●
「みなさん、サイキックハーツ大戦の完全勝利、おめでとう!」
その日、灼滅者達を出迎えたのは遥神・鳴歌(高校生エクスブレイン・dn0221)だ。
「問題は残っているけど、ダークネスの脅威は完全に払拭されたね。これからは、全人類のエスパー化にたいしてどういった対処を取るかとか、考えることはまだあるけど……」
彼女がそこまで告げた時、だいたいいつも何かしらの占具類を手にしている彼女が、今日は何も手にしていない事に気づいた者もいるだろう。
「みなさんももう知っていると思うけど、エクスブレインが世界各国の視察を手分けして行うことになったの。社会がまだ平穏を保っているうちに、世界の実情を目にすべきだろう、ってことで」
だから、一緒に行ってくれる人を探しているのよ――そう告げて鳴歌は教卓に置かれていた冊子を手に取り、表紙を灼滅者たちに見えるように立てる。
「水晶占いの結果、わたしが行くのはスロベニア! ここには恋愛のパワースポットがあるの!」
●アルプスの瞳
スロベニア――スロベニア共和国は中央ヨーロッパに位置する国で、ヨーロッパの文化や公益の交差路である。治安は良く、おとぎ話の世界のような景色が広がっている。
「首都のリュブリャナからバスで一時間くらい行くと、ブレッド湖があるの。きれいな湖でね、湖の畔にはブレッド城があって、澄み切った湖にはブレッド島っていう小さな島が浮かんでいるのよ」
そこは『アルプスの瞳』や『アルプスの真珠』などと呼ばれており、湖を観光するための遊歩道やキャンプ場なども充実していて、自然を堪能しながら過ごすことができる。
「そのブレッド島にある聖マリア教会は、愛の女神ジーヴァが宿っているといわれる恋愛のパワースポットよ!」
この聖マリア教会の鐘を7回鳴らすと願いが叶う、幸運が訪れるといわれていて、なかでもカップルで鳴らせば、その絆は強固なものになり、永遠の愛が約束されるという。
「結婚式も挙げられるわ。希望者がいれば予約を入れておくけど……ちょっと大変、かもね?」
訳知り顔で笑う鳴歌に首を傾げる灼滅者たち。
「あのね、新郎新婦は島についたら教会へと続く99段の階段を、新郎が新婦を抱えてのぼるっていう儀式があるの。無事にのぼりきると、夫婦の願いが叶うんですって!」
是非挑戦してほしい、と彼女の瞳が語っている……。だが、灼滅者ならば容易い試練かもしれない。
「他には、ヨーロッパ最大の鍾乳洞があるわ。『鍾乳洞の女王』と呼ばれるポストイナ鍾乳洞。鍾乳洞って神秘的よね」
ひとつの鍾乳洞の中で豊富な種類の鍾乳石を見ることができるこの鍾乳洞は、入り口から洞窟内にはトロッコ列車に乗って進む。冒険者の気分を味わいながら、神秘的な景色を満喫できるだろう。
「シュコツィアン洞窟群は、スロベニアで唯一の世界遺産で、洞窟内に大きな川が流れているの」
このレカ川には洞窟特有の珍しい動物が数多く存在するという。神秘的な地下世界が広がっているのだろう。観光することはできるが、ボランティアの監視員が自然保護の監督を行っているというので、大切にされている環境を乱さないように心がけて観光する必要があるだろう。
「あとはなんといっても首都のリュブリャナ! すごく歴史の古い街でね、ギリシャ神話の英雄、イアソン王子によって建設されたという伝説があるのよ。コルキスの金羊毛を手に入れるためにイアソン王子がドラゴンと戦った場所がリュブリャナだと、まことしやかに囁かれているようね」
そのためか、町のいたるところでドラゴンのシンボルを見かけるという。
ルネッサンス、バロック、アールヌーヴォーなどの様々な時代の建物が混在しているリュブリャナは、プレシェルノヴ広場や三本橋、教会や大聖堂など見どころはたくさん。スロベニアの特産品を扱った青空市場や、ご当地グルメを食べられるカフェやレストランなどもある。
「旅程は3泊4日くらいの予定だけど、今まで頑張ってきたみなさんの慰安旅行みたいなものだと考えてもいいと思うの。希望の出ていた、修学旅行みたいなイメージでもいいと思うわ」
ただし、灼滅者がエスパー問題にどう関わるかの結論が出てない状態なので、人類のエスパー化による事件などが発生していたとしても今回はかかわらないでほしいと鳴歌は告げる。
「一緒に楽しんでもらえれば、自然と情報は入ってくるから。だから、私も楽しむから、皆さんも楽しんでね、約束よ」
●
自然豊かで素敵な風景が沢山広がっているスロベニア――しかしその首都、リュブリャナを訪れる日本人は意外に少ないという。
様々な時代の建築様式が混在するこの街は、日本人から見たらお伽噺の中の世界、またはファンタジー系のゲームの街並みがそのまま現れたように見えるかもしれない。いたるところにドラゴンのシンボルがあるというのだから、特に。
「すごいええ匂い~!」
「焼きたてだもんね!」
綺麗な街並み、青空市場の野菜や花、すべてが新鮮で面白く、わくわくする。希沙と香乃果はカッテージチーズのピザ屋でお昼ご飯。焼きたてのピザは、チーズの香りだけでお腹いっぱいになってしまいそう。はふはふと頬張れば……。
「美味しい!」
「んー! 絶品やねぇ!」
顔を見合わせて、思わず笑顔が溢れる。
お腹を満たしたあとは、リュブリャニツァ川のボートクルーズへ。
「あれが三本橋かな」
川から街を、橋を下から眺めるのも、やはり徒歩で見るのとは違う景色が見られて新鮮だ。
「希沙ちゃん見て、ビーバーもいるよ」
「えっビーバー?」
身を乗り出しかけている香乃果の指す方向へ、希沙はカメラを向ける。シャッターチャンスは逃さない。
「わ、手を振ってくれてる!」
川沿いを歩く見知らぬ人たちに笑顔で手を振り返す香乃果を、こっそりとカメラにおさめる希沙。自然な笑顔の彼女はとてもかわいい。
「通行人との一期一会も旅の醍醐味やんね」
「笑顔で振り返してくれるの、嬉しいよね」
楽しいこと、嬉しいことはいくつ重なっても困らないものだ。
下船後に立ち寄ったカフェで二人が頼んだのは、プレクムルスカ・ギアバニツァ。薄力粉と強力粉の生地を使い分け、4種類の層に様々な素材を使った独特なケーキ。
「ずばり、香乃果ちゃんの理想のタイプは!」
フォークをケーキに刺しながら、咲くのは女子トーク。
「うーん、頼り甲斐のある人かな……」
少し考えるようにして答えた香乃果は続けて。
「希沙ちゃんの理想は聞かなくても分かるよ、うふふ」
「それは某せんぱ……わ、わたしはばればれかな、照れる!」
香乃果の言葉に熱くなった頬を抑える希沙。それを見て香乃果は笑む。
「何層にも重なるこのケーキみたいに、この街での思い出も沢山重ねようね」
「うん! まだまだ堪能しようね!」
旅は、始まったばかり。
「綺麗な街並みなのです……です……!」
見慣れない建物と風景に感動して、観光マップを持つ手が震えているのは【漣波峠】の噤。
「この落ち着いたシックな街並み、イイねえ」
「建物にしろ道にしろ、ゲームの世界の町みたいになってるよ……すごいね」
煌希も静もぐるりとその場で周囲を見回し、感嘆の声を漏らした。
「空が高いねぇ……絵に描いたように端正な街、やねぇ……あ、どらごんさんがいはる」
保の言葉に、一同の視線はドラゴン像へ。
「はー、本当にドラゴン像とかある。……でも、顔はあんまり怖くないね」
「怖いようで、愛嬌のあるお顔やねぇ」
像の近くまで行きその顔を見つめた、静と保の感想。
「ドラゴン……が守っているんでしょうか……です」
「この像はリュブリャナドラゴンって名前の竜らしいなあ。力や勇気、大きさの象徴だそうだ。カッコいいなあ!」
噤の横で煌希が像の由来と感想を述べる。噤は像をほわーっと見つめて。
「かっこ……かわいい……」
見る者によって様々な印象を抱かせるドラゴン。その表情の豊かさは、まるで生きているかのようだ。
四人が次に到着したのは、青空市場。軒先をそぞろ歩くだけでも目にうつる物が楽しませてくれる。
「見たことないものもありますです……です……!」
「わぁ、いろいろ売ってるんやねぇ……これ何やろ」
噤が目を輝かせてどこから見るか迷っている間に、保が購入したのはブドウ。
「どうぞ」
「ブドウさんきゅ! ん、美味い」
差し出されたそれを、煌希が摘み取って早速口へ。正直な感想が漏れる。
「ぶどういただきます……です……」
笑顔で手を伸ばす噤。礼を言って手を伸ばす静。保もぱくっ……食べ歩きの始まり。
「すげえ、変わったニンジンとかフェンネルの株とか売ってるぜえ!」
「知ってる野菜のようで、形が少し違うのです……。これがフェンネルの株? 変わった形なのです……です……」
興奮気味に陳列された品物を見る煌希の横から、噤もひょこっと顔を出す。
「おっちゃん、このカブみたいなやつは?」
英語で尋ねる煌希。返ってきたのは……。
「……コールラビー?」
「こーるらびー……? 球根?」
煌希が手にしたそれを見た保の表現は、確かに正しいのかもしれない。だがその球状に肥大化したものは、茎だという。そしてキャベツの栽培変種の一つらしい。日本ではまだまだ認知度の低い野菜だ。
「わぁ、すごいケーキ売ってる……ぽてぃつぁ?」
「このロールケーキのお化けは……ぽてぃ……え、何て?」
まだまだ興味の尽きぬ保と静が見つけたのは、ポティツァというスロベニアの伝統的なお菓子。ロール状にした生地を、クグロフに使う型に似た形の型(ただしかなり大きい)に詰めて焼くもの。
「何や大きいどーなつも売ってる……くろふ? これ、皆で食べてみぃひん?」
保の提案でポティツァとクロフを買い込んで、借りたテーブルで試食。いつの間にか静が買ってきた、カップに入れてもらったスープやホットドックみたいなカツレツもテーブルに並んで豪華だ。
「ポテ……ポ……」
「おー、ドーナツとパウンドケーキの中間みてえなケーキだなあ。ポテトじゃねえぞ、ポティツァだぞ」
噤と煌希はポティツァをはむりと。中には色々な材料が入っていて、味だけでなく食感も楽しめる。
「色んな種類あって、迷ってしもぉた」
保はまんまる揚げドーナツのクロフを切り分けて。
「なかなかのボリューム感、良いよ、僕ここ気に入った!」
言葉は通じずとも、静の表情と声色で伝わったのだろう、市場のおじさんがサービスとばかりに持ってきた皿には――。
「は。なにこれ。カエル?」
静がつまみ上げたそれは、カエルのフライ。見た目をもうちょっとどうにかできなかったのかとツッコミを入れたくなるくらいカエルだ。
「……うん、なるほど。鶏肉っぽい食感だね」
「……カエルは鶏肉味なのか……またひとつ賢くなった、気がする」
躊躇いなく食した静の感想に、煌希は複雑な気持ちで呟くのだった。
漣香はビハインドの泰流と共に街を歩いていた。
「……浮かれてるな」
日傘をさしてくるりと舞う姿を眺めて呟く。
日本とは全然違う建築、空の青さに映える白の壁。各所にある竜のシンボルを、風景とともにカメラに収めた。
「これがフランシスコ教会か。ピンク色かわいーなぁ……ん?」
教会を見上げる漣香を泰流が手招きしている。彼女について中に入った漣香を迎えたのは、荘厳で静かな空間。思わず息を潜める。
絵画や装飾を見逃さぬように歩いた先にベンチを見つけて、そこに座って天井のフラスコ画を眺める。
「あー姉ちゃん、こういうのすきだったな……お前もすきなの?」
隣に座る彼女――姉を模した魂の一片は、相も変わらず静かに笑んでいる。
(「彼女を受け入れるようになれたのは、良い傾向なんだろうか」)
彼女越しに装飾を見つめる。
(「ダークネスが消えても、オレが死ぬまで彼女は居るんだろう」)
焦点を、意識的に彼女に戻す。それは腹をくくった証。
(「それならもう少し、こいつと話しをしよう」)
世界が変わりゆくように、彼と彼女の関係も変わり始めているのかもしれない。
●
ポストイナ鍾乳洞を訪れたのは、司とみゆ。鍾乳洞は圧巻だというから、期待大だ。
「おお、トロッコ! 良いな! 楽しみ……大丈夫か? 柊」
入り口に見えるトロッコ列車は期待を煽るのに十分だ。
「こ、怖くなんて、ないですよ?」
「まあ、平気なら良いが」
期待に胸を膨らませて乗り込んだみゆに対して司はなんだか……。
「なかなかの迫力ではないか!」
「怖くなんか……ちょ、なんですかこの……!」
しがみついて黙っていればいつかは終わる、いつかは終わる……目も固く閉じた司。
「おい、柊? 黙ったままだが本当に大丈夫か? というか、着いたぞ」
「……え、ついた?」
みゆに指摘されて初めてトロッコが止まっていることに気づいた司。そそくさと降りて視線の先の景色に胸踊らせる。
「おぉ、さすがですね。圧巻っていうか綺麗っていうか」
「着いた途端に元気になったな。さっき怖がっていたじいちゃんがもう笑っておる」
「氷高さんほらほら行きましょう。え? 怖がっていた? 何のことですか?」
司の爽やかな笑顔にそれ以上の追求は封じられる……というかみゆが自粛したというか。
「ああ。寒かったんですねうんうん。マフラーを貸してあげましょう」
「はは、折角だから借りようか。だが、それでは柊が寒いだろう。もう一本あるのか?」
みゆの襟にふわりと巻かれたマフラー。彼女に見上げられて司は笑む。
「ふふ、僕よりも可愛い氷高さんが風邪をひいてしまわないかが心配なんです」
「すまぬの、ありがとう」
礼を告げたみゆの手をとって、司は鍾乳洞内を先導していく。『鍾乳洞の女王』と言われるだけあって、その景色の素晴らしさはまさに筆舌に尽くしがたい。
「中は結構広いの……落ち着け、柊!」
何を見ても派手に喜んではしゃぐ司に思わずみゆは声を出したが、そういいながらも彼のその純粋さが良いところだと思っている。楽しそうな彼と居ると、自身も楽しく観光ができるから不思議だ。
(「しかし、柊」)
だが彼の様子を見て、一つだけ心配がある。
(「帰りもトロッコ列車だと気づいておるかのぅ」)
もちろん帰りの彼の様子は、想像の通りである。
●
「お前、大丈夫かよ……」
「あうぅ……ちょ、ちょっと怖い……」
シュコツィアン洞窟群を訪れていた宗田と澪だったが、さっきまで目を輝かせてあっちこっちキョロキョロしていた澪が、吊橋に差し掛かった途端、動けなくなってしまったのだ。
灯りはあるとはいえ、確かにこの高さでは怖くなるのも無理はない。
(「僕別に高所恐怖症とかってわけじゃないはずなんだけどなぁ……」)
「仕方ねぇな」
動けない澪の手を宗田は握り、そして引く。すると澪の足は、恐る恐るではあるが動き出した。宗田が自分に歩幅を合わせてくれていることに気づく余裕はまだないが。
「下見ると余計怖くなんぞ」
「わかってるんだけど……でも、見たいじゃん……?」
せっかく来たのだからどうせなら全体を見たい澪にため息を付いて、繋いだ手を引っ張って、自分の腕に巻き付かせてやる宗田。
「この方が安定するだろ」
「うん……」
彼にしがみつきながら、澪はチラチラと下を覗く。そこに広がるのは、普段はそう簡単に見られぬ景色。
「自然の神秘だよねぇ……柴崎くんは、こういう方が好き?」
豪華な建物や綺麗な草花にはあまり興味を示さない宗田だけど。
「まぁ……人工物よりはな」
どう答えたもんかと悩んで絞り出されたのは、そっけない言葉。結局の所、素直じゃない。でも、側にいる澪には伝わるようで。
「だろうね。綺麗も勿論だけど、なんていうか……強さ、だよね」
「……そうだな。強ェ奴は好きだぜ? 人間も……自然も、な」
ここにあるのは、自然の力強さだ。大きくて堂々としていて、ちょっとだけ宗田みたいだと思ったのを澪は心に秘めて。
(「強さの意味は問わず、必死に生きてる姿が好きなんだろうな」)
自身の気持ちを、横目で見た澪の姿で納得する宗田だった。
●
聖マリア教会へ行く途中にみえたブレッド城。
「湖とお城の風景がすごかったですね……まるでファンタジーの世界みたいでした」
「お城かぁ。お姫様には、やっぱり憧れちゃうよね、ね、王子様っ」
「……そうですね、ボクのお姫様」
初デートの木乃葉と夏菜。王子様発言に頬を染めるところが初々しい。
ふたりの目的は、この教会の鐘。7回鳴らすと永遠の愛が約束されるという。
見つめ合った後、ゆっくり鐘の前へ。
1回目――響く鐘と共に目を見つめ、頷いて。
2回目――1歩、距離を詰める。
鳴らすたびに鼓動が強く、想いは高まる。
3回目――離れてしまわないようにしっかりと手を繋ぎ。
4回目――弾けてしまいそうな鼓動を、感じて。
5回目――そっと目を瞑る。
6回目――木乃葉は夏菜の方を向き、夏菜はちょっと背伸び。
7回目――ゆっくりと……鐘の余韻が消えるまで、口づけを。
「えへへ、木乃葉くん、ファーストキス、だよ」
嬉しそうな夏菜に笑みを向ける木乃葉。
永遠の愛を――。
「鍾乳洞って聞いたからずーっと歩くのかと思ってたけど、まさか小さな列車が通ってるなんて思わないよな」
「ポストイナは本当に広かったですね……鍾乳洞って初めて入りましたけど、列車まで走ってるなんて……」
「結構冷えたけど、大丈夫?」
ポストイナ鍾乳洞を訪れたときのことを思い出しながら、聖マリア教会へ向かうボート上のアルコと紫鳥。
「ふふ、大丈夫ですよっ」
彼の気遣いが嬉しくて笑みが漏れる。
島が近づくのに興奮していると、ほどなくボートは到着して。
「はい、紫鳥。足元気をつけて」
「は、はいっ」
先に降りたアルコの差し出した手を取り、紫鳥も島へと降り立つ。その目の前には、そびえる階段。
「この階段を新郎さんが新婦さんを抱えて登るのですね……思ったより急で大変そう」
「100段あるんだっけ? 愛の試練って感じで燃えるぜ……っ! あ、いや今日はそういうのしないけどさ」
「今日は、ですか。ふふふー」
今日は仲良く二人で階段を登る。そしてたどり着いた鐘の下で。
「あ、この紐引っ張るんだっけ」
「鐘は7回ですよね」
「じゃあ、一緒に……」
二人で一緒に、思いと願いを込めながら。
(「平和な世界と紫鳥の笑顔がずっと見られますように」)
(「願わくば、この平和を、ずうっとアルコくんの横で一緒に歩めますように」)
7度の鐘が、湖を越えて響き渡った。
「……何お願いしました?」
「え、えーっと」
顔を覗き込んできた紫鳥の問いにアルコが口ごもると、彼女はいたずらっぽく。
「ふふー、私は内緒です」
「あ、じゃあオレも秘密。……きっと願いは神様に届いていると思うぜ」
視線を合わせて、柔らかく笑む。
「次はブレット城ですよ!」
「あぁ、こっから見えるお城だよな」
二人の楽しい時間は、まだまだ続くのだ――。
(「海外で挙式なんて、夢みたい……!」)
スレンダーラインのウエディングドレスに身を包んだ華月は、既に着替えを終えて待っていた雷歌の白のタキシード姿につい見とれてしまう。
ほわりとしたまま船で湖を渡り、教会前の階段へ。
「儀式には勿論挑戦する。ただし、灼滅者の力抜きでな」
「全力で応援するのです……ってごめんなさい、重量注意な予感がー……」
華月の言葉に構わず、雷歌は軽々と彼女をお姫様抱っこして。
「しっかり捕まってろよ、華月?」
少し気恥ずかしいのか、それでも華月は彼の首にしっかりと腕を回した。
「伊達にサバイバル学部で鍛えていないからな、さて行くぞ」
「うん、頑張ってね!」
一段一段踏みしめていくごとに、何かが雷歌の中で固められていく気がする。それは。
(「灼滅者の力じゃなく。自分の積み重ねた力で乗り越えたかったんだ」)
強い思いと。
(「この先何があっても護れるようになりたかったからな」)
自信と決意か。
彼が階段を踏みしめる揺れに、華月は身を委ねながら彼を見上げる。
出逢った頃から変わらない、一途にひたすらに頑張る姿に愛おしさがこみ上げて。
(「護る貴方を、支えたいと思ったの――」)
「到着だ」
最後の一段を踏みしめて、二人は笑顔を交わして教会内へ。
そこで雷歌が呼び出したのは、ビハインドの紫電。オヤジと呼ばれる紫電は、二人の側で静かに佇んで。
「3人だけで式を挙げようか」
「3人だけ、でもそれだけで十分なのよ」
互いに向かい合い、視線を絡める。
「命の炎が燃える限り。お前を護るよ、華月」
「誓いを此処に。その炎ある限り、雷歌さん。貴方を支え、そして帰りたい場所で在れる様に、と」
告げて華月は背伸びをする。その唇が雷歌の頬に触れるのを、紫電は感慨深げに見守っていた。
●
ブレッド湖のキャンプ場で、星の下で身を寄せ合っているのは鷲司と彩希。
「教会とても綺麗だったわよね」
昼間訪れた聖マリア教会を思い出して。
「教会の鐘を鳴らすと絆がより深まる……か。これ以上の絆って言うと結婚ってことになるんかねぇ」
「……!」
その言葉に一瞬、彩希は動きを止める。
(「そうねそうなるわよね」)
深く考えていなかったのは、今までは向き合えなかったから。
「結婚となると新婦を抱えての99段をやらないとか……キツそうだけど、まぁそれはそれだな」
「儀式にはチャレンジしてほしかったわ。ただの興味本位だったけれど」
「儀式に関しては結婚するときまでお預けだな。願い、考えといてくれよ」
さらっと告げられた言葉。これは……。
(「……プロポーズ……ということかしら。自覚あってなのかはわからないけれど」)
「ええ、とっておきの願い、考えておくわ」
薄く笑い、彩希は鷲司にもたれかかり、星空を見上げる。
(「今すぐじゃないとしても、もう今さら彩希以外の人ってのも想像できねえしな」)
もたれかかってきた彼女を受け止め、鷲司も星空に視線を向けた。
(「人の傍にいるのは怖いなって思う。傷つけずにはいられなさそうで、私は変われないまま、それでも私は鷲くんとずっと一緒にいたいなと思って」)
「色々世界はこれから変わって行くんだろう。だけど、世界がそうでもオレは変わらず彩希の側にいたいと思う」
視線を下ろし、彩希へと向ける鷲司。
「だから、これからもよろしく頼むな」
(「そのままの私でいさせてくれる貴方となら――」)
星から鷲司へと視線を移した彩希は、彼の服の裾をきゅっと握って。
笑って、頷いた――。
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2018年8月9日
難度:簡単
参加:19人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|