灼滅者合同職業説明会

    作者:佐伯都

     先日行われた灼滅者の権限に関する話し合いと投票の結果、どのような立場に就いても問題なしとする『ルール無し』が採択されている。
     そのため、現在灼滅者を求める数多くの組織あるいは世界各国の政府機関、企業――ひいては宗教団体、研究機関や警備会社に民間軍事会社、果てはアイドル事務所にテレビ局などなど。細かく挙げればきりがないレベルでオファーが殺到している。
    「当然ごく普通の一般企業も名乗りを上げているし、ありとあらゆる方面から、と捉えてもらっていい」
     大まかなリスト程度くらいはと考えたものの膨大すぎたのでやめました、とばかりに成宮・樹(大学生エクスブレイン・dn0159)は空の両手をひらひらさせた。

    ●灼滅者合同職業説明会
     そこで、各方面からのオファーと灼滅者の希望をふまえ、望む立場を得られるよう灼滅者むけの合同職業説明会の場がもたれることになった。
    「もちろんこちらからオファーをかけることもできるから、何か希望する職種や立場があれば遠慮なく希望を出せる」
     具体的には、『こういう権限をもった、こういう職業について、こんな活動をしたい』という希望をもとに採用担当者とのマッチングが行われ即日合否が判明する、という形式を想像してもらえればよい。
    「肩書きや地位にこだわるよりも、自分がどんな事をやりたいかを明確にしておいたほうが、やりたい事を実現できる職に就きやすいかな、とは思う」
     役職やスタンスが実際やりたかった事とはちょっと違っていたなんて、実際よくある。役職や職業をはっきりさせるよりも、何がしたいかをより明確にしたほうが、当日の説明会の場で希望の職種を見つけやすいはずだ。
     もちろん、実際に説明会での話し合いの結果、残念ながら希望した職や立場に就けないという可能性はある。『ルール無し』な灼滅者ではあるがそれは不可侵権の話であって、なんでもあり、ではないのだ。あるいは用意されている椅子が一つきりのケースも当然あるだろう。
    「ともあれ、社会の指導的立場に多くの灼滅者が加わることで、世界は確実に変革されてゆくと思う」
     それが良いか悪いかは、まだ誰にもわからない。世界はやっとダークネスの支配から脱したばかり。少なくとも求められているものに可能な範囲で応じていくのは、悪い話ではないはずだ。


    ■リプレイ

     ほあー……、と灼滅者の間から感嘆の溜息がいくつも広がる。
     一見した限りでは民間企業としか思えないスーツの一団から、制服にずらりと階級章をならべた一団、さらには異様に洗練された立ち振る舞いの集団などなど、灼滅者合同職業説明会の会場は多種多彩な人々であふれていた。
    「後で合流するのも大変そうな気が……時間決めておこうか?」
    「腹は確実に減りそうだ」
     軽く話だけでも、と思っていた者も多い【糸括】メンバーを振り返る明莉に、徒がやや苦笑する。
    「美味しいラーメン、楽しみなのっ!」
     獣医を目指す杏子や観光業界志望の千尋、パティシエを目指すミカエラ、故郷での山岳関連職を検討中の渚緒、ダークネスの存在を踏まえた過去の歴史を研究する民間チームを探す隅也が、民間企業や教育機関関連のブースへ消えていった。
    「皆の幸せな未来のために、手を取り合ってくれる人たちと絆を結んでいきたいですね」
    「就職説明会と言うと斬新を思い出すが、あの時とはえらい違いだな……」
     法律関連に進むと決めている紗里亜と、ダークネス監視に携わるつもりの脇差は法曹関係へ。最後に、アート系カメラマンを目指す徒を出版社の一角に見送ってから、明莉は民間警備会社の机をめざして歩き出した。
     米国をはじめ中国やEU、そしてロシア――大国の軍事責任者と思しき人物達と話し込むルフィアや狭霧を横目にしつつ、命は宇宙開発関連企業のブースに向かう。その途上、緊張でやや顔を青くさせている朱里の姿が目に入った。
    「う~、緊張する……敬語、ちゃんと使えるかな」
    「まあ、こういう業界は何でもチャレンジする気概が大事ですわよ、料理以外は」
     モデル業界志望の桐香が軽くポージングを決める仕草を、朱里はなかば感心しながら眺めるしかない。これではいけない、と自戒し顔を上げた。
     そして単に華々しくショウビズの世界で生きるのではなく、灼滅者ならではの能力が苦しみから立ち上がらせる助けになれば、と願う者もいる。歌による癒しを望むルイセや、福祉・介護の現場でサーヴァントによるサポート体制を構築できればと考える蒼騎、小児科医をめざす燈凪などがそれに該当した。当然福祉分野だけではなく、医療関係からも灼滅者はよりどりみどりの引く手あまた。
    「拙者は本を出したいんでござるよ……」
    「ダークネス話の怪談とか、需要ある気がするんだがなあ」
     出版社や印刷会社の机を回りながら、木菟と煉は手元の資料に視線を落とす。
     現代に残るフォークロアや都市伝説、信仰などと照らし合わせてダークネスがそれにどう関わってきたか、そんな情報はきっと残すだけの価値があると煉は思っている。同様に木菟はサイキックアブソーバーの起源や灼滅者の台頭など、武蔵坂寄りのものの構想を練っていた。
     それだけにとどまらず専門的な研究、人類の歩んだ真実の編纂をめざす謡やより考古学的視点からの調査を望む周やフィオル、ひいては過去ではなく、これまでに繰り返された進化の歩みから外れた人類全般が与える影響についてを研究するつもりの彩もいる。
     正直その手の研究に需要があるかどうか自分のことながら疑問符を抱えている者は少なくなかったが、ダークネスに秘匿されてきた世界の真実に挑むというテーマは、各種研究機関はもちろんのこと、大学院の研究室などからも多大な関心と注目を集めるものだったようだ。しかも当事者である灼滅者が、ともなれば何やら争奪戦が始まりそうな勢いで、今のうちからスポンサーを集める程度の気分でいた剣志は面食らっている。
     まだ話を聞いてみるだけのつもりでいた者も多かったが、灼滅者を望む場は当の灼滅者自身が想像していたよりもずっと広く層も厚く、そして熱がこもっていた。
     有意義な意見交換もそこかしこで為され、灼滅者を待ち望む世界は急速に、かつ着実に未来へ足を進めていく。

    ●そして月日は流れ
     砂漠の向こうから遠く聞こえている、大型輸送機の爆音。ロケット砲と思しき線が次々に埃っぽい空を切り裂いていく。
    「俺に続け、遅れるな」
     霧亜の姿はとある中東の一国にあった。今や軍事組織を率い、過激派テロリストの拠点を電撃的に襲撃しては一人残らず捕縛してゆく、その世界で知らぬ者はいない凄腕の傭兵として名を馳せている。
     そこから数百キロ、国境付近の国連平和維持軍のテントには、【Fly High】のメンバーが久々に顔を合わせていた。テーブルの中央にはアトシュの姿がある。
    「正直、霧亜が羨ましいよ。国連機関ともなるとなかなか素早く動けなくてな」
    「そういうもんだろ。それから綴、日本に帰ったらこいつをミサに」
     今や世界を股にかけるフリーカメラマンとなった陽司から、綴の手へ一枚の写真が渡った。国際指名手配となっている男をヘルメットの奥から見下ろし、綴は写真をひらひらさせる。場所が場所なので、むしろ素顔を晒さずにすむ状況は綴にとって喜ばしい。
    「ここが片付いたら俺のほうも手伝ってくれ、探偵稼業は証拠写真が重要なんだ」
    『やはり本国に戻っていましたか……確実な筋からの情報と物的証拠は貴重です。ありがとうございます、加持さん』
     モニターには、警察の制服に身を包んだミサが映っている。ネット回線のビデオ通話だが、オリヴィアや耀が映ったウィンドウも開いていた。
    『国連平和維持軍の査察官も楽じゃないですね、ミサさん。私はいつも通り、人を支え導きを与える毎日ですが』
    『こちらもいたって平和よ。灼滅者だけじゃなく、エスパーの子供が入学するようになる時代も遠くないのかも――自分達の要求を通すために力ずくでとか、人間同士が奴隷労働で人を縛って支配するとか、本当に、別の世界みたい』
     すっかり武蔵坂の教師という立場が板についた耀の声を聞くアトシュの頬に、苦笑めいた表情が浮かぶ。
     もうあの日から10年が過ぎていた。
     物理ダメージ無効がテロリストや為政者によって悪用される例は後を絶たない。アトシュは国連平和維持軍の司令として国連の名の下にそれを解決し、かつての仲間の伝を頼り世界各国の警察組織に相談役として査察官を送り込んでいた。世界を飛び回る陽司や敏腕探偵として活動する綴はさしずめ、その協力者といった所か。
    『もし私がお役に立つなら、なんなりと。欧州も最近きなくさいと聞きました』
    「その時が来たらな、オリヴィア。俺は人使いが荒いぜ」
    「まったくだ、俺達陸上自衛官を何だと思っている」
     そう言いつつも綴の傍らの和守は笑顔だった。その任務に誇りと達成感を感じている、そんな良い表情をしている。
     そして、同じ平和維持軍の敷地内には国連の医療団のテントもあった。
    「もし襲ってくるなら治療対象にするまでですの」
     シエナは劣悪な環境で奴隷労働をさせられているという情報をもとに、強制的に治療行為を行ったうえで査察を行うチームを任されている。
     一方、明日香はエスパーではなく灼滅者やダークネスによる軍事行動を掣肘する国連軍事組織を率いていた。表向きは民間軍事会社のオブザーバーだが、人造灼滅者の非合法な研究が行われている現場へ乗り込む、そんな日々が続いている。
    「戦闘機や戦艦が主力だったのが、今では信じられませんね」
    「いつだって多少の力は必要だ。主力兵器が今や小型戦車だったり、パワードスーツになったのも時代の流れだろう」
     EUの軍事顧問であるフォルケと、同じく米国のそれを務めるルフィアは、年に一度行われる軍事大国の共同軍事演習の場にいた。中国の席には狭霧、ロシアの席には火華流の姿がある。
     彼等は『米国、ロシア、中国、EU』という、世界の軍事バランスを取る重要な役割を担っていた。物理攻撃が意味を成さなくなり、兵器には相手を威圧したり捕縛する事が求められている。
     そのため、ここ数年では都市内での活動が容易な多脚砲台の小型戦車と、パワードスーツが主力になった。特に怪力系のESP所持者によるスーツ運用は注目されている。
    「そういえば、次の武闘大会はいつだったかしら」
    「次はおめでたく初場所と時期を重ねようって言ってなかったっけ。1月上旬?」
     角界デビューするなり、押しも押されぬ伝説の力士の地位を確立したハリマの華やかな報道を思い出しながら、火華流は手帳を開いた。
     現在、各国に所属する灼滅者による武闘大会が、その国の本当の軍事力の反映と認識されている。武闘大会の結果が係争中案件の落とし所を決める指標になっている、と考えればよいだろう。
     軍事関連はもとより、物理ダメージが無効になったことにより宇宙開発も大きな飛躍を遂げることになった。
     人類はもはや宇宙線はもちろん真空下、地上の数倍のGが掛かろうが死ぬこともない。もっともそれでは精神が病むので環境を整える必要はあったが、特に過酷な実験などは灼滅者が請け負うことで研究と開発が捲る、という結果になっていた。
    「それから種子島の軌道エレベーターの増設についてだけど」
    『ええ、そろそろ具体化したい所ですね。敷地や資金はどうとでもなりそうですし、早めに着手しましょう』
     まさしくその軌道エレベーターの設計者である命が、軌道上の宇宙ステーションにいるみんとと勇駆、そして和真とビデオ会議を行っていた。軌道エレベーターの実用化で現在の宇宙開発はここを軸に行われており、三つ目の宇宙ソーラー発電所が先月稼働したばかり。
     巨大ケーブルで種子島から衛星軌道までを繋げることで、ロケットよりもはるかに速く、かつ圧倒的な安価で資材を運搬できるようになったことで実現できた発電所だった。それも【炭素からカーボンナノチューブを生成するESP】という、地球上のエスパー達がそれぞれ多種多様なESPに目覚めた恩恵を活用した結果でもある。
    『宇宙ソーラー発電所も2100年頃までに順次増設することで、地球の電力は全て賄えるものと期待されるものであります』
     今やベテランの宇宙飛行士となった勇駆が手元の資料の束を一枚捲る。
    『さらに宇宙開発が進めば、資源問題はほぼ解決できる事でしょう』
    『月の資源採掘基地も試掘開始したし、たとえ地球の鉱物資源を掘り尽くしても月から運べば解決できるしな。酸素と炭素に分解できる二酸化炭素は金星から、木星からは水素やヘリウムが大量に入手できるんだから』
     それを裏付ける和真からの順調な進捗報告に、命は微笑んだ。そして、そんな華々しい世界から遠く離れた場所でも、灼滅者達の尽力はたゆみなく続いている。
     一見するかぎり一般企業の社長室としか思えぬオフィス内で、采とギィが向き合っていた。
    「この前の組長暗殺未遂事件。あれ、愛梨が食い止めたんっす」
    「へえ。そっちの淫魔の誰かかと思ぉてたんやけど」
     そう、たとえば裏社会。これまで通り暴力での支配が失われ統制が崩れれば社会の混乱がいたずらに増すだけ。引き締めは重要だった。
    「うちは大人しく模範的な『ダークネス風俗店チェーン』っす。血生臭い話はお門違いっすよ」
    「愛梨さんにはボーナスを検討せななぁ。襲撃側の組からペナルティとして捻出させましょ」
     裏社会の重鎮の秘書兼愛人兼ボディガードを楽しそうにこなす愛梨の姿を思い出しながら、今やその世界の実力者となった采は含み笑いをひとつ零した。
     ほかにも、世界的な敬愛を集める、亡命中のとある指導者の腕利きの護衛が止水だという情報もある。古武道の道場という家業を継いだ明莉、それに黒斗が世界の要人警護をしているのは裏社会ではなくとも周知の事実だし、特に黒斗は単純に灼滅者としてもやりあいたくない。無用な衝突を起こしてトラブルになるようでは、采がこの立場に就いた意味がない。
     懐で鳴った携帯に、ちょっと失礼、と言いおいてギィがソファを立つ。
    「何かあったっすか、アレクセイ」
    『新しく淫魔が何人か保護できたので、連絡をと思って』
     表向きはダークネス保護をうたう宗教団体の皮をかぶった、人権保護団体。その代表を務めるアレクセイは、こうして度々ギィと連絡を取り合い風俗産業での就職を望む淫魔の紹介を行っていた。
     他にも宗教関連の役職を得た灼滅者は多く、紅緋が立ち上げた『効験部』の活動は特筆すべきだろう。内容としては、世界の様々な宗教の教義をダークネス・灼滅者・エスパーと折り合わせ権威付けをするというもの。
     今の紅緋は、その指導を受けた団体同士が宗教論争を行った場合の調整活動を主な仕事としている。さらにその『効験部』の権威に反発し先鋭化するカルトを、皆無が調査し場合によっては該当する教義を捨てさせるという役職を担っていた。
    『私はこれまで人の悪意、そして善意も見ることができました。世界が変わり、人々が新たな力に目覚めたことで抱えることになった悩みや迷いもまた、多い事でしょう』
     欧州のとある教会にて、ソラリスが語る言葉に耳を傾け、そして安寧を得ていた多くのエスパー。その光景を、皆無は伽藍の隅で僧服の裾を整えながら思い出す。
    「命はみな母から生まれ、乳をいただき逞しく成長するのです。いわばインド伝承のソーマやネクタル。不老長寿をもたらす強力な免疫力と最適化された栄養分だとするなら……おっぱいは正義!!」
     拳を突き上げた大に呼応する、伽藍を埋め尽くした聴衆の大歓声。……さてこれは『効験部』のよしとする教義の範囲だろうか、と皆無は一抹の不安と頭痛を覚えずにはいられなかった。
     人類はエスパー化により寿命による死以外は遠くなったものの、動物はそうではないという点に着目した桐人やセレスは、世界的権威をもつ獣医として活動している。長い人生を共に生きる家族への医療、あるいは野生動物の保護活動の一環として、獣医の活躍の場は幅広かった。
    「……さて。こっちも頑張らないと」
     アフリカで獣医として活躍する杏子からの久しぶりの手紙を閉じて、紗里亜は淡く笑う。法曹関係に幅広いコネクションを持つ紗里亜は、灼滅者やESPに関する法律学者となっていた。犯罪をおかした灼滅者を収容する刑務所に務めるコルトから、法律関連の相談を受けてもいる。ダークネス監視活動を主導する立場の脇差からも旧知のよしみでよく連絡があるが、彼も元気でやっているようだ。
     警視庁へ入った夏樹は、ごく当たり前の日常を守るという熱意のもと、昇進の機会には適度に応じながらも現場第一の姿勢を貫いている。私立探偵でありながら警察と密接に連携し、主にESP犯罪の調査を行っている直哉の協力も得られ、対策チームを設立できたのは大きな功績だ。
     ほかにも公務員関連では消防士、しかも東京消防庁ハイパーレスキュー隊に所属する一夜は、能力をフル活用しての大活躍でたびたび表彰されている。より専門的な場を求め、フリーの山岳救助家という珍しい職を得た渡里もいた。探検家や登山家は枚挙に暇がないが『救助家』の例は極めて少ないので、他方面から感謝されている。
    「ありがとうございます、ありがとうございます……!!」
     時折、雷歌は思う。今の自分は、憧れていた父のような、誰かを守る盾になれているだろうかと。
     キャンプ中にはぐれた子供の、数百人体制の大捜索。歓喜しながら雷歌に頭を下げ、我が子を抱きしめる若い父親を眺めていると、陸上自衛隊という雷歌の選択は正しかったらしい。
     一方、ごく普通の高校英語教師となった流希や歴史全般を教える教師の道に進んだみけ、武蔵坂学園の教師となった御伽のような者もいた。しかしその誰もが、灼滅者としてかつての経験を活かしていることは疑いの余地もない。
     特に本業の傍ら、ダークネスとの共存社会の実現に向けて精力的に活動する御伽、ダークネスによる支配を生徒の年齢を問わずわかりやすく教えるみけの活動は、地域社会でもよく知られる所だった。
     教職関連で一風変わった所を挙げるなら、ライオン先生、の異名をとるロジオンの存在がある。かねてよりの念願だった魔術の研究と開発に並行して、自身の研究分野であるロシア文学の研究も行うマルチな才能を発揮し、とある大学で教鞭をとっていた。
    「それにしても、ろくでもない事をする奴ってのはなかなかいなくならないもんだな」
    「まあ、そうですね……そしてそれを取り締まる組織が、強権で暴走しないよう外部から監視する仕事もまた、いつだって必要なものです」
     内容如何ではあるがダークネスや灼滅者、相手を問わず依頼を受ける方針で知られる探偵の和弥と、警察庁の外部組織に所属する誘。ランチの賑わいが去った午後のカフェでひっそりと情報交換を行う姿を見ていたのは、グラスを磨くカウンター内のマスターだけ。
     神学系大学へ進んだ後、これまで繰り返されていたサイキックハーツのサイクルを考察する研究者となったアリスをはじめ、研究者となった者も多かった。
     特にエスパーや灼滅者、ダークネスそのもの、あるいは歪められた歴史の真実を探るといった分野に関しては煉や謡、周、剣志や彩はもとより、サイキックアブソーバーの維持と類似性能を持つ超機械製作技術の研究開発をすすめる由衛や、それらの研究も行いつつプロジェクトへの資金融通を行うファンドの設立に尽力する冬舞などの存在もあった。
     大学や既存の研究機関では足りぬとばかりに、自分で研究団体を立ち上げたフィオルや、所属を限定せず複数の研究室を渡り歩くスタイルの隅也のような者もいる。
     さらに、新たな時代を迎える人間社会を支えるためにサイキックやESPを活用する道を模索するエミリオや、新素材開発研究という、ある意味もっとも研究者らしい研究者の椅子におさまった丹もいた。彼等の研究の一端は、前述の宇宙開発にも貢献したようだ。
    「そういえば砂漠地帯でもよく育つ野菜について、そろそろ本腰入れたいですね」
    「そうだな、日本の環境変化に適合できる品種は一段落したから……次のステップに進むのも悪くない」
     白衣姿も凜々しく、研究所の廊下を進む藍蘭と葉織の姿。それは学生時代と何ら変わりない友人同士の会話だった。
    「『パワースポットとしての温泉地』、か」
     旅行雑誌へ掲載された、イフリートの存在を絡めた独自の視点による千尋の記事を読みながら渚緒は琺瑯引きのマグカップをとりあげる。故郷で名うての山岳ガイドとなった今、山奥の隠れ湯などへも案内する身としては、温泉地研究者によるその記事は嬉しいものだった。
     雑誌の広告欄には、今や歴史研究の傍らその成果を精力的に書籍にまとめ発表している木菟の最新作のタイトルが踊っている。さらにその頁には、アニマルセラピー会社の社長となったタージの写真も掲載されていた。
     艶々の毛並み、ふわふわのさわり心地、愛らしい仕草。それをもって世の中の疲れた人の心を守り癒す、とても高尚な仕事だ。……まあ、彼の会社が普通と少々違うところは、社長自らが撫でもふられる対象である、という所かもしれない。
     癒しと言えば、歌や音楽、踊りなどの芸能をもって人々を慰撫したいと望む人々は古くから存在した。当然、灼滅者でもそう望みショウビズや芸能界に入った者もいる。
     健全セクシーモデル業の傍ら、マルチタレントとしてお茶の間に親しまれている桐香がその筆頭だろうか。アイドル事務所の敏腕マネージャーとなった蛇目の働きも、アイドル淫魔が広く認知されることに貢献した面がある。ダークネスの支配下にあった十数年前ではとうてい考えられないことだった。
     新生ラブリンプロ所属の音楽プロデューサーとして、アイドル淫魔へ積極的に楽曲提供を行う音色も次々とミリオンヒットを飛ばし、本質が邪悪である事と、直接害悪を振るうことがイコールではないダークネスもいるというアピールに繋がっている。
     また、若手の実力派舞台俳優に朱里の名が出るのも珍しくない。ほかにも地元密着型のご当地アイドルとして、環の存在も挙がるだろうか。福岡のローカル局でその姿を見ない日はない、というレベルで精力的に活動し、犯罪抑止の啓蒙活動も知られていた。
    「うふふ、ロリィタは、女性に憧れと夢を、男性に癒しと萌えを与える素敵なデザインに溢れていますわ」
     さらに押しも押されぬドレスデザイナーとなった雛の作品をまとい、番組を華やかに飾るタレントも後を絶たない。特にアイドルグループへの衣装提供は頻繁に行われ、日本の『かわいい』文化を世界に広く発信し続けている。
     変わり種では、歌の力で世界平和を訴える傍ら、武蔵坂学園で学んだ帝王学を活かし芸能活動を行うファルケの存在もあるだろうか。……当人自身が、絶望的なまでに音痴であることに気付いていないのが唯一の不幸ではある。
    「ねえ晶、これ、あんたの国のアイドルじゃない?」
     旅芸人の朝は早い。もうすぐ夜明けという頃合、東ヨーロッパを渡り歩く演劇集団の中に晶の姿はあった。小さな衛星テレビに映っていたのは、【栗花落家】のトリオが色鮮やかな照明を浴びながら歌い踊る姿。
     懐かしい日本の光景に、思わず晶の口元へ笑みが浮かぶ。たしか伝え聞いた所によれば、宗田は澪のたっての願いでギタリストとして参加することになったのだったか。澪の義理の姉である深香はモデルとしても知られ、三人が三人ともマルチな活動で忙しいようだ。
    「晶、今日もよろしく頼むよ」
    「もちろん。そういう約束だからね」
     俳優兼団員兼、護衛。硝煙の匂いが絶えない紛争地域を慰安でまわる一座にとって、晶の存在はなくてはならないものになっていた。
     海外ではなく日本じゅうを巡る奇術団の団長として、アリアーンもまた忙しい日々を送っている。奇術ができる灼滅者の友人と配偶者の存在に支えられながらも、彼は今日も団員達をステージ袖から見守り、誰よりも大きな拍手を送っていた。
     一方芸能ではなく、人間の三大欲求である『食』をもって人を喜ばせることをよしとする灼滅者もいる。なかでも生活に苦しむダークネスの雇用を兼ねた店を都内に構えた刑の例は、彼等と共に歩む姿勢を示すロールモデルとしてよく話題にのぼっていた。
     サービス業は己の感情を制御し、かつ他者に奉仕し喜んでもらうことを共に喜ぶもの。それは本質が邪悪であるダークネスに、人類と共に歩むとはどういう事なのかを実践するよい場でもあった。
     他にもやはり都内でイタリアンの店をもった嘉月がいるが、こちらは要人警護も兼ねたケータリングで好評を博している。ケータリングを行うレストランなど昨今別に珍しくもないが、シェフ自らが危機管理に長けた灼滅者、という店は実のところなかなかない。嘉月自身の腕の良さも手伝い、日本政府御用達となるのは実に自然な事だった。
     また、世界を着ぐるみ屋台で回りつつ菓子を売り歩く、ミカエラの存在にも触れるべきだろうか。製菓学部を卒業後、彼女は身軽な形態の店をもつことで、世界を巡り情勢を収拾しながらのパティシエという特異な立場を得た。彼女からの情報は、それとなく元【糸括】メンバーを通してしかるべき機関に流れているらしい。
     さて、角界入りし堂に入った横綱相撲を披露するハリマのような者もいたが、スポーツ系に進んだ者は意外に少なかった。そんな中で、サッカーコーチの道を選んだ真琴の存在は珍しかったかもしれない。
     トップアスリートとなるにはどうしても生まれ持った才能に左右される。ESPに恵まれず競技を諦めるのは勿体ないが、さりとてESPを否定するのも少し違う。真琴が目指すのは、ESPや才能に恵まれた者をも凌駕するような身体コントロール技術の確立だった。
     人は死ににくくなったが、死なないわけではないし加齢による衰えからも逃れることはできない。リハビリ医療は今も変わらず需要のある科目で、理学療法士となった麗治の働きは大いに望まれるものだった。
     たとえ医療業界が再編される事になったとしても小児科医になりたいという夢を捨てなかった燈凪にとっても、これはある意味僥倖だったかもしれない。生まれつきの疾患はもちろん、誰でも病気にはかかるものだからだ。医師は多少方向性を変えたものの、今も未来も必要とされている。
    「なのちゃん、なのちゃん」
     老人グループホームで人気を集める白豚の姿を見守りつつ、蒼騎は内心胸を撫で下ろしていた。サーヴァントはかなりの少数だが、これから先、灼滅者に忠実で有能な働き手としての評判は広まっていくだろう。
     紛争地域や災害、あるいはのっぴきならぬ事情で親と離れて暮らさなければならない子供も絶えない。ひとところに留まらず世界中に癒しの歌を届けるルイセや、海外協力隊として活躍する陽桜からの仲介もあり、そんな子供達のサポートに駆け回るサズヤは今日も忙しい。
     武蔵坂学園は日本政府の影響を受けず、かつ日本政府中枢や自衛隊幹部の椅子を望む灼滅者もいなかった。そのためダークネス体制崩壊後の世界の大国になるチャンスを、日本は逃してしまっている。
     しかし多くの灼滅者が日本人であったため、日本は世界の指導的立場にはいないものの結果的に国連や他の大国から優遇されるという不思議な立ち位置にいた。陽桜やサズヤのように人種を問わず人道的支援を行う者にとっては、日本人の灼滅者というだけで他より有利に動ける恩恵を享受できる。
    「この前の水害の、避難先。飛鳥の保育所がいいと、思う。どう?」
    『現地の保育所もいいですが、いったん保護施設に収容したほうが良いかも。飛鳥さん、そちらの伝はありませんか?』
    『任せて下さい、すぐにリストアップして連絡します。水織さんの救助活動のほうはどうですか』
     国内にとどまらず手広く保育所や託児所、幼稚園を運営する飛鳥は今やある意味でのゴッドマザーと言えた。純粋な庇護者であることはもちろん、幼い時分から灼滅者とエスパーが触れ合う事で、無知から来る偏見を取り除きかつ導くことにも成功している。
    『今朝、やっと災害救助隊が入国した感じ。まだ暖かい季節だから助かったよ』
     国連や各国の軍隊および自衛隊とも違う、救助・支援活動を行う民間団体に所属する水織とそのサポートを行う菜々の協力を得ながら、幼い命の健やかな成長を心から願い行われる彼等の活動。それは慈雨が土に染みるがごとく、一歩一歩着実に根をおろし芽を吹かせてくれるだろう。
    『災害や空腹でも死なないとは言え、貧困から脱するためには教育が必要です。時間はかかるでしょうが』
    「……子供は、自分を、守れないから」
     かつて自分もそうやって保護された。今は自分が別の子供にそれを返す番。サズヤはそう思っている。
    『そうですね。……でも、やりがいのある仕事です』
     決然とした陽桜の声はそれでも、つよく明るい。
    「犯罪の形がこれまでと違えば、心の傷も違うところで負うことになるのは当然のことだよ。今、君が感じている苦しさはおかしなものじゃない」
     身体は頑健になったとしても、心はそうはいかない。犯罪被害者の生活相談員という役職に就いた一樹は、依然として柔らかなままの人類の心に寄り添って生きていた。
     同じようにカウンセラーの資格を取った縁も、エスパーに覚醒した人類の心の痛みやわだかまりを取り除くべく奔走している。エスパーや灼滅者、ダークネスをめぐる法は整備され世界は秩序を保っているが、10年という期間は人の心を変化に順応させてしまうにはまだ少し、短い気がしている。
     ほかにも心の健やかさを育てる活動として、灼滅者による武術道場の運営も欠かせないものだった。
    「さあ、あともう一本! 終わったら休憩ね」
    「師範、お願いします!」
     鋭く打ちこまれてくる、高い竹刀の音。華麗に篭手を狙った一撃をさばき、心愛は返す竹刀で面を取った。心愛が師範を務める剣術道場とやはり緋沙が師範の総合武術道場は棟続きの建物で、二人は協力して道場の運営にあたっている。
     多くの門下生の声が、今日も元気よく響いていた。

     人類が大きな変革の道を辿ったこの10年。
     世界は国連と大国の談合によって運営され、宗教的な問題も解決を見た。
     裏社会も乱れることなく統制が行き渡り、そこから逸脱したものは灼滅者の制裁を受け、世界の秩序は維持されている。
     軍隊や警察においても『殺せなくとも痛めつけ捕縛することで心を折る』という方針に転換され、心配されていた犯罪者への抑止力も十分だ。これは灼滅者の犯罪者取り締まりプロパガンダが成果を上げたことも一因としてある。
     ESPにより大躍進を遂げた宇宙開発の結果、電力および資源の枯渇はないことも証明され、世界は変わらず安定を保った。
     世界は変革され、そして変革後もある意味変わらず、続いている。
    「……まだ地球上にもこんなすごい所があったんだなあ……」
     欧州のとある街角、洒落た構えの書店に平積みされた写真集。ごく身軽なバックパッカーといった出で立ちの日方が手に取ったそれは、ネイチャーアートの写真家となった徒の最新作だった。
     飛ぶように売れている写真集を日方も一冊買い求め、そのついでにやはり徒の写真が使われたポストカードと切手も。そのまま隣のオープンカフェで、ペンを走らせる。
    「……」
     しばらく文面を考えたものの、日方が綴ったのは結局一文のみだった。
     投函されたポストカードはそこから、遠く日本へたどりつく。月子の元には灼滅者、エスパー、ダークネスの如何を問わず毎日手紙が大量に届けられていた。
     日々の関わりの小さな縁。その感謝への思いを、月子は今日も手紙に綴る。
     ――すべて世は事も無し、と。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年9月21日
    難度:簡単
    参加:97人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 16
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