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灼滅者を迎えた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は、はたと手を打った。
「そういえば諸兄らにまだ賛辞を贈っていなかったな。サイキックハーツ大戦の完全勝利、本当におめでとう! 現状、ダークネスの脅威はほぼ完全に払拭されたといえる。問題は今後か」
全人類がエスパーとなった今、これからをどうしていくかは灼滅者も考えていかなければならない。多少の混乱はあれど、今は社会としては平穏を保てている。
そこで今後の世界を考えるうえで一助となるよう、今のうちに世界の実情を視察しておくべきではないかということになった。
「エクスブレインの端くれとして私も視察を手伝うことになったわけだが、どうだろう。時間があったら諸兄らも同行してみてはくれまいか。灼滅者が一緒なら、より多くの情報が得られる気がしてな」
行先はルーマニア。トランシルヴァニアを始めとする四地方で成る東欧の国家だ。
「組連合からも要望が上がっていたので、修学旅行を兼ねたものだと思って貰えればいいと思う」
そう言うと、玄乃は視察の日程について説明を始めた。
旅行の日程は三泊四日、トランシルヴァニア地方に重点をおく。
初日、首都ブカレストからブラショヴへ移動。付近のシナイアにはルーマニアで最も美しいといわれる王室の夏の離宮ペレシュ城や、ゴシック様式の黒教会があり見どころが多い。付近のシナイア修道院は17世紀に建てられたビザンティン様式で、見ごたえのあるフレスコ画が有名だ。
二日目の行先は『ドラキュラ城』のモデルで名高いブラン城。ブラム・ストーカーの小説のイメージが先行しがちだが、崖の上に建つ小ぢんまりとした可愛らしい城で、迷路のような内部はルーマニア伝統の調度品や武器がたくさんある。城から調度品まで、総じて重厚かつ素朴なデザインで楽しめるだろう。
三日目はシギショアラ歴史地区へ。市壁に囲まれた緑多い旧市街は、中世ヨーロッパの美麗な姿を保持していることで世界遺産に登録されている。怪奇小説『ドラキュラ』のモデルとなったヴラドⅢ世の生家があることでも有名だ。石畳の上を走る馬車、歴史地区のあちこちにある塔やカラフルな家々の美しさは見飽きない。
四日目にブカレストへ戻り、日本へ帰国するというスケジュールになる。
「今後エスパー問題に灼滅者がどう関わるかも未定だ。今回は諸兄らの慰安旅行を兼ねたものだと思ってくれ。やりたいことがあれば遠慮なく言って欲しい」
玄乃はせっせとパンフレットを配ると、ふと笑みをこぼした。
伝統と歴史は、人がそこで生きた証だ。
これから向かうのはその中でも、幾度となく戦火にまみれた国。ルーマニア。
●一日目
初日はルーマニア王家夏の離宮である壮麗なペレシュ城の内覧ツアーと、シナイア修道院の見学があった。修道院では古教会のフレスコ画も公開されている。
幸四郎と共に見上げた御鏡・七ノ香(d38404)には曼荼羅のようにも見え、美しいだけで無い人々の息遣いの様なものを感じて、そっと囁きかけた。
「人々の祈りは洋の東西を問わないんですね……」
ルーマニアは幾度となく他国や支配者たちの間で翻弄された国。これから先、将来の、何か参考になるかもしれないと思う。
シナイア駅近辺ではチセ・ネニュファール(d38509)が、甘い匂いを辿ってクルトゥスの屋台を探していた。屋台限定とあって、ここに来なくては食べられない。
「どうやらバウムクーヘンのルーツらしいのですけれど……」
ほどなく「KURTOS KALACS」の看板を掲げた馬車型の屋台を見つけた。筒状の焼き型に生地を巻き付け、炭火で炙っているのが見える。焼きたてを紙袋に入れてくれたが、一巻きが30センチほどもあった。
「……ちょっと大きいかしら?」
もきゅっと一口。
外側は砂糖をまぶしたカリカリの焼き目、内側はほんのり甘いもちふわ食感。バランスが絶妙で、チセの顔に自然と笑みが浮かぶ。
「とってもとっても美味しいのです」
「あ、あった! 幸ちゃん食べたかったんだよね?」
ちょうど修道院を出た七ノ香が、声を弾ませて幸四郎と駆けてきた。
「レシピが知りたいものだな」
やってきた玄乃に、七ノ香はふわふわのクルトゥスを分け合う弟の得意技を告げる。
「幸ちゃんはお菓子作りが上手なんです。プロの職人さんにだって負けませんよ♪」
「それは凄いな」
玄乃に目を瞠られて幸四郎が慌てるのを、彼女は笑顔で眺めていた。
「もう、照れなくていいのに」
●二日目
二日目。ブラン城は中世建築らしい素朴さのある城だ。ブラム・ストーカーの小説の舞台で有名だが、ドラキュラのモデルとされたヴラド三世は住んだことがない。
見学ツアーを熱心に回るオリヴィア・ローゼンタール(d37448)は、抜群のスタイルで時折衆目を集めていた。ネイビーの上着の下はクリームイエローのトップスにAラインのスカートで、清楚な装いも彼女を引き立てる。
「ここが、かのドラキュラ城……の、モデルですか」
武蔵坂防衛戦で戦った殺竜卿ヴラドのことを思い出した。今でも、あの苛烈な剣技の高みへ届いたとは思えない。
歴史上のヴラド3世、小説のドラキュラ伯爵、そして殺竜卿ヴラド。三者三様、ダークネスによって歪められた世界のように、いずれも違う顔をしている。
(「人であった頃の彼は、いかなる人物だったのでしょう」)
いかなる思いを胸にあれほどの絶技へと到ったのか――遠い過去へと思いを馳せた。
一方ロードゼンヘンド・クロイツナヘッシュ(d36355)は気軽な足取りだ。白い漆喰塗の壁には黒い木枠、華美とは縁遠い木彫りの装飾は重厚だが、小説の陰惨さは感じない。
「……物々しい雰囲気だと思っていたが結構普通だな。まあ、あれ物語だし当たり前か」
見学を終えると足早にレース編み体験会場へ向かった。先着の玄乃が首を傾げる。
「おや先輩、こちらにご参加か?」
「妹が最近人形遊びにはまっていてさぁ、なにしてても可愛いけど可愛いし(15分経過)というわけでめっちゃくちゃ可愛んだよ妹が!!!!!」
笑顔全開で息継ぎした隙に、玄乃すかさず水を向けた。
「よしお土産作りを頑張ろう、先輩」
「おう!! 待っていてくれ妹よ……!!」
二時間後、ロードゼンヘンドは職人の如く綺麗にレースを編み上げていた。
●三日目
世界遺産であるシギショアラ歴史地区は、城壁に囲まれ時計塔をはじめとするたくさんの塔や広場を擁する。中世の趣を残した街並みの可愛らしさで人気だ。
一応視察であるからして、と首をひねる雲・丹(d27195)である。
「どんな雰囲気かレポート書いた方ぉがええんかなぁ?」
ロココ? バロック? ゴチック? ファンシーさと質実剛健さと華麗さとで見分けられるとは聞いたがどれだろう。で、それはさておき。
「うーん、どっちが似合うかなぁ……」
悩む赤石・なつき(d29406)と民族衣装を試着三昧していた。もちろん一着ごとに撮影は欠かさない。
「ぬっふっふー、ヨーロッパな気分! あ、これぶどうの桶踏んでる人が着てそぉ」
裾と襟ぐりに赤と緑の豪華な唐草模様が縫いとられたワンピース、その上に赤い巻きスカートを締めて貰いながら丹がご満悦。
「丹ちゃんは何着ても似合うよね。個人的には白を基調にしたほうが好みなんだけど、丹ちゃんはどれがいいと思う?」
「なつきちゃんはどんなん似合うかなぁ」
顔を寄せ合って取っかえひっかえ。なつきは胸と袖周りに赤い小花の刺繍のある清楚な白いブラウスと、赤地に白の幾何学模様の入ったスカートを借りて旧市街へ繰り出した。
「綺麗な街だから写真いっぱい撮れそうだね」
ちょうど旧市街の一角では結婚式が行われていて、カップルが祝福を受けながら写真撮影をしているのが見える。それを眺めてなつきがそっと呟いた。
「いつかはこんなところで結婚式を挙げられたらいいなぁ」
「なつきちゃんも今のうちに予行ぉ演習どぉ? 将来焦らんよぉ経験なんよぉ」
え、と慌てるなつきを丹が肘でつついていると、カメラマンが民族衣装姿の二人に気づいて笑顔でカメラを構えた。記念に一枚、とぱしゃり。
ちなみに民族衣装の販売もある。テンション爆上げで篠村・希沙(d03465)と南谷・春陽(d17714)が揃って歓声を上げた。
「「ふぉお!」」
幾何学模様や唐草、花柄とデザインも色彩もバリエーション豊か。
「この赤い花刺繍の衣装、先輩に絶対似合うと思います。お写真撮らせてください!」
「首元とか袖とか刺繍が細かくて綺麗ね。希沙ちゃんにはこっちの青いお花のワンピースはどうかしら?」
「ひゃーその青も素敵! き、着てみたい」
試着の末にお互い見立てたワンピースやブラウスでおめかしして街へ出る。そこは映画の世界のように中世の街並みそのままで、カラフルな家々を二人で写真に収めて歩いた。
「あ、時計塔! からくりがあるらしいですが、動くんは深夜0時とか……」
「ぐぬぬ、からくりが見られないのは残念……」
見たら見たで人形がちょっと怖いと評判だったりするが、それはおいといて。
「わ、先輩見て、花嫁さんが居はる!」
「わぁ、花嫁さん綺麗!」
ちょうど結婚写真の撮影を終えたカップルが、やってきた馬車に乗り込むところだった。ドレスを纏う女性の幸福そうな表情が綺麗で、末永くお幸せに、と思わず祈る。
「先輩は憧れの結婚式とかあります?」
希沙の不意討ちで、指輪が繋ぐ先の人の笑顔が浮かんだ春陽は目に見えて慌てた。
「あ、ふふ、先輩真っ赤♪」
「き、希沙ちゃんはどうなのよ?」
「ってわたしは、えと」
耳まで赤くなった希沙がそわそわと視線を逸らす。
思い描く幸福な未来はもちろんあるけれど、今は秘密。
ヴラド三世の生家のレストランで一休みついでに、ルーマニア料理も堪能しよう。
首からカメラを提げて、景色や空を撮りまくっているのは堀瀬・朱那(d03561)。
「ルーマニアってお城の印象が強かったケド、歴史地区は街がカラフルカワイイしホント中世の世界に来たみたい!」
絵になる場所ばかりで目移りする――と、道ぞいの店に目が釘付けに。通りすがった顔なじみに手招きする。
「あ、玄乃、ほら民族衣装めっちゃ可愛いよ!」
「い、いや私は似合いそうにない」
「こんなにカワイイんだよ!? 着なきゃ損だし撮らなきゃ損ソン!」
刺繍の色柄が村ごとに違って種類が多く、男性用も可愛く着こなせた。二人で試着&撮影をしまくり、花刺繍のブラウスに加えて男性用の一揃えを購入した朱那はそうだ、と玄乃を振り返った。
「色々美味しいモノ食べてみた? オススメある?」
「ではパパナシを。揚げドーナツの類だがくどくなく美味しい。ソースはベリーを推す」
「そっか、アリガト!」
ここは雰囲気のあるカフェも選り取りみどりだ。その前にお昼も食べないと。
通りの伝統的な刺繍をあしらった商品を並べた雑貨屋で、勿忘・みをき(d00125)と頭にきなこを乗せた風宮・壱(d00909)が家族へのお土産の相談中だった。
「あ、埜楼さん! いいとこに! 俺はこれがイイと思うけどどうかな?」
「俺はこっちを推します。格好良いですよ」
かけがえのない絆がある二人だが、壱はドラキュラの顔の刺繍つきランチョンマット、みをきは色々な中世の武器がいっぱいに縫いとられたハンカチーフ。玄乃にどっちも難があると告げられてそれぞれに凹んだが、そうだ、と壱が声をあげる。
「埜楼さんも一緒に選んでくれない? たしか料理好きだったよね」
「私で良ければ、もちろん」
食事が美味しくなりそうな、というリクエストで選んだのは、モスグリーンの唐草とオレンジの花刺繍のランチョンマット。悔しいですが、とみをきが唸る。
「喜ばれる贈物の選択は難しいですね。聞いて正解でした」
無事お土産に数枚を購入。丁寧に包まれたうちの一つを手渡された玄乃が、目を瞬いて二人を見上げた。返ってきたのは、「ありがとう」という二人の言葉。
「埜楼さんがいつもサポートしてくれたから、今こうして笑っていられるよ」
「俺が堕ちた時も随分と世話になった。あの時の事は……その、本当に感謝している」
面と向かってとなると照れ臭そうに、みをきが咳払いをして続けた。
「これからも埜楼の友人として、力になれたら嬉しい」
ささやかな感謝だけど、と壱にも言葉を添えられた玄乃が微笑む。
「とんでもない、ここまで来れたのは先輩たちのお陰だ。心からの感謝を贈る」
シギショアラのシンボルとも言われる時計塔の存在感は絶大だ。定時になると絡繰人形が動き出すらしい。中が歴史博物館だと知った関島・峻(d08229)が室本・香乃果(d03135)に笑いかける。
「上の展望台まで登ってみるか。玄乃も一緒にどうだ」
「はい、登りましょう」
「良ければご一緒させて頂く」
首肯した玄乃と三人、入口を見逃しかけたがなんとか発見して中へ入った。峻の後に続きつつ、香乃果は軋む足元が気になる。
「階段が古い木製で怖い感じで……それに結構長い様な……」
「最上階まで300段程度だそうだ。まあ展示を見ながら登れば意外と長さは感じないだろ、香乃果も玄乃も頑張れ」
女子、フリーズ。
「登るの頑張ります……」
「……死力を尽くそう」
各フロアでは昔のシギショアラの模型や時計の原動力となる重厚な歯車、階段の途中では止まっているとはいえ、時計仕掛けの絡繰人形たちを見られた。
「独特の迫力があるな」
「人形も間近で見られてすごいですね」
「……全くもって……稀有な経験、だ……」
息が上がった貧弱系エクスブレインは瀕死だが、展望台の眺望は360度文句のつけようがない美しいパノラマだった。萌える緑と西洋瓦の橙のコントラスト、抜けるような青空とカラフルな街並み。
「東京は遥か彼方か……」
手摺にあるプレートに気づいて香乃果が目を丸くする。
「ここから8890キロみたい。すごく遠いけれど、世界はしっかり繋がってますね」
「ああ、遠くても繋がってる」
頷き合って、峻と香乃果は微笑んだ。
彼方に見える山上教会で夜景を眺めるのも、また素晴らしいに違いない。
真夏の青空が広がっているが、東京より涼しいというだけで嬉しい。
「道が狭くて建物も高いから、日陰が多いね」
糸木乃・仙(d22759)が息をつくと、カメラ片手に茜・悠歩(d01146)も同意した。
「日陰が多いのは有難い」
「夜は涼しいくらいだったもん、ね」
頷く天竺・瑞音(d05309)は今日の見どころが気になるようだ。
「ブラン城は中が複雑で凄かったの。今日の町は串刺し公のご実家があるのよね、わくわくする……!」
「家の壁は淡くカラフルでポップなのに、塔や古い建物になると歴史の重みを感じるなあ。名だたる大公の実家の街は一筋縄では行かないね」
本音と建前、表と裏を内包している。撮る時にはパズルの難易度も考えるけど、完成後に飾ることも考えるとわくわくするもので。構図を見る仙に、瑞音が首を傾げた。
「重厚なイメージだったし、古い建物も多いのに、不思議な感じ」
パズル化向きの構図を選んでしまうのは職業病に近いなぁ、なんて、シャッターを押しながら苦笑する悠歩が呟く。
「昨日のブラン城もファンタジックで楽しかったけど、此処は街全体が別世界って感じがするなぁ。RPGの世界に迷い込んだみたいだ」
「RPG? うん、本当に……!」
瑞音が目を輝かせる。そう、屋根連なる街並みも良いかもしれないし、パズルとしてはなかなかの難易度になりそうだ。
と、カメラごしに街角を眺めていた仙が仲間に声をかけた。
「ところであの馬車、観光用らしいけどどう?」
道端には軽快そうな一頭立ての馬車が止まっていた。
「今から旅に出るって雰囲気に溢れてる」
「馬車、乗ろう。是非乗ろう」
「瑞音も乗りたい! さっきお店で、地区の地図とったの」
「ミズネ、準備イイね。うん、何かワクワクしてきた」
「天竺は旅の準備に慣れてるね」
悠歩と仙に褒められてくすぐったそうに瑞音が笑う。地図を片手にレトロな馬車に揺られる旅、まさに浪漫。
「教会で聖水を貰うとか」
「最初はやっぱり教会じゃない? セーブは大事だよ……なんてね」
「ふふ、そうね。大事な思い出をちゃんと記録しないと、ね」
仙に悠歩がうんうん頷けば、ゲームが好きな瑞音も笑みをこぼした。
「機械仕掛けの時計塔とか。絶景らしいよ、行ってみようか」
「時計塔? それはまた心惹かれるワードだ。行くしかないね」
「楽しそう! 街並みも撮れるかも……!」
悠歩も瑞音もノリノリだ。ふと、仙は瑞音に問いかけた。
「……ところで種は非常食、かな」
「これね、おやつに良いみたい。後で皆で食べよう、ね……!」
炒ったひまわりの種はビタミンEが豊富で、食べだしたら止まらないおやつなのだ。
「さぁ、旅の始まりだ」
悠歩の声を合図に馬車は石畳の上を走りだす。
今日も明日も続く道のり。思い出はまだまだ、作り足りないのだから。
未だ世界は移ろいゆく中にあるけれど、かけがえのない世界で、誰もが大切な想いを積み重ねていくことこそが、きっと。
未来に繋ぐ、人々の生きた証になるのだろう。
作者:六堂ぱるな |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年8月16日
難度:簡単
参加:16人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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