「……まずは、サイキックハーツ大戦の完全勝利おめでとう。……みんなのおかげで、人はダークネスの脅威におびえる必要がなくなった」
神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は、やや高揚した声で、教室に集まった灼滅者達にそう告げた。
「……それで今後は、全人類がエスパーとなった世界のこととか、考えていく必要がある」
そう言うと妖は、表情を引き締める。
「……現在の世界は、人類のエスパー化による影響が出始めてるけれど、社会的にはまだ平穏を保ってる。……だから今のうちに、世界の実情を目にしておきたいの」
そこで、学園のエクスブレインが、世界各国の視察を手分けして行う事になったのだという。
「……そういうわけで、一緒に視察に来てくれる人を探してる」
そう言って妖はチラッチラッと教室に視線を走らせた。
「……私達エクスブレインが世界情勢を確認する事で、みんなが今後の世界について考える一助になればいいんだけど、灼滅者が一緒に世界を見て回ってくれれば、より多くの情報を得られると思うの」
それから妖はおもむろに観光ガイドを机の中から引っ張り出した。
「……私が行くのは、中国の首都・北京。……私、海外旅行とかしたことないし、一緒に来てくれると、嬉しい」
今年は修学旅行がなかったので、それも兼ねての視察旅行だと思ってもらってもいいと、妖は付け足す。
「……日程は3泊4日だから、あまりあちこちには行けないけど」
と前置きしたうえで、妖は視察予定地を挙げていく。
「……まずは故宮博物館。……かつての中国の王宮だったところだし、ここは外せない。……それと万里の長城。ここも、ぜひ押さえておきたいポイント」
中国の悠久の歴史を感じる二大名所だ。
「……そして忘れてはいけないのが北京動物園。……せっかく中国に行くんだから、パンダには会っていかなきゃ」
妖はぐっと拳を握り締める。どうしてもパンダは見ておきたいらしい。
「……それから、どこかで1回は北京ダックを食べに行く予定だから、楽しみにしていて」
観光ガイドの付箋の挟まったページを見ながら、妖の心は既に北京に飛んでいるようだった。
「……この旅行、名目は視察だけど、6年間戦い続けた皆のための慰安旅行だと考えてもらってかまわない。……旅費には余裕があるから、他に行きたいところややりたい事があれば、提案して」
それからと、妖は少しだけ真剣な顔に戻る。
「……現在、人類のエスパー化による事件なども発生しているかもしれないけど、今回の視察旅行では、できるだけ関わらないようにしてほしいの。灼滅者が、エスパー問題にどう関わるかの結論がまだ出てない状態だし、下手に関わると悪い影響がでてしまうかもしれないから」
そう言ってから、妖は改めて旅の参加者を募ったのだった。
●故宮博物院
一日目に一行が向かったのは、故宮博物館と呼ばれる世界最大の王宮跡地だった。
「まあ、紫禁城と言った方が通りは良いだろうな。明代、清代の至宝は勿論、石碑や書も、無造作に物凄い物が置かれているな……。古代のロマンに夢を馳せながら進もうか」
神崎・摩耶(d05262)が、【旧2B桃】の仲間達を先導しながら、嬉しそうに視線を巡らせる。彼らの眼前に広がるのは、中国最大の木造建築である太和殿だ。
「ここ紫禁城は明朝や清朝の宮殿……日本風に言えば皇居だった場所だな」
不動峰・明(d11607)の解説に、一々頷く一同。
「歴史と来れば明さん。蘊蓄とくれば摩耶さん。お二人の話を聞いているだけで飽きませんね。それにしても、歴史もスケールが桁違いですね」
椎那・紗里亜(d02051)は、二人の知識に感心ながらも、太和殿とその前に広がる広大な広場のスケールに圧倒されていた。
「歴史に詳しい二人がいるのは幸いだったな。小難しい話はともかく、心得がなくてもなんとかなるのは安心だ」
木嶋・キィン(d04461)も、二人の話に耳を傾けながら太和殿へと入っていく。
そこには、荘厳な空間が広がり、豪奢な玉座が鎮座していた。
「……あの玉座の上には、軒轅鏡という玉が吊るされているんだって」
神堂・妖(dn0137)が、誰にともなくそう呟く。
「……玉座に皇帝の資格がない人が座ると、その玉が落ちてくると言われているの」
妖の語る逸話に明は嘆息し、
「我々も良き世を作っていかねばならないな」
決意を込めて玉座に視線を向けた。
その後、一同が向かったのは保和殿。ここには清の皇帝・乾隆帝直筆の『皇建有極』と記された書が飾られていた。
「この紫禁城に今残されている大半は乾隆帝由来のもの。乾隆帝は中華史上最高の名君と呼ばれる人だ」
感慨にふけりながら明が解説する。
「……うーん」
その書を見て唸っているのは、押出・ハリマ(d31336)だ。
「なんか凄いってことは分かるけども……」
いまいち書の良さが理解できないハリマは、
(「字がそこまで上手じゃないから真似したら上達できるかな」)
と思ったりしていた。
「しかし元王宮というだけあって、なんつーか、スキが無いな。この赤の色遣いを見ると中国に来たという実感が湧いてくるが」
保和殿を出たキィンは改めて紫禁城全体を見渡し、その威容に圧倒される。
「ここには五爪の龍が多くいるだろう。これこそ、皇帝の所有だった所以だな」
摩耶はそのような蘊蓄を、どこか満足げに仲間達に解説していた。
「神堂先輩、どこか紫禁城で一押しの場所ってあるっすか?」
城内を見て歩きながら、ハリマが妖にそう尋ねた。
「……そうね。ちょっと意味が違うかも知れないけど」
そう言って妖が案内したのは、紫禁城を出た先にある、景山公園からの眺めだった。その頂からは、紫禁城の全容を臨むことができる。その絶景に、一同はしばし言葉を失ったのだった。
●万里の長城・八達嶺長城
2日目。貸し切りバスで一行は万里の長城の一部、八達嶺長城に辿り着いていた。
「万里の長城に来るのは長年の夢だったりね」
木元・明莉(d14267)は共に来た久成・杏子(d17363)と共に長城を見上げる。
「せっかく来たんだ、全長制覇してみるか?」
「あかりん部長? 万里の長城の全長、約2万kmだよ?」
「……いや、何でもない」
杏子の言葉にそっと目を逸らす明莉。
「男坂、行ってみよーっなの!」
杏子は歌いながら駆け出していき、明莉が慌ててその後を追いかけていく。
「あ……ロープウェイあるんですね。使いましょうか」
若宮・想希(d01722)は、ロープウェイの存在に気付き、東当・悟(d00662)にそう声を掛ける。
「おーロープウェイで登るんか! すげー!」
さっそく二人は目を輝かせて乗り場に向かっていった。
「海外に来るのは初めてですけれど、これは凄いですね」
遠大な城塞の姿に驚いていた天宮・百合香(d14387)も、体力を温存すべくロープウェイに乗り込んでいく。
「遠くまで連なる長城見てると、どこまでも歩きたくなっちゃいますね。妖さん、一緒にどこまで歩けるか試してみませんか?」
霊犬の『あまおと』を連れた羽柴・陽桜(d01490)が、女坂を指さしながら妖を誘った。
「……でも私、体力にはあまり自信が……」
「大丈夫ですよ! 疲れちゃったらロープウエイで帰ってもいいですし!」
笑顔で陽桜に誘われ、妖は、
「……なら、行ける所まで」
陽桜と並んで歩き出した。
真っ先に頂上付近に辿り着いたのはロープウェイ組だ。
「ながーーい!」
山に沿ってどこまでも続く長城の光景に、悟はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「登ってみるとまたすごいですね。沖縄の今帰仁城、あれを思い出しますね」
想希がそう呟くと、悟が手を打つ。
「沖縄で想希教えてくれたやんな、ここが本場やって。凄いな、俺らほんまに長いほうに来とるんやで!」
「かーべー!」と叫びながら壁にぺたっとくっついた悟に、想希が答えた。
「まぁ……。沖縄のが中国の影響を受けたものなんでしょうけども……って悟、待ってください!」
想希が慌てたのは、悟が今度は「ゆかー!」と叫びながら寝転び、ころころ転がり出したからだ。
体で史跡を感じていた悟だが、やがて転がるのを止めると天を見上げた。
「この壁やったら俺のへそくりのおやつでも護れそうや! どんな厳しい戦いでも、な」
その悟の言葉に、想希は全てを拒絶するような壁に目を向ける。
「この壁……一体、何から何を守るつもりだったんでしょうか? 北方の騎馬民族から守る為と言いますけど実際は……」
遥か昔から続いていたというダークネス同士の戦い。もしかしたらこの壁は、その為に作られたものなのかも知れない。
「なあ。頑張ったな、俺ら」
ふとそんなことを呟く悟の傍らに腰を下ろし、想希は苦笑しながら、
「ええ、頑張った甲斐ありました」
そうして二人、嬉しそうに笑い合う。
「悟、もう少し散歩に付き合ってもらえますか?」
「えぇで。どこまでも行こや! この壁の果てまででも!」
それから、どちらともなく手を繋ぐと、笑顔で歩き出したのだった。
一方、百合香は日本の城とは異なるレンガ造りの城壁に見入っていた。
「城マニアとして、これは見逃せませんね」
日頃から鍛えているつもりでいた百合香だったが、あちこちと城壁を見て回っている内に、すっかり疲れ果ててしまう。
女坂を昇ってきた陽桜と妖も、やがて頂上に辿り着いた。
「実際に長城に来れるなんて何だか感激なのです! 自分と同じ人間が作ったとは思えないくらいです」
持参した一眼レフで長城や周囲の山々を撮影していく元気いっぱいの陽桜に対し、
「……ゆるやかな坂って聞いてたけど、……きつい」
息も絶え絶えの妖の姿が対照的だ。
明莉と杏子は景色を楽しみながら男坂を登っていた。
はしゃぐ杏子に苦笑しつつ、360度広がる景色に目を向ければ、空に溶けていく山々の眺めに思わず息を飲む明莉。
「思えば遠くへ来たもんだ……」
明莉がしみじみとこの旅と、6年間の戦いの日々に思いを馳せていると、
「あかりん部長」
急に杏子に名を呼ばれた。何事かと振り返れば、そこには真剣な顔をした杏子の姿。
「あのね、聞いてね?」
そう前置きをしてから、杏子はひとつ深呼吸をして。
「あたしね、学園に来て、糸括に入部して。楽しかったよ。辛い時も、顔を上げたら、いつだってあかりん部長がいてくれたの。お父さんみたいで、お兄ちゃんみたいで、叱ってくれて、甘やかせてくれる、そんな人」
そして、明莉がじっと聞いてくれているのを確認して。もっとも伝えたかった一言を。
「いっぱい、いっぱい、ありがとう。大好き!」
杏子の告白に明莉は、
「……ばっかだなあ」
照れたようにそう呟くと、
「こっちのが感謝してるっての。……キョン」
大切な妹分に、手を差し出した。その大きな手を、杏子はぎゅっと握る。
「ありがとう。これであたしはね、きっとこの先も、歩いていけるんだ」
その手を握り返しながら、明莉は、
(「この先、君の歩く道はこの万里より長いものになるんだろう。遠く離れても、その背中を、俺はずっと見守り続ける」)
そう、心に誓うのだった。
●楼桑村/北京動物園
3日目。大半の者が北京動物園に向かう中、百合香は楼桑村に向かっていた。
楼桑村は三国志に登場する劉備の故郷であり、有名な桃園の誓いの舞台ともなった場所だ。
「まるで聖地巡礼ですね」
劉備をはじめ蜀の武将達の石碑や霊廟を、百合香は興味深そうに見て回っていた。
その頃、北京動物園では、
「エノくん動物園はじめてなのーっ!? ぜーんぶ見ちゃおっ!」
「……すごい。動物園って初めてだけどこんなに動物いるんだな。べ、別にそんなに楽しみにしてないけどなっ!」
ミルカカ・ミルカ(d23438)と東遠寺・エノ(d08725)が、テンションMAXで駆け出していた。最初に向かうのはやはり、パンダ館だ。
「パンダがあんなにっ! ……ころころしてて可愛いな」
パンダ館では、現在5匹のパンダが思い思いに寛いでいた。その様子に、エノは興奮を隠し切れない。
「うん! ころころパンダさんかわいいねっ。パンダさんぎゅーってしてみたいなー」
ミルカカはそう言って手で宙をふかふかする。
「ミルカカさん、何もないとこでふかふかしてても触れないんだぞ……?」
エノの突っ込みに、ミルカカは残念そうに手を引っ込めた。
「はわわ、す、すごいの、です!!!」
川原・世寿(d00953)はパンダ達を目の当たりにして、興奮した様子で弟の川原・咲夜(d04950)の服をぐいぐい引っ張っている。姉をエスコートする予定だった咲夜は、逆にすっかり姉に振り回されていた。
「ところで、人類皆エスパー化したのなら安全面ではもう柵とか要らないんじゃないかな? つまりパンダと直接のスキンシップを要求する、救世主権限で!」
そんな要求を飼育員に突きつけた咲夜だったが、あっさり拒否され(「あんな白黒のモフりたいに決まってるんじゃー!」)と心の中で叫んでいた。
「ほら咲夜、写真を一杯撮りましょう!」
思いっきりパンダの写真を撮っていた世寿が咲夜に声を掛けると、
(「パンダより可愛い姉さんをお土産に撮らねば!」)
とばかりに咲夜は世寿を写真に収めようとする。世寿はそのことに気付くと、
「咲夜! いっしょに! です!」
と咲夜を引き寄せ、一緒にパンダを背景に満面の笑みでスマホで自撮りをしようとする。
「ん……うまく撮れませんね」
無意識に咲夜に顔を寄せていく咲夜。
(「世界を救った報酬とくれば、好きな人の最高の笑顔と相場が決まってますからね」)
そんな姉の横顔を見て、幸せを実感する咲夜だった。
「これだけの数がいると可愛さ数倍増しですね。あ、ゴロンしました♪こっち見ました♪♪」
パンダが何かするたびに歓声を上げているのは紗里亜だ。
「よくパンダの着ぐるみを着ていた椎那と一緒にパンダを見ることになるとは。しかし不思議な愛らしさだな。ああ、落ちる……落ちた」
木の上から落ちて転がるパンダを眺めながら摩耶は、「平和になったものだな」としみじみと口にする。
「パンダが武術をしているアニメは知っている。が、実物は丸っこくて、想像以上にノソノソ、コロコロしている。希少な生き物ということを忘れそうな光景だな」
キィンはパンダを眺めた後、視線を紗里亜に向けた。
「ところで椎那はどうしてパンダの格好してたんだ?」
真顔で問われ、紗里亜は頬を染めつつ咳払いする。
「着ぐるみパンダのカンフー、……カッコカワイイじゃないですか」
「まあ、中国といえばパンダだからな。しかし連中は確かに可愛い。うむ」
明はパンダと紗里亜を見比べつつそう結論付けると、改まって仲間達に向き直った。
「皆、今までありがとうな。これからもよろしく頼むよ」
「思っていたより小さいのは……子供? ふわふわころころ、ぬいぐるみのよう」
暴雨・サズヤ(d03349)は子パンダに視線を奪われており、
「みてください、妖さん! パンダさんが折り重なって……あぁ、癒やされます」
陽桜は積み木のように重なるパンダ達にほわぁっとした笑みを向けていた。
「本場のパンダも、日本のとあまり変わらないような? 暑さにぐでってるのかいつものことなのか……」
日本でもパンダを見たことのあるハリマは、そんなことを考えつつもパンダに見入っている。
「見て見て! パンダはゴロゴロ転んでるの!」
今井・紅葉(d01605)が、手を繋いだ深緋寺・紫炎(d05881)にパンダ達を指し示す。
「パンダ……なんでこんなデカいんが可愛く見えるんやろうな」
「あ、そっちのパンダ! 笹とたけのこを食べている!」
「そうやな……タケノコ……アクは気にならんねんやろな……」
「すごく……食べるのは、はやいですね……これはすごい……」
パンダの姿に興奮しつつも、背の低い紅葉は少し見づらそうで。
「これで、見えるか?」
紫炎はいきなり紅葉を、パンダが見えやすいように抱っこする。
「はわっ」
驚きつつも、嬉しそうに紅葉は紫炎にむぎゅっと抱きつき、
「しーちゃん、大好きなの」
幸せそうな顔で、そう告げたのだった。
パンダ館から出た一行は、それぞれに動物園の散策を始める。
孫悟空のモデルとされるキンシコウを見に行ったサズヤは、じっと一匹の子猿と見つめ合っていた。
(「毛がふわふわだが……暑くはない? 日陰の方が落ち着く? おぉ…ちまちま食事する姿や高い声で鳴くのもかわいい」)
柵越しでも見られてよかったと、シズヤは満足そうに頷く。
「ミルカカさんっ! ライオンがあくびしてるぞっ。百獣の王、かっこいいな!」
エノは相変わらずテンションが高く。
ハリマはシフゾウという動物の解説を読んでは、
「四つの動物に似てるけどどれとも違う……確かに言われてみると」
そう感心していた。
土産物屋では、やはりぬいぐるみが人気だった。
「ワイはこっちの小さいんでえぇわ」
「じゃあ紅葉もしーちゃんと同じのがいいの、お揃いですね♪」
同じサイズのパンダのぬいぐるみを買って、ご機嫌の紅葉と紫炎。
他にもサズヤはキンシコウとパンダのものを、キィンは特大サイズのパンダのものを買っていた。
「パンダさんの形のポシェットもかわいいーっ! どうどうっ? 似合うっ?」
「……に、似合ってるぞ。でも、お揃いのシャツは恥ずかしいからナシだな」
ミルカカとエノは最後までテンション高く。
(「……闇の脅威がない世界。思い出をもっと増やしていけば宝物も、増えていくだろうか。穏やかに生きていけるだろうか」)
幸せそうな仲間達の光景に、サズヤはそんな感慨に耽るのだった。
作者:J九郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年7月31日
難度:簡単
参加:18人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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