誓いのブルー・アルペジオ

    作者:西宮チヒロ

     あれから十年ほど季節が巡り、また心地の良い初夏がやってきた。

     世界は日々移ろうとも、思いのほか季節だけはさして変わらない。眩しい新緑から漏れる陽はあたたかく、頬に触れる風は柔らかに土の香りを運ぶ。街を行き交う人々も、それぞれの日常を思うように生きている。
     緩やかに波打つミルクティ色の髪を靡かせながら、小桜・エマは手にした1通の手紙を見つめた。
     それは、結婚式の招待状。
     10年ぶりの、再会への誘い。

     式の頃は6月。
     舞台は、海と森を擁する高台の式場。
     若草色の芝の向こうに大洋の青が燦めく『海側』と、新緑溢れる庭を花々の青が彩る『森側』でのガーデンウェディングだ。
     純白のヴァージンロードの先。庭先なら白いガゼボの下、屋内なら白い硝子のチャペルで、永遠の愛を誓う。
     それは、さながらアルペジオ。
     重ねた和音が旋律となるように、重ねた縁が人生となる。
    「ふふ。みんなにも逢えるかな。……逢いたいな」
     私は、夢を叶えたよ。
     あなたはどんな風に過ごしてきたの? 今はどう過ごしているの?
     ううん。まずは最初にこう尋ねよう。

     ――あなたは今、幸せですか?


    ■リプレイ

    ●青の世界
     視界すべてを染め上げる透き通るほどの青。
     柔らかな若草色の芝のうえ、ヴァージンロードや花々の純白が陽の雫を纏って燦めき、空と海に祝福の鐘と喝采が青に溶けてゆく。
     ずっと隣にいてくれた人と、今日結ばれる。
     想う気持ちも、この日を待ちわびた気持ちも、互いに等しく変わらなかった。
    「ね、由斗。これまでもこれからも大好きよ……どうかずっと、傍にいて」
     この先にある最も恐れる死さえも、あなたとなら大丈夫と思えるから。
    「……傍にいる。俺が、カティアの傍に居たいんだ」
     その不安を取り除くため。いや、自分自身がもう彼女なしでは生きる意味がない。
    「ボク、由斗の歌を聴きたい……歌ってくれる?」
    「勿論」
     紡ぐのは愛の唄。
     すこし照れくさいけれど、君が好きだと言ってくれるなら。
     それだけで、過去に貶されたことも忘れられる。そんな気がするんだ。
     フロックコートを身に纏い、颯人は唯一人の最愛の人へと手を伸べた。
     純白のマーメイドドレスに、パールと小花の遊ぶルーズなシニヨン。誰にも見せたくないほど、淑やかで美しい最愛の人。
     波音と唄う鐘の音に、鼓動が重なる。涯て識らぬ海を前に、終わりのない愛を誓う。
     掬った細い指先に落ちる静謐な口づけ。
    「彩ちゃんが好きだよ。この10年、世界一幸せでした。……彩ちゃんはどうだった?」
    「……わかってるくせに」
     すっかり隠すのが下手になってしまったのもあるけれど。
     辛抱強く寄り添ってくれた気持ちに、応えたいから。
     ――愛してる。
     そっと瞳を閉じた向こう。重ねた唇に、この先も共に在る約束を交わす。
     来場者全員へ挨拶と礼を重ねる新婦へ、解りきった質問。
    「楽しい?」
    「楽しいと言うより、幸せ」
     胸一杯の幸せが零れて、ここにいる皆も幸せになれますように。
    「いい画、もーらい♪」
     そうシャッターを切った叶へは、約束の礼と幸せ宣言。
     写真も楽しみにしてる、と言えば、「おう!」と返る満面笑顔とサムズアップ。
    「都璃……」
    「エマ……!」
     ヴェールを靡かせ抱きつけば、ぐい、と押し返す掌。涙でぐしゃぐしゃのまま、汚れちゃうから、と掠れ気味の声が毀れる。
    「……結婚、おめで、とう……」
    「ありがとう。嬉しい。……私も、エマがずっと幸せであるように願ってるよ」
    「……っ、もう……! 余計、涙……止まらないから……!」
     込み上げる感情のまま、柔らかに微笑んで。ハンカチで目頭を押さえる親友を、もう一度抱きしめる。
     礼服姿の腐れ縁たちからの祝辞には、苦笑交じりの笑顔をひとつ。
    「今日は素直に言っておくよ。ありがとう」
    「都璃、そのドレスとても良く似合ってますよ」
    「うんうん都璃ちゅん! 慶っちも決まってる~!」
    「ありがとう。柊慈、織兎」
    「当たり前だろ。僕の都璃なんだから」
     それに、娘の好みと要望を考慮し、娘が一番輝けるものを自ら用意したのだ。
     似合わないはずがない。
    「……え、慶がデザインしたの?」
    「全部プロデュースって流石~!」
     きっとこんな日が来ると思っていた。
     それでも思いのほか時間を要したのは、彼女の夢を叶えるためだったのだろう。
     そう察しながら、どこまでも続く海と空の青を眺め満足げな慶の横顔に、柊慈もちいさく微笑する。
    「この4人が幼馴染で良かった。……ずっと支えてくれてありがとう」
    「ふたりなら、きっと変わらず、らしく、一緒に生きていくんだろうなって思うよ」
     そう言った織兎へは、ふたり微笑んで。
    「改めて今日から宜しく。僕の奥さん」
     挙式でもしたけれど、し足りないから。そうキスを強請る慶の傍ら、写真を控えてくれた柊慈へはくすりと笑って。
     いつもならやかましいと返すけれど。
     今日という特別な日なら、これで口を塞ごう。
    「――私も」
     すべてを祝福するかのような心地よい海風が、凪いだ水面とぬくもりに満ちた芝を柔らかに渡る。
     大きく世界が変わった節目だからこその、2度目の挙式。
     海の青に踊る光の雫。柔らかな波の音が、今日を特別に彩ってくれる。
    「詩音さんまだかなー? ……ん? ……わぷっ!?」
    「だーれだ?」
    「ぷはっ! し、詩音さんっ!!」
    「うふふ。私は変わらずいたずらっ子なのです」
     ホールドされた頭を胸から引き剥がし、改めて純白のドレス姿に言葉を失うカティアの頬へ、カティアさんも凛々しいです、と娘が柔らかなキスを落とす。
    「私、寂しがりなので、ちゃんと捕まえておいてくださいね?」
    「ふふ、言われなくても逃がしません」
     絡んできた腕を引き寄せ、抱きしめて。何時何処でも変わらぬ娘へ、変わらぬ愛を誓う。
     出逢って15年。
     最初は包丁の扱いも危なっかしかったのに、10年前にはフランスで挙式をあげ、今は自分似の息子を前にすっかり母親顔の桃香に、遊は共に歩んだ時間とこれから歩む時間に想いを馳せる。
    「なぁなぁ! 今日は昔の写真のドレスと違うじゃん! なんでだよ?」
     すこし頬を膨らまし気味の息子には、くすりと笑って。
    「実は……楓の弟か妹が、お腹に……ね」
    「マジでー!?」
    「マジだぞ、お前兄ちゃんになるんだぞ楓。それまでに人参食えるようになれよ?」
     飛び跳ねる勢いで霊犬まっちゃと喜び走り回る背へ、ふたり微笑みながら。
     この幸せが続きますように。
     唯一つの願いを、こっそり交わした口づけに込めた。

    ●青の抱擁
     微かな潮の香りの混じる暖かな風が新緑を揺らし、柔らかに波打つ木漏れ日から毀れた光の雫が、花々で彩られた庭園を一層燦めかせる。
    「千沙、俺に色んなことを教えてくれて、ありがとう」
     愛しさと大切さを識ったからこそ、人として生きていこうと思えた。
     紘斗が察した通り、そのつもりなぞなかったのだろう。不思議そうに首を傾げながらも、柔らかな微笑みが返る。
    「……私の方こそありがとう」
     好きという気持ち。好きな人がいる幸せ。
     好きな人のために何かしたくて、笑顔を見るだけですごく幸せになれる。
     ――あなたと逢えて識った、沢山のこと。
    「千沙。これからも俺と一緒に生きてください」
    「……紘斗くんが望むのなら……ううん」
     私が一緒に生きていきたい。これからもずっと。
     木々から洩れる陽の燦めきのなか、願う娘へと紘斗はちいさく微笑んだ。
     大丈夫か、と空いた庭園で声をかけられ、エマは慌てて涙を拭った。まだ赤い目頭を隠すように俯けば、冬舞はその隣へ静かに腰を下ろす。
    「……あ。あれ、デルフィニウムかな? 演奏会で冬舞くんがくれた花束の」
     そうほわりと笑う横顔に募る愛おしさのまま、青年は意を決して口を開く。
    「小桜、好きだ」
     共に歩き、共に幸せを抱いていきたい――その言葉に、若草色の瞳が大きく見開かれた。
    「ひとりではどうも掌から多く零してしまうから」
     貴女の大切なものや過去も含めて。言いながら触れた掌に、ちいさな力が返る。
    「……私で、いいの?」
    「小桜がいいんだ」
    「……音楽ばっかり追いかけてるよ?」
    「誰だって想うモノはあるだろう?」
     柔らかな微笑みと声に、エマは堪らずその胸に顔を埋めた。
     ――私も、あなたと一緒に生きていきたい。
     涙声が紡いだ答え。
     その愛おしさのまま、そっとぬくもりを抱きしめる。

     涼しいガゼボで紅茶を愉しんでいたアリスは、漸く訪れた待ち人へと声をかけた。
    「ご機嫌よう、エマさん。一休みしていかない?」
    「アリスさん!」
     久々の再会に弾む会話。
    「エマさんは誰の曲が好きなのかしら? やっぱりショパン?」
     エマの弾く『月光』を研究作業中に良く聞くというアリスの予想に、
    「ふふ、当たりです」
     王道ですけど、とエマも笑う。
     そうして2杯目の紅茶を空けたころ、
    「……あら、もうこんな時間。さぁ、次へ行ってらっしゃい。――それと、ご婚約おめでとう」
    「えっ!? それどこで――」
     腕時計とアリスを交互に見ながら慌てた様子で駆けてゆく娘の背に、アリスはちいさく微笑みを返した。
     紅や紫の蝶々や花々が彩るのは、純白のエンパイアラインドレスとスレンダーラインドレスに身を包んだふたりの花嫁。
    「継霧様! 環お姉様!! おふたりとも、お綺麗で素敵です!」
     瞳煌めかせる紫姫を前に「馬子にも衣裳」と言いかけるも、そも彼女らが服に負けていたことなどありはしない。
    「ふたりもよく似合っている。この庭の花も良い引き立て役だ」
     邪魔になってはいないかと案ずる紫姫へ言いながら、シルバーグレーのフロックコート姿の継霧は柔らかに微笑む。
     環には紫の菫青石。紫姫には桃色の尖晶石。
     薬指へと贈られた指輪に、環は愛おしく口づけ、紫姫の涙が一粒零れる。
     彼へと返す指輪は、共に選んだ夜明け色のトルマリン。
     誰にも渡さぬ、邪魔させぬ、娘たちの愛の形を、継霧もまたじっと見つめる。
    「唯の一人も欠けずに……今生の果て、否、来世まで往くぞ」
     今迄も、そしてこれからも。
     感謝と、変わらぬ愛と、そして死をも超えて共に在ることを、交わし合った口づけに誓う。
     白いガゼボの下には、想希手製のケーキと悟自慢の飲み物ビュッフェ。
    「悟さん、想希さん、おめでとうございます!」
    「ふたりともおめでとな! あーっと、エマ! これもめちゃくちゃ美味いぞ!」
    「カナくん、それならこっちの珈琲もすごくお菓子に合いますよ!」
     挙式とカフェの披露を兼ねたからこそできた、幸せの交換会。皆の笑顔に手応えを感じた悟は、ワイルドさの益した笑みで隣を小突き、想希も薄ら目尻に笑い皺を刻む。
     自分の菓子がないと拗ねられれば、くすり笑って指さす特大ウェディングケーキ。
    「ファーストバイト、お願いしますね」
    「しゃないな。愛情満載の食わし愛頼むで」
     お開き後の約束を交わし、胸の桐の花が寄り添うように笑顔を重ねたら、皆へと届けよう。
     お菓子とドリンクの、幸福に満ちたマリアージュを。
     咲き溢れたネモフィラの花に包まれながら、沙雪とアリスは指輪を交わす。
    「色々あったなぁ。最初は交際断られたっけ」
    「……そうだったね。……私、沙雪を振ったんだ」
     苦笑から始まる想い出話。男性を恐れ、恋愛も知らぬアリスの傍に、気づけば当たり前のように居てくれた沙雪。闇堕ちした、あのときさえも。
     あれから10年。
     片や世界を飛び回る獣医。片や海外教育チームにも参加する小学校教師。
     寄り添うよりも共に同じ先を見て共に歩き続けた末、入籍。
     そのときの想いを、もう一度。触れ合った唇にそっと乗せる。
    「一緒に幸せな家庭をこれからも築いていこうな」
    「……お爺さん、お婆さんになっても一緒だよ」
     祝福するかのように風が渡り、ネモフィラの青が柔らかに揺れた。
     その色を半眼の双眸に映しながら、もうひとりのアリスは無理を言って来て良かったと心から想う。
     囁くのは祝辞と、未来での邂逅。
    「それまで、さようなら…………Great grandmother」
     言い残して、娘はそっと踵を返す。
     ぽつり、ぽつり。
     クレンドと瑠璃の手で点されたキャンドルの灯りが、夜の木々と竜胆と月下美人の花を、柔らかなぬくもりで包み込む。
    「やっとか、おめでとう」
    「ありがとう、国臣。またこうして皆の元気な姿を見れたことが嬉しいよ」
     淡い青のドレスにロイヤルブルーの竜胆の髪飾り燦めく瑠璃の隣で、ワインレッドのジャケットに黒ズボン姿のクレンドが言えば、
    「クレンドさんは相変わらずカッコイイなー♪ 瑠璃さんも凄くステキ!」
     彼女らしい黄色のドレスに身を包んだ桐子の賛辞に続き、深い蒼のドレス姿の清音もおめでとうと添える。
    「…………ずっと日本を離れていたから…………久しぶりに………二人に会えて嬉しいわ……………」
     旅の目的は、世界中の音探し。此処には居ないルナの代わりに、巡り識ったことをふたりへ伝える。
    「俺も、つい最近まで中東に行っててな。間に合ってよかった」
     そう笑う和守は、陸上自衛隊の制服――紫紺色の新型版。それは世界の平和と安全を守るために闘う証。
    「何かあったら、連絡してくれ。必ず駆け付ける……とも限らんが、何らかの力になることを約束しよう」
    「ありがとうございます」
    「心強いよ、和守」
     そうして、ジュリアンの奏でる曲が歓談の終わりを識らせる。
     まどろっこしいのは無しな、とお約束の前口上を早々に切り上げて、クレンドが真っ先に伝えるのは皆との再会の歓びと心からの感謝だ。
    「学園に入ったばかりの頃、こんな日を迎えられるとは思っていなかったが……これも全て皆と隣にいてくれた瑠璃のおかげだ。本当に、ありがとう」
    「ボクのほうこそ、クラブに入れてくれて本当にありがとなんだよ! また遊びにいくんだよ!」
     嬉しさと淋しさが綯い交ぜになって、滲みかけた視界を桐子はどうにか堪えた。流すのならせめて、ふたりには見えない場所で。
    「ふたりとも、末永く幸せにな」
    「ああ。もっと幸せになるといい。いいものだぞ、結婚生活は」
    「勿論。これからの全ては、彼女の幸せの為に費やすから宜しくな」
     それは大切な恩人へ捧げる誓い。
     そしてジュリアンも同じ面影を心に抱きながら、ふたりへの祝福を調べに乗せる。
    「これからもふたりで歩んでいこうと思います。温かく見守ってくださると嬉しいです」
    「おふたりさん、お幸せにね?」
     月へと溶けたジュリアンの囁きに、瑠璃もまた、凜と咲く月下美人へと淡く微笑んだ。

    ●幸福の花
     甘い花の香の歓迎を受けた先。
     白梔子と紫陽花に彩られた森の式場を彩るのは、恵理の絵画と叶の写真。ふたり分け合った、共通の景色。
     式場に溢れる沢山の笑顔を、愛用のクラシックカメラとデジタル一眼レフに収めていた佐祐理は、ふとその前で足を止めた。
    「見てくれてありがとな。あと、写真も。流石に新郎の立場だとなかなか撮れなくてさ」
    「お役に立てたのなら、来た甲斐がありました」
     そう微笑みその背を見送りながら、誰へともなく零れる声。
    「元の武蔵坂の仲間の結婚式を羨ましく思える。こんな未来があるとは思えませんでした……」
     気づけば恋愛とは縁遠い日々。特定の異性がいないことを軽く後悔しながらも、佐祐理は次の式場へと足を向けた。

     さる準男爵作曲家の愛の曲を奏で終えたエマは、その役目を音響機器に預けて仲間たちの輪に交じる。
    「しっかし、まさかここまで縁が続くとはなー」
    「ふふ、本当ですね。周さんは今何を?」
    「考古学者兼ヒーロー! エマも立派にピアニスト頑張ってるのも聞いてるぞ!」
     まあ実際に行った事あるがな! 礼装に身を包みながらも変わらぬ笑顔に、礼を添えながら娘も微笑む。
     おめでとう。お幸せに。
     重なる言葉に感謝を返していた恵理へ、杏の実を手にした勇弥からは感嘆の言葉。昔を懐かしみながら、立派に成長した叶へも賛辞を贈る。
    「ふたりも、来てくれてありがとう」
    「こちらこそ! 叶さんは、これからずーっと恵理センパイのことよろしくね? 恵理センパイは、もし何かあったら是非相談してね」
     落ち着き具合はまだ敵わないが、若奥様歴なら6年上。4人の子供を紹介する大きなお腹のリコを支えながら、夏樹が近況を添える。
    「警察官の仕事は順調ですし、家族も増えました。ええと、一番上の双子が産まれたのがリコが大学を卒業した年なので……今年で5歳です。リコに似て元気に育ってくれてます」
     これから幸せになる人たちと、次世代の子供たちのためにも。世界は変われど、日々の安寧のために尽力する姿勢は皆変わらない。
     サーモンピンクのドレス姿の陽桜が大好きな魔女とその夫へかけるのは、幸せの願いの魔法。
    「叶さん、恵理さんのこと、大切にしてくださいね? 泣かせたら承知しませんからっ」
     嬉し涙はノーカウントです、と微笑みを重ねれば、
    「解った。絶対、悲しませない。……な? 恵理」
     肩をそっと抱き寄せて、叶も強く首肯する。
    「悩むことがあったら連絡くれ! 世界中どこからでも飛んで助けに来るぞ!」
    「あははっ。んじゃ、そのときはでっかい声で周を呼ぶな」
    「それにしても、個展と挙式、まさか一挙に両方とは。叶君は、やはり隅におけません」
    「ステラだって、やりたいこと叶えたんだろ?」
     祖国ドイツで相応の地位にありながらも駆けつけてくれた戦友へは、改めて感謝を。
     歓談の区切りに、新婦から皆へと手渡されたのは梔子の花。
     己と夫、そして義父母とを結びつけてくれた純白を、青く澄み渡る空へと掲げる。
    「魔女の名に於いて、その言葉の如くあれかしと皆様に贈ります。あと……お腹の子にも」
     ――私は、幸せ者です。
    「……えっ? 夢、じゃないよな? ははっ……よっしゃー!!」
    「あ、あなた……!」
     喜びのあまり姫抱きした叶の笑顔に、恵理の視界も幸せ色に滲む。
     堪えきれず毀れた涙は、彼の胸に顔を埋めそっと隠して。伝わるぬくもりに、どうしようもなく胸が詰まる。
    「恵理さん、おめでとう!」
    「どうかしあわせにな!」
    「ほら、エマも涙これで拭いて。ふたりとも、おめでとう!」
    「う~~ありがとう都璃……」
     湧き上がる歓声の中、ふたりを見つめたままのステラが独り言ちた。
    「綺麗な花が咲きました。――そう思いませんか? フラウオンブラ」
     途端、近くの大樹の幹が揺れた。襤褸布を靡かせ、軽やかに頭上高くから舞い降りたのは、あの頃と変わらぬ白い蝶。
    「どうして此処に……?」
    『ステラが呼んだから。でも、呼べば来られるわけじゃない。タイミング、良かった』
    「……無事、だったんだな」
    『ソウルボードが騒がしかったし、逃げろって聞こえたから。さすがに起きる』
     そう返しながら恵理を見つけると、
    『おめでたいのなら、一応言っとく。結婚、おめでとう』
    「来てくれてありがとう。それに、ステラさんも。……貴女も、いつか誰かと結婚するんでしょうか」
    『……したいとは、思わない。アンタたちとは、この関係が好きだから』
     ほんの少しだけ、上がったように見えた口角。それは紛うことなく、彼女の本心なのだろう。
     絶えぬ問いかけと人溜まりから一歩踏みた勇弥が、握っていたものを娘の掌に乗せた。
     それは、12年前に失踪した古い友人が彼に託した、殱術道具の詰まった倉庫の鍵。
    「君や、君と関わる人々との記憶を、彼は大切に語ってたよ」
     だからこそ屹度、『彼』もふたりの幸いを喜んでいる。そんな気がする。
    『……そう。なら、逢えたら伝えて。……ありがとう、って』
     その機の有無は誰にも解らない。
     それでも青年は、確りと頷いた。

    ●幸せの形
     硝子造りの白いチャペルから響く祝福の鐘が、ブルースターに彩られた新緑の森を柔らかに包む。
     入籍はしたものの後回しになっていた挙式。長かったよな、と昔同じ苦悩を語り合った新郎へ、脇差はそっと微笑みかける。
    「先日は結婚式に来てくれてありがとうなー」
    「徒くん、今日はカメラマンやるんだって張り切ってるんだよ」
     感謝を返すポンパドールを見送った先、手を振り満開の笑顔を咲かせるりねたちを収めながら、徒の口許も自然と緩む。屹度、自分のときもあんな感じだったのだろう。
    「穂純ちゃん!」
    「りねちゃん!」
     蒲公英色のドレスを揺らして駆け寄った穂純を、りねもぎゅっと抱きしめる。
     出逢って15年。ずっと一緒に成長してきた仲良しの友達。
    「結婚おめでとう! すごく綺麗だよ」
    「ポンちゃん、おめでとー! りねもすっごくキレイだね~。もー、羨ましいったら!」
     緑のミニドレス姿のミカエラも満面笑顔。
    「末永くお幸せに。新居にも遊びに行くからね」
     そう微笑みながら、穂純はもう会えぬ優しいあの人へ、初個展の祝辞とこれからの幸せを想う。

     ひまわり着ぐるみに着替えたミカエラは、参列者へデザートサーブ。焼き菓子とムースの、屋台バイキングだ。
    「徒くんも何か飲む? シャンパン美味しいよぉ」
    「千尋ぉ、出来上がっちゃってないか?」
     白ドレスを纏い頬火照らせながら上機嫌な千尋には、徒も苦笑を滲ませる。
     ――一緒なら、未来はきっと楽しいよ!
     闇堕ちした彼へとりねが叫んだ言葉。その尊い響きは、今も良く憶えている。
    「ポンポン。『みんなをまもるおうさま』は、これからは『たいせつなひとをまもるおうさま』になりそ?」
    「アカリ……」
    「ああでも、『お妃さまも含めた、みんなをまもるおうさま』になりそだな」
    「りねさんのこと、しっかり見てあげて下さいね」
     一番守りたい人を守りぬいてこそ、の王様ですよ。
     ライトグリーンのドレスに身を包んだ紗里亜が渡すのは、ブルースターの押し花の栞。『幸福な愛』『信じあう心』。どちらも似合いの花言葉だ。
    「あのチビ助が、こんなに愛らしい花嫁さんを貰うまでに成長するとは……」
     見目も立ち振る舞いも貫禄が出てきたニコは、そう感慨深げにふたりを見ながら、
    「頑張れよポンパドール、真咲……いや、りねもどうかこいつを宜しく頼む」
    「はい!」
    「新婚旅行の予定は? うちの温泉ならいろいろサービスできるよ」
    「ホント!? ありがとう、チヒロ!」

    「えっ? ええええええ!!?」
     人目も憚らず叫んだポンパドールに、思わずニコが心配げな視線を向けた。
     ――あのね、赤ちゃんがいるんだって。
     まだ耳に残る、柔らかな声。微笑みながらお腹に触れるりねの手を取り、真っ赤な顔のまま泣きそうな笑顔を作る。
    「と、とにかくありがとう!」
    「わたしの方こそ、この広い世界からわたしを見つけてくれてありがとう」
     カフェの店長を夢見る彼を支えるため、子育てをしながらバリスタの勉強。
     それが、今のりねの夢。
    「皆さんも、その時はぜひお店に遊びに来てね」
    「それは絶対美味しいに決まってます……!」
    「愉しみにしてるぜ!」
     エマと叶の拍手が皆と重なり、森に満ちる幸せの大喝采。
    「ふたりともおめでとう」
    「キョンもみんなもありがとう。幸せになるかんネ!」
    「じゃあ、最後は皆で集合写真。みんな寄って寄って」
    「……む、いかん、何だか感極まって……」
     眉間を寄せるニコの隣。大切なその名を呼んで、明莉も微笑む。
    (そうだな。一緒なら、未来はきっと楽しい)
     ポンパドールの翼猫も手招いて、千尋と寄り添った徒が最高の笑顔を刻み、ミカエラの声が空に響く。
    「――ハッピーウェディング!」

     幸せかと問われれば、幸せだと答えよう。
     今も変わらず、大切な仲間たちの幸せな笑顔を見られるのだから。
     そうして脇差は願う。
     これからのふたりの、皆の、末永い幸せを。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年10月16日
    難度:簡単
    参加:49人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ