世界視察旅行~君よ知るや、常夏の国

    ●果てしなく青い海の国
     いつになく険しい表情で、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は集まった灼滅者たちを見、それからふっと息を吐く。
    「サイキックハーツ大戦の完全勝利おめでとう。まだいくつか問題は残っているが、ダークネスの脅威は完全になくなったといって間違いないだろう。しかしこれからは、全人類がエスパーとなった世界をどうしていくかなど、考えていく必要がある」
     これまたいつになく真摯で、かつ彼らしくない口調で告げた。
     で、その前には鮮やかな色彩のパンフレットがずらーり。
    「現在の世界は、人類のエスパー化による影響が出始めているが、社会的にはまだ平穏を保っているという状態だ。この状況のうちに世界の未来を考える我々が、……あー、えー……」
     ごにゃごにゃ。
    「うん、で、名目はいいから何が言いたいんだ?」
    「俺も海外旅行いきたい!!」
     ぐっ!! とパンフレットを握りしめて力説し、それからああーと声をあげた。
    「違う違う、えーと、海外視察海外視察。俺たちエクスブレインが世界情勢を確認して、それで今後の世界について考える助けになればと思うんだけど、灼滅者のみんなが一緒に世界を見て回ってくれたら、より多くの情報を得られると思うんだ。だから一緒に行きたいなって思って。それに、人の出入りが少ない場所よりも色々な人が集まる観光地のほうが一度に得られる情報が多くて効率がいいんだよな」
     エクスブレインはいつもと同じ表情と口調に戻って説明しなおし、
    「でさ、俺ココ行ってみたいんだよね」
     パンフレットの中から一枚を取り上げた。
     パラオ共和国。
     太平洋の楽園と言われるこの国は、真っ青に透き通った海に浮かぶ、何百もの大小様々な島々によって構成される。
     農業や観光が主な産業だが、なんといっても豊かな大自然のなかで行うアクティビティは筆舌に尽くしがたく、ダイビングやスノーケリングのみならず、シーカヤックでの海上散歩、世界複合遺産に指定されているロックアイランドのクルージング、そしてそのロックアイランドにあるミルキーウェイと呼ばれる入り江では、天然の泥パックが楽しめる。
     また、ちょうど潮が引いていれば長い砂の回廊が現れるロングビーチや、バベルダオブ島の大瀑布ガラツマオの滝等々、見所はたくさんだ。
     もちろん、ただひたすら泳ぎまくっても構わないし、いっそのこと泳がなくてもいい。眺めるだけで時間を忘れてしまうほどに美しい海に囲まれているのだから。
     お土産を買いたいならば、コロール島にある様々なショップで買い物ができる。
     タピオカを使用したほろりさくさくのクッキーやアクセサリーなどが定番だが、ホワイトクレイを使用した美肌石鹸や泥パック、かつて通貨として使用されてきた珊瑚や貝などを加工したマネービーンズを模したネックレスなども人気が高い。
    「あとな、……あー」
     少しトーンを落として、日向が別のパンフレットを示した。
    「浜辺から見る夕日がとてもきれいなんだって。賑やかで眩しい昼間と違って、静かで、厳粛で……」
     青から赤へのグラデーションが空を彩り、それを海が鏡のように写す。
     それは、息を呑むほどに美しい。
    「今まで、さ。みんな忙しかっただろ。だから、少しくらいゆっくりしてもいいと思うんだ」
     エクスブレインはふわと笑い、灼滅者たちを見やる。
    「視察っていっても、あまり気負わなくていいよ。それに、エスパーに関してもこちらから関わったら悪影響が出るかもしれない。だから、普通に観光するつもりでいてくれれば大丈夫。それで充分情報は集まるしさ」
     ばさばさと音をさせながら広げたパンフレットを集め、それから日向はこくりと首をかしげた。
    「あと、旅費は気にしなくていい。だって武蔵坂学園だから」
     これ以上にないほど心強い一言だった。


    ■リプレイ

    ●翠碧の海にて
     パラオ共和国。
     太平洋の楽園と言われるこの国は詳細はさておき、海の底まで見えてしまいそうなほどに透きとおる、まるでアクアマリンをとかしたような海に囲まれている。
     そんな海を目の前にした佐祐理は。
    「(正体がサイレンですし)泳ぎます!」
     さぱっと宣言して、眩しい日差しの下に飛び込んだ。
     日焼けは怖いので日焼け止めを使ったけども、環境汚染のために止められたら諦めようかと思うより前に、日焼け止めだけで大丈夫なのかと心配になるくらいの日差しだ。
    「これでサイレンの正体出して……も、より泳げるわけでもなし」
     まして水着なしで泳ぐわけにも行かないですし、普通に人間体で。
     などと口にしながらゆったりと泳ぐ姿は、対の翼とふたつの尾を持つサイレンでなくとも、美しい人魚のよう。
     まさしく彼女を見間違えた日向が声をかけた。
    「佐祐理先輩、気持ちよさそうだね」
     日焼け対策のためと言うよりは南国の雰囲気を出したくて大きなつばの麦わら帽子をかぶった彼に笑い、
    「衛さんも泳ぎませんか?」
     誘ってみるけれども、日向は泳ぐの苦手なんだとやんわり断り、でもね。と続ける。
    「佐祐理先輩が泳いでるのを見てると、俺も楽しいから」
     にこにこして手を振る彼にこちらも振り返し、ふたたび気ままに南国の海に身を預けた。
     日本のようにじっとりとした湿度はないものの、強い日差しにあぶられた肌が水に触れて冷やされる感覚。
    「とりあえず、生きてて良かった~」
     独りごち、目を閉じる。

     自転車同好会の3人は、はじめてのサーフィンに挑戦だ!
    「やっぱ夏の海っつったらマリンスポーツだろ」
     皆でってなかなか機会なかったから楽しみ。という日方に、烏芥も普段は隠している雪の膚だけれど本日はほんの少し薄着で。
    「……日方君はサーファーさんの御姿も似合いますね」
     微笑む彼にうなずいて、慧樹はサーフボードを手にぐっと拳を握る。
    「俺サーフィンって初めてなんだケド、きっと何とかなるよな!」
     楽観的なその言葉に、あっ何とかならないかもしれないこれ……という不安がかすかに漂う。
     だが何とかしてしまうのが武蔵坂学園の生徒なのだ!
     ということで。
     さあいざ出航、とまずは烏芥から挑戦。
     学園祭で目覚めた私の秘めたバランス能力を今活かす時、とサーフボードの上で見事に立って見せ、
    「烏芥、さすがのバランス感覚!」
     すげー! と拍手する慧樹の目の前で、たぱーんっと水しぶきをあげて落ちた。
    「……と、矢張り自転車の様には参りませんか」
     残念。
    「つか、お前ら本当に初心者か、すげーサマになってるじゃねーか」
     感心する日方にサムズアップして、慧樹も小さい波にさっそく乗っかってみようとするけど……。
    「うおー!」
    「スミケイ!」
    「慧樹君!」
     盛大にバランスを崩し海の中へ消えていく。
    「……慧樹君スゴイ、だいなみっく」
     さらばスミケイ……とはもちろんならず、日方と烏芥が見守るなか、ざばぁっ!! と勢いよく姿を見せた。
    「……ふふ、慧樹君らしいですね」
     濡れた髪を後ろに撫で付け大きく息を吐く彼に烏芥が笑い。
    「ん、私ももう一度」
    「よっしゃもう一回俺も!」
     再度波にチャレンジして、だんだんコツを掴む。
    「乗れるようになると楽しいな」
     少し自信がついたところで、たまに大波に挑戦してやっぱり撃沈。
     そんなふたりに、よし俺も、と意気込む日方。
    「自転車と違ってバランス取るの結構難しいな……っとと、うわっ」
     少しふらふらしつつも波に乗るのだけども。
    「日方サンも波にのるのがホント様になってるな」
    「……わ、日方君カッコイイ……あ、」
     ふたりの称賛を受けながら、見事にバランス崩して水中へダイブする。
    「(は、海の中もすっげーキレイ)」
     向こうまで見えるほど透きとおった海のなか、見とれて暫く潜ったまま。
     ふと視線をあげると、浮かんでいるサーフボードが見えた。
     ちょっと悪戯、ふたりのサーフボード下から突っついてやろ。
     すすす……と近づいて。
    「……大丈夫ですか……え、なっ」
     何故か自分も落ちたと烏芥は驚いてぎゅっと目をつぶり、何事ですかと見開くと、わ、と絶景に見蕩れ。
    「(……ふふ、慧樹君も一緒に、せーの)」
     それっと海中へ御案内です。
    「えっ? オイ危な……!」
     ふたりの悪戯に慧樹もボードから落ちるけど、それも面白くて仕方ない。
     全員海に落ちて、水中散歩になって、それも笑いあって。
    「あ、見ろよ! アレ海亀じゃないか?」
     指差す先に見えた姿に視線が集まり、その拍子に彼らのそばを大きなナポレオンフィッシュが通りすぎる。
     今日は波に乗ったケド、明日はダイビングで海の中を散歩するのも悪くない。
     慧樹の提案に、烏芥がぱちりと手を打った。
    「……わ、好いですね」
     明日は海中散歩。
     何処迄も旅の続きを、皆様と。
     まだ見ぬ冒険に胸を躍らせる。
     仲間でバカやったり、キレイな景色見たり、全部大事な思い出。こうやって積み重ねていけるのが、すげー嬉しい。
     日方の想いは、きっとふたりとも同じ。
     互いに見やって、もう一度、みんなで笑い合った。

     明日を迎える、その前に。
     日が落ちる少し前、夕方にはまだ早い時間。
    「今日も楽しもうね」
     と普段通りに振る舞う緋頼に、白焔はうなずいて。
     ふたりでナイトカヤックに挑戦しよう。と、レッスンを受けてコツを教わり、急ぐでもないのでまずは確実に。
     まだ不慣れで不安定で、少し落ち着かない様相のカヤック。
    「まあ、万一落ちても水着なので困りもしないだろう」
     白焔の言葉に笑い、緋頼が視線を巡らせた。
     彼女たちのように海を楽しむ人々だけでなく、街の人々が今も普段通りに過ごせているのを見て取り、安堵する。
     そうしていると時間は過ぎて、慣れた頃には夕方に。
     多少陸地から離れ、人の灯りが遠く潮が静かな場所で停止する。
     今まで周囲ばかりを見ていたから、今度は天を仰ぐ。
     暫し空でも眺めてみようと思ったものの、すぐに白焔はかすかに眉を寄せた。
     見える星も違うはずだが、かじった程度の知識なので詳細はわからない。
     明かりの多い場では見られないくらい、全天が星で埋まっているんだろう。そう彼が考えていたよりももっとたくさんの星が空に満ちていた。
    「星空、興味あるの?」
     緋頼の問いに肯定で答え、今度は彼女から星空についてのレッスンを。
     彼女の知識は元々、任務時における位置把握のために強制的に覚えさせられた知識。
     でもこのように平和的に活かせるなら嬉しい。
     そう思いながら、穏やかな波音が柔らかく包む世界で星空を見上げる。
     だけれども白焔は、彼女の話を聞きながらふと、改めて緋頼を見つめてみる。
     毎度だが、私は幸せだなあと実感する彼の視線に気づき。
    「どう?聞いてる?白焔」
     星空でなく緋頼のほうに興味がありそうなので意地悪をすると、
    「ちゃんと聞いていたぞ?」
     いたって真面目な応え。
     証拠にと、カヤックの真ん中あたりで肩を寄せて、知識のおさらいを。
     そのまま寄りかかって、彼のぬくもりを感じながら緋頼は柔らかく微笑んだ。
    「他に聞きたいことあれば、いつでも、教えてあげるからね」
     幸せな時間を長く続くようにしないとね。

    ●白く、白い道をゆき
     翌日もパラオの空は快晴。
     オモカン島のロングビーチに到着した時は、まだ砂浜は少し顔を出している程度。
     降り立つ前から、依子は透き通る海の色に驚いて、溜息をつく。
    「凄いですねえ……」
     美しい常夏の景色、射す日差しに掌を翳し、潮の満ち引きで現れる、奇跡みたいな砂浜。
     けれどもしゃぱしゃぱ海水とたわむれているうちに、さあ……と潮が引き。
    「わ、わぁ……!」
     空と同じ青さの海の間に、線を引いたみたいに現れた白い砂浜に、想々が目を輝かせて声をあげた。
    「潮の動きだけでこんなんなるの、すごい、すごい」
     転がるような足取りではしゃぐ彼女に、だけど依子の表情は少しだけ険しい。
     日差しはまさしく射すという言葉がふさわしく、日に焼けたら赤くなってしまいそうな程。
     色白の想々ちゃんに、対策は大丈夫かしらと麦わら帽子をかぶせて。
     心配する依子の服装は、パレオワンピの上に、薄いパーカー羽織ってサンダルで、お散歩準備は万端。
     想々も常夏の国はやっぱり暑くて、ふんわりワンピとサンダル履き。それにかぶせてもらった麦わら帽子と、日焼け止めも塗っていざお散歩。
    「視察と言えど、随分遠くまで来たもの、です」
     口にして依子が眺める想々の様子は、興奮して足取りもどこか軽い。
     そっと被せてもらった帽子を飛ばされぬよう抑え、ほんわり微笑む。
     水色の波も触れれば透明。
     素足を浸すとひんやりした感覚に手招き。
    「気持ちいいです! 依子さんも浸したら涼しいよ!」
     透明な波に足を浸す彼女が楽しそうで微笑ましくて、笑み返す。
    「ふふ、気持ちいいですか?」
     大きくうなずく彼女に手招かれて、サンダル脱いでその後を追い、一緒になって波と親しんで。
     ふたりの足元に、水しぶきのアンクレットがはねた。
     鈴の音に似た水音を踊らせ、ふと、一瞬の静寂。
     長く走ってきた分、こういう時間もたまにはね。
     依子の微笑みに、想々ははしゃぎすぎは自覚しつつ、たまにはいいのよと笑む友達に甘え。
     空と海の青さ、水の冷たさと吹く風を体で確かめる。ふたりで。
    「誘ってくれてありがと」
    「こちらこそ、一緒に旅に出てくれて、あんやと」
     言葉に出さずとも分かったかもしれないけれど。互いに口にして微笑む。
     彼女の心が沢山の綺麗な世界で満ちて行けば、と願って。
     依子さんの見る世界にも、どうかこれからももっと美しいものが溢れるよう。
     世界はこんなにも美しく、彼女たちのなかにも美しいものが満ちているのだから。

    「わぁぁ、長い砂浜……!」
     目の前の光景に、陽桜が息を全部使いきりそうなくらい長い溜息をつく。
    「テレビCMで見たことある景色ですけど、実際に見るとすごく感動です……!」
     キラキラと瞳を輝かせて、ててて、とあまおととともに長い砂浜の先端を追いかけるように走って。
     白い砂浜も、それを縁取る海も、そしてあまおとと一緒に走る彼女も。日差しに照らされ輝いて。
     振り返って、遠くに映る視界に見知った人を見つければ、ぶんぶん手を振り。
    「日向さんー! 楽しんでますかー?」
     波打ち際でどこかを見つめていた日向は、呼ばれる声にはっと我に返り、陽桜も彼が見ていた方向を見るけれど、思い思いに楽しんでいる人々が見えた。
     彼はなんでもないよーと手を振って、どうしたの、と訊くと。
    「今から、ここから写真撮りますから、日向さん、CMに出てきそうなポーズ取って下さーい!」
    「えぇ!?」
    「さぁ、あまおと、日向さんのフォロー(?)してきてくださいです!」
     満面の笑みであまおとを日向の方へ走らせてから、一眼レフカメラを構える陽桜。
     そこまでされてはやらないわけにいかない。えーとえーと、ちょっと待って……よし、うん。
    「はい、ポーズ、です!」
     掛け声とともに切られたシャッター。
     そこに写っているのは、きっと、素敵な思い出。

     うみー。とのんびり口にするむい。
    「とはいえみやちゃん背中の入れ墨気にして泳がないからなー、僕も散策だけ」
     特に残念そうでもない言葉に、京はくすりと笑う。
    「私に付き合って海を我慢してくれなくてもいいのに」
     ありがとうって言おうと思ったら何かを寄越された。
    「でね、でね、みやちゃんにはこれを着てもらおーと思います」
     白いワンピースに麦わら帽子。黒髪の彼女にきっと映える。
    「うーん、夏って感じだね!」
     うんうんとうなずく彼にそっと溜息。
    「……170超えの成人女子に、幻想を抱きすぎじゃない?」
    「みやちゃんが白着ないのは知ってるけどー、いいじゃん、たまには」
     ねえ? ぽやんと微笑みを向けられて、もう一度溜息。
    「まぁ、いいわ。帽子は欲しかったから」
     ふりそそぐ日差しは見た目以上に強烈で、日本の夏のそれとは比べ物にならない。
     だから、日よけになる帽子はありがたかった。
    「世界よ、これが日本の夏だ!って感じで。文化的ー」
    「はいはい、文化的ね、とても」
     などと言葉を交わして、澄んだ水を眺めながらのんびりと散策。
    「いやーそれにしても海綺麗だね」
     日本にもこう言う引き潮の時だけの道ってあるけど、規模が違うね!
     少し前を歩きながら、むいはたまに振り返って白い彼女を確認する。
    「珊瑚や熱帯魚なんかも、潜らなくても姿ぐらいは見えそうね」
     言いながら海のなかをのぞきこみ、ちらりと光る魚をほらと示し、視線をめぐらせ海を楽しむ人が見えれば、微笑ましげに瞳を細めて見つめる。
     そんな彼女の我ながら良いチョイスをしたと自画自賛し、
    「みやちゃーん、写真でも撮っていかない?」
    「……なぁに、むいさん」
     呼ぶ声に応え、振り返る彼も、楽しそう。
    「現地記録を残すのも視察には大事、でしょ?」
     カメラを手に笑う彼に、ほんの少しだけいたずら心がうずく。
     写真、ね。視察に自撮り写真は必要かしら?
     なんて意地悪を言うのは、控えておきましょうか。
     けれどそんないたずら心がどこかに透けていたのか、彼はどうかした? と彼女に問う。
    「振り回してばかりだと思ってた貴方が楽しそうなのは、何よりよ」
     潮が満ちる前に、戻りましょう。
     ワンピースの裾を揺らして微笑む京に、むいは笑って応えた。

    ●君よ、知るや
     ほてほてと日向が歩いていると、見慣れた相手が走ってくる。
    「ガル、どうした?」
    「日向と一緒に浜辺で夕日を眺めるよ!」
     わんわんおー! と元気いっぱいのガルに、日向はふへ、と力の抜けた声をこぼした。
    「すごい綺麗らしいんだよね。俺、あんまり海見たことなくてさ」
     彼の言葉に、ほおぉ……と溜息をつき、
    「そんなに綺麗なら写真にも残してみよう!」
     と、この間の日向の誕生日の時のようにカメラ用意して、写真を撮ろうと試みる。
     けれどまだ少しだけ早くて、せっかくだから浜辺の散策を。
     世界視察とか、小難しい事は横に置いて、他愛もないことを話したり、のんびりと。
     と。目を細めて日向が海を指した。
    「ほら、ガル」
    「……!! ……わ、わんわんおー!!」
     ちょうど日が沈み始めた頃合い。海の端の赤と抜ける空の青が、ガラス細工のように混ざることなく。
     青から赤へのグラデーションの綺麗さに感動し、尻尾ブンブン。
     上手く言葉が出ないので、感動の儘にハウリングする狼わんこ娘。
     しばらくじっと眺めていたけれど、ハッとして、慌てて写真を撮り始める。
     そんな彼女に日向が思わず吹き出し、でもあんまり笑っちゃ失礼かなと微笑みにとどめていると。
    「日向も一緒に撮るよ!」
    「ん、わかった」
     風景の中に日向も入れたりして写真撮りつつ、のんびりと過ごす間にもグラデーションはその割合を変えていく。

     他の観光地に行く前に覗いた昼間の海は、あんなに賑やかで楽しげだったのに。
     今のビーチはとても静かで、少しだけ、さみしい。
     夕焼けに夜が降りてくるグラデーションを、サズヤは周囲に誰も居ない場所で座って眺める。
     落ちていく太陽が海に反射して、息をのむほど、とても綺麗な世界。
     触れたら壊れてしまいそうな、薄瑠璃と薄尖晶の下。
     逢魔時の名を貰った俺は、この世界と、出会った皆から、きれいな物を沢山貰ったが、
    「皆に、何かを返せているだろうか」
     ほつりとこぼれた。
     人間として、きちんと生きているだろうか。
     罪を償い、正しいことを成してこれただろうか。
     問うても答えが出るはずもなく、けれど、彼が触れる砂のようにさらと心にすり落ちていく何か。
     なにもなかった手のなかに、いつか手放せなくなっていたもの。
     永遠のようで一瞬のような自問の間に、徐々に星が煌めきだして、大切なあの子を想う。
     不意に、波音が耳を打つ。それまでも聞こえていたはずなのに。
     海と空が、大丈夫だと笑った気がして。
     小さく頷く。
     一人で見るこの風景を忘れず、今度はあの子を連れてこよう。
     今後どれだけ迷っても、宝物を、溢さぬよう。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年9月3日
    難度:簡単
    参加:13人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ