ハレノヒ

    作者:朝比奈万理

     その純白の封筒は、特別な誘いへの招待状であった。
     エンボス加工で浮き上がる花の絵のフラップを開けると、様々な質感のカードが覗く。
     その中から封筒と揃いの加工が施された二つ折りのカードを取り出し、文面に目を落とせば、きっちりとしたフォントが祝宴の誘いを知らせていた。
    「また皆と合える日が来るのか」
     楽しみだな。と右手にはめた相棒と穏やかに微笑みあって、そっとカードを封筒に戻した。

     久しぶりに顔を見る人もいるだろう。
     あれから10年。あの人たちは、どんな人生を過ごしていただろう。
     どんな仕事に。どんな生き方を。どんな過去を紡いで、どんな未来を描いているのだろう。

     再び交わるわたしたちの道は、あのハレノヒにつながっている。

     そう思うだけで浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)は、優しく強く輝いた心の星の存在を感じられたのであった。


    ■リプレイ

     都内・皇居に近い会館では、この良きハレノヒに新たな門出を迎える二人と、その二人を祝福するべく仲間たちが集まっていた。


     チャペルの扉が開き、促されて進みでるバージンロードの先にある光景に、朔之助は思わず目を細めた。
     物心ついた時からの幼馴染で、気が付いた時には恋心を抱き、恋人になり――。
     今、自分はこの道を通って彼に向かって歩き出す。
     慣れない華奢な靴も裾の長い純白のドレスも、ヴェールの中の伸ばしてまとめた髪も。
     全てはこの日のために。
     タキシードに身を包んだ史明も、彼女と同じように目を細める。
     学生時代は男っぽい恰好ばかりだった彼女。だけど、自分が長い髪が好きだと言えば髪を伸ばし、この日のためにドレスも着てくれた。
     自分に向けて進んでくるにつれヴェールの中の彼女は、緊張した表情に美しくメイクを施していることも見え。
     自分の横で立ち止まった彼女に手を伸ばして、史明は改めて思う。
     幸せだ。と。
     そして、この緊張を解いてあげたい。と。
    「表情が硬いけど、僕との結婚はご不満?」
     史明のおどけた言葉と余裕綽々の微笑みに、朔之助は思わず眉尻を下げる。
    「そんな訳――」
    「――不満でも結婚するからね」
     咄嗟に言葉を重ね、自分の手のひらに触れた朔之助の指先を逃がすまいとぎゅっと握ったのは、からかってごめんねと逃がしませんの意。
     さっきとはまた違う史明の優しい微笑みに、朔之助の頬はメイクの上からでもわかるほどに赤く染まる。
    「……史は、ずるい」
     ちょっと眼を伏せて口を小さくとがらせた彼女は、本当に愛おしく可愛い。
     この可愛いひとと、愛おしい人と、生まれた時から一緒に居させてくれてありがとう。
     神に誓う宣言は高らかに――。


     今やエスパーが世界を回している時代。
     だけど『灼滅者』というだけでトントンと重要ポストに座らせられてしまった技術者の男が一人。
     アンカーである。
     多忙を極め過ぎた。ということもあるし、彼女の大学卒業を待った。ということもあり、今日のこのハレノヒに彼女と結ばれることとなった。
     (「約束から11年か。いよいよ……だな」)
     と教会内の祭壇脇に立ち、花嫁の登場を今か今かと待ちわびていた。
     扉が開き、甥っ子になるリングボーイの後ろ。父親に付き添われてバージンロードを歩いてくる花嫁は、10年経っても少女のようなあどけなさが残る。
     だけど10年経っただけ綺麗にもなっていて。
     父親から託された彼女にかかっているヴェールは母親が降ろしたもの。
     その奥ではにかんだ彼女に、自分が彼女に見惚れていたことを知る。
     フォーマルスーツに身を包んだ直哉は、そんな友の様子を参列席でニマニマと見守っていた。
    (「ここからもばっちり見えてるぞー♪」)
     と心の中でアンカーをからかいつつも、最高の瞬間に備えてカメラを構える。
     誓いの言葉はお互いの母国語で。
     指輪の交換も手が少しだけ震えて。
     誓いのキスも、もしかしたら一番ぎこちないかもしれない。
     だけど後で思い出して、柄にもなくとても緊張していたとお互い笑いあえれば、それはそれで。
     花嫁を抱き上げて教会の外に出れば、軽快なシャッター音が鳴り響く。
    「アンカー、千星、結婚おめでとう!」
    「ありがとう、直哉君」
     直哉は、最高のショットをもう一枚。と、笑顔の二人をファインダーに切り取って、
    「今まで2人の様子をそっと見守っていたけれど、漸くこの日を迎えたんだな。友人として、心からお祝いさせて貰うぜ」
     と、サムズアップ。
     アンカーもそれに笑顔で返す。
     が、何か固いものが後頭部に当たりすぎる。と、ちらと振り向いてみれば、チュールレースに包まれたライスの束を自分目がけて投げつけている紗夜の姿。
    「……リア充末永くビッグバンリア充末永くビッグバン……」
    「さ、紗夜くん。それは呪詛か何かなのかな……」
    「アンカー先輩、リア充末永くお気になさらずにビッグバンだよ。それに呪詛だなんてとんでもない。知っているだろう、ライスシャワーは魔除けと恵まれ困らずにの意だと」
     腕に下げた籠に手を突っ込んだと思った瞬間、パシンと投げつけられるライスシャワー。
    「いてて、紗夜君。これシャワーっていうか塊じゃないか! ライスシャワーじゃなくてライスボールだよ!」
     アルファ化した米だったら大変なことになってたな。とぼんやりと千星が思う中。
    「紗夜、お前、コントロール良くないか? 浅間には全然当ててないとかさ……」
     狙いのブレなさはある意味感心するが。と、紫月は地面に落ちたライスボールを回収しながらぼやいた。
    「花嫁さんに当てるわけには行かないからねリア充ビッグバン」
     ペッと投げた最後のライスボールは、アンカーの胸元に当たり千星の頭に落ちてきた。
    「うお、びっぐばんされた」
     とお道化た千星の手元には、チュールレースで包まれたお米たち。
    「大丈夫、紗夜は口ではビッグバンって言ってるけど、行動には移さないやつだから」
     地面のライスボールを全部拾い上げた紫月は、ぽんぽんと紗夜の頭に手を乗せる。
    「此奴は発する言葉の裏でまじないを掛けているんだよ。幸福であれってな」
    「……し―ちゃん先輩、しゃべり過ぎなのだよ」
     頭に乗った手を怪訝に払って、紗夜の拳が紫月の脇腹に刺さる。
    「いて、10年越しに通訳したって、罰は当たらないだろう」
    「……僕は対象がそうであると思っていなければ、リア充ビッグバンとは言わないよ?」
     つまりそういうことだ。とアンカーに告げた告げた言葉は、紗夜なりの遠回しの祝福。
     アンカーはその意図を自分なりに咀嚼して。
    「ありがとう紗夜君。ではそのまじない、甘んじて受けようか」
     と、千星と顔を見合わせて笑み合った。
     紫月がひっそり参列していた柚羽と会場内でばったり落ち合う話は、また別のお話しとして。
     ブーケトスは教会に通じる階段から下へ。
     千星が投げたブーケはリボンの尾を引きながら弧を描いて空を飛ぶが、学生時代に『白鳩キック』で鍛えた跳躍力を駆使した飴莉愛がジャンピングキャッチ。
     紗夜は、まぁ色恋沙汰には程遠いからね。と、その白い花束が描いた弧を見守っていたが、今や人の手に渡ったブーケの一番下、目立たない部分の花が一輪かけていることは、花嫁と自分だけの秘密。
     今までもこれからも、編み編まれる糸が解けぬようにあれ。
     そう思う紗夜の手には、一輪のスズランが優しく握られていた。

     披露宴は東京の街並みを一望できるホテルの最上階。
     千星の相棒のうさぎのパペット『ポラリス』はウェルカムドールとして皆を迎えていた。
    「あの子、珍しく緊張してますね」
     と、親族席ではステラと家族たちが、高砂で固まっているアンカーを見守っていた。
     灼滅者補正の為に祖国では割と高い地位を頂き多忙を極めているステラであったが、可愛い従弟の結婚披露宴とあらば、親族として参列しないわけがない。
    「それに比べて……」
     堂々とした佇まいの花嫁はさすがはホテル業の娘といったところだろうか、高砂に集う仲間と和やかに言葉を交わしていた。
     人の波の途切れを見計らって、千星に話しかけたのは柚羽。
    「千星さん、この度はおめでとうございます」
    「ありがとう、かの……じゃなかった」
    「茶倉、になりました。結婚して、今は古書店の代理店長をしています」
     と披露宴前に落ちあった紫月と微笑み合い、
    「こちらを」
     と千星に差し出したのは水色のクマのぬいぐるみ。
    「どうか、お幸せにです。しっかりこれからを積み重ねていってください」
    「ありがとう、嬉しい」
     と受け取って受け取ってわかることは、ハンドメイドだということ。
    「この子、てづくり?」
    「私、能力は裁縫に伸びているみたいなので……その代わり料理は何とも言えないんですけど」
    「ふふ、わたしと一緒だ」
    「……成長は見られると、旦那様は言ってくれたのですが……」
    「優しいな、茶倉・紫月は」
     千星の言葉に紫月と柚羽はお互い見合わせ、はにかみ合うが。
    「わたしも2人のことはずっと気にかけていたから、一緒になったと聞けてとても嬉しいよ。幸せにな」
     と掛けられた声には小さく、でも確実に頷いた。
    「でも、どうしてこんな大切な子をわたしに?」
     胸にクマのぬいぐるみを抱きしめた千星に尋ねられて、柚羽は優しく微笑んだ。
     なぜならあなたは、ダークネスとして永遠の孤独を選ぼうとしていた私を、見つけてくれた人だから――。
     新郎新婦のお色直し後の余興は、新郎親族有志による賑やかなダンス。
     ドイツの披露宴ではダンスパーティが主流の様で、宴会場の一角はさながらダンスホール。
     新郎新婦の友人たちも、ダンスに参加していく。
     そんな中、
    「仲間の祝い事だからな、喜んで協力するよ」
     と、生演奏を買って出たのは無常であった。
     ポップスからロック調、タンゴやクラシックまで、幅広く演奏してゆく。
    「にゃふふ! 俺の出番が来たようだな!」
     颯爽と現れたのは、フォーマルスーツに身を包んだ直哉――いや。
    「わ、伝説のクロネコ・レッドだ!」
     千星が思わず声を上げると、
    「そう、みんなご存知クロネコ・レッド、二人の門出を祝いにやってきたぜ!」
     と、無常が演奏する曲に合わせて華麗なステップ。
     素晴らしきは、曲調が変わっても死なない着ぐるみ捌き。
     時に可愛く、時にカッコよく踊って参列者たちを魅了してゆく。
    「直哉君なんて華麗な着ぐるみ捌き……私もマグロの着ぐるみを持ってくるんだったか……!」
     直哉に即発されてうずうずするアンカーを見逃さない人物がいた。
     ステラだ。
    「踊りたくて仕方なさそうですわね、アンカー。ねぇ皆様、新郎の『スマート』なエスコートによる『花嫁とのダンス』も、見てみたいですわね」
    「お、お姉様それは……っ!!」
     目指す路線を大きく外された、まさかのバカ高いハードルである。
    「お、じゃぁ賑やかしはお暇だ。末永くお幸せにな!」
     クロネコ・レッドもはけてしまっては、もう行かざるを得ない。
     披露宴の主役は花嫁。
     新郎は晒し者だが、耐える。
     アンカーは立ち上がると隣に座る千星の後ろから回り込んで、招待客に見える位置ですっと跪いた。
    「僕と踊っていただけますか。いや、僕と人生を共にしてくれますか?」
     恭しく左手は自分の胸元に。右手は彼女に。
     千星はにっこりと笑んでアンカーの手に右手を添えると、2人は揃ってそっと立ち上がった。
    「はい、喜んで――!」
     夜色のドレスの裾には無数のラインストーンがあしらわれ、動くたびにライトに照らされた其等は星のようにきらきらと瞬く。
     幸せそうな従弟と、新たに義妹となった異国の娘に拍手を送りながらステラは穏やかに笑む。
     ――千星さん、アンカーのこと、よろしくお願いしますね。


     結婚披露宴の帰り。
     積もる話もあるだろうからと【ASSC】の面々、居酒屋の個室に入って同窓会である。
    「え、誰も結婚してないの?」
     久々に会った【ASSC】の仲間たちが全員独り身だったことに、飴莉愛は思わず声を上げた。
     飴莉愛、10年経っても身長は伸びなかったが地元のミスコンで優勝し、今年度のミス鎌倉である。
     その為に様々なイベントに呼ばれるので、自然と大人っぽいメイクを覚えたのだとか。
    「神前式の結婚式なら、うちの神社でお友達価格で引き受けるけど、どう?」
     飴莉愛の提案に、
    「シャーリーは常時ウェルカムなんだが……世界中飛び回ってるから、相手がなー」
     いないんだよなー。とお酒を片手にへらりと笑んだシャーリー。結った髪から在学中よりも短めにしているのだと解る。
    「浮いた話か……俺はいい。日陰の方が……心地がいいのさ」
     と、れいふくのネクタイを緩めながらウィスキーのロックを傾ける無常。蓄えた顎髭と口髭がダンディである。
    「僕に結婚の予定はない。……まぁ、そんな上等なものが許される身分とも思ってない。それはそうと飴莉愛はブーケなんてもらって大丈夫なのか? 一応色んな立場もあるだろうに」
     ミス何とかだし『神』だろ? と、飴莉愛の隣に寝かせられているブーケを見つつ、あきれ顔でほっけをつつくなゆた。海外が長いので日本食が進んでいる。
    「いいの。夫婦の神なんて珍しくないもの。それに、いつもは幸せを授ける側だから時にはもらいたいの♪」
     と、ブーケを拾い上げるとぎゅっと抱けば、花々のほのかな香りがふんわりと広がる。
    「ブーケと言えば、披露宴での西場の演奏はとても素敵だったな! 綺麗な旋律はそのままでいてほしいなぁ」
     思い出したシャーリーがにっこり言うと、なゆたも頷いて。
    「戦場以外でお前の演奏を聞くのも珍しいが、存分悪いものでもなかった」
    「最近は、いろいろなところで曲を作って……提供している。気に入ってくれたなら何よりだ」
     と、無表情の無常だったが、心なしか微笑んでいるようにも見えた。
     ひとしきり、思い出話や今現在のことで盛り上がる4人。お食事もお酒もはずんでゆき――楽しい時間はあっという間、お開きにしようかと店を出た。
    「今日は久しぶりに楽しかった。縁があったらまた会おう」
     在学中は殆ど笑顔を見せなかったなゆた。腐れ縁の仲間とのひとときはとても楽しかったようで笑顔を見せた。
    「シャーリーも、今日は皆とこうして会えてうれしかったよ!」
     彼女の言葉に一つ頷く無常の頭の中では、新たな曲のフレーズが流れ出す。これも、かつての仲間とあったお陰だろう。
    「その予定が出来たらいつでも連絡してきてもいいのよ!」
     と、自身の携帯電話とNSNアドレスが記された名刺を押し付ける飴莉愛。
     受け取ったその名刺に目を落とし、シャーリーはなゆたの肩にちょんと触れ。
    「ね、なゆた! 予定がないならシャーリーと恋人になってみるか? 案外考えが変わるかもしれないぞー?」
     へらっと笑んだシャーリーへの返事は。
    「――次に会った時、だな」
     それは、いつかに必ず、また会おうという約束の様でもあった。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年10月11日
    難度:簡単
    参加:12人
    結果:成功!
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