今日の良き日を

    作者:八雲秋

    ●結婚式の招待状
     仕事から帰り、ポストを覗くと白い封筒が入っていた。これはもしかして。急いで家に入り封を開け、声を上げる。
    「やっぱり結婚式の招待状か! あいつらもとうとう結婚か。場所は木梨神社ね、確か、あそこにも武蔵坂学園の卒業生いたよな。懐かしいな」
     それから、彼はカバンからペンを取り出した。返信ハガキの出席に大きな丸を付けて、何か気の利いたコメントを二人に書いてやるために。

    ●場所:木梨神社
     結婚式の前夜、初めて神職として神前式を執り当たる事となった木梨・凛平(高校生神薙使い・dn0081)は改めて段取りを確認していた。
    「えーと、新郎新婦さんへの手順の説明は僕と巫女さんが二人でする。入場のタイミングは……」
     凛平の父がその姿を見て声をかける。
    「あまり心配しすぎるのもよくないぞ。そんな様子を新郎新婦さんに見せたら、もっと緊張されてしまうぞ。気持ちはわかるけどな。新郎新婦も学園の卒業生なんだしな。お前もあそこにはいろいろな思い出があるだろうし」
    「うん」
     父が笑って、凛平の肩を叩く。
    「大丈夫、お前も新郎新婦のお二人も、それに、そのご友人の皆さんも、きっと良い思い出を作ることができるよ」


    ■リプレイ

    ●於 神社
     本日は吉日、仮夢乃・聖也と華宮・紅緋の挙式の日。
     式場に入る前に、式の流れや諸注意を凛平が説明する。
    「この神社は友人の参列もできるんですよね」
     聖也の言葉に凛平はうなずいて、
    「神前式は元々は家と家との縁を結ぶために行われる式なのですが、最近は友人の参列も多いんですよ。縁というなら新郎新婦と武蔵坂の皆様との縁も立派なものですしね」
    「ところで披露宴はともかく神前式は白無垢を着るものではないのですか?」
     そう言いながら聖也は紅緋を見る。赤の打掛に角隠し姿。衣装と着物にあった和風の化粧のためだけでなく、これから行われる挙式という儀式のためだろうか、いつもと違った雰囲気をまとった彼女に、彼はつい顔を赤らめながら俯いて早口で続ける。
    「も、勿論、その衣装もとっても似合っていてとっても綺麗なのですけど」
    「それはですね……」
     凛平が説明しようとするより前に紅緋が、あら、と呟き、聖也に言う。
    「言いませんでしたっけ? 色打掛も立派な正装ですよ。白無垢はあなたの色に染まるという意味があって、好まれますけど、今時はそうした意味にこだわらないという考え方も定着しているみたいです」
     何か他に付け足す事はあります? というように凛平の顔を見るが、
    「その通りです。えーと、では段取りの説明をしましょう」
     参進の儀、修祓、祝詞と流れと意味を説明していく隣で紅緋が補足する。
    「聖也さん、誓詞はただ読むのではなく顔を上げて目の前におわす神様に向かって読むつもりで。ここからが二人で読む所ですね、それと玉串の持ち方は……」
     凛平が遮る。
    「ちょ、ちょっと待ってください、あのもしかして神前の儀式とか詳しいんですか」
     紅緋は小首をかしげ、
    「ええ。これでも宗教関係の権威『効験部』の代表です」
     凛平は参ったなと頭をかきながら、
    「えーと、僕が緊張してるのは本当ですし、頼りないかもしれないですけど、それでも、新郎様、新婦様にとっても、今日は大事な日ですから、あまり気にしすぎないで欲しいといいますか、えーと」
     紅緋は口元を隠し少し笑みを見せながら、言う。
    「ええ、後はお任せします」

    ●神前式
     花嫁行列のために巫女や神職の指示で皆が並んでいく。
     境内に竜笛の音色、それに太鼓、琵琶の音が加わり、雅楽の調べを奏でていく。
    「うぅ、いよいよ結婚式なのです、緊張してきたのです……え? 紅緋さん?」
     紅緋は呻く聖也の袖を、そっと引き、後ろの方を指さす。
     聖也が振り返ってみると、昔、同じクラブに所属していた面々が行列を見送っている。小さく声を上げる。
    「あっ、昔クラブでお世話になった人達がいっぱい……!」
     ホッとする気持ちと懐かしさと、それとともに湧き上がる思い。
    (「心の奥底から何かがこみ上げてくるです……」)
     彼の耳元で紅緋が囁く。
    「まだ泣いてはだめですよ、聖也さん」
     聖也と紅緋、親類が本殿に入っていくと、続けて彼らの友人らも入場する。
    (「神前式というと日本の神道に則って行われる結婚式になるんだよね」)
     エミリオ・カリベはさりげなく式場を見まわす。
     神殿の中を行燈の暖色系の明かりが照らし、越天楽の演奏が響いている。
    (「馴染みのある教会式と違うせいか雰囲気があるというか厳かというか……」)
     紅緋と聖也が交際を始める前から、もっと正確に言うなら、紅緋と聖也が知り合う前から二人、それぞれの知り合いだったエミリアにとって、この挙式は感慨も一入だ。
     エミリオの隣に、神前式に相応しいようにと和服を着てきた羽柴・陽桜が並ぶ。
     神社での挙式に参列するのが初めてな訳ではないが、それでも厳かな雰囲気には、まだ少し緊張してしまう。
     参列者が全員入場を終え、祓詞が唱えられる。続けて祝詞奏上の儀。
    (「大丈夫ですか?」)
     紅緋が凛平を心配するように見ると、
    (「い、いや、大丈夫ですから!」)
     凛平も必死にアイコンタクトで返す。
     無事に神様に聖也と紅緋の結婚を報告すると、次は三々九度、互いにお神酒を頂き、永久の契りを交わす。
     陽桜は二人の姿を見ながら、学生だった頃を思い返す。
    (「聖也さんとは、クラブ『夢の里』でお世話になって皆で色んなところにお出かけして、楽しい時間を過ごさせてもらったのです……紅緋さんとは依頼でもお世話になりましたです」)
     自分とはそんな縁がある紅緋と聖也が家同士のご縁を結ぶ結婚式に参列できるのはとても嬉しい事だ。
     そして指輪の交換。
    「まずは新郎様から」
    「はい」
     聖也は紅緋の手を取り指輪をつけようとするが、傍から見てもわかるほど緊張で彼の手は震えている。
     無事にできるだろうか凛平はその様子を見て心配になって、つい前のめりの姿勢になっている所で視線を感じる、紅緋のものだ。
    (「神職さんはもっと、堂々としてください、ほら胸を張って」)
      彼女の目の訴えに、慌てて凛平は姿勢を正す。
     続けて、彼女は聖也と目を合わせ、優しく微笑みかけ、聖也の緊張を解いてやる。
    (「ゆっくりでいいから、ね?」)
    (「うん、わかった」)
     無事に互いの薬指に指輪が納まり、続く儀式も滞りなく進んでいく。二人で誓詞奏上を行い神前に誓い、親族が盃にお神酒を頂き。
     無事に式を終え、退場となり、二人は参列者一同の前を通っていく。
     しずしずと歩く紅緋の赤の打掛姿は美しい。
     共に歩く聖也はウィッグを外し自身の少し長めの緑の髪を見せ、黒の紋付袴で堂々と歩く。まだ女性と間違えられるほどの可愛さは残しているものの、10年の歳月に少し、男っぽさを増している。
    (「足を運んで頂いた皆様本当にありがとうなのです」)
     聖也は式を見届けてくれた人たちの顔を見、感極まり、涙ぐむ。
     式を終えた二人はこれまでの恋人同士の顔だけでなく、夫婦としての自信も持ち合わせているようにも見えた。

    ●披露宴
     披露宴は歓談の時間が多く取られ、友人らと新郎新婦のおしゃべりに花が咲く。
     紅緋はテーブルの間をただ挨拶するだけではなく、気後れしている人をさりげなく話の輪に入れてあげたり、気を配りながら回っている。
     聖也がカーリー・エルミールに声をかける。
    「カーリーさん、お食事を沢山用意したので食べてくださいね!」
     最高級の料理を上品に皿に一口ずつ、というのも悪くはないが、カーリー相手なら、ここはやはり、和食料理山盛り! だが、いかに山盛りとあっても、その山はカーリーの前では瞬く間に口の中に吸い込まれるように消えていく。
    「さすがですね、お代わりもできますから待ってくださいね」
     聖也が友達と話している姿を見ている紅緋に陽桜が声をかける。
    「お久しぶりです」
    「本当に10年ですしね、あれからどうされていました。充実した日々を過ごされました?」
    「実はわたしも最近結婚を」
    「まぁおめでとうございます!」
    「あ、ありがとうございます」
     顔を真っ赤にしたまま、陽桜が問い返す。
    「紅緋さんはどうされていました?」
    「私です? 喧嘩収めの仕事ばかりで。宗教界の皆さん、頑固者揃いなんです」
     彼女もまた大変ではあるが、充実した日々なのかもしれない。
    「あ、陽桜さん、今日は来ていただきまして、ありがとうなのです」
     聖也が陽桜に気づき二人のもとに駆け寄っていく。
     陽桜は改めて姿勢を正し、二人に向き合うと、お祝いの言葉を告げた。
    「お二人とも、ご結婚おめでとうございます。聖也さんの『夢の里』で作る思い出達のように、これからのお二人の時間が素敵なものになりますように!」
     エミーリア・ソイニンヴァーラがカメラを構え、二人のもとに駆け寄る。
    「聖也くーん! 紅緋ねえさま~! お写真とらせて~っ♪」
     カシャカシャとシャッター音を響かせる。
    「今日はわざわざ来てくれてありがとう、素敵なお着物ね」
     和服を着たエミーリア・ソイニンヴァーラに言うと、
    「紅緋ねえさまと、聖也くんの結婚と聞いたら当然です。衣装もねえさまに合わせたいなと思って。お二人とも、ご結婚おめでとうございます♪」
    「ありがとう」
    「ありがとうございます」
    「いっぱいお写真を撮って、あとで紅緋ねえさまに画像データをお渡しする予定ですっ☆」
     いいお写真を撮らなくっちゃと張り切るエミーリアに、
    「わたしと聖也さんばかりでなくエミーリアさんとわたしの写真も撮ってもらいましょう、エミーリアさんの和服姿も素敵ですもの」
     そう言って紅緋は笑みを見せた。
     エミリオは二人の前に立つと、ほぅとため息をついて、
    「紅緋先輩の赤の打掛姿……つい見惚れちゃうくらいすごく綺麗だよ」
    「ありがとうございます」
     少しはにかみながら礼を言う。
     エミリオは花嫁が誉められて得意げな聖也にも、
    「聖也くんも立派になって……なんて言ったら失礼だね」
    「い、いえ、そんな、嬉しいけど、私はまだまだ」
     照れる聖也にエミリオは重ねて、
    「でも本当にもう僕じゃあらゆる面で太刀打ち出来ないんじゃないかな?」
     いや、そんな、と顔を赤くして口をパクパクさせる聖也と隣で彼に微笑む紅緋の顔を見比べながら、エミリオは言う。
    「Felicidades por su matrimonio! 二人の未来に幸多からんことを……ふふ、これからもよろしくね?」
    「どういう経緯で結ばれたの?」
    「それはですね……」
     と尋ねるカーリーに二人が説明する。カーリーは頷いたり相槌を打ったりしつつ話を聞いているが、そうした間にも、また彼女の前の料理は減ってゆき、
    「あ、お代わり頼まないとです」
     そう言う聖也に首を横に振ると、彼女は立ち上がり、
    「ボク、今日は二人を祝福する為にお祝いの歌を披露したいなと思って来たんだ。聞いてくれるかな?」
    「勿論ですとも!」
     カーリーの素晴らしい歌声が会場内を包む中、聖也は傍らの紅緋の手を取る。
    「聖也さん?」
    「紅緋さん、これからもよろしくなのです! 私の新たな人生のスタートなのです!」
     彼はそう力強く告げると、彼女に笑みを見せた。

    作者:八雲秋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年10月10日
    難度:簡単
    参加:6人
    結果:成功!
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