世界視察旅行~海の獅子の島へ

    作者:佐和

     世界の未来を考えるための、世界視察。
     幾つもの国へ、幾人もの者達が向かい、世界の実情を目の当たりにしてきた。
     そして今回は。
    「……シンガポール」
     チキンライスをもぐもぐしながら、八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)はその国名を挙げた。
     名目上は、エクスブレインによる世界各国の視察。
     でもせっかくだから楽しめればと、秋羽はガイドブックを広げる。
     旅程は3泊4日で、全てマリーナ地区のホテルに泊まることになる。
     1日目と4日目はフリープラン。
     マリーナ地区の観光を楽しんだり、地区外に足を延ばすことも可能。
     1日目の夜にはゆっくり夜景も楽しめるだろう。
     2日目はシンガポール動物園、リバーサファリ、ナイトサファリの動物園尽くし。
     3日目はセントーサ島に渡っての観光の予定だ。
     暑い夏には、アドベンチャー・コーブ・ウォーターパークやシー・アクアリウムが涼し気か。シンガポールは常夏ですが、それはさておき。
     変わり行く世界のために、話し合いが行われている最中ではあるけれども。
     秋羽は、ガイドブックにずらりと並ぶ観光スポットの多さに目を瞬かせて。
    「いっぱい、楽しんで、ね」
     こくり、と頷いた。


    ■リプレイ

    ●1日目
    「きゃー! 本物のマーライオン!」
     到着早々、黒柳・矢宵(d17493)がカメラを向けたのは、シンガポールの象徴でもある、ライオンの頭に魚の尾を持つ白い像。
    「これがシンガポールの獅子!
     獅子に、魚……にござるか? 泳ぐ……?」
     不思議な出で立ちに猫乃目・ブレイブ(d19380)は首を傾げ。
    「思ったより大きいんだね」
     見上げる風宮・壱(d00909)の楽し気な様子に勿忘・みをき(d00125)は微笑む。
    「はーい。写真撮るよー」
     そこに矢宵が声をかけ、壱とみをき、そしてマーライオンをおさめてパチリ。
    「やよ殿、拙者も撮ってでござる!」
    「おっけー! ぶれにゃんも撮るよー」
     飛んできたリクエストにも応えて、ポーズを取るブレイブにカメラが向いた。
    「やよ殿とも一緒にポーズにござる!」
    「カメラ、俺が撮るよ」
     誘いを受けた矢宵に壱が手を差し伸べ、先ほどのお礼にとカメラマン。
     楽し気な撮影会の外側で、鈍・脇差(d17382)もマーライオンを仰ぎ見る。
    「まあライオンか」
    「何か言ったかー?」
    「……何でもない」
     木元・明莉(d14267)のにやにや笑いに、脇差は微妙な表情で視線を反らした。
     あえてそれ以上追及せずに、明莉は1枚の紙を取り出す。
     出発前に部員がくれたそのメモは、シンガポール知識、とのことだが。
    『ゴミをポイするとごっつんするところ』
    「うん、わからん」
     開いた紙を元通り折り畳み、でもポイすることなくまたしまっておく。
     ガッとなってごっつんこってなると大変ですからね。
    「せっかくだから、皆で撮ろう!」
     そこに駆け寄った矢宵が、明莉に、そして脇差に声をかけ。
     ブレイブも朝山・千巻(d00396)と風峰・静(d28020)を呼び集める。
     御鏡・七ノ香(d38404)も、ビハインドの幸四郎を座らせた車椅子を押して集うと。
     隣に並んだ八鳩・秋羽(dn0089)がこくんと首を傾げるのに気付く。
    「周りの人を驚かせちゃいますからね」
     タオルケットで隠した幸四郎の足元を示して微笑む七ノ香に、秋羽は頷きを返した。
     パシャ、パシャリと。シャッター音が数度響いてから。
     それぞれのシンガポール観光が始まっていく。
    「シンガポールと言ったらチキンライスかなー」
    「グルメ! チキン! ……肉……」
     美味しそうなガイドブックを開く矢宵を覗き込むブレイブの目が輝いて。
    「でもフルーツやスイーツも外せないよねー!」
    「食を楽しまねばでござるな!」
     うきうきと歩き出す2人の後を、ちょこちょこと秋羽が追い。
    「幸ちゃん、ビルの上に船が乗ってますよ」
     七ノ香はマリーナベイ・サンズを眺めながら車椅子を押し歩く。
    「静くん、あそこ! 観覧車だよ!」
    「うわー、でかい。空から観光できそうだね」
     千巻が指差すシンガポールフライヤーを、静も驚きつつ見上げた。
     そして、みをきと壱が向かったのは、超巨大植物園ガーデンズ・バイ・ザ・ウェイ。
    「マーライオンの国で植物園が充実しているとは!」
     植物好きなみをきは、嬉々爛々と歩いていく。
     巨大なスーパーツリーが乱立する中を、吊り橋のスカイウェイが通り。
     ガラスで覆われたフラワードームでは鮮やかな花々が咲き乱れる。
     SF映画に出てきそうな近未来的な光景に壱は感嘆するけれど。
    「これは南国でしか咲かない花ですよ」
     みをきは植物そのものに興味津々。
    「あれはシダに似ていますね。気になります」
     進んでは止まり。進んでは止まり。
     興奮気味のその様子を眺めていると、ふと、みをきが振り返った。
     壱を見つめる青瞳に、気遣わし気な色を見て取って。
    「ゆっくり見て大丈夫だよ」
     笑みを深めた壱は、ちゃんと自分も楽しんでいると応える。
     こんなに喜んでくれるみをきが見れるなら、連れて来た甲斐もあるというものだ。
     ゆるりと進む2人は、もう1つのガラスドームも訪れて。
    「うわ、山だ。ほんとに高っ!」
     目の前にそびえる35mの山と、その上部から降り注ぐ滝を見上げる。
     水滴が霧となり、雲のように漂うそこは、クラウドフォレスト。
     外の蒸し暑さが嘘のような涼しさも相まって、高地に瞬間移動した感覚だ。
    「谷に滝、湿原まであるなんて……!」
     その山の上に造られた大自然も、大迫力でみをきを迎える。
     多種多様な、見たことがないどころか未知の植物達。
     感動はすぐに好奇心に塗り替わり、居ても立ってもいられず壱の手を取った。
    「さ、早く行きましょう!」
     驚く壱は、少しバランスを崩しながらも足を踏み出すけれど。
    「待って」
    「はーやーく!」
     待てないと子供が駄々をこねるように催促するみをき。
     そんな自分が可笑しくて。
     みをきは声を出して笑った。
    (「いま俺は誰よりも幸福だ」)
     世界各地の植物に囲まれて。
     握りしめる手の中に優しい温もりがあって。
     進み行く背を追いかけてきてくれる足音が聞こえて。
     振り返れば、手を引かれた壱も嬉しそうに笑っている。
     ああ、そうだ。
    (「今日から壱さんに花の名前を教えましょう」)
     1つ1つ、きっと大切に聞いてくれるだろうから。
     先ずは、そう。
     傍に咲く小さな青い花の名から。
    「みをき」
     名を口ずさむ壱にもう一度振り返ると。
     みをきは青瞳を柔らかく細めた。
     夜になると、シンガポールはまた違った顔を見せる。
     各名所はライトアップされ、光や水のイベントが次々と催されていく。
     そんな歓声や喧噪をどこか遠くに感じながら。
     マーライオンパークの海へと続く階段に、明莉は腰掛けていた。
     傍らのマーライオンは光の中に浮かび上がり、吐き出す水も煌めいて。
     だがそれを眺める明莉の銀瞳は静かに揺蕩っている。
    「マーライオンて7体いるんだって」
    「そういえば、後ろに小さいのが1体あったな」
     呟きに返ってきたのは、同じく階段に腰掛ける脇差の声。
     2人は1段だけ間を置いた微妙な距離で共に白い像を見つめていた。
    「1匹じゃないと思うと、何かほっとする」
    「ああ」
    「息苦しそうだとも、思う」
    「……そうか」
     明莉の言葉に返る脇差の声は短く。
     水音が大きく響いていく。
     脇差は視線でその水を追い。
     揺らめく水面に、この変わりゆく世界を重ね見た。
    「全てが上手くいった訳じゃない。届かない手も沢山あった」
     水面は灯に輝き。
     水面は夜に陰る。
     明暗どちらもを抱き、マーライオンの前に揺れる。
    「それでも折れずに来れたのは、仲間と共に生きていたいと願ったから」
     足掻いて足掻いて、足掻いた先の今に後悔は、ない。
    「5回」
     唐突に零れた明莉の声に、脇差は振り返る。
     それは、部長として外からのクレーム対応に追われた回数。
     部を潰そうと考えたことも2回、あった。
     年々、口に出せなくなった本音。
     それでも。
    「俺自身ここまで立ってこれたのは、部があり、皆と、鈍がいたからだ」
     明莉は静かに微笑む。
    「感謝してる」
     この気持ちには嘘も偽りもないから。
     そんな部長を見据えて、脇差も告げる。
    「迷惑と心配ばっかかけてごめん。それでも……ありがとう」
     友情と信頼と尊敬を込めた、心からの感謝の言葉を。
     共に、交し合う。
     水音が大きく響いていく。
    「それと……その、一応報告」
     それまでのはっきりした口調から一転、脇差は口ごもって。
    「輝乃に告白した」
     明莉から反らした漆黒の瞳に映るのは、マリーナ地区の夜景。
     あの時見上げた空の星を思い出させる地上の星。
    「いや別にどうこうしたい訳じゃないぞ。
     ただこれ以上隠すのも騙してるみたいでな……」
     わたわたする脇差を、ふうん、と明莉は眺めた。
    (「……俺は、どこまで騙し通せるだろ」)
    「何だよその笑み。お前はどうなんだよ」
     口を尖らせる脇差の前に、明莉はぴっと指を立て。
    「ケバブにチリクラブ」
     指差すのはレストラン街の灯り。
    「当然、鈍の奢りな♪」
    「ぐ……今日だけだぞ」
     水音を背に2人は歩き出した。

    ●2日目
     郊外へと移動した先に待っていたのは3つの動物園。
    「ジャングルの中に動物園があるみたいだね」
    「これも興味深いです」
     シンガポール動物園に足を踏み入れた壱とみをきが感嘆の声を上げた。
     七ノ香はまずは朝食にと、園内のビュッフェに席を取り。
     近くの席に秋羽の姿を見つけて目を細めた。
    「ふふっ、美味しそうですね」
     では私も、と七ノ香が食べ始めると、傍らの幸四郎がすぐ横を指差す。
     振り向いたそこには木を伝ってオランウータンが近づいてきていました。
    「ここの動物園は柵が無い所もあって距離が近いんだって」
     早速、園内を歩き出した矢宵が、わくわく笑顔でそう説明する傍で。
    「サル! サルでござるよ! やよ殿そこに!」
     興奮気味のブレイブが示した傍の木から小さなサルがこちらを見下ろしている。
     そのまま道の反対側の木にへと渡された木材を器用に渡るサル。
    「放し飼い、にござるか?」
    「こんな近くで写真が撮れるなんて!」
     すぐ真上の光景に、矢宵も歓声を上げた。
     最初から驚きの近さですが、それこそがシンガポール動物園の特徴。
     水路や植物などを使い、極力檻や柵を排した『オープン・ズー』はとても解放的で。
    「あ、ぶれにゃん。あれ、ホワイトタイガーだよ!
     白い! 大きい! かわいいー!」
    「雄々しくも……可愛いでござるな……」
     ゆるりと現れた虎も、自然そのままと思える程の雄々しい姿を見せる。
    「ふむ、白くてもふもふにござる……」
     毛並みもばっちり見える距離に、ブレイブも目を輝かせた。
     近さを感じるというならば、餌やり体験もそれだろう。
    「ぶれにゃん、餌もらってきたよー」
    「ニンジンでござるか」
     矢宵から受け取ったブレイブに、早速キリンが長い首を向けて。
     すぐそこまで迫った顔に慌てて餌を差し出す。
    「おお……」
    「すっごいねー。あ、美味しい?」
     矢宵の目の前でもキリンはもぐもぐ。
     間近のキリンと、その向こうでまた餌を差し出しているブレイブを眺めて、矢宵は嬉しそうに笑顔を浮かべてカメラを構えた。
     と、そのファインダーの端に、秋羽の姿を見つける。
    「やっほー」
     手を振る矢宵に、秋羽はぺこりと挨拶。
     すぐにその視線は、ブレイブから餌を貰うキリンへと移る。
     そうだ、と思いついた矢宵は、昨日買ったお菓子を差し出して。
    「秋羽くんも食べる?」
     餌やり体験、なんて笑いながら差し出した。
     もぐもぐする秋羽とキリンにまたカメラを向けてから。
     次はどこに行こうかと広げるのはパンフレット。
     広い広い動物園は、まだまだ行く先は多々あって。
    「へえ。ショーもやってるみたい」
    「やよ殿! 見たことのない動物もいるでござるよ!」
     ブレイブの示す声に、それじゃ、と矢宵は歩き出した。
     同じ敷地内にあるのは、淡水生物を集めたリバーサファリ。
    「動物園っていうより水族館みたい。
     ええと……ここのはミシシッピ川の魚、かな?」
     物珍し気に進む千巻に、静はパンフレットと水槽とを交互に眺めて。
    「あ。舟に乗って動物を見るクルーズもあるって」
     指し示した先にあるのは、アマゾンリバー・クエスト。
     ゆっくりと川を進む舟から、明莉はのんびりと熱帯雨林や動物を見やる。
    「巨大カピバラさんはいないか」
    「いてたまるか」
     呟きには即座に脇差が反応した。
     そして3つ目の動物園は、他2つが閉園してから開園する。
    「夜の動物園というのも良きもの!
     普段見れない動きが見れるでござろうか!」
     ナイトサファリへ足を踏み入れたブレイブは、夜闇のジャングルに興味津々。
     やはり檻や柵はなく、野生に近い姿を見せる動物は、昼間にシンガポール動物園で見たものも多いが。
     暗い周囲、そして夜行性ゆえの行動が、昼間とは違った姿として映った。
     大きな会場でショーを見て。
     トラムに乗ってガイドを聞きながら園内を周って。
     そして自身の足で歩いてジャングルを感じる。
     ふと見上げた矢宵の視界を、白く横切るふわもこの影。
    「あ、ねえ、あれムササビじゃない!?」
    「ムササビ!」
     運よく見れた空飛ぶ姿に2人は暗い空を仰いで。
     どちらからともなく顔を見合わせ、笑い合った。
    「凄いね!」

    ●3日目
     セントーサ島は、複合リゾート地として開発された観光の島。
     ホテルや観光施設がひしめき合い、様々なアトラクションを展開する。
    「うわ、プールもスケール違う。
     こんなに種類あって、泳ぎきれるかな」
     アドベンチャー・コープ・ウォーターパークの多様なプールを前に興奮する壱を見て、みをきはくすりと微笑み。
    「1つ1つ回ってみましょう」
     今日はスポーツ好きの壱に楽しんでもらおうと、その背をそっと押す。
    「イルカと遊べるプールがあるんだって!」
    「熱帯魚とも泳げるでござるよ!」
     矢宵とブレイブもはしゃぎながらドルフィン・アイランドへ向かっていった。
    「世界最大の水族館! テンション上がるー!」
     千巻と静が訪れたのは、シー・アクアリウム。
    「よーし全部堪能する気で行こう!」
    「張り切って見て回るぞーっ」
     意気揚々と歩き出すけれども、その勢いは最初の水中トンネルであっさり落ちた。
     右も左も上も。見渡す限り揺らめく青。
    「綺麗だねぇ」
     見惚れる静の足取りはふらりふらりと水のように揺れて。
    「泳いでる魚たちを見ると、こっちも癒されるよねぇ」
     千巻ものんびりゆるりと青の中を漂うように進んでいった。
     穏やかに響く2つの足音は、やがて世界最大級の巨大水槽へと行き当たる。
    「うっわ、すっごーい!」
    「うん、これはもうすごいとしか……」
     目の前に広がる一面の海に、千巻の歓声と静の感嘆の息が零れた。
     そこに迫るように泳ぎ来る魚の一団。
    「うわーでかいの来たー。群れが動いてるー、迫力すげぇー」
     静は思わず水槽のガラスにへばりつく勢いで眺める。
     悠然と泳ぐ姿を追ってしばし。
     はっと気付いて、ちらりと傍らに金の瞳を向けた。
     もしかして自分だけ夢中になってしまったのではないかと、探るように千巻を見やる。
    「圧巻だよねぇ」
     でも千巻は静以上に顔を輝かせ、ガラスの向こうに熱い視線を注いでいた。
     心配は杞憂だったかと、こっそり胸を撫で下ろす静に。
     視線に気づいた千巻がふわりと笑いかける。
    「これだけ広いと、お魚たちも悠々と泳げていいねぇ」
    「そうだねぇ」
     頷き合った2人はまた海を見つめた。
    「それにしても、いろんな種類の魚が泳いでるね」
    「あ、魚の説明かな? 何か書いてあるよ」
     ふと見つけた解説板を揃って覗き込むけれども。
    「ほとんど分かんない! 静くん、分かります……?」
    「ふふふ、さっぱりわからないよ。
     この辺は、日本の小分けの展示の方が分かりやすくない?」
    「む、確かにっ。日本帰ったら調べよ!」
     諦めた千巻は、この光景を焼きつけようとするかのように、さらに海に見入っていく。
     明莉も水槽と解説とをきょろきょろ眺めながら進み。
    「何か探してるのか?」
     脇差の問いに簡潔に答える。
    「海兎」
    「ああ……ここにはいなさそうだな」
     ぐるりと水槽を眺めた脇差は頷いてから。
     ふと、不安な表情で聞き返した。
    「……アメフラシ、だよな?」
    「んー?」
     曖昧な返事は、果たしてアメフラシを探していたのかウミウサギを探していたのか。
     そうして進む先には、まだまだ色々な水槽が待つ。
     先ほどの巨大水槽を今度は下から、見上げるように眺める場所もあれば。
     足元が透明で海に落ちるかのような、ちょっとびくついてしまう場所もある。
     カラフルな珊瑚と魚を囲う円柱形の水槽が立ち。
     それだけでも圧巻な難破船の周囲に、鮮やかな魚達が舞う。
     そしてまた現れた透明なトンネルは、今度はサメ達の中を通っていく。
    「アタシはサメも好き!」
     すぐそばを泳いでいく姿に千巻がはしゃぎまわるけれども。
    「ええ、怖くない?」
     静は恐る恐る視線を向ける。
     それでも楽しそうな千巻に釣られるように、じっとサメを眺めていると。
    「よく見ると可愛い目してるな……」
     ぽつり零れた変化に、千巻の笑みが深くなった。
    「お土産、ぬいぐるみほしいなぁ」
     最後に待つ売店で、目移りしつつ千巻が選んだのはふわふわの白いクラゲのぬいぐるみ。
     そして静が抱いたのは、つぶらな黒瞳のサメのぬいぐるみで。
    「好きになった?」
    「うん。好き……だよ」
     嬉しそうな千巻に、静も照れながら笑った。
     政府公認の7体のマーライオン像。
     その1つはセントーサ島にそびえ立ち、展望台の役割もしている。
    「口の中から見る景色はちょっと不思議な気分ですね」
     そんなマーライオンタワーに登った七ノ香は、マウス展望デッキからの眺めに微笑んだ。
     同行した秋羽も、七ノ香の隣で牙越しの絶景にじっと見入っている。
     その様子に、七ノ香は車椅子の幸四郎と顔を見合わせ、また穏やかに笑った。
    「記念写真、撮ってもらいましょう。
     ちょっとやってみたいことがあるんですけど、いいですか?」
     ふふっと楽しそうな笑顔で提案すると、秋羽はきょとんと首を傾げて。
     説明にこくりと頷いた。
     そして、幸四郎を囲むように、七ノ香と秋羽は立つ。
     その背にはセントーサ島の景色が広がり、大きなマーライオンの口が開いて。
     七ノ香は微笑み、秋羽はいつも通りの無表情で、そして幸四郎は照れながら。
    「がおーっ♪」
     吠えるポーズと声を合図にするように、シャッター音が響いた。
     沢山の笑顔を静かに包み込んで。
     マーライオンは今日もシンガポールを見守っている。

     パシャリ。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年9月9日
    難度:簡単
    参加:9人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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