闇堕ちライブハウス～悔い無きように

■リプレイ

「ふむ、ここが戦場じゃな」
　闇堕ちバトルは初体験のアリシア・ウィンストン（美し過ぎる魔法少女・d00199）は、ライブハウス風に改造された教室を興味深げに見回すと、小さく呟いた。
「闇堕ちか、戻る保証があるから暴れてみるかのぅ」
　言葉と共に湧き出た闇が全身を覆う。その下から現れたのは魔法少女が闇堕ちして魔女と化したような、下着めいた紫と黒の装束だ。
「なるほど、こういうものか」
　人差し指を当てた唇の紅色が妖艶に映えている。
「では私も」
　微笑と共に荒谷・耀（一耀・d31795）も己を解放し流れ出す闇の力に身を任せる。
「ああ、この感じ……堪らないわ」
　恍惚の言葉と共に現出したのは、乾きかけた血の色に白い花をあしらった、振り袖姿の乙女。ただし右腕は褐色の豪腕に封印の札を貼り付けた鬼のそれ、額に屹立するのは一本の角だ。
「準備完了です」
　桜の鬼といった風情で耀が頬をわずかに紅潮させた、その一方で。
「げ、やっぱりこれかよ！」
　堕ちた己の姿を見て呻いたのはビート・サンダーボルト（ビート・ザ・スピリット・d05330）。ギターを手に魂を込めたビートを響かせる彼女は普段からその手の服装だが、いま彼女の身体を覆うのはフリルで彩られたアイドル系のステージ衣装、色も白とピンクが主体だ。
（「確かトラウマを具現化する都市伝説に見せられたヤツだよな。つまりアタシの闇人格にはこういう趣味が……？」）
　顔をしかめた彼女の視線がふと、腐れ縁の相棒たる立湧・辰一（カピタノスーダイーハトーブ・d02312）の視線と絡んだ。すでに変身を終えて鎌倉武士風の大鎧を纏った彼は、無言で彼女の姿を凝視していた。
「ど、どうせ似合ってねぇよ！」
「いや、そんなことはない。…メンコイっちゃー…もとい、可愛いぞ！」
　思わず叫んだビートに辰一がつい本音で叫び返し、二人は顔を見合わせて赤面した。
「いや～、あかりんと本気でやり合えるとはね～、すっごく楽しみ～っ♪」
　教室の別の隅では、ミカエラ・アプリコット（弾ける柘榴・d03125）が邪気の無い笑みを浮かべていた。
「そうだ、これ預かっててくれる？」
　ポニーテールを束ねる赤いリボンを解くと脇の男性に差し出す。
「ん？　リボン？　ほいよ」
　無造作に受け取った木元・明莉（楽天日和・d14267）の瞳はすでに普段の銀から青へと変じ、戦闘態勢に入っている。無表情に近い冷静な瞳と冷徹な思考で抑え込んだ闇色の闘気は、しかし二人の手が触れあった途端に抑えきれずに猛然と吹き上がった。
「あかりんもやる気だね～。それじゃ、あたいもっと」
　明るい宣言と共に一気にミカエラの身長が一気に伸びた。モデルのような体型を包むのは胸元の開いた洋紅色のドレス、背にはどこか狼の毛皮を思わせる長くうねる薄茶色の髪。丈の短いスカートから伸びた足の先には踊り子のような赤い靴。
「ミカエラさんのお姉さん姿、素敵です」
　椎那・紗里亜（言の葉の森・d02051）はどこか複雑な笑顔でそんな言葉を漏らした。
「これは、勝てないなあ……」
　軽く溜息をつき、目を閉じる。髪が揺れ、伸び、先端部分から次第に緑玉色に染まっていく。服装はいつの間にか白いワンピースに変わり、両腕で抱えるのは魔道書だ。
「始めましょうか」
　目を閉じたまま顔を上げ、紗里亜は宣言した。
「了解。チーム分けは相談通りだな？」
　すでにこの依頼は四回目、平安の陰陽師風の姿の刻野・渡里（殺人鬼・d02814）は慣れた様子で視線を巡らせた。明莉が軽く頷き、彼と相対する位置に移動した。
「『力チーム』が俺、アリシア、荒谷にビートで」
「『技チーム』が紗里亜、渡里、辰一と、あたいだね！」
　上機嫌のミカエラが渡里に並んだ。
「決定だな。もし個人的にサシで……」
「アタシらの勝負に手ぇだした奴は、チーム関係なくぶっ飛ばす」
　渡里の問いをビートの低い声が遮った。
「わかりました、邪魔しません」
　紗里亜が短く答えて渡里を見た。
「では」
「始めるか」
　渡里が応じ、「敵」を鋭い眼で見た。
「さて、処刑の時間じゃ」
　朗々としたアリシアの声が響き渡る。状況はどうあれ、一度戦場に立てば全力で目の前の相手を打ち倒す、それが灼滅者の流儀。だから今日もそうやって闘いに臨む。
　これから新たな世界に歩み出す前に、悔い無きように。

●緒戦
　ビート対辰一。最初に激突したのは、この二人だった。
「『タイマン』始めるぜぇ！」
　高らかな宣言と共にビートは手にしたギターを掻き鳴らす。パッショネイトダンス、己の技を高める響きに向かって辰一は疾った。
「いくぞ！」
　繰り出される拳の連撃をビートは大きく跳び下がって避け、同時にギターに炎を纏わせ辰一に容赦なく叩きつけた。命中の直前、辰一がとっさに放った蹴りを受けて跳ね返される。
「やっぱりか。俺の苦手分野はビートの得意分野」
　再び距離をとった辰一が言葉をかけた。ビートが反応する。
「シンイチの苦手分野はアタシの得意分野。今までお互いにカバーしてきたけど、ガチでやりあうと……」
「手の内を知ってる以上はこうなるよな。これは消耗戦になるか」
「だな」
　ビートは肉食獣のように笑った。
「せっかくのチャンスだ、負けた方はなんかひとつ言うことを聞くってのはどうだ」
「その勝負、のった」
　真剣かつ冷静な表情のまま辰一は答え、次の刹那、再び二人が打ち合う音が響いた。
「あちらは楽しんでいますね」
　紗里亜は苦笑した。チーム戦なら支援役のビートから潰すのがセオリーだが野暮な真似をする気は無い。ミカエラも紗里亜と渡里にうなずいてみせる。
「各個撃破……は、目的じゃないものね。楽しんでいきましょう？」
「ああ。さあ、オレたちも闇堕ちの演舞、始めよう！」
　渡里が応じて三人は素早く隊形をとる。ミカエラと紗里亜が前衛、一歩下がって渡里。そこへ。
「いくぜ、やってみたかった前のめり脳筋チーム！」
「参ります！」
「我が軍門に降るのじゃ！」
　怒濤のように襲いかかったのは明莉・耀・アリシアの『力チーム』。三人ともとにかく前の敵をぶっ倒すためのクラッシャーポジション、闇堕ち状態なだけにその迫力は絶大だ。
　耀の鬼の爪が四指揃えて紗里亜の首筋に伸び、同時にアリシアのロッドが殺人的な勢いでミカエラに振り下ろされる。明莉も渡里に向かうと見せて、横っ飛びにミカエラへ。わずかに幻惑されたミカエラは明莉の斬艦刀は受け止めたが、代わりにアリシアの一撃をまともに食らう。お返しにと明莉に向けたガンナイフの一撃は。
「っとぉ！」
　明莉が戻しざまに立てた斬艦刀の刀身に弾き返された。
（「攻防一体……強くなったね」）
　ミカエラは妙に艶のある笑みを浮かべた。そのまま猛獣の瞬発力で前方に跳ぶ。爪に裂かれて頬から赤い血を流した紗里亜も六芒星の魔方陣を飛ばし、二種類の攻撃が同時に耀を襲った。
　耀がとっさに選んだのは反撃だった。六芒星からの魔力の照射は防具で受けつつ、舞うように振り袖を翻してミカエラの側面へ回り込む。左手で短く持った槍の穂先でミカエラの脇腹をえぐるのと、ミカエラの爪が耀の肩口に刺さるのがほぼ同時だった。
「前よりずっと思い切りがよくなりましたね。ラブラブパワー、溢れてますよ♪」
　紗里亜が魔力を溜めながら声をかけると、耀も闘いつつ笑顔で応じた。
「三年半以上も経てば、それはね。勿論、彼への愛情も日増しに成長してるんだから」
「はいはい、ごちそう……」
「歓談中を悪いが、これは勝負じゃ」
　箒を己の一部として自在に使い、低空飛行で突撃したアリシアが紗里亜に護身刀「熾」の一撃をぶちかます。
「同感だ」
　渡里が右肩に担いだ毛皮の狼の目が蒼く輝き、ミカエラに注意を向けた明莉の横顔を派手に灼いた。

●決着
　そのまま激闘は続き、最終局面はわずか１４分過ぎに訪れた。治癒専業がおらず大半が攻撃専門という状況下では、基本的に自分を直すよりも相手を殴る方が早い。それを理解した一同は――。

「はぁ」「はあ」
　辰一とビートは共に肩で息をしていた。消耗戦を繰り広げたあげく、すでに双方ともに限界が近い。辰一の方がやや余力があるとビートは判断した。
「一つ、言いたいことがある」
「何だ」
　声をかけたビートに　油断無く構えた辰一が応じる。
「決まってるだろ。……愛してるぜ！　シンイチィ！」
　振り上げたギターに情熱の炎を纏わせ、ビートは高らかに愛を叫んで突撃した。
「！」
　辰一は固まった。が、一瞬後に思わず答えていた。
「俺もだビート！」
「……え？」
　娘の突進の速度が落ちた。そして数瞬後、先に立ち直ったのは辰一だった。それは戦闘経験の差か、それとも長年の相棒が白とピンクの愛らしい姿で迫る状況に脳のどこかが逆に振り切れたか。ともあれ彼は迷わず己の最大の技を繰り出した。
　厳美渓キック。
　渾身の飛び蹴りがビートの胸を直撃し、彼女は数歩よろめいて倒れた。前のめりに、着地した辰一を抱きしめるように。
「え、おま……っ！！」
　下敷きになり、抗議しかけた辰一の口を上から被さってきた何か柔らかいものが塞いだ。もはやビートにサイキックを振るう力はなく、抜け出すのは容易なわけだが。
「戦力外だな」
　渡里はビートの胸の下敷きになった辰一を一瞥して無慈悲に告げた。
「では私が耀さんを抑えます」
　敵味方共に満身創痍ながらも敵の要は耀、そう見定めた紗里亜が飛び出した。
「決着をつけましょうか」
　声をかけると耀も向き直る。
「望むところよ。……そういえばあのレシピ、有意義に使わせてもらってるわ」
　いい機会だと普段の交流の礼を述べながら耀は舞った。右腕の鬼の豪腕、左の槍は鋭い突きと石突きの殴打。強烈な連撃を紗里亜は魔方陣を盾として受け止める。
「お陰様で上々よ。何がとは言わないけど」
　耀の笑みが惚気るように艶めいた。
「それはようございました。……っ！」
　苦笑の中、微かな隙を見て取った紗里亜は一斉に魔方陣を突撃させた。途中で殺気を感じて一枚だけを自身の前に止める。それを何かが真下から切り裂いた。いつの間にか長く伸び、床に潜んでいた耀の髪だった。その切っ先はさらに伸びて紗里亜の手にした魔道書とワンピースの胸元を切り裂くが。
「惜しい」
　首のわずか手前で止まった凶器に顔すら向けず、紗里亜は魔方陣を耀の身体に密着させて。
「ハッ！」
　勁を放つ呼吸で照射された凄まじい魔力の奔流を浴び、耀は元の姿に戻って膝をついた。
　一方、残る４人はひたすら殴り合いを続けていた。主力は明莉とミカエラ、そこへアリシアと渡里が割り込む形だ。
「本気だねえ、あかりん」
　相手の拳で鳩尾を抉られながらミカエラは笑った。
「当たり前だろ。何処に居ても忘れられなくしてやるよ」
　快活に言い放った明莉はさらに拳を放ち、くるりと回って袈裟懸けに斬艦刀。宙を切り裂く強烈な一撃をミカエラは手にしたガンナイフで捌き、流れのままに床に叩き落とした。刀身の上にふわりと跳び乗り、赤い靴でトンと蹴ると明莉の顎に強烈な飛び蹴りをぶちかます。
「とどめっ！」
　のけぞる明莉に逆手に持ち替えたガンナイフを突き立てようとした、その瞬間。
「また悪いが勝負じゃ。覚悟はよいか！」
　渡里の牽制を振り切ったアリシアが躍り込んだ。容赦ない拳の連打を背後から浴びせられ、よろめいたミカエラが顔を上げると前に明莉が立っていた。左手に巻いた赤いリボンを誇らしげに見せつつ、彼はミカエラに告げた。
「俺たちの死合いはこれで仕舞いだ。俺の全ての力、受けて見ろ！」
　両手を柄にかけて全身をバネに変える。構えは大上段。一切の小細工を捨て、全身全霊、全サイキックに闘志と誇りまで乗せた無敵斬艦刀の唐竹割り。
「！！」
　躱しようも無くその場に叩き伏せられたミカエラの身体が縮み、普段の身長に戻る。
「ふう」
　明莉は息を吐き出し、渡里に警戒の目を向けた。
「あとは……」
「ミカエラさんの代わりにお返しです」
　避ける間もなかった。耀との決着をつけた紗里亜が、笑顔で横合いから明莉に魔方陣を叩きつけた。全身に数個の六芒星を食い込ませ、明莉はミカエラの横に倒れ込む。さらに。
「以下略、じゃ」
　無愛想な声に続いて闇色のオーラが弾け、一瞬皆の視界を奪った。
「滅殺！」
　掛け声と共に現れたのは倒れた紗里亜と、残心の構えのアリシア。仲間に止めを放つその隙を狙い、即座に回り込んで襲いかかった判断は的確だった。
　残ったのはただ二人。
「行け！」
　渡里が手にした扇を一振りすると無数の小さなシジミ蝶が舞い、その間を切り裂くように揚羽蝶が飛んだ。式神が群れるがごときサイキックの連撃は、前線で闘い続けてきたアリシアの耐久力を超えていた。
「つう……っ」
　それでも彼女は顔を上げ、なおも魔法の矢を連発するが。
「最後の舞は自分で、な」
　両手を広げ、扇を広げ、単衣に狩衣、さらに首に巻いた狼の毛皮まで翼のように広げて、自身も式神のように跳んだ渡里は一瞬で間を詰めた。シャン、と神楽鈴が鳴るような音は、扇がアリシアの首筋を切り裂いた音だった。扇を閉じると同時に渡里の背後でアリシアが崩れ落ちた。

●未来へ
「皆、大丈夫かぇ？」
　少しの間を置いて。
　普段の姿に戻ったアリシアが片膝を立てて、皆に声をかける。
「もちろんだ。サフィア、頼む」
　渡里は落ち着いて周囲を見回し、愛犬を放った。
「ん」
　舐められたミカエラが身体を起こし、次いで明莉も起き上がる。後を向いたミカエラに、約束でもしていたように明莉がリボンを結び始めた。
「ね、おねーさんなあたい、どうだった？　惚れちゃった～？」
　にぱっと笑顔でミカエラが問う。
「んー？　おねーさんには惚れないかなー？」
　いつものヒマワリに惚れてますし。そんな小声の答えに、ミカエラも小声で囁き返した。
「本気の拳をありがとう。お礼に、あたしも、あたいも、ずっと貴方といてあげる。病めるときも、健やかなるときも、ね？」
　明莉は一瞬硬直し、それから伸ばされたミカエラの手を強く握った。少しして離すと声を上げた。
「やっぱ腹減るな、なんか食って帰ろーぜ♪」
「お夕飯もあるし、軽めがいいわね」
　目聡く二人の一幕に気づきつつも、耀はあえて素知らぬ風に賛成した。

　一方で倒れたままの者たちもいた。
「なあシンイチ。さっきの言葉だけどさ。本気……？」
　折り重なった上側のまま、ビートは微妙に遠慮がちに相棒の耳に囁いた。
「あ……えっと……」
　辰一は思わず返答につまり、さらに意図してかどうか再び顔を覆った柔らかい感触にさらに言葉に詰まった。
　そんな二人とは離れて、紗里亜は一人倒れたまま、ただ天を仰いでいた。
（「さよなら、私のダークネス」）
　想いを込めて心の中で呟く。大きく吐いた息は満足げだった。

　１６分１２秒。勝者『技チーム』。その闘いを思い出の一つに刻み、灼滅者たちはそれぞれの未来に向けて歩き始める。

作者：九連夜	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2018年10月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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