界を見失う程の青の中、親友と手を繋いで歩く。空を仰ぐ嵐の姿を朔之助が撮れば、モデル料金頂きますよと軽口が返る。その瞬間の笑みもしっかり写真の中へ。
     少し休憩、と階段に腰を下ろせば、猫がさっとお菓子を横取りしていく。
    「さ、朔! ソイツ捕まえてくれ!」
    「任せとけってうわっ!! くそぉ……まてぇーー!」
     泥棒猫を追いかけ、二人は青い街を駆ける。迷っても、一緒ならワクワクに変わる。一緒ならまた正しいところに戻れる。未来の二人も、きっとこう。

     真っ青な街と猫はルウと冷都の心を躍らせる。猫を撫でたり、写真を撮ったり……弾む会話を楽しみながら夢中で歩くと、気づけば知らない道へ出ていた。
    「申し訳……ありません……」
     謝る冷都に、迷っても気にしないタイプですとルウは微笑む。
    「これも知らない町を歩く醍醐味でしょう?」
     だが誘った手前そうもいかない。緊張を高めた筈が、またも猫につられてしまう冷都にルウはのんびりついていく。タジン鍋もバスティラも、迷って歩いてお腹がすけばきっと二倍美味しいから。

     河童の隣を歩く長毛の猫は、景色に見惚れるようにぅな、と鳴いた。無視を貫く流零に首を傾げ、紋次郎は人間姿に戻る。猫に話しかけるなんて普通の事だろうに。
     河童姿な時点でアレですけどと自虐しつつも、水中のような綺麗な青を流零も気に入ったよう。気儘に猫のナンパに走る紋次郎はふと、涼しげな河童を写メに撮る。
    「流零と青い世界、時々猫。中々に綺麗に撮れとる、だろ」
    「……どうせ撮るなら、河童いない方が見栄えしませーん?」
     いんやバッチリ、と大きな猫は笑った。

     屋根、花、寛ぐ猫。全ての色を写真に収め、律は青い階段を降りる。この先は竜宮城かもしれないと思えば、誰かを待っている様子の豊がいた。会えた記念に写真を一枚。
     僕も友人も先輩も、今は倖せの為に迷っていい時間がある。一人でないなら迷ってみるのも楽しいですよと微笑む律へ、君は人生の案内人だなと豊は返した。

    「私、今度課題で絵本を作るんだ」
     考えや想いを物語で表現したい。喫茶店でアボカドシェイクを飲みながら、ゆいは将来を語る。依頼をきっかけに見つけたその夢を、豊も応援したいと言った。
    「だが試読か……」
     厳しく批評するぞと脅しても退かない彼女を見て、本当は思う。彼女の描くこの街は、優しく美しい世界だろう。

     幻想的な青の街を歩く豊の姿に真珠はカメラを向ける。似合うね、きれいだよと微笑んで、匂いや湿度まで丁寧に切り取る。
    「被写体、俺で良かったのか」
    「ひそかにファンだったし、映えるなって。本心だよ」
     趣味悪ぃよ、と返る悪態もこの場合単なる照れだろう。要望通りに猫を抱え、小動物の扱いは分からんと彼は笑った。

     変わっていく事、終わる事。移ろう世界が怖いのだと、夜奈は叶世の手をぎゅっと握る。皆で守った世界も、貴女との未来も、この街の歴史のように続くはずだ。でも私も、と叶世は言う。
    「まだまだ臆病なの。寂しくなって、未来の事、また信じられなくなるかもしれない」
    「信じられても、信じられなくても、いっしょにいよう?」
     青い街でまたひとつ約束を。ラムネの色、聖夜の星空、運動会の空。一緒に見る青は、いつでもどこでもきっと素敵だ。貴女の瞳の青が、一番大好きだから。

     遠いこの街の平穏も守れたのだと、実感して嬉しくなった。買い込んだ土産を両手に下げた錠と葉は、街の出口となる新市街への門を見上げる。
     これまでとこれからを繋ぐ門を葉は写真に収める。不意に感じた視線に二人が振り向けば、青の街路から二匹の猫が此方を見ていた。
    「あのスカした顔の方、葉に似てね?」
    「デカイ鼻クソついてるみたいなヤツはお前っぽいな」
     ずっと一緒なのかな、俺等みたいに――そう笑って写真をまた一枚。過去の自分に見送られ、二人は門を飛び出した。

    「こういう時身内が多いと大変だよねぇ」
     アルガンオイルの石鹸にローズオイル、化粧品。マラケシュの夜市に訪れた眠兎と梟は色り豊かな土産物の数々を眺めて回る。
     いつものお返しになればと、梟は密かにミントティーグラスとポットを購入する。帰ったら一緒にお茶しようか、と笑う梟の手をそっと握り、眠兎はこくりと頷いた。
    「次は2人きりで旅行に行こうか♪」
    「……これからも、時々は色々な場所に行きましょうね」
     はぐれないように手を繋いで。貴方と一緒に、何処へでも。

    「翠、おいで」
     二人乗りのラクダの上からミルドレッドが手をさしのべる。長い髪を覆うのは翠に巻いて貰ったターバン。お揃いのトゥアレグ族の衣装で砂漠を満喫した後は、翠の手作り料理が待っている。
    「ご飯はもちろん、ミリーs……いえ、ご当地ものを」
     星空の下でタジンを食べ、ミントティーを飲みながら今までとこれからを語った。
    「これからもずっとこうやって二人で……ね?」
     肩にそっと手を伸ばし抱き寄せる。ここからは二人の秘密の時間。寒くても寄り添えば、温かい。

     友人のメモを頼りに昴とクロアはテントを完成させる。快適なテントから一歩出れば、圧巻の星空に言葉も出ない。星なんて解ったつもりでいたのにと口を開けるクロアの手を、昴は握った。
    「世界には、理解してるつもりでも、わかってないものもいっぱいある。だから、見に行こう。二人一緒に」
     かつて臆病だった手を、クロアは大切に握り返す。
    「……世界を見せてあげると言っておいて、逆に教えられるとはね」
     空には宵の明星。あなたとなら喜んで。この先もずっと、二人一緒に。

     ミントティーを飲み交わしながら空を見上げ、他愛のない会話を。のんびり喋るのも久しぶりだねとひよりは笑う。
    「しかし、先輩と俺が友達か……思えば不思議だ」
     生まれた星すら違いそうなのにな。悪戯に星を示す豊を見て、ひよりは嬉しく思う。
     満天の星空は非日常。だが守りたかった『平穏』は、確かにそこにあった。

     砂に敷いた毛布の上で、茶を飲みながら星を見る。きなこが鼻を鳴らす音さえよく響く静けさだ。砂塗れの尻尾を気遣いつつ、壱とみをきは今日の想い出を語る。
    「もっと色んな所行ってみたいな。みをきとたくさん初めてを見たい」
    「共に知らない事をひとつずつ知っていきたいです。壱さんと隣を歩いて。手繋いで」
     これからの俺に繋がる第一歩の記念にと、瓶に砂を詰めるみをきを見て、壱は甲子園みたいと笑う。棚増やさないとねとそっと手を包むのは、はじまりの砂色をしたあなた。

     寝そべって空を見れば宇宙に居る気さえした。流星が光る。ここは惑星。砂漠では日常なのだと思い、郁は彼の手をつよく握る。
    「縁があったからきみとここにいるんだなって思うよ」
    「うん。ひとりではここまで来てなかったかも知れない」
     星を追う瞳がきらきらしていたから、修太郎は躊躇いつつも郁の頬にキスをした。僕らは思ってるよりずっと自由で、日常を越えどこへでも行ける。
     郁もそっとキスを返す。きみ以外誰も知らない。色んなものをあなたと分け合える、今の私は幸せ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年8月2日
    難度:簡単
    参加:59人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 1
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