世界視察旅行~英国浪漫探訪記

    作者:西宮チヒロ

     つい先日の激闘が嘘のように穏やかな放課後。
     日中に比べ、日差しも幾分和らいできた廊下でばったりと出逢った大津・優貴は、穏やかな声で先日の勝利を労った。
    「ひとまずダークネスの脅威は払拭できましたね。……そうだ。あなたも一緒にどう?」
     そう言って差し出した紙面には、『世界視察旅行企画』の文字。
     世界中で人類エスパー化の影響が出始めてはいるが、まだ社会的な平穏は保たれている。
     そこで、未来を検討するにあたり、この機に手分けして世界の実状を視察に行く。
     それが企画の概要のようだ。
    「でも、さすがにエクスブレインだけじゃまわりきれないでしょう? だから、一部の教員も協力することになったんです」
     組連合からの要望もあったし、修学旅行を兼ねるのも良いんじゃないかしら。
     そう続ける優貴に担当国を尋ねると、ひとつ眸を瞬いてからくすりと微笑を見せた。
    「あら。私は英語教師ですもの。勿論、イギリスですよ」

    ●鐘の音の響く街
     イギリス――正式な名は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。
     イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4ヶ国で構成される、同君連合型の主権国家だ。
     とはいえ、やはりすぐに思い浮かぶのは、霧の都と名高いロンドンだろう。
    「日程は3泊4日。宿はロンドンのホテルを取ってあります」
     市内にある4つの世界文化遺産のうち3つは、いずれも街を渡るテムズ側の畔にある。
     過去様々な人物が処刑された監獄でもあった、中世の要塞、ロンドン塔。
     傍らのビッグ・ベンとともに、ロンドンの風景を代表するウェストミンスター宮殿。
     そして、グリニッジ天文台を擁する海事都市グリニッジ。
     残るひとつのキューガーデンは、薔薇園のほか、巨大温室や王室最小の宮殿もある、広大な王立植物園だ。
     ほかにも、女王の住まうバッキンガム宮殿、大観覧車、セント・ポール大聖堂、タワーブリッジやロンドン橋など、巡りきれないほどの名所で溢れている。

    「読書や映画が好きな人なら、所謂『ロケ地』を訪れるのも面白いかもしれませんね」
     今や名を知らぬ者などいないであろう、かの名探偵の住処。
     礼儀正しく紳士的な子ぐまが優しい夫婦と出逢った駅。
     物語の生まれた場所は、ロンドン近郊だけでも数え切れないほどある。
     異国情緒に浸りながら、ダブルデッカーに乗って街を巡ったり、カフェで本場の紅茶を味わったり。それだけでも十分、イギリスを堪能できるだろう。

    ●御伽噺の生きる国
    「あとは、湖水地方でのんびり自然を満喫するのもお勧めですよ」
     湖が点在する広大な国立公園が複数隣接する湖水地方は、青いジャケットがトレードマークのうさぎの物語にも在るように、白鳥や羊の群れ、可愛らしい家々の庭先には猫やロビンなどがいるのどかな地だ。
    「他にも作品の舞台となった場所はたくさんあるから、この機に行ってみるのも良いかもしれないわね」
     さすがに海を隔てた北アイルランドへは行けないが、ウェールズやスコットランドなら十分見てまわれるだろう。

    「ウェールズと言えば、有名なのはアーサー王物語かしら」
     吟遊詩人による口承を元にしたウェールズ神話。
     その代表的な書物『マビノギオン』にも綴られている中世の騎士道物語は、誰しも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
     また、アーサーにも所縁のあるストーンヘンジなどの古代遺跡群を巡り、世界の伝説と神秘に触れる旅ができるのもイギリスならではだ。
    「スコットランドは、あの物語で注目度も高まったんじゃないかしら」
     魔法使いの少年が主人公の児童文学。
     彼の学び舎として使われたエディンバラ城やグラスゴー大学、蒸気機関車が渡るグレンフィナン高架橋。見る者すべてを物語の世界へと誘ってくれるはずだ。
     ユニコーンが信じられ、ネス湖の伝説が生まれた場所。雄大な自然に囲まれ、ケルト神話や妖精伝説が色濃く残るスコットランドには、バグパイプの音色が良く似合う。

     緑だけでなく、海もまたイギリスの見所だ。
     SSグレート・ブリテン号の見張り台からの眺望を愉しむならブリストルへ。
     ハーフティンバー様式の家が並ぶ街並みで宴を愉しむならヘイスティングスへ。
     海賊にまつわる話も多いイギリスだからこそ、海岸線沿いにある街を訪れるのも一興だ。
     そして最北に在るのは、「翼の島」とも呼ばれる幻想郷――スカイ島。
     妖精の谷や妖精のプールと名づけられた場所があるほどに、その最果ての島には、物語で描かれたままの幻想風景が今もなお色鮮やかに残っている。

    「皆さんはこの6年間、多くの人のために闘い続けてきてくれたんですもの。堅苦しく考えず、その慰安旅行として愉しんでもらえれば嬉しいわ」
     でも、夜更かし厳禁。集合時間は厳守ですよ?
     最後に教師らしい口調でそう言うと、優貴先生はすこし子供のように笑った。


    ■リプレイ

    ●第1章 名探偵の住まう街
     ホームにベルが鳴り響く。
     ベイカー・ストリート駅は、かの名探偵にまつわるもので溢れていた。早速見つけた壁面を撮ったさくらえと涼子は、勇弥に続き外へと出る。
    「……あ、銅像あるよ♪」
    「お、ほんとだ!」
    「兄弟へのいい話のネタになるわ」
     写真を撮りながら、視線を巡らせながら、誰しも自然と声が弾み足取りが早くなる。
    「実際に訪れる時が来るなんて、夢のようです」
    「彼の遊撃隊もこの街を駆け巡ったのかな?」
     手を繋いだ陽和と朔夜が瞳を煌めかせる。神凪家の3人、共に愉しんだ物語。ここは夢の街なのだと燐も思う。
    「本当に、世界一有名なのですね」
    「ええ……それに、街の誇りでも」
     3人を見守りながら並び歩く双調に、空凛も瞳を細める。互いに蔵書の多かった実家で名探偵の物語を読み耽り、己にはない彼の生き方に憧れた。
    「筋金入りのシャーロキアンだね、みんな」
     言いながら、さくらえのナビゲーションで辿り着いたベイカー・ストリート221bの前で勇弥は足を止めた。黒塗りの扉を見つめ、息を飲む。
     幼い頃、胸高鳴らせた世界の未来が此処であり、その時代がこの先にある。
    「ここが、『彼』の推理の原点……」
    「きっと、彼らしいインテリアで一杯でしょうね」
    「彼もここで、パイプをくゆらせながら推理をしたのでしょうか?」
    「歴史の勉強をするのもいいかもね」
    「うん、凄く勉強になりそうです」
     同じように燐が、陽和が、空凛が想いを馳せ、朔夜と双調が微笑み合う。
    「よし、行こう!」
    「行きましょうか」
    「そだね、楽しんでこうか♪」
     声重ねるさくらえと涼子にとびきりの笑顔を返しながら、勇弥は重厚な扉をゆっくりと開けた。
    「ちひろ先輩っ! 見て見て羽付きの万年筆ー!」
    「久成、はしゃぎ過ぎて転ぶなよ?」
     名探偵の住処の前で声弾ませる杏子に声を掛ける脇差も、鹿撃ち帽子と玩具パイプをちゃっかり装備。
    「小説の中にいるようで、すごく楽しいね」
    「可愛い……」
     眸を燦めかせる輝乃に零れかけた言葉。
    「鈍、うまくエスコートしてあげるんだよ!」
    「咬山っ……!」
     千尋の耳打ちに、脇差は赤らむ顔を帽子の鍔で隠す。
     輝乃お勧めの店での昼食を挟みながら、傘屋からミステリースポットまで。休憩には杏子に連れられ墓所カフェへ。
    「そうだ。この後フリーマーケットに行こうと思うんだけど、一緒に来るかい?」
    「ボクも一緒に行くよ。キョンは?」
    「あたしも! お買い物沢山するよーっ」
    「へいへい、荷物持ちだろ分かってるよ」
     素直になれない天邪鬼。けれど、愉しみだと緩む顔は隠しきれない。

    ●第2章 英国食巡り
     久しぶりの地元。ビッグ・ベンへの鐘が聞けないのは残念だが、アリシアには別の愉しみもある。――フィッシュ&チップスだ。
    「……想像以上にアレだったのだ……」
    「伝統的な朝食やローストビーフは、国を代表できる美味さと確信しておる」
    「むぅ、それじゃぁそれを期待しておくのだ」
     嘆きからすこし復活した凪の様子に微笑みながら、アリシアは当分尽きなさそうなポテトフライを口へ運んだ。
     街巡りの後は、ヴィクトリア&アルバート博物館のカフェへ。ゆまお気に入りのモリス・ルームの厳かな雰囲気には、碧もつい圧倒されてしまう。
     アールグレイとマフィンをお伴に交わす、何気ない語らい。
     色々あったけれど、今はどれも良い想い出。こうして巡り会えたことが、素敵で幸せ。
    「これからもお出かけでいたらいいな」
    「はい、折角の旅行もっと楽しんじゃいましょうっ!」
     ――さあ、次はどこへ行こう?
     ピカデリー・サーカスに悠揚と佇む店を前に、都璃は暫く言葉を失った。
    「ここが都璃ちゅんが来たかった場所か~」
    「つか、2人は消えてもらってもいい。いや、消えろ」
    「はいはい皆で入りましょうね皆で」
     店へと入る都璃の後ろ、真顔の慶を柊慈が宥め、織兎が軽い足取りでそれに続く。
    「すごい、本物の本場だ……!」
     3段のケーキスタンドにカップとティーポット。白とオーデニールの上品な食器たち。
    「ん~うまい~。あ、そっちのも頂戴~」
    「美味しい! この味……なんとか再現できないものか……」
    「ほら、付いてる」
    「……っ!」
     頬のクリームを指で拭い舐めた慶に、一拍遅れて都璃の頬に朱が走る。
    「そ、そう言うことを人前でやるんじゃない!!」
    「慶っちは相変わらずだな~」
     からりと笑う織兎と苦笑する柊慈を一瞥して、慶は笑みを隠すように紅茶を一口含んだ。
     そう、僕もこの国を愉しんでいるのだ。

    ●第3章 人織りなす歴史の跡
     ロンドンの中心にある大英博物館。その壮大な白亜の神殿を思わせる建物へと、澄はトートバッグを抱えて入館した。
    「フム、あれがロゼッタストーンよ」
     バッグから顔を覗かせた、愛らしい白い頭と瓶底眼鏡の子へ、これまでの感謝を込めて。
    「今日はあなたに付き合うから。って、バッグから出たら駄目だってば!」
     大英博物館を見終えた足で、律とシャルロッテはポートベロー・ロード・マーケットへ。
     誕生日祝いと今日の記念に欲しいものを尋ねれば、暫く悩んだ娘が手にしたのは銀のアンティークブローチ。
    「似合ってマスカ?」
    「……すごく似合ってる」
     胸で燦めく銀に、花のような笑顔。照れ臭くて青年はちいさく囁く。
     映画のロケ地でもあるこの場所。
     こんどみにいきマスカ? と笑顔の娘と共に迎える未来は、ハッピーエンドにあやかりたいものだ。
     荘厳なロマネスク様式のロンドン自然史博物館で、ティノと伊織は巨大な恐竜の骨格標本を仰ぎ見ていた。
    「ここの子がそうなのか」
    「……ええ」
     この化石には眸を輝かせた娘の影業。その力強さを頼みとしたのか、それとも父との数少ない想い出故か。
     いずれにせよ娘の支えで半身ならば、と。ティノに倣い、『この子の親』へ伊織も心からの敬礼を。
     そして同行のお礼には、本場英国のティータイムを。
     HMSベルファスト――テムズ川のプール・オブ・ロンドンに浮かぶ巡洋艦。
     外観や居住性の話に花咲かせながら、フォルケと瑠璃は紅茶を手に上甲板へ。
     今この船の周りに在るのは、穏やかな水面と陽を反射して燦めく建物ばかり。
    「他にもいろんな国、一緒に見てみたいですね」
    「そうですね。色んな場所、いっしょにいきましょう」
     差し当たって次は、ダブルデッカーに乗って街を巡ってみようか。
     タワー・ブリッジからテムズ川を暫く船で行き、広大な公園を抜けた丘の先。チセは、赤煉瓦の愛らしい建物――グリニッジ天文台へと入る。
     様々な書籍に海図、望遠鏡。特に天球儀に巡り会えた幸せに、つい笑顔が毀れる。
     人生はまさに航海だ。様々な標星に導かれながら、時を刻み己を示す。それは今も変わらない。
    「ずっと好きでした! お願いします!!」
     腰を90度折り、深々と頭を下げながら差し出された掌。
     テムズ川に掛かるタワー・ブリッジを眺めていた優貴先生は、ターボからの突然の告白に瞠目した。
    「えっと、流石に教え子とはちょっと……ごめんなさい」
    「チックショオオオォォォォッッ!!」
     ターボ全開で猛烈ダッシュして川へ飛び込むと、青年は悲しみのままに泳ぎ去ってゆく。
    「この横断歩道、写真で見たことあるだろ?」
    「あぁ……! こんなところにあったんですね」
     世界的なロックバンドによって有名になったアビー・ロード。その横断歩道を歩く様を、葉月と真火は写真に収めた。
     いつかは俺も、このスタジオで。
     壁への落書きを指でなぞりながら願う葉月が愛おしくて、屹度叶うと、真火も祈り微笑む。
     このどこまでも続く路の先。手始めに、次は望みの教会へと行ってみようか。
     音楽の街でもあるこのロンドンで、見桜もまた、キングス・ロードへとやってきていた。
     今は無き店のあった場所で、ピンクの英字を掲げた外観を想いながら報告する。
     ――あなたたちのおかげで頑張れたよ、ありがとう。
     ――もう一度、命を賭けてバンドをやるよ。
     あの日の私のように、この歌が、声が、誰かの背を押せるように。絶望から立ち上がれるように。
     そして、私が楽しく生きられるように。そう、改めて誓う。

    ●第4章 伝説と物語の生きる場所
     イギリスを縦断するイースト・コースト本線の始発駅――キングス・クロス駅。
    「ロンドンで魔法使いと言えば、やっぱりこの伝説の駅でしょう」
    「よく9.75番線なんて発想が出たものですね」
    「ええ。少なくとも、私には思いつきません」
     関心するステラに、優貴先生も頷く。アンカーもまた、現実にはないと、創られたものだと識っていても、この場には浪漫があると思う。
     ご丁寧に用意されていた荷物カートを押すポーズで記念写真を撮ると、ローラは停車している列車を焦がれるような眼差しで見つめた。
     此処から本当に、かの魔法魔術学校のある地まで行けるのだ。
    「実際にあるのってすごいよね。さすがは大英帝国だよ」
    「エディンバラも素敵な処ですよね。ローラさんは行ったことある?」
     尽きぬ語らいを愉しみながら、ローラの案内で英国紅茶の美味しいカフェへ。――料理については何も言わないお約束。
    「あまおとは行きたいところあります?」
     とある児童文学の主人公のくまの名にもなっている、パディントン駅から1時間ほど西へ行ったところにあるクライスト・チャーチ・メドーで、陽桜はあまおとと聖地巡り。
     長閑な風景の中に不意に見つけた、水辺に佇む柳と楓。祖父のように日本好きな人がいるのかも。母の実家である京都を思わせる景色に、そう思わずにはいられない。
     千朝と悠士の目的地はウェールズ地方。
     ソーシャルゲームの影響とは言え、好きなものの聖地を訪れるのは胸が高まるもの。
     悠士もまた、共に行ければ何処でも良かったが、アーサー王の聖地巡礼ができるのなら願ったり叶ったりだ。
     ティンタジェル城、グラストンベリー・トー。愛しい人と往く城と草原の連なる地に、どちらからともなく掌を重ねた。
     ひとけのない丘で悠士を抱き上げ、ふたり雄大な景色を眺め見る。外国に来てまでこんなことするのも、中々いいものだよな?
     湖水地方――ウィンダミア近郊にあるニア・ソーリーは、ちいさく穏やかな村だった。
     みをきはあひるの絵本を手にしたまま、物語のまま色鮮やかな農場を巡る。
     あの生家と庭園の再建。必ず成し遂げてみせる。笑い方を思い出させてくれた壱への、これは誓いだ。
    「みをきがやりたいこと、一番近くで見させてね」
     手伝いを申し出ながら灰糸に軽く唇で触れれば、お返しにと頬に落ちる口づけ。適わないなあとはにかんで、壱も肩を寄せる。
    「あなたがいる限り、俺は強くなれるんですよ」
     ――壱さんに俺が愛した景色を見せたかったのです。
     一番の理由を口にするのは、誓い叶ったとき。
     グレートブリテン島の最北端にあるスコットランドには、城や渓谷、大自然を渡る陸橋など、数えきれぬほどの景勝地があるが、最奥にある翼の島――スカイ島は、その最たる場所と言っても過言ではないだろう。
     フェアリー・プールと呼ばれるほどに、其処は澄んだ場所だった。
     連なる山稜の手前、岩場から流れ落ちる幾つもの白滝が、飛沫を上げながら青に燦めく泉へと溶けてゆく様を眺めながら、思う。
     世界の。人々の。そして灼滅者として、そしていつか受け継ぐ会社の経営者としての自分の――行く末を。
    「これからも忙しくなりそうだ」
     フィレイムの、乗り馴染んだシートに浅く腰掛けながら、龍人は変わらぬ不適な笑みを浮かべた。
     日本とはまた違った、海外ならではの美しい彩。
     けれどこの先、公害などの影響を受けぬとも限らない。だからこそ、より周囲に気を配っていかねば。
    「なくなったらもう戻らない。……こんな景色は、ずっと見ていたいしな」
     物語は好きだけれど、それでしか語られなくなるのは寂しいから。
     眼前を見据えたままの周へ、優貴先生も微笑する。
    「そうね。……また、皆と来たいもの」
     そのためにも、皆の力に。その静かな誓いを胸に。
     南下するウエスト・ハイランド鉄道のデッキから電話を掛ける。
    『恵理さん! 今日はどちらに?』
    「スカイ島よ」
     あちこち写真に収めたけれど、その鮮やかさは直接伝えたい。
    「ねえエマ、その灯台に『見る石』を置いたら、真直ぐな海の彼方の国も見えそうじゃない?」
    『ふふ、確かに! ……あ、もしかしてこの通話も『石』の力だったり?』
     そう笑う友人と、今度は共に歌おう。妖精たちに想い出預け、彼方の国へ届け残してもらうために。

    ●終章 そして、再び紡がれてゆく
     ウィンダミア駅を背に、供助はオレスト・ヘッドを登った。
     頂上のベンチに座り、大好きだった景色を眺める。写真は、1枚だけ。
     護りたかった。もう帰る場所ではなかった。なら、変わる世界で、何処に――。
     答えに至ったとき、懐かしい声に名を呼ばれ振り返る。まずは迎えに感謝し、そして話そう。今までのことを。
     不思議な気分だ、と毀れたエアンの声に、百花は手を繋いだまま腕を絡めて応えた。故郷の代わりに、お帰りなさいと。
     両親の眠る場所へ、街の名を冠した白薔薇を手向ける。告げるのは姉への想いと、もうひとつ。
    「とても大切な人が出来たんだ」
     己の背に添えていた娘の手を引き寄せ、家族の前へ。緊張気味に挨拶する娘の、絡めた指先に力が籠もる。
    「……えあんさんを幸せにします……」
     この手に救われ、支えられてきた。溢れ出す倖せのまま、エアンは愛しい娘へと囁く。
     ここまで俺に着いてきてくれて――ありがとう、もも。
     緑と静寂に満ちた懐かしい我が家。グランマ特製の料理も、サフィの心の故郷だ。
     両親からの同居の伝言には、迷いながらも答えを決める。
    「グランマとこれからも一緒が良いの。――私、悪い子ね」
     それでも、重なる手も微笑みも優しく温かいから。
     きっとまた、帰ってくるね。
     懐かしい家影から爆音とともに吹き飛んできた扉を、ジェフは慣れた仕草で避けた。
    「ただいま。父さん、何を作ってるんですか?」
    「おお、ジェフ。実は今、人間ロケットを作っていてな」
     黒焦げの白衣姿で突拍子もないことを次々と話す、相変わらずの父親。どうやらまだ暫くは、母も帰って来そうにない。
     地図に書き込んだ幾つもの赤丸も、これが最後。
     暮れなずむ空の下、ロンドン・アイへと乗り込んだ小太郎と希沙は、今日1日の想い出に花を咲かせる。
     ベストショットが取れた処。迷った路。優しい夫婦との出逢い。
     愉しかった。そう溢れた互いの笑顔は、共に歩んでこられた自分だけの倖せ。
    「希沙さん――じゃなくて、希沙」
     此処まで一緒に来てくれて、ありがとう。
    「……きさこそ、嬉しかった。有難う」
     喜びを噛み締めながら、ふたり。繋いだ掌をぎゅっと握り返した。

     そうしてそっと、心で囁く。
     幾つもの想い出をくれたこの国に――心からの感謝を。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年8月15日
    難度:簡単
    参加:50人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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